3周目の世界 3人の救世主 その13
武が苛立った様子で足踏みをする音が私達の間に響いた。時間は13時になろうとしている……12時の集合と言った長にいが何時までも姿を見せないことに誰もが不安を感じ始め、武の足踏みはその現われだと誰もが理解していた。
「武」
「うっせえなあ。考え事をしてるんだ、ほっとけ」
俊樹の警告に苛立った様子で時計塔を見上げた。それにつられて文字盤を見ると後5分で13時になろうとしていた。
「13時になっても長久が来なかったら2人を残して長久を探しに行くぞ」
「……まだ何かあったと考えるのは早計では?」
「そうかもしれねえから2人残すんだよ。なんかあったらそれこそ取り返しが……ちッ! 翔子! 来い、お前のお兄様の様子がおかしいぞ」
そう言われて武の視線の先を見ると死人のような顔色をした長にいが壁に手を当てて足を引き摺るようにして歩いてくる姿があり、私達は弾かれたように長にいの元へと走り出した。
「わりい……ちょっとトラブルがあってな。戦って負けたとかじゃないんだが……かなり不味い事になった」
荷物から取り出したミネラルウォーターを飲んで落ち着いたのか長にいが謝罪と共に大変な事になったと呟いた。
「何があったんですか?」
「考えられる最上位悪魔に目を付けられた。いや、多分もっと前から目を付けられていたと思うんだが……マモンを倒して六本木に入った事で向こうから接触してきた」
深い溜め息を吐き、弱々しい雰囲気の長にいを初めて見た。いつも私達を導いてくれていた長にいとはまるで違う、迷子になった子供のような雰囲気にそれだけ大変な事になったと悟った。
「そんなにやべえのか? 俺達が上手く戦えば何とかなるんじゃないのか?」
「無理だ。戦いになれば睨まれるだけで俺達は消し飛ぶ……もっと言えば完全体のマモンであっても一蹴出来るほどの悪魔が数十体六本木にいる」
不完全に顕現しているマモンとの戦いですら死に掛けたというのに、そのマモンを遥かに上回る完全体のマモンすら一撃で倒せるような悪魔がいると言う長にいの発言に背筋が凍りついたのを感じた。
「六本木を出ますか?」
「それも無理だ。外からは入れるが中からは出れない結界が張られてる。完全に俺のミスだ、すまん」
「長にいは悪くないよ! 私も俊樹も六本木に行きたいって言ったんだもん!」
「そうです、全部自分の責任とは思わないでください」
幼馴染の葵が生きているかもしれない、例え私達よりも年上になっていても会いたいと思ったのは私なのだから長にいが悪いわけではないと自分を責めないでくれと俊樹と共に長にいに言うが長にいの表情は暗いままだ。
「このまま俺達は六本木に閉じ込められるってか?」
「いや、かなり難しいが脱出する術がない訳ではないと思うが……翔子、俊樹。これから何を見ても冷静でいられるって誓えるか?」
私と俊樹を名指しした長にいに困惑しながらも頷くと長にいは声を出しながら立ち上がった。
「葵は恐らくゾンビになってる。この街の支配者の手によってな」
その言葉に私と俊樹は目を見開き言葉を完全に失った。捜し求めた幼馴染がゾンビになっているという長にいの言葉と暗い表情を見て私は目の前が暗くなるのを感じると共に葵をゾンビに変えた相手を憎いと思った。そんな私と俊樹を見た長にいは更なる言葉を私達に投げかけて来た。
「これから見るのは救いようのない現実だ。そして葵をゾンビに変えた相手とも戦う事も許されない、俺達に出来る事は自分達が生き延びる為に仇を討つ事も出来ず葵を見送る事だけだ。それでも来るか?」
突き放すような、ううん。違う、これは本当に突き放そうとしているのだろう。
「翔子さん、俊樹さん。私は行くべきではないと思います」
「確かにな、俺が同じ立場なら冷静でなんかいられねえ。その幼馴染とやらにはあわねぇ方が良いんじゃねえか?」
葵と武が私と俊樹に行かないほうが良い、会わないほうが良いと気遣ってくれる。確かに会いに行っても後悔するだけかもしれない……だけど……。
