4周目の世界 滅びを求める地球意思 その6
後に若様に教えられる事になるのだが……悪魔には様々な種族がある。そしてその中で断トツで危険なのは「大天使」「邪龍」「魔王」「魔神」と言った上位種族だ。そのどれもが神話に語られる能力を持ち、そして1体でも世界を変えうる力を有している……上位の魔王と比べればモラクスの階級は決して高いものでは無いが……悪魔と戦えるようになったばかりのシュバルツバース調査隊が戦える悪魔ではないのは言うまでもない。
『全員思いっきり右に跳んでッ!!』
デモニカに響いた若様の声を聞くと同時に地面を蹴って私は右に横っ飛びしていた。それから少し遅れてヒメネス、そこから更に遅れて機動班の仲間も地面を蹴って跳ぶ。だが指示が無かった数体の悪魔は牛頭の悪魔……モラクスの放った業火に飲み込まれ消し炭となって消し飛んだ。
「嘘だろ……」
「なんて火力……ッ!」
「こんなのデモニカでも耐えらんねぇよッ!!」
その凄まじい火力にパニックになる者もいるが私とヒメネスは銃をモルクスにむけて構えると同時に引き金を引いた。だが放たれた銃弾は当然ながらモラクスの毛皮に弾かれ、ダメージを与えているようには見えない。
【なんだ? 何かしたか? ニンゲンよ、良く見るが良い。攻撃とは……こうするのだッ!!!】
3mを優に越える巨体から振り下ろされた拳が地面を打ちつける。
【ヒートウェイブ】
「うおッ!?」
「くうッ!?」
「きゃあッ!?」
「ごは……ッ」
その衝撃破が私達の全身を強かに打ちつける。想定外の一撃と衝撃に思わず苦悶の声が零れる。
「ピクシーッ!」
【うんッ! ディアッ!!】
即座に後方のクルーの仲魔のピクシーのディアの光が私達を包み込み、モラクスの追撃を辛うじて回避する事に成功する。
「実弾、電撃は効果無しッ!」
モラクスと距離を取りながら即座に情報の共有を行なう。まずはモラクスに対する有効手段の把握だ、その為に仲間と合流し、補助魔法で身体能力を強化したのは1人で戦うためではない、誰かが窮地に追い込まれたらそれをフォローするためだ。
「了解ッ! 次だッ! 行くぞッ!」
「オッケーッ! それッ!!」
悪魔を倒し、そしてこのシュバルツバースを捜索している際に入手出来るフォルマ。これによって私達の武器は大きく発展を遂げた、人間は魔法を使えないが魔法を擬似的に再現する事に成功したのだ。
【ぬうッ! 鬱陶しいわッ!!】
放たれたのは風と炎の魔法。炎は命中する寸前に霧散したが、風はその毛皮を僅かに抉り取った。
「風は僅かに効果ありッ! 炎はやっぱり駄目だッ! 澪、次ッ!!」
「分かってるッ!!」
ヒメネスに言われるよりも早くカートリッジを交換し引き金を引いた。放たれたのは氷の魔法、悪魔が使うブフよりも遥かに劣るそれがモラクスに命中する。
【ぬあああああッ!!?】
子供が投げる雪球くらいのそれが命中したモラクスは凄まじい絶叫を上げる。そして悪魔の何体かとクルーの何人かのデモニカが光り、追撃がモラクスの身体を打ち据える。
「このデビルCO-OPって言うのはどういう理屈だッ!?」
「そんな事を考えてる場合か! CO-OPが発動したと言う事は氷が弱点だッ! 氷で攻め立てるぞッ!」
「OKッ! ブフを使える子はブフよッ! ブフを打ちまくって!」
「捜索中に拾ったブフストーンも使えッ!!」
悪魔と戦う上で最も大事なこと……それは弱点をつく事だ。弱点の無い悪魔もいるが、弱点のある悪魔を相手にするのならば弱点をついて立ち回るのがもっとも安全で効率が良いのは言うまでもない。
