神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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一気にあげるのはこの作品が最後になります。ここからは平常運転。週1出ればいい方、みたいなペースになります。今後ともよろしくお願いします。


第二十二話 「開幕」

朝、友人と共に校舎へと向かうと、掲示板に「ばんえい甲子園開幕!」というポスターが貼ってある。

北見記念も終わり、ついにジュニア級の第二の戦が迫ってきた、忘れているわけではなかったが、こう見ると少し焦る気持ちがある。

私より少し遅れてきた友人が、その文言に一通り目を通してから言った。

 

「ゴッドは野球好きか?」

 

「いや、あまり」

 

「だよなぁ、私もだ」

 

甲子園と言われても正直なところピンとこない。仕組みしか分からないが、きっと燃え上がるようなものなんだろうな、と思う。思いたい。

 

「地区ごとにレースがあるんだよな? 私とゴッドは地区が違うから、戦いたいなら予選勝たないとだな」

 

ウェルは少しばかり不安そうな表情を浮かべつつ言い放った。

確かに残酷な仕組みだ。アスリートにとっての一勝がどれほど重いか。それにかける気持ちが多いなら尚更だろう。

私も同じように少し不安がっていると、彼女は口を開く。

 

「おいおい、天下のゴッドドラッガー様が何て面だよ。今のジュニア級だと一番強いことになってるのはゴッドなんだぞ?」

 

「それとこれとは話が別じゃないかなぁ・・・?」

 

「まぁ、私がぶっ潰すから今だけだが」

 

胸を張った彼女に、私は言い放つ。

 

「決勝で私に負けてからまた言いなよ、そのセリフ」

 


 

「さーて、甲子園の説明をしておきたい。もう聞いたかもしれないが、一応もう一度だ」

 

トレーナーはホワイトボードに大まかな北海道を描く。

 

「ゴッドは出身どこ?」

 

「札幌です」

 

私がそう言うと、トレーナーは北海道の左側に丸を付けた。

 

「ヤングCSは北海道を五つのブロックに分けて出身者ごとにレースを行い、それぞれのレースを勝ち残ったもので行われるレース。故に「チャンピオンシップ(選手権)」だ」

 

「なるほど」

 

特殊な「予選」が存在する、全国でも唯一の仕組みだ。だからこそ、集まるメンバーも必然的に粒ぞろいとなる。

 

「札幌出身は「南北海道出身特別」。今の所、シシカエデやウェルミングス、エルドラドファクトはここじゃない」

 

「なるほど」

 

確かウェルは釧路生まれ、カエデは十勝生まれだ。

 

「・・・今「なら勝てそう」とか思ったろ?」

 

私は一瞬目を逸らす。思わなかったわけではないが、そうも直接言わなくても良いだろう。

 

「確かに、ここまで中々いい具合に勝ち上がっているゴッドドラッガー君だが、このレースではそうもいかない」

 

「・・・え?」

 

トレーナーは若干の笑みを浮かべながら、こっちを向いた。

 

「ゴッド、お前は「重賞勝ち」のウマ娘だ。ジュニア級は路線が一本化されているし、重賞は5つしかない。その中の一つの勝者なんだ、お前は」

 

「はあ」

 

何を当たり前なことを言っているんだ。それはそうだろう。

 

「他のウマ娘の「残機」は4つ。今まで余裕があった奴らもジュニア級の重賞が5つという事実がどれほど重いか分かってくる。だから、文字通り死ぬ物狂いで獲りに来る。今までとは比じゃないくらい、本気でな」

 

トレーナーはそう言うと、ホワイトボードに幾人かのウマ娘の名前を書いた。何名か知っている名前も入っている。

 

「今回のレースに出る可能性のあるウマ娘の中で、私が特に警戒してる奴らだ。最近メキメキと頭角を現してる。特に「ナナカマド賞」が終わった辺りからな」

 

「・・・マジですか」

 

「残念だが、マジだ」

 

深いため息をつく。どうやら私は「追われる立場」らしい。

 

「・・・だから、いろいろと伝えておくことがある。必要だったらメモも取れ。まぁ、ラルバに伝えてはあるから後で聞いても良い」

 

私はメモ帳を取り出し、顔を伺う。

 

「私が言いたいのは1つ。一戦にすべての精神を割け。次の試合は次の試合の時に考えろ」

 

トレーナーは続ける。

 

「この予選も当たり前だが「本番」だ。すり替えるな、予選は「負けてもいい戦い」じゃない。トライアルレースの時は大本命の事を考えたくなる。それは分かる。だが、そっちに意識が偏ってる奴は、今走ってる一戦に全てを賭けている奴に勝てない。つまりは——」

 

「つまりは?」

 

トレーナーは壁に掲げられた木刀を取り外し、私に向けながら言った。

 

「踏ん張りどころだ!」

 

反響する。私は生唾を飲み込み、深く頷いた。

 


 

「調子はいい感じだな、上々」

 

「あ、ウェル。激励?」

 

彼女は先週の釧路特別で半バ身差の2着、敗北したとはいえ、既にヤングCSの出場権を手にしていた。

 

「そういや、今までのヤングCSの結果って知ってる?」

 

「いや」

 

「・・・南北海道出身者は1度しか勝ってない。札幌出身者もいない」

 

私は彼女の言葉を聞き、目を丸くした。

そしてすぐに、ケラケラと笑った。

 

「じゃあ私が第一号だ」

 

「・・・やっぱり、調子は良さそうだな。いよっしゃ! 行ってこい!」

 

