【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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お待たせです
第六章最終話です。物語的に折り返しです。
たくさんの評価、感想ありがとうございます。
あと半分ぐらいですが、最後までこのやりたい放題にお付き合いいただければ幸いです


第四話:世界中に花束を、生まれ変われるその前に。今日までの悲しみにさよならを告げて手を振るよ

 

0.

 

 

 初めに、落胆があった。

 

 視線の先で、淫らな光景が広がっている。

 その中心。

 肉林に沈み、ありったけの肉欲と快楽をかき集める重力の極点。

 そこで、彼女は恍惚の表情を浮かべている。

 快楽に揉まれ、それを飼い慣らす彼女の表情は、他者愛を虐げ自己愛を尊ぶ、歪んだ情景そのものである。

 傍目から見ると──なんと醜いことか。

 それが、その女が自分と()()()、自分と()()()、自分と()()()()をしているのだから、心の内に積もりゆく生理的な悍ましさは濁流の如し。

 心の中で、今すぐにでもあれを破壊したい衝動がうずいている。

 だが、それは無意味だ。

 隣を見る。

 そこには、同じ光景が広がっていた。

 正確には微妙に違うのだが、広義的な意味では等しい。

 救いを餌に、憐れな者たちから無償の愛と信仰を受け取り、神を気取り、掌に命を転がす愚か者。

 そう、あれは愚か者だ。

 自分と、同じ顔、同じ声、同じ身体をした。

 

 そういう光景が、魔天の視座に昇って広がった認識領域を、見渡す限りの大半を占めていた。

 中には──彼女が真っ当に救いを与える世界も、いくつかはあった。

 だが、それは陰陽太極図における、黒の中の白のようだった。

 見下げる世界も見上げる世界も、構成される図面は圧倒的な黒で塗りつぶされている。

 その中で、小さな白い光がぽつ、ぽつと力なく瞬いているにすぎない。

 

 なんと救いのない光景であろうか。

 なんとも言葉が出ない。

 人の(ことわり)を越え、魔性でその身を満たし、全能に至り、おおよそ万象一切をこれ全て、掌に収めておいて、やることがこれだとは。

 

 意気が削がれていく音を聞いた。

 自身の存在が、とてつもなく虚しいものに思えている。

 それは客観的に見ても、ある種の事実でもある。

 なぜなら、自らもまた、人の世を越えて魔性蠢く天上天下に至ったはいいものの、その中では『つまらぬもの』と誰の目にも止まることもない羽虫に過ぎないのだから。

 隔絶した世界における、隔絶した者たち。

 超越者には超越者の世界があり、秩序があり、序列があった。

 その中で、全能に目覚めたばかりのひよこに過ぎない自分が、誰かしらの相手になることはなかった。

 孤独。

 人の世に寄り添えず、しかし、魔天の座においても、また、しかり。

 だから、女は虚しい全能を抱えたまま、人の世に降り立つことを選んだ。

 神としてではなく、あくまで力を持つ人として。

 超越者の世界では、自分は生きていけない。

 息すらできない。

 人の世にいた方がマシであった。

 だから、人の世に降って、再びそこで生きることに決めた。

 

 そんな中で、唯一。

 厳密には、もっとあるのだが──ほぼ唯一、彼女が真っ当に生きる世界があった。

 

 救世の主となれるほどの器に振り回されながらも、懸命に人のために生きる身綺麗な彼女がいた。

 降り立つ前に、それを観察した。

 自身に内包される肉欲への葛藤、人の世の嫉妬と羨望に打ちのめされ拒絶されながらも、彼女は真っ直ぐに歩き続けていた。

 

 焦がれた。

 強烈に。

 こう()()たかったと、全能の身でありながら、思う。

 こう()()なかった自分が、よりいっそう虚しくなる。

 輝いていた。

 美しかった。

 格好良かった。

 

 次第に、鼻歌でも歌いたい気分になっていた。

 がんばれ、と心中で応援まで始めていた。

 

 ──そこに、アクシデントが起こった。

 

 拳を固めて机に叩きつけたくなるような出来事であった。

 降って沸いたような悲劇。

 悪意の情報体は、正しくそれであった。

 彼女の運命とは、その瞬間まで何ひとつ関わりがなかった悪魔。

 それに魅入られ、是非もなく依代にされた彼女が変わっていく。

 染められていく。

 彼女が、邪悪に。

 ()()()()()()に。

   

 これほどの怒りを感じたことが、かつて、あっただろうか?

