4周目の世界 滅びを求める地球意思 その33
黒いデモニカスーツを纏う兵士が俺達の前後を取ってライトニング号の内部を案内してくれるが、それは形だけで俺達に何の情報も与えまいと俺達の同行を逐一監視しているのが一目で分かる。
『タイラーさん聞こえますか? 返事は良いです。もし聞こえていたら右肩を少しだけ上げてください』
デモニカスーツに響いた長久の声に一瞬驚いたが、平静をすぐに取り戻し右肩を上げる。
『ボーティーズで使ったMAGを用いた緊急通信です。ヒメネスさんとマッキーさんにも通信を繋げていますが、会話をしていると気付かれる可能性があるので、こちらでも交渉の内容を聞いているということだけ覚えておいてください』
通信も映像記録も残せない事が分かっていたので、ゴア隊長達が俺達を見て、聞いていてくれているという事が分かっただけで少しだけ安堵できた。
『それと全員悪魔をデモニカスーツへ、ライトニング号の中には葛葉と南条、桐条がいます。間違いなく悪魔使いと断言できるのでバガブーを帰還させてください、操られる可能性があります』
葛葉、南条、桐条……長久を虐待していた組織の連中がいると聞き頭に血が昇りそうになるが、長久の助言通りに召喚していた悪魔を1度帰還させる。
「何故悪魔を帰還させた?」
「俺達は交渉にきたんであって戦いに来たわけじゃない、俺達なりの誠意ある対応のつもりだったのだが、不服か?」
「……いや、そちらも交渉に乗り気って事でこっちも一安心だ」
悪魔を戻した事で話しかけてきた隊員にそう返事を返し、暫くライトニング号の中を進んでいるとブリッジの前の扉で止まるように命じられた。
「……止まれ! そこに立つんだ! 大佐! レッドスプライト号のクルー3名を連れてきました!」
「…うむ、ご苦労だった。3人とも通してくれ」
司令部から聞こえて来た声の後扉が開き、俺達は司令部の中へと足を踏み入れた。
「いやぁー、ライトニング号へようこそようこそ。こんな地上を遠く離れた魔の地で会うなんて……前世で奇妙な因縁でもあったんでしょうね、私達は」
にこやかに声を掛けてくる男……悪名高きジャック大佐の姿に警戒心が一気に強まる。
「アンタとの縁はあの時に切れたと思っていたんだけどな、運命っていう物は分からないものだな、大佐」
「ん、んん? おおッ! 我が友ゴアの腹心のマッキーではないですが、いやあ、お元気そうで何よりです。前に一緒に仕事をしたのはテロリストの殲滅任務でしたね。いやあ懐かしい」
「俺は民間人の保護のつもりだったんだけどな」
民間人保護の任務を受けてジャック部隊と仕事をしたが、あろうことかジャック部隊は民間人の虐殺を選択し、俺とゴア隊長はほんの僅かな民間人を保護するに留まり、ジャックに詰め寄ったのを覚えている。
「あれは不幸な事故だったんですよ。人質の中にテロリストが紛れていたのです。私として殺害は望んだものでは無かったのですよ。神に誓いましょう」
どの口がと思ったが、ここで過去の事を蒸し返すにも訳にも行かず頭を下げた。
「すまない、大佐。俺にも、ゴア隊長にも思う事があったんだ。別にあんたを責めるつもりは無かった。あんたは最善をしたそうだろう?」
俺の言葉にジャックはにこやかに笑みを浮かべてきた。
「私の真意を分かってくれてありがとう、マッキー。さてと懐かしい話を続けたいですが、いつまでも脱線している訳には行きませんから交渉を始めましょう、なんせ貴方達も厳しい任務の中での表敬だ、しかも漸く脱出出来そうという佳境の時なのですからね」
「お前……どこまで知っているんだ!?」
「ヒメネス止めろッ!」
こちらの内情を知っていると気付いたヒメネスが声を荒げるのをタイラーが押さえ込み、俺は頭を下げた。
「すまない、予想もしない言葉に彼は驚いてしまったんだ」
「いえいえ、大丈夫ですとも、ヒメネス。彼の名は良く知っていますとも、どんな戦場でも生き残るタフな軍人だ。彼のように武勲に長けた部下がいて、知略に秀でた貴方がいる。いやいやゴアが羨ましい……おっと、また脱線してしまいましたね。すいません」
にやにやと笑いながら謝罪してくるジャックはたっぷり間を空けてからヒメネスの問いかけに答えた。
「先ほどもお伝えしたのですが……皆さんが連絡を取っている合同計画と同程度の情報を持っていると認識して貰って大丈夫ですよ。調査隊が遭難した事、悪魔を使い悪魔と戦っている事、シュバルツバース内を進んで来た事……空を飛び交う情報を傍受しても、差し障りはないでしょう?」
