5週目の世界 偽りの千年王国 その35
負傷している長久さんに本来の戦闘力は期待出来ず、マダムは後衛。前衛は私と悪魔犬のパスカルの4人でセンターが使役している強大な悪魔と戦わなければならないというのはかなり厳しい物があると感じていたが、負傷していても長久さんは私なんかよりもずっと優秀なデビルバスターだった。
「……ザイン。もう少し下がれ、悪魔に見つかるぞ」
「了解です」
「わふ!」
「ご苦労パスカル。うーん……こっちには余りMAGの気配はなしか……」
MAGで陣を展開し、それを軸にして周囲全てを捜索し、ヴァルハラエリアの周辺全てを同時に探索していた。
「こっちのほうはMAGによるループが出来ていますね」
「やっぱりか、式神も戻ってこないしな」
MAGの陣を解除しながら立ち上がった長久さんは肉壁に手を当てる。
「……外からMAGを吸収しているのかもしれないな」
「センターが悪魔にMAGを与えていると?」
「それかこの悪魔を召喚する為に使ったテンプルナイト喰ってるかだな。どっちにせよセンターはここで俺達を一網打尽にするか、ここで
完全に動きを封じたいんだろうな」
パンパンと誇りを長久さんは空中に剣指で何かを描くと半透明の十字架のようなものが浮かび上がり、溶けるように悪魔の体内へ消えていった。
「長久さん。今のは?」
「周囲を探る術式だ。とにかく今はこの悪魔が巨大化しているのか、小さくなっていっているのかそこから調べる」
悪魔の核を見つけるのが最優先だが、それに拘って周囲の警戒を怠っては危険だ。
「強力な悪魔が多いですしね」
屍鬼コープス、夜魔ヴァンパイヤとかなり厄介な悪魔が多かった。だがそれはこの悪魔の体内で出現する悪魔の中では雑魚だ。
「邪龍ニーズホッグに邪龍アジ・ダハーカ……それに不完全でしたが大天使ハニエルもいましたね」
「他にも魔神インドラ、妖樹イグドラシルもいたぞ。あくまで今は捜索が目的だ。とりあえずここら辺を重点的に探ったら1度ヴァルハラタウンに戻るぞ。今の装備じゃとてもじゃないが戦えん」
そう言って周囲を調べる長久さんだが、決して奥に進もうとはしない。これではヴァルハラエリアを救うということは出来ないのではないのかと不安になる。
「もっと奥は調べないのですか?」
私の問いかけに長久さんは小さく溜息を吐いて、私が先に進まないのかと問いかけた先を指差した。
「ザイン。もう少し考えろ、ここは悪魔の体内だぞ? 下手に進んだらどうなると思う?」
「……あ」
肉壁で分断、あるいは悪魔がいる区画に追い込まれて閉じ込められる可能性もある。そして現に私の見ている前で肉壁が動き見えていた場所が見る見るうちに全然違う形相へと変化する。
「式神と飛ばして、術式も利用して遠くの情報を集める。ここならまだヴァルハラに展開してる結界が機能するから安全行動出来る」
悪魔に遭遇すれば戦闘は避けられないけどなと笑い歩き出す長久さんの後を追って歩きだし、長久さんの手伝いをしながら30分ほどの調査を終えてヴァルハラタウンへと帰還するぞと声を上げる。
「これだけで良いのですか?」
肉壁が作りだされ、道がどんどんと変っていくのは見ていたが、それでももう少し調査を続けるべきではないのかと長久さんに尋ねる。
「ジムに戻ったら詳しく説明してやる」
だがそれでも長久さんは聞く耳持たない様子でヴァルハラエリアへと戻るという意見を変えることは無かった。
「ですが……」
「焦るのはわかる。俺も時間がないっていうのは分かっている。だが焦るな、冷静に周囲を見ろ。相手は悪魔、それも上位個体だ。何の準備も無く戦える相手じゃないんだ。死なない為にも、ヴァルハラタウンの住民を守る為にも先ずは情報と状況整理。全てはそこからだ」
「……はい。分りました」
「とにかく冷静にな。俺はまともに戦えない、アオイはブランクがある。パスカルは悪魔の力を持っていても犬だ。ヴァルハラタウンを飲み込んだ悪魔と戦うのはお前が主戦力になる。頼りにしているからな」
