【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第七章はじまりはじまり〜
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君を守る
第一話:今夜見送ったら僕の役目も終わり。そしたら生きてる意味もないなあ


1.

 

 

 朝でも、昼でも、夜でもない。  

 奇妙な闇の中を歩くようであった。

 

 外の世界と時間を隔て、独自の時間を歩むSE.RA.PHに、朝と夜というものはないに等しい。

 元々、マリアナ海溝を沈みゆくこの空間は、陽光と蒼天から程遠い深海の世界である。

 外界とは景色が遮断されているために、見えうる空景色は電子が織りなす無感動な経路の束であった。

 BBの調節の賜物なのか、SE.RA.PH内部の寒暖については人が十分に活動できるよう調節されていたが、どこに行っても天蓋は固く閉ざされ、季節感や解放感はなく、どこに行っても閉塞感と圧迫感を味わうことになっている。

 

 閉鎖環境が人の精神を摩耗させるのは言うまでもない。

 セラフィックスのスタッフたちが狂っていった理由の幾らかは、内から湧き上がる微弱なストレスを吐き出しようのないこの環境のせいもあるだろう。

 チリついた電子となって、悪感情の残滓が漂っているようであった。

 

 エミヤ[オルタ]と金星の女神イシュタルは、天体室に向けて歩を進める。

 二人の距離はつかず離れず。

 先行するエミヤ[オルタ]の後を、天舟(マアンナ)に乗ったイシュタルがふよふよと追いかける。

 掃除屋、始末屋。

 生前そう言った役割をこなして来たエミヤ[オルタ]にしては、いささか不用心に背後を取らせていた。

 細かいことではあるが、イシュタルにはそれが気になっていた。

 正確に言うと、それも、であるが。

 

「ねぇ! 本当にあの得体の知れない男の言うこと聞く気なの!?」

 

 問いかけることはこればかりである。

 そして、それを無視するのももう何度目であろうか。

 

 エミヤ[オルタ]からしてみれば、この金星の女神のお節介焼きはひたすらに煩わしかった。

 神の眼が、果たしてこの身を通し、過去と生前の何を観たのかは聞く気も起きないが、きっとそれは自身が固く閉ざし、もはやおぼろげになった記憶の断片だろうことは想像に難くない。

 だとするならば、こうまで気にかける素振りは、そこからくる同情か。

 憐れみ、感傷。

 あるいは、ただ人を救おうとして愚直に歩き、結果的に血の道を築き上げた道化に対する嘲笑と侮蔑であろうか。

 とにかく、そう言った類の自己主張の押し付けなのだろう。

 語り合うに値しない。

 まだ、あの『神』とやらの方が、耳を傾ける価値がある。

 

 救われない過去に同情され寄り添われたところで、この身この心に今更火が灯るはずもない。

 くべるべき薪も尽きて新しい火種も無く、ただ燃え滓の中に一抹の幻楼を錯覚して、身体を動かしているにすぎない。

 やるべきことがあるから。

 やるべきことを、やらねばならないから。

 

 あの男は、それを理解している。

 この身が是とする行いが何か、理解を示している。

 つまり、少なくともあの男は己がやることと、このオレがやらなければならないことを、定めていた。

 こちらの内情、過去。

 何ひとつに同情しなかった。

 あの男にとって、そんなことはどうでもいいのだ。

 神には神の目的があり、その為に動いている。

 その為に、このオレが使えると、ヤツは判断した。

 そこに、損得以上の感情はない。

 かと言って、それが物欲に身を委ねる下劣さでもない。

 あるいはイシュタル以上に過去を見通せる眼を持っているだろうに、こちらに語りかける言葉には憐憫も同情もなかった。

 盤上を鳥瞰して眺め、コマの歩くマス目に手を加える超然者と言えば、BBも神と近い立場にある。

 だが、彼は彼女ほど露悪的では無い。

 あの男はただオレに、結果を求めている。

 

