【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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ちょっと中途半端ですが
6/11 誤字修正 報告ありがとうございます
8/18 挿絵追加



舞姫
第一話:何故に狂おしく踊る舞姫よ、燃える時代の風忘れ去れるように【挿絵追加】


 

0.

 

 

 できる限りのことはやったはずだ。

 

 アルミロは自らに問いかけた。

 伽藍堂の廊下を通り抜け、管制塔の外に出た。

 人ならざる者たちが巻き起こした、破壊の跡地で、出来るだけ影になりそうな場所を探して、腰を下ろした。

 

 ひと通りの殺戮と、狂気の中から這い出るように逃げ落ちた。

 振り返る余裕もなく、後悔のいとまもなく。

 ただ、あらんかぎりの力で走ってきた。

 ようやく落ち着いた途端に、忘れていた疲労と恐怖が彼にのしかかった。

 血が沸騰するような気分であった。

 心臓から全身に押し流される血が、煮えたぎった鉄のように思えた。

 足が止まったのは、その重さゆえだった。

 四肢の先までそれが巡って、指先や脚に詰まってしまったようだ。

 重い。

 吐く息が鉄臭い。

 唾液の味が鉄臭い。

 アルミロは、喉奥から這い出た錆びた釘が、舌の上を転がっていると思った。

 おどろおどろしい狂気の波風が、ようやく感じられなくなるほど遠くまで来て。

 ようやく振り返った己の心身は弱りきっていた。

 逆に言えば、ようやく、己の所業を振り返れるほど、狂気から距離を置けたのだった。

 

 だから、自身の(うち)に向かって投げかけたのは、慰めの言葉であった。

 しかし、その言葉は、自身の心に棘を生み、それが翻って心臓を貫いた。

 思い出したように酸欠になり、頭の中がぱちぱちと音を立てている。

 細胞の弾ける音のようだった。

 アルミロはふらふらモタつく足で、さらにそこから歩き出した。

 まだ、中央管制塔から、近い。

 気持ちで言うなら、フルマラソンを走り抜いたような実感があるが、見上げたすぐそばにそれは鎮座している。

 ならば、逃げなければ。

 どこに──?

 わからない。

 電脳世界と化したセラフィックスに、安全地帯などない。

 どこを向いても殺意が見える。

 これが戦場というものなのだろうか。 

 個人的な憶測で言わせれば、普通の戦場よりよほどタチが悪いと思った。

 肌をひりつかせる戦いの風。

 電子に変換されても溶けきれない殺意がそこらじゅうに満ち満ちている。

 非日常的な、二〇一七年二月以降の、セラフィックスの日常。

 

 アルミロは、胸ポケットからビスケットを取り出した。

 食べかけで、袋は空いている。

 指でつまめる程度の、小さなお菓子。

 それを口に入れる。

 やはり──鉄の味がした。

 だが、アルミロはありがたく、涙した。

 なにか、自分が知ることもない、考えたこともない小さな世界への感謝だった。

 感謝したくて仕方なかった。

 それが、感謝の気持ちが小さなビスケットに粉乳されて、それを自分が噛み砕いて、食べている。

 ほんの少しだけ、口内に甘さが広がった。

 

 まだ、息は荒かった。

 乾き物ゆえに、口がパサついていた。

 だが、気持ちが落ち着いた。 

 小さな菓子を食べただけである。

 事態は何も好転していない。

 だが、それができることが、喩え用のない奇跡に思えて仕方がなかった。

 あるいは、その、普段はなんでもない行為に、恋しさすら覚えていた。

 アルミロは立ち上がった。

 改めて、その異次元空間に立ち向かった。

 

 逃げなければ。

 

 管制塔から出た理由はひとつ。

 殺されかけたからだ。

 仲間だと思っていた者たちに。

 

 アーノルド・ベックマンが作り出したコミュニティ。

 敵対者への暴力と殺傷を辞さなくなった彼らは、セラフィックスの中で明確な脅威と化していた。

 それでも、しばらくは自分と、自分についてきてくれた者たちで抗った。

 

