世界は平和になった。
世界から忘れられ認知されない彼と彼をなぜか認知できる家出聖女、2人の珍道中。いつだって2人の行き先はトラブルだらけ。この町では何が起きるのでしょうか?

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ウマ娘の投稿が遅れた原因 その一


立ち寄った町が勇者が来るレベルの緊急事態だった件

かつて、この世界は魔王とそれに率いられる者たちと裏で魔王を操っているヤツによって引き起こされた長い長い戦いにより混沌に包まれていた。というのは過去の話。というか、この世界ではそんな魔王たちとの戦いはなかったことになっている。ゆえにこの世界はあの戦いを知ってるモノとしてはとてつもなく平和になったと言える。まぁ、相変わらず人は人以外と仲が悪いし(エルフだって田舎では迫害対象になりうる)、人を襲う奴らが完全にいなくなったわけじゃない。そんなわけで冒険者、傭兵や軍人が要らない世ではないがやはり平和になったのだ。

 

「さ・て・と」

 

馬車、ではなく鳥車の天幕の上に寝転がっていた俺は市販の弓にお手製の矢をつがえる。少し、気になって天幕の中の相方と商人と御者、連結された2台目に控えるこの行商人の護衛の様子を探るとどちらも雑談に興じてイヌっぽい敵の接近に気がついていない。

 

「こ、コイツら俺が上で索敵してるの良いことに全員が気を抜いてやがる…」

 

相方と商人の護衛も本来ならば、そこら辺の冒険者よりは腕利きなので隠れているつもりのイヌっぽい奴らの接近にも気がついているはずだ。

 

え…?これ、もしかして気がついてるけど俺に任せて無視してる感じですか?相方さん?俺たち一応はヒッチハイクしてる立場の冒険者なんだぜ?それも商人相手に。仕事しよ?おい、護衛組?君たちこの商人に雇われてるんだよね?仕事しろ。

 

気が変わった。イヌっぽい奴らには悪いがつがえる矢を変更して放つ。しばらくして、草原の至るところから獣の悲鳴、苦しむ声が上がる。あまり、褒められるものではないが俺が放ったのは確殺出来るがそこまで強くない毒の矢だ。イヌっぽい奴らは苦しみながら死ぬ。…アンデット化するかな?ついでに凍らせて砕いておくか。まわりの騒がしさに下の奴らも気がついたらしい。

 

「じい、何事だ!?」

 

「恐らく狼の類いかと!」

 

「数は!?」

 

「…既にノース様の守護霊様に無力化されたようです」

 

下では御者と商人が問答を繰り広げているが無力化されたと知るとなーんだとつまらなさそうにする。おいお前、つまらないとか言ってるけどまた死にかける目に会いたいの?Mなの?男の娘でMで魅了持ちとか属性盛り過ぎでしょ…

 

「ふっふっふーわたしの守護霊すごいでしょー!お疲れさまー!」

 

いや、あなたも少しは手伝ってね?

 

「クソぉ、リーナちゃんの守護霊が強すぎて俺たち全く出番がねえぜ」

 

お前らは黙って仕事しろ?矢の材料代、請求するよ?

 

「あ、見て見て!凄い綺麗な青い花畑だよ!」

 

御者席の方に身を乗り出して、前方に広がる光景に目を輝かせる。しかし、まわりの反応は悪いというか、

 

「むっ!?あれは…いけません!ノース様は早く中へ!」

 

バレリーナはすぐさま商人に引っ張られて車の中に引っ込められる。

 

「全く、君は本当に世間知らずだね。守護霊の気苦労が分かるよ」

 

全くその通りです。

 

「あの花はね、シカバネ草って言って花粉にかなり危険な毒を持つ冒険者ギルド指定の危険度Bの植物なんだ」

 

一応、世間知らずなバレリーナを擁護すると彼女はバレリーナ・ノースという名の通り北の地生まれ北の地育ちの……箱入りかもしれない娘という奴だ。なので、寒い地域には生息していないシカバネ草を知らなくてもしょうがない。

 

「皆さま!群生地を一気に駆け抜けますっ!振動に備えてください!」

 

「あ…待って!エ……御者さんは!?外にいて大丈夫なの!?」

 

「じいなら大丈夫さ。彼ならば、この花粉対策ぐらい万全だろうからね」

 

あと、幸いなことにこの車を引いているのは馬ではなく、飛べない陸走鳥。とてつもなく馬鹿なので家畜として使うには特別な魔道具が必要だが、その代わり馬と比べて物凄く丈夫という特長がある。特に病気や毒に対する耐性は凄まじく、コイツらを材料に解毒薬を作る研究がされているらしい。なので、この状況でも平然としていられる。

 

『エルシア!?エルシアは大丈夫!?』

 

おっと、俺のことも心配してくれるのね。まぁ、そういう奴か。

 

『もちろん、大丈夫に決まっている。あ、そうそう、リーナも多分大丈夫だぞ?花粉を魔の瘴気の一つと思えば…あとは分かるな?』

 

『瘴気…あ…そっか。本当に大丈夫なんだよね?』

 

『大丈夫だって。俺の外套はこういうのも対策出来るから』

 

『わかった…』

 

伝達の魔法で話しかけてきたバレリーナを安心させてから美しい三途の川の花畑を見やる。

 

「流石に街道沿いにあの群生地は不味いよな」

 

それこそ、俺みたいにそもそも花粉に認知されないので別に外套無しでも…いっそ、裸でも花粉に犯されない奴や存在自体が聖域な聖女や効くけど免疫が出来ると問題なしな勇者みたいなヤツじゃないとこの道は危険だ。

 

「本当は焼き払ってから凍らせて、もう一回熱するのが良いんだけど…」

 

かつては契約で従えていた龍の力を借りて、火の魔法を使えたが今は使えないので花畑を凍らせることしか出来ない。まぁ、凍った花畑というのも中々に綺麗だと俺は思う。

 

「今度、火の魔法が使える魔道具を手に入れないといけないな」

 

凍った花畑を見て、護衛組がようやく仕事をする気になったらしく凍った花畑を燃やし始めた。花畑は突然の温度変化に耐えられずに破砕されていく。それを再び俺が凍らせて飛び散る花粉と土に眠る種子を無力化していく。鳥車は花畑を処理しながら街道を進んでいく。

 

「もうすぐ、今日の休憩ポイントの宿場町だけど…大丈夫かねぇ?」

 


 

「ん~~とうちゃーく!」

 

車を降りて伸びる相棒。大きな街と街の間にある宿場町にたどり着いた商人は早速、後ろの荷台兼店を広げて商売モードに入る。俺と相棒は彼らが町に滞在する間の宿を探す…とは言ってもこの規模の町だとすぐに見つかるはずだ。

 

「ここ、こんな場所だったのか」

 

