2周目の世界 存在しない時代 その4
STEVENさんと予想外の再会を果たしてから早い物で2年が経った。流石に因果の鎖だの、世界を流離う使命があるだの、人を導く使命があるだの言われて、訳が分からなくて千代子達や父さんや母さんにも心配をかけてしまったが……3日もすれば考えも纏まった。結果論俺みたいな馬鹿が考えた所で答えなんて出るわけはない。なるようになれと開き直り今を全力で生きるだけだという答えを出せれば、悩む事も苦しむ事も無いのだ……とまぁ、偉そうな事を言っているがこういう考えをする事が出来たのも千代子のお陰だと思う。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。お茶貰っても良いか?」
「すぐご用意しますね」
千代子が甲斐甲斐しく、献身的に俺の側にいてくれたから俺も考えを纏める事が出来たと言える。年下の女の子を何時までも心配させるわけにはいかないし、元の時代に戻る事だって出来ない。今を――この大正時代を全力で生きるしかないと覚悟を決める事が出来たのだ。
「どうぞ若様」
「ん、ありがとう千代子」
千代子が淹れてくれた緑茶を啜りながら窓の外に視線を向ける。遠くに見える祭の為の社や提灯を見ていると、千代子が俺の後ろから窓の外を見て楽しそうに笑った。
「お祭は久しぶりですね、若様。私楽しみです」
「そうだな、俺も楽しみだ」
葛葉の里の小さな祭だ。隠れ里の祭なので出店などはなく、本当にただ踊り、気持ちばかりのご馳走を食べる……そんな小さな祭だが祭りと言うだけで心踊る物がある。
「さてと、千代子。ちょっと出てくる」
「どちらへ? 私も一緒に参ります」
「いや、ゲイリン様が近くに来るから葛葉の里の外で話すんだ。大勢で動くと土沢家の連中に見つかりかねないから、俺と父さんの2人だけで会ってくる」
俺が悪魔を召喚出来ない理由を色々と調べてくれたゲイリンさんが調査に進展があったと連絡してきたのは一昨日の事だ。すぐに父さんに相談し、食べ物や酒を仕入れてくるという名目で祭の当日で忙しく、人の目が少ないうちに会いに行くと言う事になったのだ。
「そういうことなら分かりました。お気をつけて」
「ああ、ありがとう。行って来るよ」
千代子に見送られ部屋を出た俺は父さんの悪魔の力を借りて里を抜け出し、そのままゲイリン様の待つ宿場町へと向かった。
「「ズルワーン?」」
「その通りだ。長久の心臓の刻印は恐らくズルワーンの物だと思うセオリー」
ズルワーンと言われても俺と父さんにはそのズルワーンという神の存在が分からない。
「ズルワーンとはゾロアスター神話の絶対神で創造神だ。善神アフラ・マズダーと悪神アンリ・マンユを生み出した神とされ、ギリシャ・ローマ神話にも繋がりがありアイオーンとされる」
ちんぷんかんぷんな話で困るのだ、父さんは分かるのだろうかと視線を向けると父さんも良く分かっていない様子だった。
「ズルワーンという神は何を司る神なのですか? ゲイリン様」
「時を司る神であり、絶対神のセオリー。私も何故このような神の刻印が長久にあるのかは全くもって分からないプロセス」
時を司る神と聞き、STEVENさんの因果の鎖の意味をあやふやながらに理解し、心臓に思わず手を当てた。
(平成から大正……これも全部ズルワーンの刻印のせいなのか? STEVENさんはこれを知っていたのか?)
