4周目の世界 滅びを求める地球意思 その8
私は足を引き摺りながらボーティーズの宮殿の出口へと這うようなスピードで向かっていた。何が起こったのか正直理解していない、ただ分かっている事は……私は「殺されたのだ」何の抵抗も出来ず、一瞬の内に私は殺された。それなのに今生きている……混乱している中でも私が何をしないといけないかは分かっていた。
(戻らないと……若様のところへ……)
私を殺した女は若様の名前を口にしていた。何故あの女が若様の事を知っているのかは私には分からない……だが私は若様に危害を加える者を許さないと5年前のあの雪の日に、一族を裏切った時に誓ったのだ。
(私があの御方を地に落としたんだ……天に座すべき尊き御方を地に落としてしまったんだ)
本来若様はこのような場所に来られるお方ではない、それなのにシュバルツバースにいるのは私の責任だ。
(デメテルも言っていた……)
私の命を救った女神デメテルは言っていた。神の血の混ざり者なんて珍しいと……その言葉が私の罪深さを私に再認識させた。
「若様を……若様の元へ……」
私は成し遂げなくてはならない……当主も、長老も私に約束したのだ。シュバルツバースの調査を無事に終え、戻った時に若様を本来の地位に戻すと……私に約束したのだ。
「私は……若様を天に戻すんだ……」
私を救った為に地に堕ちてしまった尊い御方を本来の天へ戻すのだ……それを成し遂げるためならば命すら惜しくはない、だが何も成し遂げずに死ぬ訳には行かないのだ。今にも倒れてしまいたいほどの疲労感、そして傷が無いのに身体を蝕む痛みに歯を食いしばり、1歩、1歩踏みしめるように前へと進む。
(若様……若様……)
行かないと、戻らないと……それだけを考えボーティーズの宮殿の出口の扉に手を掛けようとした所で強烈な浮遊感、そして……。
『お前も連れて行ってヤルぜぇぇぇッ! 楽しい、楽しい、所へよぉぉぉッ! ヒャッハッハァァァッ!』
耳障りな悪魔の叫び声が響き、必死に伸ばした私の手は空を切り、遙か上空へと連れ去られてしまう。
(だ、駄目だ……意識を……)
殺された時の痛みとその身体を引き摺って歩いてきた私は上空へ連れ去られる衝撃に耐える事が出来ず意識を失ってしまうのだった……。
『大丈夫だよ、澪は死なせない。僕の血を分けてあげる』
駄目、止めて……止めて下さい……。
『澪は特別だから……だから死なないで』
滴り落ちる若様の血が私に降り注ぐ……それだけで致命傷が治った。火傷と呪いで爛れた皮膚が元の白さと美しさを取り戻す。
『お前は何をしたか分かっているのだな』
『はい、分かっています』
『お前はお前自身の未来を捨てたのだ。愚か者め』
『未来よりも僕は澪が大事だ。神子じゃなく、長久と見てくれている彼女を見捨てるくらいなら地位なんていらない』
私のせいなのだ、私が天に立つべき人を地に落とした。神を人にしてしまった……
(私は間違えたんだ……)
『お前は今日を持って序列から外す』
『構いません。その代り澪は貰います』
『好きにするが良い、そのような下等な者を救い、己の血を劣化させた愚か者に用はない』
当主がそう吐き捨てて出て行き、それに続くように長老衆も出て行く、残ったのは只1人。
『後悔はないんだね?』
『ないですよ、お婆様』
若様の唯一の血縁者である老婆は若様の言葉に柔らかく微笑んだ。
『澪、この子を守ってくれてありがとう。神子は機械じゃ駄目なんだ、人の心が必要なんだよ。きっと長久は誰よりも優れた神子になるよ、だからこそ長久はこの家にいないほうが良い』
序列を外されても若様は家の外に出る事は許されなかった。生贄として、兵器として飼い殺された。私のせいで本来得るものを全て取り上げてしまった……それが何よりも悲しかった。若様を守る為に、これ以上傷付けさせないために私は戦場で戦果を上げ続けた。私が戦場で活躍すれば若様を傷つけないと言う当主達との血の契約の為だ。
