2周目の世界 存在しない時代 その5
20年前葛葉の里に現れたとゲイリン達が考えているこの悪魔だが、現実にはもっと昔から葛葉の里周辺に忍んでいたのだ。この悪魔は最初から強かったわけでも無い。長い時間を掛けて変異を繰り返した結果が葛葉の里に壊滅的な打撃を与える事に繋がったのだ。そしてこの悪魔は元は日本の悪魔でも妖怪でもない存在だった。そして葛葉の里を滅ぼそうと考えている敵対勢力が送り込んだ存在でも、海外から日本に逃げ込んだ悪魔でもない――全くの突然に、何の予兆も無くこの悪魔は葛葉の里に現れた。自我は無く、ただ与えられた命令――「葛葉の里を滅ぼせ」と言う命令を実行するだけの存在であり、長い時間を掛けて葛葉の里の周辺の悪魔を取り込み、そのMAGから情報を読み取りその姿を幾重にも変異させ、数多の特殊能力を得た――広範囲に効果を発揮する吸魔であり、影を利用し悪魔や人間を操る力であり、そして人間同士の妬みや嫉妬等を増幅させ正気を奪う術であり――そして人間を取り込みその知能と頭脳を得る能力であった。
【この出来損ないがああああ!!!】
崇を取り込んだのはその悪魔に自我が無いから自分の変わりに思考する頭脳が必要だったと言うだけだ。そしてその頭脳として選ばれたのが崇だった――長久を憎み、千代子を憎む、いやもっと言えば葛葉の里の住人全てを憎むその激しい憎悪と自分は優秀だと思い込む傲慢さ――それがこの悪魔には都合が良かったのだ。かつて葛葉の里を襲撃した際にこの悪魔は嫉妬や妬みを増幅させ里の住人同士を争わせるという手法を取った。葛葉の里の悪魔使いの大半はこれによって重傷あるいは死亡し、長老衆の1人である茂正もそれで片腕を失った。だが葛葉の里を滅ぼすには一手足りなかった……当時はまだゲイリンの名を襲名していないとは言え、実力は確かだったゲイリンによって悪魔は封じられた。自我が無く、葛葉の里を滅ぼすという命令に従うだけではそれが限界だった。葛葉の里を憎む崇を取り込むことで今度こそ命令を完遂出来ると考えていた悪魔だったが……それも阻まれようとしていた。
「俺が出来損ないのならお前は屑だッ! 崇ッ!!」
崇を取り込んだ悪魔と長久の放ったアギダインはぶつかり合い、互いを完全に相殺する。だが僅かに悪魔の方が後退しバランスを崩した。
「トールッ!」
【ぬおおおおッ!!!】
その隙を見逃すゲイリンではなく、その指示でトールが戦槌を手に飛び掛かり、丸太のような腕から放たれた一撃が悪魔の胴を穿ちその巨体をボールのように弾き飛ばす。
【ああああッ!! ゲイリン貴様あああああッ!!】
「やかましいぞ、お前に呼び捨て去れる謂れは無いセオリーッ!!」
【グッギイイイヤアアアアアアア――ッ!!!???】
クイックドロウで放たれた2発の銃弾が崇の目を打ち抜き、崇と感覚を共有している悪魔は痛みに絶叫を上げる。悪魔だけならば目を潰された事くらいで隙を見せることはない、しかし頭脳として選んだ崇は葛葉の里を憎む心こそ優秀だったが、それ以外は全くの無能だった。
生体MAGは微量、身体も鍛えていない、痛みに対する耐性も低かった。自我を持たず、命令に従う事しか出来ない悪魔は崇の動揺、痛み、苦しみをダイレクトに感じ取り本来悪魔ならばダメージにもならない攻撃ですら致命的なダメージのように感じていた。
「はぁッ!!!」
目を押さえのた打ち回っている隙だらけの悪魔に千代子が斬りかかり、鋭い斬撃音と共に尻尾が切り落とされた事でバランスを崩した悪魔がその場に倒れ込んだ。
【が、があああああッ!!! この醜女がぁあああああッ!!!】
尻尾を切り落とされた痛みに目の前のゲイリンと長久から目を逸らし、千代子を追う事を選んだ崇の意志に悪魔の身体は動き長久とゲイリンに背を向けた――それは言うまでも無く致命的な隙であり、ゲイリンと長久がそれを見逃すわけが無かった。
