蓬莱山輝夜に成りまして。   作:由峰

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蓬莱山輝夜に成りまして。5/2

 仕事終わりの宵の口に呑み暮れていたであろう、帰宅途中の企業戦士が自慢気に千鳥足で酔拳を披露してゆく。されど職業を間違え酔拳を使えない哀れな戦士の横へ立つのは、歳の差が明らかな男へ向けて愛嬌たっぷりに笑顔を振りまく夜の蝶だ。

 身奇麗なドレス姿で夜を舞う彼女の背後にはどこから来たのか、どこへ向かうのかすらも想像のつかない外国人グループが屯していた。言語不明の会話を無遠慮に繰り広げる彼らは、無駄に上機嫌で派手に着飾る男女の集団を見て何事かを言い合う。

 そんな場所へ塾帰りであろうスクールバッグに制服姿の少年が単語帳を片手に合流すると、少しの間を置いた後に嫌悪を露わとして距離を取った。

 

 其処は渋谷のスクランブル交差点。

 正式名称を渋谷駅前交差点である。

 

 彼の場所は日本における都市風景の象徴とされており、また『世界でもっとも有名な交差点』にして『世界でもっとも混雑している交差点』という異名をも持つ、日本有数の外国人にも人気を誇る観光地であった。

 

 時刻は直に22時を回り、夜遊びを始めんと若者たちがひしめく頃。

 街を飾る幾機ものデジタルサイネージからは賑やかなメロディが鳴り響いては映り代わってゆき、主張の激しい大音響スピーカに負けじとストリートミュージシャンたちが声を張り合う。

 縦列駐車から飛び出したタクシーへトラックがクラクションをかき鳴らし、車線を割って入ったセダンに向けて後続のハイエースも続いてクラクション。四方八方に音、音、音。まさに『音の戦場』と言って差し支えない其処で日常を過ごす人々は、誰も彼もが己の世界へ閉じこもって好き勝手に生きていた。

 まるで周囲の発する音など「自分の生きている世界には無関係だ」とでも言うようにして。例え口論が聞こえようと、不穏な単語が飛び交っていようともである。

 彼らはそれが己の生きる世界に関係なければ、あるいは興味関心の一切向かない内容であれば、右から左へとすべてを聞き流しては忘却してゆく。そうでもしなければ五感聴覚からの情報過多で死んでしまうとでも言うように。

 

 それが渋谷の、都会で生きる人々の日常にして常識である。

 其処に広がるのは昨今の都会に完成した恒常的光景。つまり渋谷スクランブル交差点に身を置く人々は、今日も変わらずに無関心な雑音を忘却の彼方へと聴き流す。

 

 そのはずであった。

 

 初めに車の走行音が連鎖して止まり始めた。さながら緊急車両へ道を譲るようにして、スクランブル交差点に遠い車両から順順に脇へ寄っては止まってゆく。

 

 サイレンは、鳴っていない。

 

 それを見ていた通行人が立ち止まり、不思議そうに車道へ歩み寄った。

 ひとりがふたりに、ふたりは四人にと、その数を増す。

 そうした人々は気づく。

 微かな音に。渋谷スクランブル交差点にありふれた喧騒とは異なる音。日常を生きる彼らにとっては、遠く非日常をもたらす物騒極まる旋律に。

 

 その人々の気づきは、伝播し広がり続けた。

 

 信号待ちの通行人の群れが遠くを覗き見る。

 客待ちのタクシードライバーが窓から顔を出す。

 楽器を弾き鳴らすのに夢中であったストリートミュージシャンが手を止めた。

 酔いどれ拳法を使おうと足掻く戦士は素頓狂に固まり。

 妖艶に微笑んでいた女は素を晒して。

 外国人のグループは周囲の異常に戸惑いを見せ。

 若い男女の集団は先以上のハイテンションで道路縁に踊りだし。

 面倒に巻き込まれてはたまらないと逃げ出したのは学生だ。

 

 そして、その時は訪れた。

 

 2005年7月19日22時00分────。

 渋谷でもっとも騒がしい中心街、朝から晩まで稼働し続けるデジタルサイネージが一斉にブラック・アウト。次いで、すべてのビジョンに『卍』が浮かび上がった。

 

 東京で『黒地に黄金卍』の意味するモノを知らぬ者はいない。

 街随一の有名人たる彼女の背負う象徴を知らぬ訳がないのだ。

 

 そうして、おびただしい数の単車が交差点へと雪崩れ込む。

 

 法律など知らぬと言わんばかりに、信号も車線すらをもお構いなく。止められるものなら止めてみせろと、我が物顔で押し寄せた単車は総勢二百台を超していた。

 鳴り響く直管コールが大地に轟き、摩天楼のガラスを震わせる。

 さながら世紀末の無法地帯。日本のヨハネスブルグと化した渋谷の交差点に、数千人が足を止められ、万を超す人々の視線が釘付られていた。

 

 その中には恐怖に身を寄せ合う者たちがいる。

 滅多に見れない光景に興奮冷めやらぬ者もいた。

 中には「輝夜姫万歳」「輝夜様」といった声援を送る者もおり、傍迷惑そうに顔を顰める者など反応は様々だがしかし。群衆の大半が携帯端末を、あるいはカメラや映像機器を手に、何が起こるのかを今か今かと待ち構えていた。

 

 其処へ一台の車が現れる。

 卍の黒旗をはためかせる卍印の単車に先導されながら、単車によって築かれた道の中央を進む車は米国産の巨大なピックアップトラックだ。

 車高を異様に上げられた黒塗りのピックアップトラックの荷台では、東京卍會の特攻服に身を包む二人組が佇んでいる。手にはそれぞれ『初代東京卍會』の族旗が握られており、二枚の黒旗が交差する形で構えられていた。