『澪、長久を元の地位へ戻してやろうか?』
そして当主からの悪魔の誘いを受け、私は尊き御方を元の天の座へ戻すために……シュバルバース調査隊へと志願したのだ。
「若様……ッ!」
「え、きゃあッ!!」
ごつんという音がして私は額を押さえて声にならない呻き声を上げた。デモニカのヘルメット越しでも飛び起きたせいでかなりの衝撃があった……。
「あいたた……とりあえず目が覚めてよかったわ、確か澪さんよね」
額を押さえて蹲ってる女性が顔を上げその顔を見て少し驚いた。
「貴女は……ゼレーニン……? エルブス号の……救難信号を傍受して助けに来たのですが……」
救出に来たのに悪魔に捕まっているのでは意味が無い、文字通りミイラ取りがミイラになってしまった。
「救難信号で助けに来てくれたのね……だけどごめんなさい、私のせいで貴女も囚われてしまったわね」
力なく笑うゼレーニンを見ながら私はデモニカのウエストポーチから1枚の紙を取り出した。
「遺書でも書くの?」
「いえ、諦めるのはまだ早いという事です」
取り出した紙を破くとMAGの光が溢れ出し、私とゼレーニンの間にスクリーンのような物が作り出される。
『澪! ゴア隊長! 澪から連絡です!』
『何!? 澪、生きていたのか……良かった。今どこにいる?』
「これは……何?」
「貴女達学者が馬鹿にするオカルトですよ。遠見の術というものです」
出発前に若様から渡されていた装備の1つ……デモニカによる通信が通じない時の短時間の通信を可能にするお守りの護符……保険程度のそれが私とゼレーニンの最後の命綱だった……。
感度は良くないが澪とゼレーニンの姿を見て私は安堵の溜息を吐いた。
「こちらはレッドスプライト号のゴアだ。君はエルブス号のゼレーニンで間違いないか?」
『は、はい! ゴア隊長もご無事で……すみません』
ゼレーニンはそこで私の腕が無いのに気付き謝罪してくるがそんな事は問題ではない。
「長久君、この通信はどれくらい維持できる」
「3分ほど……あくまでお守りなので長時間の通信は無理です」
「聞いていたな? 通信可能時間は3分だ。何があったのか簡潔に説明してくれ」
私がそう促すとゼレーニンがエルブス号に何があったのかを話し始める。
『私達はこのセクターに墜落し、周囲の探索中に悪魔に囚われました。既に仲間の大多数が悪魔の実験により命を落としました。生きている仲間もその多くが発狂しています』
ノリスのように悪魔に取り憑かれ精神に異常を来たしているのか……出来る事ならば何とかしてやりたいが……。
「ゼレーニン、君は悪魔召喚プログラムを受け取っているか? 受け取っているのならば『悪魔召喚プログラム!? なんて恐ろしいものを使っているのですか!』落ち着くんだ」
私の言葉を遮りヒステリックな悲鳴を上げるゼレーニンに落ち着くんだと声を掛ける。
『何を騒いでいる! そんなに先に実験されたいのか?』
『ひっ……』
悪魔の声が響き、ゼレーニンの引き攣った悲鳴が空中のMAGから響いて来る。時間を無駄にしたくないが、ここで会話を続けて悪魔に通信をしていると知られるほうが不味いので黙りこみ、暫くすると悪魔の気配が遠ざかっていったのか澪がOKサインを出した。
「悪魔に恐ろしい目に合わされたのは分かる、だが悪魔と協力するのが現状我々の生命線だ。不服だと思うが、澪から悪魔召喚プログラムを受け取り、悪魔を譲渡してもらうか、悪魔と共に行動するのが嫌ならばその牢獄で待っていて貰うことになる」
ゼレーニンは悪魔を譲渡を受け入れると思っていたのだが……。
『分かりました。牢獄で待ちます』
待つと言う言葉に私は内心落胆したが、それを顔に出さずに澪に視線を向けた。
「澪、脱出は可能そうか?」
『現状は難しいです、ただ悪魔が自分達の大将と話をしてもらうと言っていたので……できる限り情報を得てみようと思います』
危険ではあるが……向こうが話し合いを望んでいるのならばそれで情報を得るのは間違いではない。
