5週目の世界 偽りの千年王国 その6
【キシュアアアアッ!!!】
【ザンダイン】
咆哮と共に放たれた真空の刃が私とヒロコに向かって放たれる。直撃すれば肉片も残さず切り刻まれるのは一目で理解出来た。だが狭い花田の研究室では避ける事は不可能、そして防御するのはもっと不可能だ。
「ヒーホー君!」
【やるだけやってみるホー!】
【ブフーラ】
ジャックフロストが作り出し続けているブフーラで少しずつザンダインの威力が弱まる。だがそれでも人間を殺すには十分な威力を持った風の刃が私達へと迫る。
「全力でお願いランタン君」
【やってやるホーッ!!】
【アギラオ】
ジャックランタンが掲げたランタンから放たれた火炎が花田の研究室の壁を融解させる。
「パスカル行ける?」
「わん!」
【アクセルクロー】
パスカルの放った前足の一閃で壁が破壊されると同時に私とヒロコは頭を抱えて研究室を飛び出した。
「あ、悪魔だぁ!」
「に、逃げろぉ!!」
【ヒャハハハハ!!】
【グルオウ!!】
花田の馬鹿が開いた魔界の門からは今も悪魔が出現を続けており、ヴァルハラダウンタウンの住人を襲い続けている。
「何か突破口はある?」
「弱点をついてMAGを放出させるくらいしかない、MAGを放出させても弱体化するって言う確信はないけど、今はこれしかないと思う」
花田に魔界のMAGを与えて操っていたのはメルクリウスではない、別の、もっと強大で強力な悪魔が花田を利用しただけ、そして花田の命と魔界のMAGを喰らったメルクリウスは尋常じゃないほどにパワーアップしていた。
「デカジャの石ない?」
「あるけど、2つしか」
「……ちょっと、いや、大分厳しいね」
ザンダインとマハザンマの2種類の風の魔法とヒートウェイブとアクセルクローの全体攻撃と単体攻撃の2種と攻撃手段も豊富なのに加えてこちらを混乱させてくる怪音波と魔法を封じてくるマカジャマと絡めても十分。
「スクカジャが使えないのが厳しいですね」
「仕方ない、ここら辺じゃ使える悪魔が少ないし、仮にいても私じゃ使役しきれない」
私の悪魔使いとしてのレベルは余り高くなく、妖精のジャックフロストとランタンなら交渉次第ではいう事を聞いてくれるが、補助魔法に秀でている悪魔ともなればやはりレベルも高いので言う事を聞かせるのが難しい。
「補助魔法で強化しても良いけど……」
「確実に間に合わないわね」
「わふん……」
【グガアアアッ!!】
【パワードブレス】
一手で複数の補助魔法と同じ効果を持つブレスで自己強化をしてくるメルクリウス。持続時間は余り長くないようだけど、短時間で決めきれるだけの攻撃力があるのでその短時間で十分すぎる。
【シャアア】
「リーナ。弱点あると思う?」
「8-2」
「8で弱点ある?」
「分かってると思うけど逆」
弱点が無い確率の方が高い、それだけメルクリウスは強力な悪魔だ。長久から強力な悪魔は弱点を探せと教わっているが、どうもメルクリウスの回りを覆っている余剰のMAGがバリアになっているようで攻撃の通りが甘い。
「とりあえず……私達は逃げ回れないから、パスカルを中心にして戦略を練ろう」
「被害を拡大する訳には行かないからね」
「という訳で、パスカルお願い」
「わん!」
この非常に賢く、そして強い悪魔犬がいなければ私もヒロコもとっくの昔に死んでいた。勇敢にメルクリウスへと挑みかかっていくパスカル。
「パスカルに補助魔法」
【イヒヒ】
オラクルスに補助魔法を使うように指示を出し、私とヒロコは使い切ったカートリッジを捨て、新しいカートリッジと交換しながら花田の研究室に来るまでの間に拾ったアギラオストーンなどをメルクリウスに向かって全力で投げ付けパスカルへの支援を行いながらメルクリウス打倒の為に動き出すのだった……。
ヴァルハラのコロシアムの新しい優勝者リーナは私よりもずっと幼いのに、テンプルナイトである私の何倍も強かった。
「ジオ、ブフ、アギ、当然ながらザンは効果なし。有効打撃は力づくしかないけど……」
「私達だと少し、ううん。大分厳しい、パスカルでも厳しい」
マダムの所……いや、長久が付いて来るように命じたパスカルは私達よりもずっと強い悪魔犬だった。だけどその悪魔犬であるパスカルでもメルクリウスとの戦いには劣勢を強いられていた。
「パスカルバック! ヒロコ!」
リーナの指示でパスカルが後に大きく跳び、メルクリウスの巨体が見えた瞬間に銃の引き金を引いた。
【ギギャァ!?】
銃弾に抉られたメルクリウスは小さな呻き声を上げるが、有効打には程遠い。だけどダメージはしっかりと通っている。