 ピックアップトラックはそのままゆっくりと交差点の中央へ向かう。

 いつしか耳を覆いたくなるほどの騒音は鳴りを潜め、渋谷で最も賑わう交差点には異様な沈黙の舞台が出来上がっていた。

 

 群衆の中、誰かが言う。

 何が起きているんだと、何が始まるんだと、喉を鳴らす。

 

 無法地帯と化したはずのスクランブル交差点は、気づけば二百台からなる単車の軍勢によって綺麗に隊列が組み上げられていた。

 それはいっそ、普段の光景よりもよほど規律に満ちている。

 

「総員、整列!」

 

 夜の沈黙した舞台に響いたのは年若い男声。腹部の底から張り上げられた野太い号令係の一声に、総勢二三〇余名の特攻服が一斉に動きだす。

 同時に、ピックアップトラックが交差点中央で止まった。

 そうして、

 

「総長、並び副総長、参謀副総長に! 礼ッ!」

『お疲れ様ですッ!』

 

 二三〇余名による頭を下げての大合唱に合わせて、ピックアップトラックの後部座席から特攻服の佐野万次郎、龍宮寺堅、蓬莱山輝夜の三人が姿を表す。

 彼らはそのまま悠々と二メートルはある荷台へと飛び上がると、交差する族旗を背に万次郎を中心として仁王立った。

 

 渋谷の中心の万の視線が、たった三人の中学生へ向かう。

 それらをまるで意に介さず、堅の手渡した拡声器に万次郎が口開く。

 

「東京卍會総長、佐野万次郎だ」

 

 静まり返った渋谷の中心に、拡張された電子音声が響き渡る。

 

「オレは此処に布告する! 人道を踏み外し外道に落ちた新宿の愛美愛主! そして愛美愛主に繋がる者、愛美愛主に協力する者、そのすべてを、東京卍會の総力を上げて全力で叩き潰すとッ! 一人も逃さねぇ……誰一人だ! 明後日、7月21日の22時! 場所は九代目黒龍の眠る地! 其処で互いの存続を賭けた全面戦争をやろうぜ長内くん! そして今、この場にいるオマエらは全員が生き証人だ!」

 

 次いで、輝夜が拡声器を手にする。

 

「東京卍會参謀副総長の蓬莱山輝夜よ」

 

 群衆は息を呑み、誰もが瞬きもせずに彼女を注視しだす。

 それで良いと輝夜が嗤った。

 その化けの皮を、剥がせる者はいない。

 

「今日こうして私たちが動いたのは、あなたたちに広めて欲しいから。愛美愛主が行った悪行を、女性に振るった非道な暴力の数々を……そして、協力して、私たちに教えて欲しいの。愛美愛主の人間と接触している者のことを、なにか知っていることを、どんなに些細な事でも構わないから教えて欲しいの」

 

 ひいてはそれがあなた自身の身を守ることに繋がるはずよ、そう締め括った蓬莱山輝夜は全力で微笑んだ。その心内に、すべては自身の思うがままだというほくそ笑みを押し隠しながら。

 

「……! 了解です。マイキー、輝夜、サツが動いた。退くぞ」

 

 渾身の魅了を振る舞う輝夜に、携帯片手に堅が割り込む。

 彼の通話相手をよく知る少女は、一度頷くと最後の一手を打ち込んだ。

 

「最後にプレゼントよ。みんなで読んでちょうだいね」

 

 語尾にハートの付きかねない語調で言った輝夜は千壽を見やる。

 頷く腹心に、今度は本心から微笑み輝夜は荷台を飛び降りた。

 万次郎と堅がそれに続き、ピックアップトラックの後部座席へ乗り込む。

 

「総員、撤収!」

 

 そうして号令係の一声に、ふたたび世界へ騒音は舞い戻ってくる。

 静寂からの機獣による大合唱は、先以上の轟音を群衆へと思わせた。

 

「親衛隊各員はビラを撒きつつ撤収ダゾッ! ヌカルなよ!」

 

 その最中、大排気音を物ともせずに声を通したの千壽だ。

 彼女は輝夜印の羽織りの袖口からA4サイズの紙束を取り出すと、器用に片手で単車を操りつつ群衆目掛けてばら撒いてゆく。そんな千壽へ続くようにして、同じく輝夜印の羽織りを着こなす親衛隊の面々も紙束を夜風に乗せていた。

 

 夜の渋谷に季節外れの吹雪が舞う。

 それを窓越しに、輝夜はひとりせせ笑って呟いた。

 

「まずは三手、」

 

 この一件は数時間と掛からずに都内全域へと広まってゆく。

 とかく不良界隈で知らぬ者は一人としてなくなり、翌日には神奈川県内の不良たちが挙って腰を上げる事態へと発展した。














前回予告の初集会ではなくなってしまった……ごめんなさい。
いえ、ちゃんと集会シーンは書くんですけどね。
そこで書きたい部分もあるので。
ただ今回は流れで書いてて、コッチのほうが良いかなって……。


【蓬莱山輝夜】
今話、金に物を言わせて行動しちゃったお嬢全開の人。
散財額はギリギリ云百万内。エーリンにため息吐かれた。
キレ散らかして何やら企みだした模様。
つまり本気で黒幕Xを潰しに行動を開始した?

【愛美愛主・長内くん】
翌朝知らぬ間に超有名人となり、出歩く先々で視線を感じちゃう人。
事実を知っても後の祭り状態。賽はすでに投げられている。




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