神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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ちゃんと早く書きあがりましたね。今回はがっつりレースです。
あと新メンバーです。そこまでいっぱい出る方ではないのですが、今後の展開でちゃんと大事な立ち位置の方なので、覚えてやってください。


第二十四話 「ココロ、揺れ動いて」

強さ。抽象的なそれに、どうしよもないほどに焦がれてきた。

強くなるためにどうすればいいか考えた。何度考えても、私の中での正解は変わらなくて。

 

帯広の門をたたくのに、そう時間はかからなかった。

 

12月1日

 

「さあ今年もこのレースから始まります! 今期初のBG1のレース、ばんえいオークス!」

 

控え室の中で、私は生放送を開いている。予想やインタビューなんかも、よく聞くと面白い。一定数私の勝利を信じてくれている人がいるというのは嬉しいものだ。

レース前、8度目に見るトレーナーのインタビューを聞きながら、私は呟く。

 

「にっしーはあれだね、緊張すると声が裏返りやすいね」

 

「お前だってその時ガラにもなくソワソワしてたじゃねぇか」

 

私はくすくすと笑って、スマホを閉じた。少しばかりの静寂が訪れる。

 

「まあ、あれだ。お前になんかいろいろと言うつもりはない」

 

沈黙を破ったのはトレーナーの方だった。非情とも、ある種の信頼ともとれるその発言に、私は笑みを浮かべながら返答する。

 

「ひどいなー、元気出るような激励してよー」

 

「・・・そうだな、じゃあ一言」

 

落ち着き払った声でトレーナーは言う。

 

「ぶっ潰してこい!」

 

体の中で何かが熱くなるのを感じる。私はジャケットを羽織り、扉の前に立った。

早く走りたい。数日前から、そりを輓く足がうずいている。待ちきれない。

 

「よしっ! 行ってくる!」

 

扉を勢い良く開け、私はパドックに到達した。すでに何人かのメンバーと、多くの観客がいる。

 

「出た、ココロゴウだ!」

 

「やっほー! 今日は来てくれてありがとうねー!」

 

私は大きく手を振る。やはりフレディ風は受けがいい。年度始めてのBG1ということもあり、流石の人とウマ娘の数だ。

 

「3番ココロゴウ、ばんえい菊花賞3着、実力は十分です」

 

3着、そう3着。その前の大賞典は4着。結局ここまで1冠も手に入らなかった。入着が関の山。勝ちきれない日々。笑顔を絶やさないよう取り繕う裏、声を殺して泣いていた。

だが今この瞬間。勝利まで辿り着かなかったその全ての勝負が、今日の為にあるのだと。私の細胞が確信していた。

 

(勝てる・・・!)

 

一呼吸一呼吸が落ち着いている。軽快な挙動の裏側に秘められた闘志が大地に伝わる。

1番人気は私じゃない。だが、上々。全くもって問題はない。むしろありがたいくらいだ。

例えば1番人気の彼女が主人公だとしたら、私はなんだ。ジェイソン・ボーヒーズのような殺人鬼か、ペニーワイズのような未知の恐怖か。きっとどれも違う。私なんかじゃその役柄は務まらない。

 

「・・・ふふ」

 

私は悪役(ヒール)の器じゃない。誰かにとっての特別なライバルにもきっとなれない。ただ、一人のウマ娘として常に、勝利に手が届く位置にいたい。

ジュニア級時代、一身に浴びたあの歓声が思い出される。重すぎる期待を課せられた同期のスーパーヒーローを、BG2という大舞台で下したあのレース。罵声交じりの大歓声。震える手と足。滾る心。生涯忘れない。

私が感傷に浸っていると、パドックの周りで観客同士の話が小耳に入る。

 

「・・・ココロゴウって、なんか毎レース「もしや勝っちゃうんじゃ」って思えるんだよな」

 

「なんか分かるかも。ほら、去年の黒ユリ賞もそうだったじゃん」

 

