1周目の世界 孤独の女神 第2話
展望レストランの窓の外には輝く星があり、贅を凝らしたレストランの装飾も、高級食材を使った豪華なフレンチも狭間には色褪せて見せていた。
「流石狭間先生のご令嬢。実にお美しい」
「どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘ですよ」
国会議員である父親とそんな父に擦り寄り甘い蜜を吸おうとする大企業の会長のやりとりは狭間にとっては聞くに堪えない雑音だった。
互いを褒め称える言葉、その言葉の中にある賄賂や、インサイダー取引を示唆するような隠語の数々に狭間は己が苛立つのを感じていた。
(……味がしない)
海外で評価されている最高の料理人が高級食材を使い、その腕を存分に振るった極上のフレンチである筈なのに――彼女はその味を認識出来なかった。
「ここのフレンチは最高でね。僕もよく利用するんだ、狭間さん。美味しいだろう?」
「ええ。流石雑誌やTVで紹介されているレストランと言った所ですね」
会長の息子の自信満々な表情すらも狭間には唾棄するべき物だった。自分には何の力も無いのに、親の権力と金を自分の物だと思っている。己を磨く事をしない、ぼんぼん育ちの馬鹿息子。己を常に磨く事を心掛けている狭間にとって路傍の石にも劣る価値しかない男なのだが、その視線を馬鹿息子は自分に気があると思ったのかウィンクを向けてきて、狭間は内心の吐き気を堪えるようにジュースを口にした。だがやはりその味を狭間の舌が認識する事は無かった……。
(お前のせいだ。長久)
母が父に追い出され、その代りに自分の世話係として宛がわれた世話役が作った栄養バランスこそ考えられているが、愛情も何も感じさせない無機質な冷たい料理に馴れていた狭間に再び暖かい食事を与えた長久に狭間は僅かな恨みを抱いたが、長久と過ごした時間は決して彼女にとって無益な物では無かった。
『なんだよ、そんなに美味そうな弁当を食ってるのに不味そうな顔をしてさ。そんなに口に合わないなら俺の弁当と交換しようぜ』
こちらの返事も聞かずに自分の弁当と交換し、高級食材を使っている弁当を口にし美味いと笑う長久にそんなものが美味いのかと呆れながら長久が押し付けてきた弁当を口にした狭間は目を見開いた。
『美味い』
『え? マジで? それ俺の手作りだぞ? お前の弁当と比べると全然じゃないか?』
『確かに卵焼きは焦げてるし、唐揚げの味は濃すぎる……それに野菜も入ってない』
彩りもクソも無い、自分の好きな物だけを詰め込んだ弁当だが……それにはしっかりと味があった。母が作ってくれた料理と同じで思いやりと愛情に満ちた優しい味だった。
『そこまで言わなくてもよくね? と言うかこんなにうまいのに不満なのか……なら──ほら、例のアレ、解析を正式に手伝ってくれないか? 代わりに……と言っては何だが、お昼ご飯俺が作ってくるからさ』
『……ふん、いいだろう。この私の知恵を借りようと言うのだ……対価を――』
『じゃあ決まりだな! これからよろしくなッ! はい、握手握手~』
『っ、お、おまえッ! 私の話を聞いているのかッ!?』
手を取り能天気に笑う長久を怒鳴りつける幽子だが、長久はどこ吹く風と言う様子で笑う。
『解析を手伝ってくれるって話だろ? んで、狭間は何か好きなおかずとかあるのか?』
『む……う、ううむ……そうだな。た、タコの形をした赤いウインナー……それと──』
幽子にとって美味い料理と言うのは家を出た母が作ってくれた子供向けの料理が大半であり、それを口にすることに気恥ずかしそうな表情を浮かべるが長久がそれを指摘する事は無かった。
『OK、OK、分かった、じゃあ明日作ってくるからなッ! んじゃさっそく、解析始めようぜ』
『ま、待て! まだ私は食べ終わってないぞッ!!』
『そういうところってやっぱり女子なんだな』
『ええい、うるさい! 少し待ってろ、すぐに食べ終わるッ!』
