評価もいただいたようで、こちらもありがとうございます。
欲を言えば、前話と今話の鼻血の如く評価バーが真っ赤に染まると嬉しいですが。。
赤いバー見たいですねー(チラッ、チラッ)
というのはまあ一部冗談で。
反響あると執筆の気分とペースに直結する単純な奴なので、高評価いただけると凄く喜びます。
よろしくお願いします、ではどうぞ。
世の不条理を嘆き、悔しさに打ちひしがれていたら、ひんやりとしたものが肌にかかったのを感じた。
俯かせていた顔を上げてみれば、そこには――。
――豪快に空中へと鼻血を吹き上げるお隣さんの姿が。
おお、流石アメリカン、鼻血もアメリカン。
そんな光景にわけの分からないことを思いつつ、僕が目を点にしていると。
「――せ、せ、戦略的撤退デース!」
金の長髪を振り乱し、血に塗れた手で鼻を押さえながら、外国人の美人さんはシュバババっと物凄い勢いで去っていった。
そんな姿でもそれっぽく絵になるのだから、高身長の美形は羨ましい。
仮に僕が人前で鼻血を出そうものなら、「僕、大丈夫~? はい、チーンしようね~(笑)」とティッシュ片手に子ども扱いされること必至である。
しかしそれはそうとして、戦略的とはいったい。
「…………」
地面を見れば、真新しい鮮血がポツポツと染みており、つい先ほどの光景が嘘でないことを物語っていた。よくもまあ鼻血でここまでの量が出たなとある意味感心してしまう。
そして残されたのはそれだけでなく、彼女が手土産として持参したとろろ入りの大きな壺も置かれており。
そこまで見て、そういえばと自身に降りかかったひんやりとしたものの正体に目をやってみれば。
白く、粘り気のあるどろどろとしたもの。
壺の中身のとろろがかかったのだと理解するまで、そこまで時間はかからなかった。
「……あ、結構美味しいかも」
指で掬い試しにぺろっと舐めてみれば。冷たくて割といい感じ。
これなら、他と合わせればもっと美味しいに違いない。上質そうなとろろである。
結局何が何だかだったが、鼻血が出たということはいきなり体調が悪くなったのかもしれない。或いは、元々体調が悪かったにも関わらず挨拶に来てくれたのか。
それは今度会った時にでも聞くことに決め、取り敢えず貰ったものはありがたく受け取ろうと、壺を玄関の中にまで運び入れる。
折角だから、早速今日の晩御飯にでも使わせてもらおうか。
そう考えながら、浴室へと足を向ける。
身体にかかったとろろを流すためだ。まさか全て舐めとるわけにもいかないだろう。
時間も夕方、今日はもう出かける予定もない。
丁度いいのでシャワーで身体も洗ってしまおうと僕は服を脱いで洗濯機に入れるのだった。
――ピン、ポーン。
本日二度目のインターホンが鳴ったのは、シャワーを浴び終えてパジャマに着替えたタイミングであった。
上がった直後なので髪はまだ少し濡れたたままだが……まあいいだろう。
もしかしてさっきのお隣さんが戻って来たのかな、思いつつ扉を開ける。
「はーい」
瞬間、僕の眼前に飛び込んできたのは、バキバキに割れた褐色の腹筋。
その見事さに一瞬目を奪われつつも、目線を徐々に上げて行けば。お腹をかなり露出させた、もはや下着の一種のようにも見えてしまうようなタンクトップが映り。更にその上の銀髪のショートヘアの女性の顔が見えたところで、視線を固定する。
「っ!! ――落ち着け、落ち着くんだ、アタシ」
「……えっと、どちら様でしょう?」
予想に反し、さっきのお隣さんではなく知らない人であった。
なんだか、僕が顔を出した途端にビクッとしたような気がするが、どうしたんだろうか。
ともかく特徴的な人なので、知り合いでないのは間違いない。
「……よし。……よ、よぉ! オレは隣に越してきた、
耳障り、とまではいかないが、そこまで出す必要があるかと思う程度には少し大きめな声。
どうやら、例のお隣さんその2らしい。
今のところ若干挙動不審さを感じられるが……まあ、隣人がどんな人か知らないことを考えれば緊張するのも仕方ないだろう。
挨拶に来てくれたというのは、それだけで好印象である。
「どうも、隣に住んでる者です。……確か、今日お引越しされてきたんですよね? わざわざ、ありがとうございます」
「っ!? な、なんでそれを知ってるんだ!? まさか、アタシのことを――」
