蓬莱山輝夜に成りまして。   作:由峰

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先週の日曜、投稿予定のデータが消失しました。
pixivで書いていたのですが、開いていたタブがフリーズして……。
その結果、やる気を無くして投稿が遅れていました。
書き手の皆さん、こまめにデータは保存しましょう。












蓬莱山輝夜に成りまして。5/1

 深夜の都会に機獣が咆えた。

 曰く、異国帰りの怪物。漆黒の狂獣。鉄塊の悪魔。

 1200ccエンジンが誇る145馬力を遺憾なく発揮したパワフル・アンド・クレイジービーストは、阻む物のない四つの獣口から怒髪天がごとき咆哮を轟かせていた。

 

「潰す、」

 

 車の疎らな国道を弾丸さながらに、道行く酔いどれへとドップラー効果を与えて滑走してゆく黒塗りの悪魔。その背に跨がる輝夜の瞳が剣呑な妖光を放つ。

 

「必ず、」

 

 もはや空気は風にあらず。

 風圧が壁となった超速の世界を、輝夜は流麗に黒髪をなびかせ駆け抜ける。

 

「見つけ出す、」

 

 彼女の右手首が言葉に付随する感情を表すようにして下がった。

 瞬間、愛する主の感情へ応えるように機獣の咆哮が増す。

 夜闇を照らす怪物の単眼が空を見上げ、美しい満月が輝夜の瞳へと映り込んだ。

 

「代償の一つも払って貰わないと割に合わないわ」

 

 輝く月を見て薄ら笑った輝夜は、自慢の愛機『VMAX12』へ身を委ねる。

 彼女は愛機に裏切られるとは露程も思っていない。

 エンブレムに『卍』を刻み付け、専門家にフルチューンを頼み、輝夜のためだけに製造させた外装でフルカスタマイズされた至上の一品。注ぎ込んだ金額、否。愛は並の大人では注げぬほどに膨大だ。

 ゆえにこそ、輝夜は己の愛機に絶対の信を置いていた。

 事実、それを証明するように数秒の後輪走行の後。彼女の愛する怪物は満足したとでも言うようにして、空を見上げていた単眼で元の夜闇を見つめ直した。

 

「いいこ」

 

 妖光を放つ輝夜の瞳が一瞬の間を慈愛で満たす。

 その慈愛へ応えるように、機獣の咆哮の質が変わった。

 次いで、超速の世界はさらなる超加速領域世界へと昇華してゆく。

 

「ほんとうにいいこ」

 

 スクリーンで覆われたスピードメーターが瞬く間に右へと振れた。

 視界の両端風景は線となり、守りを持たない輝夜の耳を暴力的な風音が襲う。

 本来その世界へ踏み込む前に、常人は死を見て逃げ帰る。

 しかし、輝夜は違った。

 彼女は鎌首をもたげる死の前を悠然と進み、その背後の扉を笑って通り抜けてゆく。一歩間違えれば即身成仏。ほんのわずかな失敗不運が即死を招く世界で、『死』を『識り』『蘇った』輝夜は『死』に恐怖を抱かず愛機と踏み込めてしまう。

 

 どうかしていると誰もが言った。

 狂気の沙汰だと誰もが恐れた。

 それを蓬莱山輝夜は、当然のこととしていた。

 

「あそこね」

 

 数分の暴走を経て、輝夜は白亜の城を前方に見る。

 四角張った城の頂上には電光文字で大きく『総合病院』と刻まれていた。

 住宅地で囲まれた其処は静寂に包まれ、辺りに人影は窺えない。

 そのような場所で、ただでさえやかましい1200ccの直管排気音を唸り轟かせながら、輝夜は白亜の門前に愛機を乗り付ける。

 彼女に『押して歩く』という選択肢はなかった。

 

「カグ姉ぇ!」

 

 機獣の咆哮が止み、ふたたび静けさを取り戻した深夜の空気に次いで響いたのは少女の大声。その唯一自身を「姉」と呼ぶ知った女声に、愛機から降り立つ輝夜は黒の絵羽織を優雅になびかせ言葉を返した。

 

「千壽、時間と場所を考えなさい。ここは病院で今は深夜よ」

「え、ゴメン……。でも、ジブンよりカグ姉ぇのVMAXの方が、」

「私の方が、なに?」

「ううん、ナンデモナイよ」

 

 東京卍會の特攻服に輝夜とお揃いの絵羽織を羽織る、シルバーブロンドのボブヘアで整った中性的顔立ちの美少女。美姫たる輝夜と並び立ってなお霞むことのない明司千壽(あかしせんじゅ)は、自身が「姉」と呼び慕う輝夜の笑顔に抗うことなく屈してしまう。

 輝夜を絶対とする千壽は、輝夜の理不尽にも従順であった。

 

「そう? なら詳しく報告してちょうだい」

「うん」

 

 電話で事前報告を聞き苛立ちを隠さない輝夜に対し、千壽は頷き応えた。 

 