 拮抗が崩れたきっかけは、ベックマン派が所長のヒデヤス・アジマを殺したことだった。

 

 ヒデヤスは、所長室に乗り込まれ、長い柄のハンマーで側頭部を砕かれたのだった。

 『事態を予見できなかったから』。

 処刑の理由はそれだった。

 一見、筋が通っていなくもなく聞こえる。

 だが、この場合、ヒデヤスを処刑するために(なぞら)えた、言い訳に過ぎないだろう。

 その日を境に、ベックマンの派閥が急速に力を拡大する。

 同時に、アルミロが庇っていたスタッフたちから、一層強く恐怖と不安が立ち昇った。

 ベックマン派とアルミロ派のパワーバランスが、一気に崩れ去った。

 

 食い物を隠し持っていたから、

 娯楽品を独占していたから、

 薬を奪ったから、

 そういう理由で、秩序を守るためにと、ベックマン派は人を殺し続けた。

 

 わからなくもない理由ではあるが、人が殺されるにたる理由ではない。

 その目的は粛清である。

 日に日にエスカレートしていく虐殺行為は、その殺意の高さに反比例するように、粛清の理由は自分勝手で粗雑になっていった。

 

 水をこぼしたから、

 声が大きいから、

 道なりに寝ていたから、

 噂話をしていたから……

 

 だから、殺された。

 アルミロは決死で止めた。

 止めようとした。

 身体を張った。

 だが、もはや止めようがなかった。

 アルミロ派のスタッフたちが、ベックマン派に鞍替えしていく。

 気づけば、アルミロ派は数でも、暴力でも、ベックマン派に勝てなくなっていた。

 

 そして、ある日。

 アルミロは自分の庇護下にあるスタッフに襲われた。

 そのスタッフは、バタフライナイフを握りしめて、アルミロに身体ごとぶつかってきた。

 それを躱せたのは、かろうじてである。

 ただの偶然だった。

 他のスタッフたちが彼を押し倒して取り押さえた。

 アルミロはナイフが掠めた腹を押さえてへたり込みながら、理由を尋ねた。

 

 なぜ、狙ったんだ。

 どうして!?

 

 その男は、

 狂ったように泣き、

 鼻水を散らしながら、

 床に肺を潰しながら、

 笑いながら、言った。

 

 ──あんたを殺せば、ベックマンが受け入れてくれるんだ

 

 高待遇で、迎えてくれるんだ。 

 そしたら、今よりずっと、楽になる。

 楽ができるんだ。

 ベックマンに着いた方が、あんたに着いてるより飯が食える。

 理不尽な暴力から、守ってくれる!

 ベックマンに着いた方が、生き残れるじゃないか!!

 男が喋るたびに、歯がカチカチと打ち鳴っていた。

 震えていた。

 己の発する言葉の矛盾に、言いながら気づいている。

 しかし、縋るしかないのだろう。

 彼自身が、恐怖と狂気に侵されていた。

 罪悪感と飢餓感が彼の内部に満ち満ちてしまっていた。

 もう、正気ではなかった。

 

 だから、アルミロは生き残るために、全てを捨てるしかなかった。

 

 もう、あそこに味方はいない。

 その日、その瞬間から、彼は管制室で孤立してしまった。

 大半がベックマン派に移ってしまった。

 娯楽品も食糧も、薬さえも取られてしまった。

 わずかに従ってくれていた──というより、もはや私に縋らなければ息さえできない者たちだけが、私の元に残った。

 

 何もない。

 もう、何もない。

 

 無力だ。

 

 私は、なんと無力なんだ。 

 力がない。

 人を従わせられる力がない。

 私には、あの『神』のような力がない。

 

  外に出ると、BBやアルターエゴ、サーヴァントたちが殺し合っていた。

 それに巻き込まれて、ひとり、またひとりと死んでいった。

 ヒデヤスが殺されてから、二日と経たないうちに、彼らは現れた。

 つまり、それはヒデヤスの死後、天体室が解放され、起動したことを意味している。

 

 誰が──?