「ん? えーっと、普通に引っ越しのトラックを見かけたからですけど」
後はマダム達に聞いたというのもあるが。
それにしても、そんなに驚くことだろうか。何か後ろめたいものがあるならばともかく。
……いや、まあ女性だったらそういうのは割と気にするのかもしれない。確かに、知らない人から今日引っ越ししてきたんですよね、と聞かれたら警戒の一つもするのも分からなくない。これは僕の落ち度だ。
まだそうとは分からないが、もし女性の一人暮らしなら色々とあって過敏になるのだろう。
そう思い、深く考えないことにした。
ふっ、流石は僕、気遣いもできる男である。
「……あ、ああ。なんだ、そうなのか」
それを証明するかのように、彼女――立華さんは、ホッとしたかのように息を漏らす。
ほら、やっぱりそうだった。しかし、心なしか残念そうにも見えるのは僕の思い過ごしだろうか。
「…………」
「…………」
そして、お互い無言となる。
立華さんは所在なさげに視線を彷徨わせ。時折僕の顔を見るものの、目が合ったかと思えばすぐさま逸らされる。
夕陽に照らされたその横顔は赤い。
何だか変な空気になってしまった。
僕の方から話題を出せなくもないのだが、しかし言い出せない。
つまり、その両手に持った紙袋は何ですか、である。
もしかすると、引っ越しの挨拶で中身の一部を僕にくれるのかな、と思っているのだが。
だがそんなことを口にしてしまえば、催促しているととられかねない。卑しい扱い待ったなしである。その上、推測が間違っていた場合は最悪だ。
そんな時、ふと立華さんの視線が、地面に点々と付着している血の跡を追っているのに気付いた。
先程訪れてきた隣人その1、エレナさんが残していった血痕である。まだそれほど時間も経っていないため、実に紅々しい。
……あ、それは無言にもなるわ。
僕だって誰かの家を訪れた時に玄関先に真新しい血痕があれば無言にならざるをえない。下手をするとそのままUターンして帰るレベルである。
だから、慌てて弁明をしようとして。
「ああ、それは僕の血じゃなくてですね……」
そこまで言いかけて、気付く。
自分のものではない真新しい血痕が玄関先に付着している家。なにそのヤバイ家。
何を言おうかと、ぐるぐると思考が渦巻く。
正直に、先程隣人が鼻血を吹いていったと言うか? いや、間違いなく信じてくれないだろう。だって、僕だって実際の光景を見ていなければ全然イメージできないし。隣人に責任転嫁する最低人間のレッテルを貼られかねない。
じゃあ実は赤いペンキだって言うか? いや、血という単語を出してしまった以上、嫌でもその連想は拭えないだろう。今更ペンキです、と言っても取り繕っているようにしか見えない。
くっそ、身体じゃなくてそっちを綺麗にするのが先だったか。
通報されたらどうしよう。そうでなくとも、引かれるのは固い。ご近所さん付き合いとしてそれはマズイ。
取り敢えず、僕の中でエレナさんの好感度が下がった。
「――ははっ、そうかお前の血じゃねぇのか。そんな見た目して中々やるじゃねえか、増々気に入ったぜ!」
「ほ?」
だが、ミラクルが起きた。
何がどうしたのか、隣人その2――立華さんは少し興奮したように歯を見せて笑ったのだ。
そんな彼女に、僕は呆気に取られていると。
「ほらよ、これはほんの引っ越しの挨拶だ」
両手に持った2つの紙袋。その両方を、彼女は僕に向けてそのまま差し出してくる。
そう、まさかの2つ共だ。
「……あ、ありがとうございます」
血への反応からして、ヤバイ人かもしれない。
そんな疑惑を内心抱いていた僕は、その事実に加えて渡された量の多さに少し驚き、遠慮がちにお礼を言って受け取る。
持ちきれなくはないが、ズシリとしていて中々に重い。
「いいってことよ。こういうの、引っ越し蕎麦って言うんだろ」
「お蕎麦ですか! でも、こんなにいただいていいんですか?」
そして中身はまさかの――いや、そこまでまさかではないが、蕎麦。
一体、何人前あるのだろうか。重さから考えて、2桁に届く可能性も有り得る。
蕎麦は好きなので嬉しくなりつつ、しかしこれを本当にもらっていいのかと戸惑いつつ尋ねてみれば。
