3周目の世界 3人の救世主 その3
当たり前だと思っていた日常が崩壊した日の事は今でも覚えている――ただ1人の肉親である母親の死、ICBMの落下によって崩壊し悪魔が闊歩する東京、30年と言う月日の流れ――受け入れがたい残酷な現実が幾重にも私達を襲った。人間同士でも奪い合い、騙しあい、殺し合い、人間を玩具の様に殺す悪魔の群れ――東京、いや日本に安全な場所は存在しなかった。それでも私達が生きていられたのは、悪魔と戦う術を身につける事が出来たのは……長にいのお蔭だった。長にいは私を、武を、俊樹を護り、導き、悪魔と戦う術を教えてくれた……長にいがいなければ私達はきっととうの昔に死んでいた筈だ。だけど長にいがいれば大丈夫だと、長にいは絶対に死なないと私は心のどこかで信じていた。
「……馬鹿が……逃げろって言っただろうが……」
私達の目の前で長にいの左腕が肩から千切れ、吹き出た鮮血が私達を紅く染め上げた。
「ふむ。自分よりも弱い相手を守るか……愚かだな、長久。あの者達を見捨てれば私に勝てた物を……」
闘牛士のような服を纏った骸骨が紅い布――カポーテを振るい、地面に落ちていた長にいの左腕を風の刃でズタズタに引き裂いた。
「お、お前ッ! お前ぇッ!!!」
腕があれば魔法で治せた……腕が失われてはもう長にいの腕は元に戻らない。怒りの余りマタドールに向かっていこうとするが、長にいの背中に私は動きを止めさせられた。
「こいつらは俺の希望なんだよ……腐れ骸骨……てめえなんかに殺させやしねぇッ!!!」
「希望……希望か、人間はそんな愚かな物に何故縋るのか分からんよ。心踊る良き戦いであったが、興醒めだ。お前の希望とやらと共に死ねッ!!」
マタドールの手にしたサーベルが煌き、私達の目には見えない神速の斬撃が幾重にも放たれる。
「言っただろうがああッ!! こいつらは俺の希望だってよぉッ!!!」
だがその刃は私達の盾になった長にいがその身体で受けていた。私達の目の前で長にいの身体が切り裂かれ、右足が千切れ飛び、左足が膝から吹き飛んだ。そして腹を裂かれ、鮮血と共に臓器が飛び出した。
「あ……あああ……やだ……やだよ……」
誰がどう見ても致命傷だった。武も俊樹も思わず目を逸らすほどの凄惨な姿が私の目の前に広がった……だが長にいの闘志は衰える所かますます強大になっていた。
「魔を祓え……赤刀……葛葉ぁッ!!!!」
長にいが文字通り命を賭けて振るった必殺剣はマタドールの右半身を見事打ち砕いた……だがマタドールは健在だった、私達を庇ったせいで長にいはボロボロでほんの僅かだけ狙いが逸れ、反撃のマタドールの一閃で腹を裂かれた長にいが地面へと叩きつけられた。
「見事……長久、お前の魂の一撃しかとこの身で受けた」
「がは……クソが……ッ」
背骨で辛うじて下半身が繋がっているだけの長にいはもう動く事が出来ないでいる。助けないといけない、飛び出して長にいを護らないといけないと分かっているのに恐怖で足がすくんで動けない。
「お前の希望とやらに別れを告げるがいい、久しぶりに良き闘争であったよ、これは戦利品としていただいて行くことにしよう」
マタドールは長にいの刀と鞘を拾い上げ、戦利品としていただいていくと告げ私達に背を向けて歩き去っていく、隙だらけの背中なのに攻撃をすれば死ぬと本能で悟って私達はその場から一歩も動けなかった。
「な、長にいッ! 長にいッ!!」
「長久さんッ!」
どれほどそうしていたか分からない。マタドールの気配が完全に無くなった所で私達は倒れ伏せたままの長にいに駆け寄って、服を紅く染めながら長にいの身体を抱き起こした。大きかった長にいの身体はマタドールに切り裂かれ、信じられないほどに小さくなっていた。
「……げほッ!! はぁ……はぁ……悪……いな……お、俺は……ここま……でだ」
「や、やだ……死んじゃやだッ!!! 俊樹ッ! 武ッ!! 何とか、何とかならないのッ!」
魔法を使える3人に縋るように視線を向けるが、2人は痛ましい表情で私から目を逸らした。分かっている、私も分かっているんだ。もう手遅れだって、長にいにできる事は何もないって分かっているんだ。
「……ふうー……ッ! ふうーッ!! た、武……力の意味を……間違えるな……悪……魔の力に……呑まれるな……お前は……本当の強さを……知ってる……筈だ……ッ」
