5週目の世界 偽りの千年王国 その34
悪魔にヴァルハラエリアを呑み込まれたと理解した私はすぐに隠れ家から飛び出し岡本ジムを目指した。私が見つからないからセンターは悪魔に飲み込ませるという暴挙に出たが、皮肉な事にそのおかげで私は隠れ家から出る事が出来た。
(まさかここまでの暴挙に出るとは……ッ)
確かに私はセンターの裏事情も知っている。だからこそ追われている訳だが、私を捕らえる為だけにヴァルハラエリアを切り捨てるとは思っても見なかった。とにかく今は岡本ジムへ向かい、長久君と合流する事が最優先だ。私は老いた身体に鞭を打ち、必死に岡本ジムへと走り続けた。
「それでずっと走ってきたのか? 目加田」
「ぜぇ……ぜぇ……おえ……」
息も絶え絶えの私に呆れた表情を浮かべながら長久君は水を差し出してくれたのでそれを一気に飲み干し、乱れた呼吸を整える。
「す、すまないな。ヴァルハラエリアが消滅してしまう……そう思っていたのだが……流石は葛葉の切札と言った所だね」
ヴァルハラエリアの外は臓物に塗れていたが消滅する気配は無かった。長久君が何かしたのは間違いなく、それを見て漸く走る速度を緩め早歩きに切り替えたがそれでも老いた身体には厳しい物があり、倒れこむように椅子へと座り込んだ。
「お久しぶりですね、目加田」
「ええ、お久しぶりです。マダム……こうしてまた会えるとは思っても見ませんでしたよ」
花田の奴は裏切ったが、私は姿を隠すしかなくマダムの事を裏切ったつもりはなかった。ただマダムの回りは監視されているだろうから向かうわけには行かなかったと言い訳を口にしようとすると岡本に襟首をつかまれた。
「お前がメシアプロジェクトの責任者なんだってなッ! 教えろ! センターはメシア教は何をしようとしているッ!!」
「岡本! 気持ちは分かるけど落ち着きなさいッ!」
羽田が岡本を私から引き離すが、その視線は鋭く私を睨み、知ってる事を早く言えと言わんばかりの態度に私は分かっていると返事をした。
「勿論そのために私はここに来た。メシアプロジェクト……元老院が作り出そうとしているのは千年王国的思想……神を再臨させ1000年続く楽園を作り出すことだ」
それだけが元老院の全て、センターもミレニアムも全て千年王国を作り出す為の物だ。
「そもそもなんだが、それはあくまで教義であり真実ではないだろ? 仮に再臨したとしても現れるのは悪魔じゃないのか?」
天使も悪魔、神も悪魔、天使も悪魔もその全てが広域で見れば悪魔でしかないという長久君の言葉は間違いではない。
「そうあれと望まれた救世主に近い悪魔が召喚されるのは間違いないと思う。だから元老院はメシアプロジェクトを作り出した。最初は救世主を作る計画だが……」
そこで私は長久君に視線を向け、長久君は呆れた様子で額に手を当てた。
「俺に目を付けたと……ちなみにその情報は何処からだ?」
「テンプルナイトが滅ぼした葛葉の資料から君とミズキの2人の名前が浮上した。本家と分家の違いはあれど最後の葛葉の生き残りだからな」
ミズキ君は子供だったので詳しい葛葉の術は知らなかったが、本家の後継者である長久君には様々な葛葉の知識があった。その知識と貴重な血をセンターは求めた。
「男の救世主を作る計画は救世主に宛がう原初の女を作る計画へと何時の間にかシフトした」
そこで黙り込んだ私に長久君が視線で先を促してくる。これはセンターの闇であり、私も加担した計画だ。その計画についての罪悪感はない、だが娘を使われるのには我慢がならなかった。
(そんな怒りを抱ける立場に無いのだがな)
霊力の素質をある女を何十人、何百人と実験台に、そして慰み者にした。それを容認していた私が自分の娘を実験台にされたことに怒りを抱き、センターへの反逆を願うのはなんとも自分勝手な話だと自分自身でも思う。だがそれでも私は胸に込み上げる怒りを抑える事が出来なかった。
「私の娘の胎を使って産みだされたのがリーナ、そして葛葉の女の胎を使って産みだされたのがダレス。君に宛がう為に作られた救世主の母として最高の母体があの……」
最後まで言い切る事無く長久君の鉄拳が私の顔にめり込み、その凄まじい衝撃と痛みに私の意識は闇へと消えた……。
