ミストルティン・獣刻・ドリュアスは静かに暮らしていた。
ところがある日、ちょっとした不安からあらぬ容疑をかけられてしまう。
その容疑を確認する為にピサール・聖縛・サマエルと同居生活を送ることになる。
そんなミストルティンとピサールの少し奇妙でほんわかしたスローライフの物語。

※ロストラグナロク設定のミストルティンとピサールが登場する話ですが、時系列などは気にして書いていません。性質上、シークレットエバーアフターやインテグラルノアが世界観的に近いかもしれませんが、細かいことは気にしないでいただけたら幸いです。

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私と彼女のスローライフ

 誰も立ち寄らないような空間でひとり佇むように生きる。

 それも悪くはない生き方だろうと思っていた。

 名前もない森の奥、私はひっそりと暮らしていた。

 食べるものに困ることはなかった。魔力があれば基本的な生活はやりくりできる。

 衣類もそれとなくではあるものの、編むこともできた。問題ない日常を過ごせる。

 住居性についても悪くはない。お湯は沸かせる。綺麗な水源は近くにある。整備されていなくても、快適だ。

 このまま、ひとり暮らしがずっと続けばいい。そんなことを考えながら過ごしていたある日のことだった……

 

「ここに魔女が住んでるって噂は本当なの~?」

 

 外から話し声が聞こえてきた。

 

「は、はい。たまに街まで降りてくるのですが、素性がわからないから心配だという声も多く……」

「その魔女がこわ~い魔女だったらどうするつもりなの?」

「私たちは戦うつもりですっ! 街の平和の為っ」

「ふ~ん、面倒なのによく頑張るね~。自警団って努力家多そう~」

「と、とにかくお願いします、ピサールさん」

「う~ん、まぁ、期待しないでね~」

 

 あまり街で会話をしない私を怪しむものは少なくない。今回もそういう用事で来たのだろう。

 呆れながら、扉の前に歩いていく。厄介事が相手から迫ってくるタイミングというのはいつだって面倒だ。

 トントン、と扉を叩かれる。

 今さっき話していた『ピサールさん』という人物だろう。

 

「寝てる~?」

 

 少し無言でいたら、第一声に聞こえたのがそれだった。

 

「もしいないなら、手紙置いて帰っちゃうわよ~?」

 

 なんていうか、仕事熱心ではない。

 サボろうという気概すら感じる。

 どうするべきか、一瞬悩む。

 とりあえず、彼女だって一応仕事で来ているのだろう。このまま放置して面倒な事態になるのは私としても避けたい。彼女からしてみれば、残念かもしれないけれど、私は顔を覗かせることにした。

 

「残念ながら、いますよ」

「あぁ、そういう展開だって思った~」

 

 やれやれ、と言いたそうな表情。

 若干私よりも身体つきが大人びているからだろうか。色っぽいという雰囲気を感じさせる。

 服装も露出が激しい。私とは正反対だ。

 

「ミストルティン・獣刻・ドリュアスです。ご用件は」

「え~っと。なんだっけ?」

「……何もないなら、家を閉めますよ?」

「邪険にしないの~」

 

 なんていうか毒気を抜かれる態度だ。

 会話のテンポも狂いやすい。

 

「外の会話が聞こえてきていたもので。私を警戒しているんですよね」

「まぁ、街の人がねぇ」

 

 私は興味ないけど、と続けそうな態度だ。

 きっと私が予想している通り、面倒だと思っているのだろう。

 それならば話が早い。

 

「一言で言葉を返すのは簡単です」

「そうなの?」

「気概を加えるつもりはありませんし、あまり干渉する気もないです、と伝えていただければ」

「わかった~」

 

 それで満足したのか、すぐに帰ろうとする。

 手際がいいというべきなのだろうか、興味がないことには無関心なだけなのだろうか。

 

「ところで」

「なぁに?」

「名前を確認しても?」

「あぁ、わたしの名前? ピサール・聖縛・サマエルよ」

「わかりました、ピサールさんですね。とりあえず覚えておきます」

「ミストルティンも覚えとくね」

「ありがとうございます」

 

