【完結】キアラの望みを叶えるために、全能の神が君臨するお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:全然僕らの距離は縮まらず。断然君の独走状態で、人の気も知らないで、君だけか希望だったんだ

 

0.

 

 

 人間の本質は、情熱と不均衡の中にある。

 

 それを唱えたのは、ある文学作家であった。

 人間の営み。

 社会の成り立ち。

 ひとつの国家政府に焦点を当てて、その社会性に帰属する日常。

 それが非日常へと変異する時、不意に人の内にある愛と理性、そして情熱というものが偏り、社会性と人間性の噛み合いが不整合と成り果てる。

 その時こそ、人間の本質的な生存能力が発揮されるのだと。

 バイタリティやその行いに対する罪と罰が剥き出しになると、その文学作家は言うのだ。

 

 それはつまり──何を指すのか?

 ずばり、人間の、生まれついてのどうしようもなさである。

 その文学作家のみならず、文学に傾倒しその視座から世界を見る傑物には、たびたび共通して発露する論理であった。

 それとはすなわち、この世は地獄であって元々だという常時終末的な世界観である。

 彼らに言わせてみれば、人が社会の中で戒めるべき道徳や倫理は、文明社会の継続と安寧を言い訳に、綺麗な皮を被り、絢爛に飾り立てただけのものだと言う。

 倫理や道徳は、文明を文明っぽく、人間を人間っぽく取り繕うかぶり物(言い訳)にすぎないという。

 

 ともかく、彼女がその言葉と世界観を知り得たのは、本の中であった。

 精神の迷路に迷い込む人たち。

 その人たちを救うためにはあらゆる場所に赴き、まず、自分がそこで生きていかねばならなかった。

 紛争地域にも、国連非加盟国のような準国にも、その他多くの危険地帯に赴くためにも、勉強するべきことは多かった。

 単に紙に書き出せるお勉強だけではなく、サバイバル技術を磨けばいい、というものでもない。

 武術を極めればいいと言うものでもない。

 文武両道でもまだ足りなかった。

 

 その国の文化、歴史、哲学、宗教。

 経済、政治、差別。

 人に触れて、話を聞き、多種多様な常識と偏見を学ばねばならなかった。

 そして、常識と偏見とは常に、時と場所によっては砂時計を逆さにするように凝り固まっては崩れ落ち、翻るものだった。

 殺生院キアラがまず覚えなければならなかったものは、巡り巡く社会性のもたらす集団幻覚の中で、閉じきった深層心理に潜在する普遍性を見つけることであった。

 

 つまり、社会に内包される秩序と混沌にありて、『人間である限り』誰もが持ちうるものを探す必要があった。

 人種環境に左右されないもの。

 共通する話題、共用する習性。

 それは、信仰や思想ではない。

 道徳や倫理でも、善悪観念でも、もちろんない。

 食性睡眠と言った本能欲求ほど野生的でもない。

 もっと幾何学的なものである。

 人間と社会が交わる時にのみ、必ず発生するものだ。

 とりわけ、殺生院キアラが探さねばならなかったものは、数学的なものであった。

 人と社会の狭間を漂う物理法則と言ってもよかった。

 宇宙の果てまで行ったとしても、この世界に存在する限り、一+一の答えが二に間違いないような、神の定めた人の世の絶対法則である。

 それは、理性では測れない領域にあるもの。

 矛盾の性質。

 結果的には巡り巡って、人間の本能的欲求に繋がるもの。

 

 そのひとつを、既にキアラは知っていた。

 文章としてまとめるために、改めてノートに書き出す。

 しかし、たびたびペンは止まる。

 書き出される文字から、目を背ける。

 ただの文字だ。

 ただの文字だが、意味を持つために並べられることで発揮する言葉の魔力に、彼女は目を逸らした。

 心が揺らいでいる。

 鎮める。

 鎮めなければ。

 

 小さく、細く息を吐いた。

 ただ書き出すだけで、途方もない労力を費やさねばならなかった。

 意を決してそれに目を向ける。

 その脳裏で、やはり嫌悪感が蠢いていた。

 本心は、やはり、どこまでも目を背けたいものであった。

 それは、殺生院キアラという女性にとって、嫌と言うほど身に染みていて、決して逃れ得ぬ人の業。

 

 すなわち──資本主義的な価値観と愛のない性と美への欲求の怨嗟であった。 

 すなわち──他者への暴力と価値観の支配欲求であった。

 

