収束×集束×終息する世界   作:混沌の魔法使い

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3周目の世界 3人の救世主 その12

 

3周目の世界 3人の救世主 その12

 

五島の駐屯地を後にして六本木に向かう道中で翔子さんが駐屯地にいたときも何回も質問していた事を長久さんに問いかける。

 

「本当に本当に何も見なかったんだよね? 長にい」

 

「見てないって」

 

悪魔に心の中に潜り込まれ、長久さんが悪魔を追い出したと聞いた翔子さんは1日部屋から出てこなかった。その上で部屋からは奇妙な鳴声が響いていたが、全員がその声を聞いても聞かなかった振りをしていた。その部分に触れるのはあまりに翔子さんにとって酷な話だと分かっていたからだ。

 

(まぁ気持ちは分かりますが……)

 

同性だから分かるが、意中の相手に自分の心を覗かれたというのはやはりかなりショックが大きいのだろう。見られたくない者を見られたのではないかと気が気じゃないのも分かるが……私の中には1つ懸念があった。

 

(長久さんは何かを隠している)

 

翔子さん達は長久さんの身体がボロボロだという事を知らないので精神世界から帰ってきた長久さんの言葉を信じた。

 

『翔子の精神態を取り返したら悪魔は逃げて行った』

 

精神世界での戦いが精神力での戦いと言う事は心が折れない限り負けではないと言うのはサイコダイバーから聞いていたので、戦いでは勝敗がつかず、心を折る一手が必要だと聞かされていたので勝敗を分けるであろう翔子さんの精神態を取り返し、決め手を失って悪魔が退散したと言うのは納得出来る話ではあるが……どうにも腑に落ちない部分がある。

 

(何故あんなにも安心したという顔をしているのですか?)

 

人の精神に入り込み操る能力を持った悪魔を長久さんは退散したと言った。私達のMAGはこの東京では段違いで高く、悪魔がそのMAGを狙って再び精神に入り込む可能性が高いと言うのに長久さんにはそれを危惧する素振りが無い……私達に散々悪魔の悪辣さ、そして邪悪さを語って来た長久さんの性格を考えればそれはありえない事だと断言出来る。

 

(長久さん。貴方は翔子さんの精神世界で何を見て、何を話したんですか?)

 

正体が分からないと言いつつ高位の悪魔と断言したが、正体が分からないのならば何故高位の悪魔と断言出来たのか? そこは内包しているMAGで分かったとすれば……まぁ分からない訳では無い。

 

(彼女と長久さんは言いました。そしてもう心配はないと……何故そこまで信用したのですか?)

 

悪魔は信用するなと口を酸っぱくして行っていたのは長久さん本人だ。悪魔召喚プログラムで契約していてもいつ寝首を掻かれるか分からないと言っておいて、何故そこまで信用しているのか……考えられる事はいくつかある。1つは退散ではなく、悪魔交渉で仲魔にしただが、長久さんは悪魔使いとしての才能はかなり低く、特定の悪魔しか従えられないと本人が言っていたので可能性は低いが、1番平和的な解決だ。次に翔子さんは既に精神的に死んでいて悪魔が翔子さんを演じているだが……これはかなり可能性は低いだろう。まずそんな事になっている状況で長久さんが翔子さんを見逃す訳が無いし、長い付き合いの幼馴染らしいので悪魔に騙されるという可能性も低い。そして最後の可能性だが……これは出来れば外れていて欲しいと私は願っている事でもある。

 

(命と引き換えになんらかの誓約を課させた……?)

 

長久さんの身体はボロボロで時折死臭さえ感じさせる。もう避けられない死が迫っているから自分の命を犠牲にして翔子さんを救ったとも考えられる。

 

(……相談できれば良いんですが……先手を打たれましたか)

 

気付かない内に呪で縛られていた。葛葉の秘術の1つだと思うが、私は翔子さん達に長久さんの現状も、そして己の考えも話す事が出来なかった。長久さんはそんな事をしないと、本当に危険だと感じたら翔子達に話そうと考えていたがもっと早く動くべきだったと後悔した。

 

「それでよ、長久よ。なんで六本木に行くって言い出したんだ? きな臭い話があるんじゃ無かったのか?」

 

「まぁそれもあるが……六本木は悪魔がいない平和な町なんだとさ」

 

「……それはまたどこかで聞いた謳い文句ですね」

 

「葵は何か聞いてない?」

 

翔子さんの何か知らないかと言う問いかけで私は思考の海から引き上げられた。確かに長久さんの事は気になるが、今は六本木についての話し合いに参加するべきだと考えを切り替える。