本当に空を飛んでる情報を傍受したなら良いが、桐条や南条が関わっているのならば、高確率で合同本部が関わっていると見て間違いないだろう。大体そうでなければライトニング号をジャック達が受け取れる訳がない。
「私達は大変貴方達に感謝している。貴方達の情報があればこそ私達は事故なくシュバルツバースに侵入出来た。ですからお礼の品を受け取っていただきたい。なんでも悪魔使いが使っている武器だそうで、我々も使っているので安全ですよ」
ジャックがそう言って俺達の前にアタッシュケースをおき蓋を開けた。その中身は澪が持っているのと似たつくりの日本刀が3本だった。
『触らないで、呪われています。僕が渡している札を貼り付けてください、それから日本刀を抜いてください』
長久の言葉に俺は腰のポーチから3枚の札を取り出し、日本刀に貼り付けてから刀身を抜いた。
「良い刀だ。ありがたく受け取っておこう」
「……それは良かった。喜んで貰えれて嬉しいですよ。さてとでは交渉議題を始めましょうか」
「ああ、この交渉の内容を持ち帰り、ゴア隊長と話し合って返事を返す。少し時間は貰うが良いな?」
かなり間を置かれたのは間違いなくジャック達にとって予期しない出来事があったからだろう。とりあえず一泡吹かせる事は出来たかとデモニカスーツのヘルメットの下でほくそ笑み、ジャックの言う交渉議題を聞かせてくれと話の続きを促す。
「ではまずですが貴方達と私達の立場についての認識をしなければなりませんね。貴方達は人類を救う使命を帯び、この魔の地に突入した! 素晴しいッ!、グレートッ!! 賞賛されるべき自己犠牲の行動だッ!! だが私達の場合は事情が異なるのです。私達は私達のスポンサーとなる人々に派遣された身だ。シュバツルバースという死の大地を進む商隊だ。つまり我々はビジネスマンなのですよ、ここにいるのは利益と富、私達は私達自身と私達のスポンサーに利益をもたらす物が手に入れば良いのです。つまり我々の目的は大きく異なり、互いの行動を認めつつ、妨害せず、相互不可侵を原則とし、我々は協力し合い助け合う良き隣人関係を築きたいのですよ。いかがかな? 悪魔と共に戦う貴方達ならばこの程度の契約を聞き入れることなど造作もないでしょう?
どこまでも慇懃無礼に、そしてライトニング号の戦力を盾に強引に交渉を迫ってくるジャックに俺達の返答は最初から決まっている。だが
だからこそ、そう簡単にジャックの思い通りにいかないという事を示す必要があった。
「相互不可侵については異論はない。だが、その前に大佐。貴方に聞きたい事がある」
「ほう、なんですかな?」
「大佐は自分達を商隊と言ったが、人類が滅べば取引相手がいなくなる、そんな中で金に拘るのは馬鹿じゃないのかな?」
俺の言葉にジャックの眉が僅かにあがるのを見て、溜飲を下げながらジャックの続く言葉を待つのだった……。
マッキーの言葉が司令部に響き、司令部で話を聞いていた私達は笑みを浮かべた。
「はっはッ! マッキーも言うぜッ! 見てみろよ、あのジャックの顔が歪んでるぜッ!」
「いい気味ね!!」
「待て待て、騒ぐな。まだ交渉は終わっていない、気持ちは分かるが静かにしてくれ」
騒がしくなった司令部に静かにするように促し、僅かに苛立ちを見せるジャックの言葉に耳を傾けさせる。
『国連の使命を帯び、更には地上に戻ろうとしている貴方達には言いにくいが……地上では、最早信じられる物は失われようとしている。国家を信じようが、神を信じようが、はたまた富を信じようが大した違いはない。私達や、私達のスポンサーはその中の「富」を選択したんです。ズタズタの世界経済、危うい資本主義に取って代わる新しい規範となる「富」このシュバルツバースに眠ってるかもしれない、偉大な力がその「富」だと考えてね』
ジャックの言葉を聞いた長久君は目に見えて渋い顔をした。
「もしも皆の身体を使ってる地球意思とジャック達が対峙したら全部終わるって確信しました」
「私もだ。なんとかしなければならないな」
人間の悪いところを煮詰めて凝縮したようなジャックとその部下は人間の悪い側面の塊だ。出来るだけ早く、どう対処するか考える必要があるだろう。
「『人が生きる為には金と富が必要だ。それがあるうちは路頭に迷わない。それ無しに社会、そして人間世界は成り立ちやしませんよ……まあ、信条の議論はこんな所で良いでしょう。交渉を進めたい。先ほども言ったように、貴方達とは良き隣人同士でありたい。その隣人同士は、私の知る限り……互いに「問題」を抱えているようだ。これを協力し合い、解決すれば、良い近づきになれませんかね。私達が提示する条件は、貴方達の脱出のサポートです。そちらが抱えている「問題」である、バニシング・ポイントの探索に協力しましょう。まぁ、もっとも…そのサポートは私達の帰還の為でもあるのかもしれませんがね、ハハハッ……』