 どうやって?

 

 天体室自体が見つかるのは仕方がない。 

 元々、立地的な意味では秘匿性はさほどでもないからだ。

 だが、どうやって起動したのか。

 天体室の起動権限は、自分か、ヒデヤスしか持っていない。

 それも、生体認証でしか起動できないはず──……

 

 そこで、気づいた。 

 気づかなければよかった。

 鼓動が速くなる。

 

 彼らは、ヒデヤスの死体を使ったのだ。

 

 あるいは、ヒデヤスは即死していなかったのかもしれない。

 だが、そこは正直どちらでもいい。

 目の前の破壊の波から逆算できる非人道は、彼らが人ではなく(けだもの)へと堕ちた証明に他ならない。

 アルミロは、その事実をひとり抱え込んで、震えた。 

 他のスタッフたちは訳もわからず混乱している。

 まさか、彼らに今更セラフィックスの真実を告げることもできなかった。

 だから、吐き気と、涙と、自責の念に足が止まった。

 

 そこに、気狂いとなったサーヴァント(ヒトならざるもの)たちは、容赦なく凶刃を突き立てた。

 彼らからすれば、わざわざ殺しに来たのでもないだろう。

 技の射線状に、たまたま自分達がいた。

 それだけだ。

 現に、サーヴァントたちは、内蔵と骨を撒き散らして半身が吹き飛んだ死体に狂乱する我々に目もくれない。

 また、戦いに向かっていった。

 

 そして、

 だから、

 アルミロは本当にひとりになった。

 

 自分も、死ぬのだろう。

 『蝿の王』。

 あれが、いかに不可逆な環境であったのか、ようやく思い知った。

 権威主義は、他の力で叩けば崩せるなどと、楽観主義にも程がある。

 そりゃあ、『神』も笑うはずだ。

 滑稽すぎる。

 見通しが甘すぎる。

 

 私のおこないは、間違いだったのか?

 積み立ててきたものは、無意味だったのか?

 

 答えるものはいない。

 いるはずもない。

 『神』はいずこに消えた。

 人も、皆死んだ。

 塔にいるものたちは、もはや人とは呼べない。

 

 ──そうですねぇ、その意見には酷く同意します。哀れな副所長さん!

 

 項垂れるアルミロの頭上から、それは降り注いだ。

 甲高い声に聞こえた。

 少女の声であった。

 ハキハキとした声であった。

 何に対してであるかはわからないが、何かに、期待と楽しみを感じている色であった。

 

 アルミロは顔を上げた。

 

 そこに、

 天使のような笑みを浮かべた、

 悪魔のような少女が立っていた。

 

 

1.

 

 

 カズラドロップに招待され、七人はBBの元に向かった。

 道中、エミヤやネロは警戒心を引き上げて、ピリピリとした空気をずっと纏わせていた。

 三人の科学者と、男はあっけらかんとしたものだった。

  

 たどり着いた先。

 そこは、悪趣味な空間だった。

 例えれば、テレビスタジオのカタチをしていた。

 いや、例えると言うよりは、直球にそれである。 

 しかし、この目に悪い配色はいかがしたものか。

 目に飛び込んでくる情報が大きい。

 まず、部屋の基本色がピンクである。

 グラデーションがなく単色で塗りつぶされており、どこかグロテスクで悪辣とした鋭さがあった。

 柔らかな色使いとは言い難い。

 配色のバランスが良いとも思えない。

 そして、眩しい。

 光量が多い。

 天井から降り注ぐ照明が、部屋の中で乱反射して、なんと明るいことか。

 まるで、この小さな世界に、あらゆる影の存在を許さないとでも言うようなキツさがある。

 

 男は部屋の中をぐるりと一瞥した。

 エミヤはぐっ、と顔を顰めた。

 ネロと玉藻の前もまた、如何ともし難い苦しみに口を結んだ。

 三人の科学者たちは、やはり常人的なそれとは視点が違うのか、興味深そうに部屋の隅々まで意識を飛ばしている。

 

