悪くもなく良くもなく、残業代は出るし有給も自由。けれど残業はあるし、仕事のミスはどうしようもなくあるもので、たまにそうしたミスを分担して皆でやっている。
OL、
今日も今日とて一人寂しい我が家へと帰る最中である。
趣味も無く、友達は居ても一緒に遊びにいく時間が会うことは中々無い。そもそも遊びに行く体力も、街を出歩く事もそうそう無い。
借りている部屋へ帰り、買ってきたコンビニ弁当とビールだけが唯一の楽しみ。それも他の楽しみが無いゆえ、探さないからこそ食事による快楽のみを楽しんでいるという状況。
鍵を開けて、気付く。明かりが点いてる。知らない靴がある。しかも女物。
鍵を持っているのはちょっと遠い場所の家族のみ、しかしだとすると?
スマホに110番をする準備を整えてから明かりのある部屋へと向かう。
そろりそろり、と音を立てず。玄関から真っ直ぐ、曲がればキッチンで、その先にリビング。
キッチンには誰も居ない。電気か点いてるのはキッチンだけで、そこにはラップの掛けられた食事とコンロに置かれた鍋が一つ。
久しく使っていない埃を被っていた炊飯器は綺麗に成っているし、誰かが使った事は明白。
リビングに目を向けてみれば、そこで呑気にもくーくー寝ている少女が一人。
由良は取り敢えず食事を取ることにした。炊飯器からご飯を掬って、電子レンジで温めて、コンロの使い方を忘れて弱火でじっくりと味噌汁を温めた。
余っている割り箸で食べてみれば久しく食べていなかったマトモな食事を摂取した事に泣けた。
─ ─ ─ ─ ─
TS転生者、
TS転生者故の疲れとでも言うべきものに。
前世では社会人として、親元から離れ自立して生活をしていた普通の男だった。
けれど死んだ記憶は無いものの、死んだ実感だけはあり悶々としながら転生して数年間過ごしてきた。
様々な羞恥心や子供らしい演技、追い出されないように求められるいい子として、手の掛からない娘であるように徹してきた。
けれど中学に入り、爆発した。
それは他人から見れば思春期のソレ。友達の家に泊まると嘘を付き、親戚の姉の元へとご家族の許可の下、勝手に家に入って久しぶりの自由と言うものを実感した。
家に入ってみればあるのは洗濯物の山と、プラスチックゴミの袋。隅に寄せられたダンボールの塊。
見るだけで私生活の最低限以外何も、本当に何もしていない人間の部屋だった。埃の被った家電製品や部屋を見れば使われている場所と、そうでない場所はハッキリしていた。
その内一つ、客人用と見られる部屋を借りられたらと考えて。
やることは山積みだった。汚いモノに文句をタラタラと言いながら、掃除して綺麗にしていくのは一種の快感すらあったけど。
そしてコンビニ弁当ばかりのゴミからうすら寒い恐怖を覚えて、料理を作ろうと考えれば冷蔵庫には何も無く、棚には調味料も無い。(賞味期限切れはあった)。更には白米すら無かった。
買い出しに出掛けて、帰ってくれば早速調理に取り掛かり、これが母性か。なんて思ったり。
そして暗い部屋の中。カチャカチャと音で目が覚めた。
のそりと起き上がってみればスンスンと泣きながら、食事をとる草臥れた社会人の姿。
武士の情けと、前世で良く見た光景から目を瞑ることにした。
被せられたブランケットからは知らない人の匂いがした。
いい匂い。
夜が開けた。あれからこの部屋の主で、親戚のお姉さんこと平目由良さんは仕事着のまま寝ていた。
メイクも落とさず、余程疲れていたのであろうと出てきた姿を見て分かる。
「おはようございます、由良さん。朝食できていますよ。目覚めのお水をどうぞ、お口がスッキリします」
「ぅん、ありがとぉ」
