入学してひと月と少し立った5月中旬。少し広くなったクラスで私は頬杖をついていた。大きく口を開けてあくびをしたのをカエデに見られて頬を赤く染めながら、消されかけている黒板の文字を慌ててノートに書く。校庭でやっている体育の授業を見ながら私はため息をついた。
「・・・練習したい。」
ぼそっと言ったつもりだったがカエデには聞こえていたようで、彼女はくすくすと笑いながらこっちを見ていた。
チャイムが鳴り、授業も終わったところでカエデが言う。
「ゴッドも選抜出るんでしょ?」
「ああ、出ると思う。」
能力試験からはや2週間。「特別講習」が「自主トレーニング」となったが、他はほとんど変わらなかった。選抜レースのほかにも模擬レースなどの申し込みは絶え間なく行われており、学園のウマ娘は皆レースに向かって励んでいるようだった。
「選抜でトレーナー付くといいね。」
「付くと楽だからそうなったらいいんだけど・・・。」
学園でのトレーナーの役割は他と大した違いはない。普段のトレーニングの指導、レースへの出走、走るのに適した環境を整えたり、メンタルのケアを行ったり。いないと公式のレースには出ることができない、ウマ娘にとって大事な存在である。
「私はもうチーム入ったぞ。」
近くに不意に現れたウェルが言う。カエデは驚いて変な声を上げた。
「ふぇあ!?、急に出てこないでよぉ、ウェル・・・。」
ウェルは笑いながらごめんごめんと言った。
「入ったって、どこに?」
「えーっと、『チームエニフ』。早川トレーナーのチーム。」
中央と同じように、帯広トレセンにも各トレーナーが作っているチームが存在する。チームミラク、チームアルフェラッツ、チームシェダル。
確か、チームエニフはその中でも最近勢いを伸ばしているチームだ。ウェルらしい選択だと思っているとカエデが言った。
「いいなー、私もトレーナー付くかなぁ。」
「選抜レースの前にチームに入ってトレーニングの指導をしてもらうって手もある。」
ウェルがその選択をしたのだろう。効率的で確実なトレーニングの指導をトレーナーはしてくれるし、勝つためには悪い選択ではないのかもしれない。
「私も見学とか行ってみようか、どうしようか。」
「行ってみて損はないと思う。私もエニフ入る前に三つくらい見学したし、どこもスタイルが違くて勉強になる。」
「そうなの?、どこも大体一緒だと思ってた。」
カエデが帰りの準備をしながら言う。確かに、チームごとのトレーニングのスタイルなんて考えたこともない。ますます気になってきた。
「ウェル、お勧めのチーム無い?」
「ゴッドにお勧めのチーム・・・」
ウェルは少し悩んだ後、思い出したかのように言った。
「あれだ、『チームサドル』。トレーナーがふわふわした人だから私には合わなかったけど、ゴッドには合うんじゃないか?」
カエデが身を乗り出して「私は?」と聞く。それを適当に流すウェルを見ながら私は日曜日の予定を開けた。
チームサドル
そのチームのトレーナーは若い女性だった。短い髪の毛は金色に染まっており、自分は走らないにも関わらずジャージを着ている。ボードを大事そうに抱えながら、何かを計算している。
「あの・・・。」
私がおずおずと話しかけると、彼女は目を輝かせて言った。
「お、見学の子だよね?、えーっと、ゴッドドラッガー君。チームサドルにようこそ。」
私は少し緊張しながらも自己紹介を済ませた。その人はキャラメルを私に放り投げ、何の前触れもなく自己紹介を始めた。
「私がトレーナーの
笑顔で手を差し出してきた。握手と共にトレーニングコースに目を向ける。
「うちのチームメンバーは4人。あー、皆いろいろ濃いよ。」
「濃い・・・?」
「まあ、見た方が早いかな。お、ちょうど来た。」
駆け寄ってきたウマ娘の方を見ると、彼女はタイヤ引きの最中だった。
「西高ー、タイヤ引き5本終わったよー。」
「OKー、バレット、今日はバ場が軽いからあと3本。」
「3本?、多くない?」
露骨に嫌そうな顔を西高トレーナーは何のためらいもなく切り捨てる。
「文句言わないの。あとでおやき買ったるから。」
「言ったな!?、言質とったかんな今!?」
さっきまでの嫌そうな顔は急変し、そのウマ娘はノリノリでタイヤを引きずりに向かう。人心掌握、というよりは単純に物で釣った感じがする。いつもこうなのだろうか。すさまじく態度がコロコロと変わるウマ娘だ。
「・・・嵐のような感じだ。」
「まあ、嵐だからねぇ?」
私が「え?」と聞き返すと、その人は笑いながら言った。
「ストームバレットって言うのよ、彼女。」
弾丸の嵐。すさまじい名前だが、名は体を表すという事だろうか。
「他の3人は・・・?」
「うん、二人が姉妹なんだけどね。シャドーゲイザーとシャドーサイレス。あっちでウェイトトレーニングしてる二人だよ。」
