【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
電子で形成された空域が、崩れ去った跡がある。
それすなわち、電脳世界を基盤とするSE.RA.PHにおいては空間そのものが
空間にぽつりと浮かぶ一点に、周囲の物質が空間ごと引き摺り込まれたような歪みである。
蜘蛛の巣のようであった。
重石をぶつけられたガラスのようなヒビが、三次元的な構造で目の前に広がっている。
これは、空間の面的力場がクラッシュしたのち、元の空域の状態に回帰せんと周囲の空間そのものが収束による反作用で広がったのだが、力場を形成する電子の絶対数が足りないゆえに、空間を形成する電子の形状が無理に引き伸ばされ、痛々しくその姿を止めるに至ったのである。
電脳領域だからこそ浮かび上がる、この世の光景というにはまず見ることはないだろう、特殊な姿であった。
超越者たる男が、その歪みに向かって手を伸ばす。
立体的にひび割れた空間が、男の太い指先を飲み込んでいく。
ぴきん、とガラスの割れるような音がした。
細かい粒が崩れて、落ちていく。
その様子を、男の背後からエミヤ、玉藻、ネロが並んで見ている。
超越者たる男による魔力供給の関係で、仮の主従関係を結んだ都合、エミヤたちは彼と行動を共にしていた。
超越者たる男は、別れ際に神たる『ゴウ』にそれを促されて露骨にイヤそうな顔を浮かべ、エミヤやネロが頼んでも表情を変えなかったが、玉藻に協力を申し入れられるところりと表情を変えて、あっさりと同行を承諾した。
エミヤにとっては、玉藻のきゃぴきゃぴした態度に鼻の下を伸ばすような男のだらしなさには呆れ果てたが、その力と存在の有用性に疑いはなく、しぶしぶその流れに従った。
彼らはまず、カルデアのマスターたる藤丸立香との合流を目指した。
と、いうものの。
これを最も切望したのは玉藻やネロではなく、エミヤだった。
超越者たる男には、彼が口に出さずとも、その焦燥の理由がわかっていた。
ああ、いいよいいよ、と舌を転がす。
あの、黒い男だろう?
とあっけなく図星をついた。
タマモキャットとガウェインの戦闘の際に、藤丸立香の隣に立っていた、双銃の男。
鋭い目つきと、その中に複雑な心情を絡ませる眼光を放つただならぬそれを、エミヤは自身の『
エミヤの、オルタとは打って変わる鋭い目は、オルタの存在の説明より、彼の存在の秘める危険性を男に訴えていた。
自身の別側面というセンシティブな関係性を察してか、超越者たる男はただ剛毅に笑って、エミヤにそれ以上の追求をしなかった。
ただ、岩のように力強い声で、じゃあ、いこうか。と手を叩いた。
ただし、と。
出立の前に、男は自らの無限力を決して事件解決のためには行使せぬと誓いを立てた。
なぜだ、と問うエミヤに対して、男はうん、と顔をやや俯かせて、顎に太い指を添えて、言った。
「俺は元々、この世界に根付く『深淵』の正体を見極めに来ただけだもの」
つまり、そこの神の存在を確認しにきただけで、SE.RA.PHの異常については管轄外だと言った。
ともすれば無情にも思える発言だが、筋は通っている。
セラフィックスに元から入り込んでいた『神』に対して、超越者たる男は端っから完全な部外者である。
神も超越者も自認している。
自らがここに降り立つことが、より大きな運命の悪戯だったとして。
傍目からすると「
不要極まる強すぎる力は、存在するだけで世界にとってある種の毒である。
その力のはためきが、預かり知らぬところで、周囲遠方にどのような悲劇を連鎖させるのかわかったものではない。
ましてや、彼らの降臨は。
特異点事象の今でさえ、本来ならば抑止力がその力を集結させ、歯止めをかけるべき事態である。
ひょっとすると、実際そのようなことも想定して、人理保証の担い手として、カルデアが派遣された部分もあるのだろうか。
その事情を、男も、神も、十全に理解していた。
肩をすくめて、小難しく顔を苦める様子が物語る。
自らの無限力を、それが超然とした力となる世界で悪戯に発露して回ることの愚。
その類の行いが過去、どれほど無用の悲劇を引き起こしてきたのか──幸運なことに、彼らは身に染みていたようだった。