ここはかつての戦いの時は前線の一つであり、俺の所属がまだ騎士学園で偶々が重なり俺と親しい学園生で構成された小隊が放り込まれて乗り越えた戦場の一つだ。別に思い入れのある土地ではないが今の花壇の多い町の風景を見るとあの頃の戦火に巻き込まれ荒野と化した、この辺りが花の咲くそんな土地だったのかと少し思うところがないわけじゃない。

 

「エルシア…?どうしたの?」

 

「いや、何でもない。それよりも人がいるところであまり俺に話しかけるな。変な奴に見えるぞ」

 

まぁ、バレリーナは元々変な奴かも知れないが。

 

『あ…ごめん。えーと、おすすめの宿屋はある?』

 

『ない。というか、知らない』

 

「じゃあ、一軒一軒見て回ろっか」

 

『ああ。ッ!リーナ!影を借りるぞッ!』

 

「えっ?」

 

その気配に気がついた俺はすぐさま得意の影魔法でバレリーナの影に隠れる。

 

「アレ?バレリーナじゃん。こんな所で…あれはフリージさんの鳥車…ということはトレームの街からここまで辿り着いたってわけか。お疲れ様」

 

何でここにコイツがいるんだ…?あと、馴れ馴れしいぞ彼女持ち。

 

「勇者さん!お久しぶりです。…もしかして、お仕事ですか?」

 

勇者巻毬 煌里(まきまり こうり)。かつての戦いにおける人の切り札…というのが表向き。正体はこの世界に現れるヤバイ奴退治を専門にする世界の外からやって来た世界の逸脱者。そんな奴が仕事で来てるということはまたまた厄介事が起きる、というか起きていて勇者じゃないと不味いレベルの事が起きているのか…

 

「うん、仕事。既にこの町の中でも被害が出ているから、この場所は安全じゃないと思って行動してほしい」

 

町の中で、か。外のシカバネ草か?いや、流石にシカバネ草ごときに勇者を派遣する必要はない。

 

「……そんなに危険な状況なんですか?」

 

「町に着いたばっかりだろ?そんな人に話すのは気が引けるけど…安全のためだな。実は…」

 

煌里によると、この宿場町周辺を通った冒険者や商人などが行方不明になるという事案が大量に報告されているらしい。報告を受けたギルドが調査パーティを派遣したのだが、パーティもまた音信不通に。(周辺の町や村に警告は出ていたがその間、俺たちは洞窟で別の戦いをしていた。そういえば、道中に全く人と遭遇していないな。シカバネ草が放置されていたのはそれも原因か)最後に伝えられた情報によると宿場町は健在だが、住人の多くが行方不明になっており、このままだと町が無くなるという有り様。確かに宿場町のわりに活気は…久しぶりの俺たちという客と勇者の滞在に少し活気を取り戻したらしい。そんな訳で、正体不明の敵に対して現在暇人である勇者がこの案件に投入された。というのが今回の経緯だ。

 

「そんな……わかりました。勇者さん、わたしたちも力になれることがあったら言ってくださいっ!手伝います!」

 

おい、何で勝手に首を突っ込んでいるんだ!?ちゃんとパーティの俺に相談して?

 

「流石、バレリーナ。その時は力を貸してほしい」

 

おい、ゴミ野郎。何でうちの相棒を巻き込んでんの?お前が派遣されるレベルの任務って、かなり危険なの分かる?ただの冒険者を巻き込んだら死んじゃうよ?

 

『わたしに何かあったら、エルシアが必ず助けてくれるでしょ?だから、大丈夫!』

 

『俺はそんなに万能じゃないんだぞ…あんまり頼らないでくれ…』

 

たくっ、どいつもこいつも甘やかされて育ったからに…!

 

「今はまだ敵の調査中なんだ。オレが来たせいか最近は大人しくしてるみたいでね。なかなか尻尾を出してくれない。…フリージさんたちは狙われるかもしれない警告ついでに買い物してくるよ」

 

そりゃ、目の前のバレリーナの正体が家出中の北の聖女で、その影にお前の討伐優先度トップの奴がいることに気がつかないお前じゃ敵も見つからないだろうよ。

 

『アレがいると俺は動くに動けない。それを忘れるなよ?』

 

『うん、分かってる』

 

というか、状況的に犯人なんてもう分かっているようなものだ。街道で行方不明者が続出してるけど町はかろうじて生きてる?馬鹿馬鹿しい。町からも適度に被害を出して被害者面しているがこんなの町が一番怪しいに決まっている。……ふむ、犯人は分かるけど正体は確かに分からないな。いや、分かるかもしれない。影に潜っているから感じられるけど、この地面は何かが詰まってる。穴?筒?結局、分からないじゃん。分かること、敵はシカバネ草の毒が効かない危険度B以上のヤツ(本来、シカバネ草は毒を無視して駆除するだけならただの植物なので元々ギルドの依頼難度は最低のFだった。しかし、シカバネ草は人以外にも毒であり、シカバネ草の周辺には毒に耐えられる強いヤツが闊歩していることが多い。そのため、依頼難度が周辺の敵の強さ的に上がっていき現在のBになった)で町人を死体人形のように操れるってことか。

 

「あ、勇者さん待ってください!」

 

「どうしたんだい?」

 

「おすすめの宿屋、教えてほしいな!」

 


 

「ふぅ…久しぶりにベッドで寝られるね」

 

もしも、今リラックスしているお人好しのバレリーナに受付の人が実は死んでるなんて伝えたらどんな顔をするだろうか。あぁいや、これまで一緒に旅をした感想として特に何も顔に出さないかもしれない。バレリーナのいた北の土地はこの辺なんかよりも危険な場所だ。バレリーナはそこで聖女として人々の傷を治してきていた。死に触れてきた。案外、俺とバレリーナがコンビで上手くいっているのは俺たちのそういうズレた所が理由なのかもしれない。

 

「そうだな。俺は少し気になることがあるから少し町を出てくる。夕方には戻る」

 

「…エルシアって、ほんとお人好しだよね」

 

「リーナには言われたくないっ!」

 

「気をつけてね」

 

「行ってくる」

 

恐らく、勇者は餌にならないし下手に襲えば返り討ちになるから放置されているのだろう。とすれば、今日やって来た俺たちは久しぶりのご馳走。特に、奴らが気がついているかは別としてバレリーナは食べたらとってもおいしいだろうと俺でも思う。悪気は無いだろうけど、これじゃあゴミ勇者の仕事の敵を炙り出す良い餌だな。

 


 

「…いっちゃった」

 

わたしだって気がついていた。受付の人…それどころか、宿に来るまでに挨拶した人たちみんな冷たかった。ううん、あの人たちは本当に死んでるわけじゃない。さわったら、ちゃんと暖かいんだと思う。でも、たしかに感じたんだ、冷たいって。見た目は生きた人だけど中身は…人じゃない。この冷たさは人じゃない。

 

「うわ、勇者さんおすすめなのにサービスがダメダメだよ~」

 

襲撃されるなら夜。きっと、エルは今日もちゃんと眠れない。本当はとってもねぼすけさんなのに鳥車の見張りでずーっと起きてるはず。だから、少しでも休めるように前の被害者が泊まった時から変えていないんだと思うシーツを洗っておこう。乾燥は魔道具ですぐにできるしね。

 

「あ、でも、個室に湯浴み部屋があるのはいいかも!」

 

ねぇ、早く帰ってきてよ。一緒に添い寝だってしてあげるから…

 

わたし、さっきからずっと狙われてるよ?