『全員防御を固めてッ!!』
「総員防御ッ! 身を固めてッ!!」
若様の指示に従い身を守れと声を張り上げる、私自身も防御姿勢に入る。
【ぬおおおッ!! 調子に乗るなあッ!!】
【冥界波】
モラクスが咆哮と共に地面に拳を叩きつける。初撃の衝撃破とは比べ物にならない衝撃が私達に向かって放たれ、悲鳴を上げる事も出来ず私達は吹き飛ばされ壁に強か打ちつけられた。だが事前に防御を固めていたこともあり辛うじて致命傷は防ぐ事が出来た。
「かっは……うーあいつの助言が無かったら死んでるぜ……」
「その……通りですね。若様に感謝しなければ」
傷薬の中身をぶちまけて傷を癒すと同時に銃を構え、ヒメネスに視線を向ける。
「動けない者が多いです。私達でかく乱をすることになりますが……」
「はっ! 言われなくてもやってやるよッ! おい時間は稼いでやるッ! さっさと復帰しろよッ! 牛頭こっちだッ!!」
「こっちですよッ!!」
氷結撃を私とヒメネスでモラクスに向かって放ちながら燃える街を走りまわす。
【己ちょこまかとッ!!】
地響きとモラクスの怒号を聞きながら仲間からモラクスを引き離すために燃える街の中を駆け出すのだった……。
魔王級のMAGを有するモラクスと澪達の戦いは常に綱渡りだ。一瞬のミスが死を招く……そんな極限状態の戦いだ。
「負傷者はどうなっている!」
『14人の内6名が重傷! 現在澪とヒメネスの2人が囮になってモラクスを引き離してくれていますが危険な状態です!』
冥界波の直撃を受けて14人の中で8人が生き残ったのはやはり補助魔法のおかげだ。ラクカジャ、スクカジャで防御と回避が上がっていたから直撃、あるいは致命傷を避ける事が出来たのだろう。
「救助班を出す! 護衛に4名残し、残りの5名は澪とヒメネスの支援に回れッ!」
『『『了解ッ!!』』』
ゴア隊長の指示で5人と悪魔が5体走り出す姿がモニターに映る。その姿を見ながら別のモニターに視線を向けるモラクスが振るう鉄球のような拳を避けながら澪とヒメネスさんが氷属性の弾丸で反撃し奮闘しているがダメージは殆ど通っていない。
『専門家として考えて長久、君に問う。澪隊員達はモラクスに勝てるか?』
アーサーの問いかけはとても答えにくいものだった。司令部のクルーの視線も全部向けられている……俺は溜息と共に搾り出すように口を開いた。
「今のままだと間違いなく負けます。打点が余りにも足りない、悪魔合体に反対するからですよ」
『悪魔を混ぜ合わせる事は危険が多すぎる。指令コマンドとして同意できない、専門家であるのならばその危険性を考慮するべきだ』
「それでも僕は悪魔合体が必要だったと言わせて頂きます、言わせて貰えば悪魔合体でより高位の悪魔の召喚に成功していれば負傷者はいなかったはずです」
デモニカに送られて来た悪魔召喚プログラムの中には悪魔合体プログラムもあった。邪教の館とは違う原理だと思うが、悪魔合体は切り札になると思っていたのだがアーサーが反対し、それに同意する司令部クルーによって悪魔合体は見送りとなった、それがこの苦戦を招いた。
「悪魔が強くなれば反逆の可能性がある」
「悪魔合体は秘術として僕の家に伝わっています。それは邪教の館と言う物で、かつて悪魔と戦った人間は邪教の館で悪魔を合体させ使役していたとされます。使えるものは何でも使うと言ったのに何故反対するのですか」