 

 悪に染められた彼女は、案の定、自身と同じく虚しい全能に達し、そしてたちまちにのぼせあがった。

 挙句、世界に『打ち倒されるもの』として覚醒を果たし、運命をドブに捨ててしまった。

 まるで見てられない。

 あの彼女は、罪に反してあの世で千年の天界の享楽に浸り、その後に堕とされる永劫の地獄を知らぬ、自らの無知と浅慮を振りまく罪人に他ならない。

 それでありながら──それを自覚せず、自身の消滅をもって英霊の座に情報を移し込み、自らの恥部を変わらずとカルデアで発露し続けている。

 許し難いことである。

 救い難いにも程がある。

 

 ……ついでに、カルデアでアンデルセンとも出会ってて、そこが一番羨ましくて嫉ましい。

 あれだけ恥知らずな振る舞いを好き勝手にやっておきながら、人魚姫の続きを本人に描いてもらえるかもしれないなど……嫉妬の炎で世界を滅ぼせてしまいそうだ。

 

 

 だから、彼女(キアラ)は自らの全能を行使した。

 より高みにある全能者に、願い乞うた。

 

 ──望めよ、されば与えられん。

 

 かくして、セラフィックスの二〇一四年。

 

 殺生院キアラがそこに降り立つのと同時に、

 深淵の化身たる全能の神は降り立った。

 

 

1.

 

 

「要は、ひも理論だよ」

 

 メルトリリスは、頭の中でその言葉の意味を検索する。

 ひも理論。

 たしか、宇宙を構成、形作る際に行われる量子/粒子間の働きであっただろうか。

 

 怪訝に顔を歪めるメルトリリスを、超越者たる男は黒い目で見返した。

 

 

 礼拝堂で、超越者に連れられたエミヤたちは、藤丸立香と無事に再会を果たした。

 互いの無事を確かめ合い、カルデアからハグれた話から、どうやってここまで来たのか。 

 ガウェインやトリスタンとも情報を共有し合う中で──メルトリリスだけが呆然とした表情でそれを見ていた。

 

 当たり前である。

 彼女の胸中は、混乱に支配されていた。

 そして、頭の中では整理のつかない高密度の情報が行き交って、バグりそうになるほど煩雑としていた。

 

 あり得ない。

 カルデアから訪れた三騎。

 元々、それ自体があり得ない。

 藤丸立香が、ガウェインやタマモキャット、エミヤ[オルタ]と共にセラフィックスに来ること自体、すでにバグ染みていたことなのに。

 

 一周目と、あまりにも違いすぎる。 

 確信する。

 嫌な確信である。

 これはもう、差異ではない。

 トリスタンやウラド三世のように、現地のサーヴァントを懐柔して味方につけるのとはワケが違う。

 BBの世界で、あの女のゲームで。

 持ち込めるはずのないモノを、こんなにも持ち込めるわけがない。

 

 だからか──メルトリリスの殺気は、超越者たる男に向けられた。

 藤丸の前に立った。

 つまり、男に感謝を向ける藤丸と、そこに握手を求めて手を伸ばさんとする男との間に割り込んだ。

 藤丸がメルトリリスの名前を呼ぶ。

 疑問符であった。

 困惑が聞き取れた。

 だが、メルトリリスは余計に、殺意に目を細めて、鋭い針のような視線を男に突き刺した。

 

「そう警戒すンなよぅ」

 

 男はにこりと笑った。

 口角をたっぷり広げて、首をくいと斜め後ろに傾けた。

 その殺気をその動きで背後に受け流す。

 余裕のある態度である。

 舐めている態度でもあった。

 それゆえに、油断ができない。

 

