3周目の世界 3人の救世主 その2
凄まじいMAGを放つ謎の男を追ってここまでやって来たが、いざバイクを停車させると恐怖が込み上げてくる。錬気刀も、葛葉の里の防具も無く、元々悪魔は召喚出来ないので封魔管はなくても構わないが、他の悪魔使いの仲間もいない……とそこまで考えた所で俺は首を左右に振った。
「落ち着け、落ち着け、俺は戦いに来たわけじゃない」
相手が余りにも強大すぎて自分で思う以上にパニックになっていたようだ。戦いに来たのではない、向こうも態々手招きにして俺を誘い出すような……誘い出すような……。
「罠に嵌った……?」
良く考えなくてもこの場に誘い出されたような気がして動きを止め、俺の利用価値はなんだ? と考え脳裏に浮かぶのは俺が持っている凄まじい生体MAGで……悪魔であってもダークサマナーであってもろくな事にならないのは容易に分かり、ここまで勢いで追いかけてきた事を後悔しながら顔を上げると屋根のある休憩所のほうから1人の男が俺を見下ろしていた。モデルのような細身の体型に男ですら見惚れるような美貌の金髪の男だ。だが俺はその男の美貌よりも、男の全身から溢れている凄まじいMAGに当てられていた。
「ヒュっ……」
心臓を鷲づかみにされたような感覚に乾いた呼吸音が口から零れる。ダークサマナーなんて物じゃない、俺の葛葉の里での死因である祟が復活させた悪魔なんか子供に見えるほどの圧倒的なMAGの奔流を見た俺の口からは乾いた笑い声が漏れた。
(なんか吹っ切れたわ)
あんな相手に目を付けられた段階で詰んでいると気付いてしまえば完全に開き直る事が出来た。戦う事は愚か逃げる事すら出来ない程の圧倒的な力の差がある――そんな強大な存在に何をしても無駄だと気付けば恐怖心は消え去っていた。まぁ逆を言えばもう何をしても無駄だと言う諦めの境地に達していたとも言える。
(殺されなきゃいいけど……)
最悪命乞いすれば命は拾えるかなと心の中で呟き、駐輪場に併設されていた自販機から待たせたお詫びとして缶コーヒーを買って俺は休憩所に足を向けた。
「やぁ、よく来てくれたね」
柔和な表情に穏やかな声だが、その声が頭の中でガンガンと響いた。跪いて靴を舐めろと言われれば無条件でそれに従がってしまいそうな……言葉自体にも力が込められていると感じた。
「お待たせしてすいません。これ、よろしかったら」
「態々ありがとう、缶コーヒーなんて生まれてこの方飲んだことは無いが……折角買って来てくれたんだ。ありがたく頂くとしよう……ところでこれはどうやって飲めば良いのかな?」
缶コーヒーを逆さにしてどうやって開けるのか? とアルカイックスマイルで尋ねてくる金髪の男性に自分の分の缶コーヒーのプルタブを開けて差し出し、未開封の缶コーヒーを変りに受け取る。
「すまないね、普段は側控えが用意してくれるんでね。こんな物を飲むのは初めてなんだ」
気を使ったつもりだけど不敬って首切り落とされたりしないかなと恐怖しながら俺は缶コーヒーを口にする。
「うーん、実に不味いッ! はっははは、不味すぎて面白いねッ!! 人間はこんな物を飲むのか、人間と言うのは本当に良く判らない生き物だね」
酷く楽しそうに笑う目の前の男の言葉に思わず身体が強張りかけるが、それを気合で捻じ伏せる。
「まぁこれは安くて簡単に手に入る物ですからね。いいコーヒーはもっと美味しいですよ」
「へえ……それは興味深いね」
スッと目が細くなり、海のように深い青い瞳が俺をジッと見つめる。俺はその視線に完全に飲み込まれ、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「そう怖がらなくて良いよ。道睦長久君……私はSTEVENが見出した希望である君を見に来たんだ」
「俺が……希望?」
言葉の意味が判らず思わず鸚鵡返しに尋ね返すと目の前の男は楽しそうに笑い、缶コーヒーを口にする。
「良い気分だからその質問に答えてあげても良いが……何もかも答を与えると言うのは面白くないな。勇気を出して私を此処まで追いかけてきたことで1つ、そして缶コーヒーのお礼で1つ。2つだけ君の質問に嘘偽り無く答えよう、それで1つ目の問いはそれで良いのかな?」
この人とSTEVENさんが何を考えているのかは知りたいが……きっと今の俺ではその言葉の意味を理解出来ないような気がする。目の前の男が尋常じゃ無いほどに高位の悪魔であり、その気になれば俺を指先1つ、いや視線1つで消滅させれるほどの存在と対峙していた俺は後で思えば信じられないほど混乱していたのだと思う。実際質問した後に冷静になり、思わず俺の馬鹿と叫びたくなるほどの馬鹿な質問だったが、それがかえって男に気に入られる切っ掛けになったのだから世の中分からないものだと思う。