オニやメルコムと言った悪魔を仲間にしているのだ、それを素材に悪魔合体をすればモラクスに有効打を与えれる悪魔を作れたかもしれないのに……それを邪魔したのはアーサーだ。指令コマンドだとしても悪魔に関しては無知なので余計な事を言わないで欲しかった。全員が全員俺を受け入れてくれている訳ではない、子供で超常の悪魔を知っていて情報を小出しにする俺を嫌うのは分かるがそれとこれとは話が別だ。
「ゴア隊長。救助班にも悪魔交渉に成功している者が居ます。負傷者の仲魔と護衛4名の悪魔を合体させる事を提案します」
「それは棄却された筈だ! 口を慎めッ!」
「専門家として、超常存在と敵対した場合のプロとして提案しています。モラクスは強い、このままでは全滅します」
モニターに視線を向ければ黒い劫火が放たれ悪魔だけではなく、機動班のメンバーも錯乱しているのが映し出されている。
「恐らくあの炎は精神に異常を来たす何かが付与されています。モラクス自身も消耗しているのを見れば連射は出来ないと思いますが力を蓄えてからあの炎を放たれて、衝撃破を打たれたら防御も出来ずに全員が全滅するのは明らかです」
今回はヒメネスさんと澪、それとタイラーさんだったか、その3人が正気だったので錯乱している機動班を叩いて正気に戻していたが、全員が錯乱状態になればその瞬間に全滅するのは目に見えている。
「ゴア隊長、それは極論です。我々は悪魔合体プログラムの使用を反対します!」
「どうして!? このままじゃ皆が全滅するのになんで反対するのッ!?」
「リスクのある物を使うべきではない! 検証してから使うべきだ。それにモラクスとか言う悪魔にはダメージを与えれている、危険性のある悪魔合体プログラムを使うべきではないッ!!」
(あの野郎、よっぽど俺が嫌いか)
ニヤニヤとしているその顔を見れば悪魔合体プログラムの使用云々よりも俺の意見を通すのが嫌だと思っているのは明白だった。
「あの巨体ならば回復力も相当な物です。時間をかければ与えたダメージは回復されるはず……まだモラクスが油断している間に責めるべきです」
「何故そこまで悪魔合体に拘る! その悪魔を使って我々を自分の配下にでもするつもりか!」
「そんな事は考えていません。モラクスを倒すには打点が足りていませんから、全員を生存させるにはそれしかないと提案しているだけです」
打点が余りにも足りていない。デビルCO-MPで攻撃の威力をかさまししても全然足りていない、このままではジリ貧だ。戦況を引っくり返す一手が必要だ。
「……悪魔合体を使用すれば勝てるかね?」
「少なくとも五分には持っていけると思います」
『ゴア隊長、指令コマンドとしては賛同しかねる。だが最終決定権は君にあるぞ』
アーサーの言葉を聞いたゴア隊長は小さく頷いた。その反応を見て俺の意見に反対していたクルーは我が意を得たりと頷いたが、ゴア隊長は俺を見て頷いてくれた。
「悪魔合体プログラムの使用を許可するッ!」
その言葉に俺の意見の反抗的なクルーから声が上がる。するとゴア隊長は鋭い視線を俺に反対しているクルーへと向けた。
「では君達に応援に向かってもらうとしよう。悪魔が駄目ならば増援を送るしかない、悪魔が信用できないのだから自分が向かう……そう言っているのだろう?」
言葉につまり、俺を睨む4人のクルーを見たゴア隊長の怒声がブリッジに響いた。
「仲間を守る事が最優先だッ! くだらない己の感情で邪魔をするなッ!!」
その一喝に俺に反対していた4人組は敬礼し申し訳ありませんと叫んだ。
「長久君、合体した悪魔は言う事を聞いてくれるか?」
