「なら、僕を買ってよ」
少年は家族の為に自らを売った。
「待って、代わりに僕がショーに出る」
少年は仲間を守るべく危険に飛び込んだ。
「はあ・・・はあ・・・僕がみんなを守るんだ」
少年は何度も傷つきながらも立ち上がり続けた。
やがて、少年は“彼女”と出会った。その出会いが彼の運命を大きく変える事になる。
「ああ、なんて綺麗な魂なの・・・。こんな惨めな暮らしを余儀なくされながら、それでも“汚れ”を持たないなんて。素敵よあなた」
“彼女”は自らの正体を明かし、少年に手を差し出した。
「命は平等なんて言うけれど、そんなものは幻想よ。正直で優しい人間ほど早死にして、嘘つきで汚い人間ほど無駄に長生きする。そんなのずるいと思わない? だからあなたが選びなさい。生きるべき人間と死ぬべき人間を。その為の力をあなたにあげるわ。その代わり・・・あなたの命は私の物よ」
差し出されたその手を、少年は迷うことなく掴む。これが、少年と“彼女”の旅の始まりだった。
「・・・オン。シオンってば」
自身の名を呼ばれ、シオンはハッと意識を戻す。目の前には、プラチナブロンドの髪をポニーテールに纏めた褐色肌の女性が腰に手を当てて頬を膨らませていた。
「何だリース?」
「もう、何だ? じゃないわよ。さっきから声をかけてるのに全然応えてくれないんだもの」
「ああ、ごめん。ちょっと懐かしい場面を思い出してて」
「アンッ!」
「ケル子もごめんな」
足にすり寄って来る子犬の頭を撫でる。首に巻かれた鎖がジャラジャラと音を立てた。
シオンは辺りを見渡す。前の街を出て二日、そろそろ次の街が見えてきてもおかしくないのだが。
「それらしいものは見えないよな」
「早くお風呂に入りたいわ。二日も歩きっ放しの所為で臭っちゃいそうよ」
「俺は気にならないけどな」
「あら、シオンって臭いフェチだったの? なら存分に嗅いでいいわよ」
「勝手に人の性癖を決めないでくれ」
呆れたようにツッコミを入れるシオン。黙っていれば美人なのに、口を開けば色ボケ発言を繰り返すリースのガッカリ具合は、一緒に旅をしている彼が一番よく知っていた。
「相変わらず素っ気ないんだから。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」
「・・・ケル子」
「アンッ!」
カプッ!
シオンが名を呼ぶと、任せてくれと言わんばかりにリースの尻に噛みついた。
「きゃあっ!? ちょ、ちょっとケル子! ご主人様のお尻に噛みつくなんてどういうつもり!?」
「グルルル!」
「あ、あら? 何だか痛みが段々快感に・・・・」
リースがヘンな道に目覚めそうになったその時、満足したのかケル子が離れた。
「私にそんな趣味は無かったのに・・・ケル子、恐ろしい子!」
「お、かなり遠くだけど街らしきものが見えて来たぞ」
歩き出すシオン。「スルーしないでよ!」と、その後を慌てて追いかけるリースとケル子。数十分後、二人と一匹は街に辿り着いた。
「やっと着いたわね」
街外れの丘に大きな館が建っている事以外、これといって特徴のない街だった。富豪でも住んでいるのだろう。
「まずは宿屋を探さないとな」
「その後は酒場よ。今日も溺れるほど飲むわよ~」
「無駄遣いは控えて欲しいんだけどな」
「アンッ!」
「わかってるよ。ケル子にも美味しいご飯を用意するからな」
陽の傾いて来た頃、シオン達は『静かな安らぎ』亭という看板が掲げられた店の前に立っていた。
「ここにするか」
羽扉を開けると、小さな店内で男達が酒を飲みながら騒いでいた。
「いらっしゃいませ!」
その奥のカウンターにいた少女がシオン達に気付いて笑顔を向ける。
「あの、ここは宿屋じゃ・・・」
「ここは二階で宿屋、一階で酒場を経営しているんです。ご宿泊ですか?」
「ああ、三日ほど」
「わかりました。ではお名前をお願いします」
「シオン・フロイト。こっちはリースだ」
「シオンさんとリースさんですね。私は代理店主のマリア・スカーレットといいます。では早速お部屋にご案内しますね。・・・・みんな! 私、お客様をお部屋に案内するからちょっと待っててね!」
マリアの声が店内に響く。酒を飲んでいた男達が口々に了承の意を示した。
「では、私について来てくだ―――」
「アンッ!」
ケル子が少女に近づく。途端、少女の目が輝いた。
「可愛い~~! シオンさんの犬ですか?」
「もしかして、犬は駄目かな?」
「とんでもありません! こんな可愛いワンちゃんなら大歓迎ですよ! お名前はなんていうんですか」
「ケル子よ」
「よろしくねケル子ちゃん」
「アンッ!」
「・・・って、和んでる場合じゃなかった。ごめんなさい。改めてご案内しますね」
マリアについて二階に上がると、いくつもの扉が並んでいた。マリアがその中の一つを開け、シオン達を通す。
「こちらがお部屋になります」
「あら、シャワーがついてるじゃない!」
部屋の奥に見えるシャワーに声を弾ませるリース。
「この街は他の街と距離がありますから、お客様のご希望が多くて。それで、お母さんが設置するように頼んだんです」
「グッジョブよ! ご褒美にキスしてあげるわ!」
「え?」
「気にしないで。とりあえず戻ってくれて構わない」
「で、では失礼します」
マリアが扉を閉める。荷物を下ろしたシオンは備えつきのベッドに腰掛け、リースは風呂の準備を始めた。ケル子はというと、部屋の隅で丸まっている。
「シオン、私が先に入ってもいいでしょ?」
「ああ」
