神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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キャラの掘り下げ、というか「魅せ場」は平等に用意しているんですけど、バレットさんはもうちょっとやってもよかったかなぁ...


第二十一話 「嵐の弾丸」

轟音が鳴り響く。それは私の途方もない呼吸音か、歓声の渦か。耳の中で反響するようなその音を心に秘めながら、私はそりを引く。

汗に付く土埃、錆びたそりから響く金属音、障害を登り切った時のあの感覚。それら全てが私の為にあるかのような錯覚さえしてしまう。

その素晴らしき喧騒は、今や過去の物だった。いつだったか、私が求めていたものは、勝利ではなかったのだと気が付いてしまったあの時、私はすべてを失い始めた。

 

「バレット先輩、最近調子いいですね」

 

「ハハ、そうだろ。もうすぐ北見記念だからな、気合入れないと」

 

心情が空回りを始める。それはカラカラと薄っぺらい音を奏でつつ、確かに私の心にヒビを入れていく。

 

「ゴッドももうすぐ予選だろ? 後で障害見てやるよ」

 

「え、でも先輩、良いんですか?」

 

「良いんだよ、こういうのは私の為にもなるんだから」

 

可愛い後輩の為、というのは私が自分で納得するために作り上げた幻想である。明らかに私の為だ。

このままでは壊れてしまう。レースが1日ずつ近づいてくることに、心底怯えている。初めての情緒に対応しきれない私のシナプスが「停滞」と「逆行」を求めている。

 

「・・・先輩、大丈夫ですか?」

 

「ん? 何が?」

 

私はいつも通りの、乾いた笑顔を浮かべる。

 

「・・・いえ、勘違いでした。すいません」

 

私の可愛い後輩は、どこか不安げな表情を浮かべていた。私は歯痒く、また苦い思いを内に秘めながら、練習を続ける。

 


 

「久しぶりに1人で来たと思ったら、浮かない顔だな。バレット」

 

「よう、姐御。味噌ラーメンのりとほうれん草で」

 

私は小銭をカウンターに置き、静かに椅子に座る。彼女は何か悟ったらしく、水を置いただけで何も聞かなかった。やはりここに来て正解だったと思いつつ、心のどこかで聞いてもらえた方が楽だったと思っている自分がいる。

帯広駅の電飾の光、談笑の声。それらが小さく耳に入るだけで、ただただ無言の時間が過ぎる。少し遅い時間というのもあり、屋台ののれんの奥には私しかいない。私はどうしようもない沈黙に耐えかねて、声を絞り出した。

 

「姐御はさ、引退いつだったっけ?」

 

「アタシ? えーっと、シニア級の、何年目だっけ? えーっと、デビューがあの年だったから・・・」

 

彼女はスープをかき混ぜながら空を目で追う。

 

「シニア級5年目、かな。確か」

 

「・・・だよなぁ、普通はそんくらい走るよなぁ、やっぱり」

 

私はカウンターに顔をうずめ、少し考える。姐御は疑るかのように言った。

 

「何だい? 引退するのかい?」

 

その問いに対して、私は形容しがたい表情と無言を返す。

 

「・・・え、マジなの?」

 

「・・・まだ決めてない」

 

私は再び顔をうずめ、ぐぐもった声を出した。

 

「へぇ、アンタがねぇ」

 

決めたわけじゃない。ただ、気持ちの偏りは確実にある。

今まで通りの走りが出来なくなっている。体が何かを拒否している。その何かが分からないまま、こうやってズルズルと現役を続けている。

 

「でも、まだばんえい記念も出てないだろ? はい味噌ラーメンのりほうれん草トッピング」

 

「そこなんだよな。だから踏ん切りがついてない」

 

私はラーメンを受け取りながら言った。味噌の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「姐御はさ、引退したのは何でだった?」

 

「どうだったかな、割と昔だしなぁ・・・」

 

私は麺をすすりながら彼女を眺める。彼女は懐かしき思い出に浸っているようにも、苦い記憶を掘り起こしているようにも見えた。

 

「その年のレースに出て、後輩がどんどん強くなっていくのを見て「ああ、もう自分達の時代は終わったんだな」って思った時、かな」

 

私はその返答を聞きながら、小さくため息をついた。

 

「どうしよっかなぁ、ホントに」

 

「どうしようねぇ」

 

