5週目の世界 偽りの千年王国 その4
人の身体的特徴を馬鹿にしたレッドベアーは今も俺の目の前で石抱きをして正座していた。腕を組み、監視状態のリーナがすぐ近くにいて身じろぎすれば頭を殴られる拷問染みた状況にレッドベアーは完全にグロッキーだった。
「俺が勝ったらジムを交換するって約束だっただろうが」
「いやね。完全勝利ならそれも仕方ないって割り切れるけど、運営がストップを掛けたんだから実質引き分けでしょ」
「減らず口を!」
「あんたが経営してたらまた借金地獄よ。長久はどう思う?」
話を振られた俺はスライサーを鞘に収めて顔を上げた。
「羽田さんが経営で岡本さんが指導が良いんじゃないです?」
「てめえ! 裏切るのか!?」
指導者として、悪魔と戦う術、戦術、大局眼などは優れているが私生活がずぼらすぎる岡本さんでは近いうちに借金塗れになるのは目に見えているので羽田さんが共同経営してくれるというならそれに甘えたほうが良いって言うのが俺の意見だ。
「やっぱり貴方は見る目あるわ~」
怒鳴る岡本さんと喜ぶ羽田さん。岡本さんも口調はぞんざいだが、本当に嫌なら追い出しているだろうし、口調ほどは嫌がってはいないのだろう。
「ちっ! 俺が主導だからな! 一々口を挟むなよ!」
「指導方針に関しては口は挟まないわよん」
喧嘩友達という感じの2人を見ながら銃のメンテを始めようとした所でジムの扉が叩かれた。
「……? まだ新規の人の募集はしてないよね」
「チラシを撒いたばかりだからな、デビルバスターからの助っ人要請か?」
もしかすると気の早いジム所属希望かなと思いながら扉を開くとそこには紅い鞭を身体に巻きつけ、胸元を大きく開き、下着にしか見えない鎧とガーターベルトを見につけたやけに色気のある格好をした女が居た。
「むっ!」
「っと」
尋ねて来た女を見たリーナはレッドベアーの監視を止めて、俺と女の間に割り込んで俺を後に押しのけた。
「愛されてるな」
「可愛らしい嫉妬じゃない?」
「そんなんじゃないですって」
からかって来る2人と今にもうなり声を上げそうなリーナ、石抱きの痛みで呻いているレッドベアーと混沌とした状況の中でも尋ねて来た女は顔色1つ変えなかった。
「新チャンピオンのリーナよね? 私はヒロコ。センターから貴方に会いに来たの」
センターから態々やってきたの言葉に俺も岡本さんも羽田さんも眉を細めた。
「ほー態々センターから、そりゃご苦労なこって、んでうちのリーナに何のようだ?」
いい加減な所はあるが懐に入れた人間には甘い岡本さんがリーナの肩を掴んで後に下げると同時に自身が前に出てヒロコと名乗った女を睨みつける。
「新チャンピオンのリーナにお願いがあって来たの、半年前センターで爆発事故が起きたのその時の大混乱で 小さな女の子が1人行方不明になったわ。爆発事故は2人の科学者目加田と花田が起こしたらしいんだけど、2人とも事故の時に姿を消したわ」
「まさかセンターを爆破したテロリストを探せなんていうんじゃないでしょうね? そんなのあたし達の手に余るわよ。テンプルナイトにでも頼みなさいよ」
厄介事はごめんだと言わんばかりに手を振る羽田さん。だが俺も同じ気持ちだった、これは紛れも無く厄種。それもめちゃくちゃ厄介な厄種だとすぐに分かった。
「違うわ。私は女の子の方を捜して欲しいって依頼でこのヴァルハラエリアに来たの、でも手がかりは悔しいけど全く無かったわ。ただ2人の科学者の内花田の隠れ家が分かったの! それがヴァルハラのマダムの館なのよ。チャンピオンはマダムの館に招かれるって言うわだから 私も連れてって欲しいの、他にマダムの館へ入る方法が無いのお願いッ! 私も連れてって!」
マダムの館に行きたいというヒロコにリーナは少し考える素振りを見せてから頷いた。
「良いよ。岡本か羽田に着いて来てもらおうと思ってたから別に貴女でも良い」
「ん? 俺は最初から外してたのか?」
「ん。長久をマダムの所に連れて行くつもりはないよ?」
……いやまあ良いけどな、俺は別にマダムになんて用はないし……それなら悪魔を倒してフォルマとマッカでも稼いでいようかなと思っていると再びジムの扉が開いた。
「貴女が新チャンピオンのリーナさんですね? 私はマダムの使いで参りました。マダムはぜひ貴女にお会いしたいと申しておりますので、是非館までおいで下さい。こちらの方がマダムからの招待状です」
やってきたマダムの使いを名乗る男はリーナに招待状を渡すと今度は俺の方へ向き直った。