「私は行くよ、葵を助けてあげたいから」
「僕も行かせてください」
苦しみと悲しみしかないとしても、私と俊樹は葵を見送りたかった。長にいは私と俊樹を見つめて暫く何も言わずに歩き出した。私達も言葉を一言も発さずに長にいの後を付いて歩き出すのだった……。
光の差し込まない闇の中に何年居ただろう……? 人間だったら狂っているだけの時間であっても、ゾンビにされた私には関係のない話だ。
(何時になったら私は死ねるんだろう)
闇の中そればかりを考える。小澤という男に攫われ、自衛隊の駐屯地に集められた。そこに居たのは私と同じ葵という名前の女性ばかりだった。凄まじい衝撃と閃光に意識を失い、目を覚ましたら一面は死体の海だった。吐きながら必死に脱出してみれば周囲は瓦礫と死体の山、そして人間を喰らう異形達に溢れた地獄だった。叫びながら必死に走って逃げて、辿り着いた六本木で私は黒男爵と赤伯爵に殺されゾンビにされた。だけど人間の時の記憶を忘れる事がなかったからこうして闇の中へ幽閉されている……。
(翔子はどうなったのかな……俊樹も、長久さんも、お父さんもお母さんも)
化け物になった私は死ねない、この変化のない闇の中を未来永劫生き続けるだけ……首を吊っても、手首を切り落としても死ねない、ガラスで腹を裂いても傷口はすぐに塞がり痛みも無い、眠る事も、泣く事も出来ない変化が起きない闇の中に私はずっといる。
(どうしてこんな事に私は只翔子の誕生日プレゼントを買いに行っただけなのに……)
色あせてボロボロになってしまった翔子の誕生日プレゼントの入った箱を見て、楽しかった昔を思い出し、これが悪い夢であってくれと願っても私が死人になっても生かされているという現実は変わらない……いつこの苦しみだけの時間が終わるのかと膝の間に顔を埋めようとした時私が閉じ込められている部屋の扉が軋みを立てながら開いた音と共に誰かが駆け寄ってくる音がした。
(アリスが来たのかしら)
この街の支配者である2人の娘、あの無邪気で邪悪な悪魔がまた友達になってくれと言いに来たのだろうと思い目を閉じようとした時だった。この部屋に駆け込んできた人物の声が私の耳を打ったのは……。
「あ、葵ぃッ!!」
懐かしい幼馴染の声がした気がした。嘘だ、ありえない。都合の良い幻聴だと、この部屋に閉じ込められたときに何度も聞こえた幻聴だと思った。顔を上げても誰もいないと分かってる耳を塞いでその幻聴を拒もうとすると必死に叫ぶ声がした。
「葵、葵!! 私、私だよ。翔子だよッ!! お願いだからこっちを見て、葵ッ!!」
「葵! 僕です! 俊樹ですよッ!! 葵ッ!! こっちを見てください!」
翔子だけではなく俊樹の声も聞こえてきた……顔を上げたくなるが顔を上げてもそこには誰もいないと分かっている。叶いもしない希望を抱いて絶望するのはもう嫌だ。
「止めて! もう良いでしょ! もう私を苦しめないでッ!! 翔子も俊樹もこんな場所にいるはずないんだからッ!!」
2人もとっくの昔に死んでいるんだ。大切だった人は誰もいない、私だけが化け物になって皆の居る場所にすらいけないんだと分かっている。私をもうこれ以上苦しめないでくれと、絶望させないでくれと叫んだ。
「葵。遅くなってすまない、助けに来た」
静かな声がした。兄のように慕い、そして初めての恋をし人を愛する喜びと、失恋の悲しみを知った相手の声が聞こえた。
「長久……さん?」
「こっちを見るんだ葵。幻なんかじゃない、俺達はここにいる」
幼い子供に言い聞かせるような長久さんの声につられて顔を挙げ、私は牢屋の手すりに縋りついている翔子の姿を見た。
「あ、あああ……翔子、翔子ッ!!」
「葵ッ! 葵ッ!!」
翔子の名前を叫ぶと翔子も泣きながら私の名前を叫び返してくれた。牢屋の隙間から伸ばされる手に触れると確かな熱が伝わってきた、その熱が目の前の翔子が幻ではないと教えてくれた。
「翔子、翔子ッ!!」
翔子の手を握り締めると翔子もその手を握り返してくれた。目の前にずっと身を案じていた幼馴染の姿に私の目から涙が零れた。
