神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

18 / 25
レース描写が本格化してきて、ちょっと出来もよくなってる。
ただ2000文字のレース描写はとっても疲れる。


第十九話 「重賞、ナナカマド賞(後編)」

「さあジュニア級の精鋭たち、皆難なく第一障害を越えました」

 

落ち着け。まだ障害を越えただけだ。

唯一、ではないが、懸念の一つである誰かしらの作戦変更も今のところはない。ここまでは計画通り。上々の出来だ。

 

「さあゴッドドラッガーとシシカエデ、前に出た。後ろにゼッケン3番イリーガルダンサーが続いていく」

 

足に負荷がかかる。そりゃそうだ。普段なら止まっている所を無理に進んでいるのだから。上手くいかないのも無理はない。

しかし気持ちは高まるばかりだ。負けたくないというシンプルな精神が、身体の血液循環を速めていく。

 

「さあ、後方集団も着実に前進しています」

 

後ろを振り向くのは悪手。今は前だけ見る。

もう少しで障害だ。今日の水分量が高いのが功を奏した。今の所順調。普段よりも辛いペースのはずなのに、肉体は次の闘争を求めている。

ヒリヒリと伝わる勝利の欲求に、面白いくらい体が反応する。良い、良い気分だ。

 

「さあ先頭2人! 同時に障害に辿り着いて足を止める!」

 

・・・だが、落ち着け。ここからは未知の領域だ。

今までよりも速いペース。妙にクリアーな視界と、興奮する肉体。自分の残りエネルギーはどの程度か。見誤った瞬間に敗北が確定する。

 

私は深く息を吸い込む。大きい呼吸の音が繰り返され、汗が頬を伝うのを感じる。

冷静さが戻ってくる。血の巡りはそのままに、脳だけを稼働させろ。

 

「さあ2人の女傑が並び立って様子を伺っている。後方のウマ娘も障害に辿り着いています」

 

私の持つ残存エネルギー総量は、きっと休んでいる今でさえ60%程。障害を登るのに30から40は必要だとして、体はその酷使に耐えられるだろうか。

不安が頭をよぎる。怪物どもの巣穴で、これから山場だというのに何たる思考か。合宿前と、なんら変わりはしない。

 

だが私は誓った。トレーナーにでも、神にでもなく。私自身に誓ったのだ。『もう二度と負けて堪るか』と。

 

肉体の火照りは十分。焦りも葛藤も至高の端だ。今見えるのは横に並ぶ、普段とは違う友人(ライバル)の顔と、そびえる障害。

 

「・・・ハハッ!!」

 

空に向かって私の声が飛ぶ。

ますます面白くなってきた。ばんえいも、私も。

 

「行った行った行った! ゴッドドラッガーだ! 青雲賞を制したその足が再び牙を向いている!」

 

体を下側に移動させようとしてくる重圧。それを無理やり閉じ込めて、足を坂に付ける。エネルギーの流動体。減りつつある残存エネルギーを無駄なく使う。

 

「そうこなきゃねッッ!!!」

 

カエデの明るい声がする。やはり来た。いや、来ると確信してた。彼女なら来てくれる。さあかかってこい。選抜レースのように簡単には下させない。

青雲賞の時、彼女は不調だった。それでもギリギリだったあの勝利を、私は飲み込めないでいる。だからこそ、全身全霊の貴方に、今ここで、心から勝ちたいと思う。

 

「障害の上で二人並んだぞ! 後ろからも上がってきている!」

 

負けない。もう二度と負けない。ライバルにも、レースにも、私にも。

紺碧の空の下。坂の頂上。重くなった足。私は必死に息を吐き、頭に浮かぶ言葉を反芻する。

 

「先に下ったのはやはりゴッドドラッガー! だが、シシカエデに続いてウェルミングス! 後続も順調に上がってきている!」

 

良い、今日が過去最高だ。身体と精神の完全な調和。闘争と肉体の完璧な同調。

一気に障害を下り、そのままの勢いで直線に向かう。視界が開けた。このまま直線一気。そう意気込んで、砂の中に足を投じる。

 

「ゴッドドラッガー、順調に直線を進んで、ゴールが見えてきた!」

 

私は直線を進みながら考える。

きっと流れは変わらない。このまま勝てるのなら勝ってしまいたい。

しかし、本当にそうなのか。このまま何の面白みも無くレースが進んでいくのか。かつて経験した、幾度とないどんでん返し。きっとこのレースもそれに違いない。

 

「ゴッド! 後ろ! 来てるぞ!」

 

「!?」

 

トレーナーの声。気が付かないうちに震え始める手。さっきより力が抜けた足。

 

ああ、まずい。飲み込まれる。

 

「デジャヴ・・・!」

 

選抜レースがよみがえる。再び獅子の牙が、私の最終直線を止めてきた。

 

「ここでやってきたのはシシカエデ! まだ距離はあるが大丈夫か!」

 