「物理に弱耐性、魔法全般に耐性って所かな。1番の正解はタルカジャをかけて白兵戦を仕掛けることだけど……」
「それを仕掛けるにはパワードブレスが厄介ね」
攻撃、敏捷、耐久の3つを一手で上げるメルクリウスの技が厄介だ。仮にタルカジャとラクカジャをかけて突っ込んでも、それ以上にメルクリウスが強化されたのでは意味が無い。
「パスカル、魔石あげる」
「ばう!」
リーナの手から魔石を食べたパスカルの傷が回復し、尻尾を楽しげに振り始めた。
「パスカル、タルカジャとラクカジャを限界までかけるから、あの化物にでかいの叩きこめる?」
「バウ!」
「ん、オラクルス。パスカルに使えるだけ強化を、ヒーホー君とランタン君は私とヒロコと一緒に囮」
女のMAGは悪魔にとってはご馳走だ。私達がメルクリウスの前を動けば、間違いなくメルクリウスの注目は私とリーナに集まるだろう。
「スクカジャはないけどラクカジャは出来る」
「つまり気合で我慢ってことね?」
スクカジャがあれば物理攻撃も魔法も回避出来るようになるかもしれないが、やはりそれはないもの強請りだ。今出来る、今使える手札を最大限に生かすしか手が無い、私はそう思ったのだがリーナは小さく首を左右に振った。
「ある程度は見て避けれる。背中の月が1回動くとザンダイン、2回だとマハザンマ、中心の太陽が動くと怪音波、十字架が動くとヒートウェイブ。アクセルクローとパワードブレスは予備動作が無いけど、これならどう?」
そんなまさかんと思ってメルクリウスを観察すると確かに2回月が振られるとマハザンマが飛んで来た。
「行けると思う。完全に避けるのは無理だけど致命傷は避けれる」
「ん、それしかないのが辛いけど、一度でかいのを叩き込めば突破口は見出せる」
スライサーを構えて飛び出す準備をしているリーナにどういうことなのかと尋ねる。
「生贄もMAGも足りてない、メルクリウスは完全に具現化してない。1回、1回だけで良いメルクリウスをダウンさせれば流れは変わる」
生贄は言うまでも無く花田だ。そしてMAGが足りてないのは花田が悪魔使いとして、そしてデビルバスターとしての適性を持たずMAGを少量しか体内に蓄える事が出来なかったからだろう。
「パスカルタイミングを見てお願いね?」
「はふ!」
【イヒヒ!】
「オラクルスもよろしく、ヒロコ行くよ」
「OK、行きましょう。リーナ」
片一方が集中攻撃を受けないように左右に分かれて走り出す。
【グル!? ギガアアアッ!!】
一瞬どちらを襲うか迷う素振りを見せたメルクリウスが唸り声を上げてリーナを追いかけるのを見て、私は即座に手にした鞭を振るいメルクリウスの喉を絡め取った。
【ギャッ!?】
「こっちにも美女がいるのに、片一方だけっていうのは失礼じゃない?」
【グルル、ゴアアアアッ!!】
【ザンダイン】
月が1回振られザンダインが放たれるが事前にリーナに聞いていたのでザンダインを完全に交わし、メルクリウスの視線が私に向けられ、リーナから視線が外れた。
【アギラオ】
【ブフーラ】
【ギギャアア!?】
ジャックランタンとジャックフロストの放ったアギラオとブフーラが直撃し、メルクリウスの悲鳴が響くのを聞きながら銃を乱射しながら走り出す。
(チャンスは一瞬、そして実行出来るのも1回だけ)
パスカルの奇襲が成功するか否かに私とリーナ、そしてヴァルハラダウンタウンに生きる住民全ての命が懸かっているのだ。
花田を生贄として喰らい人間界にやって来たメルクリウスはリーナの推測通りに花田の影響で知性が大きく劣化していた。元々メルクリウスはヘルメスと同一視されることもある科学の神であり極めて高位の悪魔である。仮に本来の姿で召喚されていれば間違いなく英傑や魔神に分類される悪魔である。では何故そんな高位の悪魔であるメルクリウスが妖魔等という下級にまで陥れられているのか。花田を生贄に具現化しただけではない、メルクリウスはTOKYOミレニアムを作り、人間を支配している四大天使を打倒せんと人間界に現れ逆に敗北し、その存在を大きく歪められ次元の狭間に封印されてしまったのだ。
【グルルル】
本来科学の神と称される知性は獣同然にまで陥れられ、ヘルメスと同一視されるほどの素早さを誇った足は奪われ、カドケウスと一体化させられ蛇とされた。美しかった顔は老人にされ徹底的に存在を貶められたのが妖魔メルクリウスの正体だった。
(ああ。だめだ、駄目だ。早く、早く私を倒すのだ)
【グルルガアアアッ!!!】
【ザンダイン】