「千代子が醜女だって? お前は性根だけじゃなくて目まで腐ってるのなッ!!」
「合わせろトールッ!!」
【来いサマナーッ!!!】
長久の手から放たれた火炎――アギダイン。そしてトールとゲイリンが協力して放つ奥義震天大雷が隙だらけの悪魔の背中を捉え、崇を取り込んだ悪魔は崇の悲鳴と自身の悲鳴を響かせながら洞窟へ向かって吹き飛ばされるのだった……。
若様が呻き声を上げて膝を着いたのを見て私は慌てて若様に駆け寄って、大粒の汗を流し、荒い呼吸をしている若様を座らせてポケットに入れていた小瓶を取り出した。
「大丈夫ですか若様ッ! これソーマの雫ですッ! 飲んでくださいッ!」
ゲイリン様から受け取った小さな小瓶――さっき渡すことが出来なかったソーマの雫の蓋を開け若様に手渡す。
「す、すまん……」
「大丈夫ですから、飲んで、飲んでくださいッ! 死んでしまいますよッ!」
短時間とは言えアギダインの直撃を受けたのだ。早く手当てをしなければ若様が死んでしまうと慌てて、ソーマの雫を飲むように促すと震える手で若様は小瓶を受け取ってソーマの雫を口にしてくれた。生命力とMAGを回復させてくれる霊薬を飲んでくれたのを見て気が緩みかけるのを感じたが、すぐに気を引き締め洞窟へ視線を向ける。
「まだ生きてるんですね、あの悪魔」
唸り声は今も響いてきており、崇を取り込んだ悪魔がまだ生きている事を伝えている。その声を聞いて攻め込もうとするとゲイリン様が私の肩を掴んでとめた。
「相手の土俵で戦えば死ぬのはこちらのプロセス。今の内に態勢を立て直すセオリー」
「す、すみません……」
崇に対する怒りばかりが先行して冷静さを失っていた事に気付き、謝罪の言葉を口にする。
「気にするな、初陣ならば誰もが気が立つプロセス。だが冷静さを失えば死ぬのはこちらだ、冷静さは常に保つプロセス」
ゲイリン様は私に忠告しながら、ソーマの雫の小瓶の蓋を開けて私へと差し出してくる。
「こ、こんな貴重なものいただけませんよ!?」
神々が飲む貴重な酒であり、霊薬であるソーマの一滴――これ1つで巨万の富を得る事が出来る奇跡の霊薬、若様が飲むのならば分かるが、私が飲むわけには行かないと慌てて手を振る。
「飲むんだ。まだ戦いは終わっていないセオリー……万全な状態でなければ皆が危険になるプロセス」
「う……分かりました」
私が動けなくなって足を引っ張るわけには行かないとゲイリン様が差し出してきたソーマの雫を口にする。飲み込んだ瞬間に身体がカッと熱くなって、その熱が身体に広がってくるのと同時に活力が戻って来るのを感じる。
「良し。長久よ、何故悪魔の魔法が使えるのかは問わぬ。まだ魔法は使えるか?」
「大丈夫です。ソーマの雫で大分回復しましたから」
ゲイリン様の言葉で若様が魔法を使っているのを思い出した。人間が使えないはずの魔法を若様が使っている……。
「ゲイリン様……これ大丈夫ですよね?」
「……難しいセオリー。人間は魔法を使えないのが定石、魔法を使った長久は悪魔と認定されてしまうかもしれない」
「そんなッ!?」
里を守る為に戦った若様と悪魔とされるかもしれないというゲイリン様の言葉に私は思わず声を荒げてしまった。
「私も弁護するプロセス――長久は悪魔ではないとな、最悪里を出ることになるかもしれんが……」
「そうなったらその時考えますよッ!!」
若様が錬気刀を地面に突き立てた次の瞬間、洞窟から放たれた業火が刀から溢れる光に弾き返され洞窟の中へ消え、悪魔の絶叫が再び木霊した。
「マカラカーンか……」
「マカラカーンって言うんですかこれ? なんか出来ると思ってやりましたけど……不味いですか?」
「いや、この場合は頼もしいセオリー。ここで見た事は私の胸の中にしまっておくプロセス。だが里で使えばどうなるか分からないセオリー」