 やりやすい、と思った。

 半端な情愛を持たれるより、割り切った関係を維持してくれる方が何倍もやりやすい。

 

 だから、あの男の言葉を信用する。

 

 礼拝堂では今頃、藤丸たちが姿の見えない自分達を探している頃だろうか。

 いや、差し迫るタイムリミットを考慮して、メルトリリスやガウェインの言葉を忠言に次なる段階に進んでいるかも知れない。

 

 あのお人好しのこと。

 やりそうなことと言えば、パッションリップの解放か。

 

 自分で考えて萎えて来そうであった。

 よくもまあ、楽観的なことができるものだ。

 エミヤ[オルタ]に言わせれば、藤丸立香はここまで、たまたま生き残って来たに過ぎない。

 あらゆる偶然と必然が入り組んで、何かしらの運命力が良い方に働いているだけだ。

 神に愛されし男とでも言うべきか。

 呆れ果てる。

 寵愛の末の安寧と成功は、梯子を外されれば悲惨極まる。

 

「止まって!!」

 

 思考を打ち切ったのは、イシュタルの声であった。

 らしく無く鋭い声である。

 殺気があった。

 自然、引き金に指がかかる。

 射すくめる視線の先に、こちらに歩み寄る大きな影。

 

 そう──大きな男だった。

 

 ひと目で、人間の規格を超えているとわかる男だった。

 身長はエミヤ[オルタ]が優に見上げるほど高い。

 身体を構成する筋肉が分厚く、広く、そして大きい。

 顎に添える手のひらが大きい。

 そこから生える指が太い。

 首も、肩も、腕も、脚も、足の甲も、太い。

 顔に、生々しい肉が削げた傷があった。

 右耳が上半分千切れている。

 頭に、尾の長い白いバンダナをはめていた。

 ぴっちり身体のラインが出る、黒い上下。

 上半身は袖まである半袖。

 左胸に、十字架のワンポイントがある。

 その身体に反して、浮かべる表情は妙に子供っぽい。

 

 ひと目で、あの『神』の同類だと、二人には分かった。

 

「……なるほど、ホントにチャンドラーの小説(パルプ)に出てきそうなハードボイルドだねぇ」

 

 隙なく銃を構えるエミヤ[オルタ]を見て、男はそう言った。

 

 

2.

 

 

「ちょっとまってくださいよ! なんで次から次にココに連れて来るんですか!? 私のスタジオは皆さんの秘密基地ではないんですからね!!?」

 

 エミヤ[オルタ]たちが連れてこられたのは、SE.RA.PHのコアであった。

 つまり、BBスタジオであり、天体室であった。

 二人を連れて瞬間移動(テレポート)してきた男を、ソファでくつろぎながらモニタリングしていたBBは大慌てで迎えた。

 

「いやいやBBちゃん、ワルいねぇ。でも、どうせこの子らは真実に辿り着くんだし、遅いか早いかの違いでしょ?」

「物事には手順も楽しみ方というものもあります! 買ったばかりのゲームでツールアシストプレイするなんて無法が過ぎませんか!? 不純です! BBちゃん、そういうゲームの楽しみ方は不純だと思います!!」

「いやあ、俺、ゲームとかしたことないしなぁ」

 

 二人が口論するのをよそに、エミヤ[オルタ]はスタジオの外壁に向かって銃を向けた。

 

「ちょっとストーップ!! ダメですよスタジオの壁壊しちゃ!! エミヤさん貴方ハードボイルドってれば大抵の破壊行動が許されると思ってません?」

「……くだらん。ここが天体室だというのならスタジオの外壁はカモフラージュのハリボテだろう。オレたちはここの真実が何かは既に知っている。建前など無用の長物だろう」

「ふふ、オレ()()ですか……」

「…………」

「あっ! ちょっと待ってください銃を構えないで〜! いやーん! BBちゃんこわーい!!」

 