 これ以上お互いに干渉しあうことはないだろう。

 そう思いながら、別れる。

 彼女がうまくやりくりしてくれれば、静かな日常を過ごすことができるだろう。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

「ごめんね、ミストルティン。説得失敗しちゃった~」

 

 まいった、みたいに困り顔で家までやってきたのはピサールだった。

 交渉が決裂したということだろうか。

 

「家を出るべきですか?」

 

 大勢の人に襲われるのは避けたい。そう思った私は疑問を問いかける。

 それに対してピサールは首を横に振った。

 

 

「ううん、家は空けなくて大丈夫。ただね」

「ただ?」

「街の安全の為、ミストルティンと一緒に生活してほしいって言われちゃった」

「……はい?」

 

 耳を疑った。

 ひとり暮らしを堪能していたはずなのに、同居人が増える。

 あまりよろしくない事態だ。

 

「わたしもいやだ~って断りはしたのよ? でも、一生のお願いって言われちゃって。あとね」

「……報酬が美味しかったとかじゃないですよね」

「そうそう、正解。あそこの街の葡萄酒ってとっても美味しいのよ~、それをどっさり貰っちゃったから断るに断れなくて」

「……そうですか」

 

 これで彼女を帰らせたら新しい面倒事が増えてしまうだろう。

 どうしてこうもトラブルが押し寄せてくるのか、頭を抱えたくなる。けれども、身の潔癖の為なら、やむを得ない案件だろう。黙って受けとめることにする。

 

「いいですよ、ピサールさん、泊まっても」

「いいの?」

「ただ、暮らしている以上、必要最低限の家事は手伝ってもらいます」

「え~、面倒~」

 

 この人と同居するのが不安になる。

 

「……一応、仕事で来てるんですよね?」

「まぁね」

「責任は持つべきだと思いますが」

「え~、対人関係のいざこざなんて面倒なだけじゃない~」

「……それはわかりますが」

「あっ、わかってくれるんだ」

「私もそういうのが嫌いなもので」

「仲良くなれそうかも」

「まさか」

 

 そうして、私と彼女の奇妙なスローライフが始まっていった。

 

 

 

 

「ピサールさん、朝ですよ」

「起きたくな~い」

「水を汲みにいくので起きてください」

「どうしてそんな昔ながらのことするの~」

「ここには水道はありませんので」

「しょうがないなぁ」

 

 眠そうなピサールを起こしたり……

 

「ピサールさん、料理の味は変じゃないですか?」

「結構美味しいかも。レストランとか開けるんじゃない?」

「大げさに褒めてません?」

「う~ん、半分くらい本気」

「もう半分はなんですか」

「愛情?」

「……そうですか」

 

 一緒に食事をしたり……

 

「農作業の手伝いとか聞いてない~」

「泊まるっていったのはピサールさんですよ。諦めてください」

「ひど~い、この辺境の魔女~、時間外労働~」

「残念ながら時間内労働です。今日使える野菜を採っているだけですので」

「じゃあ、サボったら夕飯抜き?」

「流石にそうするつもりはないですが、確実に減りますね」

「うぅ、頑張る」

「頑張ってください。日課ですので」

「あっ、ミストルティン、大きい野菜見つけたっ」

「これはいいですね。お味噌汁に使えますし、お漬物にもできます」

「やったぁ」

 

 農作物の収穫を一緒にしたりもした。

 その中で気が付いたことは多かった。

 どうやら私は他人と話すのがそんなに苦手ではないみたいだ。

 適度に距離がある相手の場合、話しやすく感じる。

 ピサールは会話の引き際をわきまえているのもあって会話しやすい。怠惰そうな雰囲気があったのに不思議だ。ピサールも私との会話は苦にならないみたいで、気軽に話しかけてきたりする。

 真面目な私に怠惰なピサール。性質は違っていても、こうしてゆったりと生活できるのなら悪くはないと思っていた。

 

 

 

 

 数日後……

 家の中で、お酒を嗜む私とピサール。

 街で貰った特産の葡萄酒を味わおうという流れになったのだ。

 

「たまにはこういった飲み物も悪くはないですね」

 

 お酒を飲んだ時のぼんやりする感覚に身を委ねながら、ピサールに話しかける。

 

「たまにはってことは、いつもは呑んでないの~?」

「そうですね、お酒は趣向品ですので」

「もったいな~い」

 

 ぐっと葡萄酒を飲むピサール。私より酔いに強いからだろうか、お酒を嗜む速度が速い。

 

「野菜とか余ったら売っちゃえばいいのに」

「……あまり考えたことがなかったですね」

「ほら、小売店とかと交渉してさ」

「……面倒じゃないですか?」

「あの街にはそれなりにお世話になってるから、紹介できるよ? 『ミストルティンが作った野菜は美味しい』って感じで。そうしたら儲かるし、いいと思う~」

 

 なんていうか、顔が広い。

 私が思っている以上にピサールは顔が広いのかもしれない。少し尊敬する。

 

「利便性の拡張を考えるのも悪くはなさそうです」

「硬いんだからぁ」

「静かに暮らしたいだけです」

「ねぇ、ミストルティン」

「なんですか?」

「ミストルティンにはやってみたいこととかないの?」

「やってみたいこと、ですか」

 

 正直な話、今の生活には満足している。

 けれども、欲を言ってしまえば、もう少しなにかしてみたいという気持ちもないわけではない。

 少し、お酒を嗜みながらピサールに話す。

 

「新しい野菜とか……そうですね、果物を作ってみたいです」

「果物っ」

「自給自足の生活には慣れてきましたが、飲み物にできそうな果物を味わってみたいですね」

「なるほどねぇ~」

 

 私の夢を語ってみたところ、ピサールは微笑ましいものを見るような表情で頬が緩んでいた。

 

「なんですか、にやにやして」

「それなら、おすすめなものがあるって思ってね~」

「おすすめ、ですか」

「そう、葡萄っ」

 

 綺麗な色の葡萄酒の瓶を持ち上げながら、ピサールが言葉を続ける。

 

「あの街って葡萄で有名なんだけどね、最近はちょっと下火気味なの。だから、新しく挑戦するなら悪くないんじゃないかなぁ~って思う」

「葡萄の木の苗を貰うということですか?」

「そうそう、それでワイナリーを作っちゃおうよ」

「ワイナリーは別にいいです」

「ひどい」

 

 ばっさり切られてしょんぼりするピサール。

 けれども、彼女が出した案そのものは悪くないと思った。

 

「ですが、葡萄園を作るのは面白そうです」

「乗り気になってる?」

「はい、新しい取り組みとして考えましょう」

「その葡萄を売って、ワインにしてもらって飲めたら、楽しそうじゃない?」

「……信頼関係で成り立つ商売ですね。大変ではありますが、満足度も高そうです」

「ふふっ、そうよね」

 

 ピサールが頷く。

 私もあの街の葡萄酒が美味しいと感じられる以上、興味は沸いたのだ。

 

「ただ、やっぱり人の手を借りないといけません。ピサール。頼まれてもいいですか?」

「まず、野菜を売ってみるの?」

「はい、そうしてみようかと。友好の印として」

「お酒の席で口が滑ったとかじゃないよね?」

「……前々から考えてましたよ?」

「よかった。いいわよ、ミストルティンの頼み、聞いてあげる」

「ありがとうございます」

 

 これでなんとかなればいい。

 そう思いながら、ゆったりする。

 

「ミストルティンは真面目だから、きっとうまくいくわよ」

「勘違いされやすいだけと?」

「それはあるかも、なんだか雰囲気怖いし」

「こ、怖いんですか……?」

「厳格そう?」

「……変えないといけなそうです」

「笑ってみたら?」

「笑う」

「ほら、にっこりって」

 

 ピサールが眩しくなるような笑顔を私に向ける。

 これは私もやる流れだろう。

 ゆっくり、頬をあげる。

 

「こ、こうですか?」

「表情硬いけど、いい笑顔じゃない」

「あ、ありがとうございます」

「あっ、照れてる」

「照れてませんよ」

 

 気恥ずかしくなって顔を背ける。

 表情を褒められることなんてそうそうなかったから、少しばかり恥ずかしい。

 

「ねぇ、ミストルティン」

「なんですか」

「私たち、友達になれると思う?」

「……そうですね」

 

 少し考えて、返答する。

 

「親友や友達の距離感というのは正直なところ、よくわかりません」

「うんうん」

「ただ、こうして雑談していて心が落ち着くということはきっと友達なんだと思います」

「よかったぁ」

「……よかったんですか?」

「うん、ミストルティンと一緒にいて楽しいし」

「……ありがとうございます」

 

 褒められたりするのは同居生活をしていて多かったことだ。

 その度に、嬉しい気持ちになっていた。私が頑張れているということがわかって。

 

「もしもさ」

「はい」

「私と同居することになったら、ミストルティンはどうする?」

「……同居、ですか」

 

 考えたこともなかったこと。

 誰かと一緒に暮らす。

 それに対しての答えはこうなるのだろうか。

 

「その場合ですとピサールにも、もっと動いてもらうことになりますね」

「めんどくさい~」

「居候から共同生活になるんです。料理も積極的に作ってもらわないと困ります」

「そうなっちゃうよね」

「……どうですか、それでもピサールはいいんですか?」

「いいんじゃないかな」

 

 それに対しては即答だった。

 あまりにも速いから、逆に私がびっくりしてしまった。

 

「穏やかな暮らしができるし、対人関係でそんなに困らない。一緒に街に行ったりする楽しみもあって、自由に暮らせる……うん、楽しそう」

「私と一緒で楽しいんですか?」

「暮らす前はそんなこと考えてなかったけどね」

「私もです」

「ふふっ」

「笑っちゃいますよね」

「そりゃあね」

 

 けれども、このやり取りも悪くないと思えるくらいには気を許せていた。

 怠惰と真面目。背反しているような関係だけれども、だからこそ相性がいいのかもしれない。

 

「じゃあ、私たちの未来に乾杯っ」

「か、乾杯です」

「ミストルティン、かわいい」

「直球に言わないでください」

 

 月明りが綺麗な夜。

 私たちのお酒を通じた交流は長い時間続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一か月ほど経過して。

 ピサールが私の野菜を街で売ってくれるように交渉してくれた。

 最初は難航したものの、私も顔を覗かせて、一緒にお願いしてみたら、了承してくれた。

 私が街との繋がりが出来たことによって、怪しげな噂は消滅。私も街に受け入れられるようになっていた。

 ある程度の懐も温まり、新しい衣類を買う余裕も出てきた。

 そして、葡萄園の始まりに必要な苗木も交流することができるようになった。

 

「ピサール、そろそろ次の事業に取り掛かってみましょう」

「念願の葡萄園っ、まだまだ先だけど、美味しい葡萄が生ったらいいわね~」

「そうですね、頑張って育てていきましょう」

「うん、応援してる」

「ピサールも手入れしてくださいね」

「え~めんどくさい~」

 

 気が付いたころには、私の隣にはいつもピサールが立っていた。

 交渉の仲介役から、同居人になるまで、そこまで時間はかからなかったけれど、彼女と一緒にいる時間は私も気に入っている。最近は呼び捨てにしているくらいだ。

 

「スローライフっていいわよね、お日様もあったかいし」

「ふわふわな布団で眠ることもできます」

「これからも平和に暮らしていきたいわね」

「心からそう思います」

 

 明日には明日の風が吹き、草木はゆったりと成長していく。

 私たちのスローライフはきっと、これからも静かに、平和に続いていくのだろう。

 眩しい太陽を見つめながら、そう思った。



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