5週目の世界 偽りの千年王国 その11
コカトリスを撃破した俺達は比較的真新しいビルで身体を休めることにした。キングフロストが健在なのでまだ寒さはきついが、コカトリスがいなくなった事で僅かだがシェルターの熱が循環するようになり北極から北海道くらいの寒さにまで軽減されているのもあり、パスカルが吐きだした炎で十分に暖が取れていた。焚き火の中にビルの中の本や凍り付いている観葉植物を投げ入れながら俺はさっきの戦いの最後の瞬間を思い返していた。
(センターはホーリータウンを切り捨てるつもりだな)
MAGになって消滅し始めていた悪魔が復活するなんてことはあり得ない。いうならば穴の空いた風船に穴が空いたまま再び膨らむような物だ。だがその穴から噴出すMAG以上にMAGを供給すれば短時間だが活動出来る。そんなMAGをぽんと供給できるとすればそれは天使以外にありえない。
(切らされたな)
まだ隠しておくつもりだった葛葉の技を切る羽目になった。恐らくあのコカトリスはリーナと俺の力を見極めるための相手だ。そういう面では完全に相手の術中に嵌った形になる。
「さてと……俺の素性が気になっているだろうから話すが、俺は葛葉の生き残りではない」
葛葉の記憶はあるが、「この時代」の俺自身は葛葉の人間ではない。
「しかし、お前の技は葛葉の文献に」
「俺の祖父が葛葉の生き残りで、俺の悪魔と戦う術は死んだ祖父譲りだ」
正確に言えば葛葉の里で生まれ、そして東京で葛葉流を学んでいた祖父から教えられた術だと繰り返し口にして俺自身の葛葉の血は薄いと説明する。
「葛葉……ライドウと同じ」
「同じ流派だからな、宗家と分家くらいは違うだろうし、ライドウとは遠い遠い親戚くらいの血縁関係もあるかも知れないな」
「むう……」
ライドウが俺の親族かもしれないと聞いてリーナは明らかに不機嫌そうになり、パスカルを抱えて俺をライドウから隠すように移動してきた。
「つまり長久さんは葛葉の技を知り、そしてそれを修めていると」
「まだ未熟だけどな、完全に使いこなせていればコカトリス相手に遅れは取らないさ」
知識としては理解しても身体がついてこない、百合子にも言われたが俺の魂と肉体の差異が俺に完全に葛葉流の技を使う上の障害になっているようだ。
(……神子としての長久の力も不安定だしな)
転生か憑依かは判らないが繰り返す生の中で手に入れた俺の力。だがその力によって魂と肉体に差が生まれてしまっていて、その差を埋めなければ全力を出せないというのはゴトウとコカトリスとの戦いの中でこれでもかと思い知らされた。
「貴方はセンターに所属するつもりはありますか?」
「何度も言うが無いし、お前に葛葉の技を教えるつもりも無い」
しおらしい態度のライドウに向かって俺はきっぱりとお前の師になるつもりも、センターに所属するつもりも無いと告げる。
「な、何故ですか、センターに所属すれば貴方は「葛葉とは護国の刃。豊かな暮らしや地位、名誉を望むものではなく、牙なき民の刃だ。センターに所属してセンターの為の剣になるつもりは無い」……ッ」
俺の言葉に大きく動揺し、黙り込んだライドウにはこれ以上声を掛けない。葛葉としてもライドウとしてもこの娘は弱すぎる。確かにデビルバスターとして考えれば十分な強さだが、かつての葛葉の里のライドウ候補生もよりも弱いのだ。
(センターの考えとしてはライドウに葛葉の血を引いた子供を産ませる為に抱え込んでるくらいか)
天使は産めよ増やせよという考え方だ。そこに倫理などはない、人間を増やし、その信仰によるMAGを得れれば良いとしか考えていない天使の元にいたライドウがまともな教育を受けているとは思えない。何度も口にしているが、べスもライドウも自分で何が正しくて、何が間違っているのか、センターの教えだけがすべてではないと自分達で理解して貰う必要があるからこそ、これ以上の助言はしない。
(センターの教えは間違っているが、俺の全てが正しいと思われても困るからな)
依存先が変わるだけでは何の意味も無いからだ。何の疑問も、何の疑いもせず、ただ言われた事が正しいとし、自分で考えようとしない、それがセンターの教えだと言うのならばなんと邪悪な事だろう。死ねと言われれば死に、殺せと言われれば殺す。そして産めと言われれば何の疑問を抱かずに命じられたままに肌を重ねる。センターの住人、そしてテンプルナイトという地位は確かにエリートの証なのだろが、その対価として人形になれと言われるのならば、いや仮にそうではないとしても選民思想の権化であるセンターの住人になりたいとはやはり微塵も思えないのだった……。
長久は自分の話を何もしない。それは岡本も言っていたヴァルハラエリアにふらりとやってきてそのまま住み着いた経歴も、生まれも一切不明の凄腕のデビルバスター。それが長久だ。ヴァルハラエリアの住人の暗黙のルールとして他人の素性を詮索しないというものがあるから誰も長久の過去を知らない。そもそも長久という名前も本名かどうかも分からない。
「……パスカルは知ってた?」
「わん?」
「そうだよね、パスカルも知らないよね」
「わんわん」
パスカルが知っているわけが無いのに思わず尋ねてしまうほどに、ライドウと長久が遠縁の親戚かもしれないという事実は私を動揺させていた。
「本当にだめですか?」
「駄目だな。俺自身も人の面倒を見れるような男じゃない、諦めろ。リーナ、パスカル。こっちにきてくれ」