「……賭けの部分もありますが、僕の声を聞いてくれれば納得してくれる筈」
「君の声で何故悪魔が納得するんだ? 長久君」
カトーさんの言葉に俺は苦笑しながら自分の手首を切るような仕草をする。
「僕のMAGはかなり濃いです。血、最悪目玉の1個、臓器の1つでも差し出せば言う事を聞いてくれると思いますよ」
俺の言葉にゴア隊長だけではなく、カトーさん達も絶句する。だがこれは当然の事なのだ、澪達は潜在的なMAGが余りにも薄い。十分な量を悪魔に供給する事が出来ない、もしくはそれをするためには山ほどの悪魔を狩る必要がある。だが強い悪魔を倒すにはこちらも悪魔が必要になりMAGは減る一方だ。
「悪魔の専門家って言うのはこういうことなんですよ。確かに僕は安全な所にいるかもしれない、だからこそ……血だろうが、指だろうが、腕だろうが悪魔に差し出す覚悟がある。それだけの覚悟をして僕はこの場にいるんですよ」
悪魔を使役する為のMAGタンクになる覚悟は既にしている。戦えないのだ、自分は戦場に送り出す事しかできないのだ。ならばせめて己を生贄に悪魔が力を貸してくれるように己の身体を切裂く覚悟はとうの昔にしているのだから……。
私は言葉を発する事が出来なかった。この場にいる誰よりも長久君は覚悟を決めていた、悪魔を使役する為に、このシュバルツバースの中で皆が生き残る為に自分の身体を悪魔に差し出す覚悟が出来ていた。
「だから力を貸して欲しい、対価は払う」
悪魔合体によって作り出された悪魔との交渉をする長久君に悪魔が求めた要求に私は言葉を失った。
『ふうーん、そうねえ……じゃあ貴方の眼が欲しい。きっと澄んだ良い眼をしているのでしょうね、その眼を抉り取って私にくださいな』
『オレはジンゾウだ、ジンゾウをクワわせろッ! そしたらキョウリョクスルッ!!』
「……僕の血で足りなければ差し出そう、2つあるんだ。1つくらい構わない」
その交渉に割り込もうとした私を長久君の強い視線が止めた。そのあまりに強い決意が込められた目に私は完全に気圧された。
『ふふ、良いわよ。鬼女 リャナンシー……ニンゲンに力を貸してあげるわ』
『コウショウセイリツッ! 竜神 マカラ! コンゴトモヨロシクッ!』
「ありがとう。僕の声は聞こえてるね? これで君達に指示を出す、それに従って欲しい」
『良いわよ、でも戻ったらちゃんと対価は貰うわ』
『グルルル! ヤクソクヤぶる。ユルさない』
「分かってるよ。まずは血を差し出す、それで足りなければ指を、指でも足りなければ眼を出そう。それで良いね?」
『ええ、良いわよ。さ、行くわよマカラ』
『ワカッタ!!』
護衛班と救助隊が仲魔にしていた悪魔から作り出された黒衣を纏った女の悪魔と鹿の頭部を持つ悪魔が燃える街の上空を飛んで行った。
「上手く交渉成立してよかったです」
「上手くッ!? 上手くだって!? 君を犠牲にして何が上手くかッ!!」
年端もいかない子供を犠牲にして、何が上手く行ったのだと言えるわけが無い。
「私が対価を払えばよかったんだッ!」
「駄目ですよ、ゴア隊長は柱だ。柱が崩れたら皆崩れる。偉そうな事を言うだけで戦えない、身体も弱い、これほど丁度良い犠牲はない」
「馬鹿を言うなッ! 何故何故……」
ガラス球のように澄んだその瞳に射抜かれて私は言葉に詰まった。
「これが最善なんですよ。本来の悪魔合体が出来なかった、僕が間に入って悪魔を合体させたんです。なら僕が対価を払うのは当然なんですよ……まぁ澪は怒るかもしれないですが……これが1番正しい冴えたやり方なんですよ、事前に悪魔合体出来ていればこんな事にはならなかったんですが……此処まで来たらこうするしかないんですよ」