「あ、ああ……分かってる。分かってる……ッ! 俺は道を間違えたりしねぇ……」
小澤を倒す為に悪魔と融合した武は1度私達から離れてたけど、長にいとの一騎打ちで負けてまた戻って来てくれた。
「……俊樹……」
「は、はいッ!」
「お前は……優しい……だが優しい……だけじゃ駄目だ……何が本当に正しいのか……何が間違っているのか……自分で……考えて……正しい事をしろ……命じられるん……じゃない。自分の意志で……道を決めろ」
法と正義の街渋谷で自身の両親が行なっていた悪逆を見た俊樹は正義の本当の意味を考え、何が正しく何が間違っているのかを考え、大悪魔の力を借りて渋谷を支配していた両親を相手に、天使の力を借りて私達と共に戦ってくれた。優しいだけではなく、本当の正義を俊樹は成してくれた。
「翔子……ごめん……な。俺……は……もう駄目だ……」
「やだ……いやだよお……」
「ごめんな……最後まで……一緒にいて……やりたかったけど……後は……武や……俊樹……葵がいる……4人で協力して……げほっ! ごほッ! ああ……くそ……も、もう……時間……切れ……かよ」
長にいの身体を覆っていたMAGの光が弱まり、傷口から再び血が流れ落ち始める。咄嗟に手で傷を押さえるが焼け石に水で指の隙間からドンドン血が流れ落ちていく……。
「ごめん……な……翔子……おばさん……助けられなく……て……おばさん……助けた……かったよ……俺も……」
「あ、ああ……」
その言葉を最後に長にいの手が鮮血の中に沈んだ。お母さんを守りながら木刀でアマノサクガミと戦っていた長にいだったが、力及ばず、自身も怪我をし、お母さんもアマノサクガミに殺された。目を覚ました長にいに私は感情に身を任せてどうしてお母さんを助けてくれなかったのかと詰った……詰ってしまった。
「ああ……ああ……っ!! ああああああああああ――ッ!!!!!」
目の前で死んだお母さんを見て錯乱し長にいを責めてしまった。長にいはしょうがないと笑って許してくれたけど、ずっとその時の事を気にしていたのだと気付き、ずっと守っていてくれた人を傷つけていたと理解した私の絶叫が廃墟の中へ木霊するのだった……。
井之頭公園で奇妙な老人に出会い、変な夢を見たと思ったら警察に捕まって病院に叩き込まれた。しかも病院では無敵の兵士を作る為に改造手術をするとか言う頭のおかしい医者しかいないし、しかも病院には悪魔とゾンビが闊歩していたし、院長は堕天使オリアスとか言う悪魔だったし……。自分でも何を言ってるのか分からないけど、これが私に起きた此処数時間の出来事だった。
「ああ。やっと外に出れたぁ……助けてくれてありがとうね。俊樹」
「いえいえ、翔子さんがいたから僕も脱出できました。ありがとうございます」
紅いジャケットを羽織っている青年――俊樹が柔らかく私に微笑みかけてくる。私の同級生の1人でプロのバイオリニストで、私の幼馴染の葵の彼氏でもあり……そして私が夢で見た十字架に張り付けられていた少年でもあった。不思議な事に私が見た夢を俊樹も見ており、私に助けられる夢を見たと言っていた。
(予知夢……ううん、そんな筈無いよね)
「葵を探しに行く前にアーケード街に寄っても良い? 流石に何の備えも無いのは危険すぎると思うんだ」
遠目だが悪魔の姿がちらほらとある。信じたくないが、病院だけではなく東京全体に悪魔が出現しているようだ。病院では私に悪魔召喚プログラムをくれたSTEVENさんが魔法で怪我を癒してくれたけど……外を出歩くのならば薬局とかサバイバルショップで道具を揃えた方がいいと思うのだ。
「そうですね。僕もそう思います、急ぎましょう。もしかすると何も買えなくなってしまうかもしれません」
悪魔やゾンビの姿は街中にもあり、街は大騒ぎになっている。私のようにSTEVENさんから悪魔召喚プログラムを手にした人や、腕っ節に自信のある人なら自衛の為にサバイバルショップに行っているかもしれないと思い、私と俊樹は悪魔と戦った事で疲労を感じながらもアーケード街に向かって走り出した。
「これくらいしか残ってないけど良いかな?」
「いいですよ、それ貰います」
「まいど、ちょっと型が古いから少し値引きしておくよ
俊樹の言った通りサバイバルショップに売っていたポケットの一杯あるジャケットや安全靴、それにヘルメットなどは殆ど完売で、店主のおじさんが申し訳無さそうに差し出してきたベストとフィンガーグローブを買って店を出て、すぐに薬局に足を向けたが私も俊樹も足を止めた。