私は運動をしながら微笑む。そうだろうそうだろう。私の勝利への意思は揺らがない。それはこのレース場に初めて立ったあの日から、一度たりとも変わっていない。

私は中折れ帽を深くかぶり直し、パドックに揃う全員に目をやる。勝てる。私なら、きっと。

そう自分に言い聞かせ、余りある自信の中で私は「ココロ」を揺らした。

 


 

「あ、西高トレーナー。見送りは終わったんですね」

 

「おう。気合は十分っぽいぞ」

 

入学してから初めて見るBG1。輝いている10人の勝負服。私はおやきを飲み込みパドックの彼女たちを目で追う。

 

「トレーナー的に、勝率はどのくらいなんですか?」

 

「ゴッドはどうだと思う?」

 

柵の向こう、1番人気のウマ娘に目をやる。上位人気に応える堅実派、ばんえい菊花賞1着、大賞典は3着。チームアルフェッカのエースウマ娘、名前は「ハザクラ」。特別深く知っている訳ではない。だが、足の筋肉を見るに下半身のトレーニングは相当積んでいるだろう。パドックの動きも悪くないように見えるし、簡単に勝たせてくれるような相手ではないように思える。

 

「うーん、多く見積もっても五分五分(フィフティーフィフティー)は超えないと思うんですけど・・・」

 

「ふむ、そう思うか」

 

トレーナーはゲート後ろに移動する姿を見ながら続ける。

 

「・・・あくまで私の予想ではになるが」

 

「はい」

 

私は半分に割った2個目のおやきを渡しながら聞く。

 

「ココロゴウ。アイツは勝つよ。100%勝つ」

 

私は言葉が出ない。大真面目な顔で何を言っているんだこの人。

 

「何を変なこと言ってるんですか・・・」

 

「いや、これが頭から否定できるような話でもない」

 

トレーナーは大口を開けておやきを飲み込んでから続ける。

 

「ばんえい菊花と大賞典の敗因は大きく分けて2つ。1つめは軽バ場」

 

「ああ、ココロさん重いバ場好きですもんね」

 

何回か練習試合に付き合ったが、バ場が乾いてるほど強かったのを覚えている。

 

「兎にも角にも重いほど力を発揮するウマ娘、それがココロゴウだ。ある種ばんえいウマ娘の完成形ともいえる力を持ってる。3%を超えた二つのレースでは思うように力を発揮できなかったがな」

 

私は目線を電光掲示板に向ける。今日の水分量は。

 

「・・・0.3%」

 

ここ最近雨が少ないとは思っていたが、程があるだろう。散水機も使わなかったらしい。

 

「ふふ、僥倖だな。例年1%は超えることが多いんだが、まさかの低さだ」

 

トレーナーは嬉しそうに言う。

 

「・・・んでもって、2つ目は?」

 

「ああ、2つ目な。その前に、見てみ」

 

トレーナーはゲートの裏に指をさす。目を凝らすと、そりを付けるココロ先輩の姿が見えた。

 

「表情が・・・笑ってる?」

 

「そう。2つ目は、メンタル」

 

「・・・メンタル? 逆に今まで問題があったんですか? ココロさんに?」

 

私は驚きの声を上げる。常に高温を推移する先輩に焦りや不安があるというのは信じがたい。

 

「いやな、あいつは良くも悪くも器用すぎるんだよな。素の性格も勿論明るいんだが、その明るい性格でいなきゃいけないって思いこんでる節がある。レースに負けてどんなに悔しくても、私の前じゃ絶対に泣かない、嘆かない」

 

「ふぅむ。なるほど」

 

私は相槌を打ちながら、先輩の表情をよく見る。口角が上がっている。調子がいいという言葉では収まらない何かがありそうだ。

 

「・・・得意の重馬場、久しぶりに立ったBG1の舞台と勝負服。重賞で叩き合った同世代のトップ達。何もかもが揃った素晴らしい好条件。それ自体も勿論ありがたいが、それ以上に意味があることが一つ。勝てると確信できたことだ」

 

