兄・子世代ifチート能力を駆使して転生人生謳歌します! 作:八重歯
181 楽しいクッキング
家の調合室で、大鍋に魔力を注ぎ込みつつ、かき混ぜること三十分。
かき混ぜているのは俺じゃない。匙に魔法をかけて、勝手にくるくる回ってもらっている。俺は横で魔力を鍋に入れながら液体の状態を見張っているだけだ。
夏休み、家に帰ってきて真っ先にやらなければいけないこと。
それは、今後のために特製賢者の石を生産することだ。
これ、集めなきゃいけない材料がレア中のレアだから、大量生産は難しいんだよな。
俺はもちろん財力はあるし、魔法薬作りが趣味、なんて記事を載せたこともあるから定期的にレアな素材がファンから届く。でも、それでもなかなか作れないんだよなぁ。市場に出回らないものは、結局、縁がなければ手に入らない。
そして何より、これを作るのに魔力が結構持っていかれる。
つまり、切羽詰まってる時に作るのは無理。平穏な時に仕込むしかない。
夏休み中に五個は作っておきたい。
いや、念には念を重ねて、できればもっと。
必要な時に魔力切れでぶっ倒れる、なんて今後は絶対に嫌だ。あれは一回で充分だし、二回目以降は流石に……反省してない人になってしまう。俺のイメージが崩れる。
そんなことを考えながら、魔力を注ぎ込みつつ鍋を見ていると、控えめなノック音が響いた。
「どうぞー」
「失礼します」
入ってきたのはクィレルだった。いつものように背筋がまっすぐで、礼儀正しく、まるで執事や付人のような振る舞いだ。
「ノア様。ダンブルドアが到着されました」
「あ、もうそんな時間か……」
壁にかかっている時計に目を向ける。
きっちり五分前集合だ。うーん、後十分くらいで次の工程なんだよなぁ。なんとなく、ここで止めちゃダメな『予感』がするし。魔力と素材が無駄になるのは避けたい。
あー今日やる事と予定詰め込みすぎたなぁ。
「今、手が離せないから……ここに来てもらって」
応接間に通して待たせてもいいけど、こっちがこの時間って指定しておいて姿を見せないのは流石に印象が悪い。ダンブルドアって意外とこういう礼儀気にしそうだし。あとでうるさく言われるのも面倒だ。
それに、ダンブルドアになら別に作っているところを見られても問題ないし。
「承知しました」とクィレルは余計なことを言わずに頷き、静かに扉を閉めた。
数分後、二人分の足音が近づき、また扉がノックされる。「どうぞ」と言えばすぐに開いた。
大鍋が置いてある調合台を挟んでダンブルドアと目が合う。クィレルに入るように促されたダンブルドアは、部屋の中が応接間ではなく調合室であることに少し驚いていたように目を開いたが、それでも興味深そうに視線を走らせた。
壁に沿うようにして棚が並び、数々の珍品が納められている。仕分けしてくれたのはクィレルだから俺はどこに何があるのかはわからないけど、一つ一つきっちりラベルが貼られてるあたり、クィレルらしい几帳面さが出ている。
「すみません。後数分で次の工程に移らなきゃいけなくて。それが終わったら手が離せるんですが……応接間でクィレルと話して待ってもらうより、調合しているところを見る方が楽しいかなと思いまして」
「なかなか刺激的じゃな」
ダンブルドアは穏やかに言いながら顎髭を撫で、ゆっくりと調合台に近づく。机の上には数々のレアな素材の破片が散らばっていて、分厚い魔法薬書などはない。あるのは、一枚の羊皮紙だけ。それも材料と作り方がシンプルな箇条書きにされただけのもの。一見すると料理レシピくらいにそっけない。
流石にこれだけでは何を作ってるかわからないかな? ──と思ったけれど、ダンブルドアは魔法薬にも詳しいらしい。眉を少し寄せて、「これは」と息を呑むように呟く。
「賢者の石……?」
「賢者の石に近い、別物ですね。ノア特製賢者の石です」
「ほう?」
羊皮紙を手に取ったダンブルドアが、そこに書かれた筆跡を見て「ふむ」と頷く。半月眼鏡の奥の青い目が、きらりと光った。
「ニコラスを脅したのかね?」
「失礼な! 俺はニコラスさんとペンフレンドなんですよ。作り方は、遺品として教えてもらったんです」
俺をなんだと思ってるんだ!