「覗きたかったらいつでも覗いていいからね。それとも、脱ぎたての下着の方が興味あるかしら?」
「いいかげんそのネタから離れてくれ」
カーテンを閉め、服を脱ぎ始めるリース。カーテン越しにシルエットが浮かびあがり、シオンは慌てて視線を逸らした。
三十分後、リースは満足そうにシャワールームから出て来た。
「・・・・え?」
全裸で。そう、全裸で(大事なので二回言った)。
「リ、リリリリ・・・・」
「着替え用意するの忘れちゃった。ねえシオン、取ってくれない」
シオンの目に飛び込んだのはリースの巨大な双丘。そして、下腹部の・・・
「そおぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!」
何を思ったのか、シオンは壁に向かって全力で頭突きをかまし・・・
「・・・・」
落ちた。
「・・・・ちょっと刺激が強すぎたかしら?」
鼻血を垂らしながら失神するシオンを見て、リースはペロッと舌を出した。そんな彼女に、ケル子は呆れたような視線を送るのだった。
意識を取り戻したシオンは再びケル子にリースの尻を噛ませ、一階に降りた。
「あ、シオンさん。さっき地震が起きたみたいですけど、大丈夫でしたか」
「大丈夫よ~。それに、あれは地震じゃなくて・・・」
「・・・・ケル子」
「何でも無いわ!」
「? あ、夕食でしたらすぐにご用意しますけど」
「頼むよ。その為に降りて来たんだ」
「私はお酒をお願い!」
「わかりました」
「アンッ!」
「ふふ、ケル子ちゃんにもちゃんと用意するからね」
それから一時間後、食事を終えたシオン達はまだ一階にいた。
「がっはっは! 姉ちゃん色っぺえな! ちょっと乳揉ませてくれや!」
「やだもう! おじさんったら! ぬっ殺しちゃうわよ♪」
リースは他の客達とすっかり仲良くなっていた。酒の入った杯を片手に大騒ぎしている。
「ふふ、リースさんって面白い人ですね」
「そうか?」
「それに、とっても綺麗。あーあ、私もリースさんみたいに綺麗だったらなあ」
「マリアだって綺麗じゃないか」
羨ましそうに呟くマリアに、シオンはすぐさま答えた。途端にマリアの頬が薄紅色に染まる。
「え? や、やだ、冗談ばっかり」
「冗談じゃないよ。多分、十人に聞いたら十人全員同じ様に答えると思うがな」
「あ、あうう・・・」
「ちょっとシオン~~! 何口説いてんのよ~~~!」
二人のやりとりを見ていたリースが囃したてると、他の客達もひやかしを入れる。
「おう兄ちゃん! マリアちゃんを口説きたいなら、まずは俺に話をつけてもらおうか!」
「マリアちゃんは俺達の娘みたいなもんだからな! 下手なヤツには任せられねえ!」
「「「そうだそうだ!!」」」
「な、何言ってるのよみんな!」
「「「「「「わははははは!!!」」」」」」
店内に響く笑い声。その温かな雰囲気にシオンは笑顔を浮かべた。
「あー! なんかテンション上がって来たわ! リース、脱ぎます!!」
突然服を脱ぎ始めるリース。黒い下着に包まれた胸が晒され、客達が歓声をあげる。
「やり過ぎだ・・・ケル―――」
「アンッ!」
カプッ!
「ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シオンが指示する前にケル子はリースの右胸に噛みついていた。・・・割と本気で。
「ひぎいっ! おっぱいは! おっぱいは止めて!」
「あ、あの、止めなくていいんですか?」
「ああ、大丈夫。じゃれてるだけだから」
「歯形がついちゃってますけど・・・」
「あれでも甘噛みだよ。ケル子が本気出したら食い千切られるからな」
「え?」
「いや、何でも無いよ」
「こぉのバカ犬! 今日という今日は許さないわよぉ!」
「グルルル!」
格闘を始める一人と一匹。この日、『静かな安らぎ』亭は閉店まで笑い声が響き続けていた。
「はあ~、飲んだ飲んだ!」
部屋に戻ると、リースはベッドに突っ伏した。
「いい人達だったな」
「そうね。みんな綺麗な“白”だったわ。こんな街久しぶりよ。これならのんびり出来そうね」
「そうだといいんだがな・・・」
そこで会話は止み、二人は眠りについた。
シオン達が就寝した頃、町外れに建つ巨大なマルクス邸の一室では、複数の男が少女に伸しかかっていた。
「ロイド様、ホントに好きにしていいんですか?」
「構わねえよ。その代わり、終わったらキッチリ始末しろよ」
「へへ、わかってますって」
男達の下卑た視線を受け、少女は泣きながら懇願する。
「お願い・・・許して・・・・」
「泣くなよ。すぐに気持ち良くさせてやるからな」
「嫌・・・嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
少女の悲鳴が室内に虚しく木霊する。ロイドと呼ばれた男は窓から街の方を見つめながら喜悦に顔を歪めた。
「(マリア・・・今度こそお前を手に入れてやる)」
翌日、シオンは妙な圧迫感に目を覚ました。
「キュ~~ン」
「ああ、ケル子か。おはよう」
仰向けに寝る自分の腹に乗っているケル子の頭を撫で、シオンは体を起こした。隣のベッドでは、リースが幸せそうに寝息を立てている。よっぽど寝相が悪かったのか、服がまくれあがり、胸が半分見えていた。
「や~ん、裸エプロンだなんて、シオンの変態♪」
「・・・・」
わざとらしい寝言を零すリース。シオンは、無言で薄紙をシャワーで軽く濡らし、それをリースの顔に乗せた。
「・・・・ぶはっ!? ちょ、殺す気!?」
