汚れる黒革のブーツで血振りした輝夜の表情は浮かない。
彼女は血溜まりに沈むふたりの男を足蹴にぼやいた。
「……さて、どうしたものかしら」
輝夜による懺悔と称した尋問、否。拷問とも呼べる徹底的な情報収集を目的とした暴力の前に、喧嘩もろくに出来ないであろう男たちが果たして口を割らずに耐え忍ぶことは可能であろうか。
無論、不可能である。
断金の仲間意識や友のためと殉じる覚悟があれば別として、彼らは自分たちよりも力に劣る女性を集団暴行していただけの鬼畜外道な人間性を持つ人種に過ぎない。
他者を思いやる人道精神など持ち合わせる訳がなかった。
なれば必然、我が身可愛さに口を割るのは自明の理であろう。
少なくとも輝夜はそう思っていたのだ。
例え反骨精神をみせても『歯の二、三本も圧し折れば』『鼻を潰してしまえば』『指の骨を一本ずつ踏み砕いてやれば』すぐに吐くであろうと、そう思っていた予想は外れた。
「誰とも知れないやつに「メールで指示された」……ねえ?」
滂沱の涙ながらに「やめてください! ホントなんです! 信じてください! 許してください!」と懇願し続けた男ふたりは、最終的に輝夜の振る舞った暴力のフルコース・ディナーをすべて平らげて失神した。ついぞ「メールの相手に従った」以外の、目ぼしい情報を零すことなくである。
「「チンコロは絶対しない!」ってタチでもないでしょコイツら」
「……ええ、」
輝夜の疑問符に一虎が言う。
「そうね……。少なくとも男としての機能を、種の繁栄に貢献する権利を、それこそ一生涯失う瀬戸際にまで口を噤めるタチでないことだけは確かよ」
一虎に答えつつ、輝夜は思い返す。
薬物の入手ルートはありきたりなコインロッカー。メールで指示された場所に鍵があり、それを使って彼らはクスリを手にしていた。
犯行に及んだ場所も同様だ。
カメラの位置と死角の記された地図がメールに添付されていた。
それ以外にも警察のその日の警邏ルート。取り締まり場所。警察の目の届かない路地情報や、時間によっては人通りのいっさいなくなる通りの廃ビルに公園の住所。果ては狙い目である女性の顔写真に行動範囲まで、親切丁寧に彼らの携帯電話へとメールで送られてきていた。
「……嫌になるわね。見てみなさいよ一虎」
そして、もう一つ。
輝夜は不満気に弄っていた男の携帯を一虎へ向けた。
「…………うん?」
そのディスプレイに表示されているのはメールの受信一覧であった。
表示方法をアドレス詳細に切り替えられたそこには、ディスプレイがアルファベットで埋め尽くされた見難い光景が広がっている。
そんな黒革に包まれた手の中にあるディスプレイを眺めて数秒。一虎はよくわからないと首を傾げて、大きな瞳を瞬かせながら輝夜へ問う。
「これがどうしたの?」
「このメールはすべて同じ……そうね、『X』が送ってきたメールよ」
X、輝夜はメールの送り主たる黒幕をそのように仮称した。
そうして彼女に言われもう一度、一虎はディスプレイを視て気づく。
「…………あれ、でもこれアドレス全部違うじゃん」
「そう。それに使い捨てよ……おそらく端末もプリペイドね」
その意味に、輝夜は瞬時に辿り着いていた。
Xによる追跡防止措置だ。犯罪が露見し黒幕である自身の存在を察知されようとも、警察の端末情報を辿った捜査から逃げ切るための一手である。
西暦2005年の今現在。『向こう側』の事情に多少詳しければ、あるいは『向こう側』に多少の伝手さえあれば、使い捨ての端末。俗に言う『飛ばし携帯』なども手にすること事態は容易なのだ。
「厄介よ、こいつ……いえ、こいつらかしら? どちらにせよ知能犯ね」
「ふぅ~ん」
Xは端から警察の手を見越して行動していた。
