3周目の世界 3人の救世主 その6
目の前で小澤の顔色が見る見る間に変わっていく光景を見るのが痛快だった。鬼神タケミナカタは確かに強かった……1度は敗北し長久に助けられなければ死んでいたのだからその強さは身を持って知っている――だがそれでも俺の敵では無かった。
「何をしているのですかッ! タケミナカタ様ッ! 早くその不埒物を処罰してくださいッ!!!」
小澤の指示とも言えない懇願とも取れる言葉が発せられる度にタケミナカタの顔が大きく歪んだ。その姿を見て長久は準備をすれば確実に勝てると言っていた意味を理解した。
(小澤は馬鹿だな)
小澤の言葉がタケミナカタを縛っている――前は人間だったから純粋な力に押し負けた。だが悪魔と合体し悪魔の力を得た俺ならばッ!!!
「敵じゃねぇぜッ!!!」
タケミナカタの剣を弾いてがら空きの胴体に蹴りを叩き込んで吹き飛ばすと同時に地面を蹴る。それだけで俺の身体は弾丸の高速で動き蹴り飛ばしたタケミナカタへと追いついた。
「あばよ」
剣を振り上げタケミナカタの首に向かって振るう。驚くほどあっさりとタケミナカタの首は宙を舞い、崩れ落ちるその身体から溢れたMAGを吸収し、己の力と変えた所で俺はゆっくりと振り返った。
「な……なんて事だ。武御名方を倒すとは……悪かったッ! い……命だけは助けてくれッ! 金でも女でも好きな物をやるッ! だから殺さないでくれッ!!」
無様でみっともなく殺さないでくれ、命だけは奪わないでくれと土下座で懇願する小澤を俺は冷めた目で見つめ、無言で刀を振り上げた。
(憎い、ニクイ、にくい……ッ)
小澤が憎くて憎くてしょうがない……リンチされたからじゃない、もっと前に小澤は俺から大事な者を奪った。きっとこいつはその事を覚えてもいないだろうが……俺は忘れていない。
(親父……)
男で1つで俺を育ててくれた親父――昔は最高に尊敬していたし、憧れていた。だがいまや呑んだくれて暴力を振るい俺に罵詈雑言を吐くかつて抱いた尊敬も憧れも失望と落胆と変わった……酒を買う金も飯を食う金も無くひもじい思いで眠ろうとしたある日に俺は親父の寝言を聞いた。
『小澤話が違う、金を……金を返せ……小澤……小澤』
金を返せ、話が違うと繰り返し呟き魘されている親父を見て、親父は落ちぶれた原因は小澤と言う男にあると俺は知ったんだ。全部が全部小澤が悪いなんて思っていない、親父が落ちぶれたのは仮に小澤に騙されたとしても弱かったからだ。強ければ、力があれば……這い上がる事も出来たのにそれをしなかったのは親父の弱さからだ
「なんでもしてくれるんだよな?」
「あ、ああッ! 私に出来る事ならなんでもする」
「そうか、なら死ねッ!」
俺の言葉に顔を上げた小澤目掛けて刀を振るおうとしたその瞬間――銃声が響き俺は振り返って銃弾を切り払った。
「何のつもりだ。長久」
階段を駆け上がってきたのか少し息が乱れている長久とその後の翔子と俊樹を睨みつけながら、這い蹲って逃げようとした小澤の背中を踏みつける。潰れた蛙ような呻き声を上げる小澤の苦しそうな声を聞いてほんの少しだけ溜飲が下がるのを感じたがそれはほんの少しの間だった。
「そいつを殺されると困るんだよ、武」
その言葉に俺は落胆した。結局こいつもそうなのかと金の力の前に屈服するのかと失望と怒りが込み上げてくる。
「お前を悪魔にする訳には行かないんでな、悪いが止めさせて貰うぜ武ッ!!」
地面を蹴り突っ込んで来た長久が振るった木刀を刀で受け止めるが、小澤を逃がさないように踏みつけていた俺は姿勢が悪く長久の突撃を止めきれず弾き飛ばされた。
「舐めてんのかぁッ! 刀を抜けよッ!!! 長久ぁッ!!!」
小澤も憎いが刀ではなく木刀で殴りかかってきた長久への怒りが俺の中で爆発した。まだ自分が上で俺が下だと思っているのかと烈火の様な怒りが込み上げてくる。
