5週目の世界 偽りの千年王国 その5
鋭い風切音と共に踏み込んだリーナの一閃がガルムの首を刎ね、ガルムの巨体が崩れ落ちMAGとなって空へと散る。
「シッ!!」
私も手にしている鞭を振るいジオを放とうとしていたグレムリンをしとめる。
「ガルルゥッ!!」
【ギャンッ!?】
そしてパスカルの鋭い噛みつきがノッカーの喉笛を噛み千切り、ノッカーもMAGの粒子となって消えた。
「ん、終わり。お疲れ様ヒロコ、パスカル」
「わふ」
「流石はチャンピオンね。私よりもずっと強いわ」
パスカルの頭を撫でているリーナは私よりもずっと小柄で幼い容姿をしているが、強さで言えば私よりもずっと上だった。自分より幼い少女に守られている……それはテンプルナイトとしては恥ずべき事なのだが……。
(なんだろう、この感じ……凄く安心する)
初めて会った筈なのにまるで親族と共にいるような安心感と私が面倒を見てあげなくてはいけないという庇護欲が込みあげて来る。
「長久は私より強いよ。ね、パスカル」
「わん!」
「ほら、パスカルも強いって言ってる」
「わんわん」
尻尾を振るパスカルの頭を一通り撫でたリーナは立ち上がって、膝の着いた砂とスライサーについていた悪魔の血を振り払った。
「行こう。こういう面倒な仕事はすぐに終わらせたほうが良い」
「その理由は?」
「失敗したらあれやこれやと理由を付けられる。成功するにしろ、失敗するにしろ、捜索や捕獲は早く終わらせろって長久が教えてくれた。パスカル、ごー」
「わん!!」
リーナの指示で走り出すパスカルの後を追って走り出すリーナを追って私もダウンタウンを走る。
(長久……ね。どんなデビルバスターなのかしら、悪評は良く聞くけど)
テンプルナイトを叩きのめしたヴァルハラエリア最強のデビルバスターというのはセンターでも有名で、私も凶暴な相手を想像していたが、実際にあって見れば温厚で話せば分かると言う感じの……。
「長久は私の」
「あ。いや、そういうのじゃないわよ?」
「……」
「……本当に違うからね?」
長久の事を考えているとリーナに睨まれ、暫く無言で見つめあい、その眼力に負けて謝るが、それでもリーナは納得せず私をジッと見つめていて、遠くで足を止めたパスカルが来ないの? と言わんばかりに小さく鳴き、花田の捜索が再開されたが私とリーナの間には奇妙な溝が生まれてしまっていた。この溝をどう埋めれば良いのかと迷いながら私はリーナとパスカルを追ってダウンタウンの通路を駆け抜けた。そしてその先に奇妙な祭壇と白衣を来た男……花田の姿を見つけたのだ。
「ここは大天才科学者ドクター花田様の研究所だ! 勝手に入るんじゃないッ!」
花田の姿を見て私はすぐに花田が正気を失ってるのを理解した。その目は狂気的な輝きが宿っていて、悪魔のMAGに侵食されているのが分かった。
「マダムからの指示で貴方を連れ戻しに来た。痛い目にあいたくないのならば大人しくすることをお勧めする」
「グルルルゥッ!」
リーナの無機質な殺気とパスカルの唸り声を聞いた花田はリーナを馬鹿にするように笑った。
「長久の腰巾着がッ! 俺はマダムの所になぞ戻らんぞッ! 俺のような大天才は自由に研究するべきなんだ! センターも、マダムの婆もそれを理解していないのだッ!」
狂人と話をするほど無駄な事はない、手にした鞭を振るい花田を無力化しようとしたが私の鞭は花田に届く前に弾かれた。
「ははははははは! 無駄無駄無駄ぁッ! 俺は既に魔界の魔力を使う術を身につけたのだぁッ!!」
そう高笑いする花田の回りをジッと見つめると高密度のMAGが花田を覆っているのが見えた。
(リーナどう見る?)
