1周目の世界 孤独の女神 第1話
何の音もしない静寂に満ちた小さな部屋の中には家具は何も無い、部屋と言うよりも牢屋とでも言うべき殺風景な部屋の真ん中にはベッドが1つだけ置かれ、ベッドの上では死んだように眠る青年の姿とそんな青年の頬に触れる1人の少女の姿があった。
「……もう少し、もう少しなんだ。もう少しで私はまた君と話が出来る」
ベッドサイドに座り込み、青年の頬に触れている少女は誰もが振り返るであろう美しさだったが、その瞳には狂気的とも取れる冷酷な光が宿っており美しさよりも恐ろしさを感じさせる魔性の美とも言える異様な雰囲気をしていた。
「香山先生と君だけ……いや、違うな。君だけが私の本当の理解者だった……だから私がなんとしても君を救うよ、長久」
背後から響いて来る破壊音や駆け上げって来る足音が部屋の中にまで響いて来る。それに少女……狭間幽子(はざまゆうこ)は不機嫌そうに鼻を鳴らして立ち上がる。
「狭間ッ!!」
「狭間先輩ッ!!」
扉を蹴り破り入ってきた青年と少女の声に狭間は振り返ると共に強烈な怒気を2人に向けてたたき付けた。
「ようこそ、よくここまで来た……とでも言うと思うか? 不躾によくもこの部屋に踏み込んでくれたな。許さんぞ」
魔界に沈んだ学校を、その中に閉じ込められている学友を助ける為に……今まで何度も狭間の作り出した異世界を巡り、己を殺そうとする悪魔達と戦い。元の世界へ戻ろうと強い意志で進んで来たノリオとレイコですら足を止める凄まじい殺気と怒気だった。そしてその余波で布団が舞い上がりベッドに眠っている青年の姿を見たノリオとレイコは驚きの表情を浮かべた。
「道睦!? なんで道睦がここに……まさか遺体を盗んだのは「馬鹿を言え、長久は死んでなんかいないッ!!!」ッ」
悪魔なんかとは比べ物にならない凄まじいまでの殺意と怒気にノリオは息を呑んで後ずさった。
「生きてる……長久は生きているッ! 死んでなんかいるものかッ!! こんなに……こんなに温かいのに死んでなんかいるものかッ!!」
1ヶ月ほど前に交通事故で意識不明の植物状態になった同級生――道睦長久。両親は植物状態ならば意識を取り戻すかもしれないと期待し、なんとか延命治療を病院に頼んでいた。だが脳死判定であり、限りなく意識を取り戻す可能性が0であり、そして生命維持装置を維持するにも莫大な費用が掛かると医者に諭され涙ながらに死亡を受け入れたという話はノリオ達も聞いていた。そして葬式直前にその遺体が何者かに盗まれたと長久の両親がTVで泣きながら訴えているニュースも見た。脳死ではあるが、身体は生きている。臓器売買目的にヤクザに盗まれた疑いがあると警察が調査している筈の長久の姿はノリオ達に凄まじい衝撃を与えていた。
「やはり狭間先輩……あの噂は」
「嘘に決まっているだろうッ! あんな根も葉もない噂を流して楽しんでいたリュウイチとアキコを私は許さないッ!」
明るく、社交的な長久が意識不明の植物人間状態になるほどの交通事故にあったのか。誰も目撃者がいなかった為詳しい事故の詳細も分からず、長久の前方不注意ではないかと言う話が出ていた頃――軽子坂高校である噂が流れ始めた。それは幽子が告白を断られた腹いせに長久を突き飛ばしたと言う物だった。
「私と長久は友人だった……何故私が友人を、数少ない理解者を殺さなければならない! あんな噂を流し、私を殺人者と罵った者達を憎んで何故悪いッ!!」
幽子は長久を邪険に扱っているのは軽子坂高校の生徒なら誰もが知っている。だがそれは幽子が異性との付き合い方を知らなかったからの対応であり、実際は邪険に扱う所か幽子は長久をとても大事にしていた。だが生徒達はそうは受け取らなかった――不器用な幽子の愛情表現を見ていた生徒達は噂を真の物と受け取り、幽子の悲しみも考えず殺人者と罵った。
