【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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調節と考察の第二話です


第二話:強く信じて空を見上げたよ、ずっと触れたくて

 

1.

 

 

 驚愕であった。

 ただただ、驚いていた。

 

 メルトリリスには、藤丸立香の言葉のひとつひとつに戦慄していた。

 その言葉が意味することに、である。

 

 カルデアからの救援者、藤丸立香。

 SE.RA.PHを取り仕切る上級AIたるBBの策謀で、レイシフト中に随伴するサーヴァントを切り離された彼は、単独で降り立った場所で召喚されていたサーヴァントたちによるバトルロイヤルに巻き込まれ殺されかけた。

 しかし、SE.RA.PHを支配下に置くBBから廃棄されたというアルターエゴ、メルトリリスと契約を交わしこの一難を退けた。

 

 その後、アルターエゴのパッションリップに襲われたりロビン・フッドやエリザベート・バートリーなどをBBから差し向けられるも、カルデアから共にきたというガウェインとエミヤ[オルタ]と合流しこれを撃退。

 さらには改心したトリスタンと共に、礼拝堂に陣を敷くウラド三世を撃退し、藤丸たちはSE.RA.PHで唯一のセーフゾーンに腰を落ち着けた。

 

 SE.RA.PH内部で唯一と言っていいセーフティ・エリア。

 センチネル(番人)たちも、アルターエゴたちでさえ、ここには近づかない。

 礼拝堂には一階に開けた聖堂。

 二階に個室がいくつか存在し、個々に羽を伸ばすこともできた。

 ……もちろん、それが一種の罠であることをメルトリリスは知っている。

 そこに、職員の──()()()の残した記録があることも、当然知っていた。

 だから、それを読み取って伝えてきた藤丸立香の言葉に眉を顰めた。

 知らなかったことだらけであった。

 記録書の内容が違う。

 ()()()の時は、記録書はもっと淡々とした、変革の記録であった。

 閉所環境で集団の倫理が崩壊する様。

 末法論の聳やかす狂気に従って、コントロールを失う人間たち。

 果てのカルト化によって、お互いに殺し合う無法無常の世界が広がっていく。

 その中で、あの女がまともから堕ちゆく頃の記憶(メモリー)だったはずだ。

 

 大きな男など、いなかった。

 男たちと席を共にする女など、いないはずだった。

 メルトリリスの記憶(メモリー)が確かなら。

 少なくとも二〇一七年二月まで、セラフィックスで集団の秩序が保たれていることはなかった。

 

 ──何が起こっている?

 

 ここに集う者たちの中で、全てをひと通りやり通したのは自分だけのはずだ。

 強くてニューゲーム……とまではいかないが、ことのあらましは知っている。

 どこで誰がどう動くのか、わかっている。

 この大仕掛けをやらかした女が、誰なのか知っている。

 だから──今度こそは、目の前の彼を死なせぬように立ち回ろうとしているのだから。

 

 しかし、このあからさまな差異はなんだ?

 ここまでも、多少のズレはあった。

 ちょっとした言葉遣いであったり、やりとりであったり、遭遇したエネミーであったり……

 

 しかしそれは、あくまでメルトリリスが二週目を行うが故のズレである。

 全てを経験した自分がいるから起こっている。

 そういう理論に紐づけられる、微細な変化に過ぎない。

 だが、だからこそ。

 霊子化する以前のセラフィックスの、()()()()()()が変わっていることは、異常極まりない事態であった。

 

 ……まさか、私の二週目に気づいたBBが、私への抗体として、あるいはウイルスとして、何かを仕込んだのではないか?