ゲイリン様がここで見た事は黙っていてくれるなら若様が魔法を使わなければ問題がないと言うことだ。
「若様、里で魔法を使ったら駄目ですよッ!」
「分かってるさ、俺も里を出るつもりはないしな。あの悪魔を倒せばもう魔法を使うつもりはないさッ!!」
洞窟から伸びて来た触手を若様が切り払いながら鋭い視線を洞窟へと向ける。
「出てくるぞ、気を緩めれば死ぬプロセス。最後まで気を引き締めろッ!」
地響きが洞窟の奥から響き、崇の聞くに堪えない逆恨みの声が洞窟の中で反響している。
「本当に嫌な奴――真面目にやっていれば里の皆も受け入れたのに」
真面目に修行をしていれば長にはなれなくても、里の皆の尊敬を集めるだけの悪魔使いになることも出来たのに……それをしなかったのは崇自身だ。それについては同情は出来ないが、悪魔に取り込まれた事は憐れだと思う。
「終わらせるぞ、これ以上あいつが力を付けたらやばい」
「はいッ!」
短時間で恐ろしいほどに崇を取り込んだ悪魔は力は増幅させている――今はまだ崇の意識があるから戦う事が出来ているが、完全に悪魔に取り込まれたら止める術は無くなってしまう、悪魔使いとして、里の人間として、そしてライドウを継ぐ者の1人として崇を倒す。
【うおおおおおッ!!! 殺してやるッ!! 殺してやるぞぉッ!! 長久ッ! 千代子ぉッ!!!」
人型の龍となった悪魔の口か崇の怨嗟の叫び声が発せられ、広範囲を焼き払う炎の帯が放たれるのを合図となり私達と崇を取り込んだ悪魔との戦いは佳境を迎えるのだが、この戦いの後に待つ残酷な現実に打ちのめされることになる事をまだ私は知らないのだった……。
崇を取り込んだ悪魔の咆哮が響くと身体がドッと重くなった。それが悪魔の魔法であり、何らかの攻撃であると理解した次の瞬間俺の脳裏に女の声が響いた。
『デクンダ、そしてランダマイザだ』
それが魔法であると言うのは分かった。その魔法の効力がどんなものかは分からなかったが……その声に従がえば、その魔法を使いたいと思えば大丈夫だと本能的に理解した。
「はッ!!!」
悪魔に向けて両手を突き出すと、身体の中からなにかが吸い出される感覚と共に光の波動が放たれた。
【グギィッ!】
悪魔が膝を着き――俺達の身体に圧し掛かっていた重圧は何時の間にか消え去っていた。
『ラスタキャンディだ。ラスタキャンディを使え』
その声はどこかで聞いた事がある――とても懐かしい声だった。ただその声の持ち主の顔がどうしても思い出せない――だけど大事な存在であったのは覚えていて、それが逆に辛かった。名前を、顔を思い出せないのならば……その声の持ち主の事も忘れていたかった。
(ああ……どうして思い出せないんだ)
知らずの内に泣いてしまうほどに思い出せないことが辛い、だが今はその悲しみよりも千代子達をサポートする事が大事だと手の甲で涙を拭い再び手を突き出すと今度は暖かな色をした波動が放たれて俺達を包み込んだ。
「はぁッ!!!」
「シッ!!!」
千代子とゲイリン様が裂帛の気合と共に振るった刃が簡単に悪魔の両腕を斬り飛ばした。
「えっ!? な、なんでッ!」
「トール! マハジオダインッ! アタバクッ! 猛突進ッ!! 千代子下がれッ! 巻き込まれるプロセスッ!!」
「は、はいッ!!」
今まで鱗で弾かれていた刃が急に通った事に千代子は驚いていたが、ゲイリン様は冷静に召喚した悪魔へと指示を飛ばし、自身は懐から取り出した拳銃を乱射しながら地面を蹴って後退する。
【ぬおおおおッ!!!】
トールが雄叫びと共に腕を突き上げると上空から凄まじい雷が降り注ぎ、周囲を更地に変えながら悪魔へと迫る。
【う、うおああああああッ!?】