「い、いや、気にすんな。こういうの初めてなもんで、どん位渡せばいいのか分かんなくてよ。……だったら、その、なんだ。量が多い方が喜んでくれるかなって……」
恥ずかしそうに、照れたように、そっぽを向きながら頬を掻いて立華さんは答える。
――なんて、素晴らしい人なんだ。
感心する。ヤバイ人だと思っていた少し前の自分をぶん殴りたいくらいだ。
引っ越し当日に挨拶に来てくれたことに加え、定番の贈り物。
蕎麦である。同じ定番であっても、タオルだの石鹸だの嬉しくないわけではないがそこまで大喜びはしないものとは違う。
改めて立華さんを見上げれば、カッコよさを孕んだ端麗な横顔が、僕を気にするようにチラチラと視線だけを向けている。
それに何といっても、身体の大きさ。隣人その1のエレナさんよりは少し劣るが男性の平均以上はあるであろう身長に、鍛えているのが分かる健康的で丈夫そうな褐色の肉体、露出が多い上に周囲の視線を釘付けにしかねない豊満な胸部と臀部。
まさに、アスリート的なグラマラスボディ。
翻って、己の矮小さときたら。
よもや同じ日、しかも時間を置かずに二度も痛感させられるとは思わなかった。
そう考えると、またしても目の奥が熱くなるのを感じる。なんて涙腺が緩いんだ僕は。
「お、お、おい。どうしたんだよ? ……もしかして、迷惑だったか?」
「違います、むしろ大好きです!」
そうだ、迷惑なんてことはない。蕎麦は僕の好物だ。だからそれをくれた立華さんを邪険に思うはずがない。
だから誤解を解こうと、涙を堪えながら僕は己の心境を告白する。
お隣さんその2の反応を見る余裕なんてない。
「――僕、貴方の子供になりたかった」
二度目だからか、ある意味吹っ切れたのかその言葉はすんなりと出てしまった。
だってそうすれば間違いなく身長は保証されたし、イケメンマッチョマンになれた確率が高かったのだから。
しかし、流石に気恥ずかしい。というか、こんなことを初めてあった人に言うのはよくよく考えればおかしいのでは。
そう思った僕は、ちょっと待ってくださいと立華さんに告げて、家の中に入り、落ち着くように深呼吸。
その時、まだ玄関入ってすぐに置いていた大きな壺が目に入った。
「……そうだ」
先程エレナさんから貰ったとろろ入りの壺と、今しがた立華さんから貰った紙袋の蕎麦を台所にまで運ぶ。
そして戸棚から大き目のタッパーを取り出して、とろろを注いでいく。
立華さんは気にするなと言ってくれたが、やはり貰いすぎである。
そこで考えたのが、とろろをお裾分けすることであった。貰い物を一部とはいえ別の人に贈るというのはあまり褒められたものではないが、しかし、しかしである。
とろろといえば、やはり蕎麦。とろろ蕎麦は鉄板だ。
ともすれば、彼女の自宅にもまだ蕎麦は余っている可能性は充分あるだろう。
とろろをタッパーに移し替えた僕は、蓋をして玄関に戻った。
幸いにも立華さんはまだそこにいてくれて、扉を開けた僕に、最初と同じようにビクッと反応する。
「あの、これお返し――というわけじゃないですけど、食べてください!」
とろろ入りのタッパーを差し出す。
「…………」
「あの、立華さん?」
「…………」
「もしもーし? 立華さん?」
「……あ、わ、悪い。……えーっと、何だ?」
無反応、というか何故か硬直していた立華さんに数回声をかければ。
彼女は少ししてから、どこかぎこちない様子で反応を返す。
何だ、というのは中身のことだろうか。
率直にいえば、とろろだ。エレナさんから貰った。
しかし、お隣さんその1からの貰いものだと直球に言うわけにもいくまい。
とはいえ貰ったのだから、それはもはや僕のだと言っていいだろう。
と、なればである。
「――僕のとろろです!」
あれおかしいな。今度のお隣さんも鼻血を噴き出したぞ?
――――
――違います、むしろ大好きです!
その言葉を聞いた時、女――立華はフリーズした。
彼女はとある悪の組織の女幹部である。だが常識についてはさておき、疎いものにはとことん疎い。
挨拶は引っ越し蕎麦がいいと部下から教えられ、しかしその量については言われなかった彼女は、悩んだ末に少ないよりは多い方がいいだろうの精神で蕎麦を用意した。
しかし渡したものの様子がおかしく、もしかすると迷惑だったのではないかと恐る恐る尋ねた際の返答がそれだ。
――大好きです!