 まあ、落ち着きなさいよ、と男が止めた。

 もう知ってるでしょ、とエミヤ[オルタ]に言う。

 

「……この事件の黒幕が『あの女』だということは、気づいているさ」

 

 礼拝堂に帰らない理由でもあった。

 今思うと、あんなにあからさまに罠な場所もない。

 敬虔なるキリスト教徒のウラド三世が、教会に潜む澱み──つまりあの女を『邪悪なもの』と断言していたのが、今思うと笑えてくるほどだ。

 

「なら、話がはええ」

 

 男は言った。

 男はバカ真面目に自己紹介から始めた。

 自分は、あの『神』と同類の超越者であること。

 SE.RA.PHの全容はだいたい掴んでいること。

 本来カルデアからくるハズだった三騎と共に、後からSE.RA.PHに降り立ったこと。

 そして、『神』たる男から、エミヤ[オルタ]を手伝ってほしいと頼まれていることを話した。

 

「具体的な考えを聞こうか?」

 

 じゃあ結論から、と男は言った。

 

「結論から言うと、殺生院キアラ──ビーストIIIは敗北する」

 

 ──!!

 

 男は、断言した。

 この場にいるメンバーの目が見開かれるのを、男は不思議そうに眺めていた。

 

「不思議なハナシじゃねえだろ? ビーストってのは、この世界だと人類が産み落として人類が乗り越えるモンなんだろ? 今回発生しちまったから、人類がそれを乗り越える為に動いて、倒す。なんもおかしくなくね?」

 

 ましてや、ここにゃあいっとうモンの英雄英傑が揃ってる。

 本来の抑止力の守護者までいやがるわけで、ビースト打倒までは予定調和でしょうに。

 ……抑止力とやらにとっては。

 

「それは、お前たちの有無──」

「──は関係ねぇよ。俺がいるあいつ()がいる、そういうのとは無関係に、キアラはビーストになって、滅ぶ」

「…………ん? ならアンタたちが私たちの、何を手伝うのよ?」

 

 鋭い指摘を飛ばしたのは、イシュタルであった。

 男はイシュタルの方に視線を送る。

 鋭い! 良い指摘だ、と笑った。

 

「問題はあの男()が殺生院キアラにイカれちまってるってトコにあんのさ」

「……他人の色恋に首を突っ込む趣味はないが、それはまた随分と豪気な話だ」

「まあこの世界の殺生院キアラちゃんは、元々は真っ当な子みたいだし。神が惚れっぽいのも神話あるあるだしなぁ?」

「……なんで私を見るのかしら」

 

 だってねえ、と苦笑い。

 

「問題はね、抑止力とやらの対処法なんだよ。ビーストと化した殺生院キアラはこの時間軸だと何をどうやってもビーストになっちまう」

 

 これに対処するにゃあ、どうしたらいいと思う?

 

「はいはーい! 出てくるたびに叩き潰すってのはどうでしょう?」

「BBちゃん、ハズレとわかっておきながらの解答ありがとうねえ。やっぱ空気の読める後輩系キャラって貴重だよねえ」

「うーん……でもわかってても間違うのは悔しいですね! 賑やかしにプロテアかヴァイオレットでも連れてくるべきでしたか」

「あの子は? ホラいっとう腹黒の……」

「カズラドロップならふらふらとどっか行っちゃいました☆ はーもうホント、言うこと聞かない子ばっかりで参っちゃいます」

 

 ──そもそも存在を消すのか!