防ごうにも腕が無い悪魔は身体を丸めて防ごうとするが、当然そんな子供騙しで防げるわけも無く雷に貫かれ、全身が麻痺している所に鬼神 アタバクがMAGを纏って突撃し悪魔を洞窟の壁に叩きつける。
【潰れるが良いッ!! 悪しき者よッ!!!】
【ぐ、ぐぎゃあああああッ!!!】
アタバクの巨体による突進の威力は凄まじく、洞窟の壁とアタバクの巨体に挟まれた悪魔の身体がみるみるうちに削れて行き、消滅間近を表す身体がMAGに分解される現象が始まったと思いきや、ボロボロの肉片になっていた悪魔の身体がビデオの逆再生のように修復されていく姿を見て魔法を使おうと手を向けるとゲイリン様に手を掴まれた。
「あの状態はなんでも吸収して進化する、通常攻撃や魔法では効果が無い。20年前もそうだった」
「じゃあどうするんですか!? このままだとあいつ全回復してしまいますよッ!?」
攻撃が通用せず、回復しきれば進化すると聞いた千代子は半分パニックになっているのかゲイリン様を怒鳴りつける。
「案ずる事はないプロセス。私とて20年の間ただ無為に過ごした訳ではないセオリー……封印とは別にちゃんと倒す手段を考えていたプロセス」
懐から取り出した封魔管から悪魔が召喚されたのは分かる――だが余りにも凄まじいMAGに何の悪魔が召喚されたのか視認出来なかった。とんでもなく高位の悪魔という事だけはその雰囲気だけで分かった。
「通常の方法で倒せるか確信は無かったが……崇を取り込み、命を共有している今ならば倒せるプロセス」
白銀に輝く銃弾がゲイリン様の手の中の銃に装填され、ゲイリン様の後の悪魔が拳銃の中へと吸い込まれる。
【おではおざだぞぞおおッ!! ななんで、なんでえええだれもおおおッ!! おれをみどめばいいいいいッ!!】
「それはお前自身の所為のプロセス……精々地獄で反省するが良い」
眩いまでに輝く銃弾――大天使メタトロンの力を銃弾に詰めた一撃――メギドファイヤが崇を飲み込んだ悪魔の上半身を消し飛ばし、再生しかけていた悪魔は今度こそ身体をMAGの粒子へと変えて消滅を始める。
「ふう……流石に疲れたのである」
吹き出るMAGの勢いを見れば、いくら再生能力が高くともあそこから再生することはない。ゲイリン様が力を抜いたのを見て、俺と千代子も身体から力を抜いた。
「はぁ……疲れた。でもこれで解決しましたね、若様」
良かったと微笑みかけてくる千代子に返事を返そうとした時――視界の隅で小さな影が動くのを見た。それが千代子が切り落とした尻尾だと気付いた次の瞬間俺は千代子を突き飛ばしていた。
「ごぼッ!?」
尻尾が矢のように宙を舞い、俺の心臓を貫くと同時に発火し……凄まじい苦痛と共に俺の意識は炎に飲まれて消えていくのだった……。
メギドファイヤの凄まじいMAGの消費による消耗で完全に気が抜けていた――長久が炎に飲み込まれるのと千代子の悲鳴に反射的に私は1発の銃弾を装填していた。
【げひゃはやははははッ!!! ちよごおをねらばをッ!! ぞうずるどおぼたぜえええッ!! まぶけええええッ!! げぼああッ!?】
顔半分が吹き飛び、目と口が僅かに残った状態の崇の額に銃弾を撃ち込んだ。それがトドメとなり悪魔は完全に消え去り、長久を包み込んでいた炎も消えたが……余りにもそれは遅かった。
「若……さ……ま?」
呆然としている千代子の目の前には消し炭となった長久の遺体が転がっていた。余りにも高熱で焼かれたのか黒檀のようになったその遺体に人の面影はどこにも無かった。
「げ、ゲイリン様……若様……若様は……若様が……いない……いないんです……め、目の前にいたのに……いないんです」
目の前の現実を受け入れられないのか呆然とした様子で長久がいない、長久がいないと言う千代子の姿は余りにも痛々しかった。その姿に私は爪が掌の皮を突き破るほどに握り締めた。
(なんと無様なッ! 私がいたのに、目の前にいたと言うのにッ!!)
