「選抜レースは毎年やってるんだけどさ、毎年結構盛り上がるんだよ。」
「盛り上がるんですか。」
西高トレーナーとラルバが蹄鉄を打つ横で、バレットさんが言った。
「バレットさんも出ましたよね。」
ラルバが黙々と蹄鉄を打ちながら言う。何で知っているのだろうか。
「出たね、前言ったもんね。3着だったよ。」
「あの頃の私がトレーナー1年目だったからなぁ、今だったら勝たせてあげられたと思う。」
トレーナーはそう言うと、打ち終えた蹄鉄を私に渡してきた。
「いよし、ラルちゃんと私が心を込めて打った蹄鉄だ。間違いなく勝てるよ。」
ラルバが笑いながら「期待してます」と言う。バレット先輩はウインクをして、ニヤリと笑った。
「行ってこい!」
全員の声を受け、私はゲートの後ろに足を進める。観客席は、新人の中の最強を見ようと多くの見物人で賑わっていた。
「今年は誰が勝つかなぁ。」
「シシカエデちゃんじゃない?、練習ちょっと見てたけどヤバかったよ。」
「いや、ミストチェリーだな、あの脚なら障害も折らずに登れるよ。」
きっと彼女らの予想の中に、私も入っているのだろう。ごく少数ではあると思うが。それに・・・
「おい、ゴッド―、こっちだ。」
「ヘイヘーイ、足の調子は?」
場所取りを長いことやっていた先輩もちゃんといる。緊張なんて全くと言っていいほどしない。
「大丈夫です、ココロ先輩。教わったからには勝たせてもらいますよ。」
「お、言ったな。じゃあ今日買ったらにっしーの金でジンギスカン行こうか。」
シャドー先輩が笑いながら言う。気合が一段と入り、私はこぶしを握り締めた。
「あ、いた。おーい、ゴッド―。」
手を振り私を呼んできたのは、今日の最大のライバル。カエデ。
「今日はがんばろうね、って言いたいとこだけど。」
私は苦笑いを浮かべた。
「あんまり頑張んないでほしい・・・。」
カエデはニヤリと笑いながら言った。
「お互い様でしょうが。でも、私は手を抜くつもりなんてまったく無いよ。」
「私もだ。」
もうすぐレースだというのに、なんだか実感が湧かない。ウェルに言ったら引っぱたかれそうだ。
・・・ウェル?
「そういえばカエデ、ウェルはいた?」
「ああ、なんか体調悪いからってさっき寮に戻っちゃったよ。めっちゃ顔色悪かった。」
なんたること。レース前に喝を入れてほしかったというのに。・・・にしても、
「ウェルがそんなに不調なの、珍しいね。」
「・・・たぶんそれだけじゃないけどね。」
「え?」
私が聞き返そうとした瞬間、笛が鳴る。私はとっさに指定されたゲートの後ろに立った。
8枠9番。始まってしまえばそんなことを考えている暇はない。
「これより!、第46回、選別レースを始める!」
センバツ
そりの重さは500。いつもの重さだ。
「位置について。」
旗が上がったのを見て、体制を変える。初速はレースの命。勝ちに直結する。
「ガシャン、」
開いた。行かなくては。
横一線に駆けだした10のウマ娘達。新人の中でもトップの実力者であろう彼女らは皆先頭だけを見ていた。
「第一障害だ、上がるか。」
練習で行うのと、レースで行うのは話が違う。まずは大きい呼吸。
「フゥゥゥ…」
足をかけ、上に推進する。そこから、上に上がったエネルギーをそのまま横に。
「おっし、ゴッドが先頭だ。行けるか!」
「いや、まだだ。」
さあ、「刻み」だ。体力は無尽蔵じゃないし、メンタルとフィジカルは思う以上に直結している。痛いほど学んだ。
「ハァッ、ハァッ・・・」
私が止まったのを横目に、二人ほど駆け出す。刻まないのか。
「ああ、やっちゃったか。」
私を含めた他の8名は止まっては歩きを繰り返す。まだ体力も残っている。まだ先頭だ。
「さあ、トップで第二障害だ。ここからが勝負だな。」
先日の私のように障害前で力尽きた横の娘の顔を見ながら、障害を見上げる。
「高っけぇな、ええオイ・・・」
明らかに1.6mの高さじゃない、自分より30cmも低い丘を私は「見上げている」のだ。
私が息を整えているとすぐにカエデを筆頭に、5人ほどが並んだ。
行けるのか。彼女らよりも先にこの山を登り切れるのか。
自分ならできる、だとかいう確信は一切ない。負けるかもしれない、前のように倒れるかもしれない。
しかし、私に登る以外の選択肢はないのだ。「ばんえい」なのだから。
足にエネルギーを、踵の火薬を破裂させろ、ここが正真正銘、「踏ん張りどころ」だ。
「ゴッドがトップで障害上がったよ!、これはひょっとするとひょっとするんじゃないか!?」
まだ先頭だ。他の溜めが中途半端だった彼女らは潰れる。懸念であるカエデもまだスタートを切ってない。
行かなくては、このまま、前へ。
「抜けた抜けた抜けたー‼‼、走れー‼、ゴッド―‼」