「澪、君に特別指令を与える。セクターボーティーズの悪魔と交渉し、可能な限りの情報を持ち帰って欲しい。我々はその間に宮殿の近くで騒ぎを起こし脱出する為の隙を作り出す。可能ならばその混乱に乗じて脱出、不可能ならばその場で待機せよ」
『了解です、ゴア隊長……』
ノイズが走りMAGの光を放出していた紙が燃え尽き澪とゼレーニンの姿が見えなくなった。
「長久君、高位の悪魔が交渉を望む事はあるのかね?」
「無いとは言えないですね……高位の悪魔になればなるほどに人間の影響を受ける個体もいるそうで……もしかすると自分が知らない何かを知りたいと思っているのかもしれません……ただその悪魔だから何をしでかすかは正直分かりません」
交渉という形だがそれがどんな物になるのか判らないと言う長久君に私は眉の間を揉み解しながらどうするかを考える。
(アレックスはまだこの近辺にいる可能性が高い、ジョージというAIもかなり性能が高そうだ……)
最悪アレックスがレッドスプライト号に侵入してくる可能性がある以上澪の脱出の為に裂ける人員は多くはない……。
「ゴア隊長、僕にいい考えがあります」
「却下だ。君の良い考えは君自身を度外視している。そんな作戦を何度も受け入れる訳が無いだろう」
私の言葉に司令部のクルーがうんうんと頷き、監視役のゾイなんか何度も頷いている。
「……いや、今回は皆さんにも手伝ってもらおうかと」
「何をするつもりだ?」
「血を少しずつ集めて、宮殿の上空にMAGと一緒に打ち上げます。そうすれば悪魔が寄って前後不覚になる可能性があります……1回
限りの陽動になりますけど……どうでしょう? MAGは探索中に集めた分で賄えますし、血もそれほど多くなくて一般的な採血量で出来ると思うんですけど……」
「分かった、その作戦で行こう。嘘は言ってないな?」
「正直まだ調子悪いですし……無茶と無理はしないつもりです」
「ゾイ、長久君の監視を頼む。それと全クルーに医療室に集合するように通達してくれ」
長久君は私達以上に無茶をするのでゾイに監視を頼み、全クルーに医療室に集合するように通達してくれと指示を出し、モニターに映る宮殿に視線を向けながら私はアレックスの言葉を思い返していた。
(私は本来死んでいた……千代子と翔子……か)
アレックスの異常な強さ、そして最新のデモニカを越える黒いスーツ……それらは私にある疑惑と仮説を抱かせるには十分なものであった。それはこのシュバルツバースの中の時間軸はめちゃくちゃであり、こうしている間も外の世界では凄まじい時間が過ぎているのではないかというもの、そしてもう1つはこのシュバルツバース自身が一種のタイムマシンであり、過去や未来と繋がっているのではないか?と言う物なのだった……もしもそのとおりならば私達が入る現在を変えれば未来を変えれる。だがアレックスが未来から来たと仮定すると……
どうしても辻褄が合わない部分が多々ある。
(出来る事ならばアレックスから話を聞きたい物だな)
彼女の目的は澪の抹殺と長久君の救出だと言っていた、何故澪を殺すのか、そして長久君をジャック達から救い出すというものならば説得次第では協力者になってくれるのではないかと思わずにはいられないのだった……。
配下の悪魔が連れて来た人間を見てアタシは捕らえた人間の頭を開き、脳をいじくり回していた手を止めた。
「あ、あひゃ……」
マリンカリンとハピルマで痛みを快楽に変えてやったからか女は白目を向き、口から涎を流しながら何度も身体を痙攣させる。
「後は好きにせよ、食うも、犯すもお前の自由じゃ」
「ミトラス様! ありがとうございますッ!」
最も人間を狩って来た配下に脳を弄繰り回した女を与え、配下が差し出してきたタオルで指を拭いながら振り返る。
「待たせたの、アタシはミトラス。この遊びふける国の支配者よ、その混ざり者の女。名をなんと申す? 名乗るが良い」
「……澪」