流石に、ニコラス・フラメルを脅そうとは思わない。普通に何ヶ月かペンフレンドしてて、その流れで製造方法を聞いただけだ。ニコラスは、割と快く教えてくれたし、特に秘匿にしているわけでもないらしい。──大っぴらに公開もしていないが。
悪用しないと信用できる人にだけ、その製造方法を教えているとの事。俺はアメリカでも知名度抜群だし、ニコラス夫人が俺のファンだったから、信用を得ることはそんなに難しいことじゃなかった。
「難しいのは製造方法よりも、素材の入手方法ですよね。ニコラスさんもそれは教えてくれなかったんです……ユニコーンの血、扱いが難しいでしょう? 無理に取ると呪われるし」
そう、賢者の石の主成分はユニコーンの血だ。それだけではなく、不死鳥の涙や月の雫、その他レア素材多数、膨大な魔力、とんでもない価格の上級魔石などなど。鶏卵くらいの大きさの石を作ろうとすると、五万ガリオンは余裕で超える。一般人は、素材の入手難易度よりも、その金額だけで作るのを諦めてしまうだろう。
「ユニコーンの血の入手方法、まあ想像はつきますけど──他に代用できないかなあ、って考えて。試しに作ってみたらできたんですよね」
「何を代用したんじゃ?」
「それは──」
言いかけて、言葉を止める。
薬を混ぜていた匙が動きを止めた。次の工程に移っていい合図だ。
俺がクィレルに視線を向ければ、クィレルはすぐに棚の中から赤黒い液体が入った細い瓶を数本取り出す。
静かに俺の隣に控えて、そのまま膝を折った。……たぶん受け取りやすいようにしてくれたんだと思う。うん。
袖をまくる。
手をくるりと回し、ナイフを出現させる。
ランプの光を浴びて、刃が冷たく光る。
ダンブルドアが、怪訝な顔をした──次の瞬間、理解したのだろう。目が開いた。
「まさか」
「そう、俺の血です」
手首に当てた刃を、とまどいなく引く。
皮膚が裂け、赤い血が流れる。くるり、と腕を返し手を鍋の上にかざす。溢れ出る血が鍋に落ちるたびに、中の液体の色が濃く、深くなっていく。
俺は、不死になりたいわけではない。黄金も必要ない。
魔力を補充し、傷ついた魂の癒しになる“命の水”の効能が欲しかっただけだ。
魔石に魔力を定着させる時に使うとんでもない量の魔力に、ユニコーンの血ではなく、俺の血を混ぜれば俺専用の特製賢者の石になる。……賢者の石っていうか、魔力回復石みたいなもんだけど。
「問題は、失血死寸前まで血が必要なことなんですよね。魔力の消費もそこそこあるし、大量生産できなくて」
ダンブルドアは流れる血を、厳しい目で見つめていた。眉が寄って、顔の皺が深くなっている。痛々しいものを見る目つきは、明らかに好意的ではない。
……あれ、魔法薬って結構人の血とか魔法生物の血を使うことが多いから、そんなに忌避感あるとは思ってなかったんだけど。
「あ、痛覚遮断魔法かけてるので、痛みはないですよ?」
「……そうか」
重々しく頷くダンブルドア。否定したり「こんな薬作るのはやめろ」と言われないだけマシなのかな。セブルスだったらそわそわして作り方を聞いてきそうなものだけど。
痛みはないけど、体がすっと冷えてきて、指先が震える。ただでさえ末端冷え性ぎみなのに、今の俺の手は陶磁器でできた人形のように白い。
「ノア様」
クィレルが小瓶の蓋を外し、差し出す。
受け取って一気に飲めば、喉奥に炎が流れたかのような熱が走り、心臓がドクンと一度大きく跳ねた。
「……っ、まず」
顔をしかめつつ、三本の瓶を空にする。
あーあとで口直しの紅茶とチョコ用意してもらおう。うん、苦いのにすっぱさもあって、舌がビリビリして体が熱くて寒くて──めちゃくちゃ、とびきりに不味い。
「よし」
たぶん、こんなもんだろ。
色がいい感じに濃くなった鍋を確認して、頷いて腕を上げる。
「これで、あとは三日煮込んで、満月の夜に一晩晒すだけです」
傷口に指を当てると、白く光って皮膚が塞がる。血の生臭い匂いと、薬草の苦い臭いはまだ残っているが、まあすぐ部屋出るしいいか。
指を振ると、火は自動で弱まり、匙が勝手に回り始める。鍋の中身は、赤黒く、とろりとした光を放っていた。
俺はようやくダンブルドアの方を向いて、にこっと笑う。