タイムスリップをしている理由がこのズルワーンという神の影響だと言うのならば……俺は一体どこでこのズルワーンと繋がりを持ったのかという疑問が浮かんでくる。
「恐らくだが長久が召喚出来るのはゾロアスターに関連する悪魔しかいないと思うセオリー。つまり実質悪魔召喚は不可能なプロセス」
「ゾロアスターの悪魔なら召喚出来るかもしれないのに不可能ってどういうことなのですか?」
「うむ、ゾロアスターの悪魔は皆強力なセオリー。私でも使役が難しい悪魔であるプロセス、そして桁違いに要求されるMAGも多いセオリー……長久が膨大なMAGを内包していても命に関わるプロセス」
俺が召喚で来る悪魔は桁違いに強力な悪魔で、召喚すれば命に関わるレベルらしい。
「どの道日本にはゾロアスター由来の悪魔は殆どいないセオリー。かなり強引に解釈すれば召喚出来る悪魔もいるかもしれないが……やはり悪魔召喚は諦める方が良いプロセス」
ゲイリン様の言葉を俺は驚くほど素直に受け取る事が出来た。父さんや長老衆には悪いが、俺は自分自身が悪魔を召喚出来ないと分かっていた。
「態々調べていただきありがとうございました。ゲイリン様、今日葛葉の里で祭があるのですが……ゲイリン様もよろしければ見ていきませんか?」
「うむ、ここまで来たのだから顔を出していくのも良いプロセス。私も同行しよう、ところで長久よ。千代子へプレゼントをしているのか?」
「えっと、急に何の話ですか?」
父さんと祭の話をしていたゲイリン様が急に千代子にプレゼントをしているのかと尋ねてきて、言葉の意味が判らないでいるとゲイリン様は俺の顔の前で指を左右に振った。
「良くないセオリー。言葉にしなくては思いは伝わらないプロセス、折角街まで来ているのだ。何か千代子へのプレゼントを買って帰るセオリー」
「……分かりました。父さん、ゲイリン様。少し見てきても良いですか?」
祭の準備や、俺の事を調べてくれた結果を伝えに来てくれたゲイリン様に断りを入れ、俺は千代子へのプレゼントを探す為に宿場を後にした。
「もう少し女心を学ばせるセオリー、あれでは千代子に愛想を尽かされてしまうプロセス」
「……申し訳無い、長としての責務を学ばせる事しか考えておりませんでした」
年長者の2人から見ても千代子と長久はお似合いの夫婦に見えていたが、余りにも2人でいた時間が長すぎた。若い2人なのに熟年夫婦みたいになっている長久と千代子にゲイリン達は苦笑し、宿場町の露天商を見て回っている長久の姿を見つめていた。
「あ、これ…・・・すいません、これをいただけますか?」
そして長久は露天商を見て周り、美しい装飾の施された簪を千代子への土産として購入し、ゲイリン達の待つ宿場へと戻るのだった……。
満月の光と灯篭の灯が葛葉の里を照らす中を私と若様は広間に向かって歩いていた。葛葉の里は隠れ里で露天商や、芸人はやってこないけど祭囃子と気持ちばかりのご馳走――そして皆と踊っているだけでも楽しい。
【きゃはは♪】
【楽しいホーッ♪】
里の皆の悪魔も今夜ばかりは無礼講でピクシーやジャックフロスト、ジャックランタン達も楽しそうに踊っている姿を見ていると私も楽しくなってくる。
「若様も踊りましょうよ」
「いや、俺は踊りは下手だからなあ」
「良いんですよ。上手い下手じゃなくて、楽しむ事が大事なんです」
踊りが下手だからと乗り気じゃない若様の手を引いて広間へと向かう。悪魔も子供も大人も老人も皆楽しそうで、普段は互いに競い合っている候補生同士でも楽しそうに笑っている。
「ほら、若様も」
「そうだな、俺達も踊るか。これだけいれば俺が下手でも笑われないだろ」
「要らない心配ですよ、若様」