 


 

「この辺…で良いかな」

 

宿場町を出て、俺たちが来た方向とは逆の街道沿い、遠くに見える青い美しい花畑と町の間の何もない草原。シカバネ草の群生地に囲まれているのに町がどうともなっていないなんて、やっぱりおかしいよなぁ?

 

「掘るか」

 

伝家の宝刀である金属魔法でシャベルとバケツを何個か造り出して一本は俺が持ち、残りのシャベルとバケツに魔法で指示を出して穴を掘っていく。一人バケツリレーで効率良く作業を進めたので目的のものはすぐに日の目に曝された。

 

「植物の根…いや、こういうのは地下茎って言うのか」

 

町の地下に張り巡らされていたのがこれだとすると町周辺のシカバネ草と繋がってるな、これ。ん?シカバネ草って、地下茎を作るのか?初耳だぞ?…まぁ、それはいいや。とりあえず、これで来た方のシカバネ草が駆除されたのも気がつかれてるってことが分かっちゃったわけだ。となると……俺は今、この外套を取っ払った瞬間に花粉の毒に殺られる。そう、認知される。

 

後ろから足音がした。

 


 

「おーい、ご飯だぞ…!?おい、どうしたっ!?」

 

行商人である自分の主にとっては大事な足であり、自分にとっては同じ主は支える友である陸走鳥が冷たくなっていた。

 

「陸走鳥が死ぬなんて…外傷は?ないだと!?」

 

陸走鳥という生き物は毒にも強ければ、普通に撲って倒すのも難しい。そんな陸走鳥が死んでいるというのはただ事ではないことが起きているのは決定的である。

 

「勇者さまはお得意様とはいえ、こうなると厄介事に巻き込まないでほしいと愚痴りたくなりますな…」

 


 

かつて、この世界は魔王とそれに率いられる者たちと裏で魔王を操っているヤツによって引き起こされた長い長い戦いにより混沌に包まれていた。では、この戦いはどのようにして終結したのか?なぜ、全て無かったことになっているのか?

 

答えは黒幕の存在をあるどんなモノでも殺せてしまう男が抹殺した、だ。その一族の存在を、概念を、殺した。結果、戦いの黒幕という大きな空白が発生した世界は辻褄合わせの修正力を働かせて、戦いを黒幕の存在共々無かったことにした。戦いを終結させた男……英雄にとってはそこまでは良かった。しかし、英雄は長い長い戦いの中でヒトであることを棄て、自らが消した存在の一族と同族に限りなく近づいてた。そうしないと、守りたいものを守れなかった。(それでも守れたものなんて、とても少なかったが)戦いを生き残れなかった。英雄にとっては黒幕の存在を消すこと=自分の存在を消すことだったのだ。もう、悲しいことは嫌だった。即断即決がモットーの英雄は迷わず、誰にも相談しないで黒幕と自分の存在を消した。

 

これ以降、英雄…いや、そもそも戦いなんて無かったんだから英雄でもない自称英雄な男を認知できるのは男が滅ぼした同族の生き残りの姫と世界の逸脱者であり、天敵の勇者と理屈は分からないが相棒のバレリーナだけ。

 

まぁ、ここまで言うと随分と孤独に思えるかもしれないが相手に認知させることは出来ないわけじゃないし、簡単に認知させることが実は出来る。今、0になっている自分の存在値を上げればいいのだ。

 

そう、例えば……敵対する。

 

敵対する存在というのは敵対していない、どうでもいい存在と比べて存在値が高い。そこら辺に落ちてる石をさっきまでは全く認知できなかったのに躓いて怪我をしそうになる=怪我をさせられるという危害を加える敵対行動をされた瞬間にその石はきっととても大きな存在として認知できるだろう。

 

つまり、さっき俺は道中のシカバネ草を駆除して、今はシャベルで少し地下茎を傷つけるという敵対行動を繰り返しているので既にこの地下茎の持ち主で(来た方も繋がっているとしたら)シカバネ草の親玉に敵として認知されているはず。

 

「というか、こうやって後ろで剣を振り上げてる奴がいるのが決定的な証拠だよな?」

 

ぴょんと飛び出して振り下ろされた攻撃を避けると後ろでは轟音が響く。

 

「おいおい、いきなり雷鳴剣とか最初から飛ばしすぎでしょ!?」

 

雷は俺の数多い弱点の1つ、当たりたくはない。(金属魔法の使い手だからか、それとも雷の精霊に嫌われているのか理由は分からない)多分、それをいきなり出してきたのは偶然だろう。このフリージ商会の護衛組の剣士が使える剣技の中で一番強いから出したといった所か。ありがたいことにバレリーナが俺のことを他人は見えない守護霊という扱いにしてくれたおかげで戦闘の度に認知されて説明して忘れられて、また戦闘で認知されて説明してまた忘れられて、という無下な繰り返しを回避しているので護衛組とは全く交流が無かった。俺の弱点なんて知っているわけがない。…バレリーナが口を滑らしていないとして。

 

「4人纏めてシカバネ草に食べられちゃったかー」

 

コイツらが毒に殺られた=食べられた事で今回の敵がシカバネ草の変異体だということは確定だろ。普通のシカバネ草なら食べた後の屍は新しいシカバネ草の苗床にするのを生前、侵食する前の姿を保ち、生前の技を使用する。一体、どんな危険度B以上のヤツを食ったらこうなるんだ?しかしまぁ、交流が無かったとはいえ、共に窮地を潜り抜けたこともある旅の仲間だ。殺されて思うことがない訳じゃない。そんな思いを無視して護衛組の前衛二人が襲いかかってくる。

 

「なるほど?仲間の姿で情を誘おうというわけか?植物の癖に知恵もある……いや、元々植物って頭良いか」

 

それこそ、シカバネ草の繁殖過程における変異の仕方は本当に賢い。シカバネ草の毒の正体、花粉は生物に取り込まれると取り込んだ生物の細胞を卵細胞として扱い、受粉すると、宿主の栄養を作るのに必要な器官以外の活動を停止させ、宿主に作れるだけ栄養を作らせ、それを用いて新たな植物体を形成する。これが普通のシカバネ草の繁殖方法だ。しかし、ごく稀に本来ならば花粉の侵食に耐えられる危険度B以上のヤツを苗床に出来てしまう事がある。(理由は宿主が弱ってたとか様々)この場合、恐ろしいことにシカバネ草は宿主が本来ならば自分が侵食出来る相手ではないということを理解し、細胞を卵細胞として乗っ取る過程で宿主の遺伝子を自分が強くなるのに利用する。これがシカバネ草の変異だ。まぁ、利用した遺伝子がどんな情報を持っているかは流石にシカバネ草も分からないらしいので宿主のどんな特徴を引き継いだシカバネ草が誕生するかはランダム。なので、今回みたいにヤベーイ変異をするのも更に稀と言える。

 

「でも、それで俺が躊躇うと思ってんの?」

 

(桜花流 桜乱れ花吹雪…!)

