【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第四章最終話です
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第三話:罪や傷や嘘や罰を抱いて、それでも夢を見て、生きる日々を笑え

 

 

0.

 

 役者は揃った。

 

 歯車の最後のひとかけら。

 それを巨大な盤面に噛み合わせて、その男は深淵の中で笑っていた。

 

 眼前に組み上がるものは歯車を敷き詰めた盤面であり、音符を散りばめた譜面でもある。

 とりどりの歯車は、その全てが噛み合い、時間という不可逆の力に従って回転し、規則正しい音を立てて未来へと動き出す。

 それが刻むのは時間ではない。

 それは運命の音である。

 醸し出される運命(オーケストラ)は、彼ら彼女に、決して癒えぬ夢を描き出す。

 人の世の夢とは、(やまい)に他ならない。

 人を荒野に駆り立てる殺戮の標だ。

 血の流れぬ夢などない。

 涙の枯れた夢などない。

 例え聖人君子の語る夢ですら、例え、そこにたどり着いたのだとしても、振り返るその道を彩るのは、血と屍のそれに違いないのだから。

 

 それは、彼女も例外ではない。

 

 人のために生きた──それは嘘ではない。

 人の善を信じた──それも、嘘ではない。

 

 だが、その結果として、彼女は人の世に拒絶された。

 彼女の善意はたしかに人の世に疎まれるものたちを救っただろう。

 彼女の魔性は、確かに人の世を蔓延る悪意を剥き出しにしただろう。

 人の世の詭弁を、彼女の美と魔は許さなかった。

 しかし、その全てを剥ぎ取って──果たして、彼女は何人の善人を、悪人に変えてきたことだろうか?

 

 人の身にありて、人の世に寄り添えぬものを、古来から人は『怪物』と読んできた。

 人にあるまじき力を持つものを、恐れた。

 人の世にあってはならない脅威を廃した。

 だから、『それ』を捨ててきた。

 あるいは磔にして。

 あるいはそれを、力と権威の象徴として飾り、(まつ)りあげた。

 人は、人の世に生まれ出し怪物たちを、ことごとく人の世から遠ざけ、秩序と社会のための供物としてきた。

 だが、それは慈悲である。

 それでも馴染ませられぬものたちを、人はとうとう宇宙に追放した。

 すなわちそれは、星々となった神である。

 『神は、あの星となって我々を見守ってくださる』。

 どの神話を覗いても、大抵そのような言葉がある。

 星の部分を、海にでも闇にでも、光にでもすげ替えただけの言葉がありふれている。

 しかし、それは。

 裏を返せば人の世の物的領域に、神の居場所はないという証左ともなろう。

 

 彼女も、例外ではない。

 

 弱者を見捨てえぬ社会とは、秩序に寄り添えぬ。

 強弱のバランスが崩れることで、社会にもたらされるのは半永久的な混沌である。

 それは人の世に限らない。

 野生の世界でさえ、弱きものは捨てられる。

 異形のものは捨てられる。

 役に立たないからである。

 群れを、家族を、危機に陥れるからである。

 それが、怖いからである。

 むしろ──生死の境界の薄い、野生のシビアさにこそ、人界における差別は蔓延しているのだ。

 生きるために。

 群れが、生き残るためにである。

 だから、捨てなければならない。

 野生の世界の生存戦略。  

 それが許容するミスの数は、人の世に比べてあまりにも少ない。

   

 だから──彼女も例外ではない。

 

 彼女が善意を施した結果、多くが利益を失った。

 何人の人間が──

 何組の家庭が──

 果たして食いっぱぐれたであろうか?

 

 本来ならば、罰たる労働と罪たる時間を捧げて、ようやく与えられるはずだった文明人のわずかな報償を、彼女の善意は何度妨げたであろうか?

 強者と弱者のバランスを見境なく破壊して、いったい何度、文明社会を危機に落としかけたであろうか?