「葵、こんなに遅くなってすいません」
「俊樹君……駄目、駄目よッ!!」
俊樹君の姿を見て私は翔子を突き飛ばして牢屋の奥へと後ずさった。
「わ、私は見かけは変わらなくても今の私はゾンビなのッ! 近づいたら駄目よッ!! 皆を傷つけてしまうッ!」
大事な幼馴染、そして恋人だった俊樹君を見て安堵したのは少しの間だった。ゾンビとしての本能が2人を餌だと、喰らえと叫んでいる。
「いや、いやッ!! 違う、違うのッ!! 友達なのッ!! お腹なんて空いてない、食べたく何てないッ!!」
頭を牢屋の壁に何度も何度も叩きつける。大事だった筈の相手が食べ物にしか見えなくなる、会えて嬉しいのにこのままでは2人を殺して食ってしまう。押さえ切れない衝動と口の中に込み上げてくる唾に自分が人間ではなくなったことを思い知らされてしまう。
「止めて! 止めてよ葵ッ!!」
「止めて下さいッ! 葵ッ!!」
2人の叫び声に動きを止め、2人に視線を向ける。だけど私が2人に抱いた感情は美味しそうという翔子達を食べ物としか見ていない恐ろしい感情だった。
「あ、ああああああ――ッ!!!」
頭が変になりそうだった。大事だった、生きていて欲しいと願っていた相手が食べ物にしか見えないのだ。食べたい、傷付けたくない、会いたかった、私を見ないで様々な感情が私の中で渦巻いて気が狂ってしまいそうだった。
「葵。俺達にはお前を人間に戻す術はない、だけどお前をその呪われた生から解放する事は出来る」
「長久……さん? ほ、本当に……?」
「ああ、そうだ。その為に俺達は此処に来た、ごめんな。俺達はお前を殺す事しか出来ない」
謝罪してくる長久さんの言葉に私の目から再び涙が零れた。長久さんが優しい人だって言うのは知っている、だってずっと一緒に居たのだから私と翔子と長久さんはずっと3人で居たのだから……。
「殺してくれるの(眠らせてくれるの)? 私を?」
「ああ、そうだ」
「本当に?」
この呪われた生から解き放ってくれると言う長久さんの言葉を聞いて思わずその場に崩れ落ちた。終わるのだと、この苦しみと絶望しかない生が終わるのだと思うと安堵で涙が零れた。
「ごめんね、ごめんね葵。ずっとこんな所に1人にして」
「……助けてあげたかった、こんな事になって……」
声を震わせながら謝罪の言葉を口にする翔子と俊樹君だが、こうして来てくれだけで私の心は深い闇の中から救われたのだ。
「ううん、助けに来てくれてうれしいよ。あ、そうだ。翔子……これ、ずっと渡せなかったけど……誕生日おめでとう」
「葵……開けても良い?」
「勿論、綺麗なブローチだったのよ? ちょっと古ぼけちゃってるけど」
長い年月で古くなってしまったが、女子高生が買うには勇気の居る値段だったそれは今もその輝きを保ってくれていた。
「良く似合うわ、翔子」
「……ありがとう……葵」
ブローチをつけて泣きながら笑う翔子の姿を見て私の目からも涙が零れた。
「俊樹君。ありがとう、一緒にいた時間は凄く楽しかったわ」
「……はい、僕も楽しかったです」
泣き笑いの俊樹君に笑みを浮かべて長久さんに視線を向ける。
「助けに来てくれてありがとうございます」
「……悪いな、こんなに待たせて」
「いえ、確かに苦しかったし、辛かったです。でも……」
大切な幼馴染である翔子、恋人だった俊樹君、そして憧れていた長久さんに見送って貰えるのならば、これは幸せだと思う。
「葵。おやすみ、もう悪い夢は終わったんだ」
「はい。おやすみなさい、それとありがとう。助けに来てくれて、嬉しかったわ」
額に張られた札が輝き、まるで日当たりの良い場所で日向ぼっこをしているような安らぎを感じながら私は眠るように目を閉じるのだった……。
葵との別れはとても辛かった。だけど葵を仲魔として使役するような真似はしたく無かったし、何よりも葵は苦しんでいた。あの暗い牢獄で30年もずっと苦しんでいたと思うと胸が痛かった。
「長にい、葵は天国に行けたかな」
