2周目の世界 存在しない時代 その1
古き良き日本家屋とそこから見える田舎その物の景色を見つめながら俺は机に突っ伏していた。
「俺は……道睦長久で、軽高の2年……うん、覚えてる」
少なくとも若様なんて呼ばれるやんごとなき身分の人間ではないし、父さんと母さんだって普通の営業マンと専業主婦だ。ちゃんと自分が何者だったのか、そして父さんと母さんの事も覚えている。だけどそれ以外がぼんやりとしている……いや、今もこうして突っ伏している間に手の中から砂が零れ落ちるように……記憶が零れ落ちているような感覚がある。
「……誰だった……っ! いってえ……」
酷く悲しそうに俺を見ている少女の姿が脳裏に浮かぶのだが、頭痛と共にその姿が消えて行く……そしてそれと入れ代わるように別の記憶が浮かび上がってくる。
「葛葉長久……いやいや、俺は……道……あれ……?」
さっきまで覚えていた物が抜け落ちた……思い出そうとしても、それが何なのか分からない。大事な何かが、■■長久を構成していた物が消えていく……激しい焦燥感を抱いた次の瞬間だった……頭が割れるような激痛が襲い掛かって来たのだ。
「あッ! がぁッ!!! ぐがああああッ!!!」
頭が割れそうなんて生半可な痛みではない、外側からの圧力で脳味噌や目が顔から飛び出すのではないかと思うほどの痛みだった。血涙と鼻血で手と畳が見る見る間に紅く染まっているのを見て、死ぬかもしれないと言う恐怖に獣のような雄たけびが俺の口から発せられた。
「若様ッ!?」
「若様の様子がおかしいぞッ!!」
「誰かに呪われてるのかも知れんッ! 本堂へ運ぶぞッ!」
「若様ッ! 若様ッ! しっかりしてくださいッ!!」
畳の上で痛みにのた打ち回っていると、俺の叫びを聞いたのか廊下から複数の人間の足音が響いて来るが、その足音でさえも頭に響き凄まじい激痛が俺を襲い、再び悲鳴を上げて部屋の壁を血で染めながら俺はその場で頭を押さえて転がり回る。俺の悲鳴に気付いたのか俺を屋敷まで案内してくれた女性の声と屋敷に入る前に俺に一礼してきた使用人達の声に紛れて同年代の少女の声を聞いたと思った次の瞬間俺の意識はまるでブレーカーが落ちるように闇の中へと沈んでいった……。
・
・
・
「大丈夫ですか? 若様。ぼんやりしているようですが……気分でも悪いのですか?」
絹のような美しい光沢をした黒髪と黒真珠のような目をした少女が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、大丈夫だ。千代子」
「本当ですか? 若様」
ジト目で本当の事を言えと言わんばかりに俺を見つめてくる千代子に俺は両手を上げる。
「なんですかそれ?」
「いや、なんとなく? 気分転換も終わりだ。屋敷に帰ろう」
「はいッ!」
俺の2歩後をピッタリと付いてくる千代子に犬みたいだなと感じながら俺は屋敷に向かって歩き出す。
(……結局俺は誰なんだ)
激しい頭痛と血を吐きのた打ち回って意識を失って、再び俺が意識を取り戻したのは倒れてから1ヶ月後の事だったらしい。目覚めた時に信じれないと言わんばかりに目を見開いている医者と使用人達の姿と、俺に着せられている死に装束と布団の横の棺桶を見て生きてるわと叫んだのは割りと記憶に新しいが……肝心なのはそこではない、「俺」が何者なのかが重要なのだ。葛葉長久――この里の長の息子で、後を歩いている千代子は俺の護衛……そしてこの里で14年間育った記憶が俺の中にはある。だがそれとは別にまるで虫食いされたかのように少しずつしか思い出せない記憶が俺の中にはある。里の人間は俺が狐憑きになったという者もいれば、神がその身に降りたのだという者もいる……結果論何が言いたいかと言えば俺はこの里の中でかなり特殊な立ち位置になってしまったという事だ。
現長のやり方を気に食わない連中は俺を殺そうとするし、長派の人間は俺を守ろうとするというなんとも言えない状況で、里全体がギスギスしているのを感じている。それでも同年代の子供達が俺を友人として受け入れてくれているので孤立こそしていないが、中々に心に来る状況だ。
「若様。今日はどうしますか? 候補生の鍛錬を見に行きますか?」
鍛錬――この里の子供は木刀による実践剣術と体術を学ぶ習わしらしく、俺も師範から武術を学んでいるが剣道とは全く違う実戦形式の剣術にこの里は一体何なのかという疑問が頭を過ぎる。
「ん、千代子は?」
「はいッ! 私も参ります。今私が1番の候補生ですから!」
ふんすと薄い胸を張る千代子の言葉に少し考えてから、俺も道場に行くと返事を返した。候補生――記憶が曖昧で変な風に覚えているかもしれないが仮に葛葉流剣術としよう……それを学んでいる子供は皆その武術の継承者である「ライドウ」の名を襲名する事を目指し、日々鍛錬に励んでいる。
「皆喜びますよ、若様が来ると菓子を作ってくれますし、色々と教えてくれますから皆楽しみにしてますッ!」
ぶんぶんと左右に揺れる犬の尻尾を幻視しながら、俺は屋敷から葛葉の里の道場へ続く道へ足を向けた。