ばんえいの世界に足を踏み入れたのに、深い意味は無い。両親の束縛から抜け出したいという一心で学校を決め、流されるかのように現役を続けている。

だからこそ、この世界から逃げ出すきっかけがない。のらりくらりをモットーにしてはいるものの、いい加減決めなければいけないと思う。

 

「・・・姐御。私、頑張ったよな」

 

「さあね、それを決められるのはあいにくアタシじゃないからなぁ」

 

「ははっ、そうかい」

 

私はラーメンを全て飲み込み、席を立つ。

 

「ご馳走さん、今日も美味かったよ」

 

「はいよ、バレット。レース頑張ってな」

 

彼女は軽く手を振り、私はそれを横目に微笑む。

 

「頑張って、か・・・」

 

頑張って、全力を出して、自分を信じて。幾百と言われたそのセリフ。

 

 

くだらない。

 

 

私はコートのポケットに手を入れ、足早に帯広駅へと歩を進める。

明るいライトが目に眩しい。見慣れた風景だが、どこか歯車がかみ合わないような、微小なおかしさを感じる。

私は駅前のベンチに座り、空を見上げた。黄色に変わった落葉樹、薄暗闇の中でも、どこか呑気な平穏さを感じる。

 

「言われなくても頑張るさ、言われなくても」

 

自分の心中に永遠とこだまする「くだらない」を無理に飲み込む。吐きそうだ、先刻胃に収めた飯のせいだろうか。

このまま不安に浸っていると頭も体もおかしくなる、私は立ちあがり、帯広駅の中を歩く。

 

(8時・・・か。いけるな)

 

まだまだ店の明かりは消えていない。それは都市の喧騒も私の心中の何かも同じである。

底の見えない泥沼の如き心の内。笑い話の種にするには泥が付きすぎている。発芽させられる気がしない。

ならば、種のまま成長させようか。

その黒く汚れた心の内で私は薄ら笑いを浮かべ、一人駅の中央で立ち尽くす。

 

「・・・ふふ」

 

いつのまにか手が動き、いつのまにか買っていた乗車券。改札の向こうは、どこか別世界のように見えた。

手には缶の小豆が握られている。少し冷たい風が流れ、やがてやってくる特急列車。

私は自分が何をしたいのか分からないまま、何となくいい気分のまま。その列車に乗り込んだ。

 


 

「バレットっ! 今どこにいるっ!」

 

「札幌だよ。夜なんだから声上げんな」

 

私は腕時計を見る。時刻は11時。心配するのも当たり前か。

 

「札幌!? 何でまたそんなところに」

 

「私が知りたい。この駅デカすぎんだよ」

 

私は空のペットボトル片手に悪態をつく。深夜になりかけている時間だというのに、未だ駅には多くの人がいる。

 

「寮長が心配してたぞ、早く帰ってこい」

 

「つっても、もう電車ねぇよ。走って帰れってか?」

 

私は札幌駅の前を少し歩き、適当な塀に腰を下ろす。レンガが冷たい。

 

「今日はこっち泊まる。寮長にそう言っといてくれ」

 

「・・・言っとけねぇよ」

 

西高の声が低くなる。珍しい。

電話の奥で、エンジンをかける音がする。

 

「おい、何してんだ」

 

「迎えに行く。ここから札幌だから、まあ2時間半ってとこか」

 

「・・・ハァ。そうかい」

 

私は白く変わる息を見る。断ってもどうせ来るのだろう。ならば仕方が無いかもしれない。

 

「じゃあこっち着きそうになったら連絡してくれよ」

 

「・・・ああ。面倒ごと巻き込まれんなよ」

 

私は適当にあしらい、電話を切る。ホントお節介な奴。母親みたいだ。

・・・今、自分の中で数瞬沸いた感情に反吐が出る。過去は今に勝てないというのに脳裏に走るノスタルジーほど嫌な感情はない。

 

(ああ、クソ、らしくねぇ)

 

のらりくらりと風任せ、天下無敗のストームバレット様は一体全体何処に行ったのか。此処に来たら何か答えが見つかるかと思ったのだが、皆目見当もつかない。

 

(今更だが、なんで私はここに来たんだ?)