「長久様ですね? 貴方にもマダムはお会いしたいと申しております。これはマダムとしてではなく、個人的にお会いしたいと申しております。こちらを見れば分かっていただけるとの事ですので、どうぞお受け取りください」
そう言って差し出されたのはボロボロの手帳と色あせたブローチだった。
「何それ、随分とふるい物じゃない?」
「お前長久を騙そうとしてるんじゃないだろうな? こんなのがマダムの持ち物だとは「分かった。行こう」おいおい、長久、正気か?」
俺が騙されているのではないかと心配してくれた岡本さんには悪いが、この招待は俺を騙そうとしているわけでも、陥れようとしているわけでもない。
「正気ですよ。まぁちょっと俺の家系の個人的なマダムへの貸しを返してくれるって事みたいですよ」
マダムと言う通り名では気付かなかったが、この手帳とブローチで分かった。俺達と旅をしていた2人の少女の物だ、武と俊樹の名前は像を見て思い出す事が出来、そしてこの手帳とブローチで残り2人の1人、アオイの名前を思い出すことが出来た。
「お前の家系……まぁ野暮なことはきかねえよ。呼ばれてるなら早ぇとこ3人で行って来な。土産手に入りそうだったら頼むぜ」
「あたしの分もよろしくね~」
ジト目で俺を見ているリーナとマダムと知り合いなのかと怪訝そうな顔で俺を見ているヒロコと共に、俺達はヴァルハラエリアの北東のマダムの館に向かったのだが……。
「わんわんわんっ!!」
「うおっ!?」
館に入るなり凄まじい勢いで突進して来たハスキー犬……いや、半分悪魔へとなり弾丸のような勢いで突っ込んで来た犬を抱き止める。
「パスカル」
「わんッ!!」
いまも名前を思い出すことの出来ない少女の飼い犬。悪魔犬となっても俺の事を覚えていたパスカルは残像が見えるほど尻尾を振りながら、俺の顔を昔のように舐めまわしてくるのだった……。
2人の女性の後にパスカルを足元にじゃれ付かせながら入ってきた黒衣の男性……長久さんの姿を見て緩みそうになる頬を無理矢理引き締める。
「驚きました。パスカルが迎えに行ったと聞いてそんな馬鹿なと思いましたが……あのパスカルがこうも懐いているなんて」
「わん!」
「わっと」
アルフレッドの言葉に怒ったのかパスカルが吼えるとアルフレッドは後に飛びのくようにして距離を取った。
「ふふ、言ったでしょう? パスカルは私の犬ではないと」
「俺の犬でもないけどな」
「ふふ。そんな事はないと思いますよ、長久さん。ね、パスカル」
「わふっ」
頭をこすり付けて再会を喜んでいるパスカルを見て笑った後に、私は小さく咳払いをしてから長久さんと共に来た2人の女性に視線を向けた。
「初めまして私はこのヴァルハラエリアを治める者。皆は私の事をマダムと呼びますわ。私はヴァルハラの事全てをセンターから任されていますのよ」
そうセンターから任されている。少しの人間を生かし、再び長久さんがこの世界に戻って来るのを待っていた。
「私達が開くコロシアムにカジノに人々は群がりその場限りの快楽に身を委ねていますのよ」
私に出来る事はこれくらいしか無かった。何度も生まれ変わり、その都度天使へと挑んだ。だが天使によって悪魔と戦えるだけの者は減っていき、最終的に頭を垂れ僅かな人間を守る事しか出来なかった。
「ヴァルハラはカジノとコロシアムによって平和に栄え、人々は争う事無く楽しんでいます。私は今のヴァルハラを望ましい姿だと思っています。ミレニアムはセンターによって全て管理されていますが、私はこれからもヴァルハラを今まで通り自由なエリアにしていくつもりですの」
自由の中で天使と抗うだけの気概を持つ者がいれば、その者にひっそりと手を貸し力を蓄えさせても来た。だがそれでも決起するだけの力には遠く及んでいないのが現状だ。
(せめて五島陸佐が封印されている場所さえ分かれば)
天使との戦いの末に石となって封印された五島陸佐がいれば反撃の糸口も見えるが……捜索を頼んだ者は誰1人戻っていないのが現状だ。
「私に何のよう? 用があると聞いて来たのだけど」
「長話はお嫌いでしたか、では新チャンピオンリーナに頼みがあります。私の所で使っていた科学者花田が逃げ出してしまったのです。彼は魔界との入り口を開けて地上に多くの悪魔を召喚するつもりですわ。それを阻止する為に貴女達には彼を探し出し連れ戻してもらいたいのです」
長久さんがお前何してるっていう目で見てくるが、私もこんなことになるなんて思って無かったのだからそんな目で見ないで欲しい。
「花田!? 花田はもうここにいないのですか!?」