「悔しかったら抜かせてみな、今のお前に刀は使うまでもないんだよ。武」
「ふっざけんなあああああああッ!!! いつまで俺を馬鹿にしてやがるッ!!!!」
確かに長久は強い、それは認める。認めるが、悪魔と合体した俺が負けるわけが無い。いつまでも俺を馬鹿にしている長久への怒りが小澤への恨みを上回り俺は怒りのまま長久へと切りかかろうとし……自分の動きが鈍いのに気付いた。
「何を……したぁッ!!!」
タケミナカタを屠った渾身の一撃だったそれは見る影もない鈍い一撃で長久はそれを悠々と避け木刀を振り上げた。
「なんでもかんでも教えて貰おうとするなよ。少しは自分で考えろッ!!!」
「ごぼおッ!?」
横薙ぎの一撃が腹に叩き込まれ俺の意思に反して呻き声が発せられた。タケミナカタの一撃よりも遥かに重く強烈な一撃に弾き飛ばされ、ビルの床を転がりながら体勢を立て直し片手を長久に向ける。
「舐めんなッ!!!」
悪魔の身体になった事で前よりも強力になった炎の魔法――アギラオの業火が長久に直撃し、長久の身体が炎の中に消える。
「長にいッ!」
「長久さんッ!」
翔子と俊樹の悲鳴に一瞬だけ罪悪感が芽生えたが、それは一瞬の事だった。俺を馬鹿にした長久が悪い、俺は悪くない。いつまでも俺を下に見ている長久が悪いんだと自己弁護の言葉が脳裏に幾つも浮かんだ。
「魔を祓え……ッ!!」
「なにいッ!?」
自己弁護の言葉は炎を突き破り、服を焦がしながら飛び出してきた長久の姿に消えた。
「うおおおッ!!!」
「があッ!?」
MAGの光が宿った長久の上段からの振り下ろしが肩を捉え俺は呻き声と共にビルの床に叩き付けられた。
「うおッ!?」
「舐めんなって言ったよなあッ!!!」
だがその程度では俺は止まらない、目の前の長久の足首を掴んで引き摺り倒しその顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐうっ!!」
「もうい「おらあッ!!!」がっ!?」
長久の上に馬乗りになり拳を振りかぶった所で勢いよく上半身を起した長久の頭突きが俺の顔面を捉え、鼻血を噴出して俺は大きく仰け反り、そこに長久の掌底が叩き込まれ背中からビルの床に叩きつけられる。
「ぐ……うおッ!? くそがッ!!!」
立ち上がろうとした所に安全靴の爪先が喉に向かっているのに気付き、腕の力だけで横っ飛びし、ビルの壁を蹴って長久の前に着地する。
「ぺっ……!!」
口の中に溜まった血を吐き出して右手に刀を握り、左手はいつでも魔法を放てるように構える。
「俺は強くなったッ! 小澤よりもタケミナカタよりもッ! 長久ッ! お前よりも俺は強いッ!!」
悪魔の身体の再生能力、そして身体能力の高さは人間である長久よりもずっと上だ。俺が負けるわけが無い、悪魔の力を手にした俺が負けるわけが無いと叫び俺は長久に向かって魔法を放つと同時に刀の柄を両手で握り締め長久へと走り出した。
「馬鹿がッ!!」
それは小さな呟きで、アギラオの燃える音で掻き消されても可笑しくないほどの小さな呟きだった。だが悪魔の聴力を得た俺にはその呟きがはっきりと聞こえた。
「馬鹿、馬鹿だとッ!! 俺のどこが馬鹿だと言うんだッ! 俺は強くなった、誰よりもだッ!!」
悪魔の身体とそれに伴う身体能力の向上と魔法の強化――1度は3人で挑み破れたタケミナカタにだって1人で勝てた。そんな俺のどこが馬鹿なんだと怒りを込めた怒声を長久に向かって叫んだ。
「力の意味も知らないからお前は馬鹿なんだッ! 今のお前よりも、人間だったお前の方がよっぽど強かったッ!!」
炎を切り払い突っ込んで来た長久の右拳が顔面を捉えるが、反撃の蹴りが長久の脇を捉え骨を砕く手応えが伝わってくる。