何を考えているのか、その澄んだ目で何を見ているのか……私には彼の考えている事が何も分からなかった。
「このまま話していても押し問答です。まずはモラクスを倒すとしましょう……リャナンシー、まずはメディアだ。その後はタルカジャ、余裕があればブフ。マカラはアイスブレスだ。出来るね?」
『ええ、良いわよ』
『アオーンッ!! マカせろ』
さも当然と言うように淡々と指示を出す長久君の目は恐れも、嫌悪感も、己の生に対する執着心すら感じられなかった。
『ぬああああッ!?』
『コオレコオレッ!!』
『ほら。傷を治してあげるわ、サマナーに感謝しなさいな』
リャナンシーの手から溢れた光が傷ついていた機動班のクルー達を癒し、猛烈な吹雪を吐き出すマカラによってモラクスが苦悶の声を上げる。
『畳み掛けるぞッ!! あいつがまた何かする前にぶっ潰すッ!!』
ヒメネスが指揮をとりモラクスへ氷の弾丸が殺到する。1発1発は決して威力の高いものではない、だがマカラのアイスブレスで身体のあちこちが凍っているモラクスは動きが鈍く、銃弾を避けきれず氷の弾丸が当たり、デビルCO-OPの追撃が幾重にも放たれる。
『……これで滅びを止められるなどと思うなよ……己らが……我らを呼んだのだ……滅びは……最早……』
全身が氷漬けになったモラクスは恨み言のような言葉を発しながら全身を砕け散らせて消滅した。
「なんとか終わりましたね……じゃあ僕は行くので」
司令部を出て行こうとする長久君の腕を掴んでとめる。
「待つんだ。やはり君が犠牲になる事は」
「悪魔との契約を破るほうが怖いんですよ、これはちゃんとした正規の契約です。対価は支払わないと」
「それならば私の血でッ!」
腕を失い戦えないのは私も同じだ。長久君だけが己を差し出すことはないと主張するが長久君は首を左右に振った。
「悪魔が求めるのはMAGですから、もし僕の事を気にしてくれるなら……医療室の準備をしてくれるとありがたいですね」
「……ならば私も行く、私の判断ミスの所為もある。己の業を見届けさせてくれ」
見ないほうが良いと思うんですけどと言う長久君に無理を言って降車デッキに向かった私が見たのは自ら手首の動脈を切る長久君と、溢れる血を美味そうに啜る2体の悪魔。
「殺すッ! そいつを殺すッ!!」
「止めろ澪ッ! これは契約だ。澪達を生かす為に僕がこの悪魔とした契約だ、これは無碍に出来ないんだ。だってリャナンシーとマカラは澪達を助けてくれたから……」
血を急速に失い血の気を失って行く長久君に駆け寄らなければと分かっているのに動けなかった。
(私の責任だ)
アーサーの言葉があったからと言って最初に長久君に使用許可を求められた時に使わせておけばこうはならなかった。私の判断ミスがこの結果を招いたのだ。どんな顔をして長久君に駆け寄ればいいのか私には分からなかった。
『ふう、ご馳走様。美味しいMAGだったわ、これなら貴方の目はいらないわね』
『オレもジンゾウいらない! アオーンッ!』
目玉と腎臓まで悪魔に捧げる契約をしていたと知り、澪達の顔色が変わった。そしてそんな契約を許したであろう私を睨みつけてきた。
「……いや……僕が言い出したんだ……ゴア……く……い」
「若様ッ!!」
「ああッくそッ!! レッドスプライトに残った奴等は何をやってんだッ! こんなガキに全部押し付けやがってッ!!