 この二つは横並べると、磁石と鉄のような強い関係性を持っていた。

 芋づる式とはよく言ったもので、どちらかを見出せば必ず心中に隠れ潜んでいたもう片方を確認できた。

 チャート形式に組み上がる欲望の方程式。  

 計算に基づいた本能の他者支配。

 悲しいことに、苦しいことに、殺生院キアラから見る彼我のない人間の共通性は、何をおいてもそれが先んじた。

 それを除外した上で、それ以外に目を向けることは、なんとも難しいことであった。

 どんなに言い訳をしても、否応なく、思わぬ角度から、それらは事象に結びつくからである。

 

 例えば、この世において。

 人の生きる世界において。

 人が最もヒトたる状態。

 ヒトの生存能力、サバイバリティが最も発揮される『情熱と不均衡』の状態とは、すなわち精神異常の傾向を置く者の日常か、社会的な戦争状態に他ならない。

 そして、古来から戦争と性と資本の結びつきは、淫らなほどに強く、()()()()である。

 

 つまり、人間の本質的な性と生の関係は、ただならぬ深淵の仲にあった。

 あらゆる人理の文明開花以前から、この二人は第三者の素知らぬ、深く甘い蜜月を過ごしてきているのだ。

 どだい、人間の歴史というものを紐解けば、戦争と性と資本の欲求は切っても切れない。

 人理を仮に、ギルガメッシュ王朝から数えたとして、全世界で全く戦争がなかった期間は、かき集めても三〇〇年にも及ばない。

 人理の紡ぐ過去から未来への旅路。

 すなわち、文学と歴史が証明する()()のそれは、人の世の地獄街道まっしぐらである。

 

 度し難くも歩み続ける、破綻と破滅への道。

 紐解けば紐解くほど沈みゆく底なし沼。

 人理とは、常にギリギリのバランスで薄氷の上に聳り立つ、危うきものであった。

 本を開き、その一文を読み進めることは、この世に蓋となるものを剥ぎ取り、地獄への門を一層ずつ開いていくことに他ならなかった。

 

 海洋油田基地セラフィックス。

 魔神柱ゼパルに隔離された二〇一七年においても、この『情熱と不均衡』の状態は顕著に現れて、人々の真理を剥き出しにした。

 

 本人なりに、ヒトの営みに敬意と誠意を持っていたゼパルはその実、知る由もなかったかもしれないが、彼がまず作り出した断絶した地獄は、まさに人類史九万年の縮図であると言えた。

 

 果たして殺生院キアラがそこにいなかったとして、セラフィックスで狂乱と暴動が起きなかっただろうか?

 もちろん並行世界干渉などはなく、月の聖杯戦争が模されることもなく、施設が迷宮と化すこともなく、BBやメルトリリスらアルターエゴたちが召喚されることもなかっただろう。

 

 だが、判明しているだけでも百二十八騎もの英霊英傑を召喚せしめるほどの怨嗟を溜め込んだ呪いの館で、果たして健常な精神を保てるほど、人間は強い生き物であるだろうか。

 

 『蝿の王』──人間が、歯止めのない暴力と支配欲に包まれ、法と秩序の意味が混沌に傾きゆく様は、すなわちベルゼブブの羽音のようだ。

 

 その羽がひとつ鳴るたびに、人の心はたやすく乱れ、善性は地の底に潜み行きて、代わりに社会性が、歪んだ正しさの元に組み上げられて、青天井に積み上がる。

 人から(いで)し魔性を貪る()()殺生院キアラが、それを加速させたことは事実ではあるだろうが、果たしてゼパルの要らぬ世話の末に、それだけを理由に混沌の世界は開拓されたのか?

 

 エミヤ[オルタ]の世界のように、殺生院キアラという毒婦に、無辜の民たちが溶かされた故に、滅びゆく世界だったのだろうか?