目加田の顔面を殴りぬいた長久さんはそのまま無言で目加田を担ぎベッドの上に投げ捨てた。
「とりあえずメシア計画の全容は分ったな。天使がクソって分っただけだが……」
なんでもないように話始める長久さんにリーナさんとダレスの事には触れず、メシア計画の初期の内容を思い出す。
「救世主の再臨ですか……ザインさんは何かを知っていますか?」
無言でメシア計画について聞いていたザインに何か知っていることはないかと問いかける。
「……センターの上層部に立ち入り禁止の区画があるという話は聞いています。確か……偉大なる遺産とは聞いておりますが」
「偉大なる遺産ね……どうせ禄でもないもんだろ……」
岡本さんにいう通り禄でもないものなのは間違いないが、天使達が後生大事に確保しているとなると私には思い当たる節がある。
「人造神霊製造装置……かもしれませんね」
「人造……? なんだその禄でもない装置の名前は」
「センターの原型であるカテドラルにあった装置です。それで何柱もの神霊の複製を作り出していました」
翔子さん達と必死になって戦ったので神霊の脅威は覚えている。あれは不完全だから神霊を倒す事が出来たが、天使達がもし改良しているとなると厄介な相手となるのは間違いない。
「そもそも天使はなんで神霊を降臨させようとしているの? 天使は認めたくはないけど今のこの地上の神のようなものじゃないの?」
羽田さんのいう通り、今元老院の天使は地上を支配している神と言っても良いが……。
「天使達はあくまで神の僕なのですよ。本物であろうが偽物であろうが、自分達が作り出した神であろうが……神が自分達の上にいれば自分達の正当性が証明される」
「つまりなんだ。自分達が正しいってことをその神に言わせる為に神様を作り出そうとしていると?」
「まぁ早い話がそうですね。自分達の上に神がいて、救世主がいる。それこそが自分達の正当性の証明とでも考えているのでしょう」
天使達は地上の事なんてどうでも良いのだ。自分達が正しいと思え、それが賞賛されればそれで良いのだ。
「……なんでそんな連中をセンターは崇拝してるんだ?」
「さぁ……馬鹿だからじゃない?」
結局テンプルナイトも自分で考えるのではなく、上から命じられ自分達が正しいと言う大義名分があれば良いのだ。
「本当に禄でもない連中ね。ただその神霊っていうのは厄介ね」
「偽物でもその名前を持っているだけで権限を手にする場合もある。出来ればその人造神霊製造装置を破壊出来れば良いが……ザイン。その上層部に入れるパスワードはあるか?」
「パスワードはあります。一応団長ですから……ただここから出れない事にはどうにも」
「そこが一番の問題ですね。どうしたものか」
ヴァルハラエリアを飲み込んでいる悪魔の腹の中から脱出する。それを成し遂げない事には何も前に進まない。
「詳しい事情を知ってるであろう目加田をのしちまったからなあ」
「俺は悪くないでしょ? 被害者の怒りの代弁です」
「まぁそれは否定しないけどね、パスカルも駄目、目加田も駄目……じゃあどうやって……「外に出たいのかい?」……誰!?」
私達の会話に割り込んできた若い青年の声に振り返るとそこには柔和な笑みを浮かべた金髪の青年の姿があった。最初は誰かと思ったがその青年の姿には見覚えがあった……確か、そう……。
(シンジュクで長久さんと話をしていた人だ)
長久さんが警戒しながら話をしていた人に間違いない、柔和な笑みを浮かべているがその身体から溢れる威圧感はあくまであるという事を如実に現していた。
「ルイさん……久しぶりですね。元気にしてましたか?」
「ふふ、私はいつでも元気だよ。長久君、それに……百合子もね」
百合子さんがビクリと肩を竦め、小さく一礼した。その姿にまさか百合子さんよりずっと高位の悪魔なのかと思わず身構える。
「お茶を用意しましょうか、それともコーヒーが良いですか?」
「そうだね。コーヒーを貰おうかな」
身構えている私達の前で長久さんは平然とした様子でもてなす準備をする姿を見ても、私達はその威圧感に飲まれ冷や汗を流しながらその場に立ち竦みつづけるのだった……。
久しぶりに再会した長久君は呪われていた。私達が掛けた呪いとは別種の呪いが長久君の魂と肉体を蝕んでいた。