トレーナーが指さした方向には順番に数を数える青毛のウマ娘が二人、重そうなダンベルを抱えていた。
今は邪魔してはいけないからあとで挨拶しようと思い西高トレーナーの方を向く。
「もう一人は?」
「あー・・・、うん。」
その人は分かりやすく目を逸らし、苦笑いを浮かべた。
「えーっと、その、アイツなぁ。自販機に行っててもうすぐ帰ってくるんだけど・・・」
なぜ言葉を濁すのか、と思っていると遠くから元気な声が響いてきた。
「ぁぁぁぁぁぁあああああーーーーーー‼‼‼」
ぎょっとして振り向くと、アラレちゃんのごとく腕を広げた黒鹿毛のウマ娘がこっちに走ってきていた。
「西高トレーナー‼、その子‼、新メンバーでしょ⁉」
「違うって、声がでかいんよ、いつも。」
トレーナーは耳を抑えながら言った。
「ええ?、じゃあ見学か?、まあそれでもいいや‼」
そのウマ娘は腕を元気に差し出していった。
「私はココロ‼、ココロゴウだよ‼、よろしくね‼」
よろしく、だけで済みそうにないが私は覚悟を決めて手を出した。
「よ、よろしくお願いします・・・。」
案の定、手を大きく上下に振りながらココロさんは「よろしくね!」と言った。
「・・・どうしたんですか?」
私は全身の力を振り絞るようにして言った。
「・・・疲れた。」
いや、それは分かりますとラルバは言った。
「なんでそんなに疲れてるんです?」
「いやちょっと聞いてくれよ。」
私がベッドに腰掛け、ラルバからもらったクッキーを飲み込んで言った。
「今日チームサドルの見学に行ったんだけどさ、先輩ヤバかったんよ。」
「ヤバかったとは?」
「バレット先輩はおやき食べながらめっちゃ話しかけてくるし、姉妹の先輩は100kg以上のダンベル持たせようとしてくるし、ココロ先輩はダートでブレイクダンスしてるし、西高トレーナーは止めないし。」
ラルバは湿布を渡しながら言った。
「ああ、ご愁傷さまです。だから部屋に入るなり何も言わずベッドに倒れたんですね。」
「そうなのよ・・・」
彼女はワッフルの袋を開封し、本を片手でめくりながら言った。
「・・・で、結局どうだったんですか?、チームサドル。」
「・・・めっちゃ楽しかった。」
惹かれる、魅入られたように。
一週間後
「という訳で、ゴッドドラッガーさんが正式にチームサドルに加入です、拍手!」
6人入るには手狭なトレーナー室の中で西高トレーナーが言う。
「いやぁ、すごいな、うちのチームの見学に来た奴はみんな断っちゃうから、うれしいよ。」
「バレットが変に絡むからでしょうが。」
「そうだー」「そうだー」
トレーナーは盛り上がるメンバーをよそに、私に聞く。
「他のチームの見学はしたの?」
「あ、はい。しました。チームミザールとチームシェダルに。」
私が言った二つのチームを聞くと、西高トレーナーは驚いた顔をして言った。
「ミザールとシェダル行ったうえでうちに入ったんだ?、自分で言うのもなんだけど変わってんね。」
行った二つのチームは「普通」だった。どこをどうとっても一般的の範疇を出ない。それだけにメンバーも多かったが、どうにもハマらない感じがした。だからこそ私は消去法じゃなく、自分で選んでこのチームにした。
「たぶん西高が裏金つかませたんでしょ。」
「えー、トレーナーさすがにそれは引くわー」
「引くわー」「ないわー」
「やってないわい!」
私は笑いをこらえながら深く腰を曲げ、お辞儀をする。
「えーっと、これからできる限り頑張ります、よろしくお願いします。」
私がそう言った瞬間全員ぴたりと動きを止め私の方を見た。私は何かまずい事でもしてしまったかと不安になったが、次の出来事でそんな考えは瞬く間に消え去ってしまった。
「「「「よろしくお願いしますっ‼‼」」」」
チームサドルの伝統だろうか。全員90°に腰を曲げ、響くような声で言った。私は血がたぎるのを感じ、もう一度大きな声であいさつをした。
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
白鳥座の交点に位置する星、サドル。星言葉は「自由な理想主義者」
そんなチームで、私の自由と理想を追い求める日々が始まった。
設定紹介Q&A
Q.チーム、トレーナーについて教えて
A.中央とさして変わらない
在籍トレーナーは現在46人。また補佐などを含めると70人ほど。彼らの役割は平地の人たちと変わらないが、珍しいことと言えばコースの水分量のチェックやそりの点検、蹄鉄を打つことなど。
チームは1トレーナーあたり1つ受け持つのが基本のため、46チームが存在する。ウマ娘はチームに在籍するのが基本ではあるが、デビュー前のどの時期に加入するかは制限がない。いつ入ってもいつ変更しても、特に差し支えることはない。なお、メンバー3人からチームとして認められる。