「お名前は?」
「……2つのうち1つをそれで使って良いのかな? 2つだけならばどんな事でも答えるよ?」
「名前で大丈夫です、あ、でも悪魔としての名前じゃなくてその姿の名前で良いですよ」
悪魔の真名を知るのは危険を伴うと教えられたのを思い出し、人の姿の名前で良いと付け加えたが、そこまで考える頭が残ってるなら質問の内容を変えれるだろと思ったが、発せられた言葉を無かった事にする事は出来なかった。
「ルイ、ルイ・サイファーだ。よろしく、長久君」
男――ルイさんに自己紹介されてしまえば、俺の最初の質問の権利はそれで消化されてしまったと俺は嫌でも理解した。
「改めて道睦長久です。これからよろしくお願いします。ルイさん」
軽く頭を下げるルイさんに対し俺は恥ずかしさもあり深く頭を下げた。確かに俺は馬鹿な質問をしたが、その馬鹿な質問のおかげでルイさんに気に入られることになり、後に友好的な関係を築く事が出来た事を考えれば、あの時名前を尋ねて正解だったと俺は思うのだった……。
私は本来この世界にいる「ルイ・サイファー」ではない、長久君が最初にいた世界のルイ・サイファーだ。そういう意味では私も長久君と同じストレンジャーと言えるだろう。
(しかしまぁ、面白い少年だ)
私のMAGに気付き、恐怖し……それでも追いかけて来た。その蛮勇とも言える勇気は見ていて面白い物であったし、待たせたお詫びとして缶コーヒーを買って来たのもまた愉快だった。
(まさか私の名前を聞くだけに2つの権利のうち1つを使うとは……)
STEVENが見出した希望、そして私を追いかけて来たその勇気に2つだけ質問に答えようと言ったが、想定外の質問に私は驚きを隠せなかったが、その短いやり取りでSTEVENが希望と称した理由も分かった。
(必要なのは力ではないからね)
力で解決出来るのならば私はとっくの昔に自分達の世界の問題を解決している……私達の世界を修復するのに必要なのは力ではない、悪魔では手にすることの出来ない人の力が必要なのだ。
(少し間が抜けているが……STEVENの目を信じてみることにするか)
希望と言うには些か間が抜けていると言うか、お人よしが過ぎるが……。
(いや、そうでなければ駄目なのかもしれないな)
別の世界の私が見ていたように、その世界の救世主、あるいは破壊者となるべき存在は力を持っている。そして私達の世界にも救世主はいたが、彼らでは解決出来なかった……全く別の観点から世界を救う事が出来る存在を私達は探し、STEVENが見出した希望が道睦長久と言う英雄でも、救世主でもない、どこにでもいる只人の心に寄り添う事が出来る善良な人間だった。
「えっとじゃあ次の質問いいですか?」
「構わないよ、何が聞きたい?」
「因果の鎖って何なんですか? STEVENさんは俺がそれに囚われていると言っていたのですが……詳しくは教えてくれなくて」
STEVENめ、そこまで話すのならばもっと詳しく話せば良い物を……いや、時間が無かったのかもしれないな。私自身も2つ質問に答えると言いはしたが……思った以上に私に与えられた時間は短かったようだ。
「それはッ!?」
「……見ての通りだ。私にも時間制限と言うものがあってね……力があってもどうにもならない事がある。その1つがこれだ」
指先にノイズが走り消え始めるのを見て長久君が焦ったような表情を浮かべる。他人の痛みを自分の事に様に感じられる……その善良さがSTEVENが希望として見出した理由かもしれないな。
「詳しく説明する時間は私にもないから簡単に説明しよう。STEVENは鎖と称したが、厳密には楔と言っても良いだろう」
「楔ですか?」
「その通り、歴史上存在する重大な転換点と言える。そうだな、君に分かりやすく説明すると中世の100年戦争や、第二次世界大戦等がそれに分類される訳だが……信じられないかね?」
「いや、俺がそんな重要な出来事に関係してるって言われても嘘だろとしか思えないんですけど」
「あっははは! 確かにそう思うだろう。だが事実なんだ、ただ……君事体が楔と言う訳ではないんだよ、ただ君の側に重要な役割を与えられた人間がいる事で、君はより深く因果の鎖に囚われるんだ。思い当たる節はないかな?」
確かに長久君は因果の鎖に囚われているのは紛れも無い事実だが、彼自身は楔でも鎖でもないのだ。
「……翔子」
「もっといた筈だ。名前を、姿を思い出せなくとも君の魂は覚えている筈だよ」