「私は諦めない、諦めないぞ。長久を必ず目覚めさせて見せる……彼は私の大事な、大事な友人なんだ。お前達を何人犠牲にしてでも長久を目覚めさせるッ!! その為の邪魔はさせんぞッ!! ノリオッ! レイコォッ!!!!」
怒りの咆哮と共に幽子の姿は人間とは思えない姿へと変わり、ノリオとレイコがいた場所も白い病室のような場所から宇宙空間のような漆黒の空間へと瞬間移動していた。
「私の邪魔をする者は許さない、私は長久を救う。その為に得たのがこの魔神皇の力だッ!!」
完全に頭に血が上っている幽子にはもう、ノリオとレイコの言葉は届かない。
「狭間……クソ……戦うしかないのかよ」
「ノリオさん。手伝ってください、挟間先輩を止めましょう」
幽子は只長久を助けたかっただけだ。だが人間の医療技術では不可能であり、魔界に……悪魔に長久を助ける手段を求めたのだ。そして自分達に根も葉もない噂を流し、陥れた者への復讐を始めた。元は清らかな願いだったのを捻じ曲げたのは人間の悪意であり、そして長久を救うと言う一念に囚われて暴走している狭間を止める為にノリオとレイコは魔神皇ハザマとの悲しい戦いに身を投じるのだった……。
時間は幽子が魔神皇へ至る前、まだ長久が植物状態になる前まで遡る――。
「うーむむむ……わっけわかんねぇ……」
軽子坂高校の図書室で俺は持ち込んでいたPC-9801Nを前に唸り声を上げていた。車椅子の紳士から貰ったフロッピーディスクの中身は俺の予想した通りに何かのプログラムだったのだが……幾重にもロックが掛けられていてPCにインストールが出来ないでいた。
「八幡先生も分からないとなるとなあ……自分で何とかするしかないんだけどなあ……STEVENさん、性格悪すぎだぜ」
フロッピーディスクに達筆な筆記体でサインがあり、あの車椅子の紳士の名前がSTEVENと言うのは分かったが、お礼と言っておきながらロックを掛けた物を渡すのは正直どうなんだと思わざるを得なかったが、八幡先生が言うにはよほど高性能な自作プログラムで、解除できないなら使う資格がないって言われてるのかもよ? と言われれば意地でもロックを解除しようとするのが人間と言うものだろう。
「んー……」
図書室で資料を見ながらロックを解除する術を探しているのだが……中々難しく、背もたれに背中を預けて大きく伸びをする。
「別の資料を探してみるか」
もっと別のPCの参考書を見れば何か手がかりが分かるかもしれないと思い。座っていた椅子から立ち上がり、少し考えたがPC-9801Nを机の上に置いたまま早足で借りていた本を手にPCの参考書が置かれている本棚へと向かう。
「これとこれで良いか」
目に付いた参考書を手に取り、座っていた机に戻ると見覚えのないセーラー服の生徒が俺のPC-9801Nを覗き込んでいるのを見て、慌てて机に戻る。
「ん? あ、ああ。すまない、見覚えのないプログラムが……「お、解除出来てるじゃん! なぁなぁこれどうやったんだよッ!」
何個もある複雑なロックの1つが解除されただけだが、このセーラー服の少女は俺が席を立っていた数分でロックを解除して見せた。どうやったんだと尋ねるとその生徒は何とも言えない奇妙な表情を浮かべる。
「怒らないのか? 私は勝手にお前のパソコンを弄ったんだぞ?」
「あ……それもそうだな」
確かに怒るべき所だと思うのだが、自分では解除出来ないロックを短時間で解除して見せた女生徒への驚きが勝っていた。
「ふん、変な奴だな」
俺が今気付いたという表情をしているのを見て女生徒は席を立って離れようとするので、その手を思わず掴んでいた。