そう言って私の背中を叩く長久さんに、子供扱いされているのではないのかと思うとさっきまで感じていた不満はなくなり、私は自分でも現金なものだなと思いながらも明るく返事を返し、長久さん達の後を追ってヴァルハラタウンの中へと足を踏み入れ、岡本ジムの扉を潜った所で私は正体不明の倦怠感を感じその場に崩れ落ちた。
「な、なにが……」
「MAGを吸収されたんだよ、多分向こうはこっちを見ていると俺は思うぞ」
そう言いながら投げ渡されたチャクラドロップをなんとか受け取り頬張り、長久さんが帰ろうと言っていた理由はこれかと思いながら岡本ジムの椅子に尻餅をつくように座り込むのだった……。
ヴァルハラタウンの外の調査で分ったのは極めて強力な悪魔が悪魔の体内に巣食っている事、それと私達の動きを確認しながら自分の体内の作りを変えている事だった。
「悪魔の核は近くにいると思うんですけど……長久さんはどう思います?」
「俺も同意見だ。もしくは姿を隠しているか、存在感の薄い悪魔でこっちの監視をしている可能性もあるな」
調査メモを確認しながら長久さんはヴァルハラエリア周辺の地図に何かを事細かく書き込んでいる。
「何をしてるんだ?」
「式神からの情報を記録してるんですよ。ザインがMAG切れでダウンしてることを考えるとやっぱりMAGの吸収は始まってるみたいですしね」
「とは言え悪魔の核の場所が分からないんですよね」
かなり近くにいるとは思うのだが、長久さんがあれだけ丁寧に索敵したのに見つけられなかった事が気になる。どうした物かと話し合っていると第3者……長久さんに殴られてダウンしていた目加田が話に割り込んできた。
「私の鞄の中にその問題を解決できるものがあるかも知れない……マダム試験菅は入ってないかな?」
「試験管……ありますよ、これですか?」
目加田の鞄の中からやけに物々しい試験菅を取り出し目加田に向ける。
「それだ。それはMAGプレッサー……高密度のMAGが収められているんだ。そのMAGを解き放てば……」
「ヴァルハラエリアを飲み込んだ悪魔を強制的に実体化させれるっと」
「恐らくだが、この方法で悪魔の本体を見つけることが出来るはずだ。問題は……その悪魔を強化してしまうことだな」
高密度のMAGは悪魔の能力に直結する。仮に悪魔の核を見つけ出すことが出来たとしても、その周囲の悪魔もろともヴァルハラエリアを飲み込んだ悪魔を強化してしまう可能性があるのは大きな問題だ。
「今度は私が着いていくつもりだけど……私近接は余り得意じゃないわよ?」
百合子さんは最上位の悪魔なのは間違いないが、その戦闘スタイルは魔法による遠距離戦だ。その威力は勿論折り紙つきだが、ヴァルハラエリアを丸々飲み込むほどの力を持つ悪魔を倒すほどの魔法は百合子さんを持ってもそう使えるものではないだろう。
「傷は治っても万全とは俺も程遠いしな……ザインとパスカルを主力にするしかないんだよな」
長久さんと私と百合子さんの3人がかりでザインさんとパスカルを補助しながら戦うという方法しか無かった。
「私はセンターを裏切りはしましたがテンプルナイトです。そうそう遅れはとりませんよ」
ザインさんは自信満々にいう。能力には確かに高く不満は無いが……調査の時にも分ったがどうもザインさんは視野が狭い傾向がある。完全に任せて戦闘するというのは些か不安だ。
「岡本さん、羽田さん。デビルバスター本部に連絡を取ってくれますか? 周りの悪魔はデビルバスター部隊に任せて俺達本隊が悪魔の核を叩きます」
長久さんも本当ならばヴァルハラタウンを飲み込んでいる悪魔の正体を見破ってから戦いたいと思っているでしょうが、その正体を見破るまでの時間は私達には残されていなかった。だからこそ頭数を増やして生き残る可能性を高め、リスクを覚悟で打って出るしかなかった。