私は彼女にありったけの笑みを浮かべた後、控室を出た。

冷え切った空気が鈍く私を覆う。首をぐるりと回し、いつもの様に息を吸う。

ゲートイン完了。特別競走「南北海道出身特別」。帯広レース場、本日のメインレース。

 

(勝利の欲求が薄まらぬように。一戦が全てだと捉え、兎にも角にも死に物狂え)

 

ゲートイン前、メンバーは私を睨んでいた。視界が狭まって横は見えないが、きっと今も警戒している。

 

「今、スタートしました!」

 

きっと全員で私を潰す方向で来るのだろう。少なくとも私だったらそうする。刻みと障害前の溜めの複合、それをなんとかしようとするはずだ。

 

「注目の一番人気ゴッドドラッガー、第一障害を先頭で超えた」

 

いいだろう、その通りに走ってやる。

私はバ場水分1.2%の重バ場の上、ゆっくりと立ち止まる。

蹄鉄とそりの音を耳に入れ、まだ、まだ、まだだ。

 

「先頭は7番トワノパールに代わりました、後続との間が開いていきます」

 

やはりだ、間違いない。誘ってる。こっちに来い、と言っている。

 

「ゴッドドラッガー、4番手に落ち着きました」

 

・・・うるさいなぁ。ああ、喧しい。お前が何を言ったって、私はそっちに行ってやるものか。

彼女はチラチラとこちらを見ている。作戦通りに行っていないのだろう。障害前は集中したほうが良いんじゃないか?

そのメンタルの焦りは「欠点」だぞ。レースの上で他者に意思を傾けている。そんなことをしている場合か?

 

「5番手でゆっくりと障害前に立ちました、ゴッドドラッガーです!」

 

私が静かに障害前に立つと、横の彼女が話しかけてくる。

 

「動じないのね。流石だわ」

 

「・・・貴方は動じてるよね、すっごく」

 

私はゆっくりと前を向いた。先ほどまで余裕が無かった彼女の横顔が笑みに変わる。

 

「さて、無駄話は終わりにしましょうかね」

 

「ええ」

 

ここまで来たら彼女たちの「作戦」なんて水の泡だ。残るは2つの障害のみ。

重心を下げ、目線は高く。チャージ済みのエネルギーを、一歩前に。

 

「ゴッドドラッガー、最初に駆け出した!」

 

エネルギーの残量は恐らく6割、私には十分すぎる。

 

「続いて3番ツツヒメ、後ろにウイサターン! それぞれ登り始めました!」

 

次、次だ。下れ、頂上の景色を楽しむ余裕はないぞ、早く、速く、迅く!

最終直線に入り、私はスピードを上げている。歓声が近い、ゴールも近づいてくる。

 

「ゴッドー!! 抑えろ、足震えてんぞ!!」

 

バレット先輩の声。私は一度砂の上で立ち止まり、観客席の方を見た。

先輩はこっちをじぃっと見ている。私は小さく笑い、すぐに前を向く。

 

「武者震いですよ、なんて言ってみたり」

 

私は自分にしか聞こえぬように呟く。面白いくらい上手くいっているレースに、魂が震えているのだ。

 

「・・・取り越し苦労だったな、悪かった」

 

そんな声が一瞬聞こえた気がする。前を見据え、私は深く息を吸った。

 

「後ろから再びトワノパール! ゴッドドラッガーは止まったままだ!!」

 

私は横を走る彼女に話しかける。

 

「焦りは禁物、頭で分かってはいても難しいよね」

 

「ハァ?」

 

その瞬間、彼女の足がガクンと落ちた。

 

「おおっとここでトワノパール止まってしまったか! 後方からツツヒメ上がってきている!」

 

先の障害前、震えていた彼女の足は幻覚ではなかった。私のような魂の震えではない、もう砂の障害で限界を迎えているのだろう。

 

「・・・じゃ、お先」

 

私は雷鳴の如く駆け出す。誰も踏んでいない一歩先へと歩を進める。

 

「1着はゴッドドラッガー!! 決勝への切符を手にしたのはゴッドドラッガー!!!」

 


 

「・・・まあ、そりゃ勝つよね」

 

「さも当たり前かのように言ってるけど、きつかったよ」

 

カエデは2着と2バ身差の快勝、これにて3人とも無事に出走権を得た。

 

「にしても、ゴッド強くなったよね、ナナカマド賞より更に!」

 

「まあねー、あ、カペラさんお水のおかわりちょうだい」

 

カペラさんは水を注ぎながら、私たちに言う。

 

「ジュニアの子はあと誰がいるんだ?」

 

「んー、ファクトはこの前足痛めたから出ないけど、他の子も粒ぞろいだから——」

 

彼女は数瞬言葉に詰まった後、笑顔で言った。

 

「分かんない!!」

 

「そっかー、カエデちゃんチャーシューやるよ・・・」

 

カペラさんは笑う。私はラーメンをすすり、小さく言う。

 

「黄金郷は不調かー、残念だ」

 

「ファクト、すごい悔しそうだった」

 

「だろうね」

 

選択肢が断たれる、というのは凄まじく残酷なことなのだ。私達にある「挑戦権」は軽くない。

 

「残機、残り3だね、彼女」

 

「翔雲賞の時とかには復活してるんだろうなぁ、ひゃー、恐ろしい」

 

首を獲られるか否か。それはレース中の私達にしか決定権がない。

ジュニア級という、既に開幕した戦の中で、私は「甲子園」の始まりを肌で感じていた。




設定紹介Q&A

Q.好きなばんえい馬は?

A.現役ならキングフェスタとメムロボブサップ。引退馬も含めるとサカノタイソン。
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