 

右手にはさっきまでシャベルだった美しく血に染まった剣。どうやら、中身はほとんどヒトじゃないのにまだ血は残っているらしい。なら、桜花流がちゃんと綺麗に使える。桜花流は死に美を求めた美しき狂人が編み出した刀の流派だ。俺がシカバネ草の餌食になったコイツらに最後に出来るのは美しく終わらせてあげる事だけ。まさに桜花流に打ってつけの相手だね。

 

「俺は仲間も…家族も……!殺した男なんだぞ!?」

 

あと、ついでに言うなら俺は騎士学園怠惰部屋の出身だ、かな?全く…なんにも自慢にならねぇよ…そんなの、はは。コイツらはもう助からない。だから、殺るしかない。そうしないと、犠牲者が増えるだけだ。だからッ!

 

「次はお前たちだ…」

 

離れた所にいた護衛組後衛の魔法使い共も同じように綺麗に花を咲かせてやる。これで終わりか?と後ろに嫌な気配を感じて振り向くと連撃でバラバラになった肉塊から植物の蔓(というより、これはもう触手でしょ)がのびていた。

 

「あの…俺、触手プレイの趣味は無いんだけど…?」

 

返答はなしに襲いかかってくる無数の触手。とりあえず、『桜乱れ花吹雪』で切ってみるが…

 

「再生早っ!?というか増えた!?」

 

切ると切った所から生えるし、増える。分かった、前言撤回だ。これ、桜花流はこの戦いに全く向いていない。桜花流は相手を殺すための剣術ではあるが、目的は相手を桜の散り際の如く美しく散らせたり咲かせたりすること。そのため、本来の刀を用いて放つ桜花流で切られた相手の死因はたいてい失血死。この剣術は相手を切って殺すというよりはとにかく出血させて血が見たい!血を美しく舞わしたい!という狂人が編み出したモノ。攻撃のみの春の型と違い防御の技が多い夏、秋、冬の型の産まれた理由が実は長く愉しめるように相手の休憩の為にあるというのがもうイカれている。師から授かった刀が折れた時に見た断面から感じた狂気は今もよく覚えている……って、それは今はいい。とにかく、俺が桜花流を斬って殺すために使っているとはいえ、元々は浅く切るのが桜花流。こうやって、浅く切っても深く切っても再生されるわ、切った所から更に生えてくるこの敵には圧倒的に不利…というか、コイツには桜花流云々以前に斬撃武器全般が駄目な気がする。(あ、でも、師匠のあのノコギリみたいな刃の刀なら案外イけるかも…まぁ、流石に今、剣の形を経験がない形に作り替えるのは面倒だよなぁ)とりあえず、切った所を気休めだけど凍らせて再生出来ないようにしながら使う流派を変えるか。

 

「火の魔法が使えたら傷口を焼いてって、そっちの方が簡単なんだけど、なっ!」

 

(黒桜流 汚桜乱れ裂きっ!)

 

火の代わりに毒を纏った斬撃で触手を切り落として触手が生えている本体を目指す。

 

「良かった、毒は効いてる。植物に凍結は効きづらいから助かるね」

 

しかし、相手は再生する敵。どのようにトドメを刺せばいいのか?とりあえず、毒つきの剣でメッタ刺しにしておけばいいか。

 

「黒桜流 晩春散華」

 


 

戦いの後、彼が何を思ったのかは誰も知らない。ただ、夕日により黒く染まった彼が影のように立ち尽くしていた事をここに記しておく。

 


 

異様な光景だった。さっきまで不自然なまでに手入れが行き届き雑草1本も無かった町がふと、目を離した隙に草木に…美しき死をもたらす青い花に覆われた荒廃した町と化していた。

 

「フリージさん…どういうことなんですか!?」

 

返答は鞭の風切り音が返ってくるだけ。当たったら流石にオレでも危険だ。

 

「一体、何が…?どうなっているんだ!?」

 

町の外の巡回をして帰ってくると町人に取り囲まれたと思ったら、いきなり襲われたのだ。

 

「訳が分かんないぞ!?」

 

後ろから鍬で殴りかかってきたのを避けて、鍬を壊して無力化する。

 

ビュンッ!

 

「フリージさん、止めてくれ!そんな鞭の振り方をしたらこの人たちにも当たるッ!」

 

とりあえず近くにいた町人を空中に放り投げて自分も空中に飛び鞭を避けるが更にもう一振返しの一撃が空中の無防備なオレに襲いかかる。はずだった。

 

視界に金色が舞った。

 

「勇者さん!わたしが攻撃を防ぎますっ!勇者さんは町の外に逃げる道を作って!」

 

地面に降り立ったオレの前に二色の大盾を構えて立ったのはリーナだった。

 

「道を!?分かった、風で町人たちを押し退けるっ!」

 

確かにこれ以上囲まれたままというのはキツいし、さっきから町全体が青々と茂ってきている気がする。状況を把握するために一度撤退するべきだろう。考えれば分かることだ、オレは冷静さを失っていたのか…

 


 

ごめん、エル…分かってるんだ。エルが宿屋の部屋に水銀の罠を仕掛けてくれたおかげで部屋は安全なんだよね。でも、外で1人で戦ってる勇者さんを放っておくなんて私には出来ないよ…!きっと、これがわたしをおびき寄せるための勇者さんをエサにした罠だったとしても。わたしは部屋を飛び出す以外の選択は選べないよ。わたし…ズルいよね。だって、こうすれば必ずエルがわたしを…勇者さんを助けてくれるって信じてるんだから。エルが勇者さんの事を恨んでいてキライなのは知ってる。だけど、お願い。勇者さんのことも一緒に助けてほしいな。あはは、でも、エルならわたしが願わなくても助けちゃいそうだね…

 


 

「よしっ、今だ!逃げよう……っ!?リーナ、足!!!」

 

「あ…」

 

人々の群集に風穴を開けて、この場を逃げようとした時だった。リーナの足に植物の蔓のような物が絡みつきリーナを町の中央へと引っ張っていく。オレは手を伸ばすがそんなことは無意味でリーナは奥へと連れていかれるのをオレは見送った。

 

「クソっ!リーナを返しやがれッ!」

 

開けた道を無視してリーナが連れ去られた方へ駆け出すが町人とフリージさん、そしてどこからか生えてきた触手が行く手を阻む。

 

「邪魔だっ!」

 

町人には峰打ち、触手は火炎斬りで邪魔する者共を払っていくが…触手は更に生えてくるし、中身は既に植物に侵され死んでいる人々に打撃を入れても効果は薄く、連れ去れたリーナの元には辿り着けない。

 

(落ち着け、オレ!後ろを開けたのと同じようにすれば良いじゃないかっ!)