「薬局は駄目そうですね」
「そうだね……」
薬局のシャッターは下りており、張り紙に商品売り切れのため営業終了と赤字で書かれていてがっくりと肩を落とした。一応病院で包帯や傷テープ、消毒液等は回収して来て背中の鞄に詰め込んであるけど心もとない量しかない。
「ピクシー。ディアは使える?」
『使えるよー? 召喚してくれたら使ってあげるけど、どうする?』
「ううん、使えるかどうか確認しただけ、困ったら呼ぶね」
『OK-任せてよッ!』
病院で仲魔にした妖精ピクシーの明るい声に思わず笑みを浮かべるが、アーケード街に響いた怒号に私と俊樹の顔が険しくなった。
「警察に見つかったら流石にやばいよね」
「ですが、しょうがありませんよ、この場合はね」
ベストの内側からナイフを取り出して構える。街の中に悪魔がいたようにアーケード街にも悪魔がいるかもしれないと警戒しながら怒号の元へと向かう。
「この野郎、調子くれてんじゃねえぞッ! おい、お前らもっと痛めつけてやれッ!!」
「「「へいッ!!」」」
怒号の先に悪魔はいなかったが、1人を相手に3人掛かりで暴力を振るってる不良達がいた。
「なんて酷いことを……卑怯な事は許せません。おい、止めろッ!!」
俊樹が不良達に向かって怒鳴りつけると迷彩柄のコートを来た少年を痛めつけていた不良達は振り返り、完全装備の私と俊樹を見て顔色を変えて後ずさる。
「ちっ……邪魔が入ったか。良いかッ! 2度とふざけた真似すんじゃねえぞッ!! おい、行くぞッ!!」
いかにも不良と言う感じの捨て台詞を吐いて走り去る4人組を無視して私と俊樹はリンチされていた少年に駆け寄った。
「……お、お前らみたいな……ゲス野郎には……負けない……絶対に負けないぞ……」
あれだけボコボコにされたのに少年の闘志は全く折れていなかった。手負いの獣と言う言葉があるが、目の前の少年は正しく手負いの獣そのものだった。
「僕が話しかけます。翔子さんは離れていてください」
下手に近づけば危害が加えられると思ったのか俊樹は私に下がっているように言って少年へ歩みを向けようとした次の瞬間。地に伏せていた少年が凄まじい勢いで起き上がった。
「お、おいっ! 今なんて……言った! 翔子って言ったな? お前が翔子か……となると……お前は俊樹だな?」
「……武?」
夢の中で悪魔に虐げられていた少年の名前を唐突に思い出した。
「そうだ。俺が武だ……やっぱりあれは只の夢じゃなかったのか……」
「こんな事が……あると言うんですか……」
3人とも同じ夢を見ていて、そして名前を知っていた。俊樹は同級生だけど、武は違う学校の生徒で知る筈もないのに……まるで何年も一緒にいたような奇妙な安心感があった。
「助けてもらったらしいな……ありがとよ。ああ……くそッ! 俺にもっと力があれば……俺1人じゃあんな奴らにさえ勝てないッ!!」
「無理をしないでください、大丈夫ですか?」
叫び声を上げたせいでふらついた武を俊樹が支えようとするが、武は腕を振ってそれを拒んだ。
「小澤一味に勝てないのにこんな様じゃ悪魔に勝てるわけがねぇッ! 頼む俺も仲間に入れてくれッ!! 言っとくがお前らが嫌だと言っても俺は着いて行くからなッ!!」
どうします? と視線で尋ねてくる俊樹だが、悪魔が闊歩する中で味方は1人でも多い方が良い筈だ。
「これからよろしく」
「おう、よろしくな。それでこれからどうするのか決まってるのか?」
「うん、私と俊樹の幼馴染の葵が家に帰ってないか尋ねに行って、私はお母さんが心配だから私の家に行こうと思うんだ」
私の都合で悪いけどと付け加えると俊樹も武も気にするなと言って笑ってくれて、私達はアーケード街を出て家へ向かって歩き出したんだけど……私の家の方向から凄まじい音が響いて来て、私は俊樹と武を置き去りにして家へと走り出した。家の前で私が見たのは信じられない光景だった……。
「ケケケケ、随分と頑張るじゃねえか。ええ? 人間の癖によ」
「ヒホホー」
「きゃっきゃッ! この人間凄いねぇ~」
「はぁ……はぁ……くそッ」
「な、長久君。わ、私はいいから逃げてッ」
「おばさんを置いて逃げれる訳が無いだろッ!!」