 金銭と労働は『至高者(いとたかきもの)』が定めた人の世の原罪だというのに。

 彼女はそれを、罪を贖う行為そのものを、知らずのうちに奪っていたのだ。

 

 ああ、何ということであろうか。

 

 バタフライ・エフェクトまでも勘定に入れるならば。

 彼女が善に昇ろうが、悪に堕ちようが、誰かが傷つき血を流す未来は僅差でしかない。

 殺生院キアラという人間のもたらす未来は、どちらにせよ混乱しかないのか。

 

 ああ──なんという悲劇だ。

 

 彼女の人生は、悉く茶番なのだ。

 それを拒絶しても、茶番。 

 それを受け入れても、茶番。

 決して理想には届き得ぬ。

 傾けど傾けど遠ざかる理想は、いかにも盲信の果てにある、()()()()()()()ではないか。

 

 ならばどうすればいい?

 彼女を救うためには、どうすればいい。

 

 善であってはならない。

 悪であってはならない。

 しかし、人の内海に善悪を飼わぬ者はいない。

 善悪理念無きそれは、やはり人の世では廃されし『怪物』なのだから。

 

 全能者は思考する。

 紐解くものは極めて難解なパズルである。

 解法が最初から存在しないのだ。

 いかに全能者と言えど、これほど極まった問題に差し当たったのは久しいことであった。

 

 だから、彼は『ズル』をした。

 迷いなく、躊躇いなく。

 

 そこにある全てを持ってして、なお解けぬ問題というならば。

 そこに存在しえぬモノを、用いて解とすればいい。

 ルールに則って救えぬならば、ルールを捻じ曲げる。

 それに、蚊を食うほどの禁忌も抱いていなかった。

 

 なぜなら、彼は『神』だからだ。

 

 では、それとは何か?

 この世に在らざる解法とは何か?

 それこそ、

 すなわち──二人目の全能者の降臨であった。

 

 元々からこの舞台で踊るメインキャスト。

 愛恋に輝く美しきアルターエゴと、彼女の導き手であるカルデアのマスター。

 彼と彼女の彩りを助ける忠節の騎士。

 腐り果ててなお、宿命に身を捧げる正義の味方。

 真理を知るがゆえに、奔放を愛でる獣。

 

 彼らを基盤に歯車は回る。

 時間が進む。

 それは、楽譜に配置された音符たる彼らを辿って、運命を音楽として奏でるのだ。

 ならば、それ自体には手を加えぬ。

 代わりに、そこに、最上のお助けキャラを配置しよう。

 たったひとつの意味で、ほぼ全てを現す全能者を。

 接合部にグリースを塗り込んだように、より滑らかに滑車を回してやろう。

 

 彼は、あっという間に三騎もの予定外戦力を持ち込んでくれた。

 そして、彼らを率いて、導くまでもなく最短で、『真実』への扉を叩いた。

 

 やはり、彼の者の麾下にありし全能者。

 やはり、彼の者が実力を認めし超越者。

 これならば、こちらが下手に手を出さずとも問題ないだろう。

 全能を封印してなお、常に最適解(ベスト)を選択する男だ。

 

 視線を、彼らから外す。

 

 ──さて

 

 と、彼は歩き出した。

 

 俺は俺で、やることをやらねば、と。

 

 

1.

 

 

「何が入っててほしい?」

 

 ぶしつけにそう尋ねたのは、太い男であった。

 三人の科学者と顔を合わせて、立ち話もなんだと彼らは席に着いた。

 三席並んで簡素な椅子に、玉藻の前らは座っていた。

 エミヤだけは、両腕を自然のままに垂らしてその背後に立っている。

 

 椅子は、太い男が創り出した。

 

 何も無い空間に男が顔を向けて顎をくい、とあげる。

 それだけで、粒子が集まって椅子となった。

 目の前で、さりげなく行われた奇跡であった。

 デザインが簡素なのは勘弁してね、と男は言った。

 だが、座ってみればこれが。

 ふかふかのクッションが、たまらなく良かった。

 

 そして、対面する六人に向かって横から聞いた言葉がそれであった。

 男は、手に、いつのまにか大きめのティーポッドを持っていた。

 次に六人が気づいた時には、彼らを挟んだ場所に、木造りのテーブルができていた。

 どこから出てきたのか?

