収束×集束×終息する世界   作:混沌の魔法使い

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2周目の世界 存在しない時代 後日譚

2周目の世界 存在しない時代 後日譚

 

帝都の一角銀楼閣という名のビルに「鳴海探偵社」というオカルト専門の探偵事務所の窓から1人の男が帝都の空を見上げていた。

 

「……今頃ライドウは葛葉の里に着いたかな」

 

白いスーツに天然パーマ気味の緩い髪をした男――「鳴海」が心配そうに呟くと事務所の椅子に腰掛けていた黒髪の少女も同じ様に窓の外に視線を向けた。

 

「ライドウ先輩なら心配ないセオリー」

 

英語交じりの変わった口調の少女――葛葉ゲイリンの弟子である凪の言葉に鳴海は振り返りその視線を凪に向ける。

 

「いやな、最近ライドウの様子がおかしくてな。里帰りのまま消えちまうんじゃないかって心配なんだよ」

 

先日解決したばかりの事件――運食い虫、そしてシナドによる事件の中で冷静沈着なライドウが取り乱す姿を見た鳴海は里帰りをすると言うライドウの事が心配でならなかった。

 

「なぁ凪ちゃんよ、若様って誰の事なんだ?」

 

一見美青年に見えるライドウだが、その正体は男装の麗人で普段男口調のライドウが女口調で泣き叫ぶ姿と繰り返し若様と言っていた事が気になった鳴海は凪にそう尋ねた。

 

「……良いじゃないですか、ライドウ先輩が言わないのなら、私も言いたくないプロセス」

 

目を伏せ暗い表情で返事を返す凪に触れてはいけないと分かっていても、ヤタガラスからライドウの監査と世話役を任されているだけの関係とは言え、ライドウと共に暮らしている鳴海はライドウの事が心配だった。

 

「昔ライドウの刀に触れた事があるんだが、ライドウがめちゃくちゃ怒ってな。斬り殺されそうになった事があるんだ」

 

それはライドウがまだ鳴海の所に来たばかりの事で、触れたら切れるような冷酷な雰囲気を纏っている時の事だった。2本の刀のうちの1本に触れた時――ライドウはもう1つの刀を即座に抜き放ち、その切っ先を鳴海に突きつけて触れるなと鬼の形相で怒鳴りつけたのだ。自分よりも圧倒的に年下だが、その迫力に鳴海は飲まれ壊れた人形のように何度も頷いた事を良く覚えていた。

 

「ライドウ先輩の刀に触れたプロセスッ!? 何故そんな事をッ!!」

 

ライドウの刀に触れたと聞いて凪もまた鬼の形相で鳴海に詰め寄った。

 

「そんなに大事な物だって知らなかったんだよッ! あんまり見たことない作りの刀だからどうしても気になったんだからしょうがないだろッ!?」

 

悪気は無かったのだ。ただの興味本位だったのだが、それが何故ライドウの逆鱗に触れたのか……それを鳴海は知りたかったのだ。

 

「……だから教えて欲しいんだ。あの刀はなんなんだ、ライドウは俺達に教えてくれなかったが、ライドウの前に現れたシナドはどんな姿をしていたんだ。あんなに泣き崩れて謝る姿誰が見たっておかしいだろ」

 

シナドはその人間にとって最も縁の深い人間の姿をして言葉を投げかけて来た――それは鳴海も凪も同じだ。だがライドウの取り乱しようは異常だった……何故あんなにも取り乱したのか、そしてシナドはライドウの前に誰の姿で現れたのか、刀と若様の言葉の意味を鳴海は知りたかったのだ。

 

「教えてくれ、一体あの刀はなんなんだ。若様って誰の事なんだ」

 

真剣な表情で問いかけてくる鳴海に凪は私から聞いたと言わないで欲しいと前置きしてから口を開いた。

 

「若様と言うのはライドウ先輩が仕えていた人の事です」

 