「「ッ!! まだまだあッ!!!」」
互いに痛みに顔を歪め動きを止めたのは一瞬で、すぐに俺も長久も体勢を立て直し互いの獲物を振るう。目まぐるしく立ち位置が変り、守りと攻めが激しく入れ代わる戦いに翔子と俊樹が乱入してくる余地などあるわけが無く、俺と長久のタイマンでの戦いは時間が経つに連れて激しさを増していくのだった……。
連続で振るわれる刀を木刀で受け止め、あるいは受け流し武の攻撃の勢いを削ごうとし……舌打ちと共に俺は地面を蹴って武と間合いを離した。
「逃げんなよッ! 長久ぁッ!!!」
怒りの咆哮と共に放たれたアギラオ……木刀で切り払おうとしてその業火の密度と熱量がアギラオを優に越え、アギダインクラスになっている事に気付き、舌打ちと共に腰に挿した錬気刀を抜いて切り払った。
「よお、やっと抜いたなあッ!!!」
正直に言えば錬気刀を抜くつもりは無かった。武を殺したくないとかそういう甘い考えではなく、まだこの錬気刀は素体であり耐久力も切れ味も決して高いものではないからだ。稀少な錬気刀を失いたくは無かったが……そうも言ってられなくなった。
「はッ! はぁッ!!!」
「こ、のおおッ!!!」
武の鋭い斬撃は今やもう弾くので手一杯になりつつあった……殺す為ではなく止めるための戦いで防戦になるのは仕方ないが、それを差し引いても武は強かった。
(どれだけ相性が良かったんだッ! くそがッ!)
悪魔使いが召喚する悪魔には相性がある――MAGの相性によって悪魔の能力は大きく変化する。俺と相性のいい悪魔がゾロアスター神話の悪魔に限られ豊潤なMAGがあっても悪魔を召喚できない様に……悪魔使いと悪魔の相性はその能力に大きく左右される。
「はッ! ははははははははッ! 最高の気分だッ!! 長久ッ!! お前遅くなってるなッ! 疲れて来てんのかあッ!!!」
武が合体した悪魔は武と相性がかなり良かったのだろう。この短い時間でその戦闘能力を大きく上昇させているのが相性の良さの証拠だ。
「お前相手に本気を出すまでも無いだろッ!」
「はッ! 見栄もそこまで張れれば立派だなッ! ならお前が本気を出せるようにしてやるよッ!!」
鋭い気合と共に振るわれた刃をのけぞる様に避け、懐から出したグロッグの引き金を引いた。銃弾一発ならと悪魔の身体の頑丈さを利用し突っ込んで来ようとした武だったが、ビルの床を削りながら無理やり動きを止めて刀を振るった。
「ちっ! 訳のわからねぇことをしやがってッ!!」
銃声は1発、そして引き金を引いたのも1回――だが武が切り払った銃弾は4発であり、切り払い損ねた1発が右肩を貫いていた。
(葛葉流単砲術も駄目か……)
葛葉流の武術を全て駆使しても武の方が分がある。殺そうとしている武と止めようとしている俺では武が圧倒的に有利だが何とかまだ均衡状態を保てている。
『……ザ……ろ……い』
「ああ、分かってる」
「何が分かってるんだ?」
ノイズ交じりの声がする――遠くて声も不鮮明で何を言っているのか判らないが俺を案じてくれているのがよく分かる。
「与えられた力を自分の物だと思ってる馬鹿を止める方法とかだな」
俺の挑発に武の眉が動き、凄まじい怒気が武から溢れ出した。それは悪魔の感情ではない、武本人の感情の発露だ。
(まだ、何とかなる)
悪魔の意志よりも武の意志が強くなればなるほどに俺の目には悪魔と武のMAGが剥離して見える。今はまだ悪魔が武の意志を飲み込もうとしているが武の意志がそれを振り払おうとしているのがハッキリと見えている。最初は取り込まれかけていた魂が活性化してきている……あともう1押し、問題があるとすれば……。
(俺に防げるかどうかだ)