「なんか、ちょっと、えっちな撮影とかするスタジオみたいでドキドキしない?」

「しない」

「しませんわ」

「せんのう」

「いやねえ、その発想に至る頭が卑猥よね」

「……女性の多い場に、適した発言とは思えませんね……」

「この後に及んで何を言っているんだ、寝ぼけているのか(仮)マスター」

 

 袋叩きであった。

 男は思わず涙目になり、ごめんよぉ、と言った。

 

「連れてきましたよ、BB……BB? どうかしたのですか? もしかしてやられちゃいました? どちらにせよ、反応がないのはいただけませんよ?」

 

 カズラドロップはからころと微笑みながら、部屋の奥へと問いかける。

 それに応えるように、部屋の中にこつり、と乾いた足音が響く。

 音源は背後からであった。

 振り向いた。

 そこに──男がいた。

 

 大きな、男だった。  

 筋骨隆々としたガタイである。

 その肉が室温を上げるほどの熱を持っていることが一目で分かった。

 しかし、その肉体のシルエットは、奇形じみたバランスからぎりぎりのところで踏みとどまっている。

 フランク・フラゼッタの描くバイキングの王たちのようであった。

 つまり、実に男らしい肉体美であった。

 つまり、それは、怪しい美しさを醸し出す男であった。

 

 身長、体格は(仮)マスターとほぼ変わらない。

 二メートルに差しかかる上背だ。

 威圧感のある身長である。

 しかし、歩み寄る足音が全くなかった。

 先ほどの足音は存在表明のために、わざと鳴らしたのだろう。

 一歩距離が縮まるごとに、騙し絵のようなサイズ感になっていく。

 控えめに言って、ゴリラかヒグマかと見まごうほどの大男であった。

 

 だが──その仕草であろうか?

 

 あるいは、清潔感であろうか?

 服の着こなしであろうか? 

 靡く髪や、腰のしならせ方であろうか?

 唇のかすかな動きであろうか?

 男の第一印象は、女性的な美しさをも()()()内包していた。

 同時に、ここに集う強者(つわもの)たちは、その太く大きな肉の(うち)からチラつく深さに、驚嘆していた。

 深い。

 それは、男の存在感だ。

 底が見えない。

 断崖絶壁を見下ろした、吹き抜けの虚空のようである。

 ただ、そこに立って、歩いているだけの男に、言い知れぬ『深淵』の広がりを見ていた。

 

 そして、男がつぶやいた。

 観念した、と言った風であった。

 勘弁してくれと言わんばかりに、頭を掻いた。

 

「やっぱり、やっぱり──『特異点の四人(クイン・テセンス)』かよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 対峙する男の目が碧色に光っていた。

 それは美しくも人心を惑わす、妖気を纏った輝きであった。

 

()()()とは、会うのも初めてだったかな?」

 

 男が口を開いた。

 弟子の方は、見切れる程度に見かけたことがあるが。

 と付け足した。

 緩やかに開かれた口が紡ぐ言葉は、やはり緩やかに空気を震わせた。

 甘ったるい声であった。

 砂糖菓子を溶かして煮詰めたような声である。

 音の到達と共に、甘い匂いが漂ってきそうだった。

 

()()()()、初めてだなあ」

 

 男は、わざと戯けた口調であった。

 なら、

 と神は言う。

 

「もう少し。あと二、三ほど、初めてのことをやってみないか?」

「何をだい? 例えば──俺がお前をぶっ殺すとか?」

「それはむりだね」

「ムリだと思うか?」

「断言できるぜ?」

「断言しちゃうの?」

「もちろん」

 