「ええ、花田はスラム街に逃げたらしいのです。申し訳無いですがリーナ、花田の捕獲を頼めますか?」
「……長久は? 私とヒロコだけでやるの?」
長久は付いてくるのか? と尋ねてくるリーナの言葉に長久さんに視線を向ける。
「あー無理だ。花田は俺が叩きのめしたから多分俺の事を警戒してる、俺が一緒に行けば確実に身を隠す。悪いがリーナとヒロコの2人で当って……あ、いや。パスカル、この2人についていってくれるか?」
「わふ?」
「俺の代わりにあの2人を守る。出来るか?」
「わん!」
「良し、良い子だ。リーナ、俺の代わりにパスカルがついていく、こいつは賢いし、俺の家が仕込んだ犬だ。お前の助けをしてくれる」
パスカルを見て、長久を見て、私を見て、迷う素振りを見せるリーナに私は小さく笑った。
「大丈夫ですよ、別に貴女の長久さんをとるつもりはありませんから」
「……ん、分かった。ヒロコ行こう。長久、変なことをしたら駄目だよ」
翔子さんのようなことを言うリーナに長久さんはがっくりと肩を落とし、その哀愁漂う姿に私は思わず笑ってしまった。マダムを名乗り、僅かな人間を生かす為に感情も、願いも何もかも捨て、機械のように振舞って来たが、今この瞬間だけはマダムではなく、アオイに戻る事が出来た。心からそう思うのだった……。
マダムと名乗る女性はアオイだった。だが俺の知るアオイではなく、そして人間でもなかった。半分、いやそれよりももっと薄いが天使のMAGがアオイの身体の奥深くに食い込んでいるのが分かった。
「人間じゃなくなったのか」
「色々とあったんですよ。長久さん」
様々な人間に何もかも押しつけて逝ったので俺にアオイを責める権利は無く、アオイが淹れてくれた紅茶を口にした。
「センターとやらはどうなってる」
「……天使が裏にいます。それと戦う為には今の力では無理でしょう。まずは力を付けていただかないと」
アオイの言う通り今の俺は弱体化している。手帳とブローチを手に取った時にほんの少しだけメダリオンに光が宿ったが、全盛期にはまだまだ程遠いというのは分かっていた。
「花田を招きいれたのは鍛えるためか」
「ヴァーチャルよりも実際の悪魔と戦わせた方が良い経験になると思ったんですが……」
「暴走したわけか」
「仰るとおりです」
花田の欲望と願いを私ではコントロール出来なかった。魔界の入り口を開くための触媒を持ち逃げされてしまったのだというアオイに俺は溜息を吐いた。
「まぁ科学者っていうのは頭がおかしいからな」
自分の理論が正しいのか、こうしたらどうなるのかっていうのを試したくてしょうがない連中だ。仮に最初はアオイが良い条件を出していても、研究の中でもっといい結果を導き出せたらそれを実行しようとするのは容易に想像出来る。
「花田は戻ると思いますか?」
「戻らんな、ああいう連中の末路は決まってる」
恐らくリーナとヒロコは間に合わない、魔界の門を開いた花田は魔界から出て来た悪魔に殺されて終わりだろう。
「ここら辺はヴァルハラエリアよりも強い悪魔が出るか?」
「ええ、名前つきもちらほらと、討伐書を出しましょうか?」
「頼む。リーナ達がいない間に戦闘勘を取り戻しておきたい」
ヴァルハラエリアの周辺の悪魔では今の俺の敵ではない。花田が魔界の門を開けばより強力な悪魔が出現する可能性が高いので、ここら辺で鍛えながらメダリオンに宿った力を確かめようと思っているとアオイに伝える。
「ではここを拠点にして暫く鍛えなおすと良いですわ。恐らく2~3日は掛かるでしょうし、ヴァルハラエリアより一回り、2回りは強い悪魔が出現するので長久さんの良い鍛錬になるでしょう」
そういうアオイに見送られ、アオイの館の周辺の悪魔と戦う事にしたのだが……。
『はっはっは! 久しぶりだな! 長久……「しねぇッ!!」うおおおお!? な、何をする!?』「黙れ変質者! この刀の錆にしてくれる!」
数体の悪魔を倒した所で現れた日本刀を携え、褌姿の半透明の男が親しげに声を掛けて来たが、俺は迷わず変質者を切り倒すためにスライサーを抜き放ち変質者に向かって全力で突きを繰り出すのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その5へ続く
リーナとヒロコが花田の捜索に向かっている間長久は変質者と戦闘となります。一体何処の自衛官なのか、見当も付きませんが、変質者死すべしなのは世界の常識なのできっと問題はないでしょう。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。