「お待たせしました。応接室に移動しましょうか。──クィレル、先に行って紅茶とチョコレートの準備しといて」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げたクィレルは、すぐにマントの裾を翻し部屋を出て行った。
ダンブルドアは少しの間、何も言わなかったが、俺の綺麗になった手首を見て、ほんの僅かに悲しそうな目を見せた。
***
応接室は、調合室と違って落ち着いた雰囲気だった。重厚な木製の机に、柔らかな光を落とすランプ。窓の外には夏の庭が広がっていて、さっきまでの薬草と血の匂いが嘘みたいに薄れていく。
先に戻っていたクィレルが、ちょうどいいタイミングで紅茶とチョコレートを運んできた。
いい匂いのする紅茶よりも先に、丸いチョコを摘んで口に放り込む。甘さが舌に広がり、口の中に居座っていた最悪の味が一気にチョコ味へ塗り替えられた。──助かる。ほっんとに助かる。
ダンブルドアも、薄緑色のチョコレートを一つ摘んで食べた。その表情が僅かに緩み、眉の間の皺がほどける。
「それ、美味しいですよね、ミント味……ハッカ味? かな?」
確かダンブルドアはハッカキャンディが好きだったはず。ミント系のチョコ、昔は……歯磨き粉の味がして苦手だったんだけど、最近のミント系は歯磨き粉の主張が軽減していてけっこう美味しい。甘いけど清涼感もあって、何個でも食べれる。うん。
「それで、えーっと……何のようでしょう?」
リーマスとシリウスは俺の部下──というのが正しいのかわからないけど──だけど、元不死鳥の騎士団員だ。
ダンブルドアはヴォルデモートが蘇ったから、これから世界が暗黒へ落ちていかないように、早めに対策を取ろうと考えている。そのために騎士団員達を再集合して、いろいろな任務や工作に充てているのだろう。
シリウスとリーマスは、便宜上、俺が設立した組織『舞台裏』から派遣されている。という形になっている。騎士団を設立したダンブルドアへ貸し出し費が発生するわけではないけど、彼らは何かあったら『ノア・ゾグラフの命令を優先させる』──それが、重要だ。
もうその話は夏休みが始まる前に済ませたし、他に何かあるだろうか? と首を傾げていれば、紅茶を一口飲んだダンブルドアは、ゆっくりとカップを皿に置き、伏せていた目をあげて俺を見た。
「ノア、きみも我々の不死鳥の騎士団に所属してくれんかね」
「え?」
ぱちり、と目を瞬かせて、紅茶を一口。
ダンブルドアは俺をじっと見ている。
あれ、この前医務室でみんなで団結してたし、俺も「吸魂鬼は俺に任せろ!」みたいな事を言ったから──てっきりもう属してると思ってたし、いく気満々だった。けど、確かに思い返せばシリウスとリーマスの雇用関係の話しかしてないな。
そのつもりだから良いですよ。
──と、即答しようと思って、黙る。
もしかして、これはダンブルドアに借りを作るいいチャンスなんじゃないか? こんな機会もうないだろうし。
俺は言葉を紅茶と一緒にゆっくりと飲み込む。
ダンブルドアは、俺が即答しないことに何も言わなかったが、少しだけ表情が真剣なものになっていた。
間違っても、俺が闇側に落ちる事はないと思っているはず。それでいて、俺の重要性をよく理解しているから手駒の一つにしたいんだろう。駒──まで言わなくても、目の届く範囲に置きたいのは確かだ。
俺も今年一年で卒業だし、卒業した後のことも考えてるんだろうな。
「そうですね……俺は、人に従うのはあまり好き──得意ではないんです。自分の意思で動きたい。自由が好きなんで」
俺とダンブルドアは敵ではない。同じ倒すべき悪を見ている。だから、声音は深刻になりすぎないように、ちょっと肩をすくめて気楽な雰囲気を作る。
「不死鳥の騎士団に力は貸します。でも、あくまで俺は『舞台裏』として動きます、それでもよければ」
「……きみのいう、舞台裏。その理念はなんじゃ?」
「単純ですよ」
俺は足を組み替え、悪戯っぽく笑う。
「マグル生まれの地位向上、純血主義の根絶です。魔法族は魔法族として、みんなが仲良くなればいいかなって思います」
俺の言葉に、ダンブルドアは毒気が抜かれたような顔で瞬きをした。