 何者だろうか。

 わからない。

 わからなさすぎて、気持ちが悪い。

 外見から得られる情報──大きい。

 何か、超然とした空気を纏っている。

 漂ってくるのは、熱か、匂いか。

 生半可な生身の肉体では、電子に溶け入り消え去るSE.RA.PHにおいて、あまりにも肉肉しい身体つきである。

 

 ぎり、とメルトリリスが口を噛んだ。

 最善の行動がわからない。

 殺意は容易く受け流されている。

 隙だらけに見えて、なぜか間合いに入れない。

 気づけば、絶妙な距離を取られている。

 こちらの足が届くまでに、一.五歩必要な距離である。

 つまり、攻撃に移るまでに、一手以上。

 二手未満かかってしまう。

 嫌な間を取られている。

 その間を、あったばかりで悟られていたことが、なおのこと不気味であった。

 知っていたのか。

 この間を。

 つまり、こちらの戦闘能力を。

 その不気味さを感じ取るのは、メルトリリスだけではない。

 トリスタンと、ガウェインがほんの僅かに指先を動かしている。

 攻撃の姿勢を、なるべく早く、静かに整えているのだ。

 しかし、恐るべき事実として、男の太い指先が、ガウェインやトリスタンの呼吸にあわせてぴくりぴくりと微振動しているのだった。

 気づかれている。

 タイミングを測られている。

 視線は、向けていない。

 意識すら、彼らの方を向いていない。

 だが、礼拝堂内部に機微を、男は完全に掌握していた。

 視線、意識の流れ、個々人の呼吸、筋骨の動き、心臓の鼓動のひとつでさえ、完璧に把握している。

 

 怪物である。    

 まごうことなき、怪物である。

 この男は、空間に重石として投げ込まれれば、たちまちその場を支配する力を持っているのだ。

 藤丸を背後に残せたことが幸いだろう。

 男の天邪鬼な笑顔とは裏腹に、空気がぴしり、ぴしりと音を立てて張り詰める。

 

 ごそり、と男がポケットに手を突っ込んだ。

 そこから出てきたものを見て、

 

「まあまあ、これでも食って、落ち着こうや」

 

 二重の意味で、メルトリリスたちは愕然とした。

 麻婆丼であった。

 当たり前だが、明らかにポケットには入りきらない大きさの、プラスチックの入れ物に詰められた。

 割り箸も乗せていた。

 湯気が立っていた。

 

「はぁ!?」

 

 という藤丸の声と、

 

「えぇ……」

 

 という、ガウェインの困惑の声が、笑顔の男を撫でるように交差した。

 

 

2.

 

 

「あらァ、エリザベートちゃんじゃないの。こっちにも店、出してたんだ」

「あら! さっきのゴリラじゃない。もうここまで来たの? はやくない?」

「あんな腹の底からあったまるモン食っちまったらよ、脚の動きもせかせか早足になるモンさ。思い出すだけで汗だくだよ」

「ふーん。じゃあ口直しに、またドラクルディナー食べる?」

「いやいや。さすがにもう、俺はハラぁいっぱいだよ」

 

 男は再び、礼拝堂の奥にいつのまにか設置されていた食堂に趣き、エリザベート・バートリーとソツのない会話を交わしていた。

 隣に立つゴツい神父のNPCが、ジロリとその様子を眺めている。

 

 三人の背後に、メルトリリスがいた。

 

「でも、藤丸クンたちが、もういっぱいソレ食いてえって言ってたから、持ってってやってくんねえかな?」

「えー! 欲しいなら自分で買いに来なさいよー!! もうっ! 横着な子イヌ(ファン)ね!」

「まま、そう言わんで。ファンのために汗をかくのもアイドルの務めでしょう?」

「そーねぇ……あれ? 私、アンタに私がアイドルだって教えてたっけ?」

「ひと目みりゃあワカるよ。だってエリザベートちゃん、キラキラじゃない」

 

 輝いてるよ?