これと言った決まった踊りはないのだ。悪魔に教わっていたり、親や祖父母の踊りであったりと決まった踊りをしている人は居ないのだから下手とか、上手いとかではく楽しむ事が何よりも大事なのだ。
【ふふ、上手上手】
【難しい事は考えないで踊るホーッ!】
普段は恐ろしい悪魔達だって今日は穏やかな表情で楽しそうだ。
「おーい、踊ってばっかりいないで少しは飯を食べたらどうだー?」
「今日はみんなが腕を振るってるわよッ!」
酒を飲んでいる大人達の言葉に私と若様が其方へ向かおうとした時――葛葉の里の外れの森が爆発した。その凄まじい爆音と森から降り注いでくる土砂に楽しかったお祭の雰囲気はその爆発で消し飛び、子供達の悲鳴が木霊する。
「若様ッ!」
着物の中に隠していた短刀を抜いて、若様を守れるように前に出ようとするが若様に手で制される。
「大丈夫だ、それよりも今の爆発で怪我人がいないか、それの確認が優先だッ! 状況把握を急……うっ!」
「若様ッ!? だい……ううッ……」
大丈夫かと問いかけようとした次の瞬間だった。凄まじい脱力感と共に私はその場に膝を着き、踊っていたピクシー達の身体が弾けMAGの粒子へと変換され、里の子供達や体力の少ない老人達が次々と倒れる。
「なに……が……ッ」
何が起こっているのか分からず困惑していると社の方から何かが飛んで来て広場へと突き刺さり、そこから放たれた光が広場を包むとほんの少しだけ身体が軽くなった。
「早く避難するプロセスッ!」
「広範囲の無差別の吸魔だッ! MAGを身体に纏えば楽になるッ! 動けるようになった者は動けない者をつれて社まで下がるんだッ!」
ゲイリン様と師範の指示が広場に響き、私も指示に従ってMAGを身体に纏うと少しだけ身体が軽くなった。
「出来るだけ動けない者を連れて社ヘ下がるぞ、千代子」
「若様……はいっ!」
若様を優先しようとしたが、誰よりも率先して動けない人を連れて動いている若様の姿を見て、若様の事しか考えていなかった自分を恥ながら私も動けない人達に肩を貸して社ヘと逃げながら、私は謎の爆発が起きた方角が立ち入り禁止の封印の洞窟だった事を思い出した。あそこには20年以上前に葛葉の里を滅ぼしかけた悪魔が封印されており、誰も入ってはいけないとされている。だが崇達ならば忍び込んで何かをしでかしかねない、例えば己の力を示すために封印を解除するとか……考えられる最悪の予想に顔を歪めながら私は必死で社へと逃げ込むのだった。
・
・
・
「土沢家は?」
「もぬけの殻だ。恐らく祭で警護が緩んだ隙に封印の洞窟に忍び込み、悪魔の封印を解いたのだろう」
MAGの内包量が多い人間しか動けないほどに悪魔の使っている吸魔は凄まじく、悪魔討伐・そして崇達の捕縛に動ける人間は10人にも満たなかった。
「急がないと不味いセオリー。あの悪魔は人の嫉妬や妬みを誘発するプロセス……里の人間同士の潰し会いが始まる前に再び悪魔を封印しなければ葛葉の里は滅びるプロセスッ」
深刻な表情でゲイリン様が立ち上がり装備を整えるが、ライドウ候補生は誰も立ち上がらない、いやMAGの消耗が激しくて立ち上がる事が出来ない……いや、違う。私含めて里の存亡をかけた戦いに参加するのが恐ろしいのだ。
(駄目だ……立てない)
怖いのだ、まだ私達は候補生で葛葉流の技を全て習得しているわけではないし、悪魔召喚だって弱い悪魔ばかりだ。そんな強力な悪魔と向き合った事はなくて恐ろしくて動く事が出来ない。
「ゲイリン様、俺も行きます」
「長久……しかし」
「駄目だと言っても行きますよ。俺は次の長だ、里の民を守る義務がある。ここで隠れている事なんて出来ない」
「……分かったのである。装備は貸そう、急いで支度するプロセス」
「わ、私も行きますッ!」