 男にそう尋ねると、最初から、そこにあったんだよ。

 と答えた。

 俺は、それを掘り出しただけさ。

 そうも言った。

 テーブルの上に、白無地に花で枠線をかたどったクロスがかけられており、ご丁寧に、六人それぞれにデザインの違うカップまで用意してあった。

 花瓶に挿した花まで用意してあった。

 なんという花かは分からない。

 ただ、食卓の景観を破壊せぬ程度の、自己主張の乏しい花であった。

 ここ、テラスにしようか?

 とまで男は言い出したが、三人の科学者は

、流石にそれは……と遠慮した。

 

「俺は、コーヒー飲むけど……」

 

 ()()()()かね?

 老人が言った。

 その口調は、その顔は興奮を隠しきれていなかった。

 メガネの下で、その目が好奇心で燃えるようにギラギラと輝いているのが、手に取るようにわかる。

 口角が吊り上がり、ふるふると揺れていた。

 男はそんな視線を意に介さず、目線を斜め上にむけて、ええと、と言った。

 

「パッと出せるのは水と、コーヒーと、お茶と、レモンティーの紅茶と、オレンジジュースと、ジンジャーエールぐらいかな……?」

 

 あ、オレンジジュースは百パーセントのやつね。

 あと、ミルクティーとカフェオレも、最近作れるようになったんだっけ?

 まいったなぁ、もっと、メニューを豊富に用意しとくんだった。

 

 指を折りながら、男はひとつひとつカウントした。

 老人はコーヒーを頼んだ。

 砂糖とミルクをマシマシでと、濃くて目が覚めるモノを、とお願いされた。

 老女は紅茶を、メガネの不健康な女性は、オレンジジュースを頼んだ。

 

「そっち三人は?」

 

 玉藻の前が、では、と、

 

「せっかくですし。私はお茶でお願いしますわ。玉露、いけます?」

「余は紅茶でレモンティーの、身体に染み込むようなモノを頼むぞ」

「はいはい、了解いたしやした。で、エミヤは?」

 

 つい、と最後に男が視線を投げると、エミヤはいかにも苦々しく眉を顰めていた。

 目の前の出来事に、あるいは吐き気を催しているようであった。

 

「……お茶を頼む」

 

 男がティーポッドから、そのまま全員分カップに注いだ。

 中身を入れ替えることは一度もしなかった。

 全員、そのまま、注文したものが入っていた。

 

「ちゃんと、飲めるやつだからね」

 

 念を推すように、男が言った。

 老人はもう、楽しくて楽しくてしょうがないと、腹を抱えて笑っていた。

 

「いやはや……水をワインに換える程度は朝飯前ということか……!!」

「なんだったら、小石をパンに換えようか?」

 

 ケラケラ茶化すように笑いながら、ついでに、と男が言う。

 まぁ、と付け足す。

 

「その程度なら、何もなくても作れるがね」

 

 と、テーブルの上に出来立てのパンがざくっと盛り上がったバスケットが現れた。

 いやはや、と老人が言った。

 

「あっぱれだのう」

 

 しかし、とどこか納得いかぬ顔であった。

 

「いつか見てみたいと思っておった奇跡も、いざ目の前にすると、こう……あっけないものじゃな」

 

 モリモリとパンを食べながら、六人+ひとりは話をする。

 明太子ガーリックバターにネロがごりごりと齧り付いていた。

 ベーコンロールを乗せた揚げパンを、エミヤが苦心の表情で口に運ぶ。

 玉藻の前は粛々とお行儀よく、砂糖を塗しただけの菓子パンを食べている。

 バスケットの中身はすぐにカラッポになった。

 