「やっぱり起きてたか」
「ぐっ、エロい格好でエロい寝言を呟けば襲って来ると思ったのに。まさかバレてたなんて!」
「さて、朝食でも食べて来るかな。リースはどうする?」
「私の裸には反応するくせに、何でこういうのは通じないのかしら」
ブツブツ呟くリース。シオンはケル子を連れて部屋を出た。
「ちょっと、置いてかないでよ!」
一階に降りると、マリアが忙しなく動いていた。
「おはようマリア」
「あ、おはようございます!」
「何してるの?」
「お店の準備です。私一人だから、朝から準備しないと酒場の方の開店が間に合わなくて」
「そうなのか・・・よし、俺も手伝うよ」
腕まくりをしながらシオンが言う。マリアは慌てて首を横に振った。
「だ、駄目ですよ! お客様にそんな事・・・!」
「いいんだ。どうせヒマだからな。とりあえず掃除でも」
箒を手に取り、店内の掃除を始めるシオン。マリアはなおも戸惑いの声をあげる。
「シオンさん・・・」
「いいのよマリア。シオンはああいう性格なの。好きなように使って構わないわ」
「リースも手伝ってくれよ」
「私の家事レベルの低さを忘れたの!」
「胸張っていう事じゃないだろ・・・」
「というわけで、私は邪魔にならないように街でも見て回ってるから、後はお二人でごゆっくり。ほら、ケル子」
「アンッ!」
ケル子を連れて店を出るリース。店内にはシオンとマリアの二人だけが残された。
二人きりになり、最初こそぎこちなかったマリアだが、シオンが何度も話かけるうちに段々と笑顔を見せるようになった。
「ところで、シオンさん達はどうしてこの街に?」
「旅をしてるんだ。それで、前の街でこの街の話を聞いてな」
「旅ですか。ふふ、あんな素敵な女性と二人っきりだと嬉しいんじゃないですか?」
「はは、普通だったらそうだな。けど、彼女は違うんだ」
「違う?」
「リースは・・・俺の命の恩人なんだ」
シオンは手を止めて語り始めた。自身の過去を。彼女との出会いを。
「俺は、二年前まで奴隷だったんだ」
「え!?」
「俺の親は俺が八歳の時に死んでしまった。天涯孤独になった俺を、父の友人だった夫妻が引き取ってくれたんだ。その夫妻には娘がいたんだが、三人とも本当の家族の様に俺を扱ってくれた。俺は感謝すると共に、新しく出来た家族を必ず守ると誓った」
「・・・・」
「けど、幸せな日々はある日突然終わった。父さんが死んでしまったんだ。稼ぎ所を失ってしまった家は、あっという間に貧しくなってしまった。母さんも必死に働いてくれたけど、それでも全然だった。しかも、借金の返済も残っていたんだ。だから、家族を守る為・・・俺は自分を売った」
「ッ・・・!」
マリアが息を呑む。シオンは苦笑いを浮かべて続けた。
「あの時はそれしか思いつかなかったからな。けど、そのおかげで充分な金を手に入れる事が出来た。母さんと妹と離れた俺は、金持ち共のショーの見世物にされた」
「ショー?」
「檻の中に猛獣と奴隷を入れて、その戦いを楽しむっていう下衆なショーさ。勝てば生、負ければ死、そんな必死な奴隷を見て笑っていた金持ち共の顔は今でも覚えている」
「そんな! そんなのって酷すぎます! 人の命を何だと思ってるんですか!!」
「ヤツらにとって、奴隷は人じゃない。だから何とも思ってないのさ。俺は、そこで八年間生き続けた。金持ちの一人が言ってたよ。お前ほど長く生き残っているヤツは初めてだってな。・・・・リースに出会ったのはそんな時だった。彼女は、俺を牢獄から解き放ってくれた。彼女は俺の命の恩人だ。だから、俺の命は彼女の物なんだ」
「・・・・」
「はは、つまらない話をしてしまったな」
短く笑い、再び手を動かし始めるシオン。すると、背後からマリアが抱きついた。
「マリア?」
「私は・・・奴隷になった事のない私には、あなたの辛さはわかりません。ですから、軽々しく慰めの言葉なんて口に出来ません。だから・・・だから」
抱きしめる腕に力を込めるマリア。いきなりの事に驚いたシオンだったが、やがて、柔らかい笑顔を浮かべた。
「・・・・ありがとう」
それから数分、二人はそのままの状態で過ごし、ハッとなったマリアが慌てて離れると、今度こそ作業を再開した。
一方、宿を出たリースは街をブラブラとしていた。
「ん~、どっかに面白そうなお店でもないかしら」
「アンッ!」
「それしても・・・この街、どこか違和感があるような・・・」
街の様子を眺めるリース。通りには男達が溢れかえっている。それに引きかえ、女性の姿が全く見えなかった。
「女の子がいないじゃない。どうしてかしら」
「ね、姉ちゃん!」
見覚えのある男性がリースに手招きをしている。昨日の夜、一緒に酒を飲んだ男性の一人だった。
「あら、おじさん。私に何か用?」
「んな事言ってる場合じゃねえ! お前さん、すぐに宿に戻―――!」
「うひょお! 美人発見!」
二人組の男がリースの前に現れた。ニヤニヤと笑い、リースの体を舐めるように見つめる。
「見ねえ顔だな。お姉さん、旅人か?」
「そうよ」
「やっぱり! どうだ、長旅で疲れてねえか? 俺達が休める場所まで案内してやるよ」
「ありがたい話だけど、もう宿はとってあるの」
「そんな事言わずに、いいからついて来いよ」
一人が乱暴にリースの腕を掴む。その間に男性が割って入った。
「お前ら! 街の娘だけじゃなく、旅人にまで手を出す気か!」
「んだよオッサン。テメエには関係ねえだろうが!」
「関係ある! 俺は昨日この姉ちゃんと飲んだんだ! せっかく出来た飲み友達をお前らなんかに渡せるか!」