 

「六本木は赤伯爵と黒男爵と呼ばれる2人が管理している街と聞いたことがあります」

 

「伯爵に男爵だぁ? はッ! またこのパターンかよ。どうせ、禄でもない奴らなんだろ?」

 

「いえ、確かに六本木に結界が張ってあり、悪魔が通れないと言うのは本当の話で六本木に入るには地下道を通らなければならないそうで、悪魔が出ない平和な街という話は良く聞くので統治者としては優れていると思いますよ」

 

メシアと呼ばれていた時に得た情報をメモしていた手帳を開いて、確認しながら六本木について話をする。

 

「んーどうなんだろ? 長にい、本当に平和な街なのかな?」

 

「分からん。とりあえず行って見るしかないだろう、これが真実なのか確かめる必要があるからな」

 

長久さんが取り出したのは古ぼけた革の手帳だった。

 

「あん? 誰か知り合いでも「長久さん、その手帳はッ!?」うおっ!? 急に大声を出すんじゃねえよッ!」 す、すいません! でも、まさか……それは」

 

「あ……長にい、その手帳は……」

 

長久さんが掲げた手帳を見て大声を出した俊樹さんが武さんに謝罪しつつも、その視線は手帳に向けられており、翔子さんも信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「おい、俺にも分かるように説明しろ。自分達だけで完結してるんじゃねぇ」

 

「ああ、すまない。これはな、俺達の幼馴染の葵が持ってた手帳なんだ。六本木に偵察に出ていた五島の部下が拾って来たらしい」

 

「じゃあ! 葵は」

 

「ああ。六本木にいる可能性が高い。今からそれを確かめに行こうと思う」

 

長久さんが遠くを見つめるので、吊られてそちらに視線を向けるとそこにはMAGで出来た結界があった。平和な街、悪魔がいない街六本木の姿がそこにあるのだった……。

 

 

 

 

平和な街と聞いて渋谷や新宿のような表向きの話だと身構えていたけど、平和な街六本木と言うのは嘘偽りのない事実だった。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい! 新鮮な野菜だよッ!! ここじゃなきゃ買えないよッ!!」

 

景気の良い八百屋のおじさんが客を呼ぶ声が響き、今まで見てきた街には必ずあった崩壊した店などは無く、かつての東京の街並みその物がそこにあった。

 

「うお、マジか……ゲームまで売ってやがる」

 

「本屋もありますね……」

 

「こっちには服屋も……」

 

私の知っている六本木とは少し違うが活気に満ちた30年前の東京を思い出させる街並みに思わず笑みが零れる。

 

「長にい。凄いね、本当に平和な……長にい?」

 

平和な街だと言うのに長にいの視線は鋭く、思わずもう1度その名前を呼ぶと長にいは私の方に振り返った。

 

「そうだな。平和な街だな……少しばかり自由行動をしても良いだろう、そうだな。今10時15分だから12時にこの時計塔の前に集合にしよう」

 

「話が分かるなッ! よっし!」

 

「ちょっと服とか見てこようかな……ボロボロだし、葵も一緒に行こうよ」

 

自由行動をしても良いと言われ、自分の着ているボロボロで、しかもおしゃれではない服を見下ろし、少し服を見てこようかなと思い葵を誘う。

 

「そうですね、分かりました。ご一緒します」

 

やっぱり長にいとかがいると買いにくいものもあるし、葵が一緒に来てくれるといってくれて良かったと安堵する。

 

「何を買っても良いけど、食い物だけは買うな。良いな? これは絶対に厳守しろ」

 

「あん? 食い物買っといた方が良いだろ?」

 

「駄目だ。俊樹、悪いが武についていってくれ、葵の方は俺で調べておく、良いか。絶対に食べ物は買うな、そして食うな。どれほど勧められてもだ、良いな?」

 

強い口調で絶対に駄目だと言う長にいに困惑しつつも、分かったと返事を返し私と葵、武と俊樹の2人ずつで六本木の散策を始めた。

 

「可愛い服があるなあ……どうしようかなあ、破けちゃうかな?」

 

「偶には良いと思いますよ?」

 

「そうかな! じゃあこれ買っちゃおうかなあ」

 

悪魔との戦いで破けるのが怖いが、それでもやっぱり無骨な服よりも偶にはお洒落な服を着たいっていう気持ちはある。

 

(それに葵に会った時に私だって気付いて貰える様にしないと)

 

サバイバルベストとかの服じゃなくて、依然の私のような服を着て葵に再会したいので私は店員さんを呼んで飾られている服を出して貰って代金を支払って店を出る。

 