 あり得ない話じゃない。

 現在、ここは彼女(BB)の世界だ。

 彼女が『そうあれ』と望むなら、可能な限り『そうある』世界なのだ。 

 

「…………」

 

 違う。

 メルトリリスはかぶりを振る。

 

 だが、それだと辻褄が合わない。

 霊子領域であるSE.RA.PHこそBBの世界であるが、現実世界そのものであるセラフィックスは、彼女の世界ではなかった。

 彼女の全能性が、そもそもそれが届かぬ領域を書き換えるなど、さしものムーンセルとて現状では不可能だろう。

 ましてや、ここに再現されたものは模造品だ。

 よくできた偽物である。

 仮に、ここに座すその擬似ムーンセルが、それを可能──本来の全能をいくばくか行使できる──とするならば、BBをも召喚せしめた()()()は、とうに願いを叶えているはずだ。

 私たちのことなど歯牙にも掛けないだろう。

 あの女にとって、自分以外の知的生命は全て、虫なのだから。

 虫の都合など知るはずもなし。

 虫の冒険に心躍らすはずもない。

 ならば、これは、あの女のせいではない。

 BBのせいでもない。

 

 考えられるのは、第三者──

 

 あの女よりも、BBよりも、もっととんでもない存在が、SE.RA.PHに誘き寄せられている可能性。

 それも、あり得ない話ではない。

 もはや、SE.RA.PHは並行世界を跨ぎ、擬似的にとはいえその姿を模している。

 あの女が並行世界に干渉してそれを見下ろすまでの道中で、もっとおぞましい何かがこの世界を見返してしまっているのだとしたら──?

 

「…………」

 

 一抹の不安。

 背を駆け昇るは、肩を震わせる悪寒。

 

 だが、まちなさい。

 落ち着きなさい、メルトリリス。

 まだ、仮定にすぎないわ。

 自らの中で、いるかもわからない敵を大きくするのは、美しくない行いよ。

 

 そもそも、この記録は捏造されたものかもしれない。

 その理由──それがあるとすれば、BBがただ、こちらに悪戯な混乱をもたらしたいだけか。

 それでも、筋が通ってしまいかねないBBの奔放さが少し憎い。

 

 だが、記録書とリンクした藤丸立香の疲労は本物だ。

 彼の吐き出すは息は短くガサついている。

 肩を上下させて、少しでもより良い呼吸をしようともがいている。

 額から大粒の汗が流れている。

 暗闇から光に投げ出されたばかりの罪人のように、目の焦点がぼやけていた。

 

「──共感性が高いのは結構だが」

 

 言葉を投げかけたのは、エミヤ[オルタ]であった。

 壁に背を預けて、藤丸を射抜く半開きの目が鋭く光っている。

 地の底を揺らすような重低音が、藤丸の意識を振り戻す。

 

「ここは戦場だ。いき過ぎた共感は躊躇いを生むぞ、ほどほどにしておけ」

 

 刺すような視線、カミソリのような言葉であった。  

 それは、ことここに至って成り果てた、自身の成り立ち故の進言か。

 だとするならば、それはアドバイスに他ならなかった。

 少なくとも藤丸立香という人間は、のしかかる記憶と煩雑な心象で、そう感じとった。

 藤丸はエミヤに向けて、ありがとう、と言った。  

 まだ、呼吸は乱れたままだ。

 エミヤ[オルタ]はつまらなさそうに、フン、と鼻を鳴らした。

 

 

2.

 

 

 静かな場所であった。

  

 電脳化したSE.RA.PHの中で、膨大な数のサーヴァントの殺し合いが日々行われる世界で、その部屋は奇妙な静けさと薄寒さで包まれていた。

 

 外では煩雑に積み上げられた太いパイプが、うねるように道を作っている。

 ガラクタと瓦礫の山の様相を示していた。

 部屋の中にいる三人の科学者は、そこにとてつもない力を持ったサーヴァントがいることを知っている。

 そこにいるだけで、殺意と暴力を振り撒きながら、舌なめずりをして待ち構えていることを知っていた。

 

 しかし、だから、三人は外に出ないわけではない。

 命が惜しいわけではない。

 外に出ることになれば、自らの死は決まっている。

 だが、それもいいだろうと思っていた。

 初めから、それは承知の上でここにいる。

 この三人も、ロード・マリスビリーに外道を為すべく選ばれただけに、それぞれ表の世界でただ生きていくことはできない人間であった。

 

 では、何をもって、彼らはここにいるのか?