 

 それは違う。

 断言できる。

 

 なぜなら、エミヤ[オルタ]の世界の民たちは正真正銘の無辜の民に他ならず、ムーンセルの世界にありし魔性菩薩もまた、人ならぬ営みを過ごさざるを得なかった故の発現である。

 

 対し、セラフィックスはその成立の目的から外道である。 

 そこに勤めるものは、知らぬ者もいたとはいえ、少なからず人の命を弄ぶという罪と罰を請け負って働いていた。

 人命を対価に人理を救うという本末転倒を、知りうるものさえ誰も指摘しなかった。

 あまつさえ、それを真摯天命とした。

 キアラに言わせれば、彼らは自分と大した違いはないのだろう。

 自らが新たなる人の世界を切り拓き、無人の混沌の世界で『光あれ』と言いたかったのがヒデヤス・アジマたちであったのだ。

 

 その中で、犠牲となった人間の「生きたい!」という欲求が、英霊たちの呼水となり、殺し合いを強要させるほどの強制力となり、彼らの理性を失わせ、欲望のままの闘争を、彼女の眼下の──胎内世界に拡げていたのは確固たる事実である。

  

 あるいは、()()()()()殺生院キアラをその心身の底に封じたきっかけこそが、魔性菩薩の世界における自身の境遇であったのだろう。

 魔性菩薩のしでかしたことに対する絶望の本質。

 セラピストとしての殺生院キアラにとってのそれは、

 己自身の、ヒトの身から滲む欲望に歯止めかけることは叶わず。

 己自身が、ヒトの身を超えてなお性と快楽に堕天せしめる事実であったかもしれない。

 

 だが、要約すれば、これは全てヒトの(ごう)に他ならない。

 だから、魔性菩薩に倣わんとダウンロードされた殺生院キアラは、セラフィックスにおいても自業自得の快楽を貪ることを顧みなかった。

 

 最も──血と殺戮、色と欲に舌舐めずりを見せ、魔性と快楽をその身に呑み込み続ける魔天魔性の徒となりし殺生院キアラには、その堕落は既知の出来事であり、それは光り輝ける道を行かんとしていたこの世界の自身とのギャップによって、一層甘美な刺激となって身も心も満たしているのもまた、紛れもない事実である。

 

 しかし、ノイズがあった。

 そのノイズは、警告であり、差異の証明であった。

 共通しない部分。 

 共用しない感情。 

 違える愛恋と現実のさんすくみ。

 並行世界の魔性菩薩と、セラフィックスのキアラの人生を対色に彩る、決定的な違いであった。

 

 そこに、それを想うたびに。

 血と快楽を胎内に転がすたびに、ちりっ、とノイズが走る。

 

 その度に想起されるはセラフィックスでの記録。

 殺生院キアラ(わたし)ではない、『殺生院キアラ(わたし)』の生き様。

 線香花火のように、瞬きの刹那。

 脳裏に浮かぶ景色。

 色鮮やかな、普通。

 仕事をこなし、人に囲まれ、苦難を共にする。

 疲れ果て、星々が顔を出す夜が立ち上がると、タイミングよく彼が訪ねる。

 私のもとを。

 測ったようにペン止め、あらかじめ温めておいたカップにコーヒーを淹れて渡し、話し合い、笑い合う。

 コーヒーを飲んで、眼をしぱしぱさせて、なだらかな眠気に支配されるその時まで、ただ流れゆく星々の下にある、小さな自分に安堵する日々……

 

 多くの殺生院キアラが、決して手に入れられなかった、普通。

 

 それを見せられるたびに、蒸し返す熱の如く湧き上がる、ただひとつの嫉妬があった。

 あの地獄のような世界で、なぜお前だけが救われているのだ。

 その救いさえ、神のサイコロ転がしでしかなかったというのに、なぜ今をもってそこに、深い情愛を抱くのだ。

 

 その心情心象は何度底に沈めても、何度でも浮かび上がった。

 扉を閉めれば隙間から漏れ出し、鍵をかければするりとそれを解いた。

 その想いは止められようはずもない。

 その止め方を、愛を知らず恋に負け、現実を見放した魔性菩薩が知る由もない。

 その想いは、殺生院キアラがどの世界においても、心の奥底で望んでいたものだからだ。

 

 何もかもを抱き止める、逞しい腕に抱かれることを夢見ては爪を立てる。

 

 ──獣に至ろうとする殺生院キアラは、唇を噛み締めて、その都度心の奥底に、それを沈めていた。

 

 

1.