 俺にゃあ、おまえさんからスタァオーラが見えるもの。

 そのオーラを磨き上げる、エリザベートちゃんの努力だって、見えちまうよ。

 

 にっこりと笑い、それでいて調子良く口を転がす男に、エリザベートは表情を震わせて、

 

「そ、そうかな……? やっぱり、ワカるヤツにはわかっちゃうかー私の輝き!!」

「うんうん、ワカるワカる」

 

 しょうがないわね!  

 ファンのためならしょうがないわ!

 この私手ずから持っていってあげようじゃないの!

 

「よっ! ナンバーワンアイドル! 今度人気投票あるなら、俺ァエリちゃんに投票すっからねぇー!」

「応援ありがとー!!」

 

 きゃあきゃあとはためきながら、パタパタとディナーを手に立ち去るエリザベートを見送った。

 さて、と男は振り返った。

 

「じゃあ、お話しすっかね」

「……なんで、私だけなの?」

 

 目の前の男は、皆の前で、自らを全能者と名乗った。

 そして、おそらくそれは本当だろうと、エミヤたちは言った。

 メルトリリスには到底信じられなかった。

 だが、男の存在を目の当たりにして、その超然性を感じて、あるコトへの引っかかりを見つけた。

 考えが浮かぶ。 

 予想というより、予感である。

 それを見透かすように、男が、メルトリリスだけに話したいことがあると、彼女を誘った。

 それが、より一層、彼女の疑念を深めた。

 

 そして、奥の間で、二人は向かい合う。

 男が、しゃべっている。

 

 ちと、お勉強の話しをしようか。

 古傷が痒みを持つような、気難しい顔をしていた。

 

「まず、先んじて言っとくが、俺は記録書の『大きな男』じゃねえ」

「……信じられないわ」

「ところがどっこい本当だってばさ。大きな男は、いわゆる神だよ……それも、俺の何倍もタチのワルい、全知全能の神さ」

 

 殺生院キアラを救うために、セラフィックスに降臨した、ね。

 

「──なんですって!?」

 

 

3.

 

 

「ひも理論なのさ、要は」

 

 時間の流れ……過去から未来の事象の連続を一本の線と考える。そんで、その一本線の、過去(ある点)から未来(ある点)までの、同じ場所を、ある刺激を発端として、行ったり来たり、繰り返すだろ?

 

 本来、この世界ではその過程で、時間的矛盾点(パラドクス)が生まれて、そのパラドクスを解消するために起点世界から並行世界に丸ごと分岐する。

 並行世界の観測がなされているために起こる、分岐型並行世界構造を多元宇宙(マルチバース)の基盤としている。

 いくつかの特異点を元に、過去改竄を原理とした並行世界の誕生は珍しくないってワケだ。

 あるいは、この世界の抑止力とやらは、矛盾点(パラドクス)そのものを「無かったこと」として、その反作用ごと世界が、自らの意志で世界からそれを切り捨てる。

 剪定事象って、言うんだっけ?

 ほかにも、時空間の特異点化なんかも、まさにその一端だわな。

 本来ありえない歴史を外付けで起こされると、本来あり得ない歴史事象として時間軸からその世界(時間点)が孤立するワケだからなあ。

 

 だが、この世界にゃアそれがない。

 いや、特異点化はしているが、それは世界の判断ではなく殺生院キアラという一個人の意志決定で行われてるでしょ?

 スゴいことだよねえ。

 やるモンだ。

 なんせ、本来は分岐並行型で多世界化するものを、自らの権能で特異点化させてる。

 その状態で、自らの世界を外と切り離し、さらに時間的に単一の世界に作り上げて、信仰と権能の濃度を高めつつ、さらに時間構造に「縦」に落ちる流れを作ることで、普遍的には「横」に流れる平面的な時間流との断層を作り上げて、世界とSE.RA.PHの内外で立体的な時間の対立構造を構築しちまってる。

 要するに、SE.RA PH内部の時間のエネルギーが外に漏れないようにして、自身の権能をさらに強固にしつつ、独自の時の歩みを刻んでる。

 

