彼女は、富豪にして名家である西口家からの借金のカタとして、その家で働いているのだ。
だが、誰かのために働くことが好きな彼女にとって、そんなことは苦ではない。それに、想い人である雇い主のためだから。
これは、彼女と、西口家の人々との、ある暖かいいつもの一日の話。
(1)
「有佳、起きなさい。もう起きる時間よ」
少女の一人が、カーテンを開け、まだ眠っている少女に声をかける。
起こしたほうの少女は、すでに仕事着であるメイド服を身に着けている。
「う、うーん……」
起こされた少女は、いっぱい背伸びをすると、おぼつきない手つきでメイド服を身に付けて行く。
そして、服を着終えたところで、外に積もった雪を見てふとつぶやく。
「わぁ、きれい……」
白銀の絨毯の美しさにふとつぶやく。 そして、そのまま見とれること数分。
「有佳、そろそろ掃除に行かないと、礼香さんに怒られるわよ」
「あ、はーい」
そして彼女は、姉にせかされて部屋を出る。
そう、彼女……瀬川有佳はメイドなのだ。
(2)
瀬川有佳、そして姉の瀬菜の実家は、この街一番のお金持ちである西口家に借金があった。
その返済のため、彼女は姉とともに住み込みのメイドとして働いているのだ。
だが、彼女は意外とこの仕事がとても気に入っている。
それは確かに家事は大変だが、彼女の雇い主であるご主人様と、その同居人も、他のメイドも良い人たちで、彼女に良くしてくれるし、何より大好きな人の世話をするのが好きな彼女なのだ。
その大好きな人はといえば……
「やぁ、おはよう、有佳ちゃん。今日もお疲れ様」
「あ、ご主人様! おはようございます!」
有佳に声をかける20代前の青年。その彼に、有佳も笑顔で返事を返す。
彼こそが、有佳の思い人、そして彼女の雇い主、西口祐也である。
もっとも、二人は友達以上恋人未満の関係でもあり、それは西口家に住む人全員の公認だったりする。
祐也は明るく優しく、思いやりがある、まさに好青年だ。
だがそればかりではなく、いざというときには鋭い洞察力と冷静な思考、思慮深さを併せ持ち、肝の据わったところもある面を見せることもある。
……有佳はまだ、彼のそんな面を見たことはないのだが。
ともあれ。
祐也とすれ違い、ぼーっとしている有佳。
だが!
がしゃーんっ!
「あぁっ!」
ふとしたはずみで近くの皿を割ってしまい、あわてる有佳。
直さないといけないと思っていながら、またやってしまった。
彼女はちょっとドジである。いわゆるドジっ子ってやつだ。仕事中にやってしまったミスは、ここで働いてる他の二人より圧倒的に多い。
これでも、働き始めたときよりは減ってきてるのだが。
そこに通りかかる別のメイド。
「あ、どうしたの有佳ちゃん?」
「あ。晶さん。実は、皿を割ってしまって……」
晶と呼ばれた彼女は、どこかボーイッシュな顔立ちをしている娘だ。
だが、彼女……氷上晶は、実は女ではない。心は乙女だが、体は男なのだ。
彼は、祐也の後輩にあたり、高校時代から彼のことが好きだった。
それが高じて、彼も西口家でメイドとして働くことになったというわけだ。
「あちゃー……これは礼香さんのお気に入りの皿じゃなかったかな」
「ど、どうしましょう……?」
皿が「礼香」のお気に入りと知って顔を青ざめる有佳。
もしこれがばれたら……
「あたしの、なんだって?」
「「!!」」
背後からの声にびくっと反応する二人。恐る恐る背後を振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
年のころは有佳より少し年上……17か18だろうか。
きつそうな顔立ちに鋭い瞳の、いかにも気の強そうな娘であり、実際に気の強い性格をしている。
彼女も西口家の住人であり、有佳たちの雇い主の一人であり、名前を西口礼香という。
祐也の従妹であり幼馴染であり、有佳の次に彼のことを良く知っており、また有佳の知らない彼を知っている人物である。
そんな彼女は、割れた皿を見て、目が笑ってない笑みを浮かべる。
有佳は、その笑みにいたずらっぽいものを見たような気がした。
「あらー、これ、あたしのお気に入りだったのに。 誰が割ったの?」
「あ、あの……」
おずおずと手を上げようとした有佳を抑えて、晶が前に進み出る。
「ごめんなさい、僕が割っちゃいました」
「正直でよろしい。それじゃ、わかってるわね?」
「は、はい」
そう言って、礼香に引き立てられていく晶。
おろおろしながら心配そうに晶を見る有佳に、晶は彼女のほうを振り返って軽くウインクした。
そして二人は、ドアの一つに入って行った。
と、そこに。
「あ、どうしたの、有佳ちゃん?」
「あ、祐……ご主人様……」
いつの間にか、祐也がやってきていた。
