殺し愛、斬り愛、死愛。

それは紛うことなき乙女ゲー。一世を風靡した屈指の馬鹿ゲー。


――イカれた攻略キャラを紹介するぜ!


命のやり取り大好き剣狂い第一王子!

悪は悉く滅ぼす苛烈な風紀委員長!

己が道を往き世界に叛逆する不良生徒!

天上の神域より送られた神様の端末兼生徒会長!

人の絆と魂の輝きをこそ重視する学級委員長!


――以上だ。


そこにブチ込まれた一般転生者と原作ヒロインたちがなんやかんやで戦ったり斬り合ったり殺し合ったり愛し合ったりする話。



なお登場人物の九割はバトルジャンキーとする()

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短編。手慰み。

(続きは)ないです。


プロローグ

 

 

 ――なんというか、面倒な事になった。

 

 

「殿下! 殿下!? なにをするつもりですか!?」

「なにって、決まってるだろう。ステラ?」

 

 

 観客席で騒ぐ身なりの良い男子に、眼前の青髪イケメンが答える。

 

 すらりとした立ち姿、ピンと伸びた背筋。

 そこに油断も隙もない。

 

 いきなり闘技場の舞台へと降り立った青年は、そのまま靴音を鳴らしてこちらに近付いてくる。

 

 

「はじめまして、特待生。僕のことは知っているかな」

「……自国の第一王子を知らない国民はいないと思います」

「あはは、それもそうだ。ごめんごめん。いや、意地悪で言ったワケじゃないんだよ? なんというかまあ、学園だからね。僕もある程度気が抜けるんだ」

「…………、」

「そんな目をしないでよ。折角の時間なんだから」

 

 

 なにが折角なのだろう。

 首をかしげながら彼の方を見ていると、不意に手が動いた。

 

 腰に提げていた一本の真剣。

 刃はガタガタで唾はなく、柄には襤褸切れだけが乱雑に巻き付けられている。

 とてもじゃないが似合わない得物。

 

 それを、

 

 

「――――じゃあ、僕からするお願いも分かるだろう?」

 

 

 真っ直ぐ、自分のほうに向けてくる。

 

 ……本当になんなのだろう。

 ちょっとよく分からない。

 試しにここまでのコトをまとめてみよう。

 

 なんやかんやあって上級生と決闘することになった俺。

 

 入学したばかりの一年生と二年生だ。

 そんなふたりの試合なんてどうなるか分かりきっている。

 普通はあっちの方が勝つ。

 

 ――が、そこは()()()()()()()()()

 

 難なく圧倒して勝利。

 わりと容赦なくボコボコにして一先ずこの件はお仕舞い、となるハズだったのだが。

 

 

「決闘しよう、()()()

「……なんでですか……」

「なんでって、そうだなあ。……君と斬り合いをしてみたくなった」

「ワケが分からないんですけど」

「あっはっは。うん、僕も正直分かんないよ。我ながら驚いてる。――でも、仕方ない」

 

 

 くつくつと喉を鳴らして王子は笑う。

 

 馬鹿にしているのではなく。

 嘗めているのではなく。

 

 彼はただ、シンプルなまでの理由を心に笑っている。

 

 

「――君の刃を見た瞬間から、僕はそう思った。心が躍ってる。魂が叫んでる。ああそうだ、君の刃に僕は心惹かれている。その業に、震えてるんだ」

 

「……あれ、この世界ってこういう方向なんだっけ……」

 

 

 ちょっと本気で頭が混乱しそうだ。

 改めて状況を把握してみよう。

 

 聖剣学園恋愛譚 ~刃交差し恋せよ乙女~

 

 通称「さしおと」は前世で一時期話題を呼んだ(らしい)女性向け恋愛ゲームである。

 

 攻略キャラは基本五人。

 隠しキャラの類いは殆どなし。

 ついでにシリーズ化していて、三作目まで発売していたという。

 

 ……情報が曖昧なのは俺自身がそのゲームを触ったことがないからだ。

 せいぜい姉がきゃーきゃー言いながらプレイしていたのを見たぐらい。

 