 だからねえ。

 おまえさんが二時間分。

 時間を遡るたびに、パラドクス解消のために、本来は並行世界を発生させるほどの『ゆらぎ』がずっと、一本の時間軸のあるポイントからあるポイントまでで発散されずに貯まり続けてんだよねえ。

 

「──ッ!」

 

 知られている。

 自身が、記憶と体験を引き継いだ、二周目の存在であることを。  

 

 男は、にやりと笑みを深めた。

 

「行き場を失った時間的力場が、おまえさんの引き起こした時間的矛盾(一周目の記憶と経験)の積み重なった情報に耐えきれずに、弛んだひものように力場そのものを引き伸ばして、その場でびよんびよんに伸びたり縮んだりを繰り返してンのさ」

 

 量子モデルとして多世界解釈は、基本的にどの世界もエヴェレット解釈が基盤だが、エヴェレット解釈はあくまで量子の状態が多面的に、「ある時間点から見た場合の面的力場」が起点とする時間点を軸に、面的に重複している状態を観測したもので、量子論によって「なぜ世界が多層多元化するのか?」の根拠ではないからねェ。

 

 並行世界が発生する、と言葉で言うなぁカンタンだが、それってトンデモないことだからねェ。

 この宇宙の年齢が大体一四〇億歳いかないぐらいだろう? 

 んで、このタイプの宇宙の寿命はだいたい一四〇〇億年だから、この時間から発生した並行世界は少なく見積もっても約一二〇〇億年分の時間と空間、そこに内在するエネルギーと情報を未来の時間軸として発生させることになるからねェ。

 前提として、量子の視点から言えば全ての時間は同時に存在するから、並行世界に分岐した瞬間に過去から未来までの一四〇〇億年分の時空間が、別の軸として形成されるワケさね。

 問題は、じゃあ、どっからそのエネルギーを捻り出すかってハナシでねぇ。

 

 ここが、この世界の()()()()()ところでさ。

 この世界は、発生した並行世界を存続させるエネルギーがない場合、抑止力が自然的にその世界を滅ぼすンだわな。

 この世界で言うところの、リソース不足の解消のために、必要最低限の、発展性のある世界以外を並行世界と認めないわけだ。

 実際、多元宇宙(マルチバース)の少し外側で世界を観測してたじいさんは、生き抜くべき宇宙の選定……剪定を行なう権限を持ってた。

 まぁつまり、この世界で全能に至るための『根源』とやらは、逆説的に本当の本当には無限のエネルギーでも全能でもなんでもねェってハナシだよねェ。

 本当に無限のパワー……無限のリソースがビッグバン発生前の無限集合極点にあるンなら、ビッグバンで拡散し続けるエネルギーは遠方に広がってなお無限大で、並行世界の数も文字通り無限に内包できるハズだもの。

 リソース不足を理由に起点となる世界から分岐する世界を、わざわざ管理剪定しなきゃいけない時点で、この世界のエネルギーの総量は、無限でもなんでもないわな。

 まあ、つまり。

 全能っぽい世界から生まれ落ちた殺生院キアラが、真に全知全能なワケねえから、おまえさん方にも十分に勝算はあると思うゼ。

 ……とまあ、ここまでは算数のお話。

 

「…………」

 

 睨まんでくれよ。

 別に、バカにしてるとかじゃあねえかんよ。

 

 ……話を次の段階に移すけどよ。

 んでもって、一秒の時間に許容できる空間情報量は、当たり前だが「一秒分の空間」しかない。

 エネルギーと質量の総体が常に一定であるという保存法則に則る限り、それは宇宙の絶対の法さね。

 厳密にゃあ違うが、量子力学でも完全な証明ができないものと見て良い。

 物理法則の範疇では、宇宙の果ての果ての、どこまでいっても一+一が、必ず二になるのと同じこと。

 砂塊を二つくっつけてひとつじゃん的な、エジソン的屁理屈は、モチロン抜きにしてね。

 

 だが、この世界はカルデアのマスターがキアラに殺されてから、おまえさんが二時間分の空間の情報量を保有したまま、二時間浮上して時間を落ちたり登ったり(行ったり来たり)しまくってるせいで、二時間分の時間量に数百万年分の空間情報量が圧縮されてンのだよ。