若様が行くというのに私は隠れていられない、私も行くと叫びながら立ち上がる。
「すぐ支度をするプロセス。間に合わなくなる」
「分かりましたッ!」
身体は重いけど、それでも動けるのならば若様の盾になれる。若様が死ぬくらいなら、私が死ぬ――それが護衛である私の務めだ。着物から軽鎧を着込み、その上から葛葉の業で作った服とコートを羽織る。
「……良しッ」
そしてまだ銘が浮かんでいない錬気刀の刃を確認し、鞘に納めて腰から下げる。
「千代子、準備は出来たか?」
「はいッ! すぐに参りますッ!」
若様の声に部屋を出る。若様も私と同じような服装をしていたが、腰には2本の錬気刀が下げられていた。
「千代子、これ土産だ。渡せなくなるのが怖いから今渡しておく」
若様が差し出してきたのは簪だった。美しい装飾の施された見ただけで高級な品だと分かる簪だ。だけど私はそれよりも渡せなくなるのが怖いという若様の言葉を聞いて、若様も怖いのだと分かった。
「大丈夫です。若様は死にません、私が守りますから」
「は、はは。ありがとう、千代子。頼りにしてる、行こう。ゲイリン様が待っている」
若様がくれた簪を着物の内側に入れ、若様と共に社の外で待っていたゲイリン様と合流した。
「急ぐぞ、2人は私と悪魔の支援をしてくれれば良い、決して無理をしないように」
「「はいッ!!」」
ゲイリン様の忠告に頷き、私と若様はゲイリン様と共に森の中に足を踏み入れた……だけど私はこの時の決断を一生後悔する事になる。若様の盾になるのではなく、若様を戦わせてはいけなかったと私がゲイリン様と共に行くから若様は里に残ってくれと言うべきだったのだと心底後悔するのだった……。
封印の洞窟――俺ではない「俺」の記憶では誰も足を踏み入れてはいけないとされていて、周囲を結界と悪魔によって守られている森……だったのだが……。
「結界を偽装されてるプロセス……それに守らせていた悪魔もいないセオリー」
「誤認していたって事でしょうか? ゲイリン様。そんなことあるんですか?」
千代子が信じられないと言う様子でゲイリン様に尋ねるとゲイリン様は鋭い視線で森の奥へと視線を向けながら立ち上がった。
「ありえない事ではないセオリー。約20年前の事だが……あの悪魔は討伐隊全員に幻惑の術をかけ、同士討ちを誘発させた。幻術と人の負の感情を増幅させる能力を持った悪魔だ。結界を誤認させることなど容易い事だろう」
「ゲイリン様、その悪魔とは一体どんな悪魔なのですか? 教わった悪魔にはそのような特徴をした悪魔はいなかったと思うのですが」
葛葉の里には数多くの悪魔の資料がある。だが幻術に長け、負の感情を増幅する悪魔なんて資料には無かった。一体どんな悪魔なのかと尋ねるとゲイリン様は眉を顰め分からないと呟いた。
「分からない? ゲイリン様ほどのお方でも分からないのですか?」
「分からないプロセス。元々は恐らく大して力の無い悪魔だったと思うのだが、何らかの要因で強くなり周囲の悪魔を取り込み吸収し様々な異能に目覚めた悪魔なのだ。今までの既存の悪魔とは全く違う姿をしているプロセス――言いにくいことだが、恐らくこの20年の間に更に変異していると思われる」
「つまり全く未知の悪魔」
様々な能力を持ち、どんな姿をしているかも分からない悪魔――話を聞く限りでは勝機があるようには思えないが、こうして倒しに来たと言うことは何らかの秘策があるのだろうか?
「討伐と言ったが、厳密には違うプロセス。まだ封印は完全に解除されていない、今の内に再び封印する。問題の先送りだが……悪魔の正体を掴むまでは封印しておくしかないセオリー」
戦える戦力はたったの3人しかいない、戦うのではなく封印というのならば3人で乗り込むと言うのも分かる。