STEVENのプログラムを解除するのに狭間の力が必要なのは長久も分かっていたが、支払える対価がない。しかし男子高校生の作った稚拙な弁当でも喜んでくれるならば、1人前も2人前も作るのも同じだと思い、弁当を解析を手伝ってくれる狭間への対価にしようとしたのだ。長久にとっては稚拙な提案だったが、狭間には喜ばしい提案だった。狭間にとって食事とはただの栄養補給、身体を維持する為の時間であり、苦痛に等しい時間だった。
『どうだ、割りとちゃんと蛸になってないか?』
『これのどこが蛸だ。良い所蟹だ!』
『いや、大分頑張ったんだぜ? 蛸さんウィンナー』
『駄目だ駄目だ、こんなの全然違うッ』
『お前結構子供っぽい所あるのな?』
『~~~ッ!! 貴様ッ!!』
『いてえッ! 腿を抓るなよッ!』
『やかましいッ! 後余計な事を言うなよ、変な噂が流れたら2度と協力しないからなッ』
くだらない話をしながら共に弁当を口にする。苦痛だった筈の食事の時間が狭間の楽しみになったのは……豪華でも、栄養バランスを考えられた料理でもない、ましてや料理人でもない長久の作った稚拙な弁当だ。だがその弁当は狭間にとってはどんな豪華な食事よりも心を満たすものだった。
「どうだ、幽子。美味いだろう」
「ええ、とても美味しいですよ。お父様」
父の言葉に笑みを浮かべて返事を返す狭間だが、その笑顔はまるで仮面のように無機質な物で何の感情も感じない冷たい氷のような笑みだが、この場にいる誰もそれを指摘しない。狭間議員の言う自慢の娘と言うのはその美しさのみを意味しており、そこに父親としての愛情はない。政略結婚の駒であり、自分の政策を通す為の生贄である幽子に意志等必要ない、自分の命令に従う人形であればいいと育てられてきた幽子だが、長久との出会いで明確な反逆心を抱き始めているのだった……。
昼休みを告げるチャイムの音を聞きながら、俺は椅子の背もたれに背中を預けながら大きく背伸びをした。
「やっと昼だぁ、腹減ったぁッ!」
健全な男子高校生にとって3時間目に体育はきつい、しかも4時間目の授業が古文となれば教師が読み上げている例文が子守唄にさえ聞こえて来る。それでも睡魔に耐えてノートを取っていたが、残り10分くらいの板書はミミズがのたうったような文字になっており読めそうにないなと俺は苦笑したが、睡魔に打ち勝っただけで良しとすることにした。
「おい、長久。購買行こうぜ、購買」
「わりぃッ! 俺今金無くてよ、自分で弁当を作ってきてるんだよ。母さんに食材使わせてもらってさ」
「金がねぇってお前随分バイトして無かったか?」
金髪に、腰の鎖にゴテゴテとした指輪といかにも不良っという感じだが、案外気の良い性格をしている友人であるチャーリー事黒井真二にそう言われ俺はたははっと乾いた笑い声を上げた。
「PCと周辺機器を買ってすっからかんだ」
「またかよッ! はぁ、まあ良いけどな。んじゃ俺購買に行くわ、ったく折角誘ってやったのによお」
ぶつぶつと呟きながら教室を出て行くチャーリーに悪い事をしたと思いながら鞄から弁当箱を取り出し、その包みを開けようとしたところで購買とも食堂とも違う、屋上の方へ歩いていく幽子の姿を見て俺は弁当箱を鞄に戻して席を立った。
「道睦君?」
「中庭で食うのか?」
「一緒に食おうぜ」
席を立った俺を見てクラスメイトが声を掛けてくる。人気者と言うわけでは無いが、それなりに友人が多いのであちこちから声が掛かるが、プログラムの解析も進めたいし、1人で屋上に向かう幽子の事も気になった。
「悪い、良い天気だしさ、外で食おうと思ってさ。んじゃな、すまん、また誘ってくれ」
誘ってくれた友人に悪いと思いながらも、俺はどうしても幽子の事が気になり誘いを断って屋上へと向かった。
「おーい、幽子。一緒に飯を食おうぜ」
「……解析は手伝うと言ったがプライベートにまで踏み込ませるつもりはないぞ」