トレーナーはニヤリと笑った。確かに、ここまで揃えば暴脚としての強さを十分に発揮できそうだ。

 

「でも、100%は言いすぎじゃないですか?」

 

そろそろゲートインだ。周りの盛り上がりの中、私は聞く。

 

「あくまで私の予想だって言ったろ・・・。第一、トレーナーが担当の勝利を全力で信じられなくてどうすんだよ」

 

「まあそれはそうですけど」

 

ゲートインが終わった。出走まで1分とないだろう。

 

「勝てるような体と心を作って、勝てると信じて送り出すのが私たちの役割だからな」

 

トレーナーは誇らしげな目で、ゲートに入る彼女を見ている。

 

「——逆に言えば、送り出した後はどうにも出来ないんだ。強いて言うなら、信じる事だけだ」

 

「・・・ふふ、ですね」

 

旗が振られる。ファファーレの管楽器の音が、高らかに響いた。

 


 

「帯広レース場第11レース、本日のメイン競走 。ソメスサドル杯ばんえいオークスBG1。10人、落ち着いた表情です。1番人気は4番ハザクラ。力強い末脚が持ち味のウマ娘です」

 

実況の声がおぼろげながら聞こえる。どうやら私の名前ではない。少しばかり残念に思いながら、私は横のゲートで目をつぶる彼女に声をかける。

 

「名前呼ばれてるじゃん。良かったねっ、ハザクラ~」

 

「ああ、ココロさん。まあ嬉しいですけど、別に私が欲しいのは1番人気ではないので」

 

「聞き飽きたセリフだね、ふふ。まあ様式美はどんな映画にも必要か」

 

私は不格好に大きくなった手で、中折れ帽を深くかぶりなおす。

 

「そんでもって、欲しいのは~?」

 

ハザクラは、ゆっくりと目を開けながら言った。私もそれに合わせて呟く

 

「「1着だけ」」

 

さて、私の肉体よ。追う準備は良いか、追われる用意はできているか。

この場は「オークス」だ。日本で最も開催が遅く、最もスピードのない、最も美しいオークス。

 

ファンファーレが嘶く。震える手を抑え、私は二足で立つ。

 

「・・・っゲートが開きました」

 

出だしは好調。一歩目を踏み出した瞬間、周りの全員の表情が変わる。

 

(重っっ・・・!!)

 

0.3%、それは砂漠や乾いたビーチサイドの如き質感。いつかの昔に見た砂に食われるホラーを思い出す。

 

「さあ第一障害、先に抜けたのは7番スペクトルワン、続いてココロゴウ。全体少し詰まったか」

 

当然だ。重バ場で何も考えずスイスイと第一を抜けたら前の直線で吐いてしまうだろう。そうだ。今日の為にメンタルだって鍛えてきたんだ。力が必要な場所と、時間をかけるべき場所。見極めろ、見極めないと順位は落ちていくぞ。

私はゆっくりと直線に足を付ける。普段動画で見ていると短いように見えるが、670kgのそりを背負って走る、77mの砂の道だ。一瞬の油断さえ出来やしない。

 

「先頭入れ替わって、やはり出てきた1番人気ハザクラ。桜色の勝負服です」

 

横の直線でそりを引く彼女が先頭に立った。少しハイペース気味だが、大丈夫なのだろうか。刻みも入れているとはいえ、そのペースで行ったら第二障害前で落ちてしまうだろう。

 

(焦りか・・・? だけどそういうキャラじゃ・・・ない気がする)

 

やっぱり、彼女は焦ってない。自分の世界に没頭している。この0.3%の中で、自分ならいけるという確信の元走ってる。尊敬と憧れの反面、同じレースを走る者としては厄介極まりない。

だが、今日のバ場なら、分はこちらにある。

私は刻みを減らしていく。歩幅を小さくし、少しずつ回転数を上げていく。

 

「現在先頭は引き続きハザクラ、ほとんど変わらず3番ココロゴウ」

 