「ん、今行く」
「わふ!」
ライドウの言葉を一蹴した長久にまだ頼もうとしているライドウを押しのけて、長久の隣に立ち、先ほどから感じていた疑問を口にした。
「……長久。こっちはホーリータウンじゃないよ?」
ホーリータウン周辺にキングフロストとジャアクフロストを黙認していたのに、長久はホーリータウンとは真逆の方向にずんずんと進んでいたからだ。
「MAGが遠くからキングフロストとジャアクフロストになだれ込んでいるのを見た。あれは人形だと思う」
「どういう事ですか? 長久さん」
私と長久の話に割り込んできたべスに思わず睨んでしまうが、私も長久の言葉の意味が理解出来なかった。
「キングフロストもジャアクフロストも雪だるまの悪魔だ。何も本体がホーリータウンに居る必要は無い、どこか遠くから雪だるまで作った人形をMAGで操ればそれで事足りる」
「……つまりホーリータウンのキングフロストを倒して安心した所を、強烈な冷気は収まらない?」
「多分な。だから俺達が倒すのは本体だ。俺の勘が正しければ……」
長久はそう言いながら歩みを進め、遠くから見てもそこにキングフロストの本体がいると確信出来る場所が見えてきた。
「あれだな」
「……うん、あれ」
「あそこしかないですね」
「……なぜセンターはあれを発見できなかったんだ?」
建築途中の大教会、それが氷漬けになっているのを見てあそこに間違いなくキングフロストがいると確信した。
「不味いな。やっぱり1度引き返そう」
「どうしたの? 長久」
急に戻ろうと言い出した長久にどうかしたと尋ねるが、今まで見たことも無い真剣な表情に本当に不味い自体になっているのだと分かった。
「何があるの?」
「分からん、分からんがとんでもなく嫌な予感がする。出来れば引き返したいが……」
「そうも出来ないみたいですね! ライドウ! アギラオストーンを投げてください! 大教会に逃げ込みましょう!」
「それしかないな! 出たとこ勝負で行くぞ!!」
長久の嫌な予感の正体は判らないが、その嫌な予感を長久に与えている何かが私達を逃がしたく無いのか、無数の悪魔達が迫ってくるのを見て、アギラオストーン等の攻撃用の魔石を後に向かって投げながら私達は凍りついた建築途中の大教会の中へと逃げ込んだのだが……。
「……うわ、やばい」
「グルルルゥゥウッ!!」
「これ、私でも分かります。めちゃくちゃやばいですね」
「……どうする? 今からでも外に出て悪魔の群れを突っ切るか?」
悪魔の大群よりも、この教会の中にいる方がずっと危険だと本能で悟ってしまうほどの濃密なMAGに私達はとんでもない所に迷い込んでしまったのだと理解したが、最早外に出ることも叶わない私達には周囲を警戒しながら前に進む以外の道は無いのだった……。
懐かしい、懐かしいMAGだ。私とそのMAGの持ち主は直接顔を合わせたことは無いが、だがそれでもそのMAGを私/私達は覚えていた。
【試練だ】
【そうだ、試練を課さねばならぬ】
【よもやあの者達の師が、あの者達よりも弱いなどとはあり得ない】
【見極めねばならぬ。因果に囚われた男を】
大教会の一室にMAGが集まり、それらに急速に厚みを増し、空中に漂うMAGがその影に集まり、金属的な光沢を持った鎧が作り出される。
【強き意志を持つ者に試練を、その為に我らはこの地を自らの封印の地と選んだ】
本来手にしている槍に切っ先は無く、甲冑も殆ど残されていないが鬼神 ゾウチョウテンの姿からは力強さが溢れ出ていた。
【世界を救えるか、否か、吾らはそれを見定めなければならない】
ボロボロの巻物と砕けた筆を持つ鬼神 コウモクテンは手にしていた巻物を丸め、座っていた瓦礫から立ち上がる。
【あの御方も目を掛けておられる。なればこそだ、あの御方にお目通りして恥じない強さを持ってもらうとしよう】
鎧は砕け散り、兜も消失しているが剣だけは万全な状態の鬼神 ジコクテンの目は爛々と輝いていた。
【因果の鎖に囚われ、世界を流離う者にこの先を歩んでいけるか、完全では無いが我等四天王が見定めるとしよう】
ボロボロの甲冑とは対照的に完全な姿を保つ剣を鞘から抜き放ちながら鬼神 ビシャモンテンが決意に満ちた視線で大教会の中に足を踏み入れた長久達を見つめている。
長久のMAG、そして長久の持つ魂のメダリオンに宿った武達のMAGに呼応し、四柱の鬼神が大教会で目覚め……。
【ふっふ、きっと貴方達の御眼鏡に叶うでしょう。偉大なる四天王よ】
その中にさも当然のように褌の男……いや、超人ゴトウの分身までもが四天王の覚醒に引かれて目覚めた。
【あのーここ。オイラの】
【【【【【あ?】】】】】
【あ、いえ、好きに寛いでくれて良いホー?】
哀れ大教会を自分の住処にしていたキングフロストは四柱の鬼神と褌の男に凄まれ、その巨体を必死に小さくし、なんでこんな事になったのかと遠い眼をして現実逃避をしているのだった……。
5週目の世界 偽りの千年王国 その12へ続く
キングフロストと思いました? 残念四天王と褌マンでした。キングフロストもありかと思ったんですが、大教会に将門公のイベントがあるので、四天王(弱体化)をボスとして使ってみようと思ったのでこうしてみました。後今回は超人褌マンは見ているだけなので戦闘には参加しないのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。