 もちろんこれは、メルトリリス。 

 あんたが一周目の記憶と体験を霊基に含めたまま、二時間前のメルトリリスに合体してるというのが「確定した事項」になってるからだ。

 つまり「時間的必然点(イネヴィタリティ・ポイント)」として世界にセーブされちまってるからナンだがね。

 だから、あのバカはそこに目ぇつけたのさ。

 

 おそらくあのバカ()は、あんたが時間逆行を最初に行った時間を起点に、そこに時間が到達すると、その瞬間にカルデアが勝ってようがキアラが勝ってようが、強制でSE.RA.PHの時間が時間線丸ごと、二時間巻き戻るようにセッティングしてるンだな。

 質量保存の大原則の横っ面を蹴り飛ばしてる、おまえさんの()()な振る舞いにアイツは惚れちまってる。

 つまり、おまえさんが引き起こした現象を利用して、再現して、ひとつの時間線の上で無限にリピートしまくってるワケだ。

 だから、重複しまくった時間に対して空間情報量が膨れ上がって、宇宙法則が限定的に崩壊して時空間を形成する力場がボロクズの穴だらけになってる。

 ひも状の時間線が引き伸ばされてゆらぎが大きくなれば、確率の振れ幅は大きくなり、やがて量子的な『もつれ』を起こす。

 もつれた時間線は確率が重複する状態が至る所で発生して、物理現象に矛盾が生じる。

 存在するが、存在しない。

 そういうあやふやな状態に、「世界そのもの」が変質するワケだ。

 これは、いわゆるこの世界の『特異点』の解釈とも一致を見る。

 

 そこまで時空を不安定にして確率の振れ幅を大きくすれば、確率──この場合は、運命だなぁ──運命力に指向性を持たせられるヤツなら、起こりうる運命(確率)に偏重を持たせて、意図的に因果律を作れる。

 要は事象の発生から終焉に至るまでの中身、「おはよう」から「おやすみ」までの因果の数式を自由に確立させられる。

 それは結果的に、時間軸に帰属する物質界に存在し、宇宙領域に依存しうる全ての量子に干渉して、因果律そのものをほぼ完全に支配してる状態だわな。

 全能者の領域でも別格のあのバカ()が、セラフィックスの二〇一四年からこの世界に影響を及さずに干渉できた理由のひとつは、その膨大なエネルギーで過去から未来に流れる時層がほつれて穴だらけになっちまってたからだろうよ。

 

 ビーストとなった殺生院キアラは、いずれ人類に倒される運命(未来)でもう固定されてる。

 自分で自分の運命(未来)を、どん詰まりのドブに捨てちまった。

 もったいねェよなあ。

 有り余る力と引き換えに、恒久の敗北者に、自分をしちまったンだもの。

 そりゃあ魔天に至った方のキアラも、ドン引きするってぇモンよ。

 事実、「この世界(SE.RA PH)」は二〇三〇年以降が真っ暗だ。

 つまり、その時間より先には存在しねェんだよね。  

 SE.RA.PH自体がキアラが作り上げて、BBが管理してる世界だからまァ、未来が暗闇になってるってェこたあ、そういうコトさね。

 

「……なぜ、それを藤丸に教えないの?」

「俺ァ、下衆じゃねェからよ。メルトリリス、藤丸クンが一生懸命頑張ってる()()は、実はおまえの頑張りとか全部関係なく、全部が全部『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキーナ)』によって、どうあがいても勝つことが決まりきってる茶番に過ぎないから、テキトウに頑張ってネ」

 

 ……なんて、言えると思うかい?

 あんな良い子に。

 自らの行いが世界を本当に良くしているのだと。

 それを心の支えにもしている平凡な少年に、『おまえはどうあがいても運命の奴隷だから』と指差して告白できるわきゃあないでしょ?