(……余計な事を……)
長久君の存在は私達にとっても切札だった。だがその長久君が呪われてしまった……これでは計算が大きく狂うことになる。
(……慎重に様子を見なければならないな)
もしもこの呪いが次の生にも影響するのならば我々も積極的に動く必要がある。
「ヴァルハラエリアを飲み込んでいる悪魔の核はヴァルハラエリアの近くにある。正しその存在は別の時空にずれている。それを何とかして見つければ良い。倒すとまでいかなくとも核にダメージを与えれば存在が不安定になるだろうからね」
「俺の結界でMAGを確保出来ないからですね?」
私の言葉を聞いてヴァルハラエリアを飲み込んだ悪魔――アバドンの状態を理解した長久君に笑みを浮かべ、長久君が淹れてくれたコーヒーを飲み干し帽子を再び被る。
「その通りだ。吉報を祈っているよ」
とりあえず最低限のヒントは与えた。何もかも答えを与えてしまえば長久君の成長を阻害してしまうので少しだけヒントを出して岡本ジムを後にする。
「さて、不味い事になってきたな」
長久君を蝕んでいる呪いは余りにも長久君と相性が良すぎる。この世界だけで終わっていて欲しいと思うが、恐らく転生してもあの呪いは付いてくる。ただでさえ短い長久君の寿命を更に短くする悪辣な呪だ。
「そこまでするか、イザナミ」
あの呪いを掛けたのはイザナミだ。遠く離れ、蜘蛛の糸のように細くなってもその縁を手繰ってイザナミはこの世界まで来てしまった。
「言っただろう? 彼を救世主にするには数多くの問題があると」
私の背中に声を掛けてくるのは蝶を模した仮面をした細身の青年だった。
「フィレモン。だが運命を変える事が出来る可能性があるのは彼だけだった」
「だとしてもだ。私は君の決定には最初から不安を抱いていた、そしてそれは5度転生したことで確信へと変っている。彼が壊れない事、それが彼の危険性を示している。私は彼に世界の命運を賭ける気にはなれないよ……ルイ」
現れた時と同じ様に消えるフィレモンの姿を見て私は肩を竦める。
「危険だとしても私は彼に賭けるよ。彼の善性にね」
誰が何を言おうと私は彼に世界の命運をかける。その本来の性質が悪性だったとしても、彼の中にある僅かな善性と彼の人となりに私は全てを賭ける事を決めたのだ。そう運悪く、フィレモンの対極に見初められそのペルソナを歪められたとしても、彼の本当の性質は疑うよりも無く善であるのだから……。
「君も直にわかるさ、彼の素晴しさがね」
何れフィレモンも彼に深く関わる事になる、その時になれば私の決断が間違いでは無かったとフィレモンも分る筈と呟き、私はヴァルハラタウンの人ごみの中へ紛れ、フィレモンと同じ様に消えていくのだった……。
「それで長久。当面の目的は決まってると思うけど一応聞いておくわ。どうするの?」
「危険を承知で結界の外に出ますよ、羽田さん。このヴァルハラエリアを飲み込んでる悪魔の核を叩きにね」
「だがよ、信じて大丈夫か? 大分怪しかったぞ?」
「怪しい人ですけどルイさんは信用出来ますよ。まぁ俺を遊び道具にしているのは事実ですけどね。ザイン、アオイ。手伝ってくれ、俺とパスカルとザインとアオイで核を叩く」
「あら、私は手伝わなくて良いの?」
「百合子さんは調査が終わってからお願いしますよ。アオイ、ザイン行くぞ」
「了解です。早く外に出ないと手遅れになりますからね」
「異論はないです。急ぎましょう、手遅れになる前に」
長久の結界があっても悪魔の体内にいる以上MAGは吸収される。力尽きる人間が出る前に長久達はルイの情報を元に悪魔が行動に出る前に先手を取るべく動き出すのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その35に続く
ここでフィレモンINです、メガテンの次はペルソナも混ぜるつもりなのでフィレモンです。ただフィレモンは長久に敵対的なのが彼の本質に関係する部分ですね、次回はアバドン討伐に向けて動いていこうと思いますのでどうなっていくのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。