 あのときの姉は凄い楽しそうだった。

 弟としてそこは評価できる点だと思う。

 姉が笑っているなら俺もハッピーだ、たぶん。

 

 そんな「さしおと」だが、キャッチコピーはなんだったか。

 そう、たしか――

 

 

 〝刃鳴らせ! 火花散らせ! 剣舞う世界で愛を謳う恋愛ADV!!〟

 

 

 ――いや今さらだけどそれ女性向けとしてどうなんだ、と言いたくなるコンセプトだった。

 

 制作会社はどこだ、ニ○ロか、ブ○ッコリーか。

 

 

「答えを訊きたいな、特待生。行動でもいい。抜くのか、抜かないのか」

「……戦う理由がありません。それに、間違って殺してしまったらどうするんですか」

「なんだい、それは。冗談はやめてほしいな」

「なにが冗談で――」

「命を懸けなきゃ決闘じゃない。死ぬまで斬り合ってこその死合いだ。そうだろう?」

 

 

 ――――――馬鹿なのだろうか、この男。

 

 というか本気でこれが第一王子で大丈夫か。

 この国お先真っ暗じゃないか。

 

 滅ぶよ、もう。

 この国滅ぶよ。

 秒で壊れるよ。

 

 内部分裂して戦国時代の日本みたいになったらどうす――いやそれはそれでコイツめちゃくちゃ楽しみそうなのが質悪いな、うん。

 

 ……というよりも。

 

 

「……さっきの戦い、見てたんですよね。それでも挑んでくるつもりで」

「もちろん。だからこそ。それでこそだ」

「怪我をしても知りませんよ。手加減とか、できませんから」

「しなくていい。むしろできなくしてみせよう。本気で相手をしてほしい、特待生」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべる攻略キャラ第一号。

 

 おかしい。

 さっきまでのイケメンフェイスが台無しだ。

 

 少なくとも乙女ゲーの人物がしていい代物ではなかった。

 

 このゲームのメインイラストレーターは誰。

 絶対乙女ゲーの「お」の字も知らないだろう。

 

 

「殿下のばかーーー!! そんなんだから廃嫡の話とか出てるんですよーー!!」

「レン!! レン!? ちょっと!? ねえあんたなにクロウ様と張り合う気でいんの!?」

 

 

 レン、というのは今生の名前だ。

 

 声を張り上げて必死に叫んでいる女子を見る。

 偶然知り合った転生者(どうきょう)だった。

 

 どうにもあちらは経験者らしいので、原作知識はたっぷり頭に詰まっているとのことだが。

 

 

「カリン。大丈夫だ。流石に殺すまではしない」

「いやそういう問題じゃないからぁ!? あんた絶対分かってないよね!? 殿下は作中で――――」

「お互い大変だね、特待生」

「……そうでもないですよ。いい友人です」

「ふふっ、それもそうだ。じゃあ――」

 

 

 すらりと、その襤褸くさい剣が構えられる。

 

 

「やろうか、いま、ここで!」

「――――……」

 

 

 ぐっと、手に持っていた得物を握り直す。

 

 容赦はしない。

 勿体振りもしない。

 

 負けるつもりはなかった。

 自分自身の才能なんて大したコトはないが、この世界に生まれるにあたって貰ったものがある。

 

 ――神域の業を再現する左腕。

 

 人の領域を越え、修羅の道を踏破し、およそマトモな精神では辿り着けないとされるほどの身体駆動の極致。

 

 素人同然の己が楽々二年生に勝てたのはそれによるものだ。

 決して、十数年としか生きていない学園生相手に後れは取らない。

 

 

「――覚悟を、してくださいね……」

「もちろんできているさ。刃を握ったその瞬間から!」

 

 

 困惑した様子の審判が王子様の視線にびくつきながら旗を上げる。

 

 それだけで空気は一変した。

 

 息の詰まる感覚。

 研ぎ澄まされていく神経。

 一秒が十秒とも二十秒とも思える時間のなか。

 

 ――振り下ろされた旗の音と、前方の影が奔るのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

〝え?〟

 

 

 

 

 刃が迫る。

 

 距離が近い。

 目測でおよそ一メートル。

 

 十メートル以上はあった彼我の差は、瞬きひとつで消滅した。

 

 ――頭上から真っ直ぐ、頭をかち割るような振り下ろし。

 

 

「ッ!?」

「ふはッ――」

 

 

 獣が笑う。

 歯を剥き出して牙を見せる。

 

 なにが、どこが、一体どうしてそんなコトになる。

 

 これが。

 この顔が。

 

 

 本当に――――ヒロインと恋をするような相貌(カオ)か――?