今まで捕らえた人間とは雰囲気が違う女……人間だが悪魔に匹敵する何かが混ざっている女を見てアタシはうんうんと頷いた。
「素直なのは良い心がけじゃ、澪。アタシはな、人間に興味津々なのじゃ」
王座の間に拘束した人間達に手をむけながらアタシは言葉を続ける。
「うぬらは不思議よのう……皆は友人だ、汝の隣人を愛せよと言う割には競い合い、果ては殺し合う。今まで脳を調べた人間の記憶を見たが余りにも相反する事ばかりを言っている……人間とは余りにも奇妙な生き物にアタシには見えるのだが……教えてくれ、何故人間は争い、同属で殺しあうのだ?」
「相手が何を考えているのか、笑顔の下で憎んでいる。そんな人間だから奪い合い、憎み合う」
アタシの問いに答えた人間は澪が初めてだった。皆アタシの問いに鉛玉で答えた。だからアタシは望み通りに武力で答えた……だが澪は言葉で応えたならば言葉で応えるのが道理である。
「なるほど、道理だ。では誰よりも愛す、一生守る等と誓おうとしながら相手が拒めば海よりも深く呪う。愛する者を手に掛ける運命を背負うているかのようだ。それに関してはお主はどう思う?」
「私は違う、私の命は若様の為だけにある。何をしても、どんな事をしても、若様を守る為ならば何でもする。お前が若様を害すと言うのならば、首だけとなっても私はお前を殺す」
澪の言葉に配下がいきり立つがアタシは手を叩き、黙れと命令する。
「なるほど、その者がお前を混ざり者としたものか……うむうむ。なるほどのお……どれ、澪よ。お前はアタシの問いに答えてくれた、故にアタシもお前の問いに答えよう。アタシに問いたい事はないか?」
暴力に暴力を、憎しみには憎しみを、愛には愛を……アタシは誠実に与えられた物を返している。だからこそ澪の対応にも誠実に対応するだけである。
「何故人間を捉えている? モラクスは人間を殺していたが……」
「ふうむモラクスは頭が弱いからの、だがアタシは違うぞ? 惜しいじゃないか。こんな謎深い生き物を……ただ殺すだけなんて。昔を思い返せば……サルの如く野蛮だったうぬら。かつては、アタシらの力に泣き縋り、助けてくれと救ってくれと懇願したお主らが……今や星を食い殺すほど増えでかい顔をしておる。なにがうぬらをそうしたのだ?理由を知っていたら、申してみよ。人間は、何故……地球の主となった?」
何故人間はアタシ達を捨てたのか、私はそれを知りたい。あれほど寄り添ってやったのに、守ってやったのに……人間は何故契約を反故にしただけではなくアタシらを陥れたのか……それをアタシは知りたい。
「ミトラス。私は賢い者ではない、何故人間が地球に繁栄したのか、その答えを私は持たない。ある人は言うだろう分からないと、だがある人は言うだろう、神の導きであると、だがある人は言うだろう神などいないと、しかしある人は言うだろう知恵を得たからだと、だがある人は身体が強くなったからだと、だが結局の所は分からない。私は神など見たこともないし、神が人間を救うところを見たこともない。知恵があると言うのならば何故人間は奪い合い、殺しあう? 身体が強くなったと言うが人間は獣に勝てない、そんな貧弱さで体が強くなったと何故言える? 結局は自分がそう思いたいだけ、自分が正しく、他は間違っていると言いたいだけ……要は自分勝手なんだよ。人間は」
澪の答えは今までアタシが問いかけた人間の答えを全てを網羅した、大変面白い返答だった。
「ほほ、ほほほほッ!! なるほど、なるほどッ! そう思いたいだけ、なるほどッ! ははははッ!! 愉快愉快ッ!!」
人間ではあるが澪は人間とは違う、その価値観が余りにも違っているのだ。
「澪。お前は何の為にこの滅びの地を訪れた?」
「地に落ちた天に座すべき人を天へ戻すため」
迷う事無くそう告げた澪にアタシは宮殿を響かせるほどに笑った。わかったのだ、この人間は同類である。我らの同胞であると、アタシと同じく堕ちた者を再び天へ戻そうとしているのだ……。
(ミトラス様、この者はミトラス様に害をなしますぞ?)