「ライドウが? 彼女は葛葉四天王の名を継いだのにそんな使用人のような事をしていたのか?」

 

「違う……プロセス。ライドウ先輩は護衛としてある人に仕えていたとゲイリン師匠から聞いてるセオリー」

 

凪も決して若様と呼ばれる人物について詳しいわけではない。あくまではゲイリンから聞いた話しか知らないので憶測も混じっているが鳴海の質問に少しずつ答える。

 

「その人って言うのは……?」

 

「葛葉の里の長の息子葛葉長久様と言います……ライドウ先輩はその人の許婚だったと聞いてるセオリー。とても穏やかで優秀で、彼が次の長になるのならば葛葉の里は安泰だと言われるほどの人だったと聞いてるプロセス」

 

「死んでいるのか……?」

 

だった……と言う過去形の言葉に鳴海は沈鬱そうに顔を歪めた。

 

「はい、ゲイリン師匠とライドウ先輩、そして長久様の3人で葛葉の里に現れた悪魔を討伐する際にゲイリン師匠とライドウ先輩を庇って亡くなったそうです」

 

「……それがライドウの言う若様か」

 

許婚であり、自分を庇って死んだ男がシナドとして現れれば取り乱すのも無理はないと鳴海も納得した。だが続く言葉に目を見開くことになった。

 

「あの刀は……長久様の遺骨で作った刀なんです」

 

「なッ!? どうしてそんな事をッ!?」

 

遺骨で作った刀だと聞いた鳴海が声を荒げる。例え退魔の一族だったとしても、その行いは常軌を逸していたからだ。

 

「長久様は生れつき神の刻印を持ち、常人離れしたMAGを持っていたプロセス。それ故に普通に埋葬出来なかったセオリー……骨も凄まじいMAGを内包していて、普通に埋葬すれば悪魔やダークサマナーが墓を荒らす可能性があって……それを避ける為に刀にしたプロセス」

 

「……じゃああれは……遺品……だったのか……」

 

愛した男の骨で作った刀――鳴海とて正気を疑ったが、それが悪魔使いとして、退魔の一族としての宿命だと知り鳴海は言葉を失った。

 

「ライドウ先輩はライドウとしての任を終えたら長久様と冥婚をするつもりのプロセス」

 

「冥婚? なんだそれは……?」

 

「……死者と生者の婚姻の事のプロセス……それほどまでにライドウ先輩は長久様を想っているセオリー」

 

死んだ相手をそこまで想うライドウの愛情の深さに、その一途さは狂気さえ感じさせる。

 

「待てよ、まさか今日は……」

 

「はい……長久様の命日と聞いてるプロセス……」

 

何故今日里帰りを望んだのかを知り、鳴海も凪も言葉を失った。シナドによって無遠慮に暴かれた心の傷、そして思い出した深い悲しみにライドウではなく、愛する者を失った少女に戻ってしまったライドウ……いや千代子は再びライドウとしての仮面を被るためか、それともライドウの名を返上する為か……そのどちらかの為に里に戻ったのだと分かり、鳴海と凪は言葉を失った。冥婚を望むほどに慕っていた男の墓参りへ向かった……それは自身の生を終わらせる為か、再びライドウとして帝都の守護者となるための儀式なのか。

 

「戻ってくると思うプロセス?」

 

「そんなの俺にも分からないよ……」

 

どれほど千代子が傷ついたのかが想像もつかない鳴海はライドウが帝都に戻ってくると尋ねてくる凪に返す言葉が無いのだった……。

 

 

 

コウリュウの背中から飛び降りて驚いている里の住人の視線から逃げるように若様の墓がある森の中へと向かった。ライドウの任に着いている間は里に戻る事は許されない。それでもヤタガラスの使者に頼み込み1日だけ、1日で無くとも良いと若様の墓参りがしたいと頼み続けた。最初は難色を示したヤタガラスの使者も超力超神ヤソマガツとシナドの討伐の功績から私の無理な頼みを聞き入れてくれた。

