蓬莱山輝夜は美の化身として産まれ落ちた。
赤子はおおよそが「猿のようだ」なんだと例えられるなかでいて、彼女は生まれ出でた瞬間に名前を美姫と名高い『輝夜』と定められた特別な存在だ。
輝夜の両親は当初こそ様々な名前を考慮していたという。
女の子なら、男の子なら、名前の一部には両親の一文字を。どこにでもある名付けの選定は結局、産まれてからゆっくり決めようと話はまとまった。しかして両親は輝夜が産まれた瞬間に、おとぎ話のかぐや姫から名前を決めたと後に語っている。
「あなたの顔を見たらね、『輝夜しかない』って思ったのよ」
「おまえの顔を見て『輝夜』以外にありえないと確信したんだ」
竹取物語のかぐや姫。
輝かしい美貌を持った月の姫君。
それこそが彼女、蓬莱山輝夜の名の由来であった。
「まあ実際、今の私はかぐや姫なのよねぇ……二次元産ダケド」
彼女は転生者であり、元は三十中半の男だ。
前世に存在した東方Projectの登場人物。永遠と須臾の罪人。地上に隠れ住む月の姫。『蓬莱山輝夜』その人と成った、つまりは成り代わり転生者である。
もっとも、『東方Project』や『蓬莱山輝夜』を輝夜自身はほぼ知らない。
輝夜には産声を上げた瞬間から自意識が在った。
自我の元は男であり、歳は三十代の中半。みっともなくも無様に孤独にむせび泣き、大好きな二次元美少女キャラクター『蓬莱山輝夜』に成りたいという空想に狂った。
『東方Projectの蓬莱山輝夜』は竹取物語のかぐや姫当人であり、そうして最期は何かを願って死んだ先が今へ繋がる。
「こんな情報だけ識っていても……どうすればいいのよ」
前世の有無を識っていても、輝夜に前世の記憶自体はない。
在るのは大人として生きた自覚と自意識に頭脳。死の直前に抱いた強烈な想いと妄執の産物たるキャラクター情報。後は男としての心だけだ。
「永遠と須臾を操る程度の能力って……いや能力って」
これは一種の呪いだと彼女は考えている。
使えもしない空想上の登場人物『蓬莱山輝夜』の情報。あべこべな精神性。他を惹く異常な美貌。そして何よりも、今現在最も頭の痛い問題はただ一つ。
「かぐやちゃんなによんでるの?」
「竹取物語」
「たけとり~? とりさんのごほん~?」
「かぐや姫の物語よ」
「あ。それしってる! おかあさんによんでもらった!」
「そう。良かったわね、向こうでお友達と遊んできなさい」
「かぐやちゃんはいかないの?」
「私はこれを読んでいるから。終わったらね?」
「うん!」
幼稚園児にして古文を読み解く美幼女。蓬莱山輝夜の中身は精神年齢四十に迫る大人であって、幼児と戯れて喜楽を抱く心は持ち合わせていないのだ。
大人が幼児に交じって、幼児扱いを受けて過ごす。
輝夜の現状は罰ゲームと大差なかった。
「輝夜ちゃ~ん? こっちでお友達と遊びましょう? ね?」
「……先生。私は本が読みたいです」
「ん~、でも今はお外で遊ぶ時間だから。ね?」
「…………わかりました」
先生の目は笑っていなかった。