メギドファイヤの消耗が凄まじかった等と言い訳も口に出来ない。まだ悪魔が完全に消えていないのに力を抜いた、警戒を緩めた。私が警戒を緩めた事で千代子と長久も警戒を緩め、それがこの結果を招いた。
「……あ、あああ……ッ!! アアアアアアアアア――ッ!!!?」
黒焦げの遺体に葛葉の紋章が刻まれたアクセサリーを見た千代子が現実を受け入れた。目の前の人の形を保っていない遺体が長久だと理解し、髪を振り乱し発狂する千代子の首筋に手刀を叩き込みその意識を刈り取った――あのままでは千代子までも発狂死してしまうと感じたからだ。長久が命を懸けて守った千代子までも失うわけにはいかなかった……千代子まで死ねば長久の死が完全に無駄になってしまう。着ていたコートを脱ぎ、小さくなってしまった長久を丁寧に包み、千代子が舌を噛み切らないように猿轡を噛ませて背中に背負った。
【サマナーよ】
「すまない……今は何も言わないでくれ……ッ」
私を気遣ってくれる言葉を言おうとしたトールとアタバクの言葉を遮り、封魔管の中へ2体を戻し長久を丁寧に抱き抱え私は里へと戻った。
「ゲイリン様ッ! 悪魔は、悪魔はどうなりましたか」
「……討伐は出来た」
悪魔は倒せたと言うと森の外を警戒していた葛葉の里の大人達が安堵の表情を浮かべるが、すぐに長久の姿が無い事に気付いた。
「若様はどうしたのですか?」
その問いかけに私は返す言葉が無かった。葛葉四天王である私がいるから長久と千代子を里の住人は送り出したのは分かっている……私はその信頼を裏切ってしまった後ろめたさから、里の住人から目を逸らした。
「ゲイリン様……若様は……?」
「すまない、謝っても許されないと分かっている……長久は……ここだ」
丁寧に包んでもボロボロに崩れ、長久の身体はいまや子供でも抱き抱えれるほどに小さくなってしまった。
「嘘……ですよね?」
「若様が死ぬわけ……」
「悪い冗談は止めて……くださいよ」
嘘だ、そんな訳が無い。葛葉四天王が居たのに死ぬわけが無いという言葉が痛かった。だが沈黙しているわけには行かない、私の責任なのだ。私が真実を告げなくてはならない……。
「すま……ないッ!! 長久は……死んだッ! 全て……私の責任だッ」
20年前は悪魔の術中に嵌り、冷静さを失い茂正の腕を切り落とした。そして今は私の油断によって長久を失った――葛葉四天王のゲイリンの名を継いでおきながらなんという体たらく……里の者達の嗚咽を聞きながら私はただただ謝罪することしか出来なかった。
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「ゲイリン様。頭を上げてください」
頭を上げろと言われても私は余りの惨めさに顔を上げる事が出来なかった。茂正を始めとした長老衆、そして長久の両親を前に土下座することしか出来なかった。
「ゲイリン、顔を上げてくれ。お前は里を救ってくれたのだぞ? 堂々としていろ」
里を救って長久を失い何故誇る事が出来ようか……ゲイリンの名が泣いている。余りの不甲斐無さと情けなさでどうにかなってしまいそうだった。
「顔を上げてくださいゲイリン様。それでは話す事も出来ません」
もう1度顔を上げろと言われ、顔を見るのが恐ろしいと思いながら顔を上げる。
「長として悪魔を討伐してくれたゲイリン様に感謝します。そして共に戦う事が出来無かった事を深く謝罪します」
「違う、謝るのは私だ。私の油断が長久を死なせたのだ……許してくれ……」
メギドファイヤを使えば相当のMAGを消費することは分かっていた。そして気絶を防ぐ為にソーマの雫を口にしていたのにもかかわらず気を抜いたのは私のミスだ。許されない致命的なミス……それさえなければ確実に長久は生きていた事が分かっているからこそ後悔の念が消えることはない。
「土沢崇が悪魔を解き放ったのが全ての原因である。故に……ゲイリンの名を返上する事は認めぬ」
「なッ!?」
長久を死なせた責任でゲイリンの名を返上しようとしたが、ヤタガラスの使者の返上を認めぬという言葉に声を上げた。
「なぜ、何故!」
「後悔し、返上するのは逃げである。後悔しているのならばゲイリンとしてより一層励み、護国の士として、そしてゲイリンとして恥じぬ戦いをする事こそが長久への謝罪となろう」
「……承知……しました」
「ならばお前はすぐに槻多賀村へと戻るが良い。ゲイリンの使命を果たせ、葛葉長久の死はお前の責任ではない。戦う者を育成できなかった葛葉の里の責任であり、お前が後悔する事はないと知れ」
「……御意」