反射的に青い目で俺の真意を読み取ろうとしたが──ふっと表情を緩め、目を伏せた。口元には柔らかい笑みが浮かんでいる。
足の上で拳を作っていた手が解けたと同時に視線が上がった。
「……素晴らしい理念じゃ」
ダンブルドアは、どこか少年じみた優しい顔をして笑った。
深く頷くダンブルドアに「でしょ? 俺しかできないと思うんですよね」と返しながらチョコを一つ食べる。
「そのために、ヴォルデモートは倒さなければならない敵だと理解しています。ヴォルデモートの理念とは全く別なので。とはいえ俺があなたの陣営につく事は──これは、一つの貸し、ということで」
俺はカップをくるりと回し、琥珀色の水面を揺らす。
ダンブルドアはゆっくりと瞬きをした後、呆れが混ざる顔で薄く口を開いた。
「おお、こんな老耄に何を借りるつもりじゃ?」
「うーん、それはまあ、追々。俺の名前よりも、あなたの名前の方が都合がいい事もありますし」
「……ふむ。……いいじゃろう」
ダンブルドアは何かを噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
よし! これで一つくらい何かのお願い聞いてくれるだろう。聞いて欲しい願いは一つじゃないから──使い所が難しいけど。
「あ、クィレルも騎士団に連れて行っていいですか? 俺を裏切る事はないですし、知っての通り、かなり優秀です。家事スキルも最高ですよ」
この屋敷で一人置いておくのも、と思ってクィレルを見ながら聞いてみる。ダンブルドアはちらり、とクィレルに視線を移した。
クィレルは胸に手を当て、にっこりと献身的な笑みを浮かべる。一見すると胡散臭いけど、クィレルは死んでも俺を裏切る事はない。
クィレルを死喰い人側に潜り込ませようかと考えたこともあった。一時はヴォルデモートの理念に賛同して、ヴォルデモートの良い傀儡になっていたわけだし。
けど今、クィレルはあまりに俺に近すぎるからなぁ。流石に怪しまれるだろ。ヴォルデモートもそこまで馬鹿じゃない。
「ノア様の命であれば、何なりと」
「……そうじゃのう。真実を知っておる者同士、団結すべきじゃろう。……不死鳥の騎士団本部がある場所は、グリモールド・プレイス十二番地。ブラック家本邸じゃ。その場所は忠誠の術で隠されておる。秘密の守り人は──わしじゃ」
「なるほど、わかりました」
ダンブルドアはやや厳かな雰囲気で伝える。
そうだ。
俺は知識として知っていたけど、そういえばそんな魔法かかっていたな。守り人のダンブルドアしか居場所を第三者に伝えることはできなくて、第三者は居場所を知らされても、他に広めることができなくなるんだっけ。
これは、ダンブルドアなりの信頼と仲間である証なのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ、行ける時に──近々、顔出しますね」
本当に、ふらっと立ち寄るくらいの気軽さで言うと、ダンブルドアは小さく笑った。
「それで十分じゃよ」
その一言で、部屋の空気が静かに落ち着いた。
琥珀色の紅茶はすでに半分以下に減り、湯気もほとんど立っていない。
話は終わった──という柔らかな区切りが、言葉にしなくても伝わる。
ダンブルドアは残っていた紅茶をゆっくりと飲み干し、「さて」と小さく呟いて膝を打った。
長いローブの裾が床を擦り、立ち上がるその動作は穏やかだが、どこか急いている気配もある。
「あ、もう帰るんですか?」
「やることが山ほどあってのう」
「ですよね。多忙ですね、先生」
冗談半分で言ったつもりだったが、ダンブルドアは苦笑するだけで否定しなかった。
近くで見ると、確かにその表情の奥に疲労が滲んでいる。目元の皺がいつもより深く、ほんのわずかに肩が落ちている。
そりゃそうか。
ヴォルデモートが復活したんだ。のんびり午後のお茶会を楽しんでいる立場じゃない。どれだけ先に手を打てるかで、未来の犠牲者の数が変わるのだから。
俺は立ち上がり、両手を差し出した。
握手にしては少し変わった構えに、ダンブルドアは俺の手を見下ろし、半月眼鏡の奥で目を細める。
「手を、どうぞ」