 

 

「必要ない」

 

 BBスタジオの中で、砂糖菓子で作られたカミソリのような、甘ったるく鋭い声が反芻した。

 全員を射止める、強い声だった。

 案の定、全員がその声に釘付けにされたように、その場に固まった。

 声の発した一点を見る、何もない。

 視線が集まる、まだ何もない。

 一拍、二拍。

 ようやくそこに、影がずるりと這い出した。

 さながらホラー映画のワンシーンのようである。

 影はもやもやと立ち昇り、固まって、人のカタチを作り出した。

 それは、ここにいる面子からすれば、もはやよく知り得るカタチであり、だからこそ無の中から影が現れる演出は、恐怖感を煽るよりもチープであさましいB級感を感じられる。

 誰かしらの目線が白く、冷たくなっていた。

 

「必要ない……ってのは、どう言う意味だい?」

 

 真っ先に口答えをしたのは、超越者たる男であった。

 その演出いかんはともかく、神の言葉による縛りはやはり、神の同類である男には効きが悪いのだろう。

 彼の言葉にもまた、魔力がある。

 口角をニヤリと持ち上げて、ニヒルに笑っている。

 その目は鋭い。

 超越者の齎す熱と力がじわりと広がって、力場を満たしていく。

 甘い言葉で人心にまとわりつき、聞くものの手足を金縛る、神の力を拭っていく。

 神──ゴウはそれにはさしたる興味もなく、男を睨み返して、言った。

 

「カルデアの活躍を待つ必要はない」

 

 ゴウは、人差し指と親指を擦り合わせていた。

 なんらかの苛立ちが感じられる所作であった。

 

「俺にとって必要なものは、既に揃っている」

 

 そうも言った。

 この場にいるものとしては、男とBBだけが、その言葉の意味を分解し、理解する。

 その言葉の裏を読み取れた。

 しかし、言葉を咀嚼する二人の釈明を待たず、ゴウは続けた。

 間髪入れぬ鋭く艶かしい視線は、まず二人を見据えていた。

 一瞬で身構える二人の意識の底に、隙間から忍び寄り、溶け入るようであった。

 

「バカ真面目なお前たちのことだ。大方、俺の企みを深読みしたろう? 俺たちはカルデアが殺生院キアラを倒すところまで寄り添い──その上で、俺が彼女を生かす算段(全能)を行うものと、思っていたんだろう?」

「……そりゃあ、そう思ってたよ」

 

 煮え切らない返事であった。

 そこで、超越者の男は思い出した。

 目の前の存在が人間ではなく、根っからの全能者であることを。

 目の前のこれは、その生まれからしてヒトではない。

 たまたま、ヒトのカタチをしているだけの、恐るべき力の化身であることを再認識しなければならない。

 それに対し、やはりカミソリの鋭さで「違うんだ」と。

 意味深に、ゴウは首を振る。

 

「カルデアがキアラを──つまりビーストIIIを倒せることは、()()抑止には説明し切っている。ことここに及んで、カルデアにわざわざ重石を背負わせる必要はないさ」

「……はーん、なるほど。これをもって神の慈悲とでも言うつもりかい? 優しいもんだ。だが、やり方がちとセコいなァ。大真面目にこの世界をなんとかしようとしてるカルデアさんに申し訳ねえだろ、そりゃあ。お前さん、やり直して重複させた世界を全部、抑止力に見せたんだろ?」

「そうだ。俺がやり直した二千六百七十七万四七二〇通りの、SE.RA.PHの末路を提示することで抑止から干渉の了承は得た。最低限だがな。帰結する未来が微かな誤差はあれど、一点に絞られるなら、他者の全能による干渉の余波は最小限に収まる……と、説得をしてね」

 

 ちら、とゴウはエミヤ[オルタ]を一瞥した。

 細く、流された視線の色は、憐れみの蒼であった。

 それは、深い海の底に横たわる、かつては豪華絢爛であった──錆ついた沈没船を見るような、憂いの色に違いなかった。

 

「要は、あの女をオマエの全能を持って殺すと言うことか?」

 

 視線を受けて、それに苛立つように、エミヤ[オルタ]が要約した言葉は殺意の塊であった。

 ちょっと違うな、とゴウは言った。

 ゴウは、投げつけられた殺意の刃を素手で握り返していた。

 造作もなく、エミヤ[オルタ]の存在を飲み込まんとしていた。

 

「些事ではあるが、結果は大きく違う……だが、どのみちお前にとっても有益な話だろう? これは。月の聖杯戦争を気取ったこの聖杯戦争は、どこまで行ってもモドキでしかなく、サーヴァント同士のバトルロイヤルに勝ち残ったところで願いが叶うわけもなく。ましてや、おまえは今度こそ、あの女のケツをちゃんと蹴飛ばせるワケだからな」

 

 気に入らん。

 

 煽り、皮肉られたエミヤ[オルタ]の鋭い目が、そう返していた。

 眉間に皺がよる。

 凝り固まり、もはや風化仕切った怒りが、生々しく脈動する筋肉によってヒビ割れているようにも見えた。

 

 何が気に食わない?