足元で割れている皿に気が付く祐也。
「あれ、この皿は……」
「あ、ご、ごめんなさい!」
あわてて、その後片付けを始める有佳。それを祐也も手伝う。
「あ、ご主人様、ご主人様にそんなことさせるわけには……」
「いいからいいから」
そう言いながら、皿の破片を片付ける祐也。
それを見ていた有佳は、胸に温かいものを感じていたが、ふと我に返って祐也を手伝う。
何か自分が手伝ってもらうはずだったのに、逆になってるような……
「ふぅ、これでよし、と」
「すみません、ご主人様。やっていただいて……」
「いいからいいから。さて、と。そろそろ時間だし、お茶にしよう。そこで何があったか聞かせてよ」
「は、はいっ」
晶に対する後ろめたさがありながらも、顔を輝かせる有佳。
彼には済まないと思いつつも、待っていた時間が目の前にあるとわかると、うれしさを隠しきれない。
「それじゃわたし、お茶の準備してきますね」
「うん、部屋で待ってるよ」
そう言葉を交わすと、有佳はあわただしく、給湯室へと駆けて行った。
(3)
祐也の部屋に入り、さらにその奥のベランダに進んでいく有佳。
今回は、皿の上のティーセットは落とさずに済んだようだ。ほっと胸をなでおろす有佳。
「やぁ、待ってたよ、有佳ちゃん」
「は、はい……祐也さん……」
そう言って、テーブルにティーセットを並べていく有佳。
これが、彼女の一番大好きな時間。なぜなら、このティータイムの時間は、彼女が祐也と、主従の身分を気にせずに話せる時間だから。
もっとも、最低限の礼儀もわきなえなければならないのは、彼女も知っているので、彼のことはさんづけで呼んでいるのだが。
「そんなことがあったのか。それはアキも災難だったね」
「は、はい……晶さんにはちょっと申し訳ないです……」
ちょっとしゅんとしてる有佳に、祐也はくすくすと微笑む。
「まぁ、アキが自ら良かれと思ってしたことだから、有佳ちゃんがそこまで気に病むことはないと思うよ。でも、後でアキには謝らないとね」
「はい……」
少し明るさを取り戻したけど、やっぱりまだ沈んでいる有佳。彼女はドジだからか、沈みやすい性格だ。
そんな有佳に、祐也は優しく頭をなでてあげた。
有佳は、それにほっとしたような嬉しそうな表情を見せる。
有佳は、祐也のなでなでが好きなのだ。大好きな人のぬくもりが、彼女を安心させてくれる。
「そういえば」
「え、なんですか?」
「昨日の夜、たくさん雪降ったよね」
「そうですね。積もっていた雪がとってもきれいでした。でも、雪かき大変なんだろうなぁ……」
そう言って、不安そうな表情を浮かべる有佳。祐也はそんな彼女を見てくすっと笑う。
「そうだ、それならさ……」
「え?」
(4)
「やれやれ……なんであたしまで……」
雪かき用のスコップを持って、まさにやれやれという表情を浮かべている礼香。
彼女だけでなく、祐也も、そして他のメイドたちもスコップを持ち、ダウンジャケットを着ている。
「まぁまぁ。有佳ちゃんたちで雪かきするのは大変だし、それにみんなでやれば雪かきも楽しいでしょ?」
「まぁ、そうだけどね……」
「すいません、ご主人様。ご主人様たちにまで、手伝ってもらって……」
そう申し訳ない表情で、ぺこりと頭を下げる有佳に、祐也は微笑んで応える。
「ううん、気にしないで。やっぱり雪かきをするならみんなで楽しくしたいし」
「まったく祐也ったら……」
かくして、西口家全員で雪かきをはじめる。
その途中……
「はにゃっ!」
有佳は、凍っていたところに足を滑らせて転んでしまった。そこに、祐也が駆けつける。
「大丈夫? 有佳ちゃん?」
「は、はい、なんとか……」
「気を付けてね。骨折ったりしたら大変だよ。ほら、立てる?」
「は、はい……」
祐也が差しのべた手を、有佳はつかんで立ち上がった。
その手から、暖かさと優しさを感じ取り、有佳は胸が熱くなった。
「お熱いことね、二人とも」
「いいなぁ、有佳ちゃん。先輩に手を握ってもらって」
「ふふふ」
その様子を見ていた三人からの冷やかしに、顔を真っ赤にする二人。
それを微笑ましく見つめている三人。
これも、有佳がここで働くようになってから、ずっと続いている光景。
そして……
「ふぅ、やっと終わりましたね……」
「ほんとに大変だったわね。まったく、祐也のお人よしにも困ったものだわ」
そんな礼香の言葉に、祐也は苦笑して言った。
「まぁいいじゃないか。そのおかげで、いつもよりずっと早く終わったし」
「まぁそうね……」
「あ、そうだ。ふと思ったんだけどさ」
「?」
数十分後、そこには彼らが作った大きな雪だるまが立っていた。
みんなで楽しく作った雪だるまは、お日様を浴びて、とても楽しく幸せそうに見えた……