差は詰まっているが、ここからが長い。障害前までざっと20mほど。彼女も私が迫っているのは気が付いたうえで無理な加速をしていない。流石に上手い。

 

「ココロさん、流石に鍛えてきてますねっ・・・」

 

彼女は前を向いたまま呟く。

 

「・・・レース中の私語は慎もうよ、嬉しいけどさぁ」

 

集中を乱すためか、はたまた単なる賞賛か。私は笑いながら返答をする。

鍛えてきている。それはお互い様だろう。貴方だってこの砂の上で先頭を走る脚を持っている。

 

「さあばんえいポイント、第二障害です。先頭二人がたどり着きました」

 

煙となってまき散る砂の中で、歓声が聞こえる。障害は華があるから盛り上がりも一段と大きい。

 

「———フゥゥゥゥ」

 

息を深く、深く吸う。応援の声がどれだけ大きくとも、私のスタミナが増えるわけではない。落ち着いて、足のエネルギーを意識しろ。フレディのように夢の中にいるわけではないのだ、私は完全なウマ娘じゃない。技巧と悪あがきで勝利を掴む以外の道がない。

 

(ハザクラ・・・、)

 

彼女は若干前傾した姿勢で立っている。視線を落とさないように意識しているようだ。とはいえ疲労もあるらしい。首は上だというのに、目線が下がりかけている。

・・・やはり、分は私にある。ここまで無茶をしてきた私の全ての細胞、無駄ではなかった。

 

「さあ、初めに足をかけたのはココロゴウだ! 挑戦が始まっている!」

 

大歓声を一身に受け、私は地面を目いっぱい踏む。体を前傾させ、上半身で発生したエネルギーを大地に持っていく。

 

「オ゛ラ゛ァ゛ッッ!!」

 

怒号ともとれる私の声。普段出さないような低音が私の喉を削る。

 

「続いて1番キタノハドウ、後続も続々と登り始めていきます」

 

歩幅を小さく、自分が今どうやって動くべきかを考えるんだ。障害にかけた足の一歩一歩にココロを込めろ。

スタミナは十分。筋肉も悲鳴を上げるにはまだ早い。

 

「先頭ハナを切ったのはやはり3番ココロゴウだ! 続いて7番スペクトルワン、すぐ後1番人気ハザクラ」

 

勝てる、勝てる。今頂上に立っているのは私、ココロゴウだ!

私はダッシュで障害を下る。もう残りは傾斜付きの直線だけだ。重バ場の直線で私と争える相手なんて・・・。

 

「一気に来たっ、4番ハザクラ走ってきたぞ」

 

「マジで!?」

 

私は思わず振り向く。あのタイミングでこの登り速度。調子のいい時のバレット先輩が想起される。

 

「末脚なら、誰にも負けないですよ・・・」

 

純粋な闘志、不屈さ。諦めない心と魂。それらは敬意と尊敬の対象。そして、戦う相手として、畏怖と驚異の対象。

高貴な精神。その力は実にシンプルだが、どうしようもないほど強力で、一介のウマ娘なんかじゃどうもできないような残酷さを秘めている。

 

(だけど、そうだとしても、)

 

勝ちたいココロ、前に進もうとする私のココロ。私だって誰にも負けないそれを持ってる。だから今ここに立ってる。

脚が砂に埋もれる。エネルギーは既に十分充填済み。駆け出すには十分すぎる。

 

「さあ逃げ始めたぞココロゴウ! 後続も続いていくが距離は離れていく!」

 

私は670kgをものともせず進む。先ほどとは打って変わって、大股で一歩一歩をフルに使って。

 

「ココロー!! 無理すんな!! 焦ってんぞ!!」

 

分かってるよトレーナー。だけど、ここは否応なく無理すべきところだ。

このメンバーの中で、一番動きが多いのはきっと私だ。誰よりも無理をしているのも私だ。このまま流しながら走り切るのも一つの手なんだろう。

だが、それじゃきっと勝てない。あの表情、あの不屈のココロには勝てない。

 