 

再び暴風を纏った剣を以て、前方に風穴を開け……られなかった。

 

「茎の…檻?」

 

今のは暴風とは言っても人を傷つけないように風で吹き飛ばす事を狙った威力なので、堅い茎の檻をはかいすることは不可能だ。

 

(どうしたらいい!?この操られた人達は全員、人質ってか!?何も出来ないじゃねぇかッ!)

 

「拘束魔法ならどうだ!?」

 


 

巻毬煌里は勇者だ。その癖、あの意地汚い父親の影響というか教育のせいか、やたらと毒に睡眠、防御低下などの状態異常系の魔法を多く覚えている。そして、煌里の魔法は魔力が多くないので乱発することは出来ないが、一発一発の魔法の効力は勇者の強い魔力のおかげでかなり高い。そりゃあ、ご先祖さまは状態異常に強い一族だったのに何故か状態異常に弱い、病弱な体質を持つようになった俺と父が瀧土親子に散々苦しめられる訳だ。まぁ、今それはいい。俺が言いたいのは状態異常系の魔法というのは正しく使わないと効果を発揮したないということだ。今回の場合は拘束したい相手の指定、である。

 

「っ!効いてないか!」

 

恐らく、というか間違いなく煌里は魔法をかける相手を死体の方に指定している。既に動かない奴に動くなと言っても意味がないのは当然だ。全く、さっさと町人ごと殺ればいいのに。

 

「その甘さをもう少し俺たちに対しても発揮して欲しかったなぁ…」

 

「がッ…?…………」

 

後ろから鉄棒で殴られてダウンする勇者に俺が思うことは、今この瞬間もバレリーナが危ない目に遭っているのに既に死んでいる奴らに遠慮する必要がある?本当に使えないな、この勇者。少し、感謝することがあるとしたら逃げ道を作ってくれたおかげで早くここに辿り着けたことぐらいかね。という辛辣なものだ。いや、これでも甘いかもな。

 

「役立たずはそこで暫く寝てな」

 

分かってるよ。バレリーナ的には自分を人質にして、こいつの事もちゃんと助けろってことだろ?言われなくても分かってる。俺と煌里は殺したいほど憎みあい、実際に何度も殺しあった仲だ。本当ならこのまま永眠して貰いたい。でも、俺は絶対に煌里を守らなきゃな。そう決めて誓ったんだから。一応、全部無かったことになっているとはいえ、煌里が瀧土ではなく巻毬を名乗っている時点で多分、俺が煌里を憎む理由も無い……無くはないな。

 

「はぁ…しっかりしろ、俺」

 

こいつを守ることは間接的に俺が守りたくて帰りたかった場所を守ることに繋がるんだ。帰る場所がある奴はちゃんとそこに帰ってもらわないとな?……全部、巻毬のためだ。たった一人の家族の幸せだ。妬まずにちゃんと…ちゃんと祝ってやれよ、な?煌里の体を金属製のドームで覆い(もちろん地面もカバー)触手が手を出せないようにしておく。…あ、空気穴空けとかなきゃ。

 

「さてさて、覚悟は出来てる?」

 

八つ当たりとは言わせない。バレリーナに手を出したことを後悔してもらう。絶対に。

 

「…死ね」

 

一払いで道を阻む敵を全て薙ぎ払い駆け出す。もちろん、町人の皮を被った奴らも含めて。

 

「…!さっき戦った時よりも再生が早いし、毒の効きも悪いな」

 

そういえば、使っている金属毒って植物には効果が薄いんだっけ?あーあ、毒殺の授業ちゃんと聞いておけば良かった。まぁ、一時的な再生防止にはなってるから良しとしよう。多分、元は植物とはいえ、ここまで成長して魔力を使っているなら魔力核を形成しているはず。本体の核を潰せば、終わりだ。クソ、本当に再生が早すぎるだろ。

 

「そろそろ、本体さまのお出まし…!?」

 

数多の触手を切り抜けて漸く視界に現れた、本体を見て驚いてしまう。変異体のシカバネ草なんてレア物、絵でしか見たことないし、実物を初めて見たというのも抜きにしても衝撃だった。特異な生態をしているとはいえ、シカバネ草は何度も言うがただの植物だ。それがどうだ?この目の前のコイツは明らかに知性を持っていそうな見た目をしている。

 

「なにオマエ、ニンゲンらしい顔がちゃんと出来るじゃない」

 

「うわぁ、喋ったぁ…思った以上に流暢に喋ったぁ(まぁ、あれだけニンゲンを喰って操り人形にしていたんだから当然か)」

 

それはとっても大きな一輪のシカバネ草の花、“雌花”だった。雌花、である。本来、雄花のみで生殖するので雌花が存在しないシカバネ草なのに雌花である。そして、雌しべの花柱にあたる部分が女の姿をしていたのだ。その姿はこの手の敵にありがちな全裸で何とは言わないが立派なモノを惜し気もなく晒していた。多分、バレリーナのより大きい。ふむ、これが変態……じゃなくて変異体ということか。根元は檻のようになっていて、そこにバレリーナを捕らえているらしい。予想はしていたけど、すぐには食べずに多量の魔力を持つバレリーナを魔力タンクとして利用しているのだろう。なるほど、あの再生速度はバレリーナの力を使っているようだ。安全は全く確保されていないが、救出までの時間的猶予は貰えたらしい。

 

「心配はしなくていい。お前にもワタシは興味がある。この女と一緒にしてあげる……大人しくワタシに身を委ねなさい」

 

「ッ!だから、俺に触手プレイの趣味は無いってばっ!」

 

地面、周りの建物から再び、というかまたまた生えてくる無数の触手を切り払う。が、しかし、

 

「バカね…悪あがきよ」

 