リースは男性が震えているのに気付いた。それでも黙って成り行きを見守っていた。
「ウゼェな・・・殺っちまうか」
「おう」
男達が腰元からナイフを抜く。それでも男性は動かなかった。
「・・・・つまんないわね」
「あ?」
「もっとストレートに言ったらどう? 私とヤリたいんでしょ。いいわ、付き合ってあげる」
途端に男達の顔が怒りから笑顔に変わる。反対に、男性の顔が驚愕に染まる。
「ね、姉ちゃん・・・」
「ありがとう、守ろうとしてくれて。嬉しかったわ」
「それじゃあ屋敷に・・・」
「めんどくさいわ。その辺の路地裏でいいでしょ」
「へへ、待ち切れねえってか」
「ええ、きっちり昇天させてあげる。ケル子、ここで待ってなさい」
「アンッ!」
ケル子をその場に残し、リースは男達を連れて路地裏へ入って行った。それからわずか数秒後、リースは戻って来た。
「終わったわ。帰りましょうケル子」
「アンッ!」
「ね、姉ちゃん・・・あいつらは?」
「よっぽど気持ち良かったんでしょうね。すぐに昇天しちゃったわ。それじゃおじさん、またね」
悠々と去っていくリース。本当に“そういう行為”をしたのならこんなに早く済むわけがない。疑問に思った男性は路地裏に入った。
そこでは、リースと一緒に路地裏へ入って行ったあの二人が倒れていた。恐る恐る近付いた男性は、直後恐怖で腰を抜かした。
「し、死んでる!?」
その夜、開店した酒場にまた多くの客が訪れ、楽しい時間が過ぎて行く・・・はずだった。
「邪魔するぜ」
複数の男達が店内に入って来た。その途端、店内の雰囲気が変わった。客達は憎悪の籠った視線で入って来た男達を睨みつける。
「ロイド・・・」
「ようマリア。相変わらず綺麗だな。とりあえず、一杯くれや」
ロイドは馴れ馴れしくマリアに命令した。そして、ふとリースの姿を目に留める。
「姉ちゃん、この街の住人じゃないな」
「昼間にも同じ事言われたわよ」
「色っぽいねえ。おい、俺の物になれ。いい目に遭わせてやるぜ」
ロイドがそう言うと、取り巻きの男達が下品な笑い声をあげた。リースは品定めするようにロイドを見つめると、きっぱりと言い放った。
「残念だけど、私“黒”の人間には興味ないの」
拒否の言葉にロイドの顔から笑顔が消えた。取り巻き達が声を荒げる。
「ロイド様の命令だぞ! 大人しく従え!」
「嘗めた口きくと、他の娘達の様に―――!」
「黙れ!」
何か言いかけた取り巻きを殴り飛ばすロイド。
「悪いな。俺も急すぎた。今日の所はこれで退散する」
「そう」
「俺は丘の上の屋敷に住んでいる。いつでも来な、可愛がってやるぜ」
そう言い残し、ロイドは去って行った。客達が口々に怒鳴り始める。
「ロイドの野郎! 調子に乗りやがって!」
「まだ懲りずにマリアちゃんを狙ってやがるのか!」
「取り巻きのヤツの言葉聞いたか! やっぱりアイツが娘達を・・・!」
「くそっ! あの親子さえいなければ・・・!」
「そうだ! チェルシーさんだって今頃・・・!」
「止めてください」
怒声が飛び交う中、マリアの声がすうっと全員の耳に届いた。客達が一斉に黙る。
「確証もないのに人を疑ってはいけない・・・母の言葉です」
「で、でもよ、マリアちゃん。そのチェルシーさんだって行方不明に・・・」
「何か事情があったのかもしれません。だから、私は母がいつでも帰って来られるように、こうしてお店を続けているんです」
「それは、俺達もよくわかってるけど」
「でしたら、この話はこれでお終い! さあ、飲み直しましょう! 一杯だけならタダにしてあげます!」
沈んでしまった空気を変えるようにマリアが元気よく声を出した。だが、シオンにはそれがカラ元気に見えた。
ベッドに寝転んだシオンはリースに話しかけた。
「どう思うリース?」
「間違いないでしょうね。おじさん達から話も聞いたし」
リースの聞いた話はこうだ。丘の上には、この街の支配者ともいえるジョイ・マルクス、ロイド・マルクスという親子が住んでいる。ジョイの父が生きていた頃は、特に問題もなかったのだが、その父が没すると、親子は途端に暴威を振るうようになった。
それからしばらくして、街の娘達が次々と行方不明となる事件が起こる。疑いはマルクス親子に向けられたが、親子はそれを否定。詰め寄った住人達を、屋敷内へ一人も入れなかった。それがますます疑いを深くさせた。マリアの母チェルシーも、ある日突然行方不明となったらしい。
マリアが代理店主と名乗ったのは、元々の店主である母親が戻って来るまでの代わりだからだそうだ。
さらに、ロイドはどうやらマリアに惚れているらしく、偶に店にやって来ては自分の物になるよう言って来るとの事だ。
「私が昼間に出会った男達も、おそらくロイドの手下か何かね」
「そいつ等は?」
「熱~い視線を向けて来るから思わず見つめ返しちゃった」
「・・・そうか」
リースに見詰められたらどうなるか・・・それを知っているシオンは短く頷いただけだった。
「で、どうするの?」
「もし、その話が真実だとしたら・・・」
「使うの? “力”を」
無言で頷くシオン。それ見てリースは満足そうに微笑んだ。
三日目の朝、食事を済ませた二人は屋敷の様子を見てみる事にした。
「お出かけですか?」
「ああ、ちょっとな」
「ゴメンねマリア。本当は昨日みたいにシオンとキャッキャウフフさせてあげたかったんだけど、どうしても外せない用事なのよぉ」
「な、なんですかそれ! わ、私はそんな事・・・!」
カプッ!