バレット先輩の元気な声が聞こえてくる。私を応援する声援の声もちゃんとある。
視界に光が入った。ここが頂上、山のてっぺんだ。
「眩しい・・・」
前を見たことで視界が開けた。あとは直線、残った体力で、一気に。
「エ゛ア゛ア゛ッッ‼‼」
後ろから、耳を劈くような声がして、私は思わず振り向いた。そこにあったのは、まるで平地を歩くかのように障害を登る、カエデの姿だった。
「シシカエデ来た、カエデが来たよ‼‼」
なんという速度で障害を登るのだ、化け物かコイツは。
「マジかよ・・・」
私は一気に障害を下る、後ろからくる[[rb:圧力 > プレッシャー]]は私を飲み込もうと、すさまじい勢いで迫ってくる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ッ、ハァッ、」
少しでも足を止めたら、「殺される」。トラかオオカミの群れに追い回されるような、死の恐怖。
「ゴッドー‼、逃げろー‼」
言われなくても逃げるだろう、こんな化け物から逃げ出さない奴なんていない。
残りは20m程、いける、いける、いける。
「よしっ、ゴールまで頭入った。あとちょっとだ‼」
足が重いッ、動かないッ
ガシャガシャと音を鳴らして化け物は既の所まで迫っている。
勝ちたい、勝ちたいというのに、あと2歩か3歩だというのに。
「ァァアアアッッ‼‼」
旗が振り下ろされる音が、乾いたコースに響いた。
「2着かぁ、がんばったなー。」
「惜しかったんだけどな、ギリッギリだった。」
ジンギスカンを食べながらトレーナーが言う。
「まあ、全力は出したので後悔はないです。」
ハナ差の2着。あまりに惜しかったが、仕方がない。
そう思っていると、横から遠慮気味な声が聞こえる。
「・・・私は居ていいんでしょうか。」
私の横に座っているのは本日のナンバーワンであるカエデ。西高トレーナーが呼んだらしい。
「勿論ですとも。焼肉なんだから、みんなで食った方が美味いよ。」
カエデは笑いながらジンジャーエールに口を付ける。
「・・・レース中のカエデ怖かったぁ」
私はいつもと変わらないカエデを見て内心安心していた。
「怖いって何さ、普段通りだったよ。」
「嘘だぁ!冷や汗まで掻いたんだぞ!」
カエデと私は笑いながら肉を頬張った。たれの味が口いっぱいに広がる。
やはり肉は良いものだ。黙々と食べていると、トレーナーが言った。
「・・・カエデちゃんはトレーナー決まった?」
「いや、まだです。」
肉と白飯を飲み込み、カエデは言った。彼女ほどのウマ娘ならすぐに担当も決まりそうなのだが。
「ウチくる?、楽しいよ?」
西高トレーナーにしては珍しい、スカウトするなんて。
「せっかくなのですけど、遠慮しておきます。」
カエデは申し訳なさそうに続けた。
「ゴッドちゃんとはライバルでいたいので、別のチームとして競いたいんです。」
西高トレーナーはそれを聞き、少し笑って言った。
「それもそうか、変なこと言ってごめんね。」
カエデが返事をしようとした瞬間に、後ろから声がした。明るい声だ。
「にっしー抜け駆けはずるいよー。」
「・・・りっちゃん。飯は奢んねーぞー。」
若い女性だ。ワイシャツを華麗に着こなしている。
「トレーナー、この方は?」
「
その人はニコニコしながらお辞儀をした。
「里津って言います、チームスハイル担当してる人です。以後お見知りおきを。」
「・・・んで、何しに来たんだよ、まさか普通にジンギスカン喰いに来たとかは無いよな?」
帯刀トレーナーは「まあね~」と言いながらカエデの方を見た。
「カエデちゃん、スハイルに入らない?」
「スハイル?」
チームスハイル、学園屈指の強いチームだ。昨年のばんえい記念を制したウマ娘がいるという。
「・・・考えてはみます。今ここでは決められませんが。」
カエデはジンジャーエールを飲み干し、ポケットから手帳を取り出した。
「見学ってやってますか?」
「勿論、明日から一週間は普通にトレーニングしてるからいいよ。」
帯刀トレーナーは笑いながら西高トレーナーの横に座った。
「・・・用済んだなら帰りなさいよ。」
「ジンギスカンを食べようと思いまして。」
西高トレーナーは笑いながら言った。
「よーし皆どんどん食え、りっちゃんトレーナーが奢ってくれるってさー。」
元気な笑い声が焼肉屋に響いた。
設定紹介Q&A
Q.西高とか帯刀とか早川とか。なんか由来あるん?
A.ぶっちゃけほぼ無いに等しい。とはいえ0でもない。
西高はマジでない。とはいえ奇をてらった感じの名前じゃないから気に入ってる。
帯刀は、これを書いていた時に刃牙の宮本武蔵が好きだったから。
早川は「よつばと」のみうらさんが何となく頭によぎったから。決してサザエさんからではない。