「サンドイッチもあるよん」

 

 差し出されたのは、ツナとタマゴとハムマヨネーズのそれである。

 三人はありがたくいただいた。

 科学者の三人は、なんだかんだ長い時間ここに閉じ込められていたおかげで、思うより腹が減っていた。

 

「そうなんだよねぇ。こっちの時間に降り立つ途中で彼らとごっつんこしちまってさぁ。人にぶつからないよう、時間外の霊子領域飛んでたのに、却ってアダになっちまってなぁ」

「ふむふむ、なるほどのう。そっちの三人はカルデアのサーヴァントか。道理で振る舞いが理性的なわけじゃわい」

「ということは、連絡はちゃあんと届いてたのね。やるじゃない、トラパインちゃん」

「とにもかくにも、私たちは、あのBBの魔手でマスターとはぐれてしまったのですわ! ゆるすまじ! BB!!」

「おうとも! すぐにでもマスターと合流したいところだが……腹が減っては戦はできぬ!! おかわりだ!!」

 

 六人+ひとりは、ことのあらましと簡素な自己紹介を済ませ、腹も膨らませていった。

 

「それにしても、じいさん方。俺を最初に見ても、『誰』とも『何』とも聞かなかったよなあ。ありゃあ、何でだい?」

「しれたことよのう、全能者よ。名を尋ねれば、教える資格はなしと言っておったじゃろう。存在を尋ねれば、議論を交わす価値はなしと、そう言われるだろうと思うておっただけのことよ」

「そりゃあ、すごいな。つまり、全くビビってなかったと……ズイブンと腹の据わったおヒトだこと」

「なぁに、伊達にロード・マリスビリーに選抜されてはおらぬわい」

 

 からころと笑う。

 そちらこそ、『ここ』がなんなのか、尋ねんかったのはそう言うことだろうて。

 

 鋭い意見であった。

 うーん、と、男は首を傾げた。

 

「まいったなぁ。過大評価は困るぜ、じいさん。俺ぁむしろ、そのざーばんとってぇのが、初見初耳の類いなんだがねぇ」

 

ってえことは、ひょっとして。

 

「ここで説明を求めたら、クソダサムーヴしてることにならない、俺?」

「なんと、其方は()()と同じたぐいの、全能者ではないのか?」

「まぁ、物質領域で全能なのは間違いないケドさあ……ってちょっとまて」

 

 アレと同じたぐい?

 俺と同種が、()()()()ここにいるのか?

 

「……お主、なんのためにここに来たのじゃ?」

 

 いやぁ、ごっつんこしたそこの玉藻サンが、どうやら天照大御神の……分霊か分体か、絞り捨てられた残滓かは知らんが、関係者というか本人というか、そんな感じでしょ?

 

「……ちょっと、今。遠回しに私のこと搾りカス呼ばわりしませんでしたか?」

 

 してねぇよ!? 言葉のアヤだよ!?

 いや、まあさ。

 体系的には俺とは無関係だけどさ。

 流石に、ひとつの神話体系の頂点に座すお方だもの、無碍に扱うこたぁ、マナー違反じゃない。

 普通に考えてさ。

 聞けば、彼女ら、BBとかいうのにジャミングされて、ここに来るはずがコースアウトさせられてたらしいじゃないの。

 だから、俺がタクシーがわりと彼女たちをここまで送り届けたんだよね。

 

「そしたらよ。この世界、電脳化されてる上に、彼女たちそもそも魔力を外付けしてもらわないと、存在を保てないって言うじゃない」

 

 だから、俺が擬似的に魔力を回してあげて、一緒に行動してんのよね。

 

「だからまあ、一緒にここに来たのは成り行きだよなぁ、これ」

「……なぜオレを見る、(仮)マスター」

「いや、なんとなく……」

 

 

2.