あの時(選抜レース)もそうだった。あの時もこうやって、震える足で進むのもままならない。そうやって怖気づいていた。同じようにこのレースもそうなるのか。せっかく作戦まで変えたというのに、生き急いだのが裏目に出てしまった。

だが、落ち着け。深く息を吸え。恐怖は飲み込め。精神を奮い立たせろ。心で負けて良いわけがない。

 

「・・・ア゛ア゛!!」

 

私の狂い声が帯広競馬場に高らかと鳴く。残りの直線は私の物だ、という強い意志を示す。

 

「シシカエデとてつもない勢いで迫ってくるが! ゴッドドラッガーの頭は既にゴールに入っている!」

 

その叫び声は自己の認識に繋がる。良い具合に力の抜けた脳が『あれ』を思い出した。前の日に言っていた最後の策だ。

私は手を強く握りしめてから、深く息を吸った。

 

 

『怖気づいた』『飲み込まれた』 『体力の限界』

 

 

私の答えは、唯一つ。

 

 

『知ったことじゃない』

 

 

「おおっと!? ゴッドドラッガー、ゴール板の上で止まってしまった!! エネルギー切れか!?」

 

今日初めて後ろを見る。異常なまでに冷静な頭で、汗を流しながら走るカエデの目をじっと見る。なんて美しいのだろうか。きっと一瞬だったはずなのに、それは永遠のように感じられる。

 

そう。永遠のような「一瞬」で構わない。あともう少し。もう少しだけだ。

 

「・・・いや、ガス欠じゃない。アイツ、狙って止まってる」

 

「ハァ!?」

 

引き付けろ、あと一歩に迫った勝利を求めて手を伸ばす。その隙を利用しろ。

 

「さあシシカエデがゴールインするのか、それともゴッドドラッガーか!」

 

私は横に来た息切れするカエデを見ながら、一瞬。一瞬だけ笑って、自分にしか聞こえないよう呟く。

 

「・・・ありがとう」

 

気力十分。体力十分。私は、足を今日一番強く踏み込み、一気に駆け出した。

 

 

「・・・ゴォールイン!!」

 


 

「おつかれ」

 

「あ、おつかれさまです。トレーナー」

 

ライブの汗も乾いた。筋肉痛一歩手前の体を無理に動かして、私は返事を絞り出す。

 

「・・・トレーナーから見て、どうでした? 今日のレースは」

 

先程から気になっていた質問だ。自己反省の前に、この人の意見を聞いておきたい。

 

「うーん。100点満点はあげられないかな」

 

私も同意見だ。笑いながら控室の外に出る。

 

「ちなみにその心は?」

 

トレーナーは歩きながら口を開く。

 

「障害を登りきる時、ちょっと粘れば最後の無理は必要なかった」

 

「ですね。やっぱ分かりますよね」

 

しくじった、とは思いたくない。だが、一瞬とはいえ相手の思惑に乗せられたのは確かだ。

 

「でも、そこを含めても90点は超える。良いレースだったよ」

 

「・・・へへ。ありがとうございます」

 

この人の考えていることはいつも分からない。怒っている時と元気な時のテンションの差がおかしかったり、変なところもあったりする。だが、トレーナーとしての腕は間違いなく帯広トップクラスだ。そんな人が「良いレース」だと言うのだ。誇っていいだろう。

 

私が内心微笑んでいると、後ろからジャージの裾を引っ張られる。

 

「・・・ゴッド」

 

「・・・カエデ」

 

いつになく神妙だ。何を思ったか、西高トレーナーは先に行ってしまい、イレネー像の前で二人きりになる。

 

「今日はおめでとう」

 

「・・・うん」

 

いつになく。本当にいつになくだ。初めて見る表情。

 

「私、完敗って初めてなんだ。負けたことはあるけど、その時は毎回蹄鉄が悪かったり、足とかメンタルが不調だったり。でも、今日は違った」

 

空気が張る。どうしようもない怒りか、不甲斐なさか。何にせよ彼女に、今まで感じたことの無いような感情が沸き立っている。

 

「・・・絶対。絶対負けないよ、次は」

 

「・・・私も」

 

私ははっきりとした声で返事をする。

そう、彼女もまた「敗北を飲み込む」のだ。勝利に対して貪欲だからこそ、負けを負けとして受け取るのだ。競争に身を置くのだから。

 

「・・じゃあ、また」

 

「うん」

 

終わらない。私と彼女の勝負はこれが最後ではないのだ。

さっきの「また」がどんなものであるかは知らない。ただ、きっと。

 

ナナカマドの実のように赤く、力強く、美しいものであると思う。

 




設定紹介Q&A

Q.レース描写ってどうやって書いてる?

A.ノリと勢い。あとは添削と推敲。

一回「展開」を決める。ザっと、ザっとね。誰が先行して誰が減速して。そしたら勢いで書き上げる。
したらば、ゆっくりと推敲。いらない部分を削いで、物足りない部分を足していく。
・・・つまりは時間がかかる。大事な部分だからこだわるけど、いっぱいやるとしんどい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。