「だから、よくねンだよね。本来、その世界に在るべからずな力が、ずっとそこに留まり続けるのはねェ」
だから、吐き出される男の言葉は悉く的を得ていた。
超越者としての経験であり、体験からくる言葉は、荒唐無稽にすら聞こえる音に、聞くものを頷かせる説得力があった。
ならば、なぜ、共に行くのか。
男に冒険心があるわけではない。
好奇心に胸を躍らせている様子もない。
だが、ここにいることに絶対の拒絶が湧いているそぶりもない。
もっと端的に言うと、男はSE.RA.PHの事件解決に心底乗り気ではないことは事実であろうが、エミヤたちに力を貸すことに禁忌を感じていなかった。
だから、必然と『何故?』を問いかけたエミヤの言葉に、男は逃げるように目を逸らした。
ちら、とその柔らかい矛先が玉藻の前を一瞥し、エミヤに向き直る。
気恥ずかしそうに視線を落として、ぽりぽりと、人差し指で頬を掻いた。
総じて、わざとらしい所作であった。
「いや、だって……ホラ、さ。アマテラスさまのご親戚……」
「玉藻の前の頼みを断れんだけだろう、おまえは」
男の動揺と言い訳を射抜いたのは、神であった。
言葉と共に、仕方ない、と息を吐く。
超越者たる男はこれを図星と眉を吊り上げて目を見開き、肩を震わせた。
「わ、私……? 私!? な、なにかやってしまいましたか!?」
玉藻の前は目をぱちくりさせて男を見た。
ぎゅっと凝縮されたくりくりの目を向けられて、男はうっ、と息を詰まらせた。
視線が逃げる。
その先に、神がいた。
「その男の昔の嫁さんが、玉藻の前にソックリだから、絆されているだけだよ」
「ちょっ!? て、てめェ……言うなバカッ!! そういうこと……」
「何!? ……け、結婚していたのか、(仮)マスター!?」
「……いや、はいまあ。その通りでござんすがねェ……」
男は恨めしく、神をじとりと睨み上げた。
神は腕を組み、口を結んだまま、鼻でふぅと息を吐く。
「だが、ここに残る理由はそれだけではあるまい。かつては人の世で愛恋に身を置いたおまえのことだ。キアラの内的事情を知っておきながら、彼女を捨ておけんのだろう?」
「……本当におまえさん、イヤな奴だよなぁ。ヒトのプライベートなトコに、ズカズカ押し入ってくるんだもんなァ」
おまえ、そういう真理第一主義で情緒に疎いところ、神っぽいよなぁ。
と男が嘯くと、神は、
「超常者に相応しい振る舞いを、心掛けているだけだよ」
と悪びれずに答え。
ついでに、
「苦言と評せるほど辛辣なつもりはないが……俺から言わせて貰えば、他の『
と呆れながら、ため息をついた。
そんなわけで、超越者たる男はエミヤたちと共にSE.RA.PHに降った。
ガウェインとタマモキャットが戦った場ではない。
そこは、自分達で探すハメになった。
そこに直接降り立つことも、神の力でそこを探し当てることも、話を聞いていたBBが拒否したためだ。
男たちの去り際に、姿も表さず、BBは、
『申し訳ないわけもなく! あなた方はさんざんチート行為を働いてるようなものなんですから、むしろ警告で済ませてBANされないだけありがたいと思ってくださいねーっ!!』
と怒り心頭にぷりぷりと言葉を尖らせた。
男は面目ねぇなあと頭を掻いて、困ったように眉を曲げて、笑っていた。
道中で襲いくるNPCやサーヴァント達を撃退しながら四人は突き進む。
いかに力有り余る英霊たちでも、統制の取れぬ状態で暴れ狂うだけならば、理性ある状態で息を合わせ、コンビネーションをこなす三人の敵ではない。
超越者たる男は戦闘には一切手を出さなかった。
時折顔に関心と興味の色を顔に浮かばせて、ほう、ふん? と呟くだけで、サーヴァントたちの戦いというものをじっくりと観戦していた。
それに対し、エミヤたちは特に文句も言わなかった。
供給される魔力は良質かつ超大。
使いきれぬほどのそれが常々身体を満たしているのは、事実だったからである。
そして、だいぶ移動した先の通路で、断絶した空域を見つけたのであった。
「これは……空間そのものが歪んで潰れているのか……?」
「そうみたいねぇ。力場を形成する電子が無理やりクラッシュさせられてるね、コレは」