「この崩壊した東京でも平和な場所ってあるんだね」

 

「そうですね。悪魔もいませんし、長久さんはどうしてあんなに注意したんでしょうね」

 

「買い食いとか楽しいんだけどね」

 

私と同じ様に買い物をしている人は多くて、ウィンドウショッピングを楽しんでいたり、たこ焼きを頬張って笑ってる姿を見ると私も何かを買って食べたいなという考えが頭を過ぎったが、頭を振ってその考えを頭から追い出した。

 

「どうしました?」

 

「う、ううん。なんでもないよ。それより、いこッ! こっちはちょっと誘惑が多すぎる」

 

「くす……そうですね、行きましょうか」

 

葵に笑われて恥ずかしいと思いながらレストランや出店のある通りに背を向けて歩き出した所で視界の隅を金色が過ぎった。

 

「見て見て、葵、凄く可愛い子が……あれ?」

 

「どうしました?」

 

「いや、あそこに今凄く可愛い子がいなかった?」

 

「いえ、見ませんでしたが……」

 

「え? いや、いたでしょ? 10歳くらいの女の子」

 

「いえ、見てませんよ?」

 

「いやいや居たって! 青いエプロンドレスに人形を抱えた金髪の女の子がいたよ」

 

不思議の国のアリス見たいな目立つ少女だったのに葵が気付かなかったと知り、急に背筋が冷えるのを感じた。悪魔とは違う、幽霊を見たのではないかと急に怖くなったのだ。

 

「そろそろ時間だし、長にいのところに行こうか?」

 

「そうですね、少し早いですが行きましょうか」

 

色々と見て回っていたのもあり11時30分を少し過ぎた所なので、時計塔前に向かっても少し早いがさっきの少女と、そして物を食べてはいけないという長にいの警告もありこの街にも何か裏があるのかもしれないと私は初めて六本木に警戒心を抱くのだった。

 

 

 

 

悪魔も暴徒もいない平和な街と言うのは金剛神界を出てから初めての経験だった。常に張っていた緊張の糸が僅かに緩むのを感じる。

 

「ゲームかあ……」

 

「買ってもやる場所ないですよ。武」

 

「見てるだけだよ。分かってるさ」

 

六本木に住み着くつもりはない。ICBMを落として世界をめちゃくちゃにしてくれた天使にもしっかりと仕返しするつもりなので、まだ安住の地とやらを見つけるつもりは毛頭無かった。

 

「んで、お前達の幼馴染ってどんな奴なんだ?」

 

「どうしたんです? 急に」

 

「んだよ、見つかったら声くらい掛けてやろうって思ってるだけじゃねえか、そんなに警戒する素振りを見せんなよ」

 

他人の彼女なんか興味は無いが幼馴染に会いたいという気持ちは分かるので、一緒に探してやろうって思っただけだ。

 

「冗談ですよ、冗談。肩の高さくらいのセミロングの髪に少し目付きが鋭いですかね」

 

「あいよ、まあ30年過ぎて少し婆になってても分かるだろうさ」

 

「もう少し言い方を考えてくれたら良いんですけどね」

 

「うっせ」

 

口が悪いのは前からだ、悪魔の身体を得たからと言ってもこればっかりは変わるものではない。俊樹もそれが分かっているのか本気の声色じゃないしな。悪友とのちょっとした軽口と言うのは中々良い物だと思う。

 

「しかし本当に賑やかだな」

 

「ええ、今まで見てみた街とは全然違いますね」

 

悪魔も居らず、崩壊した建物もない。30年前の東京の形をそのまま残している六本木には少し、いや大分驚かされた。活気と笑顔に満ちた街……悪魔が闊歩する地獄でこんな街があったのかと感心すると同時に、これが罠何じゃないのかと言う考えが頭を過ぎる。

 

「物を食うなよ、あいつが言ったんだ。なんかあるんだろ」

 

「分かってますよ。武こそ気をつけてくださいよ、食い意地が張ってるんですから」

 

反論すら出来ない正論にぐうと呻きながら六本木の街を歩いて見て回っているとあちこちから色んな声が聞こえて来る。

 

「こんな天国みたいな街があったんだね」

 

「ここで暮そうか、悪魔もいない、暴徒もいない。最高の街だ」

 

俺達のように地下道を通って六本木にやって来ている人間はかなりの数がいるのか着の身着のままと言う様子で、先に来ていた六本木の住人に迎え入れられている。

 

「この街は安全さ。天国のような街だよ」

 