寝癖の付いたぼさぼさの髪のまま、草臥れ隙だらけOLの姿にちょっとだけキュンとした。内緒ね。
素直にコップを受け取り、両手でこくこくと温い水を飲む姿は大人の幼さが垣間見得て、何かがホカホカとするのを感じたのだ。
「ささ、ご飯を食べましょう。確りと食べなきゃ力が出ませんよ」
寝癖でボサボサの髪を溶きながら、未だに寝惚けているのかボーッとしながら食事を摂る彼女は無抵抗。
「おいひぃ……」
「それは良かった」
ポツリと呟いた一言は社会の荒波に揉まれた大人の弱さだった。
「会社、行きたくないなぁ。お仕事疲れるし、お給料は良いけど心が磨り減るよ」
「うん、うん」
前世の俺と彼女の職種は違うゆえに分かり合える所は少ないけれど、それは当たり前。けれどこういうのは口に出せるのと出せないのでは違うのだ。俺はそう思う。固まった心を解すように。
「上司は厳しいけど、それは皆に対してだし、ただちょっと圧が強いだけ。同僚の陰口なんて謝ってくれる分良い方で、でもちょっとだけ信頼できなくて」
「君は頑張ってるよ。大変だったね」
思い出しているからか、力の入った体を肩から揉み解していく。
声は密やかに、囁きは耳元でゆっくりと。力が抜けていくように。
もはや食事は止まり、解れた糸が引っ張られるようにしてするすると言葉は止まらない。押し止めていた不満も不安も吐き出させるように。
「仕事は楽しくないし、やりがいとかもないし、疲れるだけで、生きていく為に仕方なくやってるの」
「うん、生きていく為だからね」
否定はしない。肯定するのみ。これは独り言。その独り言に対しての肯定をすると、それは心の声だ。
自分を肯定する心の声。
否定すれば、間違っていると心を傷付ける。
生きていくには自信はあれば良い。
「お疲れ様です。お姉さん」
日の光を閉ざすように目元を掌で覆って、片手で抱き締める。暗闇で与えられる温もりは彼女を癒すだろう。
肩を抱く腕にそろりと由良さんの腕が這って握られる。
なのでそのまま由良さんの頭を自分の胸に抱き締める。
「大丈夫です。その疲れも私が癒します、不満も不安も私が受け止めます。お姉さんはリラックスして下さい。今日を生きていく為に」
「う゛ん!」
……食事は再開された。お姉さんは目元を赤くしたままパクパクと頬張っている。
お行儀悪く、片手で私の腕を掴みながら、ね。
「美味しいよー、蓮花ちゃんはいい子だねー」
「ありがとうございます。お姉さん、ほっぺたにご飯付いてますよ、ほら」
「ふふ、ありがとね」
肩に頭を預けて甘えてくる姿に……
(チョロすぎない?)
と思わず心配になってしまう。
「お姉さんの管理は私がしますから、お姉さんは今日を頑張って下さいね?」
「うん、頑張る!」
全て計画通りである。由良お姉さんは同性故の気軽さからか、心を打ち明けた故のの軽い依存心からか、私への執着が見て取れた。
仕事へと行く際、食器を洗っている時。私が彼女から離れると寂しそうな顔をして私を目で追うのだ。
そして近付けば嬉しそうに接触、げふんスキンシップを図ってくる。
実際お姉さんは私生活がだらしないだけで美しくない訳ではない。ので好意を抱かれるのは普通に嬉しい。
「ふふ、ほっぺにキスしただけなのに。あんなに興奮しちゃって、もう」
思い起こす出社の際の出来事。頑張ってと励まして、ハグをして、ほっぺたにチュッとキスを一つ。
それだけで頬は赤く染まって、逃げていくように出ていった。
「これって、脈アリでは?」
その夜、由良お姉さんを美味しく頂きました。襲ってきたのは向こうなのでノーカンね?
お姉さんが襲ったのはお風呂突入されて洗いっこして、湯船で肌を重ねて、首筋とかを吸われて、耳元でメスガキされたらベッドに行ったよ。不思議だね