凄まじい眼力で睨んでくる幽子。美人なだけあって威圧感は凄まじい、気の弱い奴だったら回れ右をしてすぐ逃げ出すんじゃないかと思うほどの威圧感だが、俺は気にした素振りも見せず屋上に腰を下ろした。
「屋上から出て行けと言っているのだが?」
「別に良いだろ? 屋上は幽子の物って訳じゃないんだからよ」
凄まじく不機嫌な顔をしている幽子の視線を無視して鞄から弁当箱を取り出して包みを開ける。アルバイト代を全部PCに使ったという事で母を怒らせてしまったが、自分で作るなら食材を使っていいと言ってくれるだけまだ俺の母親は優しいと思う。まぁ問題は俺が料理は出来なくは無いが上手でもないと言うところだろう。
(自分で見ても下手だなあ……)
中が生なのが怖くて揚げすぎた唐揚げに、少し焦げている卵焼き――申し訳ない程度の野菜としてキャベツを茹でた物と栄養バランスもクソもない多少料理が出来る男子高校生が自分の好きな物を詰め込んだだけの弁当だ。
「いただきます」
昼休みは長くないのでさっさと食べて幽子と一緒に解析を始めようと思い、唐揚げを頬張る。やっぱり少し揚げすぎていて衣が固いが、昨日からしっかりニンニク醤油に漬けていたので味はしっかりしていて弁当のおかずに申し分ない。少し味が濃すぎた気もしなくもないが……まぁ男子高校生の作るような弁当だからこんなものだ。むしろ寝ぼけ眼で作ってちゃんと食べれる味になっている事に俺は正直驚いていた。
「上等上等」
好きなおかずだけが詰め込んであるので嫌いなおかずなんてないし、少し焦げていたり、味が濃かったり薄かったりするのだってご愛嬌だ。決して上手く出来た訳では無いが十分に満足出来る味だと思いながら弁当を食べてる時ふと顔を上げ俺は首を傾げた、
(なんか随分と不味そうに飯を食うなぁ)
遠目に見ても栄養バランスとかがしっかりと考えられた美味そうな弁当に見えるのだが、幽子は不味そうにただ口の中に詰め込んでるって感じで全然美味そうに食べているように見えないのがやけに印象的だった。
「食べ終わったか? さっさと解析を始めるぞ」
「お、おおッ!」
食べ終わった弁当箱を布巾に包み鞄に突っ込み、変わりにPCを取り出し幽子と共にSTEVENさんのくれたフロッピーディスクの解析を始める。
「ほう? 少しは進んでいるようだな」
「昨日も大分遅くまで頑張ってみたんだよ」
数分で1つロックを外された事が悔しくて、色々と専門書を調べながら解析作業を進めていたのだ。残念な事にロックを解除するまでとは行かなかったが……少しは進展があったと思っていたのだが、幽子の次の言葉に俺は浮かべていた笑みを凍りつかせた。
「だが残念だな、フェイクだ。後ほんの少し進んでいたら全部お釈迦になっていたぞ」
「嘘ぉッ!?」
「このロックを作った人間は性格が相当悪い。間違ったほうにロックを解除すればプログラム自体が消去される仕組みになってる」
「……もしかしてかなり不味かった?」
「――消去される一歩手前だな、全く向上心があるのは認めるが……無能の向上心などこの程度の物だな」
マシンガンのように吐き出される悪態は凄まじいが、その指は動き続けていて俺の間違ったアンロック作業をリセットしようと頑張ってくれているのがわかる。
「すまん」
「謝れるだけ大したものだ。普通なら逆切れするだろうからな」
口はめちゃくちゃ悪いが、俺のミスをなかった事にしようとしてくれている。
「お前案外良い奴だよな」
「は? 何を言ってる。私はただ厳重にロックされているこのフロッピーに何が入っているかそれを知りたいだけだ。別にお前の為ではない」
これはうん……多分幽子なりの照れ隠しなのだろう。うん、と言うかそう思おう……じゃないと解析が終わるまでずっと顔を見合わせることになるであろう幽子と喧嘩になりそうだ。
「うん、それで良いや。俺もこのディスクの中身知りたいし」