脳内にそのワードがリフレインする。
言われたことのなかった言葉であった。同時に、いつか言われることを望んでいた言葉であった。
もしもそれを意中の異性に言われた暁には、返事をできるように散々一人陰でこそこそ練習を重ねた程度には。
……それを実は部下である戦闘員達は知っており、彼女は気付いていないのだがそれはさておき。
しかしそのような関係となる異性は長年現れず半ば諦めていただけあり。まさかそれが今この瞬間に到来するとは夢にも思わず。
だからこそ、彼女はフリーズした。
陰からこっそり様子を伺っていた彼女の部下達――野郎共やお姉さま方――の半分は予想外の展開に大興奮しつつも練習のようにいかずフリーズする己達の上司にこっそり溜息を吐く。チキンが発動したか、と。
そして残り半分は、いや蕎麦に対して言ったんだろと冷静を保ち内心突っ込みながらハラハラと見守る。
そんな彼女達の部下が興味津々に窺っているとも露知らず。
いや、本来であれば幹部たる彼女が周囲に潜む気配に気付けないことはないのだが、極度の緊張に支配されたためにそんな余裕はなく。
――僕、貴方の子供になりたかった
フリーズ最中に、追撃がやってくる。
もはや、フリーズを通り越して彼女の思考はショートした。
……コドモ? アナタノコドモ?
……ダイスキ、コドモ。
いや、違う。それは自身の好みである。
身も蓋もない言い方をすれば、彼女はショタコンだ。
しかしそれを初対面の人物が言い当てるのはおかしい。
……ダイスキ。
……アナタノコドモ。
繋がった。
だが、待ってほしい。自分は子供どころか結婚すらしていない。結婚どころか彼氏もいない。彼氏どころかそういう雰囲気になりそうな男もいない。目を着けている男――もとい少年は眼前にいるが。
では、どうして自身の子供という話になるのか。
刹那、彼女の脳に電撃が走り、どうでもいいミラクルが起きてショートが復活した。
――まさか、これは。
浮かび上がる、一つの可能性。
好意を伝えられ、いないはずの己の子供、その存在を言及するということは。
つまり子供が欲しいということ。他ならぬ、自身との。
それ、即ち。
――求婚じゃねーかっ!!
ゴーン、ゴーン、と神社の鐘の音が壮大に脳裏に鳴り響く。
理解してしまう。
直球でありながらも、しかし肝心な部分をぼかした、その言外に込められた少年の願いを。
繰り返して言えば、立華は生粋のショタコンである。
だがそれは幻想を追うことと同義であると理解はしており。世間一般の女性と同程度には結婚に憧れ、望む気持ちはあった。
それでも、婚活は惨敗。男は何故か自分から離れていく。
だが、そこに彗星の如く現れたのが、我らがショタ主人公である。
どうみても小学生にしか見えない、彼女好みの容姿に身長。正真正銘の高校生であるというのは調べがついている。
先日の騒動を通じて、その性格も把握した。こちらも彼女好みの生意気さ。
大歓喜だった。だから逃すまいと半ば無理矢理引っ越しもした。そして挨拶に来てみれば、まさかの求婚。
「――ば、馬鹿野郎、んないきなり言われても……も、勿論、OK……に決、まって……」
ふと我に返って、気付く。
眼前にいたはずの、そして求婚してきたはずの少年の姿がないことに。
彼の家先に、ポツンと一人突っ立っている自分の現状に。
……まさか、夢だったのか?
ありえない。あんなリアルな夢があっていいはずがない。
――だとすると。
自分はまた、勘違いしていたのか?
自分はまた、一人勝手に舞い上がっていたのか?
自分はまた――逃げられてしまったのか?
ガチャリ、と扉が音を立てる。
そのことに咄嗟に身を竦めてしまえば、続いて中から少年が出てきた。
よかった、戻って来た。逃げられていない。
思わず、ボーっとして少年を見つめる。
彼はその手に持ったタッパーをこちらに差し出していた。遅れて、呼びかけられていることに気付く。
全く聞いていなかった。故に、問い返せば。
返って来たのは、求婚をも凌駕する衝撃であった。
――僕のとろろです!
とろろ。白く、粘り気があって、ネバネバしているもの。
誰の? 少年の。
――少年のとろろ!!!!!(迫真)
嗚呼、なんて響き。
力が抜け、後ろに倒れこみながら、しかし立華は満足気な笑みを浮かべていた。
心の奥から、身体の奥から何か、熱い何かが湧き上がってくる。
そしてそれは彼女の鼻を通してこの世に顕現する。
「「「――姉御っ!!」」」
最後に、彼女の部下達の声が聞こえた気がした。
隣人その2の一人称が『アタシ』と『オレ』が混在してるのは誤字ではなくそういう設定です。
普段はオラオラ系だけど精神状態でポンコツ乙女モードになる的な。
そのあたり含めた女幹部の情報は、もうちょっと先で予定している戦闘員視点の掲示板回『戦闘員は辛いよ(仮)』にて。
次回は隣人二人がそれぞれの組織側の掲示板でイキリ散らす回。
『プロポーズ(求婚)されましたが(たが)何か?(仮)』を予定しています。
掲示板形式だけど幼馴染ーズ出る予定。
幼馴染その2はまだしも、その1がまだほとんど出てないのでね、そろそろ。。
次回もよろしくお願いします。