「お腹が空いたでしょう? まずは食事にしましょう、こっちよ」

 

優しい言葉を投げかけられありがとうと涙を流しながら歩いていく男女を見ながら俺は眉を顰めた。

 

「武もですか?」

 

「ああ……悪魔に群がられている人間に見えた。ちっ、どうなってやがる」

 

敵意や殺気が無いのにどうも気が立ってくる。最初に感じていた平和な街と言う印象はあの一瞬で消え去った。悪魔の聴力でさっきの集団の声が聞こえてくるが、どれもこれも楽しいや平和と言うものばかりで、六本木の悪口を口にしている者は誰一人として存在していない。

 

「おかしいだろ。これだけ人間がいるのに不平不満が無いってどういうこった」

 

「ええ……確かにおかしいですね。どうしますか? 集合場所に向かいますか?」

 

「ああ……そうしよう。どうもムカムカする」

 

この街がどこかおかしいと俺と俊樹も感じ取り、長久に言われていた集合時間より少し早いが時計塔前へと向かう事にした。その道中でも聞こえて来る会話は六本木の素晴らしさを讃える言葉ばかりで、住人全てが悪魔に操られているんじゃないかと言う考えが頭を過ぎるのだった……。

 

 

 

 

六本木の街は実に賑やかだがそれは仮初の、それこそ人を誘き寄せる蟻地獄のような悪辣な罠だった。この荒廃した世界で悪魔がいない平和な街があると聞けばそれに縋りつきたくもなるだろう。一縷の望みを掛けて六本木に訪れる人間もいるだろう。そしてそこで活気に溢れた30年前の平和な東京を見れば平和な街と思い、そこに定住したくもなるだろう……そう思わせるだけの平和な光景が六本木にはあった。

 

(ゾンビばっかりか……しかし攻撃性が無いのはどういうことだ)

 

この街にいる住人はほぼ全てがゾンビだが、街の外にいるゾンビと違って知性がある。まぁ知性があると言っても人間を誘い込んでこの街から逃げられなくなると言う悪辣な物だが……この街のゾンビは人間に敵意も殺意も抱いていない。ましてや道連れにしようとする考えさえ抱いていない。

 

(友好……ゾンビになることが幸せとでも言いたげな雰囲気だな)

 

親愛や友好の印としてゾンビにしようとしている。葵が言っていた赤伯爵と黒男爵とか言う2人組みのどちらかがネクロマンサーだと思うが……こんな事をして何の意味があるのだろうか? MAGを集めるのが目的なのか、それともゾンビを手駒とするつもりなのか……考えられる事は幾つもあるが……どうもしっくり来ない、何か普通の悪魔とは違う別の目的があるような気がする。

 

(翔子達も気付いてくれれば良いが……な)

 

この街は平和だ、そしてかつての東京が幻とは言えどある。翔子達と別行動をするのは俺としても賭けであったが……俺に残された時間を考えると何時までも甘やかしてはいられない、多少スパルタではあるがこの街が普通ではないと気付いてくれる事を祈るばかりである。

 

「……ゴホ……ふうー」

 

軽く咳き込んだだけで掌に赤黒い血がべっとりとこびり付いている。それをハンカチで拭いながら葵の事を考える。恐らくこの街に葵がいるのは確実だ。だが間違いなく人間ではない、ゾンビとなった葵と再会する事になるだろう。

 

(辛い再会になるな)

 

生きている可能性が低いと言う事は分かっていた。恐らく死亡しているとも思っていた。だがもしかすると翔子のように悪魔召喚プログラムを手にして生き延びていたのではないか? という希望があったのも事実だ。だが現実は残酷だ、そして時間の針も止まってはくれない。葵がゾンビになっているのは確実で、俺ももうすぐ死ぬ……俺が死んだ後の翔子達が心配でならない。

 

「ルイさん?」

 

翔子達がどうなるのかと心配していると椅子が引かれる音がして顔を上げた。俺の反対側の席に座っているのは初老の男性の姿をしているが、その顔は紛れも無くルイさんの物で思わずそう呟いてしまった。

 

「ほう、私を知っているのだね。初めましてかな? ルイ・サイファーだ。所で君は誰なのかな?」

 

ぞわっと背筋が粟立ち、額から汗が噴出した。俺の前に現れたルイさんは言っていたじゃないか、自分はこの世界の住人ではないと、つまり俺の目の前にいる初老のルイさんはこの世界のルイさんなのだと理解した。

 

「道睦長久と言います。失礼しました、知り合いに似ていたもので」

 