一応俺がお礼として受け取った物だ。中に何が入っているのか知りたいと思うのは当然の事だが、悔しい事に俺のプログラミング技術では解析する所かセキュリティで中身を消してしまうかもしれない。ここで意固地を張って自分だけで解析作業を進めるのは自殺行為以外の何者でもない、この手のセキュリティって言うのはディスクだけではなく、PCも壊しかねない代物だ。
「なぁPC壊さないよな?」
そこまで考えた所で下手をすればPCが壊れる可能性が脳裏を過ぎり、幽子にPCを壊さないよなと問いかける。
「私がそんなドジをすると思うか? まぁ見ていろ」
ふふんと自信満々に笑う幽子の表情を見れば、解析することに自信があるのだろう。この様子なら大丈夫かと思いながらも、PCが壊れないかなと言う不安がどうしても頭を過ぎった。
「解析を手伝えと言っておいて、その不安そうな顔はなんだ? 失礼だと思わないのか?」
「でも2-Cって次の授業美術だよな? 時間大丈夫か?」
それはその通りだと思うのだが、2ーCの次の移動教室で昼休みの間に移動しておかないと間に合わないはずだと解析に夢中になっている幽子に言うと、幽子はハッとした表情を浮かべ今気付いたと言う様子だった。
「……ちっ、良いか勝手な事をするなよ。中身が消去されたら私の貴重な時間をドブに捨てたような物だからな」
俺に勝手な事をするなと釘を刺し、鞄を肩から下げて階段を下りていく幽子を見送った俺は昼休みの時間ギリギリまで日向ぼっこを楽しみ、教室に戻る為に屋内へ続く扉を開けた。
「きゃっ!」
「とっ、悪い」
内側に開く扉なので開いた所で女子の悲鳴が聞こえて反射的に謝罪の言葉を口にし、尻餅をついていた女子生徒に手を貸して立ち上がらせる。
「い、いえ、私が悪いので、気にしないでください」
「いや、それでも外、いや中か? そこを気にするべきだった。どこか打ったり、捻ったりしてないか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
眼鏡を掛けた素朴な美少女と言う感じの女子生徒は気にしないでくださいと小さく笑った。
「えっと2年の道睦先輩ですよね? 私1年の赤根沢玲子と言います」
「こりゃ丁寧にどうも。道睦長久だ」
自己紹介をしてくれたので自己紹介を仕返すと玲子は聞きたい事があると俺に声を掛けてきた。
「えっと狭間先輩とは仲が良いんですか?」
「う、うーん……どうだろうな? 知り合ったのは昨日だし、仲が良いって訳じゃないと思うけど……」
質問の意味がよく分からない。俺と幽子が仲が良い事が玲子に何の関係があるのかと眉を顰めると玲子はすいませんと言って勢いよく頭を下げた。
「あの道睦先輩ッ! 狭間先輩と仲良くしてあげてください、お願いします。それじゃッ!」
「ちょっ! ど、どういう意味……って行っちまった」
幽子と仲良くしてくれと言って呼び止める間もなく階段を駆け下りて行く玲子を俺は呆然を見つめていたのだが予鈴の音に我に帰った。
「やっべ! 次大月だから遅れると何言われるかわからねぇッ! 急がないとッ!」
風紀委員の顧問で科学教師の大月は風紀委員の顧問をしているから優秀な教師……と思いきやプラズマの素晴らしさを語りだしたり、わけの分からない授業をすることで有名な変り種の教師だ。気に食わない生徒は風紀委員の顧問と言う建前で残らせるわ、課題は増やすわで職権乱用しているとしか思えない教師なのだが、あれで教頭と校長に受けがいいと言うのは謎でしかない。とにかくそんな問題のある教師の授業で遅れるわけには行かないと俺は慌てて階段を駆け下り、自分のクラスである2-Dへと走るのだった……。
1周目の世界 孤独の女神 第3話 へ続く
本編が始まる前は前半が好感度最大の狭間、後半は主人公視点の仲良くなる前の狭間を見ているという感じで進めて行こうと思います。
次回は少し時間を飛ばして好感度が半分くらい溜まった狭間を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。