 

札幌駅は、帯広よりも都会だ。知ってはいるつもりだったが、夜の11時でも未だ都の輝きを失わない。

その都の輝きの中でなら、私の今抱く感情を言語化する何かがあるのだと、勝手に思っていた。きっとそう思っていたから、私はここにいる。

 

「・・・ハァ」

 

今更あがいてもしょうがない。レースは5日後。本来ならばこんな所にいてはいけないのだが、来てしまったのだ。何かを得なければいけない。

とはいえどうしようか、ふむ。私は頬杖を突きながら周りを眺める。

 

「あ、お土産・・・」

 

唐突に思い出した。札幌駅で売られているバームクーヘン、母親が好きだった。

 

(店は、うん。まだギリギリ開いてるな)

 

私はスマホの画面に目を通し、少し空を仰いだ。雲の隙間から淡い月が見える。

懐かしい声が聞こえる気がする。私の求めていたもの、それはそこにあるのだろうか。

それを考える間もなく、私の足は駅に向かっていた。

 


 

駅前は大分静かになった。冷えた風が流れ、私はマフラーに顔をうずめる。

あくびを噛み殺して3本目の缶しるこを開けると同時に、ロータリーに見覚えのある車が来た。

 

「おーい、西高ー」

 

手を挙げると、車の主はこちらに向かってくる。

彼女は無言で車の扉を開け、私を助手席に座らせた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

何も言わない、聞かない、聞いてくれない。私はたばこ臭い車内で、彼女の顔色をうかがう。

 

「・・・もしや怒ってる?」

 

「私は怒ってはない。私は怒ってないが」

 

彼女は私にスマホの画面を見せてきた。

 

「コイツ等はすごい怒ってる」

 

トレーナーは私に、チームのメンバーから送られてきたメッセージを見せる。

 

「・・・次からは、私に一言入れろよ。あと、寮長には連絡入れろ」

 

私は車のゴミ箱に開けられた4本のエナジードリンクを見て、静かに言う。

 

「・・・ごめんな。西高」

 

「謝らなくてもいい。私にもあったし」

 

「え、あったの?」

 

「あった」

 

トレーナーは笑いながら車のエンジンをかけた。車は札幌市内を駆けていく。

私は、言いたくないことを言わなければいけないという本能的な抵抗と、ここを逃したら後悔するだろうという理性の間でさまよっている。その十数分間、それは恐ろしく長く感じられた。

 

「・・・なぁ、トレーナー」

 

「ああ?」

 

「小樽の、私の実家に寄ってくれ。頼む」

 

「ハァ!?」

 

トレーナーは驚きと困惑で車を止め、静かにこっちを向いた。

 

「・・・なんで」

 

「なんでって・・・」

 

私は自分に聞く。なんでなのだろうか。

 

「私にも分かんねぇよ。分かんねぇけど、なんか、行っておかなきゃいけないような気がするんだ」

 

私は箱に入れられたバームクーヘンを膝の上に置き、はっきりと彼女の顔を見た。

 

「・・・頼む。お願いだ」

 

トレーナーは、私の顔をじぃっと見たあと、静かに、語りだすかのように言った。

 

「・・・シーベルトつけろよ。飛ばすぞ」

 


 

 

外は暗い。私は車のドアを開け、見知った道を歩く。

 

(懐かしい・・・)

 

トレーナーは車の中で待っていると言った。何かしらを察してくれた彼女に、私は初めて頭を下げた。

 

(あ、あった)

 

私は懐かしき私の家を見つめる。トレセンに入って以来、来ていない。あれほど嫌だった家にこんな形で来るとは思いもしなかった。

私は無言でそれを見つめ、思いを馳せる。

重圧とあまりにも重い期待の嵐、弾丸の如き非難の数々。そんなものから逃げ出した、私の思い出。

だけど、あの頃の私、今の私。違いは大してない。ただ、背負ってるものがなくなっただけだ。

 

(ああ、そうか。私が私を構成していられたのは、逃げてるからだったんだな)

 

どうやら、私に足りないものが見えてきた。残酷な理解の形成が、私の心を少しずつ見放していく。

良くも悪くも、私は成長してしまった。束縛されたくない、一人で生きていきたいという、童のようなくだらない感情。そんなもので今まで走ってたのが、出来なくなった。大人になってしまった。

 

「・・・フフッ」

 

私は笑いを浮かべ、インターホンを押そうと門の前に立つ。

土産を渡し、何か軽い話をして、自分の感情にケリを付けよう。終わりにしよう。

指先がスイッチに触れた瞬間、スマホの通知が鳴る。何かピリピリとした感覚が指先に伝わり、私は咄嗟に指を離した。

私は無言で画面を開き、表示を見る。

 

『先輩、明日見てもらう予定だった障害、別日のほうがいいですか?』

 

後輩からだった。私は脳のフリーズと、湧き出る新たな感情を受け、立ち尽くす。

何の気ない言葉の繋がり、だが、そんな当たり前が存在することを私は今、ゆっくりと理解した。

 

(このまま終わるのか・・・? 私の自己満足の為に・・・?)