「ノーーーーーーウッ!」
「すぐに戻るから。その後で手伝うよ」
そう言って店を出て行くシオン。ケル子に太ももを噛まれたまま、涙目のリースもそれに続く。
「も、もう、リースさんたら変な事言って・・・」
熱くなった頬を冷ますように首を振ると、マリアは今日の開店準備を始めた。
その五分後、羽扉が開いた。
「あら、もうお帰りですかシオンさ―――」
てっきりシオンが帰って来たのだと思い、振り返ったマリアの表情が固まった。
「シオン? 俺の名前はロイドだぜマリア」
シオン達は丘の上のマルクス邸の前に立っていた。
「無駄に広いわね~。逆に不便にならないのかしら?」
「見る所はそこじゃないだろ・・・」
「わかってるわよぉ。というか、こんなの見逃すはずないじゃない。屋敷全体が“黒”の瘴気で覆われてるんだもん」
「グルルル・・・」
二人の目には黒い霧状の何かが屋敷を包み込んでいるのがハッキリ見えていた。警戒しているのか、ケル子も低く唸り声をあげている。
「あの部屋から一段と濃い気配を感じる。おそらく、父親か息子があそこにいる」
「これは、おじさんの話は関係無しに『お仕事』するしかなさそうね。こんなの放っておいたら私が神様にお仕置きされちゃうわ」
「わかった」
「それじゃあ、今夜辺りに乗り込みましょうか」
二人は一旦戻る事にした。すると、帰りの道中で街の方からやって来るロイド達の姿を発見した。物陰から様子を伺うと、人数は八人。その中の一人が大きな麻袋を肩に担いでいるのが確認出来た。
「ロイドは街にいたのか。・・・ならさっきのは父親だったんだな」
「あの麻袋何が入ってるのかしら。もしかして、女の子を攫って来たばかりだったりして・・・」
「笑えない冗談だな」
だが、その冗談は最悪の形で現実になった。
「ん・・・?」
街の戻った二人の目に飛び込んだのは、『静かな安らぎ』亭の前に出来た人だかりだった。その中を掻き分けて進むと、数人の男性が倒れていた。
「ちょっとちょっと! 何があったの!」
「ろ、ロイドだ! ロイドがマリアちゃんを・・・!」
「何だって!?」
店に飛び込むシオン。しかし、そこに彼女の姿は無かった。
「あ、あの野郎・・・マリアちゃんに相手にされないからって、とうとう実力行使に出やがった! 悲鳴が聞こえたから飛び込んだら、気絶したマリアちゃんを麻袋に押しこんでる連中を見つけて・・・。止めようとしたが、このザマだ!」
自分の腹に視線を向ける男性。ナイフか何かで斬られたのだろう。横に伸びる傷口から血が流れ出している。
「もう我慢できねえ! こうなりゃあ、マルクス邸に乗り込んでマリアちゃんを助けるぞ!」
「け、けどよ、ロイドのヤツ、取り巻き以外にも腕の立つならず者を何十人も従えてるって話だぞ。俺達だけじゃ・・・」
「ならマリアちゃんを見捨てるっていうのか!」
「そ、そうじゃねえよ。ただ、何も考えずに乗り込むのは危険だって言ってるんだ」
それっきり場は沈黙した。ふと、誰かが小さく呟く。
「こんな時、『選定者』がいてくれたらな」
神の指示の下、死すべき人間に死を与え、生きるべき人間に生を与える・・・それが選定者だった。二年前からその存在が囁かれ、その噂は徐々にだが広がって行った。
「アレはただのホラ話だろ! そんな下らねえ事言ってねえで、どうすればいいのか考えろよ!」
「・・・行くぞリース」
静かに告げて歩き始めるシオン。だが、リースにはそれが湧きあがる怒りを必死に抑えているのだとわかっていた。
「とにかく、まずは傷の手当てをなさい。それから、襲撃するなら夜の方がいいわよ。最も・・・それまでには終わってるでしょうけどね」
「「「え?」」」
住人達の戸惑いの声を背に、リースも歩き始める。その隣では、ケル子が従うように歩を進める。
「お、お前さん達はいったい・・・」
一人の問いに、シオンとリースは振り返って同時に答えた。
「「ただのおせっかい(だ)(よ)」」
ロイド達によって攫われたマリアは、マルクス邸の大ホールに連れて来られていた。中心に横たわるマリアを、何十人もの男達が取り囲む。ロイドが雇っているごろつきである。
「お目覚めかいマリア」
意識を取り戻したマリアにロイドが声をかける。だが、その声色に労わりや気遣いは全く込められていなかった。
「な、なんなのよロイド! こんな事して許されると思ってるの!?」
男達に取り囲まれ、恐怖で体を震わせながらも気丈に怒鳴るマリア。そんな彼女に、ロイドはニヤケながら答える。
「お前が悪いんだぜマリア。お前が俺の物になってくれねえから、こうやって連れてくるしかなかったんだ。なあ、どうして俺の気持ちに答えてくれねえんだ?」
「私はあなたの気持ちに応えるつもりはないって前から言ってるでしょ! それに、私はお母さんが戻って来るまでお店を守らなきゃいけないの!」
キッと睨みつけるマリア。その態度にロイドは笑みを浮かべた。
「いいねえその目・・・チェルシーにそっくりだ」
「え・・・?」
突然の母の名に、マリアの怒りは戸惑いへ変わった。
「あの時も、こんな風に睨まれたっけなぁ」
「ど、どうしてお母さんの名前が出て来るのよ!」
「聞かねえほうがいいと思うがな」
「答えて!」
ロイドは嬉々とした表情で語り始めた。
「俺はよぉ、マジでお前に惚れてんだよ。でもお前は頷いてくれねえ。だからお前じゃなくチェルシーに頼んだんだよ。お前の娘を俺にくれってな」
「お母さんにまでそんな・・・!」
「そしたらなんて答えたと思う? 「あなたみたいな人間に私の大切な娘を任せるわけにはいきません! 娘は迷惑してるんです! 二度と娘に近寄らないで!」・・・だとよ。もうさ、ガッカリだったよ。ガッカリでガッカリで・・・・気付いたらチェルシーを押し倒してた」
「なっ・・・!?」
「正直年増には興味なかったんだがな。ヤッてみて驚いたぜ。もう具合のいいのなんの。何発も搾りとられちまった。その最中もずっと言ってたよ。「娘には手を出すな!」ってな。さっきのお前みたいな目で俺を睨んでた」