 それァまるで、コウノトリを信じる純白の乙女の前で、プラトニックでアブノーマルなセックスを見せつけるようなマネだよ。

 神に信仰を捧げて全てを投げうてる信者の前で、自らの全知全能を否定する行いにも等しい愚行さね。

 それは、下衆(ゲス)のやることだよ。

 俺ァ、そこまでゲスに堕ちれないね。

 

「第一、俺の話をちゃぁんと理解できんのは、あン中だと一周目を持ち越してるおまえさんだけ──」

 

 ……待ってよ。

 男の言葉を途切れさせる、メルトリリスの声が震えていた。

 それは、当たり前の動揺であった。

 そして、当たり前に湧きあがった、怒りでもあった。

 

「あの人が死ぬことも含めて、全部、見て見ぬフリをしたの──」

 

 アナタたちは。

 うん、と。

 男は苦々しく頷いた。

 まぁね、と言った。

 

「時間は、全て同時に存在するって言ったでしょ?」

 

 時間の連続性はね、人間が認識して初めて誕生するまやかしだよ。

 時間は、いくつかの軸線にそってその発生から滅びまで同時多面的に存在するし、時間と空間の認知できない領域は常に時空の狭間に満ちている。

 

 亜原子(マイクロ)以下の世界では、宇宙規模のビッグバンはごく日常的に発生する自然現象にすぎねぇが、定命の存在はそれを認識できぬ故に時空間の崩壊と定期的な断絶を理解できん。

 時間というものを一区画的なミクロの視点でしか認識できない人間と違って、全能者や神は多角的に、多面的に、多層的……あるいは、多元的に俯瞰できるのさね。

 だから、視ようと思えばいつ、どこで、何が起きるのかひと目でワカる。

 全能者とは運命を支配するもの。

 そして、より大きな運命に(こうべ)を垂れることを、自覚するもののことを言う。

 運命の奴隷からの覚醒者。

 より大きな運命に包まれる絶望に舌打ちしてそれを享受する、"光り輝けるもの"なのさ。

 

 だから、藤丸立香がこの世界に降り立った瞬間に、全ての未来はもう決まっていた。

 過去に藤丸立香がいる時点で、彼から派生する全ての時間の未来は、同時に存在しているんだからね。

 だから、一周目の世界で、彼が死ぬことは決まっていた。

 だから、おまえさんが時間を遡ることは、そこを含めて時間的必然点(イネヴィタリティ・ポイント)なンだよ。

 

 だから、俺も、ゴウ()も、SE.RA. PHの一週目と二周目に関しては、過去から未来まで全部『視て』、もう知ってる。

 その上で、神……ゴウは、キアラを救いたいのさ。

 

 本来の未来では、キアラは死ぬ。

 もっというと、世界から消滅する。

 セラフィックスのスタッフは文字通り一旦全滅して、そこから書き変わった時間線に存在が転写されて別の人生を謳歌するワケだ。

 

 だが、この世界のキアラと、魔神柱ゼパルはそうじゃない。

 あの子たちは、この時間線の、どの過去からも、未来からも消える。

 なぜなら、あの子たちは時間的必然点──つまり、二人が組み合わさることで『(ビースト)』になっちまうことが確定しているからだ。

 例え転写されたキアラがゼパルと全く接触しなくても、二〇一七年には必ず殺生院キアラはゼパルを取り込んで、『(ビースト)』になっちまうんだよねェ。

 

 だから、抑止力は時間領域において、二人の存在の一切を許さなかった。

 

 この世界の殺生院キアラがせめて記録だけでもと望んだ『二十五年』は、願い虚しくも無と消える。

 

「……あの女のために、全能者がわざわざ……?」

「全知全能の神の深慮の全てを、ヒトが知ることは叶わんよ。本来なら、定命の存在にはそれを覗くことすらままならん。下手に覗くと、脳がフライになっちまうしな。とにかく、()()()()()から望みを受け取って、その願いを叶える()()()()に行動している」

 