ほんの一瞬の沈黙の後、ダンブルドアはそっと俺の手に両手を重ねた。
思ったより温かい。俺よりも一回り大きくて、長い指。今までダンブルドアに老いを感じた事はなかったけど、手の甲には細かな皺と薄いシミが刻まれている。歴史がそのまま皮膚に書き込まれているみたいだ。
親指でその手の甲を軽く撫でる。
柔らかくて、乾いていて──確かに人の手だ。
「アルバス・ダンブルドア。あなたに加護がありますように」
そう呟き、わずかに力を込める。
結ばれた手の隙間から、淡い白光がふわりと漏れた。
光は最初は蛍のように控えめで、やがてゆっくりと強さを増していく。空気が震え、カーテンがかすかに揺れ、俺の前髪がふわりと持ち上がる。
ダンブルドアは指先をわずかに動かしたが、手を離そうとはしない。
観察するように、受け入れるように、ただ静かに立っている。
強まった光はやがてダンブルドアの掌へと吸い込まれるように収束し、すっと消えた。
残ったのは、ほのかな温もりだけだ。
俺が手を離すと、ダンブルドアは自分の手を目の高さに上げ、珍しい魔法道具でも眺めるように、ゆっくりとくるりと回してみせた。指を曲げ、開き、確かめる。
「簡単な守護魔法ですよ。それに、しばらく疲れは感じない思います。あ、だからといって無理しないでくださいよ?」
軽い調子で言う。
この人は、疲れないとわかれば限界まで働く。きっと自分の犠牲は計算に入れないタイプだ。俺と同じで。
「まるで春の日に昼寝をしたような爽快感じゃ」
ダンブルドアは茶目っけたっぷりにそう言った。その目元が柔らかく緩み、さっきまでの疲労がほんの少しだけ薄れて見えて、俺もつられて笑った。
「それなら成功ですね。効き目は保証しますよ」
「頼もしいのう。……じゃが、この爽快感に甘えてはおれん。やるべきことが山ほど待っておる」
その声音は軽いが、背負っている重みは隠していない。
「ですよね。世界の命運とか、わりと先生の肩に乗ってますし」
「きみの肩にも、少しは乗っておるぞ?」
「少しなら許容範囲です」
互いに小さく笑う。
ダンブルドアとゆっくりと話す時間は今までそれほど多くはなかった。何より、昔はちょっと警戒されていたし。
でも今、こうして穏やかに喋って、同じ方向を向いているのだと思うと──なんだか不思議な気持ちになった。
***
玄関までダンブルドアを見送る。
俺の家には、俺が許した人しか入れない結界が貼ってあって、俺以外は姿現しも姿眩ましもできない。門扉の外側と内側で、空気の密度がほんの少し違うのがわかる。
ダンブルドアは石畳をゆっくりと歩き、門を越えたところで一度足を止め、振り返った。夏の陽炎の向こう側で、白い髭がふわりと揺れ、半月眼鏡が光を拾う。
軽く手を上げる仕草はいつもの穏やかさで、その肩に乗った圧を全く感じさせない。
俺は扉にもたれつつ手を振った。
瞬きをする間に、ダンブルドアの姿はすっと霞んで──消えた。残ったのは、熱を含んだ風と、遠くで鳴く鳥の声だけだ。
暑い日差しが降り注ぎ、額に汗が滲む。石畳から立ち上る熱が、足元からじわじわと上がってくる。
「あっつー……」
小さくこぼして、隣にいるクィレルを見る。クィレルは相変わらず涼しい顔で、俺の汗すら礼儀正しく見なかったことにしている。
「次は何時だっけ?」
「およそ三十分後です」
「そっか」
じんわりとした倦怠感を払うように両腕を上へ伸ばすと、肩の奥で筋がかすかに鳴った。
大きく深呼吸する。あー、夏の匂いがする。
夏に蝉の声が聞こえないのも、慣れてきたなぁ。ちょっと物足りなさはあるけども。
「じゃあ、アイスティーを飲む時間はありそうだな」
クィレルはすぐに小さく頷き、「ご用意します」とだけ言って踵を返した。ローブの裾がふわりと揺れて、屋敷の中へ吸い込まれていく。
俺はもう一度、門の外を見た。ダンブルドアが消えた場所には、何もない。いつも通りの日常が広がっていた。
お久しぶりです…!
更新停滞していてすみません。
もし続きが気になる方がいらっしゃったらpixivの方でしたら少しだけ先に進んでいます。クリスマス休暇くらいまで…よければそちらをご覧ください。
こっちでも更新はしていきたいと思います!