「止めて・・・」
耳をふさぎ蹲るマリア。それでもロイドの独白は止まらない。
「さすがに何日も相手してたら飽きちまったんでな、オヤジにくれてやったんだよ。そしたらよ、オヤジは前からチェルシーを狙ってたみたいでな。滅茶苦茶喜んでたよ。親子ってのは好みが似るんだな」
「もういい! もう聞きたくない! お母さんを、お母さんを返して!」
「そりゃ無理だ。チェルシーはもう死んじまったからな」
その言葉に、とうとうマリアの頭は真っ白になった。
「死ん・・・だ・・・?」
「ヤッてる最中に興奮しすぎたオヤジが首を絞めて、そのままポックリとな」
「死んだ・・・お母さんが死んだ・・・・」
マリアの脳裏に母との思い出が過る。優しかった母。厳しかった母。その母親が・・・死んだ。
「だから聞かない方がいいって言ったんだよ」
「・・・こんなにも」
「あ?」
「こんなにも・・・こんなにも人を憎いと思った事はない!! 私は・・・あなた達親子を絶対許さない! 殺してやる! 殺してやるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
涙をこぼしながら呪いの言葉を吐くマリア。それでも、ロイドを含めた男達は何が面白いのか笑っていた。
「最後にいい事教えてやるよ。街の娘達が行方不明になったのも俺達の仕業だ。今頃あの世で仲良くやってるだろうよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫し続けるうちに、マリアは自分の心が闇色に染まって行くのをハッキリ自覚できた。そして、憎悪のままにロイドに掴みかかろうとしたところで・・・止まった。
「駄目よマリア。“そっち”に行ったら戻れなくなるわ」
マリアが、ロイドが、男達が振り向く。そこには・・・彼等がいた。
「話は全て聞かせてもらったわ。こんなに胸クソ悪くなったのは久しぶりよ」
「アンッ!」
「リースさん・・・ケル子ちゃん・・・」
「すまないマリア。遅くなってしまった」
「シオン・・・さん・・・・」
マリアの目から、先程とは違う理由の涙がこぼれた。
「何だテメエ等?」
「ふふふ・・・普段はフェロモン満載なセクシーお姉さん。しかし、その実態は・・・!」
リースはクルクルと一回転すると、ビッと指を立ててポーズをとった。
「天より使わされし死神にしてシオンの肉ど―――」
「アンッ!」
カプ
「ユニバァァァァァァァァァスッ!!!」
「いいぞケル子。そのまま食い千切ってしまえ」
「ジョーク! イッツァジョークね! 今度は真面目にやるから!」
リースは再びポーズをとった。
「天より使わされし死神リース、ここに参上! 悪い子は魂抜いちゃうぞ♪ な、何! 死神だと!? 知っているのかリース!? うむ、聞いた事がある! 死神とは、読んで字のごとく、死を司る神なのだ! な、何だってーーーーッ!?」
一人で何役もこなしながら説明するリース。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・あ、あれ? 思った反応と違う」
「おい、何だこの姉ちゃんは?」
「バカで空気の読めない痴女」
「あなたは私の事をそんな風に思ってたのね・・・」
崩れ落ちるリースを無視し、シオンが口を開く。
「バカだが嘘は言っていない。俺達は、お前達の“黒”の魂を刈りに来た」
「わけわかんねえ事言ってんじゃねえよ。おい、やっちまえ」
ロイドの指示で、ナイフを持った男がリースに斬りかかった。
「ふふ・・・」
ナイフが胸に突き刺さる瞬間、リースは指で挟んでそれを止めた。
「う、動かねえ・・・!」
「面白い事を教えてあげる。人間の魂には二つの色があるの。清く正しい人間の魂は“白”邪悪で歪んだ人間の魂は“黒”って具合にね。“白”の人間は死後に天国へ、“黒”の人間は地獄へ行くの」
突然だった。リースの手が男の胸に突き刺さった。抵抗なく、違和感無く、慈悲無く。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男が絶叫する。顔が苦しみで歪み、涙と鼻水がとめどなく溢れている。リースは何かを探すように手を動かしながら続きを話す。
「でもね、何だか最近“白”の人間だけが死にまくってるのよ。その所為で天国と地獄のバランスが狂っちゃったの。そこで天国で一番偉い神様が私に命じたの」
≪おいリース、ちょっと人間界へ降りて“黒”の人間ぬっ殺してこいや。ついでにソウルセレクトで“白”の人間も蘇らせろ≫
≪おk≫
「・・・てね」
「(軽ッ!)」
この時、奇しくもシオンを除いた全員が同じ思いを抱いた。
「見つけた」
リースが男の胸から手を抜くと、そこには真っ黒い球体の様なものが握られていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その刹那、断末魔と共に男の体が崩れた。文字通り跡形も無く。
「ケビン!?」
誰かが消えた男の名を叫んだ。
「どう? これが“黒”の魂よ。そんでもって・・・」
リースが魂を持つ手と反対の手を振ると、虚空から分厚い本が出現した。ページをパラパラとめくり、目的のページを探すリース。
「ええっと・・・タリム・シュバイツァー」
「ッ!?」
ロイドの顔色が変わった。
「死亡したのは昨日の夜。・・・可哀そうに、散々乱暴されて殺されたのね。まだ十七歳なのに・・・」
閉じると同時に本は消滅した。リースは魂を両手で持つと、それを掲げるようにして謳い始めた。
「死神リースが願う! この者の魂を捧げる代わりに、タリム・シュバイツァーをこの世へ戻したまえ!!」
謳い終わると同時に、眩い光がホールで爆発した。やがて光が収まると、リースの手のひらにあった魂は消え去り、その代わりに・・・