 

 

 

「この世界がひっでえ事態に遭遇してんのは、知ってる」

 

 男は、淡々と言った。

 

 時間の外から、過去と未来をちびっとだけ見てたからね。

 細かいとこまでは知らんが、だいたいはわかってる。

 

 んで、エミヤたちのハナシを聞くに、どうやらここは、その……あんまりよろしくない方向で、尋常ならざる秘密が眠ってるそうじゃないか。

 端的に言ってきな臭えってぇやつだな。

 ところが、エミヤや玉藻サンらは何が起こってるのか知らねえときた。

 だから、まず、事情を知ってそうな御三方の元に参上した……ってカンジだ。

 

「それは勘かね? それとも全能者ゆえの能力かね?」

 

 ずずっ、と男はコーヒーを飲んだ。

 ひと口でカップがカラになる。

 下唇をグッと持ち上げて、顎を少し持ち上げて、それを口の中で転がし、味わい。

 飲み込んでから、ふぅ、と細い息を吐いた。

 遠巻きに見ても、それはただならぬ熱を持っていた。

 

「俺は、あんまり大袈裟に、全能の類は使わんことにしてる」

 

 念じて創る程度はするがね、人様の世界に自分の世界を広げるような真似はしないよ。

 と男は言った。

 なぜかね、と老人の科学者が聞いた。

 

「少なくとも()()は、神か、それに近い存在が創り上げたひとつの世界だもの。神の法に倣うなら、他者の全能領域で悪戯に全能を振るうことは禁じられてる」

 

 よそ様の世界に赴いて、「今この瞬間から、こっからここまで俺の世界ね!」なんてやったら、戦争不可避だものねえ。

 領土の奪い合いは、人の世も神の世も変わりなく争いの火種さね。

 全能者は、有り得る自分以外の全ての世界に、常に敬意と節度を示さなきゃならんわけだ。

 他でもない自分と『この世』を守るためにね。

 

「この辺の感覚は、玉藻サンとかはわかるじゃない? なんとなしには」

「ええ、ええまあ。言わんとしていることはわかりますけど」

「しかし、(仮)マスターの言う通りなら、この世界はあのBBが創り上げたと言うことか? 俄には信じられんぞ」

「そこは、ネロちゃん。たぶん微妙に違うんじゃねぇかな」

「?」

 

 歯切りの悪い答えに、ネロがむ、と唸る。

 アホ毛がふりふりと揺れていた。

 エミヤがむぅ、と顔をしかめた。

 

「BBは、オレたちがここに来たことを……察していると思うか?」

 

 ここに来るまでに、幾らかのエネミーとサーヴァントと戦った。

 前者はともかく後者は中々に激戦であった。

 もしこの世界の全容を、BBが常に把握しているならば、自分達の存在に気づいているはずだが。

 何も仕掛けてこないのは、どう言うことなのか。

 男は、

 

「もちろん。そりゃあ、もうずっと見られてると思うよ? なにせ、そのBBとやらからすれば、玉藻サンたちは来て欲しくない相手……警戒要因だろうしね」

「……なに?」

 

 だってそうだろ?

 エミヤの話が本当なら、今頃カルデアのマスターとやらは孤立無縁で死んでるだろよ。

 だけど、彼は生きてるよ。

 いや、彼女?

 この世界だと、どっちだ?

 

 まあいいか。

 それより、というより、

 

「ハナシ聞く限りだと、俺にゃあ、そのBBってのが敵なのかさえ分からんがな」

 

 なぜかね?

 と男に尋ねたのは、老人の科学者であった。

 気安く投げかけた言葉は、我々もそれを知りたがっているのだと、暗に伝えてくる。

 それも無理はない。

 セラフィックスが電脳化してしまった根本的原因はともかく、電脳化の直接の要因は間違いなくBBである。

 三人の天才たちですら、彼女の思惑は今ひとつ掴めていない。

 

 えっとねぇ……と男は溜めたあと、

 

「カルデアをぶっ壊すなり、マスターをぶっ殺すなりしたいなら、初手でやりゃあいいじゃねーか」

 

 BBってのは、カルデアの施設をハッキングした上で、マスターをここに誘ったんだろ?