配下の1人がそう耳打ちしてくる。そんな事は言われなくとも分かっている……この狂気はアタシでも御せない、だがその狂気が気に入ったのだ。
「澪よ、我らの戦いは復讐なのである。そもそも、人間はアタシらを恐れ、敬う者達だった。だからこそ、アタシらは人間に加護を授ける事もあった。そして人間は我らに感謝し、踊りを奉納し、ご馳走を用意し、生贄を用意した。だからこそ我らはそれに答えた。今でも思うのだ……ああ、何故あの素晴らしい蜜月がなにゆえかく失われたのか……人間も、あの星も、アタシらの物であったのにッ!」
滅びの地は我らの復権の、復讐の形なのだ。我らの恩恵を得て繁栄したと言うのに我らを地に落とした者達の報復なのである。
「澪、うぬは怯えるか? アタシらの姿に……嘘偽り無く答えるが良い、アタシはお前を気に入った。故にどんな返答でも怒らぬぞ? 正直に申せ」
あたしの問いに澪はなんでもない表情で告げた。
「何とも思わない、若様が私の全てであり、絶対だからだ。そこで人形になったクルーにも興味はない、お前が若様に害成すと言うならお前は殺す、若様の味方をすると言うのならば私はお前を信頼する。だが若様を天に戻す為にお前が邪魔ならばお前は敵だ」
アタシの配下に囲まれ、しかも殆ど瀕死だというのにこの覇気に身震いがした。恐怖ではない、歓喜に等しい感情だ。この者の下になら付いてもいいと思わせる王気を垣間見た。
「ほっほほ、良いぞ。この首取れるならば取りに来るがいい、だがアタシは激せば怖いが……話も分かる悪魔ぞよ。うぬの心掛け次第では取り立ててやらぬでもない、そしてうぬ1人に答えを出せと言うのではない。うぬ達全員に聞こうと言うのだ。あの怪しい船に乗る全員に、そしてあの船に乗る神子にも問うがいい、そうじゃなあの神子がアタシらの皇になると言うのならば……うむ、協力するも吝かではない、勿論捕らえている人間を解放する事も検討しようではないか」
母を裏切るのは正直躊躇うが……この澪とその澪が忠義を誓う神子に興味が沸いたのだ。母は強力な悪魔ではあるが、この遠く離れた宮殿からも感じる神気は本物……。
(母に匹敵するやも知れぬ)
母は己の配下全てを愛しておられるが、誰も特別ではない。だが澪が忠義を誓う神子を天に戻せばアタシは特別になる……それもまた面白いのではないかと思っている。
「アタシの配下として力となるか、それとも争うてのたれ死ぬ道か……はたまた力を示しアタシらを支配するか……皆で話して、答えを持ってまいれ。配下になれば悪いようにはせん。これは契約だ、契約をアタシは決して違えぬぞ。澪よ、ぬほほほ……良し、こやつを帰してやれッ! 良いなッ! 答えを決めたら帰ってくるのだぞッ! 澪に鐘を渡すのだぞ、ではな、澪。澪、お前が帰るのを待っておるぞ?」
アタシの指示で配下の悪魔が澪に悦楽の杯鐘を渡すように指示を出し、配下に連れて行かれる澪を窓から見つめる。
「ほほほッ! 面白くなって来たではないかッ」
澪という人間の狂気に触れて面白くなって来た。遊びふける国の名の通りアタシは遊びを好む、面白い遊戯が向こうから飛び込んできたとあたしは高らかに笑うのだった……。
ボーティーズから戻って来た澪の報告を聞いて俺は頭を抱える事になった。このセクターの支配者であるというミトラスは幸運にも話の分かるタイプの悪魔だったらしいが……それが今回は不味い事になった。
「全面的に争うか、配下に下るか、それとも私達が支配するか……か」