(あいつは死ぬ、今の内に準備)
花田は確かに魔界のMAGを扱う術を身につけているが、そのMAGは花田の首を覆っているのを見て、リーナは悪魔を召喚し、自分と私に補助魔法による強化を始める。
「俺は魔界のトンネルを開き、忠実な部下としヴァルハラエリアを支配する! さぁ見るが良いまずは「わらうにんぎょう」「なくにんぎょう」「おこるにんぎょう」「おどるにんぎょう」この霊力に満ちた4体を現界と魔界が近づいている場所に置く! そうすれば魔界への入口が開くのだッ!! 見よこの俺の研究の成果をッ!!」
花田が両手を広げると同時に花田を覆っているMAGが弾け、花田の背後にMAGに満たされたトンネルが開かれた。
【フシュルルルルル】
開かれたトンネルの縁を掴んで這い出るように老人の顔、蛇のような身体をした異形の悪魔がその姿を見せた。
「さあッ! メルクリウスよ! 俺の邪魔をするこいつらを殺してやれ【フシャアッ!……れれれ……こここ……殺すのは……俺じゃ…ないよ……」
メルクリウスの振るった爪に引き裂かれ、尾で貫かれた花田は一瞬の内にメルクリウスに捕食された。
「かなり強敵みたいね、大丈夫リーナ?」
「大丈夫。長久より弱い」
それが判断基準なのはどうかと思うが、私とリーナ、そしてパスカルを始めとした仲魔達ならメルクリウスとも十分に戦えるはずだ。
「来るわよッ!」
「ん、行くよ」
【キッシャアアアアッ!!】
私達を餌としか見ていないメルクリウスの咆哮が合図となり、私達とメルクリウスとの戦いの幕が切って落とされるのだった……。
閃光のようにしか見えない日本刀による突きをスライサーで弾きながら前に出る。
【甘いッ!!】
【マッスルパンチ】
「どっちがッ!」
懐に忍ばせていた物反射鏡を投げ変質者の放ったマッスルパンチを跳ね返す。
【ぬっぐ!? それは卑怯ではないか!?】
「変質者に卑怯なんて言われる筋合いはないぜッ!」
よろめいた変質者に向かって袈裟切りを放ち、MAGを噴出しながらよろめく変質者から距離を取った。
【私の事を思い出したと思うのだがね?】
「褌マンやってる変質者と何を懐かしめと?」
【これが1番気合が入るのだよ】
「もっと普通の格好で気合を入れろ」
少ししょんぼりしている褌マンを無視してポーチから取り出したラスタキャンデイを頬張り噛み砕き身体能力を強化する。
(相変わらず強い)
褌と日本刀と悪魔を戦う事を舐めているのかと言いたくなる格好だが、やはり強い。
「五島さんよ、それで何割だ?」
【ん? 今の私は1割だ。はっはっは! 魂砕きとやらを喰らってしまってな!】
「なんで禁術受けてそんなに元気なんだ。あんたは」
ムドの応用による打撃で魂を砕き即死させる術を喰らってなんでそんなにピンピンしてるのかと思わず突っ込んでしまう。
【2割ほど本体に残ったからだな! だから後7割分の私の魂を探して欲しい!】
【スラッシュ】
「頼むのか、攻撃するのかどっちかにしろッ!!」
【はっはっは! この程度で死ぬのならどの道私の残りの魂を探すのも、天使を倒すのも不可能だぞ!】
変質者に正論を言われるほどむかつくことはないなと舌打ちしながら地面を蹴って距離を取る。
「良いぜ、本気でやってやる。あんたが見たがった葛葉の技を見せてやる」
【それは良いな! 見せてくれ護国の刃をッ!】
【ラスタキャンデイ】
ちっ、あの褌マン。何時の間にラスタキャンデイなんて覚えたんだよと思わず舌打ちする。
【護国の刃 五島公男】
ったく、褌マン……いや、相も変わらず頑固で、融通の利かない男だ。
「葛葉流継承者 長久」
俺の名乗りに五島は抑えきれない、獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「【いざ……】」
【ラスタキャンデイ】
「【尋常に……】」
【ラスタキャンデイ】
「【勝負ッ!!】」
【ラスタキャンデイ】
人間の耐久力で耐えれるかどうかの限界点の4段階のラスタキャンデイの重ね掛け、少し身体が軋むがそれでも俺も五島も笑っていた。
【先手は貰った!!】
【スラッシュ】
「舐めんなッ!!」
【スラッシュ】
振り下ろしと切り上げがぶつかり合い、人間が出したとは思えない轟音が周囲に響き渡り、互いに地面を削りながら吹っ飛ばされる。
【行くぞッ!】
【モータルジハード】
「お望み通り葛葉の技を見せてやるぜッ!】
【火炎真剣】
スライサーにマハラギを当て、僅かに赤熱化したスライサーと五島の日本刀がぶつかり合う。
「【おおおおおッ!!】」
俺と五島の雄叫びが周囲に響き渡り、鍔迫り合いで埒が明かないと蹴りを放ち五島を蹴り飛ばす。
【足癖の悪い男だな!】
【冥界波】
「悪いな、俺は何でも使う主義なんだッ!」
回転しながら放たれた冥界波を跳躍して回避し、スライサーの柄を両手で握り締める。
「知ってるか? 剣って言うのは両手で持ったほうが強いんだぜッ!!」
【無論知っているともッ!!】