 

 

「さあ、存分に殺し合おう。特待生」

 

 

 間一髪のところで合わせた刃を強引に弾かれる。

 空中で無理やり身体を反転させた王子は、そのまま着地と同時に床を蹴り抜いた。

 

 ごばっ、と。

 

 四方に広がっていく亀裂に、化け物の圧力(オーラ)を垣間見る。

 

 

『な――――!?』

「王子様だからって、油断はしないほうが嬉しいな!」

 

 

 弾く、弾く、弾く。

 

 必死で刃を重ねる。

 膂力も鋭さも〝動き〟だけで言うならこちらのほうが上。

 

 けれど、それを全く優位性と感じさせないのは。

 

 

「あはははッ」

 

 

 ――眼前の剣狂いの、恐怖をどこかへ置き忘れたかのような積極性。

 

 薄皮一枚切れる位置で刃を振っても躊躇わない。

 きっと肉が削げても骨が折れても同じだ。

 

 ネジが飛んでいる。

 でもなければその思考回路は壊れている。

 

 本当に、本気で、ワケが分からない。

 

 なぜ、どうして――

 

 

 ――物語に関係ないはずの自分が、こんな事態に陥っている――?

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 観客席から決闘の行方を見守るひとりの少女は、ほうと小さく息をついた。

 

 手持ち無沙汰につい、手すりに指を這わせる。

 

 戦っているふたりのうちひとりは仲の良い相手だ。

 そのヒトが、普段は見せないような必死の形相で剣を振っている。

 

 

「……いいなあ」

 

 

 ぽつりと独りごちる。

 

 羨ましいのはあの王子様だ。

 だって、あんなにも贅沢なコトをしているワケで。

 

 

「――私だって、レンさんと戦いたいのに……」

 

 

 本来の主人公――ティエラ・リトルアースは不服そうに頬を膨らませていた。

 

 

 







・王子様
シリーズ一作目メイン攻略キャラ。斬り合い大好き。剣術大好き。その他諸々完璧超人なイケメン男子。料理から家事炊事まで普通に熟しておまけに王族としてのお勉強も難なくできちゃうスペックお化け。肉体も人類最高峰なのでマジもんのお化け。将来の夢は弟に王位を譲っての流浪人。見た目はハーレム系ラノベ主人公っぽい。笑った顔がただの極悪人。


・転生オリ主
本作の被害者。左腕だけめちゃくちゃやべえ業を再現可能にする特典を持って転生する。前世では姉がいた。死因はその姉ちゃんに心臓を移植するための自殺。無事姉ちゃんは生き長らえました。本人は気付いていないが重度のシスコン。最近出会った同郷の転生者にどこか姉の面影を感じて仲良くなる。


・転生女子
いろいろ叫んでた子。前世持ち。転生特典アリ。転生オリ主くんに亡き弟の面影を感じて仲良くなる。つまりそういうこと。本人は認めないが重度のブラコン。弟が自殺したショックで身体が治っても一時期まともにご飯を食べられなかった。ゲーム知識アリのためこの世界がどんだけやばいかを理解してる。


・原作ヒロイン
剣術大好き。戦うの大好き。三度の飯より刃を振りたいお年頃。攻略キャラ全員と戦えるスペック持ちなので当然こっちもお化け。転生オリ主くんと出会ったことで色々原作から乖離する。でも基本的に強い人は好きなので結局攻略キャラとも一回ぐらい刃を交えたいなーとか考えてるやばい子。大好きだからこそ斬り合いたいのです。





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