「どうせ勝つなら、暴脚ココロとしてだ・・・」

 

一歩踏め。直線が続く限り踏み続けろ。地面がある限り、砂が舞う限り走り続けろ。

 

「さあ頭が入ったっ! 後続も詰めていくが苦しいか!」

 

勝てる、今なら勝てる。かつてないほど高まる勝利への欲求と興奮。

今の私ならクラシックのBG1に、生涯一度のBG1に、勝てる。勝ち切れる。

 

 

『ピシッ!!』

 

 

何かが、鳴った。私の左足で。

その認識が回った瞬間、想像を絶する痛みが、稲光の如く足から発せられた。

 

「・・・ココロッ!!!」

 

「先輩っ!!!」

 

トレーナーと後輩の声がしている。観衆もざわついているようだ。

いったい何が起きたのか理解が及ばない。一体何が起こったんだ、寸刻前まで万全の状態で走っていたはずなのに。

 

「足をやった、踏ん張りすぎたんだっ」

 

トレーナーの言葉を聞き、私は足を止めて歯を食いしばる。痛いなんてもんじゃない。足で火薬が弾けたみたいだ。

だが、折れてはいけない。ここまできて競走中止なんて冗談じゃない。

夢だったBG1の称号。ここを逃したらもう2度とチャンスを得る事が出来ないかもしれないという不安。どうしようもないほどの、敗北への恐ろしさ。恐怖が全身に回る。

 

「おおっと、ココロゴウに何かトラブルか。だが既にそりの頭はゴールに入っているぞ」

 

全身から汗が噴き出す。血が恐ろしく早く巡っている。痛い、怖い。

 

「ハァッ、ハァッ、ハアッ、———」

 

呼吸が浅くなっている。やはりばんえいウマ娘といえど身体を持つ生物なのだと痛感する。確かに、私はジェイソンやブギーマンのような怪物の肉体を持ってるわけじゃない。あくまでウマ娘として生きているんだ。無限の体力などは無く、こうやって怪我だってする。

 

だからこそ、その儚さに私の理想とする強さが存在したから、私は帯広に立っているんだ。

怪我程度で私の覚悟を、私の不屈の「ココロ」を否定されて堪るものか。

 

「ココロっ、動くなっ!!」

 

「ココロさん・・・!!」

 

トレーナーとハザクラの声が聞こえる。だけどそれもハッキリと耳に入らない。

足が勝手に前に出る。若干の負荷がかかり、鈍痛が走った。

 

「グッ・・・」

 

どうしようもなく痛いが、足が動いた。下がっていた目線を前に向ける。呼吸音がうるさくなってきたが、この際どうでもいい。

 

「ココロゴウ再び前を向いた! あと2歩っ! だがハザクラ迫ってきている!」

 

だが同時に、後方の接近の音が大きくなっている。どうやらもうすぐ決着らしい。

泣いて叫びたい、このまま倒れこみたい。だが、そうなってはいけないのだと私の細胞が、確信している。

ここまで付いてきてくれた、この暴れる脚に失礼だ。

 

「並んだがココロゴウ早いっ! そのまま動き出して、」

 

世代最強、もう手放せないその称号。呪いともいえるそれを私は、

 

「ゴールインッッ!!」

 

軋む左足で、ゆっくりと、確かに受け取った。

 


 

「足、大丈夫ですか?」

 

「あ、ハザクラ、来てくれたんだねっ」

 

私は明るく返答する。彼女の表情はどこか暗かった。

 

「足は、骨にヒビだって。しばらくは療養がいるってさ」

 

私は映画雑誌をしまい、彼女の目を見た。既にトレーナーとチームメンバーが慌てて駆け込んできた後だ、お通夜のような空気には慣れてしまったが、やりきれなさは拭えない。

 

「そうですか・・・」

 

ハザクラは苦笑いを浮かべながらベッドの横に座る。神妙な面持ちで、ゆっくりと口を開いた。

 

「今日は1着おめでとうございます。完敗でした」

 