両手で柄を握り締めた俺と五島の渾身の一太刀がぶつかり合い、互いにボールのように吹っ飛ばされる。
「はは……」
【ははは……】
「【はははははははッ!!!】」
全身に走る痛みもある、だがそれ以上に身を焦がす歓喜に俺と五島は何時のうちか笑いながら、心から楽しみながら……。
「くたばれッ!!」
【それは私の台詞だッ!!】
互いに互いを殺すつもりで、自分の方が強いのだと心の中で叫びながら刃を振るっているのだった……。
マダムの館に向かっていたテンプルナイトのザインはマダムの館の方角から響いて来る轟音に身構えた。
「悪魔か……まさかマダムの館の近くでこれほど強力な悪魔が出現したと言うのか?」
周囲を警戒しながら走り出したザインは目の前の光景に目を見開き、大きく口を開いた間抜け面を浮かべた。
【どうしたどうした! 疲れたのか!】
「おいおい、冗談きついぜおっさんッ! 俺はあんたと違って若いんだぜ!」
テンプルナイトであったとしても一合も打ち合えない剛剣同士のぶつかり合い、掠めただけで簡単に四肢を失うであろう白刃の嵐の中で笑いあい殺し合いをしている2人の男があったからだ。暫く呆然と見ていたザインだが、腰のポーチからセンターの指令書を取り出し、その指令書に添付されていた写真と目の前の男の1人を交互に見比べた。
「……ヴァルハラ最強のデビルバスター長久だ。もう1人は……情報が無いな、一体誰だ? レッドベアーか?」
テンプルナイトと揉め事を起こしコロシアムの参加資格を剥奪されたが、調査の結果テンプルナイトに入ったばかりの3人の方に問題があり、長久の行動は自己防衛と認めると元老院が決定を下した。長久への謝罪と、センターへの招待状を届ける事がザインに与えられた指令の1つだった。
「止めに入るべきなのだろうが……」
長久を殺させる訳には行かないので止めに入るべきだとザインは分かっていたが、自分よりも遥かに強い男同士の戦いに割って入れるわけも無く、そして2人の後ろを通ってマダムの館に行くことも出来なかった。
「……仕方ない、1度ヴァルハラエリアに向かうか、新チャンピオンに先に会いに行くことにしよう」
無理に進む訳にも、そして割り込むだけの力量もないザインは1度ヴァルハラエリア似向かい、新チャンピオンであるリーナを迎えに行こうとしたのだが、岡本ジムでマダムの館に向かったと聞かされ、再びマダムの館の前にザインは戻って来たのだが……。
「そろそろ死ぬか褌マンッ!!」
【はっはっは!! 死ぬのは君だ長久君ッ!!】
瀕死の一歩手前の状態でありながらまだ殺し合いを続けている長久と五島を見て、ザインはこれ以上は不味いと判断したのと、動きが鈍くなっているのを見てこれなら止めに割り込めると判断したのだが……。
「……行けるか……?」
割り込んだ瞬間に2人から同時に攻撃を受けるのではないかという悩みと、センターに命じられ長久を連れて帰らなければならない事、そしてリーナがイブなのかを確かめなければならない事……センターへの指令を成し遂げなくてはならないという義務感、この戦いに割り込めば自分が確実に死ぬという恐怖……。
「成し遂げなくてはセンターの、元老院の命令を……くっ……」
一振りごとに地形が変わり、MAGにつられて集まって来た悪魔達が近づいただけで消し炭になる。
【はぁぁああああッ!!】
「うおおおおおッ!!」
テンプルナイトとして、センターの守護者として常に己を鍛え上げて来たザインだが、テンプルナイトの戦いの多くはヴァーチャル空間であり、実際の悪魔と戦った経験は極めて少なく、仮に悪魔と戦ったとしてもそれは通路に迷い込んで来た野良悪魔であり、ネームド悪魔は勿論、レベルが2桁の悪魔と戦った経験もない。つまり実戦経験など無きに等しいザインにとって2人の殺し合いに等しい戦いは余りにも刺激が強く、自分に向けられていないと分かっても足が竦み、死にたくないという生存本能によって武器を構えはしたものの、金縛りにあったかのようにその場から一歩も動く事が出来なかった。
【どうもひよっこが私と君の戦いを見ているようだな】
「はっ、気にすんなよ。動く事も出来ない腰抜けの何を気にする必要がある?」
【ははははッ! そうだな! 余計な事を気にする必要などないなッ!】
そして長久と五島の2人はザインの存在に気付いていたが、殺気ではない2人の闘志に当てられて一歩も動く事の出来ないザインには興味のきの字もなく、殺すと叫んでいる物の、2人とも目の前の相手を殺す気持ちなど微塵も無く、ただ純粋に目の前の相手を打ち倒すただそれだけを考え剣を振るうのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その6へ続く
今回は色んな視点での戦いの開幕を書いてみました。次回はヒロコとリーナのペアを、その次は五島と長久の戦いをそれぞれ1話ずつ使って書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。