初の重賞までなんと18話も使うんですよ。先が思いやられる。
「ナナカマド賞」
ナナカマド。この木はバラ科の落葉高木である。赤く染まる紅葉や果実のその美しさから、東北や北海道では多く植えられており、旭川市の木にも選ばれている。
そして、そんな美しい木の名前にあやかって作られたこのレース。BG3「ナナカマド賞」。ジュニア三冠の一角、ジュニア級のウマ娘が最初にぶつかる重賞レースであり、これから名を馳せようと意気込むジュニア級のウマ娘の登竜門となるレースである。
花言葉
「ナナカマドの花言葉、知ってるか?」
西高トレーナーは準備室で、静かに私を見ている。昨夜良く眠れなかったのか、目元にはくっきりと黒いクマが浮かび、タバコの匂いが強く染みついたパーカーが力なさげに揺れていた。
「知りませんね、私は旭川出身じゃないので」
私はそっけなく言う。自分より周りの方が緊張している状況が息苦しい。昔習っていたピアノの発表会もこんな感じだった。
何故か大きい舞台の一定のラインを超えると妙に緊張しなくなる。感情が麻痺するのか、闘争心が心のブレを上回るのか、分かったところでどうにもならない。
「私は貴方を見守る、だってさ」
少しだけ微笑みながら私は言う。あの白く美しい花らしい良い言葉だ。
「・・・トレーナーさんは私を見守ってくれますか?」
私は静かに言った。あいにく私は見守られる側だ。見守る側になるのは遠い未来だろう。
私がタオルを置き大きく伸びをすると、西高トレーナーは紙たばこに火を付けながら言った。
「見守ってるのは私だけじゃないよ、案の定全員来てる」
「ハハッ、そりゃ心強い」
私は準備室のドアを開ける。パドックには既に何人かウマ娘が出ている。
「行ってきな。目にもの見せてやれ」
私はトレーナーの言葉に頷き、重い靴をパドックの土にうずめた。
「先輩なんでバ券持ってきてるんですか・・・?」
「え、ゴッドが勝つと信じてるから」
見守りかたは人それぞれだが、ナナカマドも流石にこれは予想してないんじゃないか?
「まあ期待に応えられるように頑張りますけど」
私の答えに対して、バレットさんは笑って答える。
「ハハッ、お前そういう「期待を背負う」キャラじゃないだろ」
相も変わらず、歯に衣着せぬ物言いだ。オブラートに包んで貰いたい。
だが、そんな私の気をよそに、バレットさんは続けて言う。
「良いんだよ、私たちの事なんか気にしなくて。お前はお前の為に走れば良いじゃねぇか」
その人は、普段と何ら変わらなく言葉を紡ぐ。それが、意識してなのか、考えなしなのかは分からない。ただ、その言の葉が私の中で反響する。
すぐに、頬を打ったような衝撃が全身に伝った。今の今まで感じていた何かを、何の気になしに言語化された。
「・・・ですね。そうですよね」
己のために走る。仲間と一緒に、自分の為に。ゴールを目指すことに命まで捨て去って。ただ純粋に、自分の快楽の為に、前に進む。
「よしっ! 行ってこい!」
バレットさんは拳で手を叩きながら、私に言う。その目は言っている事とは裏腹に、期待と希望に満ち満ちているように見えた。
「行ってきます、センター獲ってきますよ」
私はその期待に笑顔で返す。鉄のそりに比べたら軽いものだ。その重荷、背負ってやろうじゃないか。勿論、自分のレースの為に。
「さあ帯広レース場第11R、全ウマ娘ゲートに収まりました!」
今日のゲートは一段と狭く感じる。気持ちでこんなにも視覚とは制限されるものなのか。
「・・・フゥ」
息を少し吐く。パドックの周回で少しは温まったが、流石に北海道。それなりに冷える。
闘争心で体が割れそうだ。内側に少しずつ水が溜まっていくような、奇妙な感覚。きっと、このゲートに収まっている彼女たちも同じだろう。
言葉にしたら楽なものだが、それほど軽い物でもない。ゲートに入った瞬間、思わず笑みが消えた。圧がすさまじかった。
(カエデがヤバいな、これは・・・)
『ハイド』だ。優しい普段の面影を思い出せないほどに、自分の世界に浸っている。もはや狂気に近い。
それに他の2人もだ。威嚇なんてしたら、首に噛み付かれそうな殺気が伝わる。
(ひゃー、恐ろしい)
勝ちに来ている者達との勝負。無論、それは私もだが。
ファンファーレが鳴く。祝福のではない、これは
「さあ、ジュニア級。BG3、ナナカマド賞。今、スタートしました!」
「今のお前に、シシカエデと正攻法で殴り合う力は無い。まず最初にこれだけ伝えておく」
西高トレーナーは言った。私は「残酷だが、知っておかなければ勝てない」と自分に言い聞かせる。それほど、聞いていて気分のいい内容ではない。
「力量差があるのは事実だ。しかし、レースは力量だけで成り立ってない」
「まあ、そうですね」
勝ちたい。だったら何だって飲み込もう。不要なプライドは夏合宿で全部吐き出してきた。