血塗れの長にいがお母さんを背中に庇いながら光る木刀1本で3体もの悪魔と戦っている姿だった。
「お母さんッ!!」
「翔子ッ!」
悪魔に襲われているお母さんを見て思わずその名を叫び、お母さんも私に気付いて立ち上がった。
「ジャックフロストッ! やれッ!!」
「ヒーホーッ!!」
その隙を悪魔――アマノサクガミが見逃すわけが無く、隣にいた雪だるまの姿をした悪魔……ジャックフロストに命令を下した。
「駄目だッ!! くそッ!! がはッ!?」
「あ……ああ……しょう……こ……」
「あ、ああ……い、いやあああああああ――ッ!!!」
長にいの警告が聞こえたが、それは余りにも遅すぎて悪魔の放った氷の散弾――マハ・ブフーラからお母さんを庇った長にいの身体を貫いて、私の目の前でお母さんの身体が氷柱の散弾に貫かれ全身が凍り付いて目の前で砕け散る光景に私は悲鳴を上げた。
「くそッ!! 俊樹ッ! お前はあの雪だるまをやれッ! 俺はあの鬼をやるッ!!」
「分かりましたッ!」
追いついてきた俊樹と武が魔法と病院で手に入れた銃で攻撃してくれた事……いや、長にいがどれだけ戦っていたのか定かでは無いが、長にいとの戦いで悪魔もダメージが蓄積していたのか2人の加勢で長にいはアマノサクガミを倒していた。
「翔子……悪い。おばさんを守れなかった……」
お母さんだった氷の残骸の前にへたり込んでいる私に長にいが傷口を手で押さえながら声を掛けてきた。
「どうして……どうしてお母さんを守ってくれなかったのッ!! どうして……どうして……お母さん……」
私が声を掛けなければ、お母さんが立ち上がらなければ長にいはお母さんを守りきってくれただろう。私の言葉はお門違いの上に八つ当たりに等しい言葉で……悲しそうな顔をした長にいの顔を見て私は我に帰った。
「あ……ち、違う……ご、ごめん……長にい、わ、私そんなつもりじゃ……」
「ごめん……しょう……子」
音を立てて倒れた長にいの身体から夥しい血が流れてくるのを見て、私は慌てて傷口を押さえようと長にいの身体を起こして絶句した。右腕や脇腹が氷の散弾で抉られて、酷い凍傷の跡があり、長にいの顔色も死人のように青白かった。
「どけッ! このままだと死ぬぞッ! 俊樹手伝えッ!!」
「近くに葵のお父さんがやっている病院がありますッ! 翔子さん! 先に行って伝えて来てくださいッ!」
「あ、わ、分かったッ!! 長にいをお願いッ!!」
武と俊樹に長にいを任せ、私は葵のお父さんがやっている病院に向かって走り出した。
「おじさんッ!!」
「しょ、翔子ちゃん? どうしたんだ。そんな血相を変えて……」
「長にいが、長にいが死に掛けてるのッ! 今連れて来るからッ!! おじさん……長にいを助けて……ッ」
「長久君がかッ!? 分かった。私に任せてくれ、翔子ちゃん。小さいが手術室もある、長久君は必ず助ける」
長い付き合いのおじさんは私の顔を見て悪戯などではなく、本当に長にいが不味い状態だと理解して任せてくれと胸を叩いて笑ってくれた。その力強い笑みに安堵し、私は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「医者、医者はどこだッ!!」
「急患ですッ! 早く手当てをッ!!」
武と俊樹が長にいを運び込んで来て、その容態を見たおじさんがその顔色を変えた。
「酷い怪我だ……そこの君ッ! こっちだッ! こっちへ運んでくれッ!!」
手術室に長にいを運んでくれと言うおじさんに頷き、手術室に長にいを運んでいく俊樹と武の後を追って私も震える足で手術室の前へと向かい、紅く光る手術中のランプと、血塗れの服のまま心配そうな表情で手術室を見つめている武と俊樹を見て、詰っておいて、酷い言葉を投げかけておいて何様だと思いながらも手を組んで神様に長にいを助けてくださいと祈るのだった……。
3周目の世界 3人の救世主 その4へ続く
ハードモードなのでアマノサクガミ戦はピクシーとジャックフロストがお供で追加されてました。長久は善戦しましたが、翔子の母親を庇っていたので攻め込めず劣勢にと言う流れですね。ちょっと駆け足でつめこみ気味でしたが、メガテン1のイベントなのでこんな風にしてみました。次回は道満、五島との話まで話を進めて意向と思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。