「わ、私・・・一体・・・?」
死んだはずの少女、タリム・シュバイツァーがそこへ立っていた。
「た、タリム!?」
初めてロイドが狼狽した声を零した。その声で、呆けていたタリムはハッと表情を変えた。
「ろ、ロイド!? そ、それに、ここは・・・」
「落ちついてタリム」
混乱するタリムに優しく声をかけるリース。
「後ろの扉から外へ出られるわ。外に出たらすぐに街へ戻りなさい。いいわね?」
「わ、わかりました・・・」
「そう、いい子ね」
最後に、タリムのおでこにそっと口づけするリース。タリムは頬を赤らめながら扉の向こうへ消えて行った。
「ん~~・・・やっぱり若い子の肌って柔らかいのね~~♪」
「て、テメエ! 何をしやがったんだ!?」
「私は生者の魂を捧げて死者を蘇らせる事が出来るの。死神と、それに認められた『選定者』だけが使う事の出来る力・・・『ソウルセレクト』でね。ちなみに、殺される前の記憶は消したし、純潔も戻しておいたわ。死神はアフターサービスも万全なのよ」
「『選定者』だと!? 本当に存在してたのか!?」
「という事は、まさかその小僧が!?」
「そうよ! このシオンこそ、私が選んだ『選定者』よ!」
自身に集中する視線に居心地に悪さを感じながら、シオンは手をあげた。
「一応、『選定者』やってますシオンです」
「さあさあ! これで納得したでしょ! とりあえず、あんた達みんなぬっ殺して魂回収させてもらうわよ。『冥府の書』で確認したけど、あんた達に殺された娘は全部で十三人、全員ぬっ殺してもおつりがくるわ!!」
満面の笑みで処刑宣告を下すリースに、男達が一斉にたじろぐ。そんな中、ロイドが若干震えの混じった声で命令する。
「び、ビビってんじゃねえ! さっさとあいつらぶっ殺せ!!」
「で、でも・・・」
「行かねえなら俺がテメエ等を殺す!」
その脅しが効いたのか、男達が一斉に武器を持って二人に突撃して来た。
「ケル子! 出番よ!」
リースがケル子の鎖を引き千切る。その瞬間、変化が始まった。ケル子の体が瞬く間に巨大化し、全身が漆黒の毛皮に覆われる。そして、愛くるしかったその顔も、三つ首の恐ろしい形相へと変貌していた。
「「「グルアァァァァァァァァァァ!!!」」」
三つの首が一斉に咆哮する。それは、およそこの世の生物とは思えないほど恐ろしくおぞましい咆哮だった。
「な、何だこいつはぁ!?」
「ケルベロスのケル子! 私の従順なペットよ! ・・・・最も、最近よく噛み疲れるけど。さあケル子! マリアを助け出して来なさい!」
「「「グルアァァァァァァァァァァ!!!」」」
再びの咆哮と共に、ケル子は力強く駆け始めた。立ち塞がる男達を次々と吹き飛ばし、あっという間にマリアの元へ辿り着いた。
「あ、あわわ・・・」
ロイドは恐怖で腰を抜かしていた。それを無視し、ケル子はマリアに近づく。
「ケル子ちゃん・・・」
「「「キュ~~~ン」」」
マリアが名を呼ぶと、先程とはうって変わって甘えるような鳴き声をもらすケル子。その様子に、緊張していたマリアの表情も柔らかくなる。
「「「グルルル」」」
「乗れって事?」
「「「アンッ!」」」
マリアを背に乗せ、ケル子はシオン達の元へ戻って来た。
「マリア」
「シオンさん!」
ケル子から降りたマリアはシオンの胸に飛び込んだ。
「シオンさん・・・お母さんが・・・お母さんが・・・・」
「うん、わかってる。キミのお母さんも必ず生き返らせてみせるから。ケル子、マリアを守ってやってくれ」
「「「アオ~~~~ン!!」」」
任せてくれと言わんばかりに力強く鳴くケル子。
「シオン・フロイト。『選定者』として貴様等を刈る!」
シオンが虚空へ手を伸ばす。直後、彼の手に漆黒の長剣が握られていた。これこそが『選定者』の証・・・ソウル・リーパーである。
「それじゃあ私も・・・」
シオンと同じように両手を伸ばすリース。その手には双銃が握られていた。
「じゅ、銃だと」
「あら、死神だから鎌だと思った? そんなの古い古い。時代は銃よ。どう、この悪魔も逃げ出すスタイリッシュなフォルム。最新モデルなのよ」
「行くぞリース」
「任せてちょうだい!」
死の体現者が男達へ襲い掛かった。シオンの一閃で次々と男達の肉体が消滅し、“黒”の魂がその場へぼうっと浮かびあがる。
「一つ撃ってはシオンの為! 二つ撃ってもシオンの為!」
リースに撃ち抜かれた男達は聞いている者が震えあがる程恐ろしい悲鳴をあげてこの世から消えて行った。
「『黒滅弾』・・・“黒”の魂にはよく効くでしょ? ・・・って、聞こえてないか」
言いながら、リースは次のターゲットに照準を合わせた。
最早、立場は完全に逆転していた。狩られるはずの者が刈り、狩るはずの者が刈られている状況を、ロイドは呆然と見続けていた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「お~~っほっほっほ!」
やがて、ホール内には、シオンとリース、ケル子、マリア、そしてロイドしか残っていなかった。
「全部で六十三・・・大量ね」
「後はこいつだな」
「ヒィッ!」
シオンの一睨みに、ロイドは完全に固まった。
「そうね。こいつぬっ殺したらその魂でマリアのお母さんを蘇らせればいいのよ」
「な、何でだよ! チェルシーを殺したのはオヤジだろ! 何で俺が・・・!」
「元々はあなたが原因じゃない。それに、そんな事言える立場だと思ってんの?」
「た、立場だと!? それならその小僧だってそうだろうが!」
「どういう意味よ?」
「せ、『選定者』だかなんだか知らねえが、テメエに人の生死を自由にする権利があるってのかよ! 正義の味方でも気取ってんのか!」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ。それに、私に選ばれた時点で権利はあるのよ。・・・死神の私にね」
「そんな理屈・・・!」
ドンッ!!