つまりバレることを前提に動いているのだと答えを出し、されど輝夜は己の出した結論に顔を顰めて考えなおす。
犯罪行為ゆえにバレる気はなくとも手を打つのは当然だ。
安全マージンを取るのは犯罪行為は言うに及ばず。
あらゆる危険を孕む行動で推奨されている事柄であった。
しかし、そこではない。
輝夜が引っ掛かっているのは別の部分だ。
「……Xの目的は、なに?」
「……? 女の子でしょ」
思わず零れた輝夜の自問自答の呟きに対する一虎の言葉へ、彼女は首を捻る。
「だとしたら手が込みすぎよ」
「まあ、確かに」
輝夜にはXの目的が見えないでいた。
行動原理や理念がまるで窺い知れず、実行犯を捕らえた今でさえ何一つとして理解が及ばない。
その言い知れぬ不快な感覚に、輝夜は頭を振るう。
「いいわ。今ここで考えていても得られるものはないでしょうしね」
帰りましょうと言って、投げ捨てようとした端末が、震えた。
輝夜の瞳がディスプレイを反射する。
『件名:お望みの女子高生』
『添付:顔写真』
『本文:名前は優曇華院鈴仙。毎週金曜のバイト終わり、21時過ぎにひとりで某大学近くの公園を必ず通り、毎回公園内の自販機で飲み物を買う。あの公園にカメラはない。ひと目だけ気にすればいい。それと今回のターゲットは写真と動画を後日指定するコインロッカーに入れておけ。-END-』
一虎が一歩、後退った。
額にはわずかな汗が浮かび、頬が若干引き攣っている。
そんな事実を露知らず、輝夜は添付されていた写真を開く。
そうして女子高生らしくロングヘアを薄紫に染めた、愛らしい少女の顔がディスプレイへと映し出された。
次いで、輝夜は手早く別のメール受信一覧の内容に目を通してゆく。
『件名:女子大生』
『添付:顔写真』
『本文:名前は小野ヶ崎春恵。Club Ibukiにひとりでいることが多い。帰りは徒歩で途中に裏路地を通る。明るいが深夜のその路地近辺に人はいない。カメラは壊れている。-END-』
『件名:OL』
『添付:顔写真』
『本文:名前は上南宇江弓子。土曜は日付の回る深夜まで会社。帰宅時は徒歩。会社近辺にその時間帯人通りはない。駅通りでタクシーを拾う前に車でさらえ。-END-』
『件名:フリーター』
『添付:顔写真』
『本文:名前は御瀧園彩。火曜日、神南のコンビニで深夜近くまでバイト。帰宅ルート上にある廃ビル(住所)近辺に人通りはない。カメラもない。廃ビルで待ち伏せて中に連れ込め。-END-』
順々に二十三人分のメール内容を見終えた輝夜はある仮説へ辿り着く。
Xの狙いは東京卍會ないし自分にあるのではないか、と。
「…………、なら」
一蹴。
輝夜は足元に転がっていた主犯格の男を蹴り転がす。
仰向けになった男たちの顔は、目も当てられない形相であった。
それが二つ並んだ写真を、黒の特攻服がわずかに映り込むようにして撮り、彼女は今しがた届いたXのメールに貼り付けて送信する。
「帰るわよ」
返信は来ない、不思議と輝夜にはそんな確信があった。
そうして、携帯を投げ捨て彼女は歩き出す。
その後ろを慌てて追い駆ける一虎は、壁の衣紋掛から漆黒の絵羽織を手に取り、先を行く輝夜の肩に掛けて言った。
「いいの? Xからの連絡だったんでしょ」
「どうせ応えやしないわよ」
一虎の問に鼻で笑って、輝夜は扉を開け放つ。
瞬間。
押し寄せてきた音の濁流で彼女の眉間に皺が寄る。
先ほど流れ込んできた音楽とは明らかに違う、それ以上に激しく脈動する重低音の際立ったダークサイケ調に、輝夜の不機嫌は増すばかりであった。
「早く出ましょう。頭がおかしくなりそうよ」
「サイケデリックだけに?」
「そうよ」