私の問いかけに長久君の顔が悲痛そうに歪んだ。思い出したいと願っても、その人物を思い出せないことが辛いのだろう。
「……大事な人がいた。大切だった……好きだった……でも思い出せないんです」
「そういう物なんだよ、酷な話だけどね。今ならばまだ引き返せる……もう進みたくない、立ち止まりたいと思ったのならば君は何もしなければ良い。助けてくれと縋ってきた人間を見捨てれば良い、自分だけの事を考えればいい。そうすれば君は因果の鎖から解き放たれるだろう……酷く後悔し、絶望する事になるだろうけど、君は普通に死ぬ事が出来るだろう」
私の言葉に目を見開き硬直する長久君の前に財布から取り出した紙幣を1枚置いて、私は彼に背を向けた。指先だけではなく、足も既にノイズ――いや修正力に囚われてこの世界から消されかけているのを見て思わず笑った。
(随分と臆病な事だ)
よほど私とSTEVENが恐ろしいらしい……だが目先の恐怖に囚われて私とSTEVENを消そうとしているのならば都合が良い。
「良く考えると良い。私もSTEVENも君に強制するつもりはない、自分で考えて、自分で行動すると良い。逃げるのも、見捨てるのも、立向かうのも全て君が決めるといい……だが時間は余りないぞ」
最早この世界の崩壊は秒読みに入っている。長久君は勿論、人間に与えられた時間は多くはない。
「そのお金は缶コーヒーの礼だ。それをどう使うかは君が決めるといい、立向かう為の力を手にする為に使うのか、それとも残り僅かな時間を楽しむ為に使うのか、どう使おうが私は君を咎める事はないよ。では、またここではないどこかで会おう」
待ってくれと言う長久君の言葉に私は返事を返さず、修正力によってこの世界から追い出されるのだった……。
目の前にいたルイさんが空気に溶けるように消えた……確かに目の前にいて話をしていたのに、今は誰もいない。俺の前に置かれた1枚の1万円札が目の前にルイさんがいた証だった。
「……普通に死にたければ……か」
因果の鎖から逃れる手段をルイさんは教えてくれた。俺の側にいる人間が世界にとって重要な存在だと、その人間を助ける事で俺はより深く因果の鎖に囚われるらしい……そう言われれば思い当たる節はあった。葛葉の里で「俺」の事を思い出した時は1ヶ月眠り続けた、だけど今思い出した時は軽い頭痛と倦怠感だけだった。それが因果の鎖により深く囚われた証だと言うのならば……きっとその通りなのだろう。目の前の1万円を見つめる……今ならば立向かわず逃げる事も出来る。ルイさんは自分で決めろと、STEVENさんの事は考えず、自分が何をしたいのかを考えろと言った。
「……」
何もせず、助けを求めて来てもそれを無視すれば……俺は普通に死ねる。もう別の自分として目覚める事も無く、別の自分の記憶に俺自身蝕まれる事も無く……ほんの一時の罪悪感で解放される。どうせ死ぬのだからそれで楽になれる……少しだけ、少しだけ目を背ければ……。
『長にい』
屈託のない笑みで俺の事を兄と呼ぶ翔子の笑顔が脳裏を過ぎった。大事だった……大切だった、好きだった相手も思い出せなくなる。俺に残るのは言葉に出来ない喪失感だけ……痛くて、苦しくて、悲しくて、叫びたくなるほどに胸が痛むのはもううんざりだ。
「……決めた。そうだよな、そうすれば良いんだよ」
簡単な事なんだ。迷う事も、悩む事も無い……俺が何をしたいかなんてもうずっと前から決まってる……机の上の1万円を握りしめて俺は立ち上がった。
「決めたぜ、ルイさん。俺がどうするかなんて……最初から決まっていたんだ」
俺自身がどれだけ辛くても、悲しくても、目の前で助けを求める相手を見捨てるのはごめんだ。そんな事をするくらいなら死んだほうがずっとましだ。
「やってやるッ! やってやるさッ!! 生きてる限り足掻いてやるッ!!」
進んだ先に絶望しかないとしても、苦しみしかないとしても……誰かを裏切って見捨てて生きるような真似はしたくないんだ。コーヒーを飲み干しゴミ箱に投げ入れた俺はバイクを乗って家の近くのアーケード街に向かって走らせた。
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「これと、これをくれ」
「まいどッ!」
アーケード街にあるサバイバルショップでサバイバーベストとレザーグラブを購入する。ヘッドギアは少し考えたが止めておいた、剣術をメインにして戦うのにヘッドギアは邪魔になる。近接戦を挑むのに態々視界が狭くなる防具を身に付ける馬鹿はいない。
(靴はバイクのブーツで流用すればいい、あとは何か武器が欲しい……土産屋で木刀でも見繕うか?)