炸裂音が響く。その刹那、シオンの体がゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「貴様等! ワシの息子から離れろ!」
炸裂音の正体は、ロイドの父、ジョイが撃った散弾銃の発射音だった。シオンは銃撃を受けたのだ。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ! シオンさん! シオンさん!」
マリアが悲鳴をあげる。ロイドは形勢逆転とばかりに怒鳴った。
「ざまあみやがれ! 俺に刃向かうからこうなる―――」
「・・・油断した」
ロイドの表情が凍る。銃撃を受けたはずのシオンが悠々と立ち上がったのだ。しかも、出血すらしてない。
「ど、どうして・・・」
「マリア、昨日の俺の言葉を覚えてるか?」
「え?」
≪俺の命は彼女の物なんだ≫
「あれは比喩じゃない。俺は、リースの許可がなければ永遠に死なないし、死ねないんだ」
「魂が傷つくから体も傷つくの。だから、魂さえ保護すれば不死になるのも可能なのよ」
「ば、化物・・・」
「うっさい」
リースが無造作に発砲した銃弾は、正確にジョンの心臓を貫いた。
「でもね、いくら不死だからって、シオンを傷付けた人間を許すわけにはいかないわ。だから、あなたには特別なお仕置きをしてあげる」
リースが何かを詠唱した。すると、二メートルほどの扉が目の前に出現した。
「これはねえ、地獄と繋がってる扉なの。普通なら死んでから地獄がどういう所か教えるんだけど、あなたは特別に今教えてあげる」
リースはロイドの首ねっこを掴むと、扉を開けてロイドの顔を突き出した。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
発狂したのかというくらい激しく悲鳴をあげるロイド。リースは満足そうに扉を閉めた。
「どう? 今のがあなたが行く地獄よ」
「嫌だ! 嫌だぁ!! 助けて! 助けてください! 何でもします! 何でもしますから! 行きたくない、あそこには行きたくない!!」
「断る」
必死に懇願するロイドを、シオンは躊躇いなく斬りすてた。
「お前は言ったな。正義の味方を気取っているのかと。もちろん、そんなつもりは無い。俺は、俺の価値観で魂を刈っている。そして・・・俺はお前を許さない」
≪私は・・・奴隷になった事のない私には、あなたの辛さはわかりません。ですから、軽々しく慰めの言葉なんて口に出来ません。だから・・・だから≫
≪こんなにも・・・こんなにも人を憎いと思った事はない!! 私は・・・あなた達親子を絶対許さない! 殺してやる! 殺してやるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!≫
「マリアに・・・彼女の温かく清らかな魂に、殺意という“黒”を混ぜ込もうとしたお前だけは許さん!!」
「ヒィィィィィィ!!!」
その悲鳴がそのまま断末魔となった。
「さて、“黒”の人間はいなくなったし、次は“白”の人間を生き返らせなきゃね。シオン、マリアのお母さんはあなたが生き返らせてあげなさい」
「ああ」
ロイドとジョイ、二つの魂を掲げるシオン。一つで充分なのだが、単純に気分の問題だった。
「『選定者』シオン・フロイトが願う! この者達の魂を捧げる代わりに、チェルシー・スカーレットをこの世へ戻したまえ!!」
タリムの時と同様の激しい光がホールを包む。その数秒後、光が収まると、シオンの目の前に、マリアによく似た女性が立っていた。
「・・・あ、あら? 私・・・」
「お母さん・・・」
「マリア? えっと、何がどうなって・・・」
「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
泣きじゃくりながら母親へ抱きつくマリア。その光景に、シオンとリースは微笑んだ。
「こういうものを守る為にソウルセレクトは存在するの」
「ああ。そうだな」
「アンッ!」
子犬状態に戻ったケル子も同意のようだった。
その後、殺された娘達も蘇り、家族との再会を果たした。そして、シオン達は『静かな安らぎ』亭で別れの挨拶を交わしていた。
「行っちゃうんですね・・・」
「ああ。この街の“黒”は刈り尽くした。次の街へ向かうよ」
「せ、せめてあと一日だけでも。お母さん達を助けてくれたお礼をさせてください」
「その気持ちだけで充分よ」
「でも・・・」
「マリア、あまり困らせるような事を言っては駄目よ」
チェルシーがマリアを宥める。
「なんだか、今でも信じられない話ですが、この度は本当にありがとうございました」
「それでいいんです。俺達の事は忘れてください」
「忘れません! 私は絶対にシオンさん達の事は忘れませんから!」
「・・・・ありがとうマリア」
「いつでも遊びに来て下さい! 私、待ってますから!」
シオンとリースは顔を見合わせると、それからしっかりと頷いた。
「あ、そうだ。リースさん、最後に聞きたい事があるんですけど」
店を出ようとしたリースをマリアが引き止める。シオンは気を遣って先に店を出た。
「あら、何かしら?」
「どうして、シオンさんを『選定者』に選んだんですか?」
「知りたい?」
「お願いします」
「いいわ、教えてあげる。シオンの過去の事は聞いてるかしら?」
「はい」
「私ね、お酒が大好きなの。初めて人間界に降りた時に、街を歩いていた私に男の人が話しかけて来たの。美味しい酒が飲める所を知ってるから案内してあげるって。それについて行ったら、実はその男が奴隷商人でね。そのまま奴隷として捕まっちゃったの」
「え・・・」
「あ、今「こいつ、アホだ」って思ったでしょ」
「い、いえ、そんな事は・・・」
「シオンに出会ったのはその時よ。彼はショーに出た直後で全身傷だらけだった。私は驚いたわ。その姿にじゃなくて、そんな目に遭いながらも曇りの無い“白”の魂をシオンが持っていたから」
マリアは無言で聞きいっていた。
「私は尋ねたわ。「奴隷になって悔しい? あなたをそんな風に扱う大人を許せない?」って。そしたら彼、「いや」って答えたのよ。「どうして」って聞いたら、「俺が奴隷になったから母さんと妹は助かったから」ですって・・・。その言葉と魂を見て、私は彼に惚れちゃったの」
「ほ、惚れ・・・? そ、そうだったんですか」
「ちなみに、彼が初めてソウルセレクトで蘇らせたのは奴隷仲間だったのよ。ふふ、彼らしいでしょ」
「そうですね。はい、私もそう思います」
「これでこの話はお終い。それじゃあね」
リースは振り返る事なく店を出た。外ではシオンとケル子が待っていた。
「何を話してたんだ?」
「な・い・しょ」
「?」
「さあ、次の町へ出発よ!」
「アンッ!」
二人と一匹の『命の選定』の旅はこれからも続く。
「・・・・あっ!」
「どうした?」
「今度こそシオンと一線を越えようと思ってたのに! 結局うやむやになっちゃった! せっかく前の街で『不自然な所に穴があいている下着』買ってたのに!」
「・・・・ケル子」
「アンッ!」
カプッ!
「みゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」