そんな自分が
あの日起こって感じたことをそれっぽく。
小説ともエッセイともポエムとも
呼べない何かですが
誰かに届けばいいな。そう思って書きました。
高校三年生の春始め昔祖母の家があった近くの公園に足を置いた。
北海道のゴールデンウィークにしては
珍しく暖かく、また涼しい風が吹いていた。
四方を団地に囲まれ、遊具がぶらんこ、
シーソー、すべり台くらいしかない有り体に行って寂れた公園は今もなおその姿を
記憶のままに見せてくれた。
場所はそこまで町外れにあるという訳では
無いけれど町の中心部に比べれば随分と自然に溢れていた。
囀りを鳴らす小鳥に
名前の知らない花に
雑踏に転がった木の枝に
自由気ままにその身体を飛ばす蜂に
そしてそれらと共に暮らしているかのような
年老いた住民が何故だかその周辺一体だけを
区切ったかのように静けさを乗せていた。
昔を思い出したかったから今頭を苛まさせている進路という悩みを一旦忘れたことにした
昔の自分を見たかったから洒落を重視して
身に付けた眼鏡をひっぺがした
今が嫌いだったから耳から口元にかけられている制約を捨てた
「どうせ人は居ないのだし」
そう一人呟いて、昔となんら変わらない無防備な”自分”に戻ってもう一度あたりをみた。
するとどうだろう
視力補正の為にかけたレンズを通さないで見たからだろうか、いつもよりよっぽど視界が揺らいで見えやしなかった。
そして何故だろう
障壁を拭ったからか
唇がキュッと戦慄いていた。
いや本当は気付いていた。
風が寒かったんじゃあない。
祖母がもう住んでいなかったのが
悲しかったわけじゃない。
知ってしまったんだ。分かってしまった。
変わらないことの偉大さが。
変われないことのちっぽけさが。
留まり、居続けることの難しさが。
弾かれ出されたことの哀しさが。
泣いていた。
たった一人で。
汚れ余語れ、錆れ寂れ、
それらが溶け込んだ素の色がなんだったかを忘れているベンチに項垂れながら。
いつまでも此処に居れはしない。
未来を見る必要があるから、
過去を彷徨っている暇はもうない。
そんなこんなで辺りは暗くなっていた。
先にいってしまった太陽を尻目に、自転車を駆け出す。
勿論、完全防備で。
悔いの時間は終わった。
また明日からはいつも通りの日が流れる。
それでも今日という日は無駄ではないと思える
だってもう中身の自分は一枚殻を破ったのだから。
ふと最近耳にする事が多い言葉が無意識に音として飛び出るとこだった。
「エモい」
逡巡して出した言葉は思いの外ストンと心の内に落ちていった。
語源はemotional、意味は感情的なさま。
成る程、ようやくその意味が分かった。
今の自分がそうだった。
効率的だとか
合理的だとか
理性的だとか
そんな硬っ苦しい理論よりずっとずっと身体を動かすエネルギーになり得た。
今日は一つ賢くなれた。
過去を振り返ることは
今から逃げる事ではなくて
今を知る事なのだと。
そんなエモーショナルな1日だった。
初投稿です。
辛口でも評価をもらうと作者は喜びます。