 

 エミヤ[オルタ]であった。

 視線が彼に集中する。 

 正解、と男は手を叩いた。

 

「そうなのさね。存在する限りどうあがいてもビーストになるんなら、そもそもどこの世界の時間軸からも消滅させちまえばいい……思い切ったコトするよねえ、おまえさんの上司は」

「抑止力ならやりかねんさ」

「おおう、ブラックに理解ある部下ってなあ、泣けるモンだねえ」

 

 つまり、あの神は、いずれ滅び去る殺生院キアラをなんとか生存させるために動いていると言うことか。

 

「……抑止力に真っ向から喧嘩を売っているのだな」

「まあ抑止力を殴り倒して全能()を通すだけなら『ゴウ』ならカンタンだろうよ。んなことしたら俺んトコの調停者たちに後々まとめてぶっ殺されるだろうけど」

「不可能犯罪に手を染めるみたいなことやりたがってんのね、アンタの同類は」

「そういうことさイシュタル、金星の女神。『抑止力には喧嘩を売らず、しかし抑止力の裁定を覆したい』……まあ、むちゃくちゃなハナシだわな」

 

 なるほど、しかし、これならば事件解決に、全能者がおいそれと手を出せぬ理由は着く。

 結果は決まっている。 

 改ざんしたいのは結果のその先なのだ。

 しかし、改ざんすべき内容はことごとく抑止の(はかりごと)を覆す。

 

「この話、当のあの女には──」

「ゴウは知られようが知られまいがどっちでもいいってよ。まあ当たり前だわな。ビーストIIIが滅ぶまでは予定調和なら、逆に言えば、最悪俺たちが『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキーナ)』ごっこして、ビーストIIIを倒すまではアリよりのアリだからな」

 

 それに、そもそもビーストIIIは腐ってもマリアナ海溝を沈み切るまでは出現できない。

 この世界の維持のために召喚されたBBは上位権能のAIだからこそ、SE.RA.PHがそこに至るまでは『何があろうとそこまではサポートする』ために動く。

 つまり、ビーストIIIが出現するまでは、殺生院キアラも表立って動けないってわけ。

 SE.RA.PHという世界の権能を握ってンのがBBちゃんな訳で、マリアナ海溝到達を邪魔しようとすりゃあ、キアラそのものが排除対象になっちまうでしょ?

 

「だから、今んところマーブル……マーベル? 女史のガワ被って藤丸くんたちの観察に徹してんだと思うよ」

 

 ──で

 

「なぜオレなのだ?」

「神秘的でセクシーって話を除きゃあ、おまえさんがキアラにトドメ刺すからだろうよ」

 

 ──!!

 

「まあ、それが当初の世界なんだが……いかんせん、ゴウもこの世界をやり直ししすぎてて未来がいまいち不明瞭になっちまってる」

 

 未来が重複しすぎて時間がもつれてんだ。

 おまえさんの確保は、ビーストIIIをここで取り逃すかも……っていう不確定要素を、潰しておきたかったんだろうよ。

 

「ちゅうわけで」

 

 男はぽん、と手を叩いた。

 わざとらしく、視線を集める動きであった。

 

「BBちゃん、こいつら預かっててくんない?」

「はいでましたー! 困ったことがあるとすーぐ私に頼るんですから!! 私これでもラスボス系後輩女子ですよ!? 皆さんの便利アイテムでも便利屋さんでもないんですからね!!?」

「まあまあ、箔が付くってモンでしょう。なんだったら、()()()()()()()は、こっちで面倒見てやってもいいのよ?」

「お断りします! いたいけなヒロインに何をするつもりでしょうか!? 乱暴するつもりでしょう!? ルルハワのウスイホンみたいに!!」

「……おまえさん、結構ノリノリだよなぁ」

 

 

3.

 

 

 結末は告げられた。

 私は、生かされている。

 

 この世界がこうなるまで、ある意味安全地帯で眼下に広がる地獄を見ていたのだが、見ているだけという地獄は、味わう地獄とはまた別の苦しみが常にあった。

 

 人が、人でなくなりゆく光景。

 セラピストの、未だに信じられない変貌。

 しかし、淡々と告げる神の言葉は、紛れもなく真実なのだろう。

 

 次の世界。

 神の言葉が紡ぐそれは、決して希望の転生ではない。

 

 残酷なまでの真実を抱えて、それでもなお、それを知らずと生きていけ。

 

 そう、私に楔を打っているのだ。

 

 

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