触手の再生の様子を観察して奴の言葉の意味をだいたい察する。ただでさえ、毒に侵してもすぐにバレリーナの魔力で解毒されるというのに本体が近いせいか、こいつは毒に耐性を持ち始めていた。植物の癖に…いや、植物だからか?…分かっている。毒を使って戦う時の基本はとにかく素早く戦闘を終わらせる事だ。長引けば耐性を持たれてどんどん不利になる。ん?長引けば相手が毒で弱る?そもそも、毒は毒に頼らざるを得ない状況で使うものだ。そんな弱い敵に毒を使う価値はない。

 

「悪あがきじゃないよ、手を抜いているんだよ?」

 

「そう…?じゃあ、出し惜しみしたことを後悔しなさい」

 

こっちだって本当は出し惜しみしたくない。出し惜しみせざるを得ないからこそ手を抜いてるわけで……使えない()()なんて本気とは言えないのだろうか。はぁ、今から勇者をけしかけてみるか?それはダルいぜ。

 

「しょうがない。効果は薄いだろうけど物理的に治しづらい傷をつけていくか。本当に悪あがきだな」

 

傷をつけて奴が治せば、それだけバレリーナに負担がかかる。バレリーナの魔力が尽きた時、バレリーナの命の保証は無い。早く勝負を決めなくてはならない。けど、駄目だ。俺のスピードが足りない。再生より早く動かなくてはならないのに。まあ、足りないものは作ればいい。少しでも再生を遅らせれればいい。両手に持った2本の剣を斬る形から引きちぎる形に作り替え(結局、師匠のアイデア採用かよ)、それをさらに4本複製、両手に持った2本の動きに各2本を同調。これで腕1本の攻撃で3ヶ所を同時に引き裂ける。それと使えない火の魔法の代用を用意して火傷…治しづらい傷をつけよう。

 

「そうよ、悪あがきなんだから早く楽になりなさい?」

 

「拒否する。11番セーフティ解除っ!」

 

準備完了だ。襲いかかる触手を引きちぎっりながら()()()()

 

「なに…?ぎゃああああっ!?熱いッ!?アツイッ!」

 

これまでずっと火を使ってこなかったから奴も流石に驚いたらしい。雑な断面と火傷、おまけの火傷っぽくなる毒と発熱の激痛により再生速度が確かに遅くなった。ご期待どおりの反応で俺は満足だ。ちなみに原理は剣をナトリウムでコーティングしたと言えば解るだろうか?生物はたいていの場合、体のほとんどが水だ。そんな、体の中にナトリウム突っ込んだらどうなるかなんてお察しだ。熱いし、水酸化物の劇毒に侵されて当然だろう。あーあと、水素があるから剣で火花でも出せば大爆発を起こせるかもね。今回はバレリーナが居るから使わないけど。

 

「オノレェ…チョウシニノルナヨッ!」

 

「はは、そうとうお怒りのようで?」

 

「ツブレロっ!」

 

ダメージを受けた触手が捻れたかと思うとプツンと切れてしまう。捻切っているから自切と言って良いのだろうか。自切する植物って、かなり珍しいんだっけ?落葉とかあるからあんまり感じないけど。とりあえず、多分これは落葉なのかもしれない。なぜなら、切った所からみずみずしい葉肉たっぷりな大きな葉っぱが生えてきてハエたたきのようにして俺を圧死させにきたから。

 

「ヨケルナッ!」

 

「それ言われて避けるの止める奴、中々いないぞ!?」

 

次はなぎ払うように葉が振られる。これを避けると今度は避けたポイントに大量の触手が降り注いでくる。この程度の連撃なんて今まで何度も経験したから避けるのは簡単。しかし、未だに致命的な攻撃を敵に与えられてない。バレリーナの魔力だって、無限じゃない。俺が敵を傷つけて奴がそれを治癒すれば、当然、バレリーナの魔力は減り、今の魔力タンクにされたバレリーナの命はどんどん削られていく。

 

「おいっ!持ち主のピンチだぞ?いつまでも寝てないでお前も仕事しろっ!」

 

そう言って、バレリーナの武器に自分の意思で動けるように金属魔法をかけてやる。仕事しろと言われても普通、道具は自力で動ける奴はそういないから無茶ぶりしてるのは分かってるよ。

 

「串刺シニナレッ!」

 

シカバネ草は避けられないように触手を増やして面制圧的な絨毯攻撃に切り替えたらしいが切り替えるのが少し遅かった。俺に迫った触手を遮るように影がかっ飛んできてくれているのだから。バレリーナの武器というか、盾─『復讐の翼』─だ。

 

「そろそろ、こっちのターンを始めよう」

 

無限に再生される触手に阻まれた本体。こいつを倒す方法は考えれば簡単、再生より速く動いて核を殺ればいい。そのための速度を出すのに必要な道具はようやく手元にやって来た。あとは速度に耐えられる身体を手に入れること。全く、ヒトの身体で復讐の翼を使いこなしているバレリーナは本当に凄いなあ。持ち主補正だとしても聖女って、やっぱヤベーだな。

 

致命的な攻撃を与えるための策、その準備として盾に復讐するだけの痛みを与えるために俺は攻撃の手を緩めて、盾による防御に専念する。

 

「ドウシタァ?マダマダ、ワタシノターンダゾ?」

 

「うるさいっ!今から俺のターンにしてやんよっ!」

 

そういって、俺は盾をそのままにして飛び上がる。…一般的に空中に飛び上がるというのはその間、無防備になるため悪手と言われている。特に遠距離攻撃の出来る相手の場合は最悪の一手だ。まあ、俺は風の舞や身体中に仕込んだ砂鉄で空中でも戦闘機動(コンバットマニューバ)が出来るんだけどね。

 

「バカガッ!死ネ!」

 

「あ…ゴホッ…」

 

正面からの触手攻撃、俺はそれを左腕が吹き飛ぶように受けた。おまけで胴体に触手が突き刺さってしまったが。

 


 

 

痛みと赤く灰色に染まる視界、遠くからバレリーナの悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが、悲しい思いをしている。でも、生きてルから…誰カを悲しませないと僕タチは生きテイけないから…デモ、誰も悲しい思いハサセタくなくて…ダカラ、僕ハ全テヲ憎ムヨ。

 

 

 


 

抜錨。

 

俺の左腕は明らかに人間ではない速度で再生し、左目から蒼い光がこぼれて体の色が死んだように白く染まる。

 

「つーかまえーたー」

 

「…?…!」

 

驚いた時にはもう遅い。今、この瞬間、お前の死は確定した。

 

「侵食がお前だけの特権だと思うなよ?」

 

再生し白から黒に変色した左腕が掴んだ俺に刺さった触手は掴んだ所から黒く染まり、俺に刺さっていた部分は灰となって熔けた。

 

「ナンダ!?動カナイ!?」

 