「急ぎましょう、あの爆発から大分時間が経っている。手遅れになる前に洞窟へ行きましょう」
悪魔が復活する前にと3人で夜の森を駆け抜け、洞窟を遠くに確認した時余りにも悲惨な状況に思わず息を呑んだ。血痕と肉片が洞窟の周りに散乱している悲惨極まりない光景が目の前に広がっていた。
「身に余る力を使おうとした者の末路は何時も同じプロセス……頭を下げて静かに、誰か出てくるぞ」
茂みの中に身を隠し、洞窟の中から出てくる何かに視線を向けた。
「あひゃ、あひゃははははッ!! やっぱり俺はお、長の、長になるべき男ッ! ひゃはははははッ!!」
頭を不気味なほど左右に揺らし、蝋のように白い顔をしている崇の手足には洞窟から伸びている黒い触手の様な物が巻きついている。
「完全に悪魔に操られてる、馬鹿な奴よ。本当に余計な事しかしない」
吐き捨てるように千代子が言うが、俺の記憶の中でも崇は余計な事しかしてこなかった。悪魔にちょっかいを掛け、里に悪魔を連れ込んだのは1回や2回ではないし、成長すれば俺は次期長だと何度も繰り返し横柄な態度を続けてきていた。そのツケが悪魔に操られた操り人形と言うのは自業自得と言わざるを得ない。
「今ならばまだ封印する事も倒す事も可能だ、長久と千代子は無理をせず……私のフォローをするプロセス」
ゲイリン様の言葉に頷くとゲイリン様は封魔管を抜き放ち、悪魔を召喚しながら崇へと切りかかった。
「はぁッ!!」
「ギィッ!? なにをずるうッ!! 俺は長だぞオッ!!」
ゲイリン様の錬気刀の一閃が崇に真一文字の傷を刻み付け、封魔管から飛び出した2振りの剣を携えた悪魔――ラクシャーサがその剣を振るう。
【ヒャッハァッ!! てめえみたいな屑が長だとッ!! 冗談は顔だけにしなッ!!】
ラクシャーサの斬撃は余りにも早く閃光の様にしか見えなかった――葛葉の里にいる悪魔とは別格の強さの悪魔だ。
「千代子! 行くぞッ!」
「はいッ!!」
だが俺と千代子もただ見ている訳ではない、洞窟から伸びた触手が肉片を貫きMAGを注ぎ込んでゾンビとして復活させ、背後からゲイリン様を狙うのでそうはさせないと錬気刀を抜き放ちゾンビに切りかかる。
【ウボアッ!?】
【ギャアッ!!】
悪魔に貪られた死体が極僅かなMAGで動かされているだけで、強いか弱いかで言えば間違いなく弱いのだが……。
「こいつら死なないッ!?」
洞窟から伸びる触手がゾンビを操り続けているので頭を砕こうが、両断しようがゾンビは活動を止めないのだ。強さはそれほどでもないのだが、倒せない相手と言うのは余りにも厄介だが……対策がない訳ではない。
「ふっ!!」
【うぼああッ!!】
錬気刀を突き刺し、そこからMAGを吸い取るとゾンビの身体は砂のように崩れ落ちていく、葛葉流で習った技は十分にゾンビにも効果があった。
「若様ッ! 余りゾンビのMAGは吸収しないでくださいよッ!!」
「分かってるさッ! 俺もそこまで馬鹿じゃないッ!!」
通常の悪魔ならばMAGを吸収しても問題ないが、どんな能力を隠しているかも分からない悪魔に操られたゾンビのMAGを吸収すればどんな事が起きるか分からないのは言うまでも無い。錬気刀でMAGを吸い取り、そのまま振るってMAGを霧散させる。
「ふざけるな、ふざげるなあよおおおッ!!!」
悪魔に操られた崇の叫び声が聞こえるが、そちらに視線を向けるつもりはない。ゲイリン様ならば何の問題も無く崇を倒してくれる――俺と千代子はゾンビとMAGに誘われてやってきた野良悪魔と戦っていると突然ゾンビが崩れ落ち、触手が周囲の悪魔を飲み込んだ。
「ゲイリン様ッ! 触手が悪魔を食ってますッ!」
「不味いプロセスッ! 千代子、長久ッ! 崇を抑えてくれッ! 私は洞窟へ向かうッ!