 

「……若様」

 

若様のお骨で作った神刀・葛葉と名を変えた刀を携えて、若様の墓に触れる。綺麗に清められ、お供え物もあり若様がどれだけ慕われていたのかが一目で分かる。

 

「……若……様……」

 

声が震えて溢れる涙を堪えることも出来ずその場に膝をついた。ライドウを継いだあの日から私は女を捨てたつもりだった……だけどシナドが若様の姿を取り、若様の声で罵倒してきたのは耐え切れなかった。

 

「……ごめんなさい……若様……ごめんなさい……」

 

私が盾になるべきだったのだ。里の皆はゲイリン様を庇ってと伝えられているが……実際は違うのだ。私を庇って若様は死んだのだ、本当は私が盾になるべきだったのに、私は若様に庇われた。

 

「……うう……あああ……ッ」

 

ずっとずっと辛かった、苦しかった。ライドウの名を継いだのもこの罪の意識から逃れるためだった……冥婚を望んだのだって、任を終えたときに死ぬ口実が欲しかっただけだ。私のせいで若様は死んだのに、若様が私を受け入れてくれるわけが無い。でも若様に救われた命だから自分で死ぬことも出来ない、ライドウの任の中でなら死ねるかもしれないと思ったが、若様に救われた命を捨てるわけにはいかないと死にそうな目にあっても生きている――いつになったら死ねるのか、いつになったらライドウの任を終える事が出来るのかそればかりを考えている自分がいる。

 

「大丈夫だよ。彼は君を恨んでなんかいない」

 

「だ、誰ッ!?」

 

突然聞こえてきた声に驚いて振り返るとそこには赤い服を纏った車輪のついた椅子に座った男の姿があった。

 

「何者だ、どうやって里の中には入りこんだッ!」

 

見たことも無い男の姿にダークサマナーかと身構えるが、目の前の男は柔和な笑みを崩す事は無く、何かを私の足元に投げてきた。攻撃かと身構えたが、投げられたそれは金色の指輪だった。

 

「また彼に会いたいのならばライドウの任を続けるんだ。その時が来たらきっと君は再び彼に……長久に会えるだろう」

 

「お前は何者だッ! なんで若様の名前を知っているッ! 答え……ッ! き、消えた……?」

 

錬気刀を手に詰め寄ろうとした時――風が吹いて私は足を止めた。腕で目を庇った一瞬の間に赤い服の男の姿は私の目の前から消え去っていた。

 

「……草もへこんでない……あの男は一体……」

 

男のいた場所に駆け寄り、足元を調べるが草は一本も倒れていなかった。車輪のついた椅子の痕跡も無く、目の前にいたのが現実だったのか、それとも夢だったのか……。

 

「そうだッ!」

 

男が投げ渡した金の指輪を思い出し、それを拾い上げると脳裏に奇妙な映像が浮かび上がった――若様と私が一緒にいる光景だ。だけど見た事の無い高いビルチングに、私の着ている服もやたら丈の短い服で……肌の露出が多い服だった。だけどあれは間違いなく、私と若様の姿だった。

 

「……夢……」

 

その光景が見えたのは一瞬の事だった……夢や悪魔の見せた幻と言う可能性も在った。だけど……私にはそれが現実になる未来のように思えた。

 

「……もう1度、若様に会えるなら……ッ」

 

この指輪を身につけていれば若様にもう1度会える。そんな気がして怪しいと思いながらも私はその指輪を指に嵌めた……この指輪が縁になって、もう1度若様にめぐり合えるのならば……この辛い生にも意味があるように思えてきた。

 

「……まだ歩ける。まだ進める」

 

折れかけた心に再び火が灯るのを感じた――辛くて、悲しくて……後悔しかない人生だけど、まだ歩いていける――私はもう1度若様の墓の前で手を合わせ、供え物をした後に長と長老衆に挨拶をする為に里に向かって歩き出すのだった……。

 