 その上で、エミヤと玉藻サンとネロちゃんに適正を()()()()()で、三人を排除して代わりを送り込んだんでしょ?

 単純に言動がハナからケツまで支離滅裂じゃねーか。

 カルデアをぶっ潰したいのか、そうじゃないのかちんぷんかんぷんだぞ、側から見ると。

 

「BBが我々をセレクトしただと……」

「ん? ハナシ聞く限りそういうことじゃねえの? だってBBとやらは、カルデアのシステム全般を掌握してたんでしょ? だったら適正検査ぐれえダマくらかせるわな」

 

 過ぎたる()()()()()信仰の弊害だよねー。

 自分達で検索したんだから、画面上の文字や数字は正しいんだと、自惚れるのは。

 聞いたハナシ、カルデアってえのはやたらとブンカク的でセンシン的な組織じゃないの。

 まぁ得手してそういうトコは、灯台下暗しな引っ掛けに弱いよねえ。

 

「なぜわざわざ余やキャス狐を退けるのだ? いや、だいたい検討はつくが……うむ」

「キライだからでしょ、ネロちゃんたちのことが」

「うむ! 納得である!!」

 

 もしくは、

 

「根本的に来てほしくなかった理由があるとか、かねえ」

 

 その辺、なんか心当たりあるんじゃないの?

 

「…………」

「ノー・コメントはコトの真理に辿り着いてると考えてもいいのかね、エミヤ」

「……さあ、な。オレ自身、いまいちコトの輪郭を掴みきれておらんのでな」

 

 エミヤの目が、一瞬緩んだ。

 自身の記憶の中に、何かを想起したがゆえの緩みであった。

 思い出し笑いというものだろう。

 微表情にも満たぬ刹那を、しかし男は見逃さなかった。

 なにか、味わい深く微笑みながら、そうかい、と言った。

 それ以上は聞かなかった。

 

 モニター、借りれる?

 男はそう言って立ち上がり、科学者たちが指を鳴らして真っ白な画面にしたモニターの下部に掌を押しつけた。

 

 何をする気じゃ?

 と老人が聞くと、まぁ見てな。と短く答えた。

 

 モニターに、ノイズが走る。

 それは映像としても、音声としても。

 ばちばちと画面が点滅する。

 目に悪いその向こうでなんらかの映像が浮かんでは消えている。

 

 六人がそれに食い入る。

 やがて──それがはっきりと、ひとつの戦いを映し出した。

 

「マスター!!」

 

 真っ先に叫んだのはエミヤであった。

 そこに映ったものは、藤丸立香である。

 映像がぐわりとぐわりと激しく揺れ動く。

 次に映ったものは、端正な顔立ちの正面顔。

 こちらに敵意なく向けられるその顔に、三人は見覚えがあった。

 

「おお! ガウェインではないか!?」

 

 画面の向こうのガウェインは、藤丸の前の戦線に立ち、こちら(……)が飛ばす炎球をことごとく斬り捌いている。

 

 ぬん!

 ぬんぬんぬんぬん!

 

 見事な太刀筋であった。

 まごうコトなきガウェインの剣戟である。

 ならば、ガウェインは藤丸の味方ということか。

 

『この炎の筋肉バトルでは、決着がつがないことが判明したな』

 

 甲高い声がする。

 ふんふんと鼻を鳴らす音がする。

 しかも、かなり距離が近い。音が擦れて弛んでいる。

 カルデアの三人が、怪訝に眉をひそめる。

 聞き覚えのある声であった。

 見覚えのある動きであった。

 能天気で、奔放で、どこか哲学的なべしゃり方をする……

 中でも玉藻の前の顔は、若干の焦りと六分ほどの怒りすら覚えていた。

 

「──はい? ちょ、ちょっと待ってくださいまし! なんでキャット(あの子)がいるんですか!?」

 

 ガウェインと刃を交えているのは、タマモキャットである。

 というか、この映像自体がキャットの視点のようだった。

 でかい肉球のついた腕が、視点越しにブラブラと見えているのである。

 

「マスターくんの近くにいる子の視点を、適当にモニタリングしてるだけだよう。他者の認識視野の投影で、そんなに難しいことはしてないし。ランダムに選んだからこの子がいる理由は知らん」

 

 どこだ?