 事は一時間前の話である。

 新宿を縄張りとする愛美愛主(メビウス)が、東京卍會の縄張りである渋谷で事を起こした。

 目撃者兼当事者は千壽だ。

 

 彼女は東京卍會の集会を終え、自宅へ向かう途中であった。

 簡素な住宅街を抜けた、新宿との境界近くへ位置する公園内。日中はともかくとして深夜にもなれば人通りはいっさいなくなり、街灯も少なく薄暗いその場所に千壽は喧騒激しい人集りを見つけた。

 彼女にとっては耳慣れた、荒事による喧騒だ。

 それを千壽は珍しく思いつつも、喧嘩を日常とするがゆえに大した興味は抱けず。不良同士のぶつかり合いなど見飽きていた彼女は、場所と時間が珍しいだけであるとしてあっさりと見逃した。

 例え其処が東京卍會の縄張りであろうとも、其処彼処で頻発する荒事へ一々介入していてはキリがないのである。

 暴走族同士のせめぎ合いならばいざ知らず。チームに属してすらいないカタギの揉め事に、基本的に東京卍會の面々は関わらないのだ。

 

 カタギや女子供相手に、絶対に此方側から手を出すな。

 

 それが佐野万次郎を筆頭に蓬莱山輝夜と龍宮寺堅の三巨頭が起てた、東京卍會における数少ない鉄の掟であった。

 千壽はその中でも幼馴染兼姉たる輝夜の言葉には絶対忠実だ。

 同じく幼馴染の万次郎の言葉には舌を出し、堅の言葉には耳すら貸さない事があれども。自らの思い描く『最強』を体現した輝夜の言葉であれば、それがどんな物であれ、どんな状況を引き起こそうとも従う。

 

 ゆえに、千壽は従った。

 女を嬲る愚物がいたら全力で潰しなさい、そう言って微笑んだ輝夜の言葉に。

 

「ジブンを見つけたひとりが指さしてきてさ、十五~六人いた内の半分くらい? がコッチ来たんだよネ。ミラレター捕まえろーって感じで」

 

 最低でも五人以上が、目撃者となってしまった女子中学生たる自分自身を目掛けて押し寄せて来た。常人であれば震えてトラウマになりかねないその事実を、ことも無げに告げた千壽は鼻を鳴らす。

 

「それで距離が近づいてわかったんだ。あ、愛美愛主のトップクだ! って」

 

 千壽の話を輝夜は静かに聞いていた。

 身振り手振りで必死に現場の状況を語り続ける妹分の姿は、彼女にとって中々に愛おしい物があったのだがしかし。

 

「ついでにあれが喧嘩じゃなかっタってのもわかった……。人集りがハケて中心が見えたんだ。その、裸に剥かれて泣き叫ぶ女と、血塗れで倒れてた裸の男が」

「…………そう、」

 

 空気に重みが加わった、そんな錯覚に身震いしつつ千壽は続ける。

 状況を瞬時に把握した彼女は、向かい来る愛美愛主の特攻服で身を飾る面々を秒で鎮圧。輝夜の教えに従い、残りの愛美愛主を潰さんと駆け出したと言う。

 

「ケド、邪魔が入ったんだ。フードで顔を隠したヤツがいきなり乱入してきて、負ける気はしなかったしジブンは一発も貰わなかったのに……なんかアイツスッゲェ気持ち悪かったんだヨ」

「気持ち悪かった……ね」

 

 自身の体感を言葉に出来ず、四苦八苦する千壽に輝夜は考える。

 

 曰く、当たったはずの打撃が通っていないような感覚。

 曰く、蹴り飛ばしたにもかかわらず感触が軽い。

 曰く、何度攻撃を叩き込んでもまるで無傷だと言わんばかりに立ち上がる。

 

 輝夜は納得した。

 確かにそれが事実であれば、相対した側は気持ち悪いであろう。

 

「それで、ソイツとヤってる間に愛美愛主が逃げてて……」

 

 最後はフードの男にも逃げられた、そう締め括った千壽の表情は暗く沈んでいる。

 その後、彼女は救急車を呼び輝夜にも連絡を入れて今へと至った。

 

「その……ゴメンな、カグ姉ぇ。ジブン」

「千壽はなにも悪くないわよ」

「でも」

 

 東京卍會・参謀副総長直属・親衛隊総隊長明司千壽。

 通称を『無比』またの名を『戦姫の懐刀』と呼ばれ、負けることを許されない地位に就く千壽の自責の念を感じ、輝夜は少女の髪を白魚のごとき指先で優しく梳いた。

 

「大丈夫よ。あなたは負けていないし、間違ったこともしていないわ」

「けどフードの、たぶん重要なヤツを正体も掴めずに逃したんだ……!」

「東卍で一二を争う武闘派のあなたを相手に、単独でやりあって逃げ出せる時点でよほどの手練よ? 誰も文句なんて言わないし、この私が言わせないわ」

 