その言葉を聞いてマイク達が顔を歪めた。思い当たる節があったのだろう。
「ゴア隊長。報告した転移装置を封鎖している悪魔がいるといいましたよね?」
「ああ、聞いているさ。そして今のジャックの言葉で確信した。転移装置を封鎖している悪魔はジャック達の仲間だ」
恐らくだが私達がエリダヌスに入る前にジャック達はエリダヌスに踏み入っていたのだろう。そしてその上で邪魔者を配置し、私達に自分達の存在を把握させる為に通信妨害をしながらカリーナへ移動したのが明らかになった。
「不味いですね、武装だけでなく他の技術も我々の物よりも優れているのかもしれません」
「悪魔の力も応用しているんだと思いますよ。地上の悪魔は神や伝承のある個体がいる可能性があるので、悪魔の戦力も僕達より上かもしれません」
かもしれないと長久君は言ったが、まず間違いなく全てにおいてジャック達が我々を上回っているのはまず確実だろう。
『OK。話は分かった、それでそちらが欲しい者は何だ? お隣さん?』
ジャックの話に疲れたのかヒメネスがそう話を切り出すとジャックはにんまりと笑った。
『これまで、さんざん有益な情報をいただいておいてなんだが……ウチのラボの方から性能の良いフォルマサーチが欲しいと要望が上がっている。貴方達が使っているフォルマサーチが優秀であるなら、それを頂ければと思うが……』
ジャックにしては謙虚とも言える要求だなと私は感じたが、それで済むならば楽な取引だ。
『どうする? マッキー』
『フォルマサーチならすぐにコピーできる。取引しよう』
フォルマサーチを渡すとマッキーが言うとジャックは手を突き出して指を左右に振った。
『残念ながら頂いただけではそれが「優秀な」フォルマサーチかは判断しかねるので……その性能証明ともいうべき未発見フォルマの入手も行っていただきたいのです。平たく言えば……新フォルマを見つけた所で「フォルマサーチ」と「フォルマ」その両方を頂きたい……となりますかな。我ながら図々しい申し出とは思うが……それに見合った見返りを出すつもりですからお許し願いたい』
続けられたジャックの言葉を聞いていた長久君が私の顔を見上げた。
「この人嫌なだけじゃなくて結構頭がいいですね」
「人格面は最低だが、能力は高いんだ。私に匹敵する部分もあると言える」
目的の為に手段を選ばない所や、犠牲を前提にした作戦を考えるなど人格面には問題があるが、優秀な兵士であり指揮官であるというのは認めたく無いが、紛れもない事実なのだ。
『……流石の交渉術だな。要求はシビアでありながら、拒否しがたい条件がついている。だが前も言ったと俺達に決定権はない、レッドスプライト号へ帰還し、ゴア隊長と話し合う為に詳しい条件を更に聞いておきたい、嫌だとはいわないよな?』
『勿論異論はありませんとも、では調達していただきたいフォルマの種類の話を…… オイッ! ライアン! 何が足りていないッ!』
ジャックの怒号が響き、部下と思わしき男が敬礼してから必要なフォルマの名前を口にした。
『……ハッ、ジャック大佐!足りてないのは、以下のフォルマであります! 1つ、ハイドロアップル! 1つ、九重氷石! 1つ、エックス金属! 以上、3つが我が部隊のラボから要求が出ていますッ!』
ハイドロアップル、九重氷石、エックス金属……少なくとも今の段階で回収出来ているフォルマの中にはない名前だった。
『よーし、分かった! その3つだな! 分かっていただけましたね? 相互不可侵の信を結び、その上で協力関係を望むなら……今言った3つのアイテムをここに持って来てくれないだろうか?そうすれば、貴方達のバニシング・ポイント探索にも協力しよう。今提示した3つのフォルマはセクター・エリダヌスにあるらしいことまでは突き止めている。この情報を活用して探索していただければと思う』
ジャックの言葉に思わず私は舌打ちし、カトー達も同じ様に苛立った素振りを見せる。
「あいつら危険な区画を自分達で調べるつもりが無いんだわ」
「何が良い隣人関係だ。俺達を利用する気満々じゃないかッ!」
全くその通りだ。危険な区画、あるいはエリダヌスの情報と未所持のフォルマが欲しいとしてもなんとも厭らしい手を打ってくる。最初に簡単そうな要求を出して、それに新しい要求を付け加える厭らしさにはうんざりする。