 いつのまにか、時間が止まっていた。

 全ての子物質が停止した世界に、一柱の神と一人の全能者がいた。

 向き合って奏でるものは、艶かしい会話であった。

 お互いに目と目を合わせて、視線をがっちり噛み合わせていた。

 睨み合うというよりは、覗き込む視線であった。

 言葉の強さに反して、色気のあるやりとりであった。

 言葉が、目から、耳から入って、お互いの心を掻きむしっている。

 このやりとりを誰にも知られない。

 と言う点においても、まるで逢い引きの相談をしているようだった。

 神々とした力場が、二人を中心に渦巻き始めていた。

 物理法則が停止しているにもかかわらず、部屋の中が小刻みに揺れているのは気のせいではない。

 揺れ軋んでいるものは、時間に捉われないものでもあった。

 この世界を形成する根幹。

 力場を形成する力。

 原子、電子、亜原子、霊子、魔子。

 あるいは──それらを包括する意味での重力。

 あるいは──純然たる確率である、量子の振る舞いそのものでもあった。

 二人の発する空間に、この小さな世界が飲み込まれて、色を変えているのだ。

 せめぎ合っている。

 空間を塗り替える力が。

 

「──そこまでです」

 

 それを止めたのは、この世界の主の、眷属であった。

 つまり、カズラドロップであった。

 強く張り詰めた声は、とろけるような普段のそれとは一線を画す真剣さがあった。

 彼女のこの表情、この声も、普通は誰にも見せないものなのだろう。

 それは、彼女自身が、こんな顔で声を出すことができたのだと、驚くものに違いなかった。

 神と、男が、彼女を見た。

 苦々しく、笑っていた。

 

 もう、神々しい力の奔流は収まっている。

 二人は改めて、ふっ、と笑った。

 

「神には、神のルールがある……か」

「ああ、その通りさ。感情の赴くままに熱くなれるのはおまえたちの良いところだろうが……全能者は有り得る世界全てに、敬意と節度を持たなきゃあなァ?」

 

 男が言った。

 神は言った。

 彼女はふぅ、と安堵に息を漏らした。

 

 

 時間が、動き出したようだった。

 

 

 

2.

 

 

「俺の出身については、話したっけか?」

 

 それは、男からエミヤに向かって投げかけられた。

 エミヤはああ、と頷いた。

 

「神々と戦争をしている世界──だろう?」

 

 男はああ、と頷いた。  

 

 全能者と超越者たちの殺し合い。

 高次元の命と、超次元の神の戦争。

 その渦中に、男は、つまり(仮)マスターはいたのだと言う。 

 信じられない話ではあったが、それはそれとしてエミヤにとっては得心のいく話でもあった。

 なんらおかしくない話だとは思っていた。

 人間が、その心のまま能力だけが膨れ上がったとする。

 残酷でずる賢いという、欠陥を抱えたまま力のみが肥大する。

 そのまま外宇宙に進出するとしよう。

 ならば、そこで鉢合わせた現地民──つまり、深層宇宙に存在するのだろう神々を廃すべく、殺し合いを行うというのは妙に納得のいく話であった。

 歴史は繰り返す。

 歴史は証明する。

 ただ、力の差異はそれはそのまま、住まう世界の規格(スケール)の違いでしかない。

 人間というものは、力の有り様で本質を変えない生き物である。

 守護者として──

 正義の味方として──

 その生前の経験から、悲しいことに、彼には、男の語る世界は理解できるものだった。

 

 八人は、体よく用意されていた、四つソファに分かれて座っていた。

 怪しい男──すなわち、神はひとりで座った。

 ネロ、玉藻の前は並んで座り、エミヤがその後ろに立っている。

 三人の科学者も、並んで座っていた。

 カズラドロップと(仮)マスターが並んで座っている。

 体格差がありすぎて、傍目から見ると絵面がおもしろかった。

 この部屋の主たるBBは、未だに姿を現していない。

 エミヤがカズラドロップに尋ねると、「おそらく別件で、忙しく跳ね回っているんでしょうね」と笑いながらの軽口で返された。

 ああ、とりすました顔の裏で焦り狂う顔が早く見たいです。

 と腹黒く笑った。

 

「それで、クイン・テセンスとはなんなのだ?」

 