 ゴウは、呆気なく問い返した。

 その心で、見えない世界では、まだエミヤ[オルタ]から差し向けられた、殺意の刃を握っていた。

 

「ヒトの手で人理を救わんとするカルデアにありながら、それを皮肉る傾斜的態度を取るくせに……全能の神に救われることも気に食わないか?」

 

 それは、皮肉を通り越して、贅沢で子供じみたわがままではないかね?

 幼さの癇癪にしても無法が過ぎるというもの。

 どちらかに属するならば、どちらかを切り捨てるのが守護者の在り方だろう?

 

 エミヤ[オルタ]は言った。

 その通りだ、と。

 肯定を示す言葉だが、感情は否定している。

 言葉に、感情が乗っている。

 もはや、その身のどこから絞り出せたのか、本人すらわからない。

 わからないほどの、余りある怒気が乗っていた。

 

「全てが気に食わんよ。キサマの全能も、その男の超越性も、BBの存在も、抑止が説得に折れたことも……全てがな」

「ちょっ!? 私もですかぁ!?」

 

 流れ弾に被弾して膝から折れるBBを無視して、エミヤ[オルタ]とゴウは真っ向から向き合った。

 イシュタルは、内心で「私は邪魔だと思われてないんだ……!」と胸を撫で下ろしていた。

 ゴウはじっ、とエミヤ[オルタ]を見た。

 睨みつける視線であり、観察、観測する視線であった。

 ひとしきりその瞳の中を見終えると、口を開いた。

 

「感傷に浸るセンチメンタルな心が、お前の(うち)に残っているとは驚きだよ。そういうものを生前にこそぎ落として、どんな悪辣を前にしてもニヒルに笑い、よく効いた皮肉を返すところが、()()()()()()()おまえのセクシーなところだと、勝手に思っていたんだがな……」

 

 ゴウはその眼で、エミヤ[オルタ]の過去を見通していた。

 それは、エミヤ[オルタ]にとっても承知のことであった。

 だから驚かない。 

 神の言葉を穿つために、今はその皮肉に耳を傾ける。

 

「さんざん酷使され抜いておいて、今更、抑止力の都合の良い合理性に腹立つわけもあるまい」

 

 ひとつ、確信があった。

 ゴウの言葉は、ことごとくエミヤ[オルタ]を守護者として見ているということだ。

 神、全能者としての現れである。

 ならば、自分のことも抑止の使者として見る方が、ゴウの視座にも近い立場なのだろう。

 常に正鵠を得る機械的な合理性は、『神たるゴウ』にとっては好ましき同類なのである。

 

 ──なるほど、隙はある。

 言葉を選び抜く必要はあれど、崩せる可能性はある。

 

 ゴウは擦り合わせていた方の手を立てて、人差し指を伸ばした。

 顔を傾け、下から覗き込むようにエミヤ[オルタ]を見た。

 

「生前すり減らしたものが色と形を取り戻しているのか?」

 

 セイギのミカタ──正義の味方への情愛。

 救い人、光り輝けるものになれると信じていた、無知ゆえの盲目的全能感。

 箪笥の底を掘り返した時に出てくる古着のような思い出が、今更首を絞めているとでも?

 いや……おおかた、()()か。

 それ自体に、自分自身で腹立たしく思っていることが腹立たしい……と、そんなところか?

 

「そして、全てを鳥瞰した態度を取り続け、わかったような口を聞き続ける俺が気に入らん……というところか」

 

 全てをひとりで話し終え、ひとりで納得する。

 始まりから終わりまで、自分である。

 ゴウは、どこまでも神であった。

 

 勘弁してくれよ、と投げやりに言った。

 

「そこは、ほら。俺は全能者だもの」

 

 限りなく全知全能に近い存在だもの。

 と続けた。

 おどけるような口調で、視線は煽るようであった。

 

 全智の目の暴走は良くあることさ。

 合理性に身を捧げて言動が人道に沿わぬこともある。

 お前の隣にいる神。

 金星の女神、イシュタルとてそうだろう?