だが最も悪辣なのはメルクリウスの意識を残したまま、肉体の主導権を奪い去ることだった。人間を守る為に下界に降りたメルクリウスは守る相手だった人間を傷つける事を強要され、今も魔界の門が開き続けるようにMAGを使わされていた。それはメルクリウスにとって耐え難い屈辱であると同時に、文字通り身体を裂かれる痛みを永遠に味わっているのと同意儀だった。
「貴方の事はなんとなく分かった。自我と身体が一致していない」
目の前に立ち塞がる少女の一言に身体が一瞬止まった。何故、何故分かったのだと意識は困惑するが、身体はすぐに動き出しおぞましい爪を少女に向かって振るう。
「そうはさせませんよ」
横から振るわれた鞭が手首に巻きつき、思い切り引かれたことでバランスを崩す。
【がぁッ!?】
バランスを崩した所に銃弾が撃ち込まれ、右目が潰された。私の意思は下がることを考えたが、獣の意志は目を潰した少女への報復を選んだ。
「視界を奪えばッ!!」
右目を奪われ、左手が動かない今のこの身体では瞬発力など望めず、それに対して対峙している少女の持ち味は素早さ。一瞬の内に懐に潜りこまれた。
【グルガアッ!?】
小柄な体格を生かした素早い切り込みに左手と右目が潰されている私は反応出来ず、真一文字に胸を切り裂かれた。
【グガアア!!】
【パワードブレス】
獣の意識が己を強化し、無理矢理に身体を動かすことを選ぶんだ。そして懐に潜りこんだ少女は切り結ぶ振りをし、残された右手と少女の手にした剣がぶつかる瞬間に地面を蹴って後ろへと飛び、握りこんでいた何かを私に向かって投げてきた。
「ばーか♪」
その瞬間に目の前に何かが飛び込んでくる。それは小さな小さな石、獣の意識はそれをなんら障害でもないと判断したが、私は違っていた。
(デカジャの石かッ!?)
魔法ではなく、体技による自己強化であったとしても自己強化に分類される以上デカジャから逃れることは出来ない。
【ゴ、ゴガア!?】
タルカジャ、スクカジャの効果を失えば右目を失っているこの身体は目の前の少女の位置すら正確に捕捉出来ず、そして天使共に作り変えられた身体すら思うように動かすことが出来ない。この身体は元々パワードブレスによって無理矢理コントロールされているのであって、パワードブレスの効果を失えば、この完全に成熟していない肉体を保持出来る訳が無い。
(あの馬鹿な人間に今だけは感謝しても良い)
花田が暴走し、魔界の門を予定されていた時よりも早く開いた。そのおかげでメルクリウスは完全に変性せず、僅かに自我を残す事が出来た。ほんの少しずつ獣の意識を邪魔する事でリーナとヒロコに自分を打倒するチャンスを与えた。
「グルル、アオオオオンッ!!!」
【怪力乱神】
弾丸のような勢いで突進してきた悪魔犬の怪力乱神の一撃が胴体にめり込み、メキメキと骨が砕ける音がする。信じられない痛みに思わず絶叫する。だがその痛みとは別に私は安堵さえしていた。姿を陥れられ、天使の尖兵にされる前に終わる事が出来た。人間を守る事が出来ずに危害を加える事無く、消滅出来る事にさえ安堵していた。
【天使……天……使を……信じる……な。彼ら……が……に……た】
消え去る僅かな間に私をこんな姿にしたのは天使だと伝えようとしたが、そのメッセージを最後まで伝える事も出来ず私の身体はMAGへと分解され、身体に埋め込まれていたカドケウスの杖を残して消滅するのだった……。
「リーナ。どう思う?」
カドケウスを拾い上げ、背中に背負いながらヒロコはリーナにどうするかと問いかける。
「……長久と相談してみる。長久なら何か知ってるかもしれないし、ここで考えても私達じゃ何も分からない、今私達に出来るのはこのダウンタウンのデビルバスターに警戒を促す事だけだよ」
リーナの言葉にヒロコは沈鬱そうな表情で頷き、花田が魔界を開くのに使った4つの人形を回収し、ないより増し程度だけど、少しでもヴァルハラダウンタウンの住人が生き延びれるようにとセンターから配給されている結界札で閉じる事の出来ない魔界の門に僅かばかりの蓋をした後にリーナとヒロコ、そしてパスカルの2人と1匹は花田の研究所を後にし、避難誘導をしているデビルバスターに何があったのかを伝えてからマダムの館へと足を向けるのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その7へと続く
メルクリウスに関しては独自設定で天使との戦いに敗れ改造された設定にして見ました。メルクリウスは妖魔っていうのは個人的に納得出来ない部分があったのでこうしました。次回は褌マンと長久との戦いを書いて行こうと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします・