蓬莱山輝夜に成りまして。   作:豊饒 ゆう

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Pixivから転載しています。
なのでもしかしたらルビ機能などの部分に、表記の狂いがあるかも知れませんのであしからず。












蓬莱山輝夜に成りまして。1/1

 重篤患者用の病室で、男はひとり震えていた。

 見舞いの品や花すらない、殺風景な白塗りの部屋はひどく冷たい。

 時刻は直に深夜を回り、早朝となる時間帯だ。

 閉ざされたカーテンの向こう側。窓の外からは新聞配達員の吹かしたであろう、50ccバイクの排気音が幽かに聞こえていた。

 

「いやだ……死にたく、ない」

 

 涙混じりの男声が、薄闇へ溶けて消えてゆく。

 彼は理解していた。

 命の灯が消える瞬間を、

 己の心臓の止まる瞬間を、

 目前に迫った死の瞬間を、

 数分もすれば死ぬであろう現実を理解していた。

 身体が未だ嘗てない不調を伝えてくるのだ。

 異様に早鐘を打つ心臓が、車の様なノッキング現象を引き起こす。

 

「どうして、こんな、おれ、なんのために生まれてきたんだよ」

 

 男に家族はいない。

 学生時代の友人も社会人となってからは疎遠だ。

 恋人は大学生時代にひとり。彼自身は結婚を前提に考えてこそいたものの、結局は独り善がりで終わってしまったのが十年前の話であった。

 

 天涯孤独。

 

 身内はなく、友もなく、頼るアテすらありはしなかった。

 誰に最期を看取られることもなく、三十半ばで震えながらに孤独死する現実を男は受け入れられない。否、受け入れたくなかった。

 

「いやだ……ふざけんな、くそ」

 

 徐に、男はベッドから這い出す。

 震える身体は汗に濡れて、肌へ張り付く薄手の病衣が着崩れる。

 何か目的のある行動ではない。

 ただ、ジッとしているのが堪えられなかったのだ。

 

「あーくそ、くそが、くそったれ! なんだよ!」

 

 立ち上がった男の後頭部からドッと吹き出す汗。凍えるほどに冷えていて気持ちの悪い冷水を、男は洗髪感覚で力任せに振り払う。

 直後。

 

「ぅぁっ、ぐっ痛ぇぇ……」

 

 転倒。

 彼の身体はすでに歩くことすら困難であった。

 ベッド脇の床頭台を巻き込みながら派手に転がって、薄明かりで照らされた床に引き出しの中身を撒き散らす。中には入院手続きなどの重要書類、印鑑や筆記用具。財布に携帯端末。コミックスとライトノベルが数冊。お気に入りのフィギュアが一体入っていた。

 

「……はは」

 

 乾いた笑いは男のモノで、しかし彼は涙していた。

 表情は死んでいる。

 目に光はなく、ただ瞳に映る物を反射するだけであった。

 

「ああ、」

 

 不意に、男の視線が定まりある物を捉えた。

 

「こんな、二次元の美少女みたいに産まれてたら」

 

 先までの取り乱し様は鳴りを潜めた。

 虚ろな男はヘラヘラ笑ってフィギュアを眺めて言う。

 到底、正気の顔ではない。

 死を前に情緒不安定となり狂ってしまったと、そう断じる他ない状態であった。

 

「人生楽勝で、楽しくってしょうがねんだろーなぁ……」

 

 有り得ない妄言。妄想の産物だ。

 現実を直視出来ない人間の発想そのものである。

 現実逃避だ。

 

「美少女に生まれ変わって……「なぁに? 私に見惚れちゃった?」とか言ってよ! ハハハッ最高じゃん! 童貞共おもしろおかしく転がしてな! 中身男だから、野郎にクる女とか楽勝にいけんべ! 現実のカワイコぶりっ子とは格が違うね!」

 

 ケタケタと、愉快に笑う男は涙を零す。

 

「でも、やっぱ女の子だな! 可愛い子、全力で落としにいって……二次元美少女クラスなら同性も惚れ込むだろ! 男の振る舞いでイケるかな? ヅカ? ヅカっちゃう? ハッハッハッ!」

 

 瞳孔の開ききった男は垂れ流す。

 逃げるようにして、現実乖離した妄想の世界を夢想してゆく。 

 止まらない妄言。止められない空想。止まったら泣き叫んで、どうにか成ってしまいそうだから、どうにかなってしまった彼は続けた。声を大にして、死の気配を恫喝するようにして、頭の中の趣向を垂れ流す。

 

「行くならどんな世界がいいかな……異世界もイイケド、現代生活に慣れてるとキツそーだよなぁ。現代が舞台作品で」

 

 崩れ落ちる身体は限界の証であった。

 倒れた拍子に顔を強打して、前歯と鼻が潰れても男は笑う。

 笑ってだくだくと言葉を紡いだ。

 いっそうと早口で、駆り立てられたように早く。早く、零す。

 急がないと、もう時間がないと分かっているのだ。

 

「すごい音がしましたけど大丈夫で、キャー!?」

 

 彼の意識の外では大騒ぎとなっていた。

 早朝間際、寝静まった院内で派手に騒げばさもありなんだ。

 

「先生、早く! 急いで! 二一一号室の患者さんが!」

 

 それでも男は止めなかった。

 倒れ伏した身体を看護師に抱き起こされて、止めどなく零れ出す体液を止血されながらも絶対に止めることはしない。

 

「なんですか? はい? なんて言ってるんですか!?」

 

 そうして男は視界に大好きな『     』のフィギュアを映しながら、暗転する意識の中で最期に目に入った作品タイトル『     』を読み上げて死んだ。

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