「これで2人目……彼との縁が繋がった」

 

「まだ道は長いが、彼ならばきっと……新たな道を作り出してくれるはずだ。私達はそれを祈る事しか出来ない」

 

「心折れる事無く、歩み続けてくれることを願おう」

 

森を抜けていく千代子の姿を見つめる2人の人影の姿は一陣の風と共に消え、憂いに満ちた声で会話をしていた男がいたと言う痕跡は何1つ残されていないのだった……。

 

胸を貫かれた強烈な痛みと炎に巻かれ、息を吸う事も出来ない苦しさがふっと消え、目を開くと目の前に広がったのは雲1つない快晴だった。

 

「……また……か……うっぷ!?」

 

大正時代で目覚めた時と同じ様に、全く別の場所で目覚めた。ここはどこなんだと困惑していると何かが胸の上に圧し掛かって来て思わず呻き声を上げた。

 

「はっ! はっ! はっ!!」

 

結構な重さに苦しみながら顔を上げると、俺の胸に圧し掛かっていた者の正体が分かった……それは精悍な顔付きをした1匹のシベリアンハスキーだった。

 

「わっぷッ!? や、止めろ。くすぐったい、くすぐったいって」

 

嬉しそうに俺の顔を嘗め回すシベリアンハスキーを引き離そうとするが、シベリアンハスキーはそれを遊んで貰っていると思ったのかますます嬉しそうに俺の顔を嘗め回してきた。

 

「パスカルッ! パスカル駄目だよッ!」

 

飼い主の声にやっとシベリアンハスキー……パスカルは俺の顔を舐めるのを止めて残念そうに俺の前に座り込んだ。

 

「涎でべたべただ……」

 

「長にいごめんね、パスカルは長にいの事大好きだから」

 

俺の事を長にいと呼ぶ少女の声がして、そちらに視線を向けるが少女の顔は太陽の逆光でよく見えなかった。

 

「とりあえず、これで拭いてよ。長にい」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

差し出されたハンカチでパスカルの涎を拭く様に言われ、受け取ったハンカチで涎を拭いた。こんなに親しげに話しかけてくる少女は何者だと言う疑問が脳裏を過ぎるが、俺の口は俺の意思に反して少女の名を呼んでいた。

 

「ありがとう、翔子」

 

「ううん、良いよ。私がパスカルの紐を離しちゃったから、ごめんね、長にい」

 

逆光の中の少女の顔がはっきりと見えた。人の良い笑みを浮かべる素朴な印象を受けるが紛れも無く美少女と呼べるだけの容姿をした翔子はスカートの裾を押さえ、俺に立ち上がるように手を差し伸べて来ていて俺はその手を握り、ゆっくりと身体を起こした。

 

「長にい。泣いてるけど……どうしたの?」

 

「え……」

 

泣いてるけどどうかした? と言われて頬に手を当てると確かに俺は泣いていた。何故泣いているのか、何故こんなにも悲しいのか分からない……だけど大切な誰かの姿がまるで消しゴムで消されたかのように俺の記憶から消えていくのが辛くて、悲しくて……忘れたくないと願っても、その人達の姿は俺の記憶から消えていく……。

 

「大丈夫!? どこか、どこかいたいのッ!? ねえ、大丈夫ッ!? 長にい」

 

泣き続ける俺を見てパニックになっている翔子が大丈夫かと尋ねて来るが、この痛みを、苦しみを、悲しみを言葉にする事は出来ず翔子が貸してくれたハンカチで口を押さえ、俺は涙を流し続けるのだった……。

 

 

3周目の世界 3人の救世主 その1へ続く

 

 




と言う訳でライドウ編もこれで終了です。なんか曇らせになってしまいましたが、再会するれば曇らせは解除されるのでご安心ください。それと3人の救世主ですが、パスカルの名前で分かるとおり真・女神転生1の時間軸となります。そしてヒーローはTSしてますがカオスヒーローとロウヒーローは原作基準なので男なのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

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