『我が部隊が邪魔されずに探索できるよう配下の悪魔に転送装置を監視せておいたが……そいつの任務も解いておく、これで自由に通れるようになるだろ』
『……条件は出揃ったな。隊に戻って相談するとしよう。で、とりあえずの返信は、交信すればいいのか?』
『いや、ご足労となるが……当艦まで来ていただきたい。交信の使用は避けたい状況なのだ。少し前に何者かが私達のシステムに侵入しようとした。それをやったのは我々の存在すら知らなかった君達では無いだろうが……トラブルに繋がるようなことは控えたい。一手の間違いが死を招く場所だ。もしかしたら、通信に潜り込むことが出来る器用な悪魔でもいるのかもしれんがね』
何らかの情報を得ようとするジャックの言葉に長久君が気まずそうな表情を浮かべた。
「多分大和兄さんですね、合流で来たら話を聞いて見ましょうか」
「そうだな、何かジャック達の情報が分かるやもしれん」
私達以外にライトニング号に手を出すとすれば悪魔でなければボーティーズにいると言っていた大和しかいないだろう。ハッカーとしての能力もあるのならばこの上ない味方と言える。最後まで慇懃無礼な態度を崩さないジャックに背を向けて歩き出すマッキー達の姿を見て、迎えのバギーを出すように指示を出し、マッキー達が帰還した後にボーティーズに向かう班と、エリダヌスの調査を再開する班に分けるべきかと私は頭を悩ませるのだった……。
マッキー達のデモニカスーツの反応がライトニング号のレーダーから離れた所でジャックは僅かな苛立ちの表情を浮かべ、南条と桐条の悪魔使いにその視線を向けた。
「聞いていた話と違うではないですか、あの刀であの3人を操れる……そう窺っていたのですが?」
「……あの札は強力な破邪の術式が刻まれていた。人形に作らせたのだろう、我々の落ち度ではない」
「ああ、あのマッキーが貼り付けていた札ですか、あれにはそんな効果もあるのですね」
軽い口調で話しながらジャックはその頭の中でそろばんを弾いていた。
(悪魔使いと聞いていたがこの程度か……峰津院大和と都がクーデターを起したというのも納得ですね)
偉そうな事をいっているが実力はそれほど高くなく、刀に取り憑かせている悪魔で操るという計画が失敗した段階でジャックは南条達の悪魔使いを見限っていた。
(やはり峰津院長久を取り入れることが最優先か、異界生成が可能になれば排除して良いだろう)
ジャックが完全に落ち目の南条と桐条、そして葛葉を迎え入れたのは異界生成のノウハウが欲しかったからだ。ライトニング号とデビルソースを使い異界を作り出せばシュバルツバースが地球を包み込んでも一部の人間は生き残る事が出来る。一部の富裕層が生き残る場所を作り出す事がジャックの任務だった。
「悪魔を捕らえる事を忘れるなよ、ジャック」
「異界を作るには悪魔の核が必要不可欠だ」
「分かっていますよ。さて、話は聞いていたな。これより我々はエリダヌスに戻り悪魔の捕獲作戦を始める。全員気合を入れろよ」
「「「サーイエッサーッ!!!」」」
ジャックが重要視するのは実力だ。実力も無いのに偉そうにする葛葉の生き残りへ苛立ちながらも、それを微塵も感じさせずジャックは部下に指示を出し、悪魔の捕獲の為に動き出していた。
「……まさかこんな部屋を用意してもらえるとは驚きだ」
大和はミトラスの宮殿に用意された一室を見て驚きながら隣のミトラスを見上げた。
【ホッホッホ。気に入って貰えて何よりよ、神子の兄よ。あたしはお前を歓迎するぞ、神子が来るまでここでゆるり過ごすが良かろう】
「まさか長久がお前と共闘しているとは思っていなかった」
【あの者は頭が切れる。よき弟を持ったな、大和よ。疲れもあるだろうから今は休めばよかろう】
ミトラスが部屋を出て行き、1人になった大和はすぐに鞄からノートPCを取り出し、恐ろしい速度でタイピングを始める。
「ジャック部隊。あいつらを潰せば何とかなる筈だ……必ず俺はお前を救うぞ、長久」
長久の遺言、それは長久が予知で己の死を予見したから作られたと記されていた。その最悪の結末を覆すために大和は疲労を押してライトニング号へのハッキングを始めるのだった……。
4周目の世界 滅びを求める地球意思 その34へ続く
ちょっとジャックとゴア隊長の因縁を追加して、調査隊のメンバーの何人かの繋がりがある感じにしてみました。レッドスプライト号での話、大和との話、フォルマ回収で書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。