ヤタガラスの使者の高圧的な言葉に私は苦々しく頷いた――葛葉の里を滅亡に追い込んだ悪魔を討伐する事は出来た。だが謝罪をする事も償うことも許されず、担当区域へ戻れという命令に私は逃げるように葛葉の里を後にするのだった……。
森の中の墓の前に佇む黒衣を身に纏った青年――いや、良く見れば喉仏が出ておらず、青年ではなく男装の麗人である事に気付くだろう。だがその鋭い気配と澱んだ瞳を見ればその美貌に見惚れるよりも、恐怖し距離を取るだろう。それほどまでに男装の麗人――いや長久の死後、血反吐を吐くほどに己を痛めつけライドウの名を継いだ千代子にかつての面影は無かった。
「……」
長久の名が刻まれた墓だが、ここに長久の骨は納められていない。悪魔こそ召喚出来ないが、膨大なMAGは骨となった今も健在で悪魔やダークサマナーが触媒とする為に奪いに来かねない……だからここにある墓には長久の私物が納められたものだ。それでも千代子は定期的にやってきて墓の回りを掃除し、供え物していたが、帝都に行けばそれすらも出来なくなると普段よりも長い時間を掛けて墓の掃除を済ませて長久の墓に一礼してから墓に背を向ける。すると枝の上に居た黒猫が飛び降りてきて千代子の前に着地した。
「もう良いのか?」
普通の人間には猫の鳴声にしか聞こえないが、悪魔使いには言葉として聞こえていた。この黒猫はライドウのお目付け役であり、サポート役であり、かつて葛葉一族で禁忌を犯した罪人が動物の屍に魂を憑依させられた存在で業斗童子と呼ばれた。
「……もう少し待って欲しい、ゴウト」
「余り悠長な事をしている時間はないぞ、ライドウ」
「後少しだけだ。すぐに帝都に出発する」
墓掃除を終えた千代子は出発前に護衛として、世話役として長い間暮らしていた長の屋敷へと足を向けた。
「長。お時間を取っていただき感謝します」
「ライドウ――いや千代子と今だけは呼ばせて欲しい。長久が死んだ後もお前は私達に良く尽くしてくれた本当にありがとう。感謝している」
「私には勿体無いお言葉です。私は若様を死なせた不甲斐無い護衛でしたから」
「そう言うな千代子。お前は良くやってくれていたよ、里を出る前に屋敷によってくれて良かった。何か餞別を用意しよう、帝都防衛の任につくお前が無事に戻ってこれるようにな」
「今日は長に1つお願いがあって参りました」
「なんだ。私に出来る事ならば叶えよう」
「……私がもし任を終えて戻る事が出来ましたら……若様との結婚を認めていただきたいのです」
死者である長久との結婚を望む千代子に長は驚きに目を見開いた。冥婚、死後婚、鬼婚と言われる生者と死者の結婚の風習は葛葉の里でもかつては行なわれていた。だが今は廃れた風習であるそれを望む千代子に驚くなというのが無理な話だった。
「千代子、長久はそんな事を望んでいない。前を向いて、生きてくれる事を願って居る筈だ。十分だ、もう十分にお前は私達に尽くしてくれた。もう自分の為に生きてくれて良いのだぞ」
死んだ長久を想ってくれるのは父親として嬉しかった長ではあるが、若く美しい千代子がいつまでも死んだ長久に囚われてはいけない、自分の為に生きろと説得を試みるが千代子の意志は固かった。
「どうかお認め願います」
土下座をしてまで長久との冥婚を認めてくれと言う千代子の意志は固く、長は溜め息と共に立ち上がった。何を言っても千代子の意志は変わらないと千代子の頑固な性格を知っているから諦めさせるのは無理だと悟ってしまったのだ。
「千代子、長久と共に必ず戻れ、お前もまた私の娘なのだから」
顔を上げた千代子の前に差し出されていたのは長久の遺骨を使って作った錬気刀だった。長久その物と言える錬気刀を授ける――それは長久との冥婚を長が認めた証でもあった。
「……必ずや若様と戻ります」
「ああ、行って来い。娘よ」
赤刀・葛葉、そして神刀・長久を携え千代子はゴウトと共に葛葉の里から旅立っていった……それは長久が死んでから2年後の出来事であった……。
2周目の世界 存在しない時代 後日譚へ続く
ゲイリンはこんなドジじゃないとか色々と意見はあると思いますが、過去の遺恨や後悔でアバドン王の時代よりも弱体化していた為と言う事で納得していただければ幸いです。そしてこの後悔があるのでゲイリンはアバドン王の時は原作よりも強くなっていたりします。次回は後日譚と言う事で少し短めのアバドン王での話を書いてみようと思います。その後に長久は3週目の世界ですね、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。