男は指を割れた空間から離した。
指で開けられた穴の向こうは、深淵のように黒黒としている。
「要するに断崖絶壁か、あるいは薄氷の道とということか。どうするのだ、コレでは先に進めんぞ?」
「引き返すしかないだろう……ッ!?」
突然の異臭が四人の鼻を突く。
刺激臭であった。
鼻をおさえれば、口からその辛さが滲みいるほどである。
辛く、すっぱい臭いが途端に場に流れ込む。
四人は臭いの発生源へと目を向けた。
そこに、屋台があった。
ある意味、目を疑う光景であった。
絶句とまではいかないが、三人のサーヴァントは一様に動きを止めて、口角を固く結んで言葉にならぬ衝撃に硬直した。
屋台は、本当にごく普通の屋台である。
二輪のついた移動式の木造り。
口にのれんがかかっている。
柱に供えられた提灯が、必要もないのにぼんやりと光っている。
屋台の横には、簡易的な四人がけの机と椅子が立てられている。
携帯用なのか、店のすぐ隣に小型のショーウィンドウまで設置してある徹底ぶりで、この距離からでも中身に並ぶものがどんぶりの類であることが見えた。
そして、激烈な臭いが煙となって、のれんをくぐって湧き出ている。
のれんに達筆ではない墨文字で、
『霊子通販サイトBBダイナー ブレストバレー出張店』
と書かれていた。
なんのこっちゃ、と思う三人に対し、男がのしのしと無言で屋台に向かって歩いていった。
ちょっと待て、とエミヤが言葉をかけてその歩みを止めた。
「いやあ、なんだかんだ俺あハラ減っちまってたかんよ。メシ食えるんならちょうどいいと思ってんだが……」
さっきしこたま食べただろう!?
とエミヤが言うと、男はうんにゃ、と苦笑いを返す。
アレは、俺が造ったメシだったろう?
「
俺にとってはね。
その言葉を、いの一番に理解したのは玉藻の前であった。
仕方ないとばかりにのれんをくぐった彼らを、
「いらっしゃいませー!」
「イラッシャイマセ」
満面のアイドル・スマイルを浮かべたエリザベート・バートリーと、イカつい神父服のカタコトの男が出迎えた。
2.
「いや、すごいねぇ、これ。見るも辛し、嗅ぐも辛し。そして、食ってもやっぱり辛しってさぁ」
男がひいひい言いながら蓮華で掬い、麻婆豆腐を口に運ぶ。
ひと口ごとに、いっそ笑ってしまうほどの辛さが染みて、くねくねと身を捩る。
エミヤは目の前にしたそれを見て、言いようのない怒りを静かに浮かべていた。
玉藻の前とネロは、そもそもそれを買うこともしなかった。
「こっちは意外とイケるね。
「あら! 見た目からして脳みそまで筋肉のゴリラかと思ったけど、なんだ話がわかるじゃないの! そーなのよそーなのよお! エリちゃんプロデュースの
褒められたことがよほど嬉しいのか、エリザベートは腰に手を当てて、胸を逸らし、ドヤ顔で早口で捲し立てる。
くるくるとその場で踊り出しそうに上機嫌であった。
実際のところ、ドラクルディナーはその見た目からして料理の風情も何もない魚介類を突っ込んで詰め合わせただけのような、汁でべちょべちょしてお世辞にも美味しそうとは思えないのだが。
男は文句ひとつこぼさず、ドラクルディナーから魚の具をごぞっと箸で掴み取り食べて、よく咀嚼し、その次に蓮華で麻婆豆腐を掬い上げて口に流し込む食べ方で、次々に弁当を消化している。
見ているだけで、身体を壊しそうな食べっぷりであった。
「その……無用の心配かもしれませんけど、そんなに食べて大丈夫なのでしょうか?」
「そうさねぇー……明日にゃあ、俺は上からも下からも火ぃ吹くことになっちまうわな、こりゃあ」
「おい! 食事中に下品だぞ、(仮)マスター!」
「おお、いっけね。へへ、ワルいね」
バンダナが吸収しきれない汗を拭いながら、ふうふうと男は麻婆豆腐を口にする。
カラになった容器が積み上げられる。
どれも丁寧に食べ尽くされていた。
汁もほとんど残っていない、カラッカラだ。
粗暴な見た目に反し、異様なまでに綺麗な食べ方をする男であった。
箸の使い方が上品である。
蓮華を隅々まで走らせて、綺麗に具を掬い取っている。
「食いもんとして出されたモンはよ、やっぱ米のひと粒だろうが残しちゃあ、だめだよな」