「・・・で、だったらどうするって事になる。という訳で、作戦会議だ」
私は頷く。勝つ手法はいろいろ考えてきた。
「あの、カエデは障害前で溜める癖があるんです。代わりに、刻みをあんまりしない」
「ああ、それは確かにある。だが、決して付けこむ隙じゃない。アイツのトレーナー、帯刀は優秀なトレーナーだ。弱みになる部分なら速攻矯正されてる」
「それはそうです。でも、私にもまだ考えがあります」
私はポッキーを一本口に入れ、飲み込んでから話す。
「同じ作戦で、行きます」
「・・・そうきたか」
勝つにはこれしかない、と思っている。確かに、リスキーではある。私は少し先行してから長く溜める戦法の方が得意だ。そっちの方が余計な気を使わなくていい。
「だけど、それじゃあいけないんです。相手の「闘争心」から逃げる形になってしまう」
私の言葉を聞いた西高トレーナーは少し考えてから口を開いた。
「・・・つまり、相手のその闘争心と「競り合う」形にすると。なるほど」
先日の岩見沢記念で学んだ。時に、肉体というものは「[[rb:精神 > ココロ]]」で莫大な力を得ることが出来る。
ならば、それに賭けてみよう。戦を挑もう。
「追い込みじゃ駄目なのか? それはそれで刺激されるかも」
「それではダメです。ウェルとエルドラドさんは差しと追い込みなので、二人同時に相手するとこっちが負けます。それで負けたら本末転倒です」
闘争とは、命の削り合いだ。先に命にダメージが入った方が負けの、純粋な試合。しかし、そこで二人同時にするのは分が悪い。
「・・・そうか。理にかなってはいる」
西高トレーナーはポッキーを口に入れ、ゆっくりと続ける。
「じゃあ作戦はそれで行くとして、それだけで勝てるか?」
「策はまだちょっと考えてるんですが、それは別に良いです。どっちにしたってレース中に考えるしかない」
そう。この案は「秘密」だ。言ってもどうにもならないし、第一言ったら反対されるに決まっている。はたから見たら狂ったとしか思われない。
「・・・何二ヤついてんのさ」
「いや、別に何でも」
私は笑みを隠しながら言う。自分でも笑っているのが不思議だ。
「・・・じゃあ、私からも提案が一つ。これは作戦というより、もっと技術的な話だ」
「・・・?」
トレーナーは笑う。嫌な笑顔だ、何か企んでいる。
「ゴッドにまだ話してないのがあったと思って。いや、すでに知ってるかもしれないけど」
トレーナーはホワイトボードにコースの絵を描き、最終直線を指さした。
「ここで、つぶれない方法だ」
最終直線、何もない気がするが。
「ばんえいの障害の数は、三つだ」
「三つ?」
「そう。第一障害、第二障害。そして、最終直線の砂、第三障害だ」
砂の要塞
「あそこって、ただの直線ですよ?」
「いや、レースに集中して分からないかもしれないが、あそこには傾斜がある。0.5mのな」
知らない情報てんこ盛りだ。困っている。
「あー、それはどういう?」
「砂障害。あれの目的は「減速」だ。最後、スピードを落として接戦にするためにある」
何とも大人な理由だ。盛り上がった方が良いのは分かるが。
「だから、それに負けないようにする」
「え?」
西高トレーナーは、外に私を呼んだ。
「これを引いて、コースの端から端まで」
「これって・・・」
目の前にあるのは、年季の入った重機用の巨大なタイヤ。
「・・・何キロですか?」
「600! 実家で使わないって言うから貰ってきた」
何とも大きい。そして、重そうだ。紐を腰に巻くと、いつものそりと何ら変わりないほどの圧迫感がある。
「これを3セット、本番までは毎日、必ずだ」
「ひゃー、しんどい」
私が動揺を隠していると、トレーナーは笑う。
「・・・勝つためには、一切の妥協は許されない。出来るだけのことを、一つ残らずやってからレースという土俵に立てる」
「何ですか、それ」
「恩師の受け売り。口癖みたいに言ってた」
私は深く息を吸う。当たり前だけど、大事なことだ。
「・・・初めての重賞なんだ。やれるだけのことはやろう」
「ええ。勿論です」
私はハッとする。ゲートが開くまでの一瞬。雷光のように脳裏に過る、練習の日々。
「・・・ハハ。危ない」
飲み込まれるところだった。こんなにも緊張していたのか。
だが、良い。走マ灯のような感覚が、脳をいい具合に高めてくれた。
「さあて、上手くいくか」
私は一心不乱に足を前に出しながら、小声でつぶやく。
BG3。ジュニア初の重賞「ナナカマド賞」
戦が、始まる。
設定紹介Q&A
Q.西高さんについて教えてくれ
A.金髪ジャージ敏腕トレーナーについて
高校でちょっと悪いことをしてたけど、両親に無理やり名トレーナーのところに送られ、いろいろしごかれた後にトレーナーとなる。
チームサドルを作った当初はメンバーがバレットしか入ってくれず、いろいろ苦労したらしい。その分、あの二人は仲いい。