ボーティーズの全悪魔と戦うのは無謀、配下に下ったとしても全員が無事とは限らない、そして力を示してミトラスを支配すると言うのも得策とは言いがたい。
「長久君。君はどう思う?」
「そうですね……契約と口にしているのでそれにかなりの拘りがあるみたいですね。それと澪の話で堕ちた神であると言っていた点から……恐らくミトラスはかなりの高位の悪魔、いえ本来は神だったのだと思います」
堕とされた……報復、復讐であると言う言葉にミトラスの正体……いや、セクターの支配者の悪魔のヒントに大きく近づいたといえる。
「堕ちた神と言うのは悪魔という事ではないのか?」
「違うんですよカトーさん。堕ちた神って言うのは……キリスト教によって本来神が貶められた姿を指します。そのキリスト教を信仰している人に言うべき
言葉ではないと思うんですけど……この世界の悪魔の正体は、人間が過去に起こした宗教戦争によって神としての地位と力、そして本来の姿を剥奪された神の成れの果てと言うことです」
例えばアシュタロスは元は豊穣神イシュタルだったし、ベルゼブルだって蝿の王とされているが元はカナン神話の豊穣神バアルだ。キリスト教が悪いとは言わないが、信仰を広げる為に他の宗教の神を陥れたのは有名な話だ。
「んん、私は別にキリスト教と言う訳ではないが……なるほど……悪魔が我々人間を憎むのはそういうことか」
本来神と崇めていたのに別の宗教によって掌を返した。それを怨んでいる悪魔がセクターの支配者の正体なのである。
「ゴア隊長。可能な限り捕らえられているクルーを救出したいと思っているのですが……どうでしょうか?」
「出来る事ならば私もそうしたい、だがIDが判明しているのはゼレーニンだけだ。消息不明なクルー全員の救出を望むのは酷な話だが不可能だ。ミトラスと交渉して人間を解放して貰うのも案にはなるが……」
ゴア隊長が澪に視線を向けると澪は首を左右に振った。
「クルーには何の反応もありませんでした、生体反応も、心臓の鼓動も、恐らくゾンビあるいは悪魔にされて使役されているのだと思われます」
ミトラスの配下になったと言うクルーの生体反応がないと言う澪の報告にミトラスの配下になるのは=悪魔になるということ場と同意義だ。
「ミトラスって奴をぶっ飛ばして殺すか、支配すりゃいいんだろ?」
「ヒメネスさん、それが出来たらいいんですけど……澪は契約で縛られてる。つまりミトラスは契約という形でルールを押し付けることが出来る……タイマンで勝てますか?」
俺の問いかけにヒメネスさんは無理だなと呟き、少し考え込む素振りを見せる。
「なぁ、長久。ミトラスの言葉は真実なのか? 協力するのもやぶさかではないつうのは」
「悪魔は嘘つきなんだろ? 信用するのは危険だろ」
「少なくとも私は信用出来ないわよ」
確かに俺は悪魔は嘘つきだから信用するなと言った。だが事情が大きく変わってきている……本当に堕ちた神だと言うのならば。
「ミトラスに神の矜持があるのならば真実だと思います」
「つまり力比べに勝てばミトラスは仲間になる可能性があると?」
「あると思いますよ、モラクスよりずっと話の分かる悪魔ですから、ただ問題は……勝てるかどうかですね」
モラクスよりも確実にミトラスは強い……1対1では絶対に勝てない相手と言える。力で屈服させるにしても余りにも無謀な賭けだ。
「若様、私はどうやらミトラスに気に入られているようなのでミトラスと謁見する事は可能ですが……」