武への挑発を続け、その意志を活性化させると言う考えは間違いではない。事実感情が高ぶればMAGの純度と密度は増す事になる。MAGと感情には強い繋がりがあるからだ。全力を出させMAGを枯渇寸前に追い込めば武を支配しようとしている悪魔を退ける事が出来るが……その為には武がこれから放つであろう最大の一撃を何とかして避けるか防ぐ必要がある。恐ろしい速度で力を高めている武の攻撃を防げるかどうか……それが俺の唯一の不安だった。
「俺の力が与えられたものだと?」
本来ならば感情が高ぶりMAGの密度が上がれば悪魔の思う壺だが武の場合は事情が違う。強くなること、力を得る事に貪欲な武は俺の言葉に過剰に反応しそして悪魔の支配を振り払い、自分が逆に支配しようとしているのを見てここが勝負所だと俺は判断した。
「そうだ、悪魔と合体して悪魔の力を手にした。それのどこがお前の力だ? 借り物の力だ。小澤と一緒だな」
「俺を小澤に一緒にするなッ!!」
小澤と一緒と言う言葉に武は激昂し、悪魔の支配を完全に振り切った。刀に赤黒い光が宿り、それを大上段に構える。
「俺は俺だッ!! これは俺の力だッ!! 与えられた力でも、借り物でもないッ! 俺の力だああッ!!!」
大上段に刀を構えビルの壁と床を焼きながら迫ってくる武に対して俺は力を抜いて脱力して構えた。チャンスは一瞬、それも瞬きほどの一瞬しかなく……少しでもタイミングがずれれば両断されて俺は死ぬだろう……だが不思議と俺に恐怖は無かった。不思議と分かったのだ、ここはまだ俺の死ぬべき所ではないと……ならば俺はまだ足掻かなければならないのだ。
(例え俺の進む道が行き止まりだったとしても……な)
俺の道は既に途切れている――死ぬことが決まっているのに何を恐れる事があると開き直る事が出来たのが大きかった。
「うおおおおおおッ!!」
覚悟を決めた俺は怒りの咆哮と共に振るわれた横薙ぎに自ら飛び込んだ。MAGを全身に纏って地面を蹴って加速――MAGが全身を覆っているその一瞬だけ俺と言う存在はこの世界から消え失せる――葛葉流の前回り受身とは一瞬だけこの世から消え失せる奥義と同意義だった。
「ッ!?」
「魔を祓え……ッ!! 目を覚ませこの大馬鹿野郎ッ!!!」
「がああッ!?」
手応えが無く困惑した素振りを見せた隙だらけの武に向かって渾身の力とMAGを込めた正拳を叩き込み、武を乗っ取ろうとした悪魔を武の身体から弾き出し返す刀で両断した。
【グッギャアアアアアアアッ!?】
恐ろしい悪魔の断末魔が響き渡ると糸の切れた人形のように武は崩れ落ち、俺も疲労からその場にへたり込んだ。
「長にい! 長にい大丈夫ッ!?」
「おう……なんとかな……それよりビルを出よう」
「少し休んだほうが良いのではないでしょうか?」
ビルを出ようと言った俺を気遣って俊樹が少し休んだほうが良いと言うが生憎そんな時間は無かった――亀裂の走る嫌な音がし、翔子と俊樹が顔を見合わせた。
「今ピシって言わなかった」
「言いましたね……まさかッ!?」
ビルの壁と天井に亀裂が走り、細かい瓦礫が既に落ち始めているのを見て、俺は足を殴りつけて無理矢理立ち上がった。
「こんだけ暴れてビルが持つわきゃねえだろッ! 逃げるぞッ!!」
「に、逃げなきゃああッ!!!」
「う、うわあああッ! し、死にたくないいいッ!!!」
「「「やかましいッ!!!」」」
俺と武、そしてもっと言えばタケミナカタが暴れたことでビルは既に限界であり、俺と俊樹で気絶している武を両脇から持ち上げ、翔子は悪魔に死にたくないと叫んでいる小澤を拘束させ俺達は崩れ始めている階段を慌てて駆け下り、ビルから脱出する為に全力で走り続けるのだった……。
「結局僕達のやった事はなんだったんですか?」
新宿の私設警察が陣取っていた崩壊した東京の中でも比較的綺麗なホテルの一室でこれまた稀少な澄んだ水の入った水差しを見つめながら長久さんに僕はそう問いかけた。