長久君は最後まで言い切る事無く背中から倒れこみ、澪の長久君を呼ぶ悲痛な叫びとヒメネスの怒号が降車デッキに木霊する。
「若様、若様ッ!」
「医療室よ! 医療室に早くッ!」
「坊主を死なせる訳にはいかねえだろッ!!」
澪を始めとした機動班のクルーが慌しく長久君を医療室に運ぶ中、ヒメネスだけが私の前に立った。
「ゴア隊長よ。あんた、もう少しよ。司令部の頭でっかち共を何とかしな。あいつは俺達の事を常に考えてくれてる、長久だってよ司令部にいるけどよ、カトー達みたいによ自分は関係ねぇって顔でよ。安全な場所でわーわーわー喚いてよ。こいつの言う事全部反対してよ……良い加減にしろよ。片腕1本失って、腑抜けてんじゃねぞゴア隊長よッ!」
激しい怒りを露にしたヒメネスはそう言うと舌打ちと共に医療室へ駆けて行った……。
「ゴア隊長。私もヒメネスと同意見です」
「タイラー……ああ、そうだな。私もそう思う」
腹心とも言えるタイラーの目も見れない……それだけの失態を私は重ねてしまっている。
「ゴア隊長、しっかりしてください。私の尊敬したゴア隊長はそんなに弱い人ではありませんでした。腕を1本失っただけで何をそんなに弱気になるんですか」
「タイラー……すまない」
「謝るのは私ではないですよ。長久にですよ」
タイラーの言う通りだ。私はふうっと小さく息を吐いて残された右手で頬を打った。
「私は司令部に戻る。やらなければならない事ができた」
「了解」
敬礼して見送ってくれるタイラーに背を向けて司令部へ向かう。モラクスとの戦いで改めて確信した、我々が生き残るには長久君の力が必要不可欠だ。だが子供と侮り、そして彼の意見を無碍にしようとするクルーも多くいる……こんな様では調査は愚か、脱出すら不可能だ。
「纏め上げなければ」
目的は皆同じ……だがその中で対立していては待っているのは全滅だけだ。腕を失い戦う事は出来なくなった事で知らずに気落ちしていたようだ……その所為でクルー1つ纏め上げられないとは情けない。だがもう目は覚めた……もう2度と長久君にあんな真似をさせないためにも、私は私の成すべき事をする。強い決意と共に私は司令部に向かって歩き出すのだった……。
司令部には重い沈黙が広がっていた。長久を疑っていた者、完全に信用していなかった者……様々な者がいるが自ら動脈を切り、悪魔に己の血を与えて意識不明へと長久が陥ったのは長久の意見に反対したクルーの責任ではあるが、それに何の意見も出さなかった私の責任でもある。
『澪隊員達がモラクスを撃破し持ち帰った謎のエネルギー体によって、天頂の量子トンネルの問題を解決しそうです。まず、この謎のエネルギー体の正体ですが……これは、ロゼッタ多様体です。このロゼッタ多様体はその容積に比して極めて多量の情報を有するという性質があります』
司令部の中に重い沈黙が広がっても機械であるアーサーはモラクスを倒して入手したエネルギー体の分析を続け、その報告を聞くことで気を紛らせていた自分が卑怯者に思えてくる。
「宇宙物理学の仮説上の存在でしか無かったロゼッタが見つかるなんて……このシュバルツバースは驚きの連続だけれど……ロゼッタは、その最たるものよッ!」
「ああ、シュバルツバースを出て持ち帰る事が出来れば地上のエネルギー問題は全て解決するぞッ!」
仮説上のエネルギーであるロゼッタが見つかった事に興奮する観測班達もいるが、物事はそんなに単純な事ではない。
「何を喜んでいる……機動班のクルーの多くは重傷で再起不能の可能性もある。それに長久君だってこのまま目を覚まさない可能性があるのだぞ、何故喜ぶことが出来る」
ブリッジに入ってきたゴア隊長の凄まじい怒気が込められた言葉に全員が言葉を失い目を伏せた。
『学問上の意義はさておき……重要なのは、このロゼッタがあの量子トンネルへの進入を可能にするであろう点です……「アーサー。そんな話はどうでもいい。ロゼッタを使えば移動出来る……それだけが分かれば十分だ。くだらない話はやめてもらおうか」……了解、ゴア隊長』
ゴア隊長がアーサーの言葉を遮り、私達の前に立った。
「これより私の決定を告げる。これに対しての異論や反対意見は一切聞かない。悪魔に関する全ては長久君に一任する、目を覚ませばの話だが……」
