神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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リアリズムは悪しきことではないですが、それに取りつかれて創作時の視界が狭まるのは良くないな、と常々思います。作品としての面白さの為なら、どんな滅茶苦茶なことも大真面目な顔で言えるような図太さが時に必要なのではないかと。
・・・前置きが長くなりましたね。まあ読んでもらえば分かります。


第八話 「ウマ娘の闘争とは」

「どうしたんですか急に呼び出して。」

 

トレーナー室には昨日新調したホワイトボードが置いてある。

その真っ白な板の前でトレーナーは言った。

 

「何って、作戦会議でしょうが。」

 

トレーナーがそう言った時、ドアが開いてラルバがボールペンとボードを抱えて入ってきた。

 

「サポート科のレポートの宿題のために同席させていただきます。あ、たい焼きください。」

 

ラルバはボードを机の上に置き、たい焼きをかじり始めた。

それを見ながら西高トレーナーは話を進める。

 

「まずは反省会だ。選抜レースの。」

 

「そういえばやってなかった。」

 

西高トレーナーはホワイトボードに前のレースの最後の部分、ゴール寸前でのスタミナ切れの時の写真を張り付けた。いつのまに撮っていたんだ。

 

「…何で止まっちゃったと思う?」

 

「何でって、スタミナ切れでしょう?」

 

トレーナーは首を振った。

 

「スタミナ切れではあるんだけど、それにもちゃんと理由がある。」

 

スタミナ切れの理由がそんなに大層なものなのだろうか。単純に鍛錬不足ではないのか。

 

「私が思うに、カエデちゃんが後ろから上がってくるのに気が付かなければ、あのまま止まらずに勝利していたと思う。」

 

「え、そうなんですか?」

 

単純に体力が足りなかったからだと思っていた。どういことだ。

 

「じゃあまず、私が新入生が入るたびにしている話をしようか。」

 

トレーナーはホワイトボードに二つの言葉を書いた。

 

「ばんえいウマ娘の能力は、ざっくり分けると「メンタル」と「フィジカル」の2種類に分かれている。でも、その中にも区分けがある。」

 

精神力と肉体的な強さ。当たり前のことだ。

 

「メンタルは大きく分けて3つ。「判断力」「精神力」「闘争力」。」

 

トレーナーはホワイトボードに書き込む。

 

「…判断力と精神力は分かります。でも闘争力って?」

 

ラルバが聞いた。彼女は必死にメモを取っている。

 

「昨日のカエデちゃんみたいな感じ。「勝利に対する貪欲さ」と表現してる人もいたね。」

 

なるほど、あの鬼気迫るあれか。

 

「そしてフィジカル。これは5個に分かれてる。」

 

多い。そんなに細かく区切る必要があるのだろうか。

 

「最初に言っちゃうと、「スピード」「パワー」「スタミナ」「登坂力」「(けい)」の五つ。」

 

何だか聞きなれない言葉が出てきた。けい、けい?、なんだそれは。

 

「勁、知らないでしょー。」

 

私とラルバは頷いた。聞いたこともない。

 

「勁、中国武術の「気」。」

 

「あの「かめはめ波」とかの?」

 

西高トレーナーは笑って「違うよ」と言った。

 

「あれは超情的なパワーって感じがするけど、実際の気とか勁はもっと「技術的」なものだ。」

 

トレーナーはゴムボールを手に取り、言った。

 

「勁、とは「体内の運動エネルギーの効率的な使用法」と私は解釈してる。」

 

そう言いながら、西高トレーナーは、野球選手の投球フォームをした。

 

「これ、見たことあるでしょ。これも「勁」だよ。」

 

「…?」

 

何を言っているのだろうか。野球の投球フォームと運動エネルギーに何の関係が。

 

「選手ごとに多少の違いはあれど、投球フォームの根幹はほとんど変わらない。足を大きく前に出し、腰をひねり、肩を振り、ひじの曲げ伸ばしと、手首のスナップを連動させて投げる。こうすることで最大の加速が出せるから、野球の投球フォームは変わらない。」

 

私は何度かフォームをまねしながら考える。何が言いたいのだろうか。

 

「じゃあその「最大の加速」を出せる要因は何か。ここで「勁」の存在がある。一歩目を出すことで安定した上半身、腰のひねりによって発生した運動エネルギーは肩、ひじ、手首を通ってボールに伝わる。少しやってみ?」

 

なるほど。全力でフォームをすると、なんとなくそんな感じがする。

 

「この「運動エネルギーの流れ」こそが勁。なんとなくでは分からない。こればっかりは。」

 

「…で、走りにどう影響するんです?」

 