 

 ひとつは、現実世界の電脳化現象への好奇心があった。

 魔術と科学は二〇一七年時点で、地球にありて深海と宇宙の内訳を数式に落とし込み始めている。

 宇宙の大きさは九三〇億光年と判明し、その年齢は百三十七億から百三十八億年だというのは宇宙に関心ある者の間では、科学者でなくとも常識である。

 海の比率は地球の面積比の七割を占め、地質調査の延長からマントルと繋がるにつれて、圧縮されたレア・メタルが、現代の経済界を破壊する規模でごまんと眠っていることも、明らかになっている。

  

 そんな中で、世界が、人類が肉体そのものを電子化して、しかもそれに魔術的なロジックが組まれたために起こった現象というものは、三人の科学者の知的好奇心、探究心をこれ以上なく刺激した。

 日々若返るような心境で、事態の究明にあたった。

 

 もうひとつは、ここがまだ、セラフィックスだった時に巡り合った『神』の存在である。

 

 全能者、超越者、来訪者、異邦人。

 

 彼を体現する言葉は多いが、その本質を指す言葉はまだ見つかっていない。

 つまり、三人の科学者は、あの全能の神に対して、まだ理解できることがあるのだ。

 まだまだ未知が眠っている。 

 生きている限り、それを解き明かしたい。

 それを、人の安寧のために。

 その奇蹟を、人の未来のために手に入れたい。

 

 それは、未練とも呼べるだろう。

 三人は、死を覚悟している。

 それは間違いない。

 

 だが、ここに。

 生きられるものならば、生きていたい。

 という、極めて人間的な感情を、思い出していた。

 

「ダメですね、外にいるサーヴァントは、動きません」

「うーむ……願いを叶えるためには、サーヴァント同士の殺し合いを勝ち抜かねばならんだろうに。人間のワシらを殺したところで点数稼ぎにはならんというに」

「そっちにはまるで興味ないっぽいわね。こうまで執着されると、ハナから願いがないのかしら? もう、あたしらを殺すこと自体に生きがいを見出してそうだわ」

 

 だからか、三人の会話はさりげない。

 言葉の抑揚は普段のそれである。

 世間話でもするような、井戸端会議のそれであった。

 

「…………ちょっと待ってください」

 

 サーヴァントが三騎、こちらに向かって……戦闘を開始しました。

 

「なんと! データを収集できるか!?」

「なんとか」

 

 この扉いちまい越しに、四騎のサーヴァントか戦っている。

 人の世にあってはならない殺し合いが行われているのだ。

 興奮する現実であった。

 血液が脈動する。

 息に熱がこもる。

 手に汗握るとはこのことか。

 

 轟音がここまで届く。

 完全に密封された部屋のはずが、戦いの臭いが漂ってくるようだった。

 

 サーヴァントの動きに規則性があった。

 四人別々に殺し合うのではなく、後から来た三騎が、元からいた一騎に挑んでいる。

 チームアップしている。

 これは、戦いの中で強大な一騎を倒すために、三騎が一時的に手を組んでいるのか?

 

「違うのう。三騎は明らかにコンビネーションが取れておる。多人数と共に戦うことに、慣れておるわい」

 

 つまり、三騎はSE.RA.PHに召喚されたものではない。

 ここに召喚されたサーヴァントに理性はない。

 BBに目をかけられセンチネルに昇華されている者を除いて、ただ願いのままに暴れ回るしかない破壊者なのだから。

 

 音が、止んだ。

 モニターで躍動していた魔力の波形がぴたりと止んだ。

 三人の視線が、出入り口に集まる。

 がしゅん、と機械音がして、扉が開いた。

 

「いやー怖かったわ。クー・フーリンて、あんなおっかない顔してたんだなぁ」

「それは違うぞ(仮)マスター。あれはおそらくオルタだろう。少なくともカルデアにいるクー・フーリンはもっと生意気に拗れた顔をしている」

「うむ! 無銘の言う通りよ! 流石はアーチャー……普段からよく見ておるではないか! あれはさしずめバーサーカーのクラスで召喚されたクー・フーリンといったところよのう。本物のクー・フーリンはもうちょっと生意気な顔をしておるぞ(仮)マスターよ!」