「結局五島も目を付けてたって事だろうな、まぁ疲弊してたから小澤を取り戻そうとする私設警察を戦わなくて済んだって事で良くないか?」
「私卑怯だと思うよ。長にい」
僕達が小澤と戦っている間に五島陸佐の部下が新宿を制圧していた。戻って来たら自衛隊が何人もいて、小澤の引渡しを求めて来て長久さんが交渉に当ってくれた結果がこのホテルでの休息だったが、翔子さんの言う通り卑怯だと思う。
「戦いに卑怯もクソもないんだよ、勝てば官軍、負ければ賊軍って事だ。俺達が小澤に勝てるかどうか見てたんだろうよ」
肩を竦めて窓の外を見つめている長久さんの視線の先は私設警察を捕らえているか、あるいは炊き出しをしている自衛隊に向けられている。
「これからどうするんですか? 五島陸佐が来るんですよね?」
「俺達に出来る事は2つある。1つ、五島が来る前に新宿を出る。1つ五島と話をするだが……どっちが良い?」
どっちが良いと言われれば僕達を利用していた五島に文句の1つも言いたい気持ちもあるし、情報が欲しいという気持ちもある。
「私は嫌だ。褌の人には会いたくない」
「褌?」
「うん、褌。褌姿で刀しか持ってないんだよ、五島って……変態じゃない?」
長久さんに視線を向けると苦笑しながら頷かれ事実だと分かり、僕も苦笑いを浮かべたその時だった……僕達のいる部屋の扉が開いた。
「失礼します、武さんですがこちらに見えられていませんか?」
「いや来てないが、武がどうかしたんですか?」
「いえ、治療室から姿を消してまして……こちらに来てないかと、お休みの所失礼しました」
敬礼し引き返していく自衛隊を見送った長久さんは机の上の刀を腰から下げて、銃をホルスターに納める。
「探しに行くんだね?」
「ああ、悪魔の意志は祓ったが……不安がある。2人ともついて来てくれるか?」
「勿論です。僕も行きますよ」
「私も行くよ!」
武は僕達の仲間なのだから探しに行くのに協力するのは当然だと頷き、僕達はホテルを抜け出した。
「長にい、見つける方法ってあるの?」
「MAGで目印をつけてある」
「……それってもしかして僕達もですか?」
「逸れたり攫われたら困るだろ?」
まぁ確かにその通りなんですが……そういう事をする時は先に声を掛けて欲しいと長久さんに翔子さんと共に文句を言ってから武を追って走っていく長久さんを見失わないように走り続けた。そしてホテルを出てから30分後――武の姿を見つける事が出来たが明らかに様子がおかしかった。遠めで見てもうろたえていて逃げようとしているその姿は強気の武からは想像も出来ない弱い物だった……。
「いたッ! でもなんか様子がおかしいよ」
「悪魔に襲われているかもしれないですッ!」
武を助ける為に僕と翔子さんが走る速度を上げ疲れでスピードを落とした長久さんを追い越した。武との戦いで疲弊している長久さんを無理させるよりも、元気な僕達が何とかしようと思っての事だったが……武が見ている悪魔を見て僕も翔子さんも目を見開いて足を止めた。
「止めろ、止めてくれ……頼む……止まってくれ」
弱々しい声で止めてくれと止まってくれと懇願する武の視線の先には液体のような悪魔に身体を取り込まれた白髪頭の男性の姿があった。だが悪魔に取り込まれている男性は白目を剥いていて完全に意識が無いのは明らかで咄嗟に銃に手を伸ばしたが僕の腕は武によって止められた。
「止めろッ!」
「な、何を言ってるんですか! 相手は悪魔なんですよッ! しかもどう見ても意識が無いッ! このままでは「俺の親父なんだッ!! 止めてくれッ!!!」なっ……!?」
「う……そ……」
肉塊に成り果てている異形が自分の親だと叫んだ武に僕も翔子さんも動きを止めた。