西高トレーナーは、一枚の写真をホワイトボードに貼った。どこかのウマ娘が障害を上っている。

 

「これ、私の知り合いの教え子なんだけど、きれいなフォームだから毎年使ってんの、んで、何が良いかっていうと。まず上半身の安定。無駄なエネルギーの流出を抑え、全部が下半身に行くように。そして、股関節から発生したエネルギーを膝、足首、足の指先までもを通って、「上に移動する」エネルギーに変える。立派な「勁」。」

 

美しいフォームがなぜ速い走りに直結するのか、今まで何となくしか分からなかったが、こういうメカニズムが存在するのか。勉強になる。

 

「これを意識して走るのと、まったく知らずに走るのとでは天と地ほどの差があると私は思ってる。…まあ、全部先生の受け売りだし、トレーナーによっては知らない、ってやつもいるくらいなんだけどね。」

 

西高トレーナーは一通り言い終えると、ボードに8角形のグラフを貼った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これがばんえいウマ娘の強さの「システム」。強者が「なぜ強者足り得ているか」を大雑把にではなく、頭で理解できる形にするんだ。」

 

「おおー、すごいトレーナーっぽい。」

 

ラルバが手をたたきながら言う。

 

「今も昔もトレーナーだよ。ラルちゃん口悪くなった?」

 

笑いながら私は聞く。

 

「…じゃあ選抜は何で負けちゃったんですか?」

 

当たり前だが、「敗因」はスタミナ切れだ。だが、その「原因」が分からない。

 

「答えは単純。「闘争力」で負けたから。」

 

私は思わず、「は?」と言った。どういうことだ。

 

「メンタルとフィジカルは双方結びついてる。良いフィジカルには良いメンタルが付く。逆もしかり。」

 

「闘争力が負けるとスタミナ切れが起こるんですか?」

 

ラルバが不思議そうに聞いた。

 

「相手の闘争力に飲み込まれると、筋肉に不必要な緊張がかかる。無駄な動きが増えたり、呼吸が浅くなったり。そうすると、必然的に被害が出てくる。今回はスタミナだったけど、障害を上れなくなったり、刻みの配分ができなくなってスピードが落ちたりとね?」

 

確かに、あの時の自分はすさまじく動揺していた。恐怖が手綱を握る手を一層強くした。

 

「…で、その「闘争力」があのカエデちゃんはとんでもなく強いんだと思う。ゴッドの顔を青ざめさせるくらいには強力だ。」

 

あの時の写真を撮っていたのならばあとで回収しなければ、と思いながらトレーナーに聞く。

 

「じゃあどうすれば勝てるんですか?」

 

「そこで必要なのが「精神力」。」

 

トレーナーはボードのグラフに指をさしてつづけた。

 

「不屈さ、動揺への強さ、興奮のおさめ方。そういうのを全部ひっくるめて「精神力」。バレッドなんかがいいお手本じゃないかな?」

 

曰く「自分を保つ力」だ。非常に重要だろう。

 

「まあそんなとこか。ゴッドは「勁」がすっごい上手だから、鍛えるべきはやっぱりスタミナだね。」

 

「ですね…。」

 

私がトレーニングに対してげっそりしていると、トレーナーは言った。

 

「トレーニングも大事だけど、必要なのは飯!、よく食ってよく寝ること!」

 

そうだ、良い飯と良い生活が強き肉体を形作る。基本中の基本だった。忘れていた。

 

「にしては、トレーナー細すぎじゃないですか?」

 

「うるさい!、そんなことは知らん!」

 


 

以来、タイヤとそりを引き、坂を上り、ダンベルを持ち上げ、アンクルウェイトをつけランニングをする日々がしばらく続いた。

改めて思うが、日々のトレーニングというものは思う以上に地味だ。

ランジもスクワットも、200とか500とかになってくると、無駄な感情を挟むすきがなくなる。しんどい、と考えることさえ意味がない。しんどいと思ったところで筋肉はつかない。

 

だから、常に「次」を考える。

 

1回目のスクワットの間に、2回目のことを考える。地道に、ひたすら同じ行為をする。それが、回り道に見えてまっすぐ勝利に続いていることをここ最近学んだ。

そして、それを発揮する場所がとうとう訪れた。

 

「デビュー戦だな。初めての帯広レース場か。」

 


帯広レース場

 

「ここが帯広…」

 

特別大きい…訳ではないが、きれいな建物だ。すこし古いが。

 

「いろいろびっくりするかもね、札幌レース場とは全然勝手が違うよ。」

 