葛葉流の体術と剣術はしっかりと覚えている。それを十分に生かすには銃刀法違反になるが刀が欲しい……とは言え平成の世の中で刀を手にするのはまず不可能なので木刀か何かで代用出来ないかと考えながらサバイバルショップを後にする。
「……ちょっとこれまけてくれないか? おやっさん」
「んー武は常連だしな、しょうがねえ。まけてやるよ」
値引き交渉をしている眼鏡を掛けた迷彩柄のコートを着た少年と店長の話を聞きながら、俺も駄目元で値引き交渉してみても良かったかなと情けない事を考えて歩いていたからか誰かにぶつかってしまった。
「す、すいません。余所見をしていて」
「いえ、大丈夫よ。でも余り余所見をしたら駄目よ?」
俺がぶつかってしまったのはいかにも大人の女性と言う風貌のスーツ姿の美女だったが、その姿を見て俺は硬直した。見惚れていたわけではなく、ぶつかった相手が悪魔だったからだ。
「あら……ふうん……ふふ、怖がって可愛いわね。今は何もしないわ、今はね……? また会いましょう」
俺を品定めするような……いや、実際俺がどれだけやれるのかを見ていたのだろう。俺がぶつかった女性は蠱惑的な笑みを浮かべて、アーケード街の人ごみの中へと消えていった。
「……ああ、くそ……真面目に時間なんてねぇじゃねかよ」
見た目は美しい女性だったが、あの女性も桁外れの実力を持った悪魔だ。あんな強大な悪魔が当然のように街を出歩いている事実に俺は驚愕した。あのレベルの悪魔は早々人間界には出て来れない筈だが、もしかするとどこかで門が開いてそこから悪魔が出現しているのかもしれないと最悪の予想が脳裏を過ぎる。
「もっと早く思い出せよ、俺の馬鹿野郎ッ」
装備は辛うじて整える事が出来そうだが、身体を鍛えなおす時間は恐らくない……1ヶ月とは言わない、1週間、いや3日でもいいから時間が欲しかった。葛葉流の剣術を覚えていても、身体はその動きについて来れない身体を剣術に馴染ませる時間が欲しかった。
「下がって下がってッ! 井之頭公園の方は立ち入り禁止だッ!!」
「下がれと言っているだろうッ!!」
アーケード街を出ると警官が規制線を張り、野次馬を遠ざけるように声を張り上げていた。井之頭公園に視線を向ければMAGの光が蛍のように遠目でも浮かんでいるのが見え俺は絶望した。
「……くそ、ルイさん嘘ついたな、時間なんてねぇじゃないかよ」
もう悪魔は東京に、吉祥寺に現れている事を悟り俺は拳を握り締め、警察に呼び止められる前にサバイバルショップで買った防具の入った袋を抱えてバイクの元へと走るのだった……。
3周目の世界 3人の救世主 その3へ続く
真女神転生1をイベントごとにやると話数が増えてしまうので、次回はヒーロー、カオスヒーロー、ロウヒーローと言った感じで要所の重要なイベントをヒーロー達の視点で書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。