 言いつつ、輝夜は考えていた。

 唐突に動き出した愛美愛主について。

 その愛美愛主を援護したフードの存在について。

 なによりも、千壽の電話を受けてから感じていたきな臭い匂いについて。

 

(黒幕X……タイミングとしてはおかしくないわね)

 

 輝夜が黒幕Xの存在を知り、鈴仙を標的とした一件へ釘を差して数日。

 彼女は鈴仙に普段通りの生活をおくらせていた。

 その狙いは一つ。優曇華院鈴仙を蓬莱山輝夜は囮として使い罠を張っている、黒幕Xに対してそのように錯覚させるためだ。

 無論、輝夜に大切な家族を囮として使うなどといった考えは毛頭ない。

 件の直後には鈴仙へと事情を伝え、本人に警戒を促しつつ、秘密裏に私服で身を包むSPの中でも凄腕とされる猛者を二十人体制で護衛として常時付ける徹底ぶりを発揮してみせていた。加えて、鈴仙の師であり輝夜の最も信頼する永琳が「この子は私が絶対に守るわ」とまで言ってのけている。

 この状況でなお鈴仙を害せるのであれば、輝夜に黒幕Xへ抗う術はないであろう。

 ならば次に固めるべきは佐野万次郎の妹。輝夜の可愛がる佐野エマであり、輝夜が幼馴染全員で対策会議を開いた直後に今回の一件は起きていた。

 

(エマは狙わずに……愛美愛主が動いて……つまり)

 

 もはや蓬莱山輝夜に近しい人間は狙えない、

 蓬莱山輝夜は確実に対策を取ってくる、

 ならば別口で責め立てよう、

 黒幕Xはそのように判断したのであろうと、ここにきて輝夜は確信した。

 

「次から次へとよくもまあ卑劣に……下衆風情が」

「カグ姉ぇ……?」

 

 輝夜の思わず零したドス黒い言の葉に千壽は首を傾げた。

 

「……なんでもないわ。ところで千壽、あなたバイクはどうしたのよ?」

「シンイチローのとこ。修理中なんだ」

「そう。なら送るから乗りなさい」

「ありがとカグ姉ぇ」

 

 深夜の静謐に機獣の唸りが轟き、短い咆哮を幾度となく繰り返す。

 

「しっかり捕まってなさいよ?」

「ウン! ダイジョーブ」

 

 輝夜は一つ勘違いをしていた。

 彼女は今回の一件を、愛美愛主を使った黒幕Xによる無作意な攻撃。輝夜自身への嫌がらせだと思いこんでしまっていた。

 その間違いに気づくのは、これより数日後の話である。

 

「出すわよ」

「オッケー」

 

 夜の都会に機獣は咆えた。

 主の荒ぶる感情を代弁するようにして。














【蓬莱山輝夜】
愛機はYAMAHA・VMAX12・オリジナルカスタム。
金に物を言わせたお嬢様の娯楽品。
アルトリアが乗れるなら輝夜も乗れる。(謎の確信)
Vブーストでの加速にやみつきの模様。


【明司千壽】
幼い頃より輝夜の後をついて回る輝夜大好きっ子。
永遠亭組以外で輝夜が信頼している数少ないひとり。
東京卍會・参謀副総長直属・親衛隊総隊長。つまり輝夜の右腕。
『無比』と『戦姫の懐刀』の二つの異名持ち。
やばい強い。

徒歩で帰宅途中に原作事件に遭遇。
事件内容へ気づかずスルーするつもりが、向こうから来て勝手に暴露された感じが否めない子。
病院へは救急車にうっかり同乗して辿り着く。
足がないから輝夜に送ってもらう気満々であった。
やったねカグ姉ぇに合法的に抱きつける。
駄目なら兄貴ーズのどっちかを呼んだ。


【フード】
謎のフード。
たぶん好きな言葉は罪と罰。
千壽が想定よりも遥かに強すぎて、反撃がまるでできず、全力で生き延びることだけに専念していたヒト。
そうしなければ確実に瞬殺されかねなかった。
結果的にはそのせいで、千壽に次は確実に仕留めるとロックオンされてしまったことを彼はまだ知らない。


【八意永琳】
輝夜から助けを求められれば即座に救うものの、基本的には子供の世界は子供でのスタンスが強いヒト。
ただしやるからには遠慮情け無用でヤル。


【優曇華院鈴仙】
知らぬ間に狙われていてびっくり。
聞いた後で護衛レベルにびっくり。
けど特に日常を変えずに平常運転。
「姫様はほんとやんちゃだなぁ」









先週書き上げたモノとは全く違う作品になった本話。
失意のどん底で書いた作品です。
輝夜に聖槍十三騎士団チックな服装をさせ、VMAXに乗せるという私の趣味全開の作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。

次回は原作の初集会、その次はいよいよ長内くんを……ヤりますかね?

皆様の感想評価、とても嬉しく励みにしております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

https://twitter.com/Ujouya_yuhou

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