 とどのつまり、カルデアのマスターの活躍や運命は、あの男にとってはなんの関係もない。

 藤丸立香は運命に導かれてここにやってきた。

 彼の存在で来るべき未来はその瞬間に全て定まった。

 キミは彼に恋をして、彼とキミと、チャンドラーの小説に出てきそうなあとひとりは、度重ねた愛と奇跡と執念の炸裂によってキアラを討つ。

 それが本来の二周目だが、彼がこの世界に訪れ、おまえさんの時間逆行──すなわち神への反抗を利用して、二周目を露悪的に重ねることで因果がねじくれてしまっている。

 このまま行けば、本来の未来にはまず着地しないだろう。

 この俺でさえ、彼という『深淵(ノイズ)』が未来に根付いてしまったために、この世界の先が不明瞭になっている。

 ましてや、もうひとりの全能者である俺も、図らずもこの世界に降臨してしまった。

 しかも、俺は生身そのままで。

 俺の降臨は結果的には必然(マクロ)だが、意図としては偶然(ミクロ)の末の行いだ。

 だが、真に全能たるゴウ()からしてみれば、おそらくそれも予見の範疇なンだろうな。

 二人の全能者が定命の世界に、その力を持ったまま君臨することはあってはならないことなんだけどねえ。

 まあ、俺もおまえさんも、してやられたってハナシさ。

 

「私は、どうすればいいの……」

 

 それを聞いたところで、何ができると言うのか。

 予想していたより、はるかに超大な出来事であった。

 周回の差異どころの話ではなかった。

 裏で行われていたのは、全能者の駆け引きだったのだ。

 

 この男と、キアラ(あの女)を救いたがっているという神。

 そして、キアラ本人にとっては、セラフィックスがどうとか、サーヴァントがどうとかは、とるに足らない問題に過ぎない。

 

 たしかに、これは藤丸立香に伝えたところでどうしようもない問題だ。

 人の手に負える範疇を悠々と超えている。

 彼らは対峙する事象ではなく、対峙する運命を視て、敵と戦うのではなく運命を直接書き換えているのだ。

 そう言う規模での駆け引きであり、戦いを行なっているのである。

 ならば──自分になにができると言うのだ。

 藤丸立香のために、何ができるのだ。

 

 男は、目を伏せて影を落とすメルトリリスの真剣な曇り顔を見て、くくっ、と笑いを堪えた。

 メルトリリスが視線を上げて、その視線に一転して、一筋の怒りと焦りを滲ませる。

 男は耐えきれずに、ははは! と笑った。

 

「何がおか──」

「いや、今のハナシ聞いてさ、『藤丸のために何かやれないか?』って聞ける胆力、スゴいなぁって感心してね」

「わ、私はまじめに……!!」

「俺がおまえさんの立場だったら、自己の無力と無知に苛まれて、絶望して、自殺なりしてるかもしれんからね」

「────!」

 

 いやはや、すげえな。

 恋のパワーってヤツぁ、やっぱ恐ろしいやな。

 そんでよ。

 それにムネェ打たれて感動したってことで、俺もおまえさん方に協力しようと思ってる。

 

「──えっ?」

 

 なんだいその反応。

 全能者に、僅かながらに対抗できる超越者が、味方ンなってやろうってのに、嬉しくねえンか?

 

「いや、その──初対面じゃない。いきなりすぎるわ!?」

「俺にとっては、おまえさんの顔も声も、見るのも聞くのも三万六五一二回目ぐらいだけどな」

「そ、そんなにくりかえし……って、ちょっとまって」

 

 なんだい?

 

「わ、私……そ、そんなに藤丸のこと。いや、そんだけ繰り返して、一回も見捨てたりしてなかったの!?」

「そりゃあよ。自分の胸に聞いてみりゃア、答えは明白でしょうよ」

「────〜ッッ!!」

 

 だしん、だしん!

 とその鋭い足で地団駄を踏み、ふうふうと息を整え、顔色を戻した。

 だが、まだその頬が熱持っているのが傍目からでもわかる。

 男はにやり、と笑った。

 子供のように懐っこく、スポーツマンのようにさわやかだった。

 

「だから──ほら、ここならあっついモン食って熱が上がったと言い訳できるだろ?」

 

 余計なお世話です!

 とメルトリリスは思ったが、口には出さなかった。

 




第六章おわり
第七章きみを守る、に続く
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