 本来のお前は、もっと奔放で危険なんじゃないのか?

 ましてや、お前ですら、全智の眼は完全には制御できまいて。

 見たくもない過去や未来を、ふと見てしまう。

 今だってそうさ。

 だから、この男から離れられないんだろう?

 その依代の相性だけじゃない。

 気になって仕方がないんだろう?

 だから、放っておけない。

 

「……実に慈悲深いじゃないか、素晴らしくて俺はもう……笑っちまうよ」

 

 まるで拍手でもするような口調であった。

 吐き出す言葉の全てが甘言となるゴウの言葉にしては、零す笑みは乾いていた。

 しかし、だからこそ本心のようにも聞こえる。

 

 イシュタルの心中では、どきり、と音が鳴っていた。

 むむっ、と口紐を結んで波打たせた。

 眉間に皺が寄って、しかし、ちら、とエミヤ[オルタ]に一瞥されて、あるいは鏡で見たならば本人が眼を逸らしたくなるほど、うっすらとだが頬を朱に染めていた。

 

 殺伐としたシーンに挟まれたその微笑ましさに、超越者の男は思わず笑みをこぼし、BBはなんとも複雑に感情を織り交ぜて、つまらなさそうに口を尖らせていた。

 

「加えて言うなら、俺自身が既にそれ()を辞められない時期に足を突っ込んでいるものでね、大目に見てほしい部分ではあるんだがね……」

 

 神は言った。

 

 絶望と祈りの果てに、神は降臨す。

 

 抜き身の刃を納めて候。

 

 さて、これより獣狩りと行こう。

 これ幸いと、獣を狩るにふさわしい撃ち手は揃ってる。

 

「なにより、女性を待たせるのは紳士にとって恥だろうよ。ササッと片付けて、みんな揃って飯でも食おうぜ?」

 

 白い歯を見せて、ゴウは笑った。

 魔性や妖艶さの抜けた、さわやかなかおであった。

 

 

2.

 

 

 あの人が、来るのですね。

 

 胎動する身体。

 脈動する心。

 弛緩したように震える唇。

 

 私は今、心身の奥底に封じた記憶に揺らいでいる。

 

 今、確かに感じた。

 温かな力が体内で灯り、そして消えた。

 あの人の力だ。

 あの人が選んだ者たちと、ここに来る。

 

 金色の光に包まれる世界。

 完璧、完全、炯々、神々(こうごう)

 一見すると、私の世界には光しかない。

 その実、私の望む、私と私を構成するものしか存在できない世界。

 

 彼は現れた。

 彼らは。

 空に、浮いていた。

 私の眼前に彼らは並び立つ。

 彼は、目を光らせていた。 

 物理的に光っている。

 青白い光。

 火花がチリチリと漏れ出している。

 

 光を引き裂くような真似はしない。

 空間を破砕するような真似はしない。

 私の世界を傷つけるような真似はしない。

 

 ふわり、と彼は前に出た。

 

 私と彼が立っている。

 私にとっては初対面のはずの彼。

 

 神たる者。

 

 彼は、ニッと笑みを浮かべた。 

 左の口角を少しだけ上げた、懐かしむような顔。

 そういえば、『私』と初めて出会った時も、アナタはこうやって、『私』の世界にずけずけと踏み入って来たのでしたね。

 

「久しぶりたいね、センセェ」

 

 想起に耽る私を見透かして、彼はそう言った。

 神々しさはかけらもなかった。

 人懐っこい喋り方。

 子供のような朗らかな笑み。

 私は、

 

「初めまして」

 

 そう言った。

 微かな嫉妬心が、あったのだろう。

 嫌なほど美しい笑顔だったと思える。

 

「お初目にかかります。(わたくし)、殺生院キアラと申します」

 

 信仰上の違いはありますけれど、全能の神にお目に掛かれるとは光栄ですわ。

 何卒、お手柔らかにお願いいたします。

 いえ、壊れてしまうほど激しいものも、私、嫌いではありませんが……

 

 冗談めかした言葉。

 するすると口から滑り出す。

 彼はふっ、と言った。

 堪えきれず、口の中の空気を吐き出した音だった。

 

 笑顔の私、笑顔の彼。

 

 二〇三〇年、深海電脳楽土SE.RA.PH。

 

 

 ようやく、私は彼と対峙した。

 

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