神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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ウェルミングスは「overwhelming」をもじりました。「圧倒する」って意味が込められてます。その名の通りの生き方をするのは簡単ではないですが、難攻不落の目標があるからこそ生は輝くのだと、彼女自身は思ってるんじゃないでしょうか。
ちなみにウェルさんは204cm、会長は189cmです。


第七話 「圧倒的であれ」

私は、何故ここに立っているのだろうか。

私は、何故コースの上にいないのだろうか。

私は、何故走る彼女たちを見ているのだろうか。

 

今日は選抜レース。私の出ない、大きなレース。

 

劣等

 

「レースの勝ち方、障害の超え方、息の整え方、足の踏み出し方。大きいことを成し遂げるには小さい事から始めるべきだ。」

 

その人は、私がチームに入った初日にこれを言った。重々しく、そして心強いこの言葉に私は勇気づけられ、そして今、押しつぶされようとしている。

 

「大きいことを成す、じゃねぇよなぁ…」

 

勝てなかったのは私のせいだ。誰のせいでもない。だからこそやるせない気持ちが襲い掛かってくる。なぜ勝てなかったのか、あの後何度も自分に聞いた。回答はどれも同じ。

 

『お前が弱いからだ』

 

知ったこと。私は弱者だ。それはいつも変わらない。「ウマ娘」に成りきることができなかった、半端者。

 

いつの日だろうと思い出す、幼い時に見たテレビの画面。

 

「アイネス!アイネス!アイネス!アイネス!」

 

湧き上がるダービーの歓声。焦がれる。強く、恐ろしく強く、私を魅了する。

 

「日本ダービー…」

 

私と彼女たちに大きい隔たりがあることを知ったのは、それの少し後だった。

 

「ばんえい、ですか?」

 

「うん。君等は「ばんえい」だよ。」

 

中央、地方程度の壁じゃない。「種族」が違うのだ。私たちはスタート地点どころではなく、走る場所すら違っていた。

ダービーに出る、なんて夢のまた夢。芝の上を走ることさえ不可能なのだ。なんと残酷なことか。トレセンに入学しても、私の脳裏には中央の鮮やかなターフがいつも過る。

 

「…あーあ。」

 

ばんえいが嫌いなわけじゃない。一位を取りたい気持ちに嘘はない。でも、どこか自分の中で「妥協して走っている」という気持ちがある。ここにいるウマ娘の多くは、きっと今の状況に何の疑問も持っていない。ただ、何も考えず、気負わず、マイナスな気持ちを無しにして走れることがどんなに幸運か。

 

能力試験のあの時、私は何を思ったのか。何にせよ、不要な感情だ。レースを走っている時に真っ先に捨てるべき感情だ。「これじゃない。」そんなことを考えるな。お前が走るべきは帯広なのだ。ここ以外にお前の居場所はない。東京にも中山にも阪神にも京都にも、お前の居場所はないのだ。腹を括れ、覚悟を決めろ。

必死に言い聞かせても、負の感情はなかなか消えない。

私は弱者であり、敗者だ。半端者であり、あきらめの悪い、ここにいる資格すらない、愚か者だ。頬を伝う涙が、それらを雄弁に語っていた。

 


 

「ウェル、大丈夫?」

 

「…ああ、大丈夫です。」

 

早川トレーナーは心配そうにこっちを見ている。私はタイヤ引きを続ける。

 

「怪我とかじゃないな、悩み事?」

 

バレていたか。この人に隠し通そうにも、それができる自信はない。

 

「あの、少し聞きたいんですけど。」

 

「どうした?」

 

私はタイヤを外し、少し息を吐いた。

 

「早川さんは中央のウマ娘と関わったことってありますか。」

 

「中央?、あるよ。」

 

意外だった。この人はばんえいの人だと思っていた。

 

「知り合いに中央のトレーナーがいて、会ったことあるけど…。それがどうかした?」

 

「その方はどんな感じでした?」

 

早川トレーナーは少しうなった後、言った。

 

「なんか、オーラがすごかった。こう、迷いのない感じ。」

 

「迷いのない感じ、ですか。」

 

そうだろう。あんな魔物の巣窟で、迷いのある者が生き残れるはずがない。

 

「…で、何を悩んでるの?」

 

話すほうが良いのだろうか。幻滅されないだろうか。

しかしもうどうでもよくなってきているのも事実。ええいままよと私は話し始めた。

 

「私、中央で走るのが夢だったんですよ。」

 

早川トレーナーはぽかんとした顔をし、すぐに頷いた。

 

「ばんえいが嫌いなんじゃないんです。でも、いつも頭には中央のターフが浮かぶんです。」

 

「…中央かぁ。」

 

早川トレーナーは少し考えた後、誰かに電話を始めた。

 

「ああ、はい。お願いします。じゃあ、それで。」

 

「あの、誰に電話してたんですか?」

 

「君の悩みを完全に払拭してくれる人。」

 

まったくもって心当たりがない。私の悩みを聞いてくれるカウンセラーだろうか。

 

「…誰ですか?」

 

トレーナーはニッと笑って言った。

 

「ここで一番強いウマ娘だ。」

 

 

 