「……ちょっとまってくださいまし。アナタ、いつもはツンツンしてるくせに、こういうところでクー・フーリン(ライバル)に対して『俺は分かってるぜ』ムーヴし出すなんて……アナタ、カルデアのお母さん属性に加えて『外見はクール中身は熱血ライバル』属性まで備えるおつもりですか? さ、さすがにそれは属性過多すぎて萌えポインツも迷子になりますよ!?」

「……何を言ってるのかさっぱりなんだが。なぁ(仮)マスター」

 

 いや、

 

「おまえさん方、(仮)マスター(仮)マスター、言い過ぎじゃねぇかい?」

 

 いや、たしかに俺は(仮)マスターだけどよ。

 そう、露骨に嫌われると、泣いちゃうぞ、俺でも。

 

 わっはっはと、アホ毛の剣士が笑っていた。

 

 意気揚々と、ボロボロの姿で入ってきた三騎。

 ひとりは、逆立てた銀髪に鋭い切れ目。

 赤と黒を基調とした、肉肉しい身体のラインが浮き出る服を着ている男。

 ひとりは、きめ細やかな金髪に、アホ毛を伸ばして、くりくりと大きな目。

 わっはっはと大口を開けて豪快に笑う赤鎧の剣士。

 ひとりは、なにより目立つオレンジと栗色の中間色の髪色に、狐耳が生えている。

 深い青の巫女服モドキを着こなし、やはり腰から尻の間に大きな尻尾を生やしていた。

 

 やはり、三人が三人共、サーヴァント。

 

 しかし、科学者たちの視線と興味を最も集めたのは、その後ろにいる男であった。

 

 扉をくぐってのそりと入ってきた男。

 大きい──太い、男であった。

 

 身長が二メートルをゆうに超えている。

 だが、なによりその身体そのものが大きい。

 身に纏う肉の量が只事ではない。

 首が太い。

 肩周りの肉が太く、大きい。

 首と僧帽筋の境目がわからないほどに大きい。

 腕、脚、腰、いずれも丸太を組み合わせたような太さであった。

 特筆すべきは手の、掌の大きさであろう。

 そこから伸びる指が、岩のように太くてゴツく、握り拳を作ろうものなら顔の大きさと変わらなさそうである。

 膨れ上がった上半身から、その力が収束するような腰のくびれを経て、シルエットに独特のひねりを生んでいる。

 さながら、それは一千年を生きた大樹のような貫禄がある。      

 のそりと歩く、その歩みが太い。

 接する地面を足の裏に吸い上げて、まとめて持ち上げそうな歩き方だ。   

 上下に、靴と、黒を基調にした服を着ていた。

 上は二の腕の半ばまである半袖に、左胸に黄色い十字花のワンポイントがあった。

 服の上からでも、筋肉の凹凸がはっきりと見える。

 頭頂部を白いバンダナで覆っていた。

 尾の長いそれは、これまたSE.RA.PHの世界に流れるそれとは違う、独特の揺らぎを持っていた。

 黒目の大きな、つり目であった。

 顔に、肉が削れた傷が、幾つもあった。

 痛々しく目立つものが、正面から見て左頬から鼻を貫通して右頬手前まで伸びた傷である。

 皮膚が剥がれ、肉の繊維が剥き出しである。

 右の頬も同様に、皮が捲れて肉が抉れていた。

 右耳が上半分千切れている。

 ひと目で、尋常のものではないとわかる外見をしている。

 

 そして、それは見覚えのある感覚を三人にもたらした。

 老人はひやっひゃっと笑った。

 あんまりにも面白くて、面白くて、とめどない熱が(はら)の底から湧いて出てしょうがなかった。

 

 ひと通り笑い終えると、四人に向き直り、言った。

 

「ようこそ、『超越者(ビヨンダー)』どの」

 

 それを聞いて、呼ばれて。

 太い男は、困ったような笑みを浮かべた。

 

 爽やかさを感じるが。

 やはり太い──笑みであった。

 

 

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