(大正17年……国家防衛の霊的組織ヤタガラス……悪魔使い葛葉一族……うーん)
■■長久としての意識は何を馬鹿なと言っているが、葛葉長久はそれこそ我が一族の宿命と言っている。まるで多重人格者になったような、いや実際に多重人格者なんだろうなあっとどこか他人事のように思いながら空を舞う羽の生えた小人――「ピクシー」や褌のような布切れ「シキガミ」が空を飛んでいるのを見つめながら、必死に状況を纏める。何時までも呆然としているわけには行かないし、俺が何をするべきなのかもいい加減に決めるべきだ。俺の知ってる大正は15年までだし、こんな人外が暮らしてる里なんて無かったと思うし、ヤタガラスなんて言う国家防衛組織なんて知らないし……何もかも俺の知る世界と違う状況で俺がまず何をするべきかと考えて……出た結論は。
「千代子、大学芋とみたらしどっちが良い?」
「みたらしでッ!」
とりあえず「ライドウ」候補生と呼ばれている同年代の少年・少女達と仲良くなろうと思い、餌付け――げふんげふん、何時も厳しい鍛錬を頑張って耐えている皆に差し入れをする事にするのだった……。
葛葉長久様は次期葛葉の里の長である――葛葉四天王の1角であるライドウの名を継ぐ次代の候補として選ばれた子供達に最初に告げられるのはなんとしても葛葉長久を守れという言葉である。これは悪魔によって告げられる言葉であり、一種の洗脳である。長と長派にとって長久の存在は特別であり、里の住人は勿論、葛葉四天王を呼び寄せ守らねばならない程の存在だった。
「反長派の行動はどうなっている?」
「悪魔による若様の暗殺を幾度も行なっております」
「悪魔を使役している者も捨て駒で、悪魔を召喚すると共にマグネタイトを放出するだけの存在となっており情報は全くと言って良いほどに皆無です」
部下の言葉に長は眉を顰め深い深い溜め息を吐いた。葛葉の里を自分の代で二分してしまった事に対する後悔、そして息子である長久への親としての愛情――そして長としてなさねばならぬ使命。それら全てが重荷となり長の肩へ圧し掛かっていた。
「愚か者共めッ! 我らがこうしていれるのは若様のおかげだと言うのにッ!」
「あのような者達が葛葉から出た事が恥だッ!!」
「若様に仇なす者の存在を許してはおけぬッ! なんとしてもあの逆徒を討ち取らねばッ!」
老齢の葛葉の長老衆は長久の力を知っている。だが表面上の長久しか見ていなかった反長派――正しくは長久が次期長になる事を反対し、長久を殺害しようとしている者達は長久を侮り、長の息子だから長になるのだと思い込んでいる……真実を知ればそんな愚かな事が出来るわけが無いのだ。
「何者かが唆している可能性も捨て切れん」
「今は最もライドウに近い千代子を護衛として側においているが……それだけでもまだ足りぬかもしれん」
長老衆と長の会議は夜遅くまで続き、長久をどうやって守るか、そして何故反逆を企てる者が現れたのか――葛葉長久を巡る葛葉の里での戦いの幕が切って落とされようとしていた……。
「美味しいか?」
「美味しいです!」
「ありがとうございます! 若様ッ!」
一方長久は今生の父が自分の事でこんなにも悩んでいるとは夢にも思っておらず、千代子を含むライドウ候補生を労う為に団子を作り、それを焼いてタレを塗って千代子達に配りながらも自分もみたらし団子を頬張って楽しそうに笑っていた。
「忌々しい鬼子め、貴様もあの者が葛葉に害成すと何故分からんのだ」
「我々は葛葉を救う者なのだ。次期長は崇様こそが相応しい」
「あのような悪魔も召喚出来ぬ出来そこないが何故長になれるというのだッ」
長久達が笑う微笑ましい光景を悪魔の視界を通じて見ていた反逆者達はその光景をおぞましいと唾棄し、長久を悪魔召喚すら出来ない出来損ないと蔑む。それは到底長の息子に向かって口にして良い言葉ではない。
「生まれた時から烙印を持つ者など厄災でしかないと言うのに」
「何の神に刻まれたかも分からん、あれは忌み子でしかないッ!」
葛葉長久は生まれたその時から心臓に重なるように痣を持っていた。そしてその痣は長久の赤子とは思えないMAGを封じるものであった――生まれながらにして自身を超えるMAGを持つ長久を見た先代の長は次代の長とし、長久の存在を歓迎した。だが一部の悪魔使い達は生まれながらにして痣を持ち、膨大なMAGを持つのは呪われている証拠だと主張し長久の殺害を主張した。そしてそれは1ヶ月の間眠り続け葬儀を行なわれる直前で目覚めた事で噴出し、死を間近にし蘇った長久は悪魔に憑依されているに違いないと叫び、悪魔を召喚出来ない長久を長と認めない青年衆の多くはそれに同意し、葛葉の里を離反し葛葉の里は2つに割れてしまったのだった……。
2周目の世界 存在しない時代 その2へ続く
2週目はライドウの世界(IF)ですね。ここでは少し戦闘描写や私なりの悪魔やMAGの解釈を交えていこうと思います。後は幽子に変わるヒロインの千代子とかも絡めていけたらなと思っております、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。