 

 聞いたのは、エミヤであった。

 

「ここは、どこだ?」

 

 どこで戦っている?

 

 教えたら、今すぐにでも駆け出していきそうな言動であった。

 男は、科学者たちに詰め寄ろうとするエミヤの前に、その大きい身体を差し込んだ。

 正面から見下ろして、ま、落ち着きなさいな。

 と男は言った。

 

 彼も、すぐに死ぬような状態じゃあないでしょ。

 それがわかっただけ、めっけもんでしょ?

 

「おまえの言わんとしていることはわかる」

 

 ガウェインは歴戦の勇士。

 強者(つわもの)ひしめく円卓において、最強と名高いランスロットに比肩しうる大英雄だ。

 藤丸を庇って戦闘しているのを見るに、彼が現地で召喚したサーヴァントか、仲間に引き入れたか。

 騎士道のど真ん中を行く彼がいることは、百人力だろう。

 

「オレが言いたいのはガウェインのことではない」

 

 二丁拳銃の男。

 色黒で、筋肉質で、白髪で、鋭い目つきの男。

 藤丸の隣で護衛のように佇む男こそ、エミヤの不安を駆り立てていた。

 

 だが、男は。

 エミヤのその十全の不安さえ受け止めて、落ち着きなさい、と言った。

 真摯な目であった。

 目と目を、真っ直ぐにカチ合わせた。

 引き締まった表情であった。

 心に心で訴えかける行為であった。

 説き伏せるのではなく、抱き締める目つきであった。

 で、あるならば。

 それは、あるいは。

 ロマンスの一ページのようなシークエンスである。

 

 エミヤの目の中から、敵意が消えた。

 静かに、閉じるように、心の奥に沈んでいった。

 それを確認してから、男は明後日に顔を向けた。

 

「よしよし。落ち着いたね。焦る気持ちもよーく分かるケドな、焦りはミスを誘発しちまうよ。おまえさんは、俺に言われるまでもなく、その辺、よくわかってるだろ?」

 

 わからなきゃあ、聞けばいい。

 答えを知っているヤツに。

 

「少なくとも向こうさん(BBとやら)は、おまえさんたちと何かしら、話し合いたいみたいだぜ?」

 

 言葉を言い終えるのとほぼ同時に、こつり、と足音がした。

 それは、当然現れた。

 しかし、最初からそこにいた。

 

 まず目につくのは、おかっぱに近く切り揃えた明るめの紫の髪に、黄色いリボン。

 若草色の巫女服じみた衣装に身を包み、その上背は少女のものであった。

 下はスパッツだけである。

 幼い外見に、しかし扇状的な色気があった。

 とろりと広がった大きな瞳は、人を誘い落とす怪しい輝きを放っていた。

 

「あら、気づかれていたのですね。BBが慌てふためいて私を寄越すのだから、只者ではないと思ってはいましたが……」

 

 瞬間、サーヴァントの三人は臨戦態勢に入る。

 ──が、三人の科学者と男は、全く、ヘラヘラと笑っていた。

 目の前の少女もまた、向けられる殺気もなんのその。

 まるで、散歩にでも来たような歩みで、男の前に立った。

 

「どうも、BBからの依頼であなた方をお迎えに参りました。私、アルターエゴのカズラドロップと申します」

 

 丁寧に笑いかける、その目が笑っていない。

 天使のような振る舞いだが、ドロついた空気が彼女の歩く跡に、染み付いていた。

 




第四章終わり 第五章、舞姫に続く
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