「なんだ、今更文句を「これさ、すげえロック掛かっているんだよ。俺1人じゃ多分全部解除出来ないんだ、手伝ってくれないか?」
この短時間で解除して見せた女生徒の力を借りれば解除出来ると思い。手伝ってくれと頼むが……女生徒は黙ったままで反応を見せない。
「御礼はするぞ。ジュース1本……あ、いや、俺今金ないから……今度になるけど、ジュースとパン、それにお菓子もつけるから手伝ってくれよ、この通りッ! 頼むッ!」
手をパンと合わせて深く頭を下げて、頼み込むと目の前の女子生徒は分かるような深い深い溜め息を吐いた。
「何故私がそんな事をしなくてはならない? ほかを当れ」
「八幡先生にも頼んだんだけど駄目だったんだよ。となるとほかに頼れる相手なんかお前くらいしかいないんだよ」
「私はお前ではない」
不機嫌そうに言う女子生徒に再びあっと呟いた。なんか俺全然駄目な事をしているなと思わず苦笑する。
「俺は道睦長久、お前は?」
「……何故名乗らねばならない?」
「え? 俺自己紹介したじゃん? それにお前じゃないって言ったんだし、名前を教えてくれよ」
自己紹介したんだからお前の名前も教えてくれよと言うと、呆れたような……と言うか完全に呆れている素振りを見せた後に口を開いた。
「狭間幽子だ」
「そうか、そうか、じゃあ幽子も手伝ってくれよ」
「だから何で私が……「お前も気になってるんだろ? 目を見れば分かるって」……」
厳重にロックが掛けられた自作プログラム。人間誰しも隠されている物を暴きたい、知りたいという願望はある筈だ。この短いやり取りで分かるが、幽子はかなり自制心が強く厳格な性格の様だ。だがそれでも俺のパソコンを弄ってロックを解除したのはそのロックを見て、隠されている物を見たいと思ったからに違いない。そうでなければ人のパソコンを勝手に操作して、ロックを解除するなんて真似はしないだろう。
「……ふん、良いだろう。乗せられてやる」
「助かる。じゃあ、そっちに座ってくれよ。2人なら案外簡単に解除出来るかもしれないし、3人寄れば文殊の知恵って言うだろ?」
「馬鹿か貴様は、私とお前で2人しかいないではないか」
「でも1人よりかは全然良いって!」
3人寄れば文殊の知恵は流石に俺も何か違うかなと思っていたが他に良いたとえを知らなかったのだからしょうがない。
「お前が私の役に立つとは思えないがな」
「そう言うなって、俺も馬鹿じゃないんだからさ」
「最初のロックで躓いているようでは期待は持てないがな」
「お前可愛いのに口悪過ぎないか?」
「やかましい、別に私はお前と仲良くしようなんて思っていない。馴れ馴れしくするな」
俺の手を振り払いながら睨む幽子だが、STEVENさんがくれたフロッピーディスクのロックを解除するのは手伝ってくれるようなので口は悪いが幽子は悪い奴ではないのだろう。俺は幽子の隣に腰掛けてモニターを覗き込むと幽子に顔を押された。
「暑苦しい、覗き込んでくるな」
「でも見えないし、これ俺のだぜ?」
「ちっ、見るのは良いが、余り近づくな。鬱陶しい」
本当に口が悪い幽子だが、不思議と悪い印象を俺は抱く事は無く、幽子も口は悪いが協力してくれる事は間違いなく、俺と幽子は2人でSTEVENさんのロックを解除する為に2人で知恵を出し合うのだった……。だがこの時は俺も、幽子もこのロックを解除した事で俺達の運命が大きく狂うことになるなんて夢にも思ってないのだった……。
1周目の世界 孤独の女神 第2話へ続く
と言う訳で魔神皇ハザマにはTSして貰いました。なんかどっかで見たことあるような感じになったけど、まぁ多分気のせいでしょう。
メガテンIFの世界は3か、4話で終わって次の世界に入っていこうと思います。