「分ったぜ、俺も羽田も出る」
「まぁ引退したと言ってるわけにも行かないしね」
岡本さんと羽田さんの2人も現場に出てデビルバスター部隊と共に奇襲とヴァルハラタウンへの襲撃を防いでもらい、私達で悪魔の核を叩く……懸念材料はMAGプレッサーでどれほど悪魔が強化されるかだが、MAGの吸収が始まっている以上悠長に作戦を考えている時間はない……そう思っていたのだが長久さんは外ではなくデビルバスター本部に向かうと言った。
「出撃するのでは?」
「デビルバスターを引っ張り出すんだ。しっかりと作戦を説明して協力して貰うのが最優先だ。急がば回れ、まずは俺達の作戦に乗っても大丈夫って思わせるのも重要だ。恐れをなして逃げられても困るからな、まぁ見てろ。ちゃんと協力を約束して貰ってくる。アオイ達は出発の準備を始めておいてくれ」
自信満々に笑って歩き出す長久さんを見送り、私達は出発の準備を整える事にするのだった……。
デビルバスター達に協力を求める以上勝機は勿論、生き残れると思わせる必要がある。
「インドラやコープスと戦う事になるとなれば長久の頼みと言えど早々にメンバーを送り出すことはできんな」
「まぁ話を聞いてくれよ支部長。俺も無策で死地に着いてきてくれなんて言わないさ」
デビルバスターの連中は個々の強さよりも連携が売りだ。だからフルメンバーで同行して貰えるように俺もちゃんと準備して来ている。
「俺の切札を切る。出来れば表に出したくは無かったんだが……そうも言ってられないからな」
「長久の切札……お前がそこまで言うのならさぞ特別な物だな。緘口令を敷くか?」
「出来れば頼むぜ、支部長」
俺としても出来れば使いたくは無かったし、使えるということも出来れば隠し通しておきたかった。
「霊脈を使って俺が仲間と認識している皆の能力を跳ね上げて、その上でラスタキャンデイを使う」
俺の作戦を聞いても支部長はピンと来た様子は無かったのでより詳しく説明する。
「悪魔の能力を弱体化させると同時に味方を強化する極めて特殊な術式だ。通常ならば使いたくはないが、悪魔の体内に飲み込まれているから使おうと思う」
周囲のMAGを根こそぎ集めてしまうのでそれこそ周囲の生態系を変えかねない危険性もあると説明する。
「……分った。長久が嘘を言うとは思えない。それにこのままではヴァルハラタウンも壊滅する。デビルバスター部隊も長久に協力して貰おう」
「悪いな、支部長。ヴァルハラエリアを飲み込んでいる悪魔は俺達で叩く」
ヴァルハラエリアの壊滅の危機ということで快く協力を得ることが出来た。俺の術を使ったとしても全員が生き残れるわけではない、だが無理に協力して貰っているのだ。出来るだけ皆が生き残れるように出し惜しみをするつもりはない。
「百合子さんにペルソナが使えるかどうか聞いておく必要があるか……」
負傷していて全力を出せない以上支援に徹するしかないが、MAGプレッサーの影響で悪魔が強化される可能性もある以上監視されている
可能性を考慮しても手札の出し惜しみはしたくない。
「ペルソナ……ね。使えるわよ、短時間ならね」
「どれくらいの時間だ」
「そうね2秒から4秒って所かしら?」
たったの数秒に落胆しているのに百合子さんは気付いたのか俺の額を突いた。
「良い? 貴方のペルソナは文字通り桁違いなのよ。でも貴方はそれに耐えうる肉体じゃない、だから一撃。一撃で決めなさい。2発目は貴方の命と引き換えになるわよ」
冗談や脅しではないというのはその真剣な表情を見れば明らかだった。それに足手纏いになりかねない情況で1発でも決め手になりえる術があるのならばその1発に賭けるのも悪くない。
「分った。肝に銘じるよ」
「ええ、そうしなさい。まぁ私も協力してあげるから最悪にはならないわよ」
「頼りにしてる」