「行けたさ、葵は悪い事なんかして無かったからな。きっと天国でおじさん達と再会出来ているよ」
そうだと良いな、いや、きっとそうだと思いながら葵がくれたブローチを撫でながら牢屋を出ると小さな影が私に飛びついてきた。一瞬武器を構えかけたが殺意が無いのに気付いて飛びついてきた小さな影を抱き止めた。
「こんにちわ! 私アリスッ!」
小さな影は葵と一緒に街を散策している時に見た青いエプロンドレス姿の少女だった。
「葵お姉ちゃんがね、遊んでくれてたんだ! お姉ちゃんのお名前は?」
明るく天真爛漫な少女にしか見えないが、葵が目で合図をしてきた。その合図を見て俊樹の眉が動き長にいに頭を叩かれている姿を見ながら、腕の中の少女に視線を向ける。
(この子が……)
今私に抱きついて笑っているアリスがこの街の支配者の娘、いとし子と呼ばれている六本木の惨劇を引き起こした張本人と知り僅かな嫌悪感を抱いたが、それはすぐに消えた。
「ねーねー、お姉ちゃんのお名前を教えてよ~」
「私は翔子、んであっちが俊樹、その隣にいるのが長にいって言うんだ」
アリスからは悪意をまるで感じなかったのだ。純粋で天真爛漫な外見相応の幼い少女……それが私がアリスを見た感想だった。
「翔子お姉ちゃん聞いてよ。あの変なお兄ちゃんがいたんだけど私の事をクソガキって言って怒るんだよ? 酷いよね?」
「武はちょっと口が悪いからね。でも悪い人じゃないんだよ?」
「えーアリス信じられないなぁ~まぁ良いや、ねね、お兄ちゃん抱っこしてよ」
表情がころころと変わり長にいに抱っこをせびるその姿は本当に幼女その物でとても悪魔になんか見えないのだ。
「むふうーお兄ちゃんとお姉ちゃんは優しいね!」
にぱっと言う音が聞こえてきそうなほどに幸せそうに笑うアリスの姿は本当に子供にしか見えない。
(俊樹、あの子は……)
(悪魔です、悪魔なんですけど……)
(けど?)
(全然魔力がありません、あの子は……武や僕と同じ存在かもしれません)
武達と同じ存在……それは悪魔や天使に憑依され後天的に悪魔に等しい存在になったと言う事だ。そうなってくると話が変わってくる、アリス自身も被害者である可能性が出てきた。
「お兄ちゃんは優しいから赤おじさんに会わせてあげる。アリスが頼まないとね、赤おじさんと黒おじさんは会ってくれないんだ! 行こお兄ちゃん、お姉ちゃん!」
いとし子と呼ばれる存在の為に六本木は死人の街になった。だがアリスを見ているととてもそんな邪悪な事を考えているようには到底見えないのだ。
(……確かめないと)
葵の事は確かに許せない、だけどアリスが首謀者には思えないのだ。アリスが赤おじさん、黒おじさんと呼ぶ人物、いや呼ぶ悪魔が原因のように思える。
(なにか私達は思い違いをしてる?)
アリスとこの街の関係性について私達は何か致命的な思い違いをしているような気がする。長にいが脅されたと聞いていたからこそこうして考える事が出来たが、そうでなければ怒りのあまりアリスを手に掛けていたかもしれない、俊樹と葵の目も揺れていてアリスが本当にゾンビに変える事を望んだのかと疑問を抱いているのが分かる。
「良し、じゃあ会ってみようかな」
長にいが私達に目配せをしてくるので私達は小さく頷いた。この街の裏側を、アリスが本当に悪なのかを確かめる必要があると思う。
「本当? いこ、いこッ!!」
今も邪気など一切感じられない笑みを浮かべて長にいの手を引いて歩き出すアリスの姿に憎めば良いのか、それとも微笑ましいと思えば良いのか、自分でも整理の付かない感情に悩まされながら私達もアリスの後を追って歩き出すのだった……。
3周目の世界 3人の救世主 その14へ続く
幼馴染の所は大胆に変更してみました。プレゼントのブローチは装備すると魔・速+4&光・闇耐性になるグレートな装備になります。
メガテンのハマ・ムド即死の対策アイテムですね。そしてアリスも原作とは全然違う話に持って行こうと思いますので次回の更新もどうか宜しくお願いします。