「それは最終手段にしよう。それにミトラスが帰したという事はミトラスには思惑があると言うことだとおもうんですよ。ここまで乗り込んで来いって言う……挑発だと思うんです」
俺の言葉にゴア隊長はうむといって頷いてくれた。
「私も長久君と同意見だ。恐らくミトラスは私達がどう動くか見ているのだろう、その思惑に乗るようで癪だが……真っ向からミトラスの挑戦を受けるとしよう。勿論我々の流儀でな」
獰猛に笑うゴア隊長を見ながら俺は先ほどの襲撃者の事を思い返していた。
(アレックスか……)
何かを言われて強烈な頭痛で意識を失ったが、あのアレックスという少女は何故かどこか懐かしい相手のように感じた。
「若様? 大丈夫ですか?」
心配そうに大丈夫か? と尋ねてくる澪に大丈夫と返事を返そうと顔を上げて、気付いたのだ。
(似ている……なんてもんじゃないぞ……澪はアレックスに似てる)
アレックスと澪の顔は瓜二つだった。まるで肉親のようにアレックスと澪の顔は似ていたのだ。
「若様? やはり調子が……」
「あ、いえ……うん、やっぱり駄目かもしれない、澪。悪いけど医療室に連れてってくれないか」
「分かりました。失礼します」
澪に抱き抱えられ医療室へ向かう道中必死に考えを纏めようとするが……滑り落ちていくように何かが消えていく……それは生まれ変わる、いや憑依する度に俺を襲う喪失感に酷似していて……俺は澪に抱き抱えられたまま俺の意識は深い闇の中へと沈んでいくのだった……。
どこかも分からない白い空間で3人の老紳士が満足そうに頷いた。その視線の先には目覚めない長久に気付き、騒いでいるレッドスプライト号のクルーの姿が空中に浮かぶスクリーンに写されていた。
「神子が来たな」
「ああ、これで我々の目的は大きく進む」
「だがこの神子は穢れている。純然たる神の器ではない」
「然り、メムアレフもこの神子には目を付けているだろう……あやつらの手に神子を渡すわけには行かぬ」
「ならばデメテルに向かわせるか?」
「それも良いだろう。滅びの地を消し去り、永劫の平和の世界を作るには神子が必要なのだからな」
「行け、デメテルよ。お前が求める豊穣の世界を作るには神子の力が必要となる」
「分かりました。必ず神子を連れてまいりますわ」
老紳士の前に控えていた小柄な金髪の少女デメテルは老紳士の命に従い、白の空間からシュバルツバースへと向かった。
「母よ、神子が我らの世界へ訪れたようです」
「そのようですね、丁寧にもてなすように伝えなさい」
「畏まりました」
シュバルツバースを支配する女神もまた、神子である長久を求めて動き出す。滅びを齎し再生を願うカオス陣営、そして完全に管理された世界を望むロウ陣営。
「彼も来た様だ、ふふ、面白くなって来たじゃないか、君はこの世界で私に何を見せてくれるんだい? 長久君」
そして世界を片手間で滅ぼす事が出来る超越者は楽しそうに笑う、その視線の先にはネビロスとベリアルと手をつなぎ異空間を進むアリスの姿があるのだった……。
4周目の世界 滅びを求める地球意思 その9へ続く
ミトラスを大幅に弄ってみました、後は長久に異変その1ですね。次回はミトラスの宮殿攻略……ではなく闇の中に沈んだ長久の話をするつもりなのでミトラスは最後の戦いの部分だけやりたいと思います。大分ストレンジジャーニーの流れと変わり始めましたが、これからどんな展開が待っているのか楽しみにしていただけたら幸いです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。