生徒会室。入ったことはない。会長さんも知っているが、顔も浮かばないくらい印象にない。

 

「失礼します…」

 

「ああ、いらっしゃい。」

 

私は部屋に入るなり息をのんだ。そこに立っていたウマ娘は何もかもが違っていたからだ。

身長は私より小さいはずなのに、大きく見える。肩幅も広い。タイツの上からでも足の筋肉のすさまじさが分かる。

だがそれだけじゃない。気迫か覇気か。近くに立つだけで窒息しそうになるような、高密度の「強さ」。

 

「帯広トレセン生徒会会長。エゾオウです。よろしく。」

 

差し出された手を見て初めて、私がどこに何をしに来たかを思い出す。私は深く呼吸をし、差し出された手を握り返した。

 

「早川君から話は聞いているよ、中央がチラつくんだってね。」

 

「…はい。」

 

ソファに座り、出されたお茶に手を伸ばす瞬間、自分が震えていることに気が付いた。

思う以上に緊張している。息を吸わなければ。

 

「君のような生徒はいつもいるんだが、君は珍しいな。」

 

「な、何がですか?」

 

会長さんはソファに座りなおしてつづけた。

 

「身長もある。肩幅も、気迫もまだ未熟ではあるが良い物を持っている。にも関わらず、中央か…。」

 

どういうことだろうか、なぜ珍しいのか。

 

「十分な才を持っていながら、それを発揮できる地ではない、別の場所を望む。そういうのはなかなかいない。」

 

「…はい。」

 

彼女は少し笑って、こっちを見た。

 

「私たちばんえいウマ娘は、学術的には「輓系種」というウマ娘の種類になる。「ペルシュロン」「ブルトン」「ベルジャン」など、その中でも更に細かい括りがある。だが、それらに共通することがある。私たちばんえいウマ娘は大型で、体力があり、走り単体では「サラブレッド」という種である彼女らには遠く及ばないが、他の面では十分彼女たちとも渡り合えるということだ。」

 

「それは、知ってます。」

 

会長はお茶を一口飲み、再び話し始める。

 

「でも、全世界どこを探しても、私たち「輓系種」が走る競技は存在しない。」

 

「え、そうなんですか?」

 

どこかカナダとかにはありそうなイメージだ。サンタクロースのトナカイのような感じで。

 

「そう。ばんえいは日本唯一どころか、世界唯一なんだ。」

 

世界唯一。日本の北海道で行われる、ただ一つのレース。

 

「つまり、「北海道最強」は「日本最強」であり「世界最強」なんだよ。」

 

「世界で最も強い…、ですか。」

 

言葉では理解できる。だが、納得はできていない。

 

「うん、じゃあ少し私の話でもしようかな。」

 

会長は立ち上がり、奥の机から写真を一枚取り出した。

 

「これは、私が4度目のばんえい記念を獲った時の写真だ。」

 

「4度目の?、4回も取ったんですか?」

 

会長は頷き、「すごいだろ?」と言って笑った。

 

「…だが、私の最初の重賞はシニア級に入って2年目だった。」

 

「え?、そうなんですか?」

 

こんな強さの極致が、初の重賞勝利がシニア級に入ってから。意外だ。

 

「私も君と同じだったんだ。障害を上ることより、芝の上で走るほうがかっこいいと、心のどこかで思っていた。」

 

会長は懐かし気に外を見た。彼女にもそんな過去があったのか。

 

「…でも、必死にレースに出た。必死に。煩悩だって吐き捨てて、レースに出続けた。…そして、あるレースに出たんだ。ただの協賛レースだったんだけどね。」

 

「何があったんですか?」

 

私はお茶を飲み干し、聞いた。

 

「障害の上から見下ろしたあの景色を、私は生涯忘れない。たかが1.6mの上から見た景色だったけど、私にとっては十勝岳の頂上の景色より美しかった。そしてあれ以来、私はばんえいに心を奪われたままだ。今もなお、ね?」

 

会長はこっちをチラリと見て、少しもの悲しげに言った。

 

「君が頭で理解しようにも、経験しないことには分からない。…だが、君ほどの才能が埋もれるのは私としても惜しい。」

 

分からない。どんなレースなのだろうか。その上から見る景色とは、どんなものなのだろうか。

 

「私も、期待しているよ。君がそういうレースに出会えることを。」

 

会長は手を振りながら、私がドアを開けて外に出るのを見守った。最初に感じたあの威圧感はもう無かった。

外で待っていた早川トレーナーに聞く。

 

「あの人、何者なんですか。」

 

「エゾオウ。ばんえい記念を4度勝利し、幾多の重賞を勝ち抜いた最も強いウマ娘。」

 

…なるほど。

 

「じゃあトレーナーさん、私トレーニングします。」

 

「え、今から?」

 

私は分からない。もしかしたら、一生「そのレース」に出会えないかもしれない。

 

「…出たいレースがあるので。」

 

でも、信じるほかないのだ。私に残された道は、ただそれだけなのだから。




設定紹介Q&A

Q.会長の年齢っていくつよ

A.永遠の10代でいたかったんだが・・・(本人談)

デビューは中等部2年。現役年数は8年。2年前に引退済み。そう考えると20代の前半・・・?
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