俺は左腕の力だけで体の姿勢を前傾に変えて、俺の背中に自力で飛んできて貫通した触手の攻撃を受け止めていた盾に足をつける。盾の能力を使うためのダメージは十分なようだ。

 

「我が翼よ、復讐のためにはためけ!」

 

復讐の翼の能力、それは持ち主に復讐に必要な“時間”を授けること。いわば、超高速行動能力。もちろん、復讐の時間なので相手から復讐するだけの痛みを受けないといけないのが面倒だが…とりあえず、これで再生より速く動ける。俺は盾を踏み込み板に見立てて翔ぶ。

 

金属魔法(メタルマジック)斬鉄(モデル)倭刀」

 

両手の、左手の3本はさっき落としたから右手の3本を一振に姿を変えて、空いた左手で腰に吊るした力尽きた黒い聖剣を抜く。

 

「ご飯の時間だぜ…相棒?」

 

長い戦いの中で傷つき力尽きてはいるが、この魔剣のような見た目をした魔女──聖女──殺しの聖剣の魔力、魔法を喰らう能力はちゃんと生きている。このシカバネ草はバレリーナの魔力を喰らいまくっているのでコイツにとっては最高のご飯のはずだ。

 

「桜花流…重技」

 

狙うは1ヵ所、ヤツの核。そして、目的はバレリーナの救出。

 

桜早咲一輪(桜乱れ花吹雪)ッ!」

 

重技、片手のみで技を出せるが故に左右で別の技を放つ桜花流と黒桜流の技術の1つだ。今のは突きの技と連撃の組み合わせ。

 

「ウギャァアアアアアァアァァァアァァ……」

 

檻から助けたバレリーナと共に背後のシカバネ草の断末魔を見届ける。この手の魔物の死体は輝く灰となって消えるが、今回はこの町と周辺全てがこいつの体だったので辺り一面が輝きに包まれて一種の幻想的な空間を醸し出していた。

 

「少しでも、この景色が弔いになるといいね…」

 

「死んだヤツのことを考えるのも良いけど、まずは自分のことを考えろよ。今回のやらかしは俺も怒るぞ…」

 

バレリーナがあんなヤツのためにわざと捕まったのが原因でかなり苦戦させられたのだ。さすがに怒っていると伝えるとバレリーナはバレリーナで俺を睨んだ。

 

「エルシアだってッ!エルシアだって、どうしてあそこで刺されたの?左腕のことは能力のためだから目をつぶるよ!?けど、刺される必要は無かったよねっ!?」

 

あ、あれはアイツを捕まえるためで…わざと喰らったのは事実だ。

 

「まぁ、確かに…避けようと思えば避けれたな…それより、リ「エルシアのばか!わたし凄くこわかった!エルシアにはわたしの回復魔法が効かないから…もしも、怪我が治せなかったらどうしようって!」

 

俺は人間を辞めた弊害として回復魔法が一切効かないという体質を得てしまった。俺自身は元々体質的に回復魔法を特殊なかけ方をしないと効きが悪かったこともあって特に気にしてはいないが、バレリーナにとっては別なのだろう。というか、バレリーナの問題点はここにある。如何せん、バレリーナは回復魔法が得意な聖女だ。怪我しても自分が治せばいいと思っているフシがある。それゆえに自身の安否には無頓着でかつ、その回復魔法が効かない俺という存在は彼女の常識から外れた恐怖の存在なのだ。自分の命に無頓着と言えば、ヒトだった頃の俺もそうだが、俺の場合は自暴自棄だとかが理由だ。ある意味、しょうがないだろ?俺みたいな境遇に置かれて自暴自棄にならないヤツいる?ただ、バレリーナのは良くない。バレリーナは別に死にたがりでも自暴自棄でもない。命をちゃんと大切にしている。しかし、彼女は怪我なんて死ななければ治せるからどうでも良いという少々ズレた感性をしているのだ。彼女の旅立ちに盾型の武器を授けたシスターは恐らく彼女のこの感性に危機感を持っていたのであろう。ナイス、シスター。

 

「バカはお前だよ!俺はそう簡単には死なないけどな、人間はすぐに簡単に死ぬんだよッ!怖かったのは俺の方だ!戦闘中、いつアイツの気分でリーナが殺されるかもしれなくてずっと怖かったっ!俺は回復魔法なんて使えないッ!今のリーナはどうだ!?アイツに魔力を持ってかれてほとんど魔法が使えないだろ!?今、リーナが怪我していたら助けても誰も治せないんだよ!リーナがいなくなったら俺は…俺は!」

 

勇者?あれは頼りにならないし。

 

「う…ぐすっ、ご、ごめん…なさい…だって…わたし…でも、エルシアも…エルシアをひとりに……ごめんなさい」

 

バレリーナは泣き謝りながら俺に抱きつく。俺の血で汚れることも気にせず。俺をその震える背中を優しく撫でる……困ったな、どうやら俺は思った以上にリーナに依存しかけている。でも、それでも、これでいい気がする。俺は居場所が欲しかった。帰る場所が欲しかった。ここが今の俺のそれなんだ。だから、絶対に…今度こそ守ってみせるよ。

 

「リーナ、勘違いしてるみたいだから言っておくぞ?俺は確かに勇者の事が大嫌いだけどさ、俺はアイツのピンチには必ず駆けつける。俺が必ず助ける。絶対に…」

 

「そう…なの?」

 

「まぁ、そう誓ったからな。アイツの幸せはアイツだけの物じゃないから。守りたいんだ、アイツのいる場所を」

 

「そっか、じゃあ、全部わたしの空回り?」

 

「そうだな」

 

夕日と幻想的な空間の中、お互いのぬくもりを確かめて生きていると感じているとそれを邪魔する声が1つ。

 

「お前、リーナに何をしているっ!離れろッ!」

 

うわー、空気読めよ…つか、普通に不味いな姿見られた…これは多分、気配も覚えられたから今後はかなり動きづらくなるぞ…

 

「黙れ、動くな…この女がどうなっても良いのか?」

 

リーナを後ろから拘束して首筋に聖剣を沿わせる。

 

「お前…人質なんて卑怯だぞ…」

 

(人質かーねぇねぇ、エルシア?エルシアはわたしのことを誘拐してどこまでも連れていってくれるの?)

 

何でこの状況を楽しんでいるだよ…あと、出来ればもう少し抵抗する素振りをしてくれ。どうして、俺の手に優しく手を重ねているだよ…これじゃあ、俺がバレリーナを後ろから抱きしめてるみたいじゃないか。

 

「卑怯でけっこう。あとさ、動くなよ」

 

(リーナ、少し痛いぞ)

 

首筋の聖剣でリーナの白い首に赤い線を引く。黒の聖剣の能力は喰らうだけじゃない。吐くことも出来る。

 

(いたっ、あれ?魔力が回復した?)