「ハザクラも強かったよ。あの末脚にはびっくりした」

 

無理をしなければ確実に獲られてた。あの時の私の判断は間違いじゃなかった。

 

「でも、せっかくBG1ウマ娘になれたのに、これじゃあね」

 

私は包帯が巻かれた足を見ながら言う。トレーナーには、様子を見るが間違いなく「しばらく」の療養だと言われた。表情を見て、そう簡単に帰ってこれるような怪我じゃないのは理解できたが、それ以上を聞く勇気はなかった。

 

「次は、是非リベンジさせてください。待ってますから」

 

「え・・・?」

 

ハザクラは近くの花屋で買ったであろうフラワーアレンジメントを置き、行ってしまった。

 

「むぅ・・・」

 

待たれても困る。いつ帰れるかも分からないのだ。第一、復帰まで期間が空いたら私はCクラスからのスタートになる。私が彼女と同じ土俵に上がれる保証はない。

 

「無責任だなぁ、ふふ」

 

私はせせら笑いを浮かべながら、とうに日が沈んだ外を見つめる。

これからどうしようか悩んだ刹那、電話が鳴った。

 

「はい、もしもし」

 

「ん、ココロ。私だ」

 

トレーナーの声。あとで連絡すると言っていたのを思い出し私は返事をした。

 

「とりあえず今日1日はレース場の保健室で、明日からは病院だ。んで、休養期間はその時の診断結果で私が判断する」

 

「分かったよ、にっしー」

 

「・・・すまないな」

 

ベランダで話してるようだ。車の動く音が電話越しに聞こえる。

 

「そんな悲しい声出さないでよ、勝ったんだからさ」

 

私は明るく返事をする。いつもと同じ気持ちで話しているはずなのに、どこか心苦しい。

 

「・・・ココロ、」

 

「ん? 何?」

 

トレーナーは言葉を選んだのだろう。私は電話越しの息遣いを聞きながら聞き返す。

 

「・・・泣いていいんだからな」

 

トレーナーは一言静かに言った。私は、今までも、そしてこの瞬間もすべてバレていたのだと気が付き、思わず電話を握る手が強くなる。

 

「———うん」

 

もう一度外を見る。夜空には星が輝いている。あの日も、あの日もそうだった気がする。きっとこれからもそうなんだろう。

 

「・・・じゃ、それじゃ」

 

「うん。ありがとうね、にっしー」

 

私は軽い返事と共に電話を切った。

悠久とも取れるような、長い時間が沈黙のまま過ぎたような気がする。私は、少しだけ左足に力を入れた。

 

「痛っ・・・」

 

走りたい。この足でもう一度。ここまで着いてきてくれたこの足を、もう一度信じてあげたい。

私は、震える手を胸に当て、声を押し殺して泣いた。再びここで星空が見えるのが何時になるのか、知らぬまま。

 

 




余談。

ココロさんの怪我は所謂「裂蹄」と呼ばれる故障をイメージして書きました。ばんえい馬は非常に頑丈で骨折や腱鞘炎なんかはめったに起こらないらしいのですが、疝痛や蹄葉炎、裂蹄なんかは起こってしまう事もあるらしいです。そういったものがウマ娘に起こるとしたら一体どう表現するのが適切か。カフェやジョーダンのストーリーでは「爪が裂ける」という表現にしていますね。しかし、裂蹄はそんなレベルの故障ではないのも事実。ということで今回は足の骨の「ヒビ」という表現で書いてみました。実際は輓馬が踏み込みすぎで骨折なんて起こりえない事なので、かなり苦渋の決断にはなりましたが。
また、不快な思いをした方がいたら申し訳ありません。


設定紹介Q&A

Q.ココロゴウって初期より丸くなった?

A.あー、うん。多分そう。

初登場時にはっちゃけさせすぎたんだ。とはいえ大分理性的にしてしまった。あと同じことをバレットさんと西高さんでもしている。変えるならば初期の方を変えるかなぁ。
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