今の状況で百合子さんが協力してくれるのは何よりもありがたい、龍脈の利用、デビルバスターとの連携、百合子さんにペルソナ……物資も得れない、負傷者ばかりという最悪の状況だが……それでもこの状況を打破できる可能性を見つける事がことに安堵し、明朝ヴァルハラタウンの住民にMAG欠乏症の症状が出始めたのと同時にヴァルハラエリアを飲み込んだ悪魔の討伐に打って出るのだった……。
長久達が自ら打って出ようとしている頃。センターでも大きな動きが起きていた。
「ミカエル。何故我が王がいるのにヴァルハラエリアをアバドンに飲み込ませたのですか?」
【落ち着くのだ。ジャックよ】
テンプルナイトを打ち倒し、我々の元にやってきたジャックに落ち着くように声を掛けるが、ジャックは司教の背中を踏みつけ、その頭に銃口を向けながら我を睨みつけて来た。
「落ち着けると思っていますか? それとも……貴方達は私達と事を構えるおつもりですか?」
ジャックの強さを考えれば我らであっても無傷ではすまん。無論負ける等とは微塵も思っていないが……それでも人造神霊の製造が始まった。この大事な時期に動きが鈍るのは避けたい。悪いとは思っていないが一応形だけ謝罪の言葉を口にする。
【我々は救世主の強さをこの目で見たいと思っている。魔王アバドンならば救世主の力を図るのに最適な相手だろう】
頭は弱いが戦闘力は本物だ。だからこそ長久の強さを測るのに最適な当て馬と言えるだろう。
「ですがその前に天使と悪魔に襲撃を掛けた事についても私は納得していませんよ」
【王というのならばこの程度切り抜けるであろう?】
「……まぁそうでしょうけども」
【ならば何の問題もなかろう? 我々はお前と敵対するつもりはないのだから】
今はと内心付け加えるとジャックはそれを感じ取ったようで司教を自らの影から出した悪魔の頭部で噛み千切った。
「これで今回は手打ちとしましょうか、ですが次はありませんよ。ミカエル」
【……覚えておこう】
変えは効くが、司教を潰されたのは面倒だなと思いながらも司教の命程度でジャックが手を引いたと考えれば十分だろう。
【良いのかミカエル。あんな悪魔人間に好き勝手言わせて】
【構わん。ジャックはまだ利用出来るからな】
人造神霊製造装置を安定稼動させるにはジャックとジャックの舟であるライトニング号の存在が必要不可欠だ。今精製している神霊が降臨するまではジャック達と敵対するつもりは我には無かった。
【だから戦うつもりはないと……まぁあの程度の出来損ないに我々が負けるとは思わないが】
強い力を持っていてもジャックは所詮悪魔を取り込んだ人間だ。人間如きに我らセラフが負ける訳がないのだから何の問題も無い。
【救世主の力は1度しっかりと見極めておきたいからな】
【葛葉の生き残りにそこまで我は興味は無いが】
【私は良いと思うよ、ミカエル。逃げ押せた葛葉には興味がある】
恐らく今地上で最も強いであろう葛葉の生き残りの長久。あの男を捕らえ、あの男の血を引いた子供を作れば千年王国……いや永遠の楽園も夢ではない、だがそれは本当にそれだけの力があればの話だ。アバドン程度を倒せないのならば救世主とは呼べない、我々が求める完全な救世主でなければ意味はない。
【どうやら打って出たようだ。見て見ようではないか、王の力とやらを】
【人間などそれほど期待出来るとは思えないがな】
【そういうものではない。この目で確かめれば良い、あの男の王の力をな】
複数の人間を従がえ、再びアバドンの体内に現れた長久へ我は視線を向けるのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その36へ続く
前回と続き、今回もあんまり話が動きませんでしたがミカエル達の視点を入れたかったので、今回は勘弁していただけると嬉しいです。
次回からはしっかりとアバドン戦を書いて行こうと思いますので楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。