 

(シカバネ草の核から奪った魔力だ。返しておく)

 

「ほら、お前のせいで綺麗な彼女に傷がついた」

 

「お前…!リーナ!すぐに助けるからなっ!」

 

「…大丈夫、ゆっくりでもいいよ」

 

あのー人質はもう少し人質らしくしてくれませんかー?

 

「はあ…こっちは人質とってるんだから、お前には言うことがあるんじゃないのか?」

 

「……何が目的だ?要求は?どうすれば、リーナを解放する?」

 

バレリーナの解放を優先するなんて、お前も成長するんだな…

 

「そんなの決まってるだろ?」

 

「なに?」

 

「逃げる時間だよッ!」

 

足でスモークグレネードを起爆させて、その隙に俺は出来る限りの深くバレリーナの影に潜り込み気配を遮断した。

 


 

「ゴホッゴホッ!リーナ、大丈夫か!?」

 

「うん、こっちはあんまりけむりが来なかったから大丈夫」

 

エルは勇者さんに向かってけむり玉?を使ったからわたしにとっては視界が遮られるぐらいだった。

 

「そうか…ひとまずはリーナが無事なら良いや。癪にさわるけど、あのデカブツは厄災が倒していったみたいだしな…」

 

「厄災…?」

 

聖女としてその単語は知っていた。だけど、ううん、意味を知っているからこそ、わたしはそれを聞き返した。

 

「さっき、リーナを人質にしていた奴のことだ。オレが…勇者として絶対に倒さなければならない敵だ」

 

「……あの人、そんなに悪い人なのかな?だって、わたしたちのこと助けてくれたよ?」

 

わたしはエルとのこれまでの旅を振り返る。

 

「そうだな…今回は…いや、今回も助けられた。けど、アイツは、厄災はこの世に絶対に存在しちゃダメなんだ。厄災が生きている限り、この町みたいな悲劇は無くならないっ!」

 

「…存在しちゃダメ?」

 

『俺はこの世に存在していない。いない方が良い』

 

もし、エルが厄災だとしたら確かにこれまでに起きたこと、エルの行動に全て説明がつく。ついてしまう。

 

「アレは…オレが必ず倒す。絶対に…」

 

『俺が必ず助ける。絶対に…』

 

そんなこと、言わないでよ…だって、エルはあんなにも優しいのに…そんなことを言う勇者さんの事だって助けるって言うのに…!

 

「リーナ、今度またアレに遭遇したら、すぐにアレから離れた方がいい。いや、離れてくれ。そして、オレを呼んでくれ」

 

『俺は運が悪い、俺の近くにいると酷い目にあうぞ?』

 

厄災、厄災とは災厄を呼び寄せるモノであり、災厄そのもの。それが厄災。

 

エルが厄災だとしたら、旅の中で遭遇した良くない出来事、その全てがエルの、厄災せいってことで説明がついてしまう。でも、そんなの…そんなの酷すぎるよ。エルは何も悪くないのに…自分のことを認知も記憶も出来ない人たちのために何度も戦っていたのに…それなのにどうしてエルシアの命を狙うの?エルはあなたのためにだって戦えるのに……

 

『ここから先は誰かの帰る場所だ。絶対に通さない…!』

 

エルシアには帰る場所がない。

 

『いつかきっと、家に帰った時に誰かにおかえりって言われることがどれだけ幸せなことなのか分かるよ』

 

エルシアは誰にもおかえりなんて言ってもらえない。

 

『俺は…独りなのが当たり前だったから独りじゃないといけなかったから』

 

エルは本当は寂しがり屋なのに自分がいることで誰かを傷つけちゃうから人を避けて1人になって……

 

『俺とパーティを組みたい?嫌だね』

 

自分のせいで誰かを傷つけることが嫌いなエルシアの側にわたしがいることはエルにとって重みなの…?邪魔なの…?

 

わたしはエルシアを助けられないの?

 

『リーナ』

 

頭に響いたわたしの助けたい…ううん、大切な人の声。

 

『俺はリーナにちゃんと救われてるよ』

 

そんなことないよ。

 

『あるんだよ、そんなこと。俺はリーナに…初めて出会ったあの日からずっと助けられてるよ』

 

ズルいよ、エルシアは。わたしが悲しいとすぐにわたしのほしい言葉をくれるから。

 

『リーナ、ありがとう』

 

胸が温かくて苦しいよ。

 

 


 

 

俺、というか、バレリーナは商隊が壊滅したこともあり、足を無くしてしまったので勇者の飛龍に相乗りさせてもらうことで隣の街へと進むことになった。旅の目的地は近い。旅の目的を達成したらこのパーティはどうなるのだろうか?理性はバレリーナから早く離れるべきだと言っている。これ以上、彼女を災厄に巻き込むべきじゃない。けど、俺は…リーナから離れたくない…そう少し思っている。俺は…俺はどうする?

 

「ねぇ、エルシア?ここまで離れたらもう出てきても良いんじゃない?」

 

「んえー…歩きたくないからまだ入ってるわ…」

 

「えええ!?ちょっと出てきてよ、エルシア!何だか心なしか、影が重たい気がするの!」

 

「気のせい、気のせい」

 

「もおー!今、通りすぎた人、絶対わたしのこと、変な人って思ったよ!わたしにいつまで1人漫才させる気!?」

 

「変な奴なのは最初からだろ」

 

「うわ、いきなり後ろから出てきた!?」

 

「ほら、行こうぜ。今日は野宿だからさっさとしないと日が暮れる」

 

「あ、待ってよー!」

 

「ぐへっ!い、いきなり後ろから突進&抱きついてくるなよ…」

 

「えへへ、おどろいた?」

 

「…おう」

 

驚いたかというか、ドキッとしたというか…

 

「ね、手を繋いでいこうよ」

 

「なんで?」

 

「いいから!」

 

無理やり繋がれる手、そしてそれを引っ張るバレリーナ。……まぁ、目的達成までは難しいことを考えなくてもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

『立ち寄った町が勇者が来るレベルの緊急事態だった件』おわり





エルシア・フラット
本作の主人公。世界から忘れられ認知されない存在度0の男。一族に伝わる金属魔法という金属を操る特殊な魔法が使えるかわりに他の一般的な魔法がほとんど使えない落ちこぼれ。(金属魔法自体も全てを使いこなしているわけではない)ちなみにエルシアという名前は偽名。

バレリーナ・ノース
北の聖地を護っていた北の聖女。危険なモンスターが蔓延る北の地で癒し手として活躍していたが傭兵団による駆逐作戦の結果、北の地がかなり安全になったので他の地域で自分の力を求める人を探すため、修行のためという名目で教会を家出…旅立った世間知らずなゴリ押し肉弾戦系聖女でもある。

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