少なくとも、ウチはそういう教えを徹底されててねぇ。
と男が箸を水平に持って手を合わせて、ごっそさんでした! と元気よくおじきをした。
麻婆豆腐二十四食。
麻婆ラーメン二十七食。
ドラクルディナー十八食。
男は見事に完食してみせた。
「お粗末さま〜! いやー中々いい食べっぷりだったわよ!」
「舌がヒリヒリだよね。いやぁ、エリちゃんのコラボメシがなけりゃあ、食えなかったと思うよ。御代はいくらで、ステキなテンチョーさん?」
「ふふーん、意外と口も上手なのね。褒めようとしてくれてるトコは認めてあげるわ! あとお代はBBから貰う手筈だからいらないから安心しなさい! もってけドロボー!!」
大盤振る舞いだねえ、と男は言った。
「聞きたいことがあるんだが……」
エリザベートから食後の爪楊枝を貰う男に、エミヤが話しかけた。
「あの女は、先ほどの(仮)マスターと神の会話を聞いているのでは……」
「あーそれ、大丈夫よ。あん時から今にかけて、神の……ゴウのヤツがキアラちゃんを夢の世界にご招待してるトコだから」
「……?」
だから、俺やおまえたちがSE.RA.PHにいることは知ってても、ゴウと何を話したのかとか、そもそも俺たちがアイツと会ったこととかは、知る由もないさね。
それでも、わすれちゃあいけないのは、
「なんだかまどろっこしいコトばかり起こってるけど、よーは『けんか』でしょう、これ。ネロサンに質問なんだけど、戦争に勝つために必要なモンって、何があっかな?」
「うん? それはどういう意味でだ? 戦争、とひと言で言っても、意味も道義も時代と場所、条件次第で変わるものぞ」
「んー……じゃあ、集団vs集団で、戦うコトが決まってる二つのグループってえ想定で」
ならば話は早かろう。
「まず兵力だな! 優れた軍を持たねば、いかに有能な王とて大規模な戦はできんだろう。次に……そう、糧食と兵備か。腹が減っては戦はできぬし、敵に勝つためには武器も優れておった方が良かろう」
「さすがネロサン。まあだいたいそんなトコよね」
まあつまり、そう言うコト。
「ゴウがなんか悪だくみしてようが、それはアッチのハナシであって、カルデアの勝利条件はいたってシンプルでしょう?」
つまり、殺生院キアラを倒すこと。
だが、殺生院キアラは強大な力を持っている。
だから、兵力を蓄え、ハラを満たし、俺たちもカルデアのマスターも、戦の準備をせっせと進めてる。
全部そのための準備で、やるこたぁ至って単純。
ゴールの条件は極めてシンプルさ。
単純な目的を、複雑なプロセスを組んで達するのは構わねえが。
単純さをわざわざ複雑にするこたあねぇ。
それはバカのやるコトだ。
『知的なバカは物事を複雑にしたがる』と、アインシュタインも言ってるしな。
何が言いたいかって?
今、俺たちが殺生院キアラのどーのこーのを気にしたってしょうがねぇってハナシさ。
ヒトのやることにケチつける必要も、いねえやつのハラん中まで考える必要もねえ。
自分がやるべきコトを、常にやり続けりゃあいいのさ。
お天道サマは、ちゃんとニンゲンのこと、見てっからよ。
ここで俺たちがやるこたぁ、カルデアのマスターとの合流。
俺がやるこたあ、キミらのサポート。
それで、いいんじゃないの?
「……豪気な考えだな」
「そうだとも、エミヤ。世の中って、シンプルでバカの方が楽なもんさ。いらん気苦労背負い込まなくて済むからな」
「…………」
「さて、ハラも膨れたことだし会いに行ってみるか」
3.
礼拝堂。
電脳化の影響で、無機質かつ禍々しくその姿を変えてしまったSE.RA.PHの中でも、その建物はわざとらしいまでにそのままであった。
失礼、と男が手を伸ばした。
無造作な動きであった。
ツン……と揺れる音がした。
指差しが、張り詰められた『糸』に触れたのだ。
途端に、礼拝堂を覆い尽くしていた糸が紐解かれ、目に見えぬそれが弛んで解ける姿が細く光を反射した。
途端に、慌ただしい足音が四人に迫る。
礼拝堂の扉が開かれ、そこに赤毛に糸目の男が現れた。
「ちっす、お届け物でさあ。カルデアのマスターくん、いる?」
赤毛の騎士は、状況を飲み込みきっていないリアクションをみせた。