 

何か、どうしようもない虚無感が心の中に広がった。ここで終わったら、何か筆舌に尽くしがたい様な後悔を感じる気がした。

そう、子供だった私が出来た最善の策が、今となっては出来ない。だからもうやめようとした。きっと、この判断は間違いなく正しいのだろう。

 

 

(だが、滑稽だ)

 

 

私は我が家に踵を返し、車の方へと足を進める。

 

(まだだ、まだやれる)

 

無論、きっと上手くはやれない。私は皆のようには出来ない。

汗を流すチームのメンバーを見た時、岩見沢で同期の走りを見た時、ナナカマド賞での後輩の咆哮を聞いた時。私にはもう無理だと思った。いや、もう無理だった。

 

だが、そんな彼女たちが私を必要としている。勝負事の女神様は私を見放したが、ばんえいがまだ私を離していない。

 

『いや、明日で良いよ。すぐ戻るからさ』

 

私は返事を返し、少し息を吐いた。白く染まる呼気が小樽の空に溶けていく。

足掻いてもがいて、ただただ走ってやろうじゃないか。なぁ、女神様よ。

車の中に入ってきた私を見ると、彼女は一服を終え口を開く。

 

「何してきたんだ?」

 

「いや、まあいろいろ」

 

「・・・そうかい。んじゃ、帰るか」

 

私は頷き、小さく言った。

 

「ああ、帰ろう。帯広に」

 

エンジンのかかった大型車は夜道を走っていく。流れる景色を横目に、私は口を開く。

 

「なあ、西高トレーナー。『幾多のレースを駆け抜け、鮮やかな戦績を残した稀代のウマ娘「ストームバレット」は、ばんえい記念を討ち取り引退する』のシナリオ。どう思う?」

 

「・・・は?」

 

高速に乗り、スピードを上げる車の中で話すにはあんまりな話だ。だが、もはや選んでられない。

 

「引退、するのか?」

 

「ああ、もう十分だ」

 

私は先程とは打って変わって、存分に晴れ渡った気持ちで続ける。

 

「本当は北見に出てやめるつもりだった、だが、気が変わった」

 

彼女はスピードを上げつつ、静かに私の話を聞いている。

 

「・・・私は私の求めていたものを、もう得られないみたいなんだ」

 

「・・・なのに、すぐには止めないのか?」

 

「ああ」

 

「もし引退するってなっても、私は止めないが」

 

「そういう事じゃねぇんだよ。ただ、私のこと待ってる奴がいるのにそうそう簡単にいなくなって堪るかって話だ」

 

きっと言葉にするならこんな所か、私はそう思って一人笑った。

単純な理由なのか、はたまた否か。そんなこと考えても仕方が無い。

嵐は意味も無く現れ、理由もなく消えてく。弾丸がまっすぐ進むのに、理由はいらない。

 

「・・・そういや西高、バームクーヘン喰う?」

 

「それはチームのみんなに分けてやれよ。詫びの品として」

 

「・・・ハハッ、了解」

 

夜風が頬をかすめる。過ぎ去っていく景色と自分を重ねて、私は大きく、大きく息を吸い込んだ。




設定紹介Q&A

Q.最近出番がないシシカエデさんについて教えてくれ

A.彼女の出番は今後ちゃんとあります。でもどうぞ。

「シシカエデ」
誕生日:3月9日
身長:186cm
中等部ジュニア級
好きな小説「コンビニ人間」
好きな映画「ラ・ラ・ランド」
好きな食べ物「めかぶ」
好きな人のタイプ「いつも元気な人」

メモ:世代最強、稀代の大天才。生まれは十勝平野の農場。レース中は性格が豹変するので周りから「ジキルとハイド」と言われているが、本人はこれをかなり気に入っている。
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