「ふっふ、別の世界の私だね。まぁ良いだろう、そういうこともある」

 

圧倒的強者の風格に気圧されるが、俯かずその顔を見つめているとルイさんは楽しそうに笑った。

 

「流石は別の世界の私が認めた人間だと言っておこうかな、判断力だけは良いが正直弱すぎて話にならないレベルだ……何か光るものがあったんだろうね」

 

すげえ罵倒されているけどとりあえず敵意が消えた事に安堵する。

 

「百合子がね。君の事を随分と心配していたのでね、少し見に来たんだよ。なるほど、確かに君はアダムに良く似ている」

 

俺の知っているルイさんよりも深みのある青が俺の身体をその凄まじい威圧感に今にも吐き戻しそうになるが、それを気合で堪える。

 

「そう恐れることはないさ、今回は警告に来ただけだからね。この街はね、私の部下がいとし子の為に作った箱庭なんだよ。あまり騒動を起こされると私も、私の部下も動かない訳には行かない。聡い君だ、私が何を言いたいか分かるだろう?」

 

その言葉に震える声で搾り出すように分かりましたと返事を返すのがやっとだった。姿は見えないが、高位の悪魔が俺を取り囲んでいるのが分かる。

 

「良く考えて行動したまえ、そうだね。君達が私達の陣営に益を齎すと言うのならば目も瞑るが……今の君達では弱すぎて話にならないからね。何時の時代も想いを通すのは強い者だけだ。強者だけが己の我を通す事が出来るのさ」

 

そう笑って帽子を被って歩いていくルイ・サイファーの姿が消えるまで俺は完全に呼吸をする事を忘れていた。その気配が完全に無くなってからカフェの机に突っ伏し、荒い呼吸を必死に整える。

 

「はぁ……はぁッ! マジかよ……勘弁してくれよ本当によ」

 

六本木の住人はゾンビばかりだ。食べ物も見た目は綺麗だが、魔法で偽装された腐った肉や蟲であり、それを食えば間違いなく死ぬか、あるいはゾンビとなってこの街の住人になる。この街の支配者である赤伯爵と黒男爵はそれを可能にするだけの圧倒的な力を持った悪魔である事は確定で、いつまでも飲食をしなければ直接出向いてくる可能性もある。そうなれば穏便に事を済ますなど不可能な話でどう考えたって戦いになるのは確実だった。

 

「……くそ、12時過ぎてるじゃねえか……」

 

ルイ・サイファーとの話か、それともどうするか考えている間に集合時間をとっくに過ぎている事に気付き、支払いを済ませてカフェを出る。その時に地下道に視線を向けたが、MAGで封印されているのを見て外からは入れるが、中から外に出ることは出来ないネズミ捕りのような結界になっており、この街に足を踏み入れた段階で俺達も囚われていると気づいた。

 

「……穏便に済ませるにはいとし子とやらを見つけて説得するしかないかもな」

 

六本木はその子供の為に作られた街だと言うのならば、その子供を味方にすることで六本木から平和的に脱出出来る可能性もあるが、その前に葵もなんとかしなければならない。1時間ほどの情報収集で葵がこの街のどこにいるかは知ることが出来たが、まず間違いなく葵も悪魔になっている可能性が高い。翔子は勿論、俊樹もそして俺も冷静さを保っていられるとは正直思えない。仮にいとし子を見つけて説得したとしても翔子も俊樹も葵を見つけるまでは六本木を出ることを拒む筈なので完全に詰みに近くなっている事に気付き、俺は苛立ちのあまり髪を掻き毟りながら深い溜め息を吐いた。

 

「……はぁ……しくじった」

 

五島の部下から手帳を受け取った時に六本木に来る事を決めたが、失敗だったかもしれないと俺は後悔しながら集合場所である時計塔に向かって歩き出すが、その足取りは言うまでもなく重かった。葵を見付けたとしても俺に出来るのは葵を苦しまずに逝かせる事だけであり、己の無力さを再び痛感し拳を強く握り締めるのだった……。

 

 

 

 

3周目の世界 3人の救世主 その13へ続く

 

 




今回はインターミッションのような話となりました。最初は平和な街と感じていた翔子達も六本木のおかしさに気付いたという所で、長久は閣下に脅されると六本木のシナリオを大幅に変更してみました。それに伴いアリスの下りも少し変えてみるつもりなので、どんな話になるのか楽しみにしていてください。それと3人の救世主はその16と後日譚で終わる予定なので、後4話でその3のマタドールの話にどう繋がるのか楽しみにしていてください。それでは来週の更新もどうかよろしくお願いします。
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