「ゴア隊長! 何を言っておられるのですか!?」
「悪魔を使役……」
ゴア隊長の意見に反対し詰め寄った2人のクルーがゴア隊長の右の鉄拳で殴り飛ばされ、頬を押さえて床に座り込んだ。
「お前達は何時まで長久君を侮っているッ! 彼がいなければ我々はとっくの昔に全滅しているんだぞッ! それに我々が反対した事で悪魔に己を食わせるとまで言わせた彼に何か思うことはないのかッ!! 私は情けなかったぞッ! あんな子供が自分を犠牲にするといったんだぞッ! 何故己を恥じないッ! 何故彼を侮れるッ!! 何故彼の献身を無碍にできるッ!!!」
肩を怒らせて叫ぶゴア隊長に誰も反論出来なかった。全てが正論であり、私達が邪魔をした事で長久君は意識不明、機動班も負傷者が出ることになったのだ。悪魔合体プログラムの使用に反対しなければ、悪魔との交渉に制限をかけなければ……上げればきりが無いほどに私達は長久の邪魔をしていたのだ。
「これは決定事項だ。アーサー君の意見も勿論却下する」
『了解した。ゴア隊長、私の話を続けても良いかね?』
アーサーの問いかけにゴア隊長が頷くとアーサーはゴア隊長に中断された話を再開する。
『モラクスから入手したロゼッタ物質によって、レッドスプライト号のプラズマ装甲のパラメーターを変更し、量子場の向こうであるトンネルへと進入可能となります。簡単に説明すれば油の属性の重力場に水の属性のレッドスプライト号は浸入できませんが、油でコーティングすれば突入可能となる訳です。問題なく重力場を突破出来ると断言出来ますが、問題が1つ。仮に突破したとしても地上に戻れるのか、それとも更に奥の階層に進む事になるのかは定かではありません。ゴア隊長、決定権は貴方にあります。進むか、それともこの場に留まるか……どうしますか?』
ロゼッタ物質を使って先に進めるが、そこが地上なのか、それともより危険な悪魔が潜む領域に進む事になるのか、定かではなく進めば全滅のリスクもあるとアーサーに聞かされたゴア隊長は迷う事無く決断を下した。
「進むに決まっているだろう。地上を救う為にも脱出するためにも我々には進む以外の道はない、アーサー。時空間移動を許可する」
『了解、では早急にスキップドライブの準備を始めます。クルーに通達、全員安全ベルトを装着し衝撃及び悪魔の襲撃に備えてください』
悪魔の襲撃と聞き、セクターアントリアに墜落した事を思い出した私は思わずアーサーに問いかけた。
「……アーサー、突入の時みたいなことにはならないよな?」
悪魔に襲撃され墜落し、悪魔にレッドスプライト号の内部に侵入されクルーを拉致された。余りにもひどすぎる歓迎を思い出し、思わず引き攣った表情で問いかける。
『現在の私は突入前に比べてはるかに多くのシュバルツバースに関する情報量を有しています。貴方達にはトラブルの無い航行を約束します……ではクルーの用意が整ったらスキップドライブを行います。各員、準備を行ってください』
「各員準備を急げッ! スキップドライブを行い別の階層へ向かうぞッ!!」
「「「了解ッ!」」」
意識不明の長久、機動班と司令部の不和……様々な問題を抱えてスキップドライブを行なうレッドスプライト号を見つめる黒いデモニカの姿があった。
「見つけた。ジョージ、あの中に長久は居るのかしら?」
『千代子と翔子からの情報を加味すればその可能性は極めて高い、長久を救える3度のチャンス。その1つが次のセクターボーティーズだ。アレックス、良いかジャック部隊が現れれば長久は死ぬ、その前に救出する必要がある』
「OK、じゃあ私達も行きましょう。ボーティーズへ、長久の救出、そして澪の抹殺。それが私達の任務よ、なんとしてもそれを成し遂げる。その為に私はこの時代に来たのだから」
レッドスプライト号を追って黒いデモニカを纏った少女も姿を消すのだった……。
4周目の世界 滅びを求める地球意思 その7へ続く
DSJからアレックスも参加しましたが、ちょっとアレックスの性格は変化しております。後嘆きの胎のイベントは少し触れるくらいになるか前面カットになるかもしれません。流石にそれを入れると長くなりすぎるかなと思っていますので、ここは書きながら考えていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。