【……し……たけ……し……まって……ろ……い、今……父ちゃんが……助……け……からな……】
ぶつぶつと悪魔が呟いている声が僕と翔子さんの耳を打った。それは子を助けようとする親の言葉だった……。
「悪魔と中途半端に融合しちまったのか……」
追いついてきた長久さんが悪魔を見て沈鬱そうな表情で呟き、武が長久さんの足元で土下座した。
「頼む! 親父を、親父を助けてくれッ! あんたならできるよなッ!! 悪魔を分離させれるんだろッ!? なぁッ!?」
「……無理だ。完全に肉体同士が融合してる……仮に分離させても……悪魔が融合してる部分が削られる……俺には助ける術が無い」
「なんとか、なんとかならないのかッ!?」
「……このままだとMAG不足であの悪魔は消滅する、そうなれば遺体も残らない……だが今なら遺体を残して苦しまずに逝かせる事が出来るがどうする?」
あの悪魔を見無かった事にして消滅するのを待つか、自分の目の前で父親が死ぬ姿を見るか……その二択しかないと言う長久さんに武は嗚咽を漏らし、僕と翔子さんはその場にへたり込んだ。
(どうして……どうしてこんな事に……)
あの人は武を助けようとして悪魔に取り込まれた――好きで悪魔になったわけではない、ただ息子を助けようとしただけなのにこの結末は余りにも報われない。
「……のむ」
掠れて消えそうな言葉で頼むと武が口にし、長久さんがコートの内側から取り出した札が悪魔へと当り光と主に悪魔の姿は消え去り……ミイラのように干乾びた遺体がその場に残された。
「親父……おや……じ……なんでだよ……あんた……おれを散々……殴った……じゃねえか……なんで俺を……助けに……来てんだよ……うう……ううう……うおわあああああああああああああ――――ッ!!!!!!!!!!!!!」
血を吐くような叫び声を上げる武の姿が余りにも痛ましく、僕の目からも涙が零れた。
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母親の位牌と埋めてやりたいという武の要望を聞き、武の家に行った僕達はそこで武の父親が残した日記を見た。そこには武への深い愛情とそして癌に犯され余命宣告をされたこと、そして武をもう守ってやれないことに対する深い悲しみが記されていた。
「癌だってよ……余命宣告をされて……俺を……見守ってやれなかったのが……辛かったって……」
小澤に金を騙し取られ、無理に仕事をした事が祟って身体を壊し癌になったのだと、武を見守れないことが苦しくて酒に逃げた事まで事細かく記されていた。泣きながら遺品を整理し、母親の位牌と共に父親の遺体を埋めた武は天を仰いでいた。
「……親父は強かった。ああ、そうだ。強いって言葉の意味を俺は履き違えていた、俺の強さは間違ってたんだ……」
震える声で自分が間違っていた事を認めた武は腕で涙を強引に拭い振り返った。その目には力強い意志の光だけではなく、確かな優しさの光も宿っていた、その目を見ればもう武が悪魔の意志に呑まれる事はないと一目で分った。
「長久、あんたの言う通りだった。俺の力は借り物の力だったみたいだ」
「本当の強さは分かったか?」
「……ああ、もう大丈夫だ。俺はもう力に呑まれない」
強い意思の込められた言葉に長久さんは笑みを浮かべて振り返り、ホテルに帰って飯にしようと笑い僕達もお腹が空きましたや、久しぶりに布団で眠れると他愛もない話をしながら新宿へ向かって歩き出すのだった……。
3周目の世界 3人の救世主 その7へ続く
心折るでしんせつ設計のメガテンです。カオスヒーローもロウヒーローも味方ルートのまま進めるので心を折って本当の強さと本当の優しさを学んでもらおうと思います。次回は五島と再会し、ロウヒーローの心を折りに行きます。では次回の更新もどうかよろしくお願いします。