 ネロが尋ねた。

 それは、この神の正体を指しているのだろう。

 男が何かを言う前に、科学者の老人が興奮気味に口を挟んだ。

 

「クイン・テセンス。あるいはクインテッセンス。宇宙を構成するエーテルのことか、統一理論における第五の力のことかのう?」

 

 それは、古代ギリシャにおいては五大元素最後のひとつとされていたものである。

 宇宙論においては、宇宙におけるダークエネルギー……宇宙そのものを加速させる第五の力のことであった。

 

 男は、まあ一般的にはそんなとこだね、と言った。

 俺たちの単語として噛み砕いて言うと──と続けた。

 

「俺たちの世界で、俺たちの味方側で、戦闘能力で上から数えた四人のことさ。つまり、四強を指して『特異点の四人(クイン・テセンス)』。単に『四強(テセンス)』と呼んだりもする」

 

 つまり、神々の世界における、超特異点的存在だね。  

 現実を終わせられる存在。

 深淵、天蓋、超全、虚無の四人。

 言うまでもなく、関わり合いたくないヤバいやつのひとりさね。

 こいつは見ての通り『深淵』。

 うちで使ってる尺度として、単一規格に収まる多元宇宙(マルチバース)の『超越者(ビヨンダー)』。

 それらが集合無限した状態の多元宇宙群(マルチユニバース)を包括する、超多元宇宙をさらにまとめ上げた包括宇宙(オムニバース)における『超越者(ビヨンダー)』の……もう二つほど上の次元で戦争してる、()()()()()()()()超越者(ビヨンダー)』ってことさ。

 

「ほうほう、つまりおまえさんは──馬鹿らしい言い方をすると『超・超越者(ハイ・ビヨンダー)』と言うことか! ヒェッヒェ、こりゃあさすがに予想外じゃわい!!」

 

 とは老科学者。

 

「それはつまり……神の中の神(ゴッド・オブ・ゴッド)の中の神の中の神(・オブ・ゴッド・オブ・ゴッド)の中の神の中の神(・オブ・ゴッド・オブ、ゴッド)……みたいなものか? うむ、わからん!!」

「なんだか、出来の悪い音頭(ラップ)みたいですわね……言葉の重箱というか、強い言葉を片っ端から重ねてみました!! みたいな。こんな人形ありましたよね。確か、マトリョーシカでしたっけ?」

 

 とは、ネロと玉藻の前の言葉。

 いや玉藻サン、マトリョーシカだとちっちゃくなるじゃん。そこはせめて、大三千世界と言ってほしかったね。

 と負け惜しみに男は言った。

 とはいえ、玉藻たちが呆れ果てるのも仕方がなかった。

 目の前の男たちはたしかに超然とした存在であろう。

 だが、その存在の規格(スケール)の強大さに反して、それを表す言葉の滑稽(チープ)さは三周ほど回ってやはり馬鹿馬鹿しい。

 他のメンツも、気持ちとしては肯定に頷かざるを得ないだろう。

 かくいうそっち側(チープ)な男と神も、その反応には苦笑いを浮かべていた。

 男は、やっぱ、そういう反応するよねえ、と震える声で呟いた。

 恥ずかしそうに、頬が赤く染まっていた。

 

「ごほん……んで、単刀直入に聞くが、おまえさんみてえな化け物が、なんで()()()()()……ってぇのは言い方が悪いな、訂正するわ。なんでこの電脳領域にいるんだい」

 

 まさか、散歩ついでの暇つぶしじゃああるめえ。

 と首を傾けて唇を尖らせて、男が訝しむ。

 神の仕事を成すためだよ。

 と神は言った。

 

「祈り、願い。堕ち切った末の渇望の果てに神が君臨し、その者に奇跡をもたらす。何もおかしなことはないだろう?」

「今更下界を覗いて、ヒトの願いもクソもないだろう。おまえさんが……」

 

 と、ここで、男はあっ、と目を見開いた。

 

「おまえさん、もしかしなくても……俺がこの次元に降りること、知ってたな?」

 

 もちろん、と神は嗤った。

 

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