私は札幌レース場に行ったことはないが、何があるのか。楽しみだ。

中に入ると、思う以上に広い建物が広がっていた。

 

「集合より全然早く来てるからいろいろ見てきなされ。ほれ。」

 

そう言いながらトレーナーは私に5000円札を渡してどこかに行ってしまった。

 

「二人とも、ここ来るのは初めてか。」

 

ゲイザーの先輩が言う。サイレス先輩も続けていった。

 

「ここはなぁ、豚丼がうまいんだよ。」

 

「そうじゃねぇだろ。物産センターがメインだろ。」

 

「バレット見る目ないなぁ、やっぱばんえいミュージアムでしょ!、歴戦の猛者があつまってるんだよ!」

 

3人の意見に笑いながら、ラルバが言う。

 

「とりあえずスイーツ食べに行きましょう。」

 

この子甘いもの好きすぎだろ…と思いながら結局甘いものを食べることになった。

スイーツを売っている棟に向かい歩いていると、ばんえいウマ娘の銅像が目に入った。

 

「これは?」

 

「ああ、これはイレネー像。」

 

「イレネー?」

 

聞いたことはあるが、詳しくは知らない名だ。

 

「イレネー様。すごい昔に、フランスから日本に来た最初のばんえいウマ娘。あの時に渡ってきた子は他にもいたから詳しいことは分かんないけど、もしかしたらうちらのご先祖かもしれない方。」

 

なるほど、すごい方だ。像になるのも頷けるが、少し気になる点があった。

 

「にしても、強い足じゃないですか?」

 

「イレネー様は、怪物みたいに強かったらしいね。」

 

やっぱりそうだ。空を眺める勇猛とした出で立ちからもよくわかる。足の筋肉量が桁違いだ。

 

「平地を走らせれば普通のウマ娘より速く走り、丸太を担いで斜面を駆け上がった、と言われてる。」

 

「何それ…マジの怪物じゃんか。」

 

私たちは笑いながらレモンタルトのお店に入った。

 

1時間後

 

「…そろそろ時間だな。恋バナなんてしている場合じゃない。行くぞみんな。」

 

「え、もう?」

 

「もうだ。」

 

こういう時のバレット先輩はとてもたよりになる。いつもこうでいてもらいたい。

 

「…っと、トレーナーからLineだ。「ゴッドさん早急に控室に来い」だそうで。」

 

名指しか。あの人はどうせタバコでも吸っているのだろうに。

 

「よっしじゃあ行くかぁ!」

 

急に大声を出したココロ先輩が走って移動するので、私たちもダッシュした。息は切れないが、周りの人に変な目で見られる。少し恥ずかしい。

控室につく頃には、みんな汗だくになっていた。

 

「…何で走ってきたん?」

 

「うるせぇタバコ吸ってんじゃねぇ学生の前なんだぞ。」

 


 

「体操服似合うな、ゴッド。」

 

「それは褒めてるんですか?」

 

西高トレーナーは笑った。普段通りの感じがする。

 

「さて、と。今回は8人出走する。ゴッドは3枠3番だね。」

 

「了解です。結構多いですね。」

 

デビュー戦はもっと少ないのかと思っていた。8人もライバルがいるのか。

 

「大事なのは「自分の走り」をすること。8要素覚えてるよね?」

 

私は詠唱呪文のごとくそれを唱えた。

 

「えーっと、「スピード」「パワー」「スタミナ」「登坂力」「勁」「判断力」「精神力」「闘争力」。」

 

西高トレーナーは歯を見せて笑った。この人にしては珍しい。

 

「それさえ覚えてれば、120%勝てる。行って来なよ。」

 

「…はいっ。」

 

私はパドックに出た。広い。改めて立ってみると、眩しい場所だ。

 

「ゴッドー、あっちで見てるぞー。」

 

ゲイザー先輩が声を張って応援してくれている。

きっと他にも私を応援してくれる人はいるのだろう。

 

負けるわけにはいかない。ただ勝利だけを求めて過ごしてきたのだから。

 




設定紹介Q&A

Q.帯広レース場について詳しく

A.ばんえい競走やってるレース場

現実の帯広競馬場とほぼ同じだが、商業施設が大きく、ばんえいウマ娘用の服や生活用品が売ってたりもする。そのため「とかちむら」がかなり大きい。
過去に平地の競走が行われていた時に使っていたウイニングライブ用の施設をそのまま使っている。ちょっと最近老朽化が進んでおり、改修工事の話が出ているが、実現はまだ先になりそう。
帯広レース場マスコットアイドル「フクヒカちゃん」がいる。レースがない日は彼女がライブをしたりイベントの宣伝をしたりしている。
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