一虎のおちょくるような言葉へ投げやりに、輝夜はフロアの二階通路を足早にゆく。道中、すれ違う若者たちの熱に浮かされた視線が輝夜へ絡むもいつものことだ。彼女は徹底して無視を決め込み、階段を下りいざ外へ踏み出した瞬間である。
「おや、もうお帰りかい? 悪ガキ共」
ふたりの前を遮るように、黒のスーツを着込む女人は立ち塞がった。
その姿を目に、輝夜は不機嫌が幻であったがごとく微笑んだ。
「ええ、勇儀さん。今日はどうもありがとう。それと申し訳ないのだけれど、お部屋を汚してしまったのよ。清掃費はお支払いするから、お願いできまして?」
「ああ、いいさね。ウチの若い衆にやらせるから気にしなさんな」
夜にも負けない波打つ金髪を掻き上げ、豊満な谷間を晒す星熊勇儀は笑う。
そんな彼女の快活な笑みに対し、輝夜は口元を隠し楚々と微笑み返す。
「まぁ、こき使っては若い方たちが可哀想ですよ?」
「だったら汚すんじゃないよ! このじゃじゃ馬姫が」
「じゃじゃ馬姫って……、私は勇儀さんのように弾丸飛び交う戦場を嬉々として遊び場にしたりはしないわ」
「いや、さすがの私だって遊び場にゃしないよ……。ただ喧嘩相手がチャカ持ってるのばかりでねぇ……ったく、どいつもこいつも喧嘩の粋ってやつをわかってないよ」
鼻を鳴らして拳を叩く勇儀の言葉に、輝夜はクスクスと笑い一虎が歪な笑みを返す。彼の笑みを言葉に表すのであれば、笑い方を知らないサイボーグが必死に笑みを浮かべて失敗したような顔である。
「ま、それはいいさ。それより」
勇儀のまとう雰囲気が変わった。
快活で人好きのする女性のものから、獰猛で人を食い殺しかねない女傑のものへ。血を魅せる瞳に険呑な光を爛々と灯し、彼女は輝夜へ問う。
「シャブを流したのはウチのもんかい……?」
嘘偽りは許さぬと、勇儀の瞳は言っていた。
無論、輝夜には真実を語る以外の考えはない。
「わかりませんわ」
輝夜のすました答えに、無言で勇儀の瞳が続きを促す。
それに首肯し、輝夜は事のあらましを語ってゆく。
嘘偽りなく、先に手にした情報を惜しみなく流していった。
都内で最大勢力を誇る反社会的暴力団組織のナンバースリー、『怪力乱神の勇儀』を敵に回す道理はないのだから。
「…………なるほどね。わかった、こっちでも探っとくよ」
「お願いします」
輝夜の話を聞き終え、勇儀は懐から煙草を取り出し咥える。
その雰囲気は、最初の人好きするものとも違う優しいものであった。
そうして、
「アンタは女の子なんだ、無茶すんじゃないよ」
「………勇儀さんたちにだけは言われたくない言葉ね」
肩越しににっと笑った勇儀は、紫煙をくゆらせ店内に消えてゆく。
それを見送った一虎は、ため息とともに力なく零した。
「オレあの人苦手なんだよね……」
「知ってるわ。それより早く行きましょう、みんな待ってるはずよ」
輝夜は一虎の言葉に苦笑して、夜の闇へと踏み出した。
皆様、
たくさんの感想評価お気に入り、そして誤字報告をありがとうございます。
とても嬉しく思い、また励みにし、それに応えるべくなんとか平日に書き上げることができました。
今後とも拙い作品ではございますが、お付き合いのほど、また感想評価をよろしくお願いいたします。
追伸、
ついこの間、Twitterを始めました。(初宣伝)
お気に入りが1000人を突破し、高評価も多数頂けた感謝の気持ちも込めて、読者様の読んでみたいシチュエーションで記念作品でも……と調子づいて考えております。
その際のリクエストにTwitterを使うか、希望者に当サイトでメッセを送ってもらうかを迷っております。なので、Twitterをしている方で少しでも興味のある方はフォローして頂けると嬉しいです。
⚠ツイート内容は執筆状況が主で、更新率は低いです。
https://twitter.com/Ujouya_yuhou