ゲイリン様の指示に俺と千代子が動き出そうとした瞬間――洞窟から一際巨大な触手が飛び出し崇の身体を貫き、崇の身体が凄まじい勢いで洞窟で引き込まれる。
「……間に合わなかったプロセスッ! 千代子ッ! 長久ッ! 私の側へッ……くっ! 間に合わんッ!! サンダルフォンッ! 長久達の盾になれッ!!」
ゲイリン様が封魔管から悪魔を召喚するのよりも早く、洞窟から人を簡単に焼き尽くせるであろう業火が吹き出して来るのを見た俺は俺を庇おうとした千代子の腕を逆に掴んで千代子を抱き寄せ炎からの盾になった。
「若様ッ! 駄目、駄目ですッ!!」
駄目だと叫ぶ千代子の声が遠くに聞こえ、気が狂いそうになる熱が急速に遠退いたのは多分ゲイリン様が召喚した悪魔が俺と千代子の盾になってくたのだろう……たった数秒、いや数秒にも満たない一瞬炎に焼かれただけなのに致命傷を負っていると理解した。
『■■■』
薄れていく意識の中奇妙な声が脳裏に響いた。千代子の悲鳴がやけに遠くに聞こえるのに、今にも消えてしまいそうなその声はいやと言うほどはっきりと聞こえた。
「■■■」
繰り返し脳裏に響く声に導かれるようにその言葉を口にする。確かに口にしたのだが俺の耳はその言葉を声として認識せず、本当に只の音という感じの乾いた音が俺の口から零れ――俺の中でカチリと音を立てた。
「若様ッ! 若様ッ!!!」
「動かすなッ! 千代子、これを使えッ!!」
背中が黒焦げになりピクリとも動かない長久に千代子が縋りつき泣き叫び、ゲイリンが懐から貴重なソーマの雫を千代子に投げ渡し洞窟から出てくる悪魔から長久と千代子を庇う位置へ移動する。
【はぁぁあああ……良い気分だぁ】
洞窟から最初に表れたのは崇の顔だったが……その身体は既に人間の物では無かった。巨大な悪魔に取り込まれ、胸から顔を出しているだけの崇の姿を見たゲイリンは封魔管を抜き放ち巨体の悪魔を召喚する。
「ぐうっ」
【無茶をするなサマナーよ、後は我に任せよ】
黄金の兜を被り、巨大な戦槌を手にした悪魔――雷神トールがゲイリンの前に立ち無理をするなとゲイリンを諌める。
「馬鹿を言うな、私は誇り高きゲイリンだッ! この程度でくじけはしないッ! ぐうっ!?」
自分のミスで長久を死なせてしまったゲイリンは胸の痛みを堪え、錬気刀を悪魔へと向ける。だがその意思に反して身体は既に限界を迎えており、呻き声と共に膝を着いてしまい、ゲイリンの横を千代子が錬気刀を振りかざして駆け抜けていく……。
「トールッ! 千代子を守るプロセスッ!!」
【……ッ! 分かっているッ!】
ゲイリンの指示にトールは一瞬悩んだ。ゲイリンはトールにとって守るべきサマナーであり、持病の発作が出ているゲイリンを放ってほかの人間を守る事を一瞬躊躇ったのだ。
「お前ッ! お前お前――ッ!! よくも若様をッ!!!」
【ぎゃあぎゃあやかましいんだよッ!! お前は俺様の妻になる筈だったのにッ! あんな出来損ないの女になりやがってッ!!】
「誰がお前の妻になんかなるかッ! 殺してやるッ!! 若様を殺したお前を殺してやるッ!!」
その一瞬で千代子は悪魔へと接近し、錬気刀を崇の顔に向かって振るうが悪魔の腕がそれを掴んで止める。
「くっ!」
【そんなにあの出来損ないが良いならお前もあいつと同じ様に焼き殺してやるよッ! 千代子ぉッ!!! ギ、ギゥガアアアアアアアッ!?】
崇を取り込んだ悪魔がその意志を酌み取り再び業火を放とうとした瞬間――凄まじい業火が悪魔の顔面を貫き、悪魔がおぞましい悲鳴を上げて暴れ回るが、それでも千代子を拘束する手を緩める事が無かったが……続け様に放たれた雷によって感電した悪魔の手から千代子が落下する。
「勝手に……殺すな……糞野郎……ッ! 千代子、大丈夫か?」
「若様ぁッ!」
だが、千代子が地面に叩きつけられる前に長久が千代子を抱き止める。
「千代子、まだ戦えるか?」
「大丈夫ですッ! 若様ッ!」
「良しッ! ゲイリン様は大丈夫ですかッ!」
「大丈夫のセオリー。長久、千代子よ。あの悪魔をこの森から出すわけには行かない、なんとしてもここで倒すぞッ!」
「「はいッ!!」」
業火――アギダインの直撃を受けた長久が平然としているのは内に秘めているMAGが開放された事による、治癒促進による恩恵の物だとゲイリンと千代子も思っていた。だが代償なき奇跡はなく……残酷な現実だけがこの戦いの先に待っているという事を千代子達は知る由も無いのだった……。
2周目の世界 存在しない時代 その5へ続く
次回決着、そして2週目